「土砂降りの雨あられでダンスと来れば、ここはBGMはアップテンポでしょ!」 ビーストワンを打つのは、文字通りの雨のように絶え間なく降り注ぎ全身を打ち付ける強制通信レーザー。 回避不可能な上に、可視、不可視を入り混ぜているので、どうしても見て反応してしまいストレスが溜まる。 溜まったストレスが判断を鈍らせ、さらに脳内ナノシステムの伝達速度に悪影響があるのはプロゲーマーならば誰でも知っており、不利な状況下での自分なりの対処方を編み出している物。 サクラの場合それは音楽。それもなるべくアップテンポでアドレナリンが出るタイプの早い曲調だ。 カスタムサントラからお気に入りのギターリストのソロ曲を爆音で選択。 全身を打つリズムに乗せ、両手で掴んだ装甲板を振り回し即効の盾とする。『あーもう五月蠅い! リンクでこっちにまで聞こえてくるんだからもっと静かな曲にしてよ! 今索敵中なんだから!』 一方繋がりっぱなしのウィンドウの向こうでは、エリスが頭の上のメタリックウサミミを左右にピコピコとゆっくり振りながら、宙域図へと目をこらしている。 集中が乱されるのが嫌なようで、相も変わらずの不機嫌顔だ。「Booー。エリーはテンションが低いな! 姿が見えない敵から一方的な攻撃。ここはピンチからの逆転シーンだよ!」『逆転するならともかくやられっぱなしでしょ! あーもうウンディーネのコピーばっかり! 物量作戦はサクラたちのお家芸なのに逆にやられてるじゃ無い!』 強制通信レーザーに乗せられた光信号は、一発一発は弱いが着実に蝕んでいく見えない毒。 電子攻撃によるクラック攻撃は、サクラの方はスラスターの誤作動が一定間隔で発生し、エリスの方は常に索敵能力の低下が起きている。 スキルレベルが低いのか、装備ティアが弱いのか、ミツキが祖霊転身状態で強化されていても、こちらのシステムが完全掌握されることは無さそうだが、それでも無視は出来ない攻撃を受けている。 自然に流れるように着実に素早く罠に嵌められてしまったが、そのわりには仕上げのお粗末さが、ミツキ以外の意思を感じさせる。 おそらく誰かのアドバイスを受けているのだろう。「ちっち甘い甘い。ステイツのトレンドはいつだってスーパーパワー持ちのスーパーヒーローが、ムソウ状態! これこそアメリカンヒーロー! そしてジャスティス!」『あーも胡散臭い! サクラって本当にアメリカ人!? 日本人が想像するステレオタイプじゃない! そこの廃船影!』 情報リンクで送られてきた敵ポッド位置情報を確認。10機ほどが固まっているようだ。 通常攻撃では廃船を避けたり破壊している間に逃げられてしまう……ならば、 「オッケー! ゴー! アルティメットウェポン!」 エネルギーチャージ済みの2本の尾を最大稼働させ宙返りを切りながら突撃。 超振動波を打ち放つ一本目の尾が廃船を粉みじんと変え、さらに追撃の二本目の尾が無数に放つプラズマの矢が逃げ遅れた3機に直撃し、一瞬で水で出来た機体を蒸発させ、内部のコアを破壊する。『あーまた使うし! もっと節約しなきゃダメでしょ! そんな無駄遣いをウチでしたらサラスおばさんからお説教コースなのに!』「わかって無いなエリー。盛り上げるのがサクラの、プロのお仕事! 見せ場の一つも作れないでカリフォルニア州チャンプなんて名乗れないよ!」 盛り上げるためなら偶像だって演じてみせるし、高難度トリックもどんどん決めてみせよう。それがトップゲーマーとしての心意気なのだが、どうにもエリスには不評のようだ。 もっともそれで自分の方針を変える気は一片たりとも無いのがサクラだ。「ってな訳でエリーも派手にいこうよ! 祖霊転身で一気に逆転だよ! 場所さえ見つけたらあたしが特攻!」『まだダメ! あっちにはマキもいるから、せめて手がかりがあるまでは使わないもん。時間切れを狙ってるかも知れないでしょ! メル! 索敵案はなんかない!?』 突っ込みたがりのサクラとは真逆で、エリスは慎重な意見を口にして、サポートAIへと戦術補佐を求める。 