「今日までの事は全て忘却し、このままお帰りになっていただけませんでしょうか」 声に感情が感じられず淡々としているので敵意と呼べるほど攻撃的な意志は感じないが、歓迎されていない事は判る。 拒絶の色がくっきりと現れたローバーさんの言葉が、アリス達の世界に圧倒され観客気分でどこかぼけていた俺を刺激する。 アリスから最初に連絡を貰ったときも、皆に反対された云々と言っていたなと、ふと思い出す。 一見岩石から直接掘り出した棒にしか見えないローバーさんを見ながら、軽く息を吸ってからゆっくりと吐きつつ、つい先日までの激務で疲れて動きの悪かった体全体へと力を入れる。 おし。準備完了。「ふざけないでよ! ローバー! あたしがシンタに頼んで来て貰ったのに! 帰れって失礼でしょ! それに忘却って! まさかシンタの記憶を消すっていう意味じゃないでしょうね!?」 甲高く響くほどにテーブルを手で強く叩いたアリスは、掘り炬燵から勢いよく立ち上がり、銀髪から突き出たメタリックなウサミミを槍のように立てて怒鳴った。 先ほどはローバーさんにつけていた役職が無くなり呼び捨てになっているが、アリスはそれにも気づかないほどに激高している。 「ディケライア社を初めとした地球外の知識のみにさせていただきますが、そのつもりでございます」 アリスの怒りの矢面に立ってもローバーさんの声に変化は無い。 どうやら二人のやり取りから考えるに、記憶の改竄や消去も自由自在か。 お前らアブダクションとかやってないだろうな。 生物といっていいのかも悩むローバーさんの奇異な外見は、明らかに俺やアリスの姿と異なる生命種の物。 しかしそんなローバーさんの言葉はアリス達の科学技術が持つ理解しがたい概念や想像を超えた威力なんぞより、遙かに判りやす……いやいや。決めつけはまずい。 見た目と同じように思考が全く異なるのかもしれない。俺が想像した意味とはまた違うかもしれない。 どういう人なのかまだ未知数な上に、見かけが違うといってもここはVR空間。 それが本当の姿なのかわからない。自由自在に出来る仮想体の姿を、好んで奇妙な物にして個性を出していた者など、地球でもごまんといた。 ここ宇宙でも同じような輩がいると考えても変では無い。 とにかくあらゆる可能性を頭の中で考えつつ、ローバーさんがどういう人なのかを観察する。 技術レベルの差と、そこから来る常識違いに気づく事も出来ず、漫然と決めつけて疑問も抱けなかった醜態をもう一度さらすのは勘弁だ。「ローバー! どういうつもりよ! そんな事絶対させないからね!」 ワナワナとウサミミを振るわせ怒りをあらわにしたアリスはテーブルの上に片足をのせてローバーさんを掴み揺らしながら怒鳴る。 岩のような外見に反してローバーさんがゴム棒のようにしなる。 なんだろう大昔に爺ちゃん家で見たダイエット器具を不意に思い出す。確か細長い棒をこう振るだけで痩せるという胡散臭さ全開の品だったな。 しかしこれだけ揺らされているのにローバーさんは声一つあげない。感覚器官の感じ方が違うのか、それともアリスのこの攻撃になれているとかか。 とにかく何らかのリアクションでも示してくれたら材料が増えるんだが、どうにも反応が判りづらくて今ひとつ。 こっちから仕掛けるべきか。そうするといつ会話に介入するべきか、「シンタも黙ってないで怒ってよ! 記憶を消すとか言ってるのよ!」 俺が黙っているのが気にくわなかったらしいアリスがウサミミの矛先をこっちに向ける。 計らずともベストタイミング。さすが相棒。 「落ち着けってアリス」「シンタ! そんな…………判った。任せるから。でもあたしの立場も考えてよ」 制止の声にアリスは不満げな表情で刺すような剣呑な目を俺に向けたが、俺の表情を見るなり怒りを静めあきれ顔をみせてため息をはき出した。 俺が本気に入った事を悟ってくれたようだ。 よく判ってくれている相棒に任せろと口元に僅かな笑みを浮かべて無言で返してから、改めてローバーさんに目を向ける。 