「ストレス値の回復悪い……かな」 麻紀から送られてきた航路データを元に、合流のために自動操縦に切り変えた美月は、ログイン時の日課になった乗員のステータスチェックを開始し、早速頭を悩ませる。 ステータスを一度になるべく多く表示する為に文字サイズを小さくしたので、見やすいように筐体内のライトが煌々と輝く。 美月の初期選択種族はアクアライド。そして搭乗艦もアクアライド種族の艦船M型LD432星系調査艦通称『マンタ』 水棲種族であるアクアライド艦内部は水で満たされた特殊仕様。 他種族艦に比べ、防御力や衝撃吸収力に優れるのが特徴だが、問題として維持コストが高い事と、時折水を総入れ替えしないと乗員のストレス値や健康値の回復に悪影響が出やすいことだ。 しかもその水も合成物だとステータスの回復が微妙に悪く、質のよい天然物だと逆に好調を維持しやすいと、微妙に扱いにくい種族。 真っ当な道を進んでいるならば、そこらの自然保護惑星に入国して質のいい天然水の補充も出来るだろう。しかし今の美月はゲーム内では、賞金も掛かった立派な裏社会の住人。 自然環境の整った価値の高い既存の星は、大体どこかしらの惑星国家や、星間国家が保有しているので、周辺星域の警備艦隊もしっかりしていて、入管を誤魔化すにも高スキルが必須と、駆け出し犯罪者にはなかなか近寄りがたい万全の警備体制が敷かれている。 かといって闇市場で仕入れるには、飲み水くらいならともかく、船1隻分入れ替え用となると、些か値が張りすぎる。 天然物の上質な水を大量に安く仕入れるのが、少しばかり難しい状態が続くのは、このルートを選んだときに覚悟して対策も考えていた。 浄水設備に力を入れて、ドッグに入る度に合成したばかりの新水に換えているが、それでもどうしても回復速度が気になる。 「シフトをもっと緩やかにして、あっ、でもそうするとスキルレベルアップが遅くなっちゃうし……」 天然水に替えられないならば、勤務時間や食事内容など他の手段で健康度やストレス値の下げ幅を抑えるのも手だが、それはそれで、それぞれ問題が発生する。 色々弄って、あーでもないこーでもないと、美月は頭を悩ませていく。 だが結論から言えばそれは、美月の過剰な心配、もっと端的に言うならば空回りというものだ。 確かにストレス値は少々高い。しかしそれは通常プレイでにおいてならば十分に許容範囲なものであるし、他のプレイヤーならば気にもしないであろう値だ。 むしろ天然水が入らず、合成水でこれだけのストレス値で維持しているのだから、上等なほどだ。 しかし生真面目すぎる上に、ゲームに不慣れな美月には、何とか出来そうだと一度思ってしまうと、常に100%を維持しようと考えてしまっている。 指南役の美貴達も、そんな美月の特性は理解しているが、それがダメだという野暮な指摘はしない。 これを美月の欠点と捉えるか、それともプレイスタイルと捉えるか。問題はそこだ。 MMOは性別も、職業も、年齢も異なる人々が、仮初めの人格を作り、一斉に集まり同じルールの下で、自由に思い描いたプレイをするゲーム。 その人の生活、思考、それぞれにあったプレイスタイルがある。そこには最強の唯一無二など無い。 求めるべきは自分の型に合う最高のプレイスタイル。 ゲーム初心者の美月は我知らずともその型を求め、試行錯誤を繰り返していた。 『アインゲート通過完了。ブースター点火。ツヴァイゲート方向へと進路を取ります』 答えの見えない悩みに美月が頭を悩ませている間に、自動操縦で飛んでいたマンタはいつの間にやら最初のゲートを通過。 赤色に輝く巨大な恒星がメイン画面を埋め尽くす。 この宙域のゲートは種別で言えば恒星近接ゲート。転位した瞬間、艦外温度が跳ね上がり、装甲に軽微ではあるがダメージが入るほどだ。 裏家業御用達のブラックゲートは、辺境域のみならず、普通の船では飛ばない、もしくは飛べない、航行禁止されているような危険宙域にも数多く存在していた。 だから物によっては、普通の正規ルートでは膨大な時間が掛かる恒星系間距離も、かなりの危険と引き替えだが短時間で航行可能なルートなどもある。 もっとも逆に言えば、そういう利用価値の無い、低いゲートを利用する以外の、短時間、安全と便利なルートは正規航路に利用されているともいえるのだが。 ブースターを使い恒星の重力圏から一目散に離れたマンタは、そのまま恒星重力圏ギリギリを舐めるように北天方向へと飛翔していく。 