『うい。ここは鴨撃ちといきましょうお嬢様! サクラ様もご満足な一気にバーンと広範囲索敵! こっちにばれちゃうとびっくりした相手が起こすリアクションと、同時にポッド間での動きの差異から、隠れている兎をあぶりだしちゃうよ!』 鴨なのか兎なのか。AIの癖にやけにその場のノリと勢いで発言している節が所々に見られるが、面白AIの割には言っている意見は真っ当なものだ。『採用! ノイズ除去が終わり次第、広範囲索敵を仕掛けるから!』 メルのハイテンションには馴れているのか、それとも最初から諦めているのか特に突っ込むことも無く、エリスが広範囲索敵準備を開始する。 まだエリスの艦の方が電子防御能力が高いので、一瞬だけだが索敵能力を低下させるノイズが途絶える瞬間が時折不意に生まれる。 これはこの場に二隻がいるから起きた隙。もしここに一隻だけならば、全てのポッドの攻撃が集中し、とても捌ききれず一方的にやられていただろう。 攻撃が二つに分かれているから、ほんの僅かだがまだ対処する隙が生まれていた。『除去確認! 広範囲索敵レーダー最大威力で発信!』 一瞬モニターを白く染めるほどの高出力で発信されたレーダー波が、津波のように一気に広がっていく。 不意な強烈な電磁波に、旧式の電子部品がショートを起こしたのか廃船からいくつも火花が産み出され、まるでその明かりで照らし出されたかのように、今まで確認出来ていなかった物も含めて、数え切れないほどに隠れていたポッド達の姿が克明に浮かび上がる。 いくつかはより大きな反応があるので親ポッドも投入されているようだが、肝心である扇の要は、マンタの姿は発見できない。『敵大ポッドβがレーダー攪乱幕を展開! 北天方向を暗幕で覆ってきたね! 狐の巣穴はこっちかな!』『メル! どれかに統一してよ! 北天方向に展開したポッドは全体の4割弱! 隠れているならこっちだと思うけど、あんまりにあんまりでありきたりすぎる気がする!』 こっちに隠れているなら分かり易すぎる。案外そう思わせて、裏の裏で、本当に隠れている場合もありそうだが、それを結論づけるには、もう少し情報が欲しい。「同感! ミツキは真面目そうだからセオリーをセオリー通りに行っているかも! となれば怪しいのは反対側! 反対側にいるのは……NPC艦ロセイホルン17!?」 そちらにいるのは北天よりは数では劣るとはいえ薄くない数のポッドの網。そしてその遥か先。廃船置き場から少し離れた宙域に佇むNPC警備艦だ。 ブラックマーケットを仕切る裏組織に所属するNPC艦は、通常時は巡回コースを廻っているが、さきほどのEMPミサイル攻撃後から警戒モードに入って状況確認状態へと入っていると、艦情報を発信している。 彼らはあくまでもブラックマーケットを守る警備艦隊。ギリギリだがブラックマーケットの管理宙域から外れている廃船置き場までは、出張ってくる設定にはなっていないようだ。 だからあそこに留まっているのも別におかしくは無いかも知れない。 だが高レベル装備を持つ警備艦ならば、一定の場所に停泊していなくても情報収集に問題はない。 もしそれが動かないのでは無く動けないのであれば。そして何より最初に不審船情報を発信してきたのが件の警備艦であるという事実。「オッケー。とりあえず殴ってみれば答えはわかるって事で突貫するね! エリーは一応に備えてパーティ解消しとこうか!」 このまま殴りにいってもし違えばブラックマーケット組織と敵対状態に入る。 同パーティ状態では実際に攻撃した自分だけでなく、エリスも敵対モードに入る。ミツキ達だけで無く、NPC艦隊までなんて相手にしていられず、それどころか逃げ切れるかさえ判らない。 だがこのまま座していれば負けるのを待つだけ。 賭けるなら常に一点掛け。本命ズドンだ。 しかしそれはあくまでもサクラのスタイル。エリスを巻き込まないようにパーティ解散を申し出るが、エリスは首とウサミミを横に振った。 『そうなったらエリス一人でここ受け持つことになるじゃない。