さて戦闘開始だ。「……ローバーさん。少し伺いたいんですけど、今の発言の意図は私ではそちらのお役に立てない。もっとはっきり言えば邪魔だという意味で捉えてもいいでしょうか?」 意思疎通の不具合から生じる誤解は厄介の種。読み取る表情すらないローバーさん相手に短い言葉だけで全てを察するのは、人生経験の浅い若造な俺には土台無理な話。ならかみ砕いてほしいと頼み相手の真意を聞き出す。 これすらも断られたり、想像に任せると突き放されるなら、ちと困るんだが、それならそれで一つ判る事がある。 「はい。一部ではありますがそれも理由の一つです。三崎様のお持ちになる初期文明レベルの知識技術が現状を打破する物となるとは失礼ながら私には思えません。さらに言えば三崎様がお見えになる事で得られるメリットよりも、デメリットの方が勝る。それがもっとも大きな理由でございます」 ん。内容に容赦はないが思ったよりちゃんと答えてくれた。 メリットも感じているか……これなら何とかいけるか。 自分自身を卑下するつもりは無いが、俺の持つ知識技術が、文明レベルで遙か上をいく恒星間種族に通用するとは先ほどの失点から考えてもありえない。これは判っていた事だ。 さてそうなると俺が出来る事というか、俺の存在が持つ意味なんてそんなにない。 ましてや事情も知らず、知人もアリス一人な状況な宇宙で一体何が出来るのかと、自問自答すれば自ずと答えは出てくる。 「そのメリットってのは、アリスへの精神的好影響という風に俺は考えますけど、間違いでしょうか」 切羽詰まりどうしようも無くて周囲から反対されながらも、連絡をつけてきたアリスは、自分で言うのはアレだが俺を信頼してくれている。 同じくらい俺もアリスを信用している。 アリスとの良好な関係とそこから来る精神的好影響。 これこそが俺が今唯一持つ手持ちの武器だろうと推測してみる。「その通りでございます。三崎様を初めとして地球のご友人となられた方達との出会いはアリシティアお嬢様にとって良き物だとリル嬢より伺っております。私もお嬢様のご様子から同様の判断をさせていただいております……時に伺いますが三崎様はお嬢様と最初にお会いになったときの事を覚えておいでですか」 俺の推測を肯定し、ギルドメンバーとの関係を好意的に見ていると思われる答えを返してきたローバーさんは、逆に質問を返してくる。 さてどう答えた物か。 俺は即答せずにしばし間を置く。 おそらくローバーさんが聞いているのは、シチュエーションという意味ではないだろう。 今では見る影すらもなくなった、暗いじっとした雰囲気を纏った当時のアリスの事を指しているはずだ。 もう6年も前になるがアリスと初めて会ったときの事は昨日のように思い出せる。『ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?』 ボス戦の前哨戦である護衛のモンスター群を相手に必死こいて戦う俺を、つまらなそうな冷めた目で見て、今の本人からは到底出てこないだろう言葉を興味なさげなつぶやくような小声で聞いてくるインパクトがありすぎる初心者プレイヤー。 「…………はい。覚えています」 そんなアリスとの出会いを忘れるわけはないのだが、俺は言葉少なに頷き返事を返す。 返事をためらった理由は、真正面から来る刺すような牽制の視線にある。 視線の主は当の本人であるアリスだ。 当時の斜に構えていた自分の行動やら言動が、今思うと非常に恥ずかしいらしく、からかい半分に話題に出すと本気で怒るわ、時折自分で思い出して凹んだりと心底嫌がっている。 今回も俺が余計な事を言わなかったから剣呑な視線を外したが、話を切り出してきたローバーさんの事は不満げに睨みつつ、内心がよく出る耳が思い出したくない記憶を頭の中から追い出すようにワサワサとせわしなく動いている。「おそらくは三崎様が思い出しになられたお嬢様が、私がコールドスリープに入る直前にお目に掛かったお嬢様の姿でしょう……私は感謝しております。