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No.31742の一覧
[0] 夜叉九郎な俺(架空戦国史)[FIN](2013/08/12 16:42)
[1] 夜叉九郎な俺 プロローグ[FIN](2012/12/02 06:24)
[2] 夜叉九郎な俺 第1話 戸沢盛安[FIN](2012/04/15 23:00)
[3] 夜叉九郎な俺 第2話 状況整理[FIN](2012/08/26 10:05)
[4] 夜叉九郎な俺 第3話 歩み出した一歩[FIN](2012/03/11 21:40)
[5] 夜叉九郎な俺 第4話 政重、逝く[FIN](2012/03/24 09:14)
[6] 夜叉九郎な俺 第5話 由利十二頭[FIN](2013/11/10 16:49)
[7] 夜叉九郎な俺 第6話 津軽為信[FIN](2012/12/01 07:52)
[8] 夜叉九郎な俺 第7話 戦の前の静けさ[FIN](2012/04/08 21:08)
[9] 夜叉九郎な俺 第8話 出羽に棲む竜[FIN](2012/04/15 21:42)
[10] 夜叉九郎な俺 第9話 大曲の戦い[FIN](2012/05/06 06:23)
[11] 夜叉九郎な俺 第10話 夜叉と悪竜[FIN](2012/08/05 06:04)
[12] 夜叉九郎な俺 第11話 鎮守府将軍[FIN](2012/09/24 05:18)
[13] 夜叉九郎な俺 第12話 為信の神謀[FIN](2012/09/24 20:43)
[14] 夜叉九郎な俺 第13話 北の鬼[FIN](2012/12/11 19:23)
[15] 夜叉九郎な俺 第14話 酒田を得る[FIN](2012/10/21 11:26)
[16] 夜叉九郎な俺 第15話 髭殿と夜叉九郎[FIN](2013/05/10 20:07)
[17] 夜叉九郎な俺 第16話 義将、二人[FIN](2012/06/17 22:36)
[18] 夜叉九郎な俺 第17話 鮭延秀綱[FIN](2012/07/01 21:42)
[19] 夜叉九郎な俺 第18話 知勇兼備の将[FIN](2012/07/08 22:19)
[20] 夜叉九郎な俺 第19話 真室の戦い[FIN](2012/08/05 22:04)
[21] 夜叉九郎な俺 第20話 雌雄決す[FIN](2012/08/19 09:41)
[22] 夜叉九郎な俺 第21話 畿内への道[FIN](2012/08/26 10:04)
[23] 夜叉九郎な俺 第22話 出羽の剣豪[FIN](2012/09/02 16:09)
[24] 夜叉九郎な俺 第23話 同じ時、同じ場所で死んだ者[FIN](2012/09/09 20:20)
[25] 夜叉九郎な俺 第24話 蒲生氏郷[FIN](2012/09/24 05:27)
[26] 夜叉九郎な俺 第25話 天下人[FIN](2012/10/29 20:48)
[27] 夜叉九郎な俺 第26話 雑賀孫一[FIN](2012/09/30 18:56)
[28] 夜叉九郎な俺 第27話 八咫烏と小雲雀[FIN](2012/10/08 05:34)
[29] 夜叉九郎な俺 第28話 堺の待ち人[FIN](2012/10/14 00:00)
[30] 夜叉九郎な俺 第29話 一段の逸物[FIN](2012/10/21 07:21)
[31] 夜叉九郎な俺 第30話 人の縁[FIN](2012/11/02 18:55)
[32] 夜叉九郎な俺 第31話 反魂せし者[FIN](2012/11/04 00:00)
[33] 夜叉九郎な俺 第32話 毘の旗に集いし者達[FIN](2012/11/11 11:57)
[36] 夜叉九郎な俺 第33話 巨星墜つ[FIN](2013/05/10 20:06)
[37] 夜叉九郎な俺 第34話 戸沢三兄弟[FIN](2012/11/25 06:09)
[38] 夜叉九郎な俺 第35話 庄内平定[FIN](2012/12/02 09:24)
[39] 夜叉九郎な俺 第36話 新たなる口火[FIN](2012/12/15 09:13)
[40] 夜叉九郎な俺 第37話 鬼の見る先[FIN](2012/12/16 09:29)
[41] 夜叉九郎な俺 第38話 軍配を継ぐ者[FIN](2012/12/23 23:11)
[42] 夜叉九郎な俺 第39話 二人の鬼[FIN](2012/12/28 06:25)
[43] 夜叉九郎な俺 第40話 甲斐姫な私[FIN](2013/01/06 00:14)
[44] 夜叉九郎な俺 第41話 鬼姫と鬼義重[FIN](2013/01/20 11:11)
[45] 夜叉九郎な俺 第42話 蝦夷からの使者[FIN](2013/01/20 08:49)
