階段を一段飛ばしで早足で上がりながら、仮想コンソールを呼び出し、諸々を一気に設定と。 何時もなら地球圏内と、地球圏外では消費物資の関係で時間流をずらしていて、リアルタイムでの仕掛けはちょいと難しい。 だが、今日だけは怪我の功名と言うべきか、シャルパさん対策関連側の仕掛けで宇宙側と時間の流れを同期させているんで、ついでとばかりに柳原宗二さん相手の仕掛けも行っちまえと組み込んだって訳だ。『三崎様。アカデミアにおいて辺境文明特別講義が開始されました。受講者数は現在27億4152万2011名となっているそうです。内訳は定期受講者が約3割、残り7割が臨時受講者となっています』 っと、向こうはもう始まったか。さすが提出時間に正確な堅物教授陣。コンマ1秒の誤差もありゃしないか。 今回は、銀河アカデミアの辺境文明研究専門にしている学部へ調査情報を送るって言う名目の仕掛けだ。 銀河における先の大戦の原因は、銀河帝国が宇宙の終焉情報を隠し、さらには自分達種族だけが次の世界、別の宇宙へと至る【双天計画】を立案実行したことに端を発している。 それ以前にも支配者側である銀河帝国は当然と言えば当然だが、その統治をやりやすいように、数多の星間文明をランク付けして、その階級に合わせ開示される情報や知識、技術への制限を設けていたそうだ。 治るはずの病気は治せず、知る事が出来たはずの自然災害を知れず、そして支配者の一方的な通知で研究をストップさせられる。 強大かつ絶対的な支配権を有していた銀河帝国だったが、反逆を始めた初期抵抗勢力はそれらを逆手にとって、文明間における平等権、情報の共有、知識・技術の解放なんかを旗印に徐々に賛同勢力を増やしていったとのこと。 その名残か今の統治者である星系連合も、表向きには平等、共有、解放を旗印にして重視している。 ただ平等はともかく、知識や技術の解放には先立つものが必要となるんだが、そこはそれ、当時の方針を打ち出した父親やら重臣達にぶち切れていたらしい帝国の姫であり、後のディケライアの初代姫社長が暗躍。 粒子ネットワークの中心地。情報統合星系アーケロスに裏パスし込んだ上に、当時の最先端学術・研究機関である帝国科学院の一部教授陣と結託して彼らを電子化。 粒子ネットワーク上に存在する電子生命体とし、仮想世界に知識の倉にして、銀河最大の学術・研究機関となる仮想世界【銀河アカデミア】を設立し、今に至っている。 だから出先機関はリアルの銀河中そこらに数え切れないほどにあるが、銀河アカデミア本体は今でも電子世界の中にあり、銀河中のどこからでも粒子ネットワークに接続できれば、いつでも学び、知り、そして利用できる開放方針を基本的には維持し続けている。 もっとも本気でやばい記録、知識、技術もいくつもあるそうなので、それらにアクセスするには事前に、相当な時間(それこそ数万年単位)を必要とする前提講義を受講した上で、精神・思考検査も兼ねた難関試験をいくつもパスして初めて接触可能となるセーフティー機能を設けてあるらしい。 まぁ、そんなこんなでリアル世界を至上とし、仮想世界を下に見る人らが多い銀河文明において、仮想世界優先主義者の多い銀河アカデミアは、どちらかと言えば俺としては取っつきやすい攻略対象。 知りたがり、研究したがり、集めたがりな変わり者教授らを、星系連合が秘密にしておきたい銀河帝国滅亡の原因となった【双天計画】に深く関わる創天・送天の両艦を出汁にしたうえで誘い出し、実験惑星・生物だった地球と地球人。 さらには非公式ながら銀河の端から端まで一気に飛んで見せたアリスとその相棒たる俺のバイタルデータ、そしてうちの愛娘エリスの将来的なデータを担保にしてまで、仲間へと引きずり込んでいる。 家族を利用してまで仲間にした理由は単純明快。