ハーフダイブは、フルダイブと違い、ゲーム世界の中に完全に没入していない。ハーフダイブ中は己の分身たるキャラクターになるのでは無く、分身を動かし、行動を眺めているというのが正しい表現になる。 「ホクトから船外探索ユニット『サンシキ』へとプレイヤー権限をコンバート。連絡貨物艇を本艦から分離準備」 惑星やコロニー内探索用の船外ユニット『サンシキ』と、その母艦である小型艇を麻紀が起動させると、周囲に浮かんでいた仮想モニターの画像や、同じように仮初めのコンソール群が一新される。 いくつかに分割されていた外部映像モニターは、麻紀が動かした視界内の映像に限定される自由モニターに変更。 目の前のコンソールは基本形は変わらないが、いくつかの項目が切り変わり、足元には歩行、ダッシュ、ジャンプのフットペダルが3つと、両碗部には船外ユニットアーム精密動作用にグローブ型コンソールが新しく生成される。 プレイヤー名をニシキとして本船操縦。外部探査用ユニットがサンシキ。名字を捻ったのと、リアルの自分が一式、仮想世界は順番事に二式、三式とした麻紀らしいネーミングセンスの表れだ。 本当はプレイヤー名はドイツ語でツヴァイとしたかったのだが、既にその名が取られていたので、仕方なく日本語での数えに変更。 プレイヤー名と違い、ユニット名のかぶりは問題無いので、この後も艦船、特殊装備が増える事に四式、五式と名付けていくつもりだ。『私達の方でオウカさんの動向に早めに探りを入れておくから、情報が入るまでは二人はとりあえず今日の行動方針通り、ウォーレン星域試験場での買い物と装備の搭載や整備してて』 リアルでの情報収集に当たってくれている美貴が、まずは準備優先という方針を再度確認する為にか、もう一度優先事項を強調する。 プレイヤースキルという意味で考えれば、別ゲームとはいえ全米プロトップクラスのオウカは、ゲームを始めたばかりの麻紀達では、足元にも及ばない。 逆に麻紀達が有利な点は、オウカのホームゲームでは無く、PCOが新規ゲームといえど、運営会社やその開発陣にある程度慣れているギルドKUGCが全面協力中。 今までの行動から見てオウカは単独、もしくは極々少数で活動していると推測が出来て、チーム力でカバーが出来るということだ。『はい。私の方はアップデート項目関連の装備の確認と並行して、探査増強と艦内環境改善、それとMod枠を使ってモニターシステム拡張を最優先で準備するつもりです』 その性格にあった堅実なプレイをする美月は、強化方針を自分の長所をより伸ばす方面へと決めていた。 中型艦タイプのマンタにはNPC搭乗員が多いので、自動管理では無く、手動管理にして食事やシフト体制など細やかな気配りが必要になるが、基本能力底上げが可能。 さらにソフト面での改良を得意とする美月と、校内アーカイブの組合わせも良好。 鳳凰こと大鳥が在校時に卒業制作の一環で作ったという即席3D地図作成プログラムを、PCO内に持ち込んで、周辺星域状況をより感覚的に捉え、戦場を俯瞰的に見た戦術構築が可能な構成へと変更する予定だ。『りょーかいです。あたしは特殊船外装備『グランドアーム』の取りつけと、初期スキルの取得。それと関連して補修スキル系の装備もちょっと探ってみます』 ウォーレン星域試験場に入った事で取得が出来たより詳しいアイテム情報画面を見ながら、麻紀は改造プランを練りながら答える。 グランドアームは文字通り、船体から分離して展開する事で稼働する巨大な機械仕掛けの手だ。 掴む、投げる、打ち込む等、人の手が出来る基本的な動きが可能。さらに人でいうところの爪の部分は、ネイルボックスとしていくつかのオプション改造が可能となっている。 バリアユニットを搭載したフレキシブル電磁防御シールド。 組み付いた艦のエネルギー奪取を目的とした短距離エネルギーケーブル射出機能。 はたまた指先からさらに細やかな無数のマニピュレータを展開して、航行中でも自艦や他船の外装補修や、装備変更を可能とする簡易ドック展開機構。 他にもいろいろあるが、麻紀が気になっているのは簡易ドック機構だ。 麻紀達は賞金首。 賞金稼ぎの襲撃対策をしなければ、所属組織の勢力圏外ドッグで、長時間の停泊が必要となる外装修理や、大幅な機能変更を安心して出来ない。 何より勢力外での長時間停泊は欺瞞スキルや偽装工作資金の問題もあるが、精神的に落ち着かないのが大きい。 敵の襲撃があってもすぐには出られないし、無理矢理に出れば機能低下状態で戦闘という事になりかねない。 