艦外温度は依然高い数値を維持したままだが、それでも少し離れたことで耐熱限界ギリギリなノーダメージを保っている。 もう少し離れれば安全なのだが、わざわざ危険領域ギリギリを飛ぶ設定にしているのは、そこが経験値効率がいいからだ。 危険度が高いほど操船スキル関連経験値取得率は効率的にあがっていく。 恒星関係で一番1秒辺りの取得経験値がいいのは耐熱、耐重力装備山盛りで、恒星の表面ギリギリを無理矢理飛ぶ飛行ルートだという話もあるが、さすがにそこまで無茶をする気は無い。 恒星重力圏ギリギリでも普通に飛ぶよりは大きな経験値は手に入る。 しかし安全度がなるべく高くて、効率の良い経験値稼ぎが出来るのはいいが、それと引き替えに、少し乗員のストレス値が上昇するのが気になる。 やはりこのストレス値の回復に何か装備が欲しい所だ。今向かっているのは大きなブラックマーケット。 今朝方の新規アップデート関連アイテムと一緒に、浄水設備で何か良い物があるか探してみるのもいいかもしれない。 美月がそんな買い物プランを考えていると、マンタのセンサーが重力異常を感知したことを知らせる。 サブ画面に目をやれば、先ほど美月が飛んできたゲートとは別の恒星近接ゲートの転位反応。 頭では麻紀だろうと理解はしていたが、転位反応に対して自然と警戒体勢に入った美月の手は、無意識に仮想コンソールへと伸びていた。 予想通り警戒は無意味に終わり、そのゲートからは、すぐに麻紀のホクトが飛び出てきた。 『美月お待たせ!』 通信用の仮想サブウィンドウが立ち上がり、何故かやたらと暗い筐体内と、モニターの淡い光でモノクルが怪しく光る麻紀が元気な声と共に現れる。 日常生活では、マントとモノクルという、慣れはしたがさすがにちょっと思う所もある服装も、この非現実的な宇宙空間では、怪しい美少女マッドサイエンティストという感じが出ているので、似合っているといえば似合っていた。「そんな待ってないよ。じゃあ次のゲートに向かうね。後いつも通りタンデムスキル使用で」『りょ~かい! こっちもタンデム開始と!』 ぐんぐんと恒星重力圏から抜けてきた麻紀に合わせ、美月も進路を変更しながらスキルリストを開いて、タンデム飛行補助スキルを選択。 マンタとホクトでは、艦種もエンジン出力も、最大速度も違う。 タンデムスキルはそんな違いのありすぎる艦種が、接近航行状態で同一航路、速度を維持して効率的に飛ぶ補助をするパーティスキルの一種。 ゲームスタート以来、単独クエスト以外ではなるべくパーティで行動して、スキルゲージが許す限りは、常時タンデムスキルを使用していたので、スキルレベルはかなり高くなっている。 そのおかげでマンタの特徴である広範囲レーダーと、ホクトの重力可変スラスターを効率的に共用できるので、単艦同士で飛ぶよりも、より速く、より遠くまで見通して飛べるようになっていた。 『ヤヴォール。タンデムスキル発動。5分間のあいだタンデム飛行が……』 メイン画面の端に浮かんでいた補助AIのシャルンホルスト君が、律儀に何時ものスキル説明を始めだしたが、なぜかその途中で動きを止めフリーズしてしまう。『あ、あれ? 美月、スキルは発動しているよね?』 どうやら麻紀の方でも補助AIが止まってしまったようで、困惑した声が響いてきた。 スキル画面を開いて見てみると、確かにタンデムスキルは発動していて、ステータスも如実に伸びている。 美月達の使っている補助AIは、VRカフェアンネベルグ謹製。モニターを手伝った事も有り、戸羽の好意でオープン期間中はカフェ外でも使わせてもらえることになっている。 ひょっとしたら少し古い学校の機器とは、最新型用に合わせて作られたAIプラグラムの相性でも悪かったのだろうか? 補助AIの助言に結構頼っていた美月が不安を覚える中、停止していたシャルンホルスト君が突如光の粒子に変わり、そしてシルエット状態でグニグニと姿を変えていく。 デフォルメされた等身は変わらないが、髪の部分が伸びて、頭から二本の長い耳が伸びていき、古いデザインの軍服が、ヒラヒラとしたドレスへと変化し、その顔立ちが女性めいた物へと変わっていった。 そして一際まぶしく光り出したかと思うと、『Congratulations! この世界で初めてレア絆スキル『合体』の取得条件が解放されました! さあ貴女達はスキル開祖になる!? それとも準ユニークスキルの使い手として無双する!?』 どこかで見た覚えがある金髪のウサミミを生やした二頭身女性キャラが、満面の笑みで美月に問いかけてきた。