三崎様を初めとした新たなるご友人の皆様のおかげで、社長に就任なさる前の元気で溌剌としていた頃のお嬢様がお戻りになられたのですから」 アリスのそんな視線を無視しているのか、それとも全く気にならないのか、ローバーさんは淡々とした口調のまま話を続ける。 あまりの平坦さについ聞き流しそうになってしまうが、今気になる情報があった。 今のローバーさんの言い方だと、アリスは変わったのでなく元に戻ったって事になる。 変わった時期は社長に就任してから。 アリスはなぜ惑星改造会社の社長をやっているのか? これについては先にアリスに聞いておくべきだったか。少し失敗したかもしれない。 「アリス様と皆様の関係は実に良好であり得がたい物。個人的には感謝しております……ですがこの事が社を守るべき視点に立つときはデメリットが些か目立ちます。三崎様は前回創天にご来訪なさったときに簡易でありますが、我が社の窮状と、切り札たる手を聞いておりますね」「えぇ。正直にいえば、私の想像をこえた話なので今ひとつピンとは来ていませんが。あなた方が開発予定の星系の恒星を初めとしたほとんどの星が現地へと来てみれば無くなっていた。しかもディケライア社が財政的に悪化しており下手をすれば倒産の危機だと……そしてその倒産を免れるためには、御社が保有する高い資産価値を持つ物件。地球の売却が効果的であると」 改めて口に出してみるとその話の荒唐無稽さに失笑しかねない口元を俺は何とかごまかす。 だがここが俺とローバーさんの分水嶺。 すなわち地球人三崎伸太と、ディケライア社専務ローバー・ソインの立ち位置の違いから生まれる優先事項だ。「その通りでございます。切り札とは使わずにすむならなるべく温存するのが鉄則。しかし必要な場に使う事が出来ない切り札には価値はございません。長たるお嬢様が地球売却を望んでおられませんので、現状は別の手は無いかと模索しております。ですが打つ手無くどうしても社の存続のために必要とあれば、是が非にもお嬢様を説得しなければなりません。その際には地球の皆様との御交友関係が大きなデメリットと化します」 ローバーさんの内心はともかく、その説明は理路整然としていて判りやすく、そして読みやすい。 星の売却だなんだと難しく考えずに、例を身近にして考えてみれば予想しやすい。 いくら仕事だからといって、親友相手に借金の追い込みを掛けたり、そいつの家を無理矢理更地に出来る奴がどれだけいるかという話だ。 金の切れ目が縁の切れ目とばかりに出来る奴もいるだろうが、少なくともアリスはそういうタイプじゃない。 何せ子供ぽいお人好しのいい奴だからな。 ここまでは予想に織り込み済みだ。だから俺の心に焦りはない。「……ましてお嬢様と仮とはいえパートナーとして関係を築いていらっしゃる三崎様の存在は影響が強すぎます。このまま三崎様にご協力をいただいて挽回できず最悪の事例となった場合、お嬢様のディメジョンベルクラドとしての能力さえも消失する可能性も生じます」 だけど続いてローバーさんから出てきた言葉は全くの予想外で……いや違う予感はあったはずだ。 ふいに点になっていたいくつかの事例が繋がる。 アリスが決めた妙に細かな相棒としてのルール。 そのルールを厳守し、俺にも強く求めてきたアリスの態度。 先ほどリルさんが発した、アリスのパートナーたる俺の指示を聞くのは当然の事と言う不可解な発言。 しかしこれがどういう事なのか? 一体どういう風にアリスの持つ多次元レーダーという特殊な力を左右するのか、決定的な情報が足らない。 アリスへとちらりと視線を向けると、少しばつの悪そうな顔を浮かべて何か小声でつぶやいているが、小さすぎて聞き取れない。 頭のウサミミの先っぽが丸まっているから、なにやら拗ねているのは判るが、 (……あたしから言うつもりだったのになんでローバーが言っちゃうかな) 不意に俺の視覚内にウィンドウが浮かび上がり愚痴みたいな文字列が表示された。 