[46] 夜叉九郎な俺 第43話 宿敵の足音[FIN](2013/01/27 07:36)
[47] 夜叉九郎な俺 第44話 斗星の北天に在るにさも似たり[FIN](2013/02/17 06:03)
[48] 夜叉九郎な俺 第45話 決戦前夜[FIN](2013/02/17 06:06)
[49] 夜叉九郎な俺 第46話 唐松野の戦い[FIN](2013/02/24 00:03)
[50] 夜叉九郎な俺 第47話 竜より先んじて[FIN](2013/02/24 07:51)
[51] 夜叉九郎な俺 第48話 小雲雀は密かに佇む[FIN](2013/03/03 21:42)
[52] 夜叉九郎な俺 第49話 的場昌長[FIN](2013/03/20 19:29)
[53] 夜叉九郎な俺 第50話 戦いの結末[FIN](2013/03/20 19:26)
[54] 夜叉九郎な俺 第51話 独眼竜政宗[FIN](2013/03/24 00:07)
[55] 夜叉九郎な俺 第52話 鬼姫と竜の初陣[FIN](2013/05/05 05:09)
[56] 夜叉九郎な俺 第53話 介入せし者の影響[FIN](2013/12/01 12:38)
[57] 夜叉九郎な俺 第54話 相馬の誇りに懸けて[FIN](2013/04/14 20:28)
[59] 夜叉九郎な俺 第55話 戦場に潜む者[FIN](2013/05/08 06:03)
[60] 夜叉九郎な俺 第56話 初陣の終わり[FIN](2013/05/14 20:38)
[61] 夜叉九郎な俺 第57話 落日の名門[FIN](2013/05/19 13:39)
[62] 夜叉九郎な俺 第58話 真田昌幸[FIN](2013/05/26 07:25)
[63] 夜叉九郎な俺 第59話 最上八楯[FIN](2013/08/12 16:47)
[64] 夜叉九郎な俺 第60話 出羽の驍将[FIN](2013/12/01 12:38)
[65] 夜叉九郎な俺 第61話 甲斐姫の憂鬱[FIN](2013/09/01 20:07)
[66] 夜叉九郎な俺 第62話 斗星と三日月[FIN](2013/09/08 21:59)
[67] 夜叉九郎な俺 第63話 進撃の鬼[FIN](2013/09/23 10:09)
[68] 夜叉九郎な俺 第64話 晴政の死[FIN](2013/10/27 00:08)
[69] 夜叉九郎な俺 第65話 津軽の戌姫[FIN](2013/11/10 00:02)
[70] 夜叉九郎な俺 第66話 上洛準備[FIN](2013/11/17 11:37)
[71] 夜叉九郎な俺 第67話 滅びを誘う道[FIN](2013/11/24 06:29)
[72] 夜叉九郎な俺 第68話 崩壊への序曲[FIN](2013/12/01 00:00)
[73] 夜叉九郎な俺 第69話 自落する城[FIN](2013/12/22 09:20)
[74] 夜叉九郎な俺 第70話 明暗を分けた日[FIN](2014/01/05 00:00)
[75] 夜叉九郎な俺 第71話 武田家の女として[FIN](2014/03/30 08:41)
[76] 夜叉九郎な俺 第72話 消える鬼達[FIN](2014/02/09 08:34)
[77] 夜叉九郎な俺 第73話 信玄の眼が見るものは[FIN](2014/03/09 08:58)
[78] 夜叉九郎な俺 第74話 分岐する道[FIN](2014/03/30 08:42)
[79] 夜叉九郎な俺 第75話 徳川家康という男[FIN](2014/04/06 09:43)
[80] 夜叉九郎な俺 第76話 武田家滅亡[FIN](2014/05/10 05:51)
[81] 夜叉九郎な俺 第77話 戦雲、南より[FIN](2014/06/15 09:53)
[82] 夜叉九郎な俺 第78話 見落としたが故に招いたもの[FIN](2014/06/15 10:25)
[84] 夜叉九郎な俺 第79話 独眼竜と出羽の驍将[FIN](2014/06/29 22:21)
[85] 夜叉九郎な俺 第80話 天正出羽会戦[FIN](2014/07/20 11:02)
[86] 夜叉九郎な俺 第81話 天童頼貞[FIN](2014/08/31 14:56)
[87] 夜叉九郎な俺 第82話 秀綱と光安[FIN](2014/10/19 09:26)
[88] 夜叉九郎な俺 第83話 盛重死す[FIN](2016/10/02 00:22)
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[31742] 夜叉九郎な俺 第76話 武田家滅亡
Name: FIN◆3a9be77f ID:7c9f9c23 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/10 05:51




