髪色はサクラと同じく黒色だが、顔立ちは純日本人という感じではない。 気の強そうな目で睨んでくる少女の年齢は、サクラよりすこし下に見える。 もっとも不特定多数の人物達と競い合うオンラインゲームで、リアルの知り合いなら別として、ゲーム内での他人との通信画面にリアルの姿をそのまま使う者はそうはいない。 どのようなゲームでも、どれだけゲーム内で仲のよい相手でもリアルを知られたくないというプレイヤーは一定以上は存在し、またリアル情報が漏洩することでトラブルへと繋がる危険性も高い。 だから大抵の者は、フルダイブ時に使う仮想体をプロフィール画像としてつかう。 そしてVR規制条例後に製作されたPCOは、制限時間の関係上どうしてもハーフダイブ状態でのプレイがメイン。 その為にPCOには、他者との通信時に使用可能な、音声変換機能や映像差し替え機能がデフォルトで設定されている。 サクラ自身も他人との通信に使用しているのは、ホームであるHSGOで使用しているキャラクターであるハイティーンのチェリーブロッサム。 だから相手の少女には、オウカというプレイヤー名と、10代後半の姿として写っているはずだ。『うー、サクラはマキとたくさん戦ってるんだから、そっちで満足してれば良いでしょ! ミツキはエリスが倒すんだから!』 同時翻訳機能が働いているので、少女の発する言葉は理解が出来るが、サクラには意味が判らない。 なぜなら、エリスと名乗って半泣きで睨んでる少女は、一般公開はしていないサクラのリアルネームのみならず、サクラたちが、その動向や、三崎が見出した意味を探っているミツキやマキの名さえも口にしている。 基本的に自分は囮。派手に暴れ回り、その裏に隠れて相手の出方を探るのは叔父の宗二の役目だというのがサクラの認識であり、実際にその通りの分業になっている。 しかも直接的な攻防は得意だが、搦め手となるといくら州チャンプと胸を張っても、まだまだサクラは子供。 予想外の事態に、頭の中でとっさに返す言葉が思いつかない。 考えてもすぐに対処は思いつかないし、相談できる叔父の宗二もいない。 だからサクラは考えるのを止めた。「よーし! じゃあ競争! 先に攻撃を一発でも当てた方がミツキを狩るって事で。レディーゴー!」 考える前に行動というのが、サクラの絶対勝利スタンス。喧嘩を売られたのなら、ミサイルの一つでも撃ち返すが、手を出すなと文句を言われたら、返す言葉は一つしかない。 早い者勝ち。 エリスの返答も待たずに、一方的に勝負を宣言したサクラは、フルスロットで廃船置き場宙域に向かって、進路を取った。『あーっ! ず、ずるい! うーこれだから! 待ちなさいこの卑怯者!』 獲物を譲るどころか、抜け駆けしたサクラに怒ったのか、頭のうえの機械ウサミミをピンと立てたエリスが、怒りを含みながらも可愛らしさが先立つ声で怒り、即座に追随してくる。 独占使用者以外立入禁止宙域? 入るなと言われたら、逆に入りたくなる。しかも獲物は緒戦でしてやられたミツキ相手。 なんだかんだとその動向が目立つマキと違い、地味に着実に活動しているミツキの居場所を探るのは難しく、ミツキへの襲撃チャンスは初日以来。 競争相手がいて、獲物がいる。サクラにはそれで十分だ。 2隻の船は、最短距離で船墓場に向かって一気に進んでいく。 しかしサクラの方が僅かに加速力に劣り、エリスとの差は徐々に開いていく。『うー! ミツキは絶対エリスがやっつけるんだから!』 画面の向こうで怒るエリスには答えず、サクラは僅かに目付きを鋭くして、警戒を強めながらも、なんで追いかけてくるんだろうと、素直に思う。 エリスの船は一撃必殺な長物武器を装備はしているが、ほかには武装らしい武装は見受けられない。 もっともそれは当然だ。ほかに装備していないのではなく、ほかに装備する余裕が無いというのが正しい。 もっともそれは直接的な攻撃力に絞った話。 超長距離戦闘仕様の船には、これでもかと言うくらいに、遠距離索敵用や通信傍受用のアンテナ群が増設されて、狙撃手+観測者を兼ね備えた構成。 一方でサクラのビースト1は純粋な戦闘艦。近距離攻撃能力は破格だが、中、遠距離戦となれば心許ない。 近距離戦闘艦と遠距離戦闘艦。「ねえ貴女。なんであたしについてくるの? 別に先に着いた方が勝ちじゃなくて、一撃入れた方が勝ちの勝負だよ」 互いに得意距離が違うのだから、公平な勝負にしようと一撃先行勝負としたサクラだったが、その思惑は外れて、思わず問いかける。『……い、勢いだもん! 悪い!?』 