「アーハス・デュンベルがやりやがったな」
「ん? ……あぁ、彼女か。事前の通信でも自信満々の様子だったからな。言った事は実現させる人物だよ、アレは」
「その口ぶりからすると、親しいのか?」
「それなりにな。彼女は軍でも私の派閥よりだ」
マクシミリアン・ブラックバレーは、どうやら積極的に自分を取り込もうとしているようだ、とファルコンは判断していた。内容は仕事の事であったが、煩わしくない程度には連絡があり、時折はファルコンを呼びつけ、また時折は、全く驚くべき事だが、自ら隼団の事務所に訪れる事もあった。とは言っても、交流が始まってまだ二週間と経っていないのだが
今は、マクシミリアンの屋敷の執務室でボードゲームの相手をさせられていた。最初は仕事の話だった筈だが、済し崩しである。或いは、マクシミリアンも退屈しているのやも知れない
「出来得る限り異世界に意識を傾ける心算で、軍務を減らしてみたのだが、逆に暇になってしまってな」
部下を動かす時は果断なマクシミリアンは、ボードゲームで持ち駒を動かす時は長考派だった。ファルコンは不安定な自分の立場を慎重に推し量りながらも、端末から不遜な態度でニュースを見ていた
ニュースデータには、連盟宇宙軍が宇宙空間でエイリアンとの艦隊戦を行い、見事勝利した、とある。宇宙艦隊総司令官アーハス・デュンベルの横顔を捉えた写真も、同時に掲載されていた。淡い青色の肌を持った鮫の亜人が、真直ぐ前を睨み付けている
「もう何年になるか。二百年程か? 毎度毎度散々に蹴散らされながら、奴らもよくやる」
「今回のエイリアンどもは中々規模が大きかったらしいじゃねぇか。大したモンだ、アーハスも。二十八の若さで軍司令官と言うのも粋で良い」
マクシミリアンは、ファルコンが妙に嬉しそうなのに気付いたようであった。板状の駒を見つめながら、マクシミリアンは金髪をくしゃりと撫で付ける
「ふん……? 彼女が気になるのか、ファルコン」
「俺はアーハスのファンなんだよ」
「そういえば、彼女は君と同じアリエッタ教会の出身だったな。可愛い後輩と言う事か」
コン、と音を立ててマクシミリアンが駒を動かす。ファルコンは二重の意味で唸った。流石によく調べていやがる。そして相変わらず嫌な駒の動かし方をしやがる
「気に障ったなら謝罪しよう」
「いや、良い。あんたはジェントルマンだ」
ファルコンは昔を思い出した。ファルコン含め、二十人の孤児を満足に食わせて行ける中々裕福な教会で、二親が居ない事を思えば恵まれた環境だった事は間違いないが、しかし最低な場所だった
朝のお祈りも気に入らなければ、定期的に金持ちの屋敷の庭を掃除させられるのも気に入らなかった。母代わりのクレアが懺悔室で軟弱者どもの愚痴を聞いてやるのを見た時は馬鹿らしくて仕方がなかったし、教会の司祭の説法を聞くと反吐が出た
別段変わったところなど無い、寧ろ良い環境であったが、まぁ、ファルコンの気性には合わぬ場所だったと言う事だ
「因みに、アーハスは無神論者だ」
ファルコンは眉を顰めてみせる
「それはなお良い」
ファルコンが意を決して手駒を動かそうとしたとき、耳障りな音を立てて執務室の端末が起動した
マクシミリアンが、残念だがここまでだ、とゲームを打ち切る。表示された空間ウィンドウの向こうで、少女のような少年、ルーク・フランシスカが待っていた
『その……、検討が終了しました……ので、結果をお伝えに参ります……』
「……どうした、ルーク」
『い、いえ、何でもありません。取り敢えずそちらに向かいます』
マクシミリアンがファルコンを見るが、ファルコンとしては肩を竦めるしかない。まぁ、解らなくても良かった。どうせ直ぐ解る
幾許もしない内に、執務室の扉がノックされる。入れ、とマクシミリアンが厳かに言えば、おそるおそる、といった風情で、ルークが部屋に入ってきた
ファルコンは思わず沈黙した。ルーク・フランシスカが、大昔の娯楽番組にでも出てくるような、ファンタジックな格好をしていたからだ
「…………」
ルークは顔を真赤にしている。鮮烈な蒼のマントに、趣味全開ゲームチック丸出しの貴族服。御伽噺の貴公子がそこに居る。160㎝の身長と、女が羨むような端正な顔立ちには、確かに似合っていた。本人の胸の内までは知らないが
――
ファ「マクシミリアン、俺は、この坊主の学芸会の為に呼び出されたのか?」
マ「そんな訳があるか。異世界文化でも通用する装備の検討をさせた筈だが」
ル「……はい、ですから、研究チームが出した結論が、これであると……」
マ「…………ふぅむ、確かに、異世界の文化レベルには相応しいかも知れんが……。コガラシのデータでは、衣服の成り立ちもそう大差ないとの事だったな?」