「御屋形様、信勝様、此処は御任せ下さい。信茂殿は必ずや、この信幸が討ち果たしまする」


 上州への道を塞いでいた道を切り開いた信幸は采配を執りながら促す。
 信幸は追手を引き受ける事を前提としていたため、信茂の軍勢を前にしても驚きはない。
 昌幸からは相手となるのは信茂であろうと聞かされていたからだ。
 それに信幸自身も信茂と出会った時に根が小心な武将であると言う気質を見抜いていた。
 窮地となった時に牙を剥くであろう事は明らかであった。


「……すまぬ。……父上、母上、此処は源三郎に任せ、先に参りましょう」

「……ああ」

「道中では小諸方面へと向かう予定であった我が弟、源次郎が御待ちしております。……報告を聞いた父上も何れ、御屋形様を御出迎えになる事でしょう」

「相、解った。……真田家の忠道に感謝する」


 促された通り、勝頼は信勝、桂らと共に信幸に後を任せて上州へと退く。
 昌幸を最後まで信じると決めている以上、その指示を受けている信幸は信頼出来る。
 信幸の弟である源次郎もまた信頼出来る若者であり、勝頼は好ましく思っていた。
 短い時間ではあるが、歳の頃の近い信勝の側近として仕えていただけに尚更だ。
 信玄の眼の異名を持つ昌幸に鍛えられた信幸が何の勝算もなく信茂を討ち果たすと言う訳がない。
 寧ろ、既に信茂が信幸の術中に嵌っている可能性すら考えられる。
 それならば、信幸の身を案じる事は野暮でしかない。
 勝頼は頼もしく成長した若武者の背を見ながら場を後にするのであった。














「……真田、か」


 穴山信君からの内応に応じ、勝頼の後を追って来た信茂は六文銭の旗印を見て複雑な表情をする。
 先々代の当主である真田幸隆とも共に戦った事もある信茂は長年に渡って真田家の軍勢の強さを目にしてきた。
 長篠の戦いで多くの者が散り、各々の戦力を磨り減らしてしまっている今、真田家は武田家中で最も屈強な軍勢だろう。
 先代である真田信綱の後を継承した昌幸は信玄から直に教えを受けた愛弟子であり、孫子を主とした兵法を極めた神算鬼謀の武将である。
 味方としてはこれほど頼もしい者も居ないであろうが、敵として相対した場合これほど恐ろしい者は居ない。


