かつて別宇宙への移住を目指して銀河帝国によって計画された2つの天(宇宙)を繋ぐ【双天計画】 地球時間での二〇〇万年前ほどに行われた双天計画第一期跳躍実験において、別宇宙までとはいかずとも、歴史上最大距離最大質量を跳ばす跳躍実験に用いられたのは、俺ら地球人のご先祖様と我等が母星地球を含む太陽系。 帝国人に適した生存環境と似通った星であり、霊長類が収斂進化の結果で、帝国人と似通った体長や体重を持っていたから……もっともいろいろ裏事情を知る今からすれば、そこら辺も正直眉唾だったりするが。 その実験の際に当時いろいろと無茶苦茶していた帝国のマッドサイエンティストな方々によって、俺らのご先祖様には、これ幸いとばかりにいろいろと仕掛けが施されていた。 いろいろというのが推測の域を出ないのは、この辺の詳細な記録が残っていない所為だ。 惑星環境改造がメインの創天メインAIであるリルさんや、跳躍専門の送天メルの管轄外で、実験詳細記録はもう1隻の所在不明天級の管轄。 恒星系級事象観測実験艦『総天』とそのメインAI【SO419Lタイプ人工進化型AI】通称ソルが持っているらしいが、生きてるんだか、死んでるんだか…… 煙草は俺の魂だとかなんだと宣っていたヘビースモーカーだった先輩の一人が、子供が生まれてから一転、狂信的な禁煙論者になった時は、あんた変わりすぎだろと心の中で突っ込んだもんだ。 しかし今じゃ、その先輩のことを笑えやしない。 独身時代だったら朝飯なんぞ食わなくても死なねぇし、二日酔い明けに気持ち悪くて食えるわけないと、しょっちゅう抜いていたし、食っても残っていた飯にふりかけか卵で腹に入ればいいって思ってたはずだ。 しかし今の俺は、ウチの可愛い愛娘様にそんな貧相な食事を出す奴がいたら、子供の食生活と栄養バランスの大切さを、きっかり叩き込んでやると心に決めている。 「試験用調理レシピα3.2展開。ついでにカロリー計算もよろしくと」 地球の自室をご丁寧にも忠実に再現した1Kの申し訳程度の台所に設置した独身向けの小型冷蔵庫を開けつつ、ナノシステムとリンクさせ在庫リストを呼び出して、開発中の調理補助アプリを起動。 今のご時世、大手チェ-ンストアもちろん、近所の個人スーパーだろうが、支払い会計データと一緒に、買ったものの賞味期限や内容量などの詳細データがついてくるのは当たり前。 生産地から食卓まで。トレーサービリティーからさらに踏み込んだ、個別管理が当たり前の時代。 俺らは今その一歩先にさらに踏み込むための準備期間中。 食べ頃や先に消費した方が良い食材の選別。個人個人好みの組み合わせや味付けの選択、さらには気象条件も考慮した、痛みにくい安全なお弁当メニュー等の便利レシピ集。 AR機能と連動して、素材の表面にカット線や適切な大きさを表示した、キャラ弁から本格的な飾り切りにまで仕様可能な凝った調理法。 制作者の視覚情報から調理中の食材の状態を判断し、火の通り加減や調味料を入れるタイミングのアドバイスや、キッチン機具と連動した火力、時間の自動調整機能等々。 料理のレパートリーの少ない俺みたいのやら、初めて作る料理の補助。カロリーコントロールに悩むダイエッターや、アレルギー持ちのお子様をお持ちのママさんに幅広いレシピをご提供ってのが、今現在複数企業と連携開発中の料理アプリ仮名α3.2だ。 これらは全て蓄積された情報を元に、判別やアドバイスを行ういわゆるビッグデータの賜。 新商品開発への協力や、データ提供をメインに、家電業界のみならず各分野に、餌をみせて触手を伸ばしてこちらの仲間に引きずり込むってのは、我が社ホワイトソフトウェアと白井社長の得意技。 PCOと同時に様々な企画が並行進行中なんだが、狙い所を見抜く抜け目の無さや、進行管理の上手さは、さすが業界に名の知れた社長と脱帽物……あれで見た目がもっと立派ならカリスマ経営者とか取材がひっきりなしなんだろうと、ちょっと惜しく思ったりする。 PCOゲーム内にリアルと変わらず行える様々な仕掛けを組み込んだのは、お客様に楽しんでもらうのは当たり前だが、細やかで幅広いデータ収集という側面もある VR世界で幅広いデータを集めリアルに還元。