ファ「だがこれでは目立つだろう。まぁ、この坊主の小奇麗な顔には似合っているかも知れんが。もう少し大人しい成りの方が良いのじゃぁないか」
ル「研究チームは、『身分のある相手とのネゴシェイトを想定した場合、まずこちらの身形から入るべきだ』と……」
マ「確かにそれを念頭に入れろと言ったのは私だが……。そうなると、ルーク一人だけで送り込んでも偽装の意味がなくなるな」
ル「何故です?」
マ「高い身分の者が、エピノアだかなんだかの生息する世界を、一人で旅などするか? お前の演じる役は異国の旅人だぞ」
ファ「そしてまた、頭数を揃えて送り込むことが出来るなら最初からそうしている、って訳か。しかしこんな凝った真似をするって事は、ロベルトマリンの最高委員会を黙らせたか?」
マ「妥協を引き出しただけだ。……あぁ、勿論、お前の所のソルジャーへの支援も行う。既に手筈は済んでいる」
ル「……結局、どうなさいますか……?」
マ「他に案はないのか?」
ルークが一礼して、退室する。どうやら研究チームの待機する場所へと向かったようだが、初っ端からアレではどうなることか
程なくして、再びルークは現れた。今度はファルコンが初めて遭遇した時と同じ、メイド服であった。相も変わらず、女よりも女らしく、また愛らしかった
ファ「…………趣味か?」
ル「ち、違います。そ、その」
マ「…………直接聞いたほうが早い」
マクシミリアンは米神を揉み解し、端末を起動させた
研「こちら研究チーム筆頭コジマです」
マ「出来るだけ簡潔に説明しろ。ルークのあの姿は?」
研「はい、既に現地潜入している工作員との協働と言う事でしたので、フランシスカ君には、先方の御付のメイドを演じてもらって、偽装効果を高めようというコンセプトです」
ファ「この坊主が、ゴッチのメイド……?」
マ「……ルーク、着替えて来い」
頬を赤らめながら、ルークはまたも退室する。ファルコンは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。ルークの恥らう表情が、その実満更でもないように見えたからだ
ファ「何だ、あの反応は」
マ「コガラシの記録映像を見てから、どうもお前のソルジャーに思う所があるらしい」
ファ「詳しく頼む」
マ「アレは、自分に男らしさが無いことを悩んでいるようでな。ソルジャーの戦闘記録を見て以来、憧れているのだろう。あの圧倒的な暴力に」
研「まぁ、腕力が強いと言う事は確かなステータスに成り得ますし」
マ「…………コジマ、貴様には三ヶ月間の減給処分を言い渡す」
研「え?!」
マ「以上だ。作業に戻れ」
愕然とする部下に一片の慈悲もくれず、マクシミリアンは端末を停止させる。ファルコンはここまで来ると、少しワクワクしていた
次は何が出てくるのやら
ファルコンがニヤニヤしながら待っていると、乱暴に扉が開かれた。部屋に侵入してくる暗緑色のパワードスーツ
重装備だ。通常お目に掛かる機械などまずない、人間サイズで、人間の形をした、戦車とでも言うべき兵装だ
背には小型の折畳式プラズマカノンを備え、腰部にバンカーバレットタイプの大型アサルトライフルをマウントし、両手で最新式のビームマシンガンを胸の前に捧げ持っている
その威容、その脅威、推して知るべし。頭部の滑らかな曲線に、邪悪なスカルエンブレムが微笑んでいる
ファ「“ブレイク・コーラス”だとォ?! ギロチン軍団のアサルトフロントか!!」
ファルコンは執務室の窓を破壊して外に飛び出す。カバーポジションなど考えるまでも無い。一目散に逃げなければ、世界最高水準の技術で作成されたパワードスーツ及び最新鋭火力によって抵抗する間も無く蒸発させられるだろう
理由は何だ? と悩む間も無かった。ギロチン軍団の正式名称はRM国統合軍第十二特殊作戦隊。対テロ軍団として危険な真似を好きなだけやる特殊作戦隊の中でも、最も練度が高く、冷徹で、何よりも頭のイカれた部隊だ。テロ屋ではないファルコンだが、だからと言って己が無事で居られる何て呑気な事を思う筈がない
マ「待て、ファルコン! ……ルークか?」
ル「は、はい、そうです。驚かせてしまって申し訳御座いません」
全力で低空飛行を行おうとしていたファルコンは、勢い余って地面に突っ込んだ。こけて頭を地に擦り付けるなど、紳士にあるまじき無様であった
ファ「驚かせてもクソも、そのパワードスーツは保有制限の掛かった“ギロチン軍団”専用装備じゃねぇか、一体どうやって手に入れた」
マ「……私ではないぞ、これには覚えが無い」
破壊した窓から執務室へと戻ったファルコンは、げっそりと疲れたように溜息を吐いた
マクシミリアンが、端末に手を伸ばす。連絡先は、最早聞くまでも無い
研「こちら研究チーム筆頭コジマ」