それに到着するまで時間が掛かりすぎる。エリスの船は超射程艦。目も耳も良いんだから! いくよメル。フルダイブ! それから祖霊転身【月兎イースター・バニー】発動準備』 どうやら慎重ではあるが、腹が決まったら一点掛けはエリスも同様のようで、フルダイブを宣言し、さらに同時に祖霊転身を開始する。 『りょーかい! 卵を届けに兎は跳ねる! 砲身仮想展開開始しちゃいましょうか!』 フルダイブ時とキャラクター画像は変化させないタイプなのか、画面の向こうのエリスの姿には変化は無い。 艦の形状もサクラのように大きく代わりはしないが、艦底の一部が開きいくつかのアンテナがせり出し、さらに艦の全長と同じほどに長い、長砲身が中心から真っ二つに割れて、その砲口を南天へと向ける。 その目が見るのは遥か先。いくつもの廃船とデブリに阻まれていようとも、意にも止めない強烈な指向性レーダーが放たれる。 フルダイブによるステータスアップに合わせ、物星竿に付随した専用祖霊転身時に使用可能な長距離ピンポイント索敵システムが、その偽装を一瞬で暴き立てる。『ビンゴ! 嘘つきな子を発見! でも卵は届けに行きましょうお優しいお嬢様!』 イースターの兎とは裁判官。それに見立てたのかメルが偽装を見抜いて、敵艦の本当の情報をモニターへと表示する。 偽りの姿をはぎ取られ姿を現したのは、綿毛をつけたタンポポの様な独特の外観。 それはテールアンテナを展開し、移動能力に大きく制限を受ける代わりに、情報処理能力を最大まで稼働させたミツキの搭乗艦。通称マンタにほかならない。『サクラ! チャージが終わるまでしばらくガードして! 祖霊転身状態の物星竿ならビーストワンをあそこまで一気に跳ばせる!』 そう言っている間にも、ポッドの攻撃がエリスの船へと集中する。どうやらミツキもエリスの方へと脅威度を大きく見積もったようだ。 逆転の手が目の前にあるなら強く握るのは当たり前。 それにチャージが終わるまで味方の盾となって、さらに自身が必殺の銃弾になる。なんて燃えるシチュエーション。是が比も無い。「イエス! 派手にいこう!」 両手に持った装甲板を振り回しながら、サクラはレーザーの雨の中に身をさらす。 装甲板にまだ少しだけ残っていたのか、レーザー吸収塗装が着弾と同時に光となって散開して散らばる。 ちらちらと舞うそれはまるで桜吹雪。 チャージが進む事に、二つに分かれた砲身に電光が走り、その砲口が白く輝き、空間と空間を繋ぐ真円のゲートが成形されていく。 ほのかな明かりを放つそれはまるで月。 月下の桜吹雪の元で躍る狼と兎は、猟師をその耳と牙に捉え、逆転の一手のために、卵を形作っていく。 『祖霊転身反応新たに感知! 対象確認識別名【バカマント】ことプレイヤーマキ』 やけに私怨込み込みな識別名と共に新たにこの宙域に飛びこんできた船の名が表示される。 それは美月とコンビを組んでいるマキの搭乗艦【ホクト】 既にフルダイブ、祖霊転身状態となっているホクトは、1直線にミツキと合流しようと飛翔している。 到着予測時間は、こちらの転位可能時間よりも僅かに早い。 しかも光学観測でも判るほどに、マキの船には何らかの改造が施されている。 『来たわね! マキ! けちょんけちょんにしてあげるんだから! サクラ手加減なく二人とも殲滅だからね!』 どうやらミツキよりもマキに対する敵愾心が強いのかエリスが吠える。 このまま転送されれば一応1対2なるのだが、どうやらサクラが負けるとは、エリスは微塵も思っていないようだ。 スペクテーターは一人。だがその観客が自分の勝利を疑っていないならば、魅せて踊るだけだ。『ハンプティ・ダンプティ完成! すぐに落ちて割れちゃうから飛び込んでゴー』 マンタと合流したホクトが何らかの変形を開始したのがちらと見えると同時に、メルから転位可能の合図が出される。「オッケー。オウカ突貫!」 マキの仕掛けは今の段階では判らない。 だが卵を割ってみなければ中身が判らないのなら、それもまた楽しい。 歓声をあげながら狼は月の中に飛び込んだ。