階段を一段飛ばしで駆け下りて、扉横のスロットに社員証を滑らせ、ワールド管理を行っているGMルームに入室。 地下1階のフロアを区切っていた間仕切りを全ぶち抜き改装して新設されたGMルーム。そのフロアの大半を占めるのは機能性重視の業務用汎用フルダイブ機。 棺桶のような筐体が規則的に並び、太い配線が縦横無尽に這う様、サイバーパンクなカタコンベといった有様だ。 大半が稼働中のそれらを横目に見つつ、片隅のリアル側管理室に早足で滑り込む。「悪いな三崎。ちょっとまずい事態になった。到着前にスキル開放されそうだ」 須藤の親父さんがぽっくり逝ってお空の人になった後、その親父さんから直々に後継者指名され、今現在ウチの会社の現場トップを仕切る中村さんが、難しい顔で俺を出迎えつつ、壁側全面に展開した仮想ウィンドウを指さす。 そこに映るのは、立体表示された広域宙域図。もっとも広域と言っても精々100単位の星系が映っただけの地域図。文字通り天の河銀河規模のマップサイズを持つPCO全体で見れば、それは極々一部の星域。 宙域図には無数の光点が輝き、それら一つ一つはお客様、要はプレイヤーの皆様の現在位置を現しており、そこから伸びる矢印付き折れ線が、プレイヤーが入力した経由地、目的地を判りやすく表示するって形だ。 様々な星域に向かう多数の白点に混じって、特殊プレイヤーを示す赤い点4つが、それぞれ別方向から同じ宙域を目指してやがる。 お嬢様方の最終目的星域はウォーレン星域試験場。 いやぁ、まぁウチ2つは俺の仕込みだが、ブラックゲート経由で先行して到着予定の美月さんらは予想外だっての。「こっちこそすみません。見通し甘かったみたいです。そっちは状況確認して俺が対応します」 ただ美月さん達は俺の策略の要であるが、かといってほかのお客様をないがしろにできる訳も無し。 中村さんには通常業務に戻ってもらい、すぐに引き継ぐ。 コンソールを叩きピックアップしてプレイヤー情報を確認。 通常なら教育機関である学校からの接続は弾く設定がデフォルトなんだが、物の見事に特別許可が出ている。こりゃ羽室先輩か。 何があったか知らないが、どの口が廃人養成させるなだ。あの不良教師先輩め。 しかし正規のルートで接続してきた以上、こっちの都合で切るわけにもいかない。そこらは腐ってもGM。 それよか問題は……シークレットレアの絆スキルの方だわな。 土壇場を盛り上げるために組み込んだ大逆転スキルらしいと大まかには把握しているが、その辺は俺は開発はノータッチ。 基本的にアリスと佐伯さんを中心に協力会社のやたらと濃い連中があーだーこーだーと組んでいたシステム。 聞いた方が早いと予定表を確認してみると、っと佐伯さんは今日は休みか。 となりゃ、今は地球と宇宙側の時間流が同期しているからアリスを呼び出した方が早い。「アリス。ちょっといいか?」 左手の薬指に嵌めた指輪を弾き呼びかけると、指輪は微かに揺れて内部構造を変化させはじめる。 こいつは指輪の形をしているが、ナノマテリアル製マルチツール。 内部構造を変えて多種多様な機能をもつって完全に地球外技術の産物なんだが、通常時はどう検査してもただの銀指輪なので、未開惑星研究者御用達な便利アイテムだ。 つっても元素材のナノマテリアルは、アリスが身につけていたメタリックウサミミが出所なので、正真正銘ディメジョンベルクラドパートナーの証明書であり、俺らの結婚指輪でも有る。『シンタなにか大佐の義弟さん方であったの? あたしの方もシャルパ姉にそのまま見つかると、色々とまずい書類が山積みで忙しいから手伝いは無理なんだけど』 指輪からはアリスの声だけが返ってくるが、その後ろでは賑やかというか、修羅場的な怒鳴り声に近いざわめきが微かに聞こえてくる。 あー。うん。グレーゾーンってのは解釈次第で黒にも白にもなるって意味だから、対策は仕方なし。 