『ではでは、しばしお時間を頂きましてシークレットスキルシステム『ご都合主義と笑わば笑え』のご説明をさせていただきたく思いますが、お時間の方はよろしいでしょうか?』 二頭身キャラにデフォルメされて愛嬌のある造形の仮想体になっているが、ころころ変わる表情や髪の毛の細さなど、細かい所まで手間が掛かっている金髪ウサミミ女性AIは、芝居っ気たっぷりに、仰々しく胸に手を当てお辞儀をする。 シークレットスキルシステムという名は、プレイマニュアルにはひと言も出ていない。 既にゲームが始まって半月以上も経つのに、プレイヤーに隠されていた機能があったということは、理解は出来た。 しかしそれに対する驚きというよりも、独特すぎるシステムネーミングセンスを、実に自信ありげ自慢げたっぷりに頭のウサミミをぶんぶん揺らしながら話すちびキャラに対して、美月も画面の向こうの麻紀も、とっさには返す言葉を紡ぎ出せないでいた。「さてさて、いきなり、しかも初めてのレアスキル獲得に、嬉しさのあまり言葉さえ無くすその感覚は、私も懐かしくてよーーーーーく判りますが、このシステムの説明は、ちょっと複雑かつ、この先のプレイに大きく影響しますので、よくお聞きになって、プレイヤーさんはご判断ください」 全く見当違いな推測を宣いながら、うんうんと頷いたSDウサミミ娘は、パッと手を振ってその両手の上に、同じくデフォルメされた形の違う宇宙艦を二隻呼び出す。『え、ちょっと待って!? 美月そっちもこれ流れてるよね? なんかオッケーとか了承した?』「あ、うぅん、なにもしてないよ。一方的に始まった……みたいだよ」 いきなり始まった独演劇に呆気にとられていた美月は、麻紀の問いかけに我に返り首を横に振る。 「お二人が獲得なさったのは、いくつもあるレアスキル群の中の1つ。ソロでは発動しない絆スキルと呼ばれるパーティ向けスキルとなります。同一フィールドかつ祖霊転身中のみに出現するスキルを発動させると……合ッ体!」 困惑している二人を気にもしていないのか、それとも一方的に流れる自動映像なのかは判らないが、溜めを作ってからやたらと力強く叫んだウサミミ娘は、船を持ったその両手をパンと打ち合わせた。 打ち合わせた掌の間が一瞬発光して、その光の中からは、先ほどの二隻の造形がほどよく混ざった一隻の宇宙艦が飛びだす。「合体! そう合体です! やっぱりこの二文字を叫ぶのがスキル発動のお約束だと思いませんか! だというの……」 何やら身振り手振りを交え合体について力説を始め出したウサミミAI娘だったが、なぜか急に頭の上でぶんぶんと揺れていたウサ耳と同時に声もぱたりと止まって停止した。 どうにも暴走気味にも見えたので、AIプログラムがバグでも起こしたのかと思っていると、再稼働したウサミミAI娘が深々と頭を下げる。「失礼。少々取り乱しました。で、ではでは、スキル説明を再開させていただきます」 先ほどまで活発に動いていたウサ耳は急に大人しくなるが、声だけは弾ませウサミミAI娘は仕切り直して説明を始め出す。 「文字通り、艦種の違う船同士が合体して、ステータスを強化できるスキルとなります。スキルLV1合体中は10分間お二人のステータスを足して、二で割ったあと、掛ける1.5倍のステータス値が基本値となり、またお二人が持つ通常スキルは、スキルレベルが全て+1されます。そしてスキルレベルが上がれば、これらの数値や合体可能時間は強化されていきます」『それだけ……?』 やけにもったいぶった大仰な物言いから始まったスキル説明に対して、麻紀が気が抜けた声をあげる。 美月が抱いた印象も麻紀と同じだ。 ゲーム素人といっても良い初心者の美月さえも違和感を覚える説明。 ウサミミAI娘の説明する合体スキルは、いきなり能力が数倍になるようなぶっ壊れスキルではなく、順当といえば順当な強化スキル。 もちろん祖霊転身中はステータスもスキルも大幅に強化されているので、それがさらに強化できるとなれば、十分に有効ではある……あるが運営がオープン後もひた隠しにするほどのものだろうか?「おやおやお二人とも、たいした事も無いスキルをやけに大仰にとでも言いたげですね。さ、さてさて、本番はここからです。このシステムの心臓部。重要要素はシークレットスキルの取得条件なのです」 先ほどまでとは違いどこかぎこちない笑顔を浮かべたウサミミAI娘は、手の上でぷかぷかと浮かんでいた合体艦を、手でパンと挟んで潰す。 小さな両手で潰された合体艦はぺしゃんこに潰れ、その手の中で一枚のボードに変化する。「では本邦初公開。×××××が××××で×××…………以上が合体スキル取得のフラグ解放条件となります。やっぱり合体シチュエーションはこうじゃなくちゃって感じですよね……おいやっぱ無理だってこのノリ」 手に持ったボードにはモザイクが掛かり、ウサミミAI娘の音声にも酷いノイズが入り聞き取れず、最後の方も小さくて聞き取れなかった。 