これはアリスが今つぶやいていた言葉か……どうやらリルさんが気を利かせてくれたようだ。 「些か遅かりし気もいたしますが、それ故に三崎様には我々の世界で見聞きした全てを忘却しお嬢様との距離を取っていただきたいのです。無論、お二人が地球のゲーム内ですごした記憶までも消し去るつもりはございません。私は地球が現状を維持できるよう最善を尽くす事をお約束いたします。どうか私の提案をご承諾いただけませんでしょうか」 まぁ、アレか。 丁寧な物腰と、今ひとつ判りづらいがこちらに対するローバーさんが払ってくれているぽい敬意を取っ払って端的に要約すると、うちのお嬢様に悪影響があるから近づくな猿ってところか。 最初に言われた通り、俺の持つ知識技術が、星の運行まで自由自在なアリス達の世界で通用するわけがない。 さらには場合によってはアリスの持つ特殊能力さえも消失すると。 そりゃローバーさんの立場からすれば、俺は邪魔者だろうな。 さてどうした物か……なんて考えるまでもない。 相棒たるアリスが目の前にいる。 最初みたいに激高することも無く、ただ俺達の会話を聞いて怒ったり愚痴をこぼしているが、俺がここからいなくなるんじゃ無いかという不安は一切みせていない。 ならその信頼に答えるまでだ。アリスが怒るかもしれないがオレ流のやり方で。「ローバーさんの話は判りました。ですが私は気心の知れた友人たるアリスの力になりたいと思っております。そしてアリスも俺の協力を求めてくれていると信じています。だからその提案はお断りいたします」 曖昧な濁しは一切無い明確な拒絶の意思を示す。 何せこれは戦闘。俺の主張とローバーさんの主張は現状では全く相反する物。引いた方が負ける。「さようでございますか。でしたら私も少々不本意でありますが、強制的に三崎様を排除することを」「ですから俺から提案します。ローバーさん。俺と賭けをしていただけませんか?」 威嚇なのか、それともため息なのか判らないが二、三回発光して告げてきたローバーさんの言葉を、何時もの口調に変えた俺は無理矢理に遮る。 口元に浮かぶ人の悪い笑みを見たアリスが始まったと言わんばかりにあきれ顔で見ているが、そのウサミミだけは楽しそうに揺れている。 「俺にはそちらが望むような知識と技術はありません。ですがアリスに頼られているのは、言い方は悪いが悪知恵なんですよねこれが。だから結論を出す前に俺の悪知恵を試していただけませんか? 勝負内容はそちらに全てお任せいたします」 プレイヤー時代は強大なボスキャラ相手に、そしてGM時代は数多のプレイヤー達相手に磨き上げてきた俺がもっとも得意とする武器は、思考する意識がある相手なら例え宇宙人相手でも通用するはず。通用させてみる。「ふむ。賭けですか……三崎様が勝てば協力していただく。私が勝てばそのままお帰り願うということでしょうか。しかしそれでは私にあまりメリットがありませんね」 「そりゃそうですね。だから俺が掛けるのは……アリスと出会ってから今日までのアリスに関する記憶。その全てです。自分の事を全て忘れた不誠実な奴なんぞの為に早々心は痛まないでしょうね」 「なっ!?…………」 軽い口調であっさりととんでもない事を言い出した俺に対して、ローバーさんが固まった。 お。初めてみせる感情めいた言葉。 しかしまだまだ。これじゃ足りない。何せ相手はアリスだ。 アリスの性格をよく知っているローバーさんなら冷静になればすぐ気づくはずだ。俺の提案の致命的な欠点を。 なんせお人好しで良い性格のアリスじゃ、俺が自分の為に記憶を失ったとなったら、もっと意地になって必死に地球を守ろうとするはず。 下手したら全てを失う事になっても。 それも手といえば手だが、あいにくと俺は自己が犠牲になってまで地球を守ると宣うほど高潔な人間じゃ無い。 だからもっと汚い手を使う。「っと言いたい所ですが、何せ俺の”相棒”は人がいい奴ですから、それくらいじゃ見捨てたりしません。