アリスの方はアリスの方で、明日にはご来訪予定の特別監察官な従姉妹様の出迎えの準備やら対策で忙しいのは百も承知だが、こっちも緊急事態。少しでもいいから協力を要請だ。「いや宗二さんと別件で、美月さん達がレアシークレット絆スキル合体の取得……」 『全員20分休憩! 社長命令!』 説明途中だってのに、歓喜を隠しきれないアリスの理不尽すぎるトップダウン命令が響き、『きたきた! え、なに!? どういう燃える状況!? 二艦対6億5千万!? それとも脳波同調!?』 俺の目の前に、ディケライアのマーク入りの深紅のパーカーを纏った廃神兎様が銀髪ウサミミをぶんぶんと振りまわすハイテンションホログラムが召喚されやがった。 いや、お前。シークレットレアのシチュエーションフラグが、レアって言うだけの事はあるって知ってるが、どういう状況で発動条件を組み込みやがった。 つーかそれ以前に仕事ほっぽり出してこっち来るな。「待てアリス。まだ使ってないから、すぐ戻れ。そうじゃな」『アリシティア様の社長命令により社員全員が休憩時間を取得する事になりました。それと三崎様。業務終了後、サラス様がお二人にお話があるそうです』 リルさんの無情な声が響く……遅かったか。あとでサラスさんに夫婦揃って説教が確定したじゃねぇか。 膨大な精神的コストを前払いして召喚した馬鹿兎に聞いた所、レアシークレット絆スキル【合体】の取得条件は大きく分けて3つになる。 まず一つ目がどちらか一艦がブロック構造艦であること。 もう1隻の非ブロック艦が主艦になって、ばらばらに分離したブロック艦がパーツとして接続するためだという。 どっちが主でも良いじゃないかと思ったが、それが由緒正しいグレート合体だと力説を始めそうだったので、そこは頭をはたいた目覚まし時計方式スキップ。 ついで2つ目がスキル的なフラグ。こっちはタンデムスキルの利用時間やら、スキルレベルが関連している、いわゆる前提スキル。 こっちはゲームとしちゃオーソドックスなので、詳細は聞かなくても十分だ。 そして3つ目が問題のシチュエーションフラグ。 これはいくつもフラグがあるが、そのうちのどれか1つでも達成すれば、合体スキルは取得は出来るらしい。 ただレアを名乗るだけ有って、普通プレイだと難しいというか、なかなかお目にかかれない状況だったり、それ人間が出来るのか? ってのが有りやがった。 なにやら二艦で大群を相手にするフレイムフラグやら、二人の脳波波形を合わせるエレクトフラグやら、元ネタをどこから持ってきたのか問い詰めたい。 そんな中で美月さん達が達成したフラグがブレイブフラグ。 なんでも自艦、敵艦共に祖霊転身状態での戦闘で、敵艦は無傷で、一方的に自艦が攻撃を受けている状態で、もう1艦が救援に来ればいいって奴だそうだ。 条件だけ聞けば簡単そうに見えるが、どっちも祖霊転身状態の戦闘で、敵艦が無傷で、自分だけ一方的にダメージを喰らうってのは、ゲーム的にはわざと狙わないと難しい状況だ。 アリス的には救援がきたら、合体が王道だという事らしい……触れると長くなるのでこれもスキップだ。 よほどプレイヤースキルが離れていても、祖霊転身を使えば多少なりとも相手に手傷を負わせられる戦闘バランス。それが俺ら運営側が目指した物だからだ。 だからこっちの思惑と真逆の戦闘状態ってのは逆に気づきにくく、ほかのフラグにしても、ゲームがある程度進んで、熟練と新人プレイヤー間の戦闘能力差が出た辺りに、開放されるってのが佐伯さん辺りの狙いだったそうだ。 そのはずが麻紀さんの死トラウマ+サクラさんの戦闘スキルが合わさり、美月さんの介入も合わせて、初日の戦闘で早々にシチュエーションフラグを見事に押っ立て。 