ランダムに襲いかかる強い磁気嵐と宇宙塵。それら防ぐ電磁シールドが接触発光する光を纏いながら、赤と青に塗装された探査ポッドが駆け抜ける。 他よりましというレベルで、僅かに磁場が弱かったり、塵の少ない宙域を選び取り、まるで紐で繋がれたかのように、二機はつかず離れずで二重の航路をとり、一ミス即死の地獄で生き残る道を選んでいく。 さらに二機を襲うのは、自然の驚異だけでは無く、この先へは絶対に行かせないという強い意思を持った凶弾だ。 平時の宇宙であれば、特殊コーティングされたシールド貫通弾の一発くらいなら、よほど当たり所が悪くない限りは、探査機としては小さいポッドでも搭載可能な簡易的な自動修理機能で十分対処可能。 しかしここは磁気が荒れ狂う大嵐の中。シールドの穴から僅かに飛び込んだ見えない毒は一瞬で機器を破壊する。 一撃必殺の凶弾。その死神に対し、赤い機体の表面から浮かび上がった、機体装甲と同系色のシールドビットが的確に防ぎ、弾き、反らしていく。『遅い遅い! あたし達を落としたいならもっと腕を磨く事ね!』 ハイテンションな女の煽り声と共に、青色の機体から攻撃が飛来した方向へと指向性レーダーが幾筋も打たれ、激しく荒れる宇宙空間の闇に隠れていた次元潜行型小型無人砲台の姿を周辺マップ画面へと暴き出す。 先の銀河大戦において帝国によって産み出された高技術兵器で、今は星系連合によって開発、製造、所有が禁止されたAI使用無人機シリーズの1つに当たる。 このタイプは移動機能は持たないが、次元の少しずれた時間停止空間に沈むことで、どのような過酷な宙域でもほぼ半永久的に使用可能なトラップ装備の一種。 よほど綿密な、それこそ宙域を1メートル立方単位で区切って、一コマ一コマ空間の歪みを測定しない限りは、事前の発見はほぼ不可能なサイズの極小砲台。 搭載できる武器やその口径は大きさに比例して極々限られるが、この地獄ともいうべき大嵐の中では、自分が磁気嵐によって破壊されるまでに、一撃でも当てれば事足りるという類いの兵器だ。『この馬鹿ウサギ! 無駄口で無人機煽ってる暇があったらもっと周辺情報寄越せ!』 女が楽しげな声をあげる一方で、攻撃を防いでいる赤い機体を操縦している男は舌打ちと共に女を窘める。『はぁっ!? 無茶いわないでよ! エネルギー回せるだけ索敵に回してるわよ! あと乗りが悪い! 久しぶりの高難度なんだから楽しまなきゃ損でしょ!』『はしゃぐ前に仕事しろってんだよ! 次来るぞ!』 『はいはい! ちゃっちゃと抜けるわよ!』 言い争いながらもどこか楽しげなやり取りを見せるコンビは、幾多の高プレイヤースキル持ちプレイヤーでさえ、手をこまねいていた高難度クエストを、一見易々と攻略して見せていた。 もっともこれが、そう簡単に真似できる類いでは無いのは明らかだ。 この二人の機体である探査ポッドは完全分業制で青い機体が周辺捜索・索敵特化。赤い機体の方が防御特化と説明されている。 青い機体は、嵐が吹き荒れ微粒子が行く手を塞ぐ暗黒星雲を見通す目は持つが、そこで生きられる防御力はない。 赤い機体は、暗黒星雲内でもしばしの間ならば生き残るだけの防御機構を持つが、機体周囲の僅かな空間しか見る事が出来無い。 2隻が揃い、そして離れずに進むからこそ生き残るだけの力を初めて得ることが出来る。 この2隻が持つのと同じだけの機能を1隻に持たせようとすれば、ジェネレーター増設や強化、装甲増設に伴う推力強化。増えた機体面積に対して更なるシールド容量強化も必要と、なんだかんだで肥大化していくのは避けられない。 しかし、だからといって普通の者であれば、そんな無謀な選択はしない。相手を百%信じ切って、互いの安全をゆだねるなど。 だが彼らはゲーマー。それもかつては廃神と呼ばれた、ゲームに命と青春を捧げた狂った者達。 極化した性能で最小のスキルポイントで最大効率を求め、尖った能力を補うために、相棒や、パーティに命を預ける。 そんなコンビ、パーティプレイは、大規模参加型ゲームのプレイヤーならば、ある意味で常識ともいうべきスキルなのだから……「しかしシンタも、アリスも変わらないな。いい年いった婚約者共が交わす会話かこれ。しかも全世界に【SA】を公開しやがるとは」 土曜日朝8:35。戸室工業高校技術科教師の羽室頼道は、準備室に備え付けた旧式モニターに映る、今朝方に配信された映像を見ながら呆れかえる。 