火星支社といえば聞こえは良いが、従業員が須藤の親父さんと俺だけという事務所レベルな支社を出た俺は、地球の遅延フィールドが再稼働するまでまだ少しばかり時間が有ったので、後輩の金山に連絡を取って、美月さん達の動向を確認する。 その感想はなかなかに予想外のひと言だ。「運営側のふりで、他のプレイヤーを牽制か。よく考えるな」 今のままでは自分達が運営側から贔屓されていると思われ、目だってやっかみや中傷を受けたり、ゲーム内で狙われる可能性が高い。 ならば、いっその事PCOのステマ要因な秘密公式プレイヤーだと誤認させ、逆に目立つ事が仕事の一環だという体を取り、他プレイヤーのヘイトを下げ襲撃のリスクを抑える。 美月さんの打ちだした方針は、なんつーか開き直りの極地だと素直に感心する。『あの子ら本当に一から十まで先輩の仕込みじゃないんすか? ウチの所属は賞金レースから除外。それに王道から外れたかなりマニアックなプレイスタイルで、それこそゲームの宣伝でやっているみたいで、誤解させやすいっちゃさせやすいですけど」「最初の1つ2つだけだっての。女子高生”と”遊んでられるほどそこまで暇じゃねえぞこっちは」 ゲームをやる切っ掛けと、素人な2人の補助で金山を含む後輩を動員したくらいで、後は美月さんと麻紀さんの独自行動の結果。 初心者が選ぶにゃ、物資補給や移動経路に制限を食らう高難度な賞金首な裏社会ルートなうえに、麻紀さんはトラウマ発動を怖がって絶対不殺プレイ中。 確かに変則すぎでカナの言う通りだが、プレイスタイルに関しちゃこっちはノータッチだ。『先輩の場合女子高生”で”でしょうが。それにしたって、今日の襲撃者2人組はどうなんですか。1人はHSGOの有名プレイヤーチェリーブロッサム。最後に出てきたウサミミなんてアリスさんの関係者感丸出しで、目だつ戦闘シーンを狙いすぎじゃ』「そっちもこっちは予想外だ。第一アリスが絶対社長命令で入れた、人型変形船や、グランドアームなんぞ俺の趣味じゃないっての。物資搬入用のロボットアームならともかく、宇宙船で格闘腕はないだろ格闘腕は、あのアホ兎は」 宇宙と言えば、数万隻同士の艦隊戦に、派手なビームとミサイルの雨あられをかいくぐる、ドッグファイトな戦闘艇。 それが古典SFの王道だってのに、相変わらずそこら辺を判らない奴だ。宇宙生まれのくせに。『その呼び方。またやらかし中ですか。ほんとよく飽きませんね』 声だけの通信だが、それだけであきれ顔を浮かべる後輩の姿が容易に想像が出来る。 どうやらアリスと喧嘩中だと言葉の端々から見抜かれたようだ。「うっせよー。あとで決戦用に部室からデータ落とすけどパス変わってないよな?」『そのままです。ただシンタ先輩達がSAやりあいそうなら、OB会が、対戦映像あげさせろって先輩命令で来てます』「それ絶対宮野さんだろ……ほんとあの筋肉達磨先輩は。人んちの夫婦喧嘩で楽しむなんぞ悪趣味にもほどがあんだろ」 公私共々世話になってるんで断れない依頼にゲンナリする。 しかし身内限定とはいえ、他者に公開となるとちょっと問題がある。 それは時間。 今は時間流が通常状態だが、本来の地球は物資消費を抑えるため遅延状態を維持中。 俺とアリスは地球上では結構せわしなく動いているので、見た目ではそれこそ睡眠時間を削って働いているような状況。 もっともそれはその少ない睡眠時間を、こっち側に戻って、長めに休んだり、他の仕事をしたりと、足りない時間を補填するっていう裏技を宇宙技術で絶賛発動中だから出来る芸当。 そんな反則技を使って裏方で動いている俺の方はまだいいが、ディケライア社長であるアリスは、あちらこちらと顔つなぎをしたり、会合と分刻みのスケジュールで動いているので、他人からその動向を推測されやすい。 だから第三者に明らかにおかしいタイムスケジュールだと悟られないように、ちゃんと管理をしている。 しかしそこに決着まで少なくとも十時間は掛かるだろうプレイ動画を公開となりゃ、明らかに矛盾が生じる。 公開するのは身内だから大丈夫だと個人的には思うが、星系連合からすりゃ、んなのは関係ない。 疑われるかも知れない状況を意図的に放置したなんて、突っ込んで来られて、こっちの事業に支障が生じたらたまったもんじゃない。 回避するには、対戦内容を変更するのが一番無難だが、他の改造ゲームで対戦時間が短い物だとアリスがやりこんでいるのが多く、俺の勝算がかなり低いので最初から負け戦確定。 ならウチのサークルと関係ないゲームと行きたい所だが、こっちが初見でも、アリスの奴がやりこんでいる可能性が否定しきれないのが、アリスのゲーム廃神としての恐ろしい所だ。 俺と出会う前に暇だからって、地球のゲーム網羅していてもおかしくないからな、あの推定年齢3桁後半な年上にもほどがある女房。 となりゃ何か簡易対戦ゲーを速攻で仕上げて、と行きたい所だが、さすがに開発時間が足りないんでそこでも矛盾が生じる。 