『うー……カーラ。このクエストやるって約束したのに』 火星中央都市。そこのちっさなオフィスの一室がホワイトソフトウェア火星支店となっている。 支店と聞こえは良いが、詰めているのは心臓麻痺で死んじまった親父さんと、電車にひかれ轢死体になった俺という二人のゾンビのみなので、そこそこの広さの部屋に応接セットやテーブルを置き、地球と規格を合わせたダイブ機器を設置し、あとは隣に自炊可能な給湯室というシンプル仕様だ。 今日は社員の俺達以外には来客が一人。うちの嫁の従姉妹にして、娘様の妹分のカルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテン嬢だ。 PCOに参加中のカルラちゃんは、この支店からダイブするというルールにしている。俺の知らないところで、エリスに引っ張られてまた勝手な行動をされたら適わないってのが理由だ。 支店のモニターに映るエリスは、カルラちゃんからの連絡に涙目を浮かべ、髪から姿を見せるメタリックウサミミは、へにゃりと垂れている。 罰で地球に隔離中(大嘘)のエリスにとっちゃ、ゲーム内とはいえ、俺以外でちゃんと会える家族、知り合いはカルラちゃんのみ。 地球から出てこちら側に帰る為に、他のゲーム参加者と同じくゲームで功績ポイントを稼がなきゃならないって言う理由もあるが、カルラちゃんに会えるからっていうのが、エリスがPCOをプレイする大きな理由の1つとなっている。 しかしそのカルラちゃんが、急用で今日はゲームに潜れなくなった聞いて、エリスは意気消沈中だ。 しょぼんとしているエリスに、カーラちゃんがかなり動揺し、こちらをちらりと見るが、こっちの指示は変わらないので、手で×印をつくってダメだと念押ししておく。 「あ……うぁ……す、すみません。姉さん……その。こちらでトラブルが起きまして、私も手伝いに」『……いいよ。カーラはそっち優先して。エリスはカーラのお姉さんなんだから我慢する。ク、クエスト取られるとやだからいくね』 心の底から申し訳なさそうに頭と頭上のオオカミ耳を垂れるカルラちゃんに、うちの娘様は精一杯に強がって見せて通信を切った。 うむ。俺らには我が儘放題、甘え放題だが、唯一の妹分相手には、お姉さんらしく余裕をみせたいって辺りは、何ともわかりやすいウィークポイント。 しかしエリスの観察能力の低さは、少し問題か? こっちの事情や状況は、星連の原則的に地球側には漏洩できないってのは、知ってるはずだってのに、カーラちゃんの説明がアウトだとは気づいていないようだ。 俺やアリスなど一部関係者以外は、がっつり絡んでいるホワイトの社員にも、社内以外では記憶操作や、一時的な忘却で対応という形にしてもらっている。 だから今のエリスの立場じゃ、こっち側の情報は、それこそ家族に何かあろうとも知る事が出来ない。 未開の初期文明惑星に対する星連の縛りは、色々穴はあるが、それでもそれなりに厳しい物。 あのホラー気味な地球もどきもそうだが、色々とヒントを与えてやっているのに、うちの娘様が、今の現状に気づく様子は皆無。 結局問題は情報収集力か。地球人の友達でも作れば、会話の端々で今の自分の住んでいる場所が変だとすぐに気づきそうな物なんだがな……「小父様……楽しんでいませんか」 エリスがどうしたら気づくだろうかと、次のトラップを考えて楽しんでいたんだが、どうやらそれが顔に出ていたらしく、カルラちゃんが恨みがましい顔で睨んでいた。 シャモンさんもそうだが、カルラちゃん達の一族は、アリスやエリスの絶対守護種族のような物。 常に主最優先で、主一族が少しでも傷つけられたり、傷つけてしまうと、本気で怒ったり、凹んだりする性質が、文字通り、比喩的表現で無く遺伝子に刻まれている。 