だからもう一つチップを積み上げれたらいいかなと思ってたりします」 心中ではともかくここ一番でしか口にしないキーワードを口に出して目線をアリスへと飛ばすと、そう来たかと言いたげな顔をして溜息を吐き出した。「シンタ……頼んだあたしが言えた立場じゃ無いかもだけどさ、もっとこっちの事も考えてよね。しかもぎりぎり頼み事じゃない言い方って辺りが狡いよ……ホントにシンタって追い詰められると、とんでもない事を言い出すんだから」 頼み事は交互に連続は無し。 交わした約束を律儀に守って、協力要請レベルにしたんだがなこれでも。 「ローバー専務。あたしも賭ける。もちろんあたしのチップはシンタと出会った日からの記憶。地球で遊んでいたリーディアンオンライン内で起きた全てと、あたしの”パートナー”であるミサキシンタに関する全ての記憶。これなら文句はないでしょ」 不満ありげな表情を改めてまじめくさった顔になったアリスは耳をピンと立てると、同じくキーワードを混ぜた言葉を力強く宣言した。 さすが我が相棒。俺が望んでいた物を一切の遜色なくBETしてくれた。 ローバーさんもさすがにアリスの提案は予想外だったのかすぐに言葉はない。 何せ賭けに勝てば一番の懸念であったデメリットの元である地球で結んだ友好関係の記憶が一気に消失するんだ。 しかも勝負内容はローバーさんが選択できるという好条件。 ローバーさんからみれば、上手くすれば労せず一気に全ての難題が解決する提案。 考え込むかのようにローバーさんは全身で点滅をしばし繰り返してから、 「……………………判りました。お受けいたしましょう。すぐにルールを決めて参ります」 落ち着きを取り戻した平坦な声で了承の返事を返したかと思うと、目の前から忽然と消え去った。 アリスの気が変わらないうちに急いたかこりゃ? だがどうにも読みにくいローバーさんだから断定は厳禁。憶測程度に止めておこう。 しかし兎にも角にもこれで問答無用で叩き返される事態だけは回避。 勝負はここからだが、とりあえず張り詰めていた気を抜いて俺は炬燵テーブルに身を任せて前のめりに倒れる。 「……………だぁ…………疲れた。ったく。プライベートでこんな疲れる真似するとは思わなかったっての……アリス。お前なんかいろいろ伝えてない事とか隠している事あるだろ。あとで話せよ。落ち着いたら情報伝達の大切さを講義しつつダメ出ししてやる」 アリスに文句を言いつつ、手を伸ばして積んであったミカンを掴んで適当に皮を剥いて口に放り込む。 ここはVRのはずなんだがほどよい酸味と甘みが、酷使した脳に染みいっていくようで美味い。「それはこっちの台詞だよ。もうシンタってホントに無茶苦茶。勝手にあたしの思い出まで賭けに乗せるしさぁ。勝負が終わったら文句たくさん言うから覚悟しててよ」 顔を上げると精神的に疲れたのか同じようにへたり込んだアリスが、むぅっと唸って俺を睨んで、頭のウサミミで俺の手を軽く叩いてくる。叩くと言ってもじゃれつくような物だが。『三崎様はご自分がお負けになるとは考えていないようですね。それにお嬢様も』 ぐだっている俺らの会話にリルさんの冷静な突っ込みが入る。 そりゃそうだ。賭に負ければ全ての記憶を奪われるっていうのに、お互いに後で文句を言うと先の話をしているんだからな。 だがそう指摘されても、俺は互いに文句を言い合う未来図に違和感は感じない。 ローバーさんが提示する賭けの内容も判明していない状態でどうなるか判らないのに、今は不安がなぜかない。 理由は何となく想像は付く。おそらくアリスも俺と同じ理由だ。 「まぁあれです、なんつーか俺とアリスの」 俺はリルさんの質問に答えつつ炬燵の上に右手を上げる。 「リル。大丈夫。大丈夫。あたしとシンタの」 アリスも軽い口調で返して右手を上げた。「「コンビならどうにでもなるから」」 リルさんの質問に異口同音で答えながら俺たちは炬燵の上でハイタッチを交わし、次いで拳を作り打ち合わせる。 狩りやボス戦前に何時も交わしていた挨拶をアリスと交わすのは実に三年ぶりだというのに、寸分の狂いもなくかみ合って響いていた。