昔作ったって言い訳も、作っておいて俺とアリスが、対戦をやっていないわけがないと突っ込まれるのでそれもアウト。 開発時間をクリアするには、ウチの開発陣にでも頼むなら無理ないけど、平時なら酒の1つで頼めるが、オープンイベント中のこのクソ忙しい状況でそんな私用を頼んだ日には、女ボスな佐伯さんに殺される。 こんな時に俺もアリスも同等にやり込んでいたリーディアンのPvP機能が有れば、互いに後腐れ無く決着をつけられるんだが。「まてよ……リーディアンの機能ならあれもありか」 そんな懐かしくなったリーディアンを考えていると、少し妙案を思いつく。 美月さん達とサクラさんエリスコンビも決戦を行うって約束を交わしていた。しかしその内容はまだ未定。 そして美月さんは、半公式を装うために、ゲームプレイの公開や内容の紹介をしてしばらく活動をすると。 つまりはある程度、運営の、俺の思惑に、望む望まずに拘わらず乗らざる得ない。 つまりは対戦用の新機能をPCOに搭載となりゃ、PRを兼ねて、それで対戦する必要が生まれて来ると。 佐伯さん達が今開発中の大規模レイドシステム。それこそリーディアンの真髄ともいえるあの機能を盛り込んだレイドシステムを、ちょっと弄って対戦用のツールとするってのもありだな。 「カナ。今の取り消しだ。後で新機能データを公開するから、上手いこと美月さん達を乗せろ」 今の思いつきを企画書へとするための算段を固めながら、俺はそれこそ先輩命令で下準備をはじめる。『うぁっ……先輩今絶対悪人顔ですよね。了解です』「んじゃ頼んだ。時間だしそろそろ切る」 なんやかんや言いつつも二つ返事で引き受けてくれた金山に後は任せて通信を切るとほぼ同時にアラームが鳴る。 地球を覆っている時間流遅延フィールドが再稼働を初めて、時間の流れが遅くなりはじめたことを知らせる音だ。「美月さん達の方は任せればオッケーと。サクラさんの方はお仲間になってもらった柳原さんに一任。問題はエリスか……仕掛けに気づいて出そうになってるから、上手いこと戻すには」 エリスがPCOをやっていた理由は、閉じ込められていた地球から宇宙に戻るため。 それが大嘘だとばれた今、エリスがそこまでモチベーションをもってゲームをやるか微妙。 むしろしばらく拗ねて絶対拒否ともなりかね無い。 しかしそうなるとせっかく繋がったサクラさんとの絆も成長無し。そうなりゃ他方面で色々と面倒が起きる。 エリスがゲームを続けるための理由付けが必須か……ここはカルラちゃんに出動してもらうのが一番手っ取り早いな。『はい。どうかしましたか小父様?』 呼び出しコール二つ目でとすぐに開いた通信ウィンドウには、頭の狼耳をぺたんと下げたカルラちゃんが映る。 頭の耳を見なくても声に元気がなく表情も優れなく、落ち込み気味なのが丸わかりだ。 「エリスが仕掛けに気づいて出てこようとしてるけど、カルラちゃんも一緒に迎えに行きたいかと思ってね。どうする?」「エリス姉さんが! ……うぅ、でも姉さんに私は嫌われていないでしょうか。約束を断った上に、騙してしまっていたのに」 嬉しさで一瞬立ち上がった狼耳だったが、またすぐにへたれ込む。どうやら会いたいけど、会うのが恐いらしい。 エリスの性格上、カルラちゃんを嫌うわけは無いと思うんだが、その辺りを口で説明してもなかなかに納得しがたいだろうな。 思慮深く慎重と言えば聞こえは良いが、基本気が弱いというか、ちょっと臆病な所があるのが、うちの娘様の妹分なカルラちゃんの性格。 実姉のシャモンさんの1/10でも気が強ければ、あまり悩まずに色々と生きやすいのにそんな性格っちゃ性格だ。 まぁだからこそ、強気一辺倒なエリスの従者としてふさわしいんだが。「あー大丈夫大丈夫。ヘイト管理が俺の得意技なんで。俺に任せて。というわけでここで合流。後来るときについでに、ペットショップに寄ってこれ買ってきてくるかな?」 今の火星では人は気軽に増やせないが、アニマルセラピーの一環で小動物は多少が融通が利く。 作れない子供代わりに犬や猫を飼う人も多いので、火星都市のそこら中にペットショップが有って、ペット用の道具なんかもラインナップ豊富だ。 『……く、首輪ですか? 小父様これをどうする気ですか?』 予想外の頼みに少し面食らっているカルラちゃんが見るのは、大型犬用の棘突きの大きめな首輪。見た目がごつくてインパクト十分。「とりあえずシャモンさんとサラスさんに詳細報告もしておいて。そうでもしないと殺されかねないから。狙いは……」 目を白黒させているカルラちゃんに作戦の詳細を説明して、ついでにディケライアの最強戦力のツートップへの備えを頼んでおく。 須藤の親父さん曰くあまりエリスに嫌われると葬式に来てくれないって事だが、その前に根回ししておかないと、八つ裂きにされて今日が俺の命日になりかね無い。 さてと、この状況でうちの娘様はどうするかねぇ。