銀河アカデミアが星系連合が掲げる平等、共有、解放の三原則の内、共有と解放を担っている象徴的な機関故だ。 地球人を知らない連中が大多数の銀河文明において、その評価は未開の原始文明惑星にして凶暴で野蛮な現地生物ってだけだ。つまりはいつ稀少な星を消費し尽くして、潰してしまうとも知れない有害生物。 もし星の世界に出てきたら、無用な火種を振りまき、他の星さえも汚すやも知れない。 だから最低限の生体サンプルだけを確保し”保護”し、”余分”な残りは駆除しなければならない生物と。 だから知ってもらう。全ての人に理解、共感してもらうのは、生物としてのありようが違いすぎる人種もいるので、まだまだ先の課題だから高望みはせず、とにかく知ってもらう事が最大課題。 その為に星系連合の未開惑星関連法に触れず、学術研究の一環として講義という形で特例が許されている銀河アカデミアの講義を通して、地球人をその文明を考え方を有り様を、多くの人に研究し、学んでもらう。そいつが俺のとりあえずの優先目標であり、遂行中の計画。 「んじゃ教授陣にはすぐ始めますって言っておいてください。特別講義【地球人反応現地テスト】の開始です」 今回はその講義の特別バージョン。リアルタイムで仕掛けてどのような判断をするか、どのように受け止めるのかを見て貰おうが表向きの理由の1つ。 もう一個の狙いは柳原さん次第だが、姪っ子のサクラさんとは違いリアリストなご様子なんで上手いこと嵌めていきゃオッケーと。 頭の中で流れを総ざらいしている内に、正面受付横の事務室前へと到着。扉の前で息を整えつつ、ゆるめのネクタイをちょっときつめに結び直し。「んじゃクエスト開始と行きますか。リルさん。映像転送よろしくお願いします」『畏まりました。エリスティアお嬢様方のご動向で特筆すべき事がありましたら、すぐにお知らせ致します』 そうそう特筆すべき事なんて起こって欲しくは無いが、シャルパさん来訪直前となりゃ打てる手は多くあればあるほどに越した事無し。事前準備が全て無駄になっても、逆転の一手を打てりゃ最高なんだが…… そんな都合の良い事を考えつつ、事務室の扉を軽くノックしてから、返事も待たずに無造作に開ける。 これから俺が演じるのは嫌な奴。そうそれこそ価値観の違う宇宙人ですら、嫌な奴と思うであろう、正しいが融通の利かない、弱者の事情を考えずに強者の理論を推し進める権力者側。 星連のお偉方が望んでいる地球の取り扱い、接し方をこれ見よがしに演じてやろうじゃないか。 事務室奥の日当たりのいい窓際に設置された折りたたみ椅子には、濡れたワイシャツが干されて、その対面の椅子にはタオルを首に掛けた本日の鴨もといお客様な柳原宗二さん。 その横ではおろおろとしながらも、あらかじめサイズを色々と用意してる替えのシャツを渡したり、クリーニングやら色々と手配している大磯さんの姿。 「お待たせ致しました。いやぁ災難でしたね」 いけしゃあしゃあと言ってのけると返ってきたのは柳原さんの敵意の篭もった目と、足止め策に使われた大磯さんの怨みがましい目。「すみません。クリーニングにお出しして、後日お持ち致します。あとは彼が柳原様を応対致します」 何時もは純粋な事故だが、今回は外に出てこちら側の記憶を忘れていたとはいえ俺に足止めを頼まれ、ある意味でわざとやった罪悪感からか泣きそうになっている大磯さんが深く頭を下げる。「濡れただけで怪我もありませんから、あまり気にしないでください。あれは運が悪かった事故でしたので」 あの表情を見てなお強く出られる者は皆無な親父キラーな大磯さんの必殺技は柳原さんにも効いているようで、むしろ大磯さんを気遣っているのが察せられた。 じょうろ+大磯さんで、どういう状況になったのかある程度想像はつくが、どれだけのミラクルな人間ピタゴラを起こしたか後で映像を回してもらうか。