聞き取れないのも、見えないのも、なんらかのバグではなく、意図的に隠していると丸わかりだ。『ちょっと! さっきから何の茶っ』 人を小馬鹿にしたような構成に、画面の向こうの麻紀が切れかかるが、「ではお叱りを受ける前に詳しいご説明を。通常のレベルスキル取得には、一定以上のステータス値や、前提スキルがあればそのスキルレベルや使用回数、さらには一部スキルの取得には専用アイテムが必要となりますよね。これを私共はステータスフラグと呼んでいます」 先ほどまでの無邪気な笑顔と真逆な、人の悪い笑顔を浮かべたウサミミ娘は、切れかかった麻紀の気勢をそぐ為か、声の感じを改めて真面目声を出すと、その目の前にスキルの仕組みについて詳細を表示した画面を出現させる。 「シークレットスキルの解放条件には、このステータスフラグにプラスして、もう一つのフラグが必要となります。それがシチュエーションフラグ。これはプレイヤーの皆さんがゲームプレイ中に遭遇した、もしくは起こした行動がトリガーとなります。つまりお二人は合体スキルのシチュエーションフラグを建てたため、今回のレアスキルを取得となった次第です。こちらは極々簡単に書いた一例です。本来はもっと複雑になります」 最初とはすっかり雰囲気の変わった、もしくは本性を現したウサミミAI娘が手に持っていたボードを指で弾く。 指の振動で波打ったボードの表面に表示されていたモザイクがかき消され、紙芝居調の可愛らしい絵柄と共に、そのシチュエーションが高速で簡略的に示される。 殿を引き受け敵陣に単艦で突っ込む高速戦艦プレイヤー。 牢獄から脱出し、的の新型艦を盗み出すスパイ獣人プレイヤー。 はたまた、戦闘に限らず、晴れの日も雨の日も唯々黙々と畑を耕す農耕プレイヤー。 何度も何度も失敗を重ね、それでも諦めず前人未踏の10万メートル級山を踏破する登山プレイヤー。 「千差万別。それぞれのプレイヤーが行った、それぞれの独特の、特別な行動だからこそ、特別なレアスキルへのフラグ。それこそがシチュエーションフラグ……私達が提供するのは貴女だけの物語。貴女達だけの物語を刻み込む世界なのです」 演技過剰だが熱の篭もった感情を感じさせるウサミミAI娘の声から響いてくるのは、どうにもこうにも隠せないゲームへの情熱と自信。 全力で楽しませてやろう。 そんな声なき声が美月には聞こえた気がする。 しかしウサミミAI娘の説明に、美月は疑問が浮かぶ。「あの、でも麻紀ちゃんはすごい色々やってますけど、私は、そこまで特別なことなんて……してないはずですけど」 美貴達にゲームを教えて貰い、大手攻略サイトをよく覗いて参考にして、実際にそこで見た通りのやり方でやってみる。 ゲーム初心者の自分のスタイルは、誰かの模倣だと美月は自覚している。 色々とすごい麻紀ならばウサミミAI娘がいうようなプレイかも知れないが、とても自分がそんな特別な行動をしているとは、美月には思えない。「なるほどなるほど。そう思うのも無理はありませんでしょう。そんな貴女達がスキル取得条件を知る為に必要な事は1つだけです。スキルに対する情報公開を選んでください。ただしそれはこの世界の誰もが、そのシークレットスキルの取得条件を知る事になります」『それって他のプレイヤーも条件を知って、同じレアスキルを取りやすくなるって事?』「はい。そうなります。その代わり、後に続く者がでる度に、そしてスキルを使用する度に最初の先駆者に功績ポイントがはいります。私達はこれを開祖システムと名付けています」 麻紀の問いにウサミミAI娘はこくんと頷き、開祖システムと呼んだ仕組みについて書いた画面を開いて見せた。 そこに書かれた入手功績ポイントは一人当たりは微々たる量だ。しかし使い手が増えれば増えるほど馬鹿にならない、それこそ大クエストをクリアしたほどになるかもしれない可能性を秘めていた。「これ……絶対公開した方が特なんじゃないですか?」 公開するのが早ければ早いほど自分の特になる。それを隠そうとする者はいないだろうと美月は考えたが、その問いに画面の向こうのウサミミAI娘が美月をじっとみつめた。「さて、それはどうでしょうね。そうであれば既にシークレットスキルシステムは全プレイヤーが知っていた事でしょう。でも貴女達は知らなかった……その意味をお考えください」 それは世間を知らない子供を、見守る大人のような目にも感じられるどこか温かい目にも見えた。「ともかく公開する、しない。詳細を求める、求めないは、プレイヤーである貴女達の選択です。最初にスキルを使用したときに、求められる問いかけに備えて、私から贈れる言葉はただ1つだけです」 ウサミミAI娘は一瞬見せた温かい目を引っ込めると、チシャ猫のようににんやりと笑うと、 「貴女達はスキル開祖になりますか? それとも準ユニークスキルの使い手として更なる高みを目指しますか?」 登場したときとは少し違う問いかけを残し、画面から消え去っていった。