資金に余裕が出来てくれば、戦闘艦の搭載や新造さえ可能な巨大ホームドッグ艦でも購入して移動拠点として用いても良いが、それを購入、維持できるのはまだまだ先の話。 それなら買い物を終えたら、人目が少ない小惑星帯に潜り込んだり、近場の無人惑星にでも降下して自己改造、修理を施した方が、落ち着くし、経験値も入ってスキル向上も望める。 『オッケー。全プレイヤー相手にはったりをかますなら色々と準備しとかないとね。段取り八分に仕事二分って奴よ。じゃあ金山、こっちも戦闘開始と行くわよ。あたしとミネ君達は、プレイヤーサイトや雑談板を廻ってゲーム外からオウカさんの目撃情報収集。そっちは美月ちゃん達を発見って欺瞞情報を発信して、ゲーム内での直接狙いの釣り準備。情報戦スキルを伸ばしたいギルメンに協力要請しといて。手段は任せる』『あいよ。欺瞞は情報信頼度に関わってあとのゲーム内活動に支障が出てくるから、闇業者NPCから偽装アカウントを複数購入と。偽装が他プレイヤーに見破られたときに備えて、美月さん麻紀さん関連の情報は百パー嘘でも、いくつかの正誤交えた情報発信で信頼度がだだ下がりしないギリギリ狙いでいくか。ホウさん。犯罪者系情報の弾不足だがらゲーム内情報交換交渉の要請良いか?』『待ってろ今ログインする。それと交換情報は出来たら農業系スキルと種子取得関連で頼む。そっちの生産系が奥が深すぎるのにプレイヤー不足で、まだまだ情報不足になってるから。どんだけ些細でもありがたい』 麻紀達の百点の答えに満足したのか、笑ってみせた美貴達も、ゲーム内での情報戦を開始した。 元々同盟を組んでいたというだけあり、立て板に水の様にあっという間に話は纏まり、美貴達は1つの意思の元に動いていた。 ベテランプレイヤー達の手助けは頼もしくもあるが、麻紀は少しだけ不安も覚える。 この流れ、組織を作り上げたのは、美貴の話では他ならぬ三崎だということ。 今のKUGCや同盟ギルドの活動方針は三崎の意思や思惑とは、ほとんど別行動となっているが、その組織形成能力の一端は厭になるほど見えてくる。 美貴曰く、三崎は敵を味方にする。 自分に敵対する者さえも、その行動を計算して使い、自分達の利益とする。だから三崎に敵は無い。 しかも気がつけば、敵のはずなのに同じ方向をみて動く羽目になる。 親友の美月は三崎の敵になろうとしている。それが結果どうなるか? その答えはまだまだ見えない。 先が暗闇で見えないのか、それとも道が無くて見えないのか。出来たら眩しくて見えないであってほしい。『マスター麻紀。発艦準備が完了いたしました』 自分らしからぬ事を考え始めていた麻紀だったが、モニターの一部が光ってサポートAIが、分離発艦が可能になっていることを伝えてくる。 意識を外へと向け直した麻紀は、小さく息を吐く。 自分は美月の手助けをする。そう決めたのだ。三崎の手助けじゃ無い。あくまでも美月のだ。 だから今はオウカを退け、美月が望む道を進むための手伝いをするだけだ。「じゃあ先生。分離発艦。特殊兵装市場へ自動航行。市場港入港後はサンシキで場内散策しながら目的のショップへいくから、途中の目玉商品をピックアップしておいて」『了解致しました。ですがマスターの趣向に基づくと全ての店が対象になりますので、フィルターの条件変更をお願いいたします』 ジャンク屋巡りやハード構築が趣味なのは、最初にサポートAIを立ち上げた時の質問などで答えていたが、それ以外にも日頃の言動からサポートAIはプレイヤーの趣味や行動方針の情報を蓄積し、的確なサポートをする用に設計されているという。 そこそこの付き合いになったイシドールス先生が提示したサンプル画像に写るのは、沈没艦から引っぺがしてきたのか焼け焦げ、コード類がむき出しになった何かのユニットやら、やたらと趣味的な蒸気機関と歯車組合わせたメカニカルなもの。 他にも明らかにエネルギー生成ユニットが異常にでかい個人携帯用バリア兵装やら、巻物の形状をしているのに捕獲トラップだと言い張る謎魔術兵器など、一癖や二癖はありそうな品が山積み。 それから出るのはどうにも隠せないジャンク感。思わずフルダイブして、自分の手にとって観察、堪能したい誘惑にかられそうになるが、麻紀は今月のフルダイブ可能残り時間を思い出して、何とか留まる。 オウカに絡まれる度に、生き残るためフルダイブをしてきた所為で、無駄に時間を消費。おかげで自分の五感で触れたい場所も禄に入れなくなっていた麻紀は、怨嗟の声を溢す。「あ、あの馬鹿犬。絶対に許さないんだから」 ご馳走を前に手を出せない悔しさに歯がゆい思いをしながら、断腸の思いで麻紀は移動経路を散策から目的地ショップへと一直線に変更した。