そしてゲームプレイと共に美月さん達がタンデムスキルを使用して、第二のフラグも順調に積み上げ、運営のこっちの予測が1>2>3だった所、1>3>2という逆転現象及び、想定外過ぎる早期開放と……美月さん達も運が良いのやら悪いのやら。「これ普通なら知ってなきゃ、んな早々開放無理だよな? 今の美月さん達はウチの関係者だし、他のプレイヤーから情報リークを疑われかねないぞ」 俺とアリスの場合のウチはもちろんKUGC。運営側になろうとも、俺らにとっちゃ故郷で有り、ユッコさんやら可愛いパシ……もとい後輩達のホーム。 不正を疑われないためにいろいろしているが、こいつはちょっとピンチだ。 しかし美月さん達を真っ当に促成するためのベテランプレイヤーで、こっちのコントロールが可能なのは後輩共だけだったんで、入れなきゃ良かったも無しだ。『うーん。いっそ取得前にスキルを緊急メンテで消しちゃうとか?』「アウトだ。こっちの都合でプレイヤーが得た報酬を帳消しなんぞ、佐伯さんが許すわけねぇ」 これが不正ならともかく、かなりの偶然とはいえ真っ当に美月さんと麻紀さんが手に入れた力。それを消すなんぞ、ウチの会社が許すわけない。「サエさんはサイの振り直しを許さないタイプのGMだからな。アリシティア社長。こればかりは無理ですよ」 コンソールを叩いてどこかに連絡をしていた中村さんも苦笑交じりながら頷いて、俺の意見に同意する。 地球の存亡を賭けた大勝負の最中に、ゲーム云々は不謹慎といわれようが、そこだけは曲げちゃいかない。 GMは己のためには賽を二度振らない。これは俺らホワイトのGMの矜持だ。 例え展開が自分に不都合であろうとも、振り直しをするようではダイスの神様にしっぺ返しを喰らっちまう。『でも戦闘になれば一か八かで使う可能性も高いですよね? うちの子って結構短気だから彼女達に突っかかりますよ』 エリスが謀略家を気取っても、すぐに突っ込む猪なのは事実だけど、もう少し言葉を選んでやれ。あれ絶対お前の血だろ。 心の中で突っ込みながらアリスの予測には全面同意。 特殊スキルを美月さん、麻紀さんが間もなく手に入れて、しかもサクラさんとエリスが接近中。 エリスはすぐに噛みつきにいくだろうし、サクラさんも乗ってくるだろう。そして戦闘になれば、美月さん達がスキルを使う事にもなりかねない。 普通なら情報がなければ開放できそうも無いレアスキルを。 その先に待ち受ける誹謗中傷、嫉妬、流言飛語、画面の向こうに他人がいるから面白いが、他人がいるから恐ろしい。 ネットゲーの光と闇は、GMなら十分承知だ。 この緊急事態に対して俺がやるべき、やれる事は……「三崎、開発部から少しは人を回せるように手配した。スキルを無くすんじゃ無くて改変で対応が出来るがどうする」 どうやら中村さんは人員配置を弄ってこっちにヘルプを回してくれたようだ。しかも少数とはいえ我が社の最精鋭の開発部の先輩方なら多少の無理はいける。 さすが頼りになる上司と先輩。となりゃ不肖の下っ端社員としても本気を出さざる得ない。 頭の中で攻略手順を、一瞬で練って、組み立てる。 「ありがとうございます……まずは戦闘回避を最優先します。それでも戦闘になった際にスキルの方は取得は出来ていても、心理的に使えない、もしくは使うのを躊躇するって感じで。とりあえず俺はサクラさんとエリスの方にちょっかいかけます。”相棒”。その間に美月さん達の方に時間稼ぎ頼む。スキル説明を情緒たっぷりに詳細にしといてくれ」 中村さんに頭を下げて礼を述べた俺は、キーワードを開放し頼りになる相棒に遅滞戦術の行使を依頼し左手を掲げる。『オッケー。二正面作戦スタートだね!』 我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべたホログラムの相棒がわざわざ重力変動場を作りだす。 掌を打ち合わせた音をゴングに、作った拳を闘志に変え、絶対不利な条件からのゲームマスタリングを俺らは開始した。