それを餌にリアルで様々な分野の協力を得て、VR世界をさらに発展させ、お客様をより集めデータ収集を強化。 PCOがVR世界で振るう幅広い周囲を刈る大鎌なら、リアルのビッグデータ連動事業は、特定業界を狙って撃ち出す狙撃銃って所か。 IT家具黎明期には、冷蔵庫等の家電にネット接続機能をつけてどうするんだという声もあったようだが、周辺環境を整えれば、いくらでも利用価値は出るって例だろうか。 VRとリアルを繋げ、両者を活性化させる。それが今の俺達の目指すべき道。 地球の難事、銀河の厄介事に対抗する為に、仮想世界のみに引きこもってるだけじゃとても手も発想も足りない。 要は手を取り合って一緒に利益を得ましょうって簡単な話なんだが、我が強いというか、強情なエリスがその辺を飲み込んでくれりゃ、色々安泰なんだがな。「フレンチトーストね。冷凍庫にシナモンパウダーとアーモンドスライス? あぁアリスかこりゃ」 牛乳、卵、パン辺りは栄養価もあるし、調理も手軽、値段も安いんで御用達だが、表示された縁の無い食材や調味料に一瞬、アプリの誤作動かと思ったが、ここが自室を模しただけだと思い出す。 冷蔵庫の中身は適当に相棒に任せて用意させてんだが、それでやたらと香辛料や調味料があるわけか。 料理が趣味になったのは良いが、創作するのは基本を身につけてからにしろといいたい。しかも甘党だしなアリス。 もっとも容姿のみならず、その嗜好もうちの母娘ウサギは結構似通ってるんで、エリスに食わせるには丁度いいか。 メインにフレンチトーストを選択。栄養バランスを考えた副菜のお勧めは、野菜ミックススープとオレンジジュースね。 仮想コンソールを叩き了承と。ただ個人嗜好データが変わると嫌なので、エリス向けと注訳。個人的には飯でパンは腹に溜まらないから、あまり選択したくない。 俺の料理スキルを加味し、短時間調理可能なレシピが表示される。「えーと食べやすいように角状に切って、漬けている間にスープを……」 冷蔵庫から食材をとりだしながら調理行程を確認。自分で食べる為に作るなら、最初の一文で投げ出して、目玉焼きトーストに変更するところだが、可愛い娘の為ならなんてことはない。 それ+、佐伯さんからノルマとして課せられている、開発中のアプリ実地テストには最適だとつい思ってしまう辺りは、社畜根性が染みついたせいだろうか。 レシピを微妙にアレンジして砂糖多めの甘めにしてバニラエッセンスを入れて、角切りしたパンを漬けている間に、ミックス野菜とコンソメの素でスープを作成。 五感の感覚をレシピと連動。判りにくい塩をひとつまみや、少々をデータと連動。味見をして基準数値との誤差を計測。 ……この辺はまだまだ微調整必要か。レシピの基準値にほぼ近いが、俺には物足りない塩っ気と濃さ。 万人に共通する最適な味なんてないだろうが、個人嗜好に最適な味を簡単に出せりゃアプリとしては最上。 最適なデータ蓄積のためには、ここで塩とコンソメの素を追加だが、これがエリス優先となれば話は変わる。 コンソールを叩いてエリスの嗜好データを呼び出し。食べた物や好んだ味の累積データから、予測して判別スタート。 良し。このままだな。後はフライパンのほうにバターを引いて、漬けてたパンを焼いて…… うむ。少し焦げ目にムラができたが、これ以上焼いても酷くはなっても良くはならないようだ。 火を止めてオーブンで軽く焼いていたアーモンドを入れて、シナモンパウダーを軽く振って、サイコロフレンチのアーモンド掛けの完成と。 余分な油を吸わないように皿に移してと……と、しまった。 油断してフライパンを戻した時にコンロに大きく当たって音が出てしまう。 1Kの狭い部屋だから、台所の横はすぐに主室でありエリスが寝ている部屋。扉を閉めてあるとはいえ、防音はそこまで完璧じゃない。 本物の自室より一回り大きめにしたベットのある辺りからごそごそと音が響いて、しばらくして台所と主室を隔てる扉がゆっくりと開く。 「……うぅ……おーとさん。ここ……地球?」 涙目を擦りながらパジャマ姿で現れたエリスが、胸元にまくらを抱えたまま、半べそで聞いてくる。 エリス。