だからカルラちゃんに、エリスとの約束を破らせるのは、酷な話なんだが、今回はどうしても必要だからと説得して、不承不承だが納得してもらっている。「あー苦笑苦笑。早く気づいて自分から殻を破ってくれないかなって」 うむ。ここで楽しんでいると答えるのは簡単なんだが、カーラちゃん経由で聞いたサラスさんに説教をされそうなので、適当に誤魔化す。 もっともその場凌ぎな答えなので、あまり効果はないようだ。「三崎。お前な、あんまり娘で遊んでると、そのうち反抗期でエリ坊にゴミ屑みたいな扱いにされるぞ」「その時はその時で、攻略する楽しみがあるって事で」 共有ウィンドウに無数の監視プログラムを走らせ、絶賛稼働中のPCOのステータスチェックをしつつ、栄養ドリンクと握り飯な非健康的な朝飯を食っている須藤の親父さんに、俺は軽く返しておく。「ったく。エリ坊が可哀想だと思わないのか。長年寂しい思いさせていた父親に、ようやく構ってもらえたと思ったら、トラップ満載のホラーワールドにぶち込まれてんだぞ」「いやー。だから色々脱出のためのヒントは散らしているんですけど、なかなか気づきませんね」 もっともその辺は、実は計算のうち。エリスの地球嫌いは筋金入り。知るのも嫌だってほどで、あんな荒唐無稽な状況でも、面白いように信じること信じること。 そこら辺が可愛らしいとは思うが、逆に言えば生半可な手段じゃ、父親の俺の命と時間を奪っていると誤解している、地球を知ろうともしない。 しかし好意と嫌悪は紙一重。上手いこと裏返して毒を薬に変えるのも不可能じゃ無い。 エリスが真実を知って、罠に嵌めた俺に怒ってくるなら、それはそれで、地球人との、というか美月さんらとの融和ルートを開く道も見えてくる。「外道GMモードで娘で遊ぶのもほどほどにしとけよ。それより大佐の所のサクラだったか? 州チャンプの娘ッ子が上手いこと、お勧めクエストに食い付いたみたいだな。カルラ嬢ちゃんにエリ坊との約束まで破らせてまで、接触させてどうする気だ?」 サクラさんのログイン情報を得たのか親父さんが、さっきまでエリスが映っていた画面を切り変えて、マップやステータスと共に、サクラさんの乗艦であるアルデニアラミレット艦『ビースト1』改が映し出される。 初期状態から各部の姿勢制御スラスターを増設し、小回りを強化。さらに専用強化クエストもクリアして、ビーストモードでの尾を2つに増やしているようだ。 遠距離戦闘をすっぱり捨て去って、接近戦攻撃力重視の構成は、HSGO州チャンプとしての誇り故だろうか。 しかしほんとアリス好みのプレイヤーだなあの子。 まぁ、かくいう俺も、サクラさんとやりあったのが楽しかったのは否定できない。 ステに差はあるとはいえ、一人相手に俺とアリスのコンビプレイで、あんなにギリギリの戦いをしたのは、ぶちぎれて餓狼モードになった刹那以来だ。 あの子の戦い方なら、カルラちゃんと、むしろシャモンさんか? とりあえず知り合いと似ているから、エリスも少しは警戒感が薄れるだろう。 「まずは友達作りのワンステップ。サクラさんがここの所、麻紀さんに勝負を仕掛けまくっているのは、さすがのエリスも知ってるでしょ。で、アレですよ。敵の敵は味方って事で」「ですが小父様。今日は地球の方でご来客があるというお話でしたよね。だから小父様がずっと見ているわけにもいかないのでしょ、接触したあとはどうするんですか? それに……そのシ、シャルパ姉さんが、明日には見えるから、一時的に地球の時間流を合わせるので、資材消費がかさむと母が愚痴っていましたが」 カルラちゃんにとっては、まだ見ぬ姉で特別監察官でもあるシャルパさんも明日にはこの星系へと到着する。 