「三崎君……追加でトイチ。全部新作」 不埒な事を考えているのが表情に出たのか、大磯さんが俺の横を通り過ぎるときに、怨嗟の篭もった恨み声で伝える。 うむ。ヘイトがそこそこ高めの大磯さんがすれ違い様に告げたひと言は、制服のようにクリーニング代が出ない私物の下着代+追加報酬のお達し。 具体的には事務のほかのお姉様方含めてのおやつ差し入れを十日間、毎日一種新種を持って来いととの事。 おやつ十日間が安いのか高いのか微妙な所だが、全て新種となると厄介。ここは飲み友達な百華堂の若大将セッさんにご助力頼むか。 軽く了解と答えつつ、大磯さんを見送ってから、シャツを着替えた柳原さんへ改めてご挨拶と。「”はじめまして”、柳原様のご案内をさせていただく三崎伸太と申します。本日は当社でただいま運営中のPCO事業の取材という事でしたか」「……あなたと会うのは2回目だ。まさか忘れたとは言わせない」 こっちがビジネス面で行ったのに、柳原さんが返してきたのは先ほどまでの応対を脱ぎ捨てた警戒口調。こっちの腹芸に付き合う気など端から無いと言いたげで、いらつきを隠そうともしない。 まぁ、そりゃごもっとも。月で亡くなったはずの義兄と婚約者からのメッセージビデオを見せた本人がそんな事を言いだしゃイラッとくるだろうな。 んじゃまずは先制のジャブと。「あぁ、そうでしたか。”こちら”の私では初めてお目にかかったので、失礼いたしました。そのうちにあちらの私ともう一度、出会う日が来るかも知れませんが、その時はこちらに気を使ってくれとでもお伝えください」 ふむ厨二厨二。真実を知ってりゃ爆笑するか、どん引きな台詞で返すが、真面目な柳原さんは、俺の返しに僅かに表情を変えたが、言葉を発せず真意を探る目を向けてくる。 柳原さんはリアリスト。もっと正確に言えば、地球人の大多数の平均である科学文明に基づいた思考をする普通の人間。つまりは今この地球上に有る知識、技術で全ての事象を考えるって事だ。 クローン。そして記憶の移植やコピーは、今の地球の科学文明でも、まったくの夢物語ではない。ある程度なら限定して行えるだけの科学力が出来上がっている。 神の御技という奇跡なんて、宗教方面で思う者も今のご時世また少数。 わざわざお空の彼方、銀河文明、いわゆる超科学な宇宙人を絡めて考える。某伝説の大陸愛読者なんて、それこそ極々少数派だ。 だけど星連のお偉方にはその微妙なニュアンスが伝わらなかった。宇宙の情報を喧伝すれば、丸まると頭から受け入れると思っている輩も多かった。 そこまで未開でも無ければ、無垢でも無いんだが、恒星さえ産み出すあちらさんからみりゃ、こっちの知能、科学力をミジンコ並と思っている輩も多いこと多いこと。 まぁおかげさまで警戒されずに、星連議会で散々裏工作を仕掛けて吠え面をかかせれたわけだが。 上の認識は変えたがそれじゃまだまだ極々一部。地球の安全を図るには、まだまだ足りない。 この世の絶対的な大多数である大衆。彼らを動かす。その力を星連議会に仕掛ける俺の力へと変えつつ、さらに食い込む。「それでは予想外の事で時間も押していることですし、まずは我が社の誇るGMルームへご案内いたします。どうぞこちらへ」 向けられる視線はまるきり無視して、表面だけは丁寧な口調で案内をはじめる。 警戒をみせながらも無言で立ち上がった柳原さんを伴いながら事務室を出て、階段すぐ横の棺桶こと、ちょいと故障気味なエレベーター前へとご案内。「いやぁ、色々とたて込んでいまして、なかなか職場環境の改善まで手が回りませんが、お客様に階段を使っていただくわけにも行きませんので」 ぎしぎしとワイヤーが軋み、金切り声のような音を発するが涼しい顔で中へ入って、柳原さんを誘い寄せる。 虎穴に入らずんば何とやら。