そろそろ諦めろって。目が覚めたら夢でしたはないから。そこら辺は全部自分の悪さが原因だと自覚してくれ。 ……まぁ俺が仕込んだ盛大などっきりだが。「もちろん。朝ご飯ができたから顔を洗ってきな。おとーさんが向こうの部屋の準備しておくから」 俺の返答に暗い顔を浮かべるが、それでもお腹はすくようで、ほどよく焼けたバターの匂いに食欲が刺激されたのか、エリスのお腹が小さく音をたてる。「うぅ……お顔を洗ったらあたしもおとーさん手伝うから」 見た目は小さくともそこは女の子。 父親相手といえどお腹が鳴る音を聞かれて恥ずかしかったのか、頭の上のウサミミがバタバタと慌てて揺れたエリスは、抱えていたまくらをベットに向かってぽんと投げ捨ててから、洗面所へと駆け込んでいった。「いや、ほんとこれで地球人嫌いさえなければ、頭を悩ませなくてすむんだけどな」 可愛らしい娘様の反応にほっこりとしながらも、俺に向ける好感度の1割でも地球に向けてくれると良いんだがと改めて思う。 まぁ、そこら辺は上手いこと好感度調整といきますか…… 「おとーさんごちそうさまでした」 時折怪物やらモンスターの影が過ぎる窓のほうに目を向けてびくびくとしながらも、しっかりと朝飯を食べ終わったエリスは、朝食を作った俺に向けて頭と一緒にウサミミをぺこんと下げる。 ここら辺のちゃんとした礼儀作法はサラスさんの教育のおかげ。 アリスの妊娠が判明すると同時に、友達兼お側付きとしてカルラちゃんを仕込んだりと、さすが旧帝国親衛隊隊長の家系。 根っからの従者種族すぎるが、主一族の教育も行えるナニーとしての技能も持ち合わせているとは。 それなら順番的にはシャモンさんの出番では無いかと思ったんだが、妊娠出産で現場からシャモンさんが抜けると前線が崩壊するってのもあるが、あの武闘派一辺倒武神が実は結構乙女だから、それは止めさせたってのがアリス証言。 レザーキ博士とサラスさんが気があっていたのは知っていたが、さすが必要があるとはいえ子供を作ったのは予想外も良いところだが、家族関係も良好なので問題無しだろう。 さすが論理感が違う長命な宇宙種族と、宇宙人相手でも動じない植物学者だ。「あいよ。お粗末様でした。おとーさんは今日もお仕事あるから片付け終わったらすぐ出るけど、今日はエリスはどうするんだ?」 食べ終わった皿を運ぶのはエリスの役目。皿をつみ重ねて少し危なっかしい背中を見守りながら、今日の予定を確認する。 背が足りないので洗いおけにつけるまでで、洗い物は帰ってきたからまとめてが俺の担当だが、最近は洗い物までやりたがっているので、そのうちに踏み台でも買ってこようかと検討中だ。「カーラと一緒にクエスト。違法技術者が実験している宙域に乗り込んでのデータ破壊ってのやるつもり。成功報酬が新型重力発生機関だから、改良スキルでブラッシュアップして暗黒星雲に挑む無謀な地球人に高値ラインで売りつける予定だよ」 うむ。言葉の端々に地球人への敵愾心がはっきりと見えるが、まぁ取引をするようになっただけでも少しはマシか。「でも改良スキルはエリスもカルラちゃんも低いだろ。誰かに協力を頼むのもありと思うぞ。AI判断の売値ラインも上がるぞ」 GMが特定プレイヤーにアドバイスは規約違反、論理違反だが、これくらいは見逃して欲しい。 アドバイス以前の常識。自分に足りない物は仲間で補う。MMOの基本だからだ。 規制でRMTは禁止されているので、PCOはプレイヤー間の直接取引を禁止した、間接取引システムを導入している。 プレイヤーそれぞれにトレード用NPCAIを設定。売買する商品や情報の値段や価値をそのAIが判断し、プレイヤーからの高値で売りたいや、安く仕入れたいという要望に、なるべく応えて、専用市場で売買するという方式。 取引相手をプレイヤーがほぼ選べず、パーティ間での物資トレード可能な一部汎用アイテムも、この専用AIがその宙域の相場に従って取引するので、なるべく不正が入らない形となっている。 使いづらいやら、思うように売り買い出来無いというクレームも多いので、目下改良中だが、とりあえずこのシステムでRMTは封じている。 