「小倅もやりおる……。やはり、侮れぬか――――!」


 だが、敵は昌幸本人ではない。
 そのため、信茂も大した相手ではないと踏んでいたのだが……。
 信幸の采配は既に一人の将としての形になっている。
 騎馬武者を中心とした軍勢で一気に強襲を仕掛けるのは常套手段だ。
 不意を付き、寸前のところまで旗印を翻さず正体を隠したのは相手が真田家の軍勢である事を悟られぬがため。
 事実、信茂自身は信幸とは殆ど面識が無かったため、直接顔を見るまでは敵が何者であるかは解らなかった。
 信茂を容易に欺いた事も踏まえれば、信幸が遣り手である事は明らかである。


「皆の者、怯むな! 此処で真田めに敗れれば我らに後は――――」


 信幸を強敵であると認め、信茂は自ら陣頭に立って采配を執ろうと前に進み出ようとした瞬間――――。
 一発の銃声が響き、信茂の首の根元付近を撃ち抜く。


「ぐっ……」


 余りの激痛に信茂は短く呻く事しか出来ない。
 的確に狙ってくる事が出来るだけの腕前を持つ鉄砲使いは武田家中には居ないはずだ。
 それは真田家にも同じ事が言えるはずだった。
 しかし、現実には違う。
 真田家は昌幸の代になってからは家中内で大きく組織変更が行われ、軍備も一新されている。
 信茂が知る真田家の軍勢はあくまで先代の信綱が率いていたものに過ぎない。
 昌幸は家督を継承して以来は基本的に上州での戦に専念していたため、其方に参加していない者には細かい部分までは解らないのだ。


「信茂殿、御覚悟!」


 意識が朦朧とする中、狼狽えた軍勢を一気に突き抜けてきた信幸の声が信茂の耳に届く。
 自分を狙撃した事も踏まえ、全てが信幸の掌の上でしかなかった。
 本当ならば勝頼の首を手土産に織田家か徳川家に降るつもりであったのだが……。
 真田を見誤ったのは不覚であったと言えよう。
 よもや、戦の経験が少ないはずの信幸が斯様な手で来るとは。
 あくまで確実に信茂を討ち取るだけ事を考えた采配――――。
 只管に大将首を狙い、襲い掛かる戦いぶりは正に獅子の如くである。
 その信幸の姿が信茂の見た生涯最後の光景であった。















「逆臣、小山田信茂殿! この真田信幸が討ち取った!」


 強襲を仕掛けた勢いのままに信茂を圧倒した信幸は声高々に大将首をあげた事を宣言する。
 一度捕えた獲物を逃がさない戦いぶりは亡き伯父、信綱に通じているかもしれない。
 冷静にして豪胆な部分は父、昌幸譲りであると言えるが……何れにせよ、恐ろしいまでの手際の良さである。


「御見事にございます、信幸様」


 信茂を討ち取り、勝利を宣言する信幸に声をかけるのは10代前半になるであろう若武者。
 射撃時に狙いがぶれないように手を加えられた火縄銃を携えている事から、信茂を撃ったのはこの若者である事が窺える。


「うむ……十蔵も良くやってくれた。御主の狙撃が無ければこのように容易くはいかなかっただろう。……源次郎には礼を言わねばな」


 信幸が信茂を容易に討ち取れたのはこの十蔵と呼ばれた若者の御蔭だ。
 源次郎の家臣であるこの若者は真田家で随一の鉄砲使いとして将来を期待されており、此度の勝頼救出の際に力になるだろうと一時的に信幸の指揮下に入っていた。


「勿体無き御言葉。某は成すべき事をしたに過ぎませぬ」

「……相変わらず、生真面目なものだ。それが御主の良いところなのかもしれんが」


 信茂を討ち取る事が出来たのは間違いなく、十蔵の手柄であるはずなのに謙遜するその様子に苦笑する信幸。
 十蔵とは歳が近い事もあってそれなりに親しい仲ではあるが、源次郎の家臣であるために深い接点がある訳ではない。
 生真面目であると言うのはあくまで信幸から見ての評価である。
 源次郎が言うには異常な程に酒に強いと言う事らしいが……信幸は生憎と其処までは知らない。
 しかし、真面目な気質は信幸から見ても好ましいものだ。
 忠実に動いてくれるからこそ、信茂を容易く討ち取れたのだから。