一瞬の判断、操作ミスで互いの機体が接触大破しそうな物だが、そんな危うさを微塵も感じさせない息の合った超絶したコンビプレイ。 それとは裏腹の全身全霊で遊びを楽しんでいる事が判る、何とも子供っぽい言い争いの痴話喧嘩。 婚約さえしており、しかも口止めされているので誰にもいっていないが、どうやら子供までいる二人。だが画面の中からそんな艶めいた関係性を察しろは無理難題が過ぎる。 かつてあまりの頻度の多さに原因や経緯を説明するのが面倒になって、【SA】と略してよんでいたシーンが色鮮やかに蘇った感じというべきか、それともまったく成長していないと思うべきなのか。「主催者側ならちっとは自重するとか無いのかあいつらは。ホウさん。現役組としちゃどうよ?」 生徒は夏休みといえ日直以外にも書類仕事もあるというのに、どうにも勤労意欲をがりがりと削られる光景に、ゲンナリとしていた羽室は、隣の椅子に腰掛けた四十過ぎの細身の男に感想を尋ねる。 「シンタはともかくアリスに自重は無理だろ。と、あったあった。また懐かしい物拾い出してきたな」 大鳥小次郎こと、プレイヤー名『鳳凰』は、そういうもんだと気にもしていない様子で答えると、ディスプレイに映っていたプログラムリストをスクロールさせていた手を止める。 かつて学舎とした旧校舎は既に建て替えられ、周辺も再開発され様変わり、在校時の面影をリアルで見つけるのは困難。 だが校内ネットワークの中に並ぶアーカイブの膨大なファイル名の中に、在校中に自分の関わったプログラムを見つけ懐かしげに目を細めた。 今朝方早く行われた緊急メンテナンスからの新機能アップデートと、それと同時に発表されたプロライセンス導入や賞金大会開催へのガイダンス情報。 大手ギルド【弾丸特急】ギルマスであり、ギルメン達と作り上げたPCO攻略サイト管理人としてオープニングイベント中でやることも多く、リアルでは家族経営とはいえ個人事業主としてそこそこに忙しい。 一般世間が夏休みだったり、会社休みの土曜日など関係なく、常に多忙ではあるが、その最中に懐かしの母校を訪ねたのは別に哀愁に駆られたからでは無い。「しかしホウさんがうちの卒業生だったとは。世間は狭いっていうかなんていうか、また奇妙な縁ですね」「それはこっちの台詞だ。まさかあの悪辣非道な暗殺者特攻ハムタロウが母校の教師やってるなんて考えもしなかったからな」「その名で呼ばんでください。ったくアリスの奴。気の抜けた二つ名つけやがって。昔の萌えキャラって」 プレイスタイルが暗殺者だったので悪辣非道評価はまだ良いが、プレイヤー名の【ハムレット】よりも、広まってしまった現役時代の二つ名に羽室は、心底嫌そうな顔を浮かべる。「ネーミングセンスがやけに古くて壊滅的だからなアリスの奴は。リーディアン時にも攻略サイトの戦術名どうするかってときにバシルーラ作戦とかあげてたの覚えてるか。内心俺より年上だろ、この萌えキャラ兎と思ってたぞあの頃」「あーあったあった。アレもシンタの発案だったけどすぐに修正がきたから、寿命短かったですね。しかも修正後は凶悪ボスに変貌で阿鼻叫喚だったのが」 かつて駆け抜けた戦場を懐かしげに語り合う二人は、奇しくも画面の中で交わされる三崎やアリシティアと同じ響きを持っている。 たかがゲーム。されどゲーム。多数の人間が集うオンラインゲームだからこそ、そこには思い出や友情が生まれる。 そこではリアルの相手の名も、社会的地位も、性別も、年齢差も関係ない。 ただ気があう連中と、難敵に挑み、文句をいいつつも、散々に苦労して、何度もやられながら、それを乗り越えた達成感を楽しむ。 リーディアン時代もっとも大勢のギルメンを抱えるギルドを作った者、そして攻略サイトを通じてゲームの楽しさをまだ知らぬ未来のプレイヤー達へと広めたのは誰かと問われれば、誰もが大鳥の名を、弾丸特急マスター鳳凰の名をあげるだろう。「仕様の隙を突いたバグ攻略だから仕方ないだろうけど、修正早すぎだ。攻略サイトを作るこっちの身にもなれって話だな」 かつて自分達の代で作った解析プログラムが今になってアーカイブから掘り出されたと聞いて、しかもその利用申請者がPCO参加者で、ゲーム内で使うMODの為と聞いた大鳥が興味を引かれ、会いに来るには十分な理由だった。