それでも時折取引ができるといって詐欺が発生するので、PCOではチートを使ってもまだ無理だと注意喚起しつつ、垢バン対応があるのがご愛敬か。「地球人に頭を下げるくらいなら、安く売ったほうがいいもん」 ちょっと前なら、地球人の利になることはしたくないと取引も拒んでいたが、それじゃ自分にも利が無い事も判った様子。 直接顔を合わせるわけで無い事もあってか、取引をするようになっただけまだマシか。 しかしまだパーティを組んだりするところまではいかない様子。 オンラインゲーのソロプレイを否定する気は無いが、パーティ協力が大規模MMOの本領発揮だと思っている俺としては残念な答えだ。「しかしそれじゃエリスの入賞は難しいかもな。おとーさんはエリスを独占できるから良いが、おかーさんが寂しがってるぞ」 背伸びしている愛娘様に、ちょっと意地悪なひと言を投げ掛けてみる。 時折寝言でアリスの名前を呼んでいるのでどう思っているかおとーさんはお見通しだっての。「……おかーさんは五月蠅いからエリスは別に寂しくないもん」 うむ。口調は強気だが、頭のメタリックウサミミはアリスが凹んだときのように丸まってますよ娘様。 だがそこら辺を突っ込むとますます意地になるのは、アリスで学習済み。ほんと似たもの親子だなうちの嫁と娘。 まぁ親と離れたって体験をエリスに与えるのは俺の計画には必要。 我が身の不徳だが、必要があったとはいえ仕事にかまけていて、中々エリスの側にいてやれなかった俺には出来無い役目。 いて当たり前。毎日会えるのが当然。その母親と会えず、声も聞けない。 無断で地球に降りたために、星連からの罰則で地球に隔離され、地球人扱いの枠に入った(大嘘)、エリスの精神的ライフを削りつつ、トラウマは順調に育成中。 状況は違うが、大切な人達と会えないという体験は、エリスがとくに嫌っている美月さん達と被る。 似通った経験や体験による共感での好感度調整を狙っているが、もう一押し、二押しが必要か。 ……いっその事ここが地球で無い事を早く気づいてくれればいいが、エリスの場合、下手に純粋培養だからな。 テーブル中央に投射したテレビ画像に目を向けてみると、関東地方の今日の気象状況を放送する番組が流れるが、俺はそれを天気予報とは絶対に呼びたくない。『今日の関東地方は上空に龍の巣が発生しております。関東全域で飛竜が観測されていますが、午後からは一部の地域で天気が乱れ、黄金ゾンビ龍が飛来するでしょう。お出かけの際にはドラゴンキラーを……』 天気予報ならぬ妖気予報とかいう、この悪のり番組はアリスの趣味か? さすがに嘘番組とはいえ酷すぎるんだが、洗い物を置いて戻ってきたエリスは、真剣な目で予報番組を見ている。 地球嫌いがすぎて、あまり興味が無いのか、地球の環境やら生物とかの知識が少なく、さらに母親のアリスが持つ資料やら映像が、実に偏った地球の特殊趣味なんで、エリスはこの異常な状況が地球の日常だと信じ切っている模様。 火星第6ブロック。広大な火星の海に点在する諸島群は、それぞれが独立した環境を再現、維持できる環境生成機能を持ち合わせたコロニー群になっている。 そのうちの1つ。火星中央都市に最も近い島の1つを使って作った、エリス用の反省部屋『地球ホラー風味』は順調に稼働中だ。 「うぅ、おとーさん今日はお仕事行くの止めようよ、危ないよ」 エリスが黄金色のドロドロブレスをはき出し龍もどきが暴れる画面を指さす。 俺を心配してくれているのと、自分がこの部屋に一人で残るのが怖いのが半々といったところか。「あー電車が動いてるし、ちょっと離れた地域だから問題無いから。日本のサラリーマンが休むほどじゃないぞ」 全身が溶けた金でできた黄金ゾンビ龍は倒せればかなりの金になるが、ゾンビ種族特有のバステ攻撃と、異常な耐性力で難敵だったと思いだしつつも、俺は嘘と本音が入り乱れた台詞で返していた。 地震が来ようが、ミサイルが落ちてこようが、モンスターが暴れ回っていようが、とりあえず電車が動いているなら会社に行く。 これこそ社畜。これぞジャパニーズサラリーマン。 …………モンスターが荒れ狂う地球より、リアル日本の方がよほどホラーで不健全じゃねぇと思ったのは、娘様には内緒だ。