どうやらついつい追いかけ始めたらしく、サクラの言葉にはっと気づいたエリスは、恥ずかしさからか頬を染め、頭のうえの機械ウサミミをわちゃわちゃと振り回す。 もっとも今更止まるのは、もっと引っ込みがつかないのか速度は維持したまま追いかけてくる。 ゲーム慣れしていないというか、駆け引き慣れしていないというか。 もう少し公平な、自分が楽しむ為に縛りでも入れようかと、サクラが考え始めたとき、『緊急実験警報。20秒後に当艦を標的とした戦術級EMPミサイルの指向性試射実験の為、下記宙域が警戒宙域設定されます。近隣を航行中の艦船はこちらの宙域から離脱、もしくは電磁波対策を使用してください』 先ほどミツキの存在を知らせてきた警備艦から再度警報と宙域図情報が発せられる。 警戒宙域は、サクラたちからみて船墓場を通して反対側。今丁度ミツキとハンター艦が追いかけっこをしている宙域だ。 先行しているミツキの艦を先端とし、その後方に赤色に塗られた漏斗状の高警戒宙域と、ミツキの船を中心とし円球状に大きく広がる要警戒宙域が黄色く染め上げられる。 黄色の方は、効果範囲は船墓場を越え、サクラたちの方にもかかるほどだ。 同時にEMPミサイルの仕様情報も送られてきており、赤色宙域は通信・索敵装備へのスキルレベル、ステータスダウンの高デバフ攻撃、黄色宙域も、一時的に索敵、通信能力にステータスダウンを起こす低デバフ攻撃を起こす、非破壊型広範囲攻撃のようだ。 不意打ちで撃たれれば、黄色宙域でも今のスキルレベルや装備ステータスでは大きく影響が出るが、事前警戒情報が出ているのならば、自動、任意問わず対抗スキル発動で被害を軽微、もしくは無効化が可能。 なぜミツキはわざわざ不意打ちが一番有効的な手だというのに、手札を晒した? その疑問に宙域図を見直し、すぐにサクラは合点がいく。赤色の効果範囲には、ハンター艦のみならず、警戒警報を出した警備艦さえも含まれている。 非破壊攻撃とはいえ、EMPミサイルも立派な攻撃兵器の一種。警備艦にこんな物を叩き込めば、宙域の支配勢力との関係は悪化。 下手すれば宙域中の警備艦が集まってきて、包囲轟沈は必死。 だがここは全てが商品となるブラックマーケット。それは宙域も、警備艦さえも対象外ではない。 どうやらミツキは宙域のみならず、高レベル防御能力を持つ警備艦への影響力を確かめるという試用攻撃目的で、警備艦を標的艦とする許可まで、買い付けたようだ。 敵ハンター艦へ強力な電子攻撃を仕掛けつつ、支配勢力との関係は悪化させないための一手。 とっさに考えたにしては、ずいぶんと大胆な手を打ってきた。サクラが感心していると、『へっ! え、え、なに!? なにこれ!?』 通信が繋がったままの画面から、状況が判らずおたおたとしている兎娘の狼狽している姿が見えた。 ここでサクラは薄々と気づいていた事実を確信する。エリスはどうやらゲーム初心者だと。そして勿体ないとも思う。 自分のあとを付いてきたとしても、先ほどの戦場を無傷で抜けた反射神経も、この判断力では宝の持ち腐れだ。「Attention! 防御スキル電磁対策発動! 復唱!」 落ち着きをなくしている相手にはこうやれと教えてくれた発声法から鋭い声で、エリスへ簡潔な指示を出す。 戸惑っている初心者プレイヤーがいれば、ついつい手を貸したくなる。そんなオンラインゲーマーとしてありふれた思いからサクラは、ついつい手を貸してしまっていた。 もっとも通用するかどうか半信半疑だったのだが、 『イ、イエッサー! ぼ、防御スキル電磁波対策発動! って! あぁっ大佐の物まね!』 何故かエリスは、打てば響くような返しですぐに復唱するが、どうやら本当に条件反射だったようで、すぐに我に返る。 だが復唱と言えど、間違いなく正式な口答操作は行われた。 『ういっさ! 防御スキル発動するよぉー! お嬢様の邪魔はこのメルがさせ……あ、ゴメン。スキルレベル足らないから被害が出るや』 プレイヤーの指示に対してすぐにサポートAIが反応して、スキルを発動させるが、『うー! メル! もっとしっかりやってよ!』『いやぁーほらあたしデットコピーだし。オリジナルの能力はとてもとても。さすがあたしのオリジナルだね!』 被害が出るというのに、やたらと明るく元気なサポートAIとのやり取りが聞こえてくる。 色々なコラボ企業が特色のあるサポートAIをPCOに参入させているので、どこ製かはわからないが、ノリが軽くて軽快なのでサクラ好みだ。『試射実験開始。