その出迎えというか対策も佳境。カルラちゃんにエリスとの約束を破らせたのは、こっちも理由の1つだ。 カルラちゃんには、姉達のエスコート役をしてもらう予定になっている。ちょっと胃は痛いだろうが、そこは我慢してもらうしかない。 こっちの時間稼ぎは、今朝ようやく発動。サラスさんに無理を頼んで、1日だけでも地球の時間流をこちらに合わせてもらったので、あとはどれくらいのプレイヤーが、今日一日で動き出すか次第だ。「色々立て込んでいるから、同時進行でクリア目指している途中って所かな。それと切っ掛けは作るけど、そこから先はエリス次第って事だよ。人に言われてただ進むだけのお使いクエストなんぞ、面白くないからね」 ただやることは多く、人手が足りないのは何時ものこと。 一つ一つじっくりとやる余裕も、時間も無いから、上手いことまとめてクリアが今の方針。 エリス1つとっても、自分の獲物を取られるとエリスがサクラさんまで嫌うか? それともサクラさんの楽しそうな戦闘が、戦闘はからっきしでカルラちゃん任せなエリスの意識を、変える切っ掛けになるか? 他にもいくつものルートが想定できて、この時点ではどのルートが確定するかなんて想像もできない。 だから全部のルートを想定し、色々と手を打っておくのが、無駄が多いと言われるが、手札を増やす俺の鉄板攻略法だ。「しかしエリ坊と、サクラってのがもし一緒に、美月って子らに仕掛けたらどうする気だ。勝てるのか?」「今のままじゃ難しいでしょうね。まぁ今日はデータをダウンロードとするために登校しているので、午前中は心配ないですよ。エリスとサクラさんの邂逅を午前中に仕掛けて、あっちに後輩経由で情報流して、危機感煽るつもりなんで」 持つべき物は学生時代の先輩後輩。上手いこと調整して、俺が関与しているとは気づかせずに、美月さん達の行動に干渉を仕掛けているが、今の所は問題無しだ。 さすがに先輩といえど、教師という手前、校内でゲーム接続許可はしないはず。 ハーフダイブをしていないならば、やれるゲームプレイは限られているので、戦闘のある地域には向かうはずもない。 学校から、美月さん達がホームにしているアンネベルグまでは、どう早く移動しても入店は午後となるので、エリスとサクラさんを会わせる時間を稼ぐには十分だ。「そういや今日仕掛けるのは、大佐の義理の弟って兄ちゃんって話だったな。わざと見逃してるとはいえ、うちの防壁を破って、情報を持っていっている相手を、本社に入れてどうする気だ?」「えぇ。見た目は童顔な兄さんですけど、なかなかどうしてやりますよ。大佐の仕込みらしいですけど」 あの不良軍人なおっさん色々と悪さを教えているなと思いながら、件の人物のプロフィールを呼び出す。 柳原宗二。 国籍、血筋と共に純日本人だが、唯一の家族で年の離れた姉が大佐と結婚すると共に、小学生時代にアメリカに移住。あちらの大学を卒業後、今現在は大手通信社に勤務。 そして……婚約者はルナプラントに勤務していた地質学者シルヴィア・レンブランド。「大佐やシアさんの話じゃ、サクラさんにとっていい叔父さんらしいですよ。だから二択を迫ってみる予定ですよ……可愛い姪を取るか、それとも大切な婚約者を取るかのね。いやー仕方ないですよね。星連が色々うるさいですから」「……三崎、お前な。仕方ないと思うなら、せめてもう少し顔に苦悩を出せ。どう考えても状況を楽しんでいるじゃねぇか」 親父さんの説教には、俺は答えずただ口元だけで笑ってみせる。 一つ一つ小さな仕掛けを色々と施して、狙うは銀河文明全体のちゃぶ台返し。 一生に一度あるかないかの大舞台。これを楽しまなきゃ、何を楽しむって話ですよ。