「よし……私達も戻るぞ。御屋形様を父上の下まで御連れせねば」

「ははっ……!」


 大将が討ち取られた事で先を争うように逃げ出していく信茂の手勢を見ながら、信幸は踵を返す。
 目的を果たした以上、この場に止まる理由は存在しない。
 あくまで勝頼を救い出し、岩櫃城に迎え入れる事が信幸の目的だ。
 信茂に加担した者達を全て討ち取るという命令は受けていなかった。
 裏切ったとはいえ、嘗ては共に戦った者達なのだから多少の情けはある。
 冷徹な判断を下せる昌幸らしからぬ命令であったとも取れるが、時間をかけ過ぎると他の追手が来るだけだ。
 早急に片を付けて防備を整える事こそが上策であるとした昌幸の判断は決して間違っていない。
 信幸もそれを理解しているからこそ、信茂の首のみを狙う采配を執ったのである。
 戦に関しては天性の才能を秘めているとの見立てのある源次郎よりも昌幸が信幸を指名したのはその気質故であろう。
 撤退する側に必要なのは退き際の見極めこそが肝要なのだから。
 そのため、死中に活を求める求める気質の源次郎では適しているとは言い難い。
 昌幸が何故、全てを委ねてきたかを理解している信幸は追手がこれ以上存在しない事を確認し、勝頼らの後を追うのであった。















 ――――1582年3月15日





 甲斐を脱出し、新天地を目指した勝頼達一行は遂に上州へと到着した。
 上州に入ってからの道中では小諸方面へ向かおうと準備を進めていた源次郎と秩父方面の殿を務めた信幸に守られていた事もあり、漸く一息吐く事が出来た。
 木曽義昌の裏切りを皮区切りにして始まった信濃陥落の戦から休む間も無かった勝頼にとっては久方振りの休息である。
 消耗し続ける勝頼の様子をずっと見守っていた桂も上州に入ってからは度々、微笑むようになった。
 まるで憑き物が落ちたかのような様子の勝頼を見て嬉しく思ったのだろう。
 一時は実家である北条家を頼ろうとも考えたが、その場合だと勝頼の身の安全が保障出来ただろうか。
 氏政、氏照は信頼出来る人物ではあるが、氏直はあくまで親織田派であり、家中では同じ思想を持つ者達が力を握っている。
 これでは北条家に匿って貰ったとしても何れは如何なるかの保障は無かった。
 昌幸の事を最後まで信じると決めた勝頼の選択肢は決して間違っていなかったと言える。
 だが、実際に上州に入ってからの様子を見ると甲斐、信濃とは比べられない程に安定した統治が行われている。
 土地の違いの大きさと言うのもあるのだろうが、民の生き生きとした表情からすると皆が昌幸を信頼し、尊敬しているように見えた。
 『人は城、人は石垣』の理念を持っていた信玄の教えを受けていたのもあってか、武士よりも民を重んじた統治を行っているのだろう。
 昌幸は新府城の縄張りを行う際にも政治、商業を集住させる必要があるとしていたが、上州でもそれを実践している。
 甲斐では構想だけで終わってしまっているだけにこの差は非常に大きい。
 統治者として、為政者として昌幸が卓越した手腕を持っているのが明らかである事をまざまざと見せつける。
 信玄の眼と呼ばれるその名は神算鬼謀の智謀だけでは無い。
 政治、軍事といった全ての面に通じるからこその名なのだ。


(……儂よりも主君に向いているな)


 だからこそ、勝頼はこのように思う。
 今までは昌幸の上州統治をじっくりと見る機会はなかったため、気を留める事はなかったが……。
 明らかに勝頼の行っていた統治とは違う。
 領内の金が殆ど産出されなくなり、民には重税を課さなくては儘ならなかった勝頼の統治とは違って商業を大事にしている。
 これこそが金に依存してきた者と依存していない者の差なのであろう。
 少ない元手から増やしていくという手法は武田家中ではそれほど広まっていない。
 元より商いを主としてなかったのもあるだろうが、先代である信玄の代の頃は資金に困っていなかったと言うのもある。
 資金が不足し、統治が儘ならなくなったのは勝頼の代になってからだ。
 それに加え、新府城に本拠地を移動させるなどの負担が発生している。
 止むを得ない事情があったにせよ、統治が上手くいっていなかったのは確かであろう。


(これからは安房を中心として新たな大名として起つ方が良いのではないか――――?)