付近をこうこ……』 警戒警報が途中で千切れ、雑音がスピーカーから響き、周辺宙域を表示していた宙域図にもノイズや揺らぎが領域を広げながら影響が増していく。『フルダイブ反応を感知。至近で新たにフルダイブプレイヤーが一艦、現れました』 EMP着弾から生まれた揺らぎと、ほぼ同時フルダイブプレイヤーが出現したことを知らせるが、それが誰で、どこかは正確な情報は入らない。 フルダイブ、祖霊転身ともに他のプレイヤーが行えば通知されるが、そのプレイヤー情報や出現位置情報は、プレイヤーの索敵能力依存となっている。 EMPミサイルによる電磁障害で発生した嵐の中では、ゲームがスタートしたばかりで低レベル帯が主で発見は難しい。 フルダイブ、祖霊転身時の姿隠しの有効策としてぼちぼちと広まっている手の一つだ。 だが今回は違う。姿を隠そうにもミツキの艦は警備艦にしっかりと補足されている。 それにフルダイブを行ったのは一艦だけ。となればハンター艦がフルダイブのステータスアップ効果で、EMPミサイルのデバフ効果を打ち消そうとしたと考えるのが妥当か? ミツキが対抗してフルダイブを行わない理由は、時間制限を気にしているからか。それとも行わずとも、船墓場で引き離す手段でもあるのか。 しかし美月がフルダイブをしていないなら、こちらとは条件は同じ。フルダイブして能力は上がるが、存在を知らせずにすむ。 まだ奇襲のチャンスが消えた訳ではない。 だが問題は、周囲の荒れた電磁波はまだ収まる気配が見えず、レーダー画面は荒れっぱなしな事だ。 近場の障害物は、近接戦闘艦がもつ高威力の近距離レーダーでくっきりと映せるので、混み入って乱雑に廃船が置かれた船墓場内でも、低速モードで抜けていくことは不可能ではないが、中、遠距離は絶望的になり、すれ違う可能性が大きい。 このまま電磁嵐が収まるのを待つか、それとも…… サクラはダメ元で、思いついた手をエリスへと一応の打診をしてみる。 自分が足りない物は余所から補う。それがオンラインゲーマーの常識。ソロプレイよりもパーティープレイの方が安全マージンがあがり、時間当たりの経験値効率も上がる。 だが申し込んだ画面に変化は無し。船墓場を回避して、あちら側に移動。奇襲のアドバンテージはなくなるが、ハンター艦に共闘を申し込んでみるのも手か。 少し考えていると、サクラの予想とは真逆の承認コールが返ってきた。『……協力してあげる』 不承不承といった体の、ふて腐れ頬を膨らませたエリスが、それでも、サクラの送ったパーティ結成要請に受諾を返してきた。 パーティが結成されたことで、一部情報が共有され、不鮮明だった宙域図が少しだけマシになった。 これなら役割分担をしっかりとすれば、さほど影響なく船墓場内でも戦闘が可能だ。 やけに敵愾心を見せていたわりには、ある意味あっさりとした返事を返してきたので、サクラがその顔を見て真意を確かめようとすると、エリスのウサミミがガッと立った。『なに!? 文句あるの! 恩と仇は無駄な利子が積む前にすぐに返せって、おーとさんがいってたんだもん!』 どうやら先ほどのとっさに出たアドバイスに対しての返しのつもりのようだが、どうにもひねくれ者というか、頑固そうな様が見てとれる。 しかしこういう分かりやすいのはサクラは嫌いではない。それにエリスは初心者と言えど、光る物がある。共闘に託けて鍛え上げれば倒し甲斐があるライバルになりそうだ。「オッケー。遠距離はエリーに任せたね! 近距離はあたしにお任せ!」 会心の笑顔とサムズアップを出したサクラは大胆にも、中、遠距離レーダーを全てカットし、近距離レーダーにすべてのソースを回す。 パーティを組んだ以上、相手を全面的に信じる。それがサクラのジャスティス。プレイスタイル。 近距離戦闘艦と遠距離戦闘艦。得意とする距離も装備、スキル構成もそれぞれが正反対なほどに違う。 だからこそ上手く噛み合えば、互いの弱点をフォローし、得意分野を最大限に発揮できる。 足りない物を補い合い、得意な分野に集中しさらに伸ばす。それがオンラインゲーの理想。 そして最強を目指すサクラの理想。 自分がわざわざ日本に渡ったのは、父の情報を得るためというのもあるがもう一つある。 自分が理想とするプレイスタイルを、完璧に会得していたあのコンビともう一度戦うためだ。 理想を追い求め続けるサクラは、扉を無理矢理にこじ開け、新しい道を見出す。『だ、誰がエリー!? うー勝手にあたしの名前をさらに略さ! ってお話をきいてよ!』 一方でこじ開けられた扉の方は、普段は振り回す方である自分が、他者に振り回されるという状態にちょっぴり怒っていた。