色々な意味で覚悟を決めたであろう柳原さんが唾を飲む音を聞きながら、後ろ手に回した左手で仮想コンソールを弾く。 特殊機能を起動する為の4つのパスワードを入力。【男同士・狭いエレベーター・地下室まで・なにも起きないはずが無く】 何とも不穏な4つの言葉の羅列は、アリスと佐伯さんが仕込んだワードプロテクトなんだが、元ネタ知ってりゃ悪用も多様もできないだろうって事らしい。 そして効果は抜群。使った後の風評被害を想像してちょいとダメージを受けそうだ。 ただしこいつが一番確実、安全な手である事は間違いなし。 無言で乗り込んできた柳原さんを確認してから地下1階を押してから閉ボタンを再度タップ。 地獄へ落ちていくような亡者の叫び声を上げながらエレベータが下降をはじめたかと思ったらすぐに、「なっ!?」 がくんと揺れてついでに灯りまで消えて真っ暗闇となり、柳原さんが驚きの声をあげる。 これぞ隠し機能と胸をはるほどでも無いが、要は意図的な故障。普段から動作が怪しいので仕掛けと思われないだろうという何ともチープな手だ。 そしてその隙に揺れて蹈鞴を踏んだふりで柳原さんの首に触れながら、強制フルダイブ決行と。 通常なら他人を強制ダイブさせるなんて出来やしないんだが、今や世界標準となりかけている粒子通信技術の大元はディケライア。そしていくつものダミー会社をはさんだ上で、フルダイブシステムの根幹。脳内ナノシステムにも食い込んでいる。 「ほいと。んじゃエレベーター機能回復」 機能を回復させたエレベーターは軋む音はそのままだが動きだし、意識を失いぐったりした柳原さんの身体を支えた俺はそのまま地下のGMルームへ降りる。 柳原さんは今頃はあちらのホワイトソフトウェアのエレベータ内で修復待ちの体験中。俺の仮想AIが相手しているが、まだまだ受け答えが拙いので稼げる時間的は1分あるかないかぐらいか。 「三崎。予定通り3番と4番が空けてある。いそいで運べ」 管理室の中村さんの声に急かされながら、肩に担いだ柳原さんを指示されたエレベーター近くの筐体へと運ぶ。「ういっす。んじゃ作戦第二段階へと移行します。【エレベータを出たらそこは火星だった作戦】と行きましょうか。人格再現AIの起ち上げと、火星の大佐ご本人達も仮想側に来て準備しておいてもらってください」 さてといきなり突きつけられた真実をどう思うか。さらに今いる世界がいつの間にやら仮想世界だったと来ればどうなるか? ちょっとというには、かなりヘビーな体験で、リアルとVRの境界線が曖昧になるVR中毒となる(なにやらアリスは『それってクラインの壺症状にならないって?』と裏表の無い壺で表現していたが)心配もあったが、大佐曰く『うちの義弟はあれでタフガイ』だって太鼓判。 さらに婚約者のシルヴィーさんからも『ソウジなら、君の悪戯くらい乗り越えるから心配しなくていい』と、何時もの冷静な顔と口調でお言葉も頂いている。 となりゃ、関係者以外本邦初公開となる仮想世界の火星を、やがて銀河中から人があつまり楽しめる銀河のPCOの雛形を一足早く体験して貰いましょうか。 ついでに流れ次第じゃ、お涙ちょうだいな再会劇として、受講者さん達の同情も買えりゃ上出来と。 その為には、俺の演技力次第。あくまでも星連の意向に素直に従い同胞を管理する、虎の威を借る性悪狐を演じさせてもらいましょう。 指示された筐体を開けて柳原さんを寝かせて、ついでに有線接続に切り変え。 即座にその隣の筐体に入って、首筋にコードを接続してベルトで固定、ついでにあらかじめ用意しておいたマイ座布団の位置を調整して準備完了と。「んじゃGMミサキシンタ、お客様1名様ご案内してきます……フルダイブ開始」 こめかみを軽くタップした脳内には快感に似た電流が走り、俺の意識は、総力を挙げて作り続けている遊戯盤へと移動していった