 岩櫃城を目指す道中で勝頼は一つの結論に至る。
 甲斐源氏である武田家は最早、滅亡したに等しい。
 勝頼、信勝を始めとした一門衆こそ健在だが……。
 根拠地である甲斐を離れた今、甲斐源氏としては終わったも同然だ。
 血脈が絶える事は無いが、勝頼の統治下で甲斐も信濃も大きく消耗してしまった。
 多くの者達が勝頼を主君と仰ぐには相応しくないと思っており、それは盛信、信豊を除いた一門衆達の勝手な行動からしても明白だ。
 それに対して、真田家は如何であろうか?
 昌幸が不在の間でも場を任された矢沢頼綱らは忠実に責務を果たし、信幸ら息子達も務めを果たしていた。
 一門衆は皆が纏まっており、各々の持つ意見を採用し、実行するだけの器を昌幸は持っている。
 それに加え、武田家の家臣としても上州における地盤を確固たるものとし、何時でも戦が出来るように支度を整え終えていた。
 打つ手の全てが後手に回り、戦支度すら出来なかった己とは明らかに違う。


(だが……あくまで儂を盛り立てようとしてくれている安房の意思を無視する訳にもいかぬ。……やれるだけの事はやるしかない)


 勝頼は頭に浮かんだ事を振り払い、思い直す。
 甲斐源氏としての武田家は確かに滅んだかもしれない。
 しかし、昌幸を始めとした者達は未だに付き従う事を選んでくれている。
 全てを諦めるにはまだ早過ぎるのだ。
 昌幸の見立てでは一両年持ち堪えれば、情勢が如何なるものとなるかは解らなくなってくる。
 そうなれば再起する事も出来るかもしれないし、昌幸を中心とした新たな大名として生き延びる道もあるかもしれない。
 何れにせよ、匙を投げ捨てるのはまだ先だ。
 勝頼はそう思い直し、岩櫃城より出迎えに来た昌幸と合流するのであった――――。















 こうして、武田勝頼は土屋昌恒らを始めとした忠臣達の犠牲を払いながらも上州、岩櫃城へと入った。
 真田昌幸の手によって張り巡らされた陰陽の縄を仕込まれた堅城であるこの城は甲斐の岩殿城に比べても長期に渡って持ち堪える事が出来る。
 用意周到に準備を進めていた昌幸の采配により付け入る隙も無く、戦を仕掛ければ無闇に死者を増やすだけなのは誰が見ても明らかであった。
 それを察してか織田信忠は甲斐を平定した後は上州に攻め寄せようとはせず、森長可、滝川一益、河尻秀隆らを残して自身は岐阜へと退く。
 盛信から松姫を受け取ったせめてもの礼として。
 織田信長も甲斐に入った後は松姫と信忠の婚姻を認めた後、生き延びた勝頼の事は暫しの間、徳川家康、北条氏直らに後を任せる事とした。
 何れは自らの手で片を付ける事を告げて。
 だが、この時の信長は大きな見落としに気付かなかった。
 この状況は家康が望んでいたものであったと言う事と、甲斐を平定した折に意見が合わずにぶつかり合った明智光秀が疑念を募らせつつあった事を。
 常に前を見続ける信長の足元に二つの不確定要素が潜んでいる。
 これが後に信長と信忠の運命を決定付ける事になるとは今はまだ誰も気付かない。
 全てが明らかになるのは此れより約3ヶ月近く後になってからである――――。
















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