マ「コジマ、まず最初に言い渡すことがある。減給処分はなしだ」
研「え?! やった、本当で……」
マ「私が許すまで謹慎していろ。こちらから連絡するまでそのふざけた面を見せるな。研究チームの責任者はカルテンが引き継げ」
研「ちょ、ま」
ウィンドウの向こうで、数秒前まで研究チーム筆頭だったコジマが、何者かによって殴り倒された。新たな研究チーム筆頭技術者、カルテンであった
カルテンはコジマの鼻血が付着した部分を綺麗に拭いつつ、クールに笑う
研「カルテンです。コジマの職責を引き継ぎます」
マ「お前は大丈夫だな?」
研「私はコジマ汚染など受けていません」
マ「ならば良い。何故私の屋敷にギロチン軍団のパワードスーツがあるのか、説明しろ」
研「……簡潔に申しますと、コジマの馬鹿が、どこからとも無く基礎設計資料を入手したようで。我々も今日初めて見せられて大層驚いたのですが、何でも「90%の再現度! マクシミリアン様も唸らざるを得まい!」と」
マ「パワードスーツを個人で一から作り上げたと言うのか……。確かに唸らざるを得んよ、奴の脳味噌のイカれ具合には」
研「能力は確かです。どうか、寛大な処置を」
ファルコンが大きく溜息を吐いて、肩を竦める。マクシミリアンの部下は、とんでもない奴らの集まりのようだ、色々な意味で
――
「君、その格好は」
「…………」
「いや、馬鹿にしている訳では、無いよ。ただ、君がこれから赴く場所を考えれば、中々妥当だな、と思ったのさ。それに、よく似合っているから」
ファルコンに連れられて研究所に現れたルーク・フランシスカに、テツコは仄かに苦笑いした
蒼いマントに白い鎧。近くで何か、演劇の公演中だったか、とテツコは首を傾げる。その上ファルコンとルークの背後には、屈強な体がしかし優美な、見事な白馬がいた
テツコは眉間に手をやり、うーん、と唸る
「コンセプトは?」
ファルコンが首を振りながら答えた
「全世界の乙女の夢、白馬の王子様だとよ」
「嘘です、研究チーム筆頭技術者は、最近発売されたファンタジーゲームにヒントを得たと言っていました。フリーナイトだそうです」
「自由騎士? …………まぁ、良いか。それよりも、その馬は?」
白馬は、テツコの言葉を理解しているのか、蹄を鳴らしながら進み出てくる。テツコは慌てて謝罪した。市民権持ちの亜人かと思ったのだ。判別がつかない事は、珍しくも無い
ファルコンがテツコを嗜める。勘違いらしかった
「こいつは人工的に作られた生命だ。知能も能力も生命力も、ただの馬とは比べ物にならんが、市民権持ちじゃぁない。それに翻訳機をつけても会話は出来ねぇしな」
これが仕様書だ、とファルコンは電子端末を差し出してきた。白馬の驚異的な身体能力が事細かに記してある
「……動力はなんだい? このスペックを運用維持するには、普通に餌を与えるのでは効率が悪いだろう」
「鋭いな。コイツ、首にバッテリーを仕込んである。体を動かす時に発生するエネルギーを増幅させて稼動するが、光を浴びることでもエネルギーを生成できる。ただし、連続して七十二時間以上光を浴びないでいると、極端に代謝機能が低下し、やがては死に至る。まぁ、光の一切無い暗闇なんぞそうはないだろうがな。詳しい事は仕様書を読め」
「なるほど、普通の競走馬よりも小食みたいだ。これは凄いが……技術的な核心部位はブラックボックス扱いなんだね」
「流石に、そこまで開けっぴろげじゃない、マクシミリアンも」
端末を停止させて、テツコはポケットに仕舞い込んだ。ルーク・フランシスカは、緊張気味に待っている
「改めて自己紹介しようか。私はテツコ・シロイシ。メイア3捜索チームに置いて、実働隊員ゴッチ・バベルのサポートを行っている。そしてこれからは、君のサポートも仕事になる」
「は、ルーク・フランシスカと申します。テツコ博士の事はマクシミリアン様から聞いています」
「ブラックバレー氏は、何て?」
「才女だと。他の者と一線を画す何かが、一目で解ると仰られていました」
「ははは、私はブラックバレー氏と面識はないよ」
ファルコンは、黙っていた。マクシミリアンがお忍びで足を運び、テツコを観察していたのを本当は知っていた
「君の相棒は?」
テツコが柔らかに微笑んで、自分よりも身長の低い美少年の頬を撫ぜた。ルークは、困惑して、テツコの手を振り払う
「止めてください。…………この馬ですか? 研究初期の、肉体が完成しきったやつで、4と呼ばれています。四番目に製作された固体ですので」
「名前を付けてあげるといい。君はこれに跨って異世界を歩くんだからね」
「は……ぁ……、解りました」
訝しげに言うルーク。踵を返すテツコ。ファルコンは、葉巻を銜えて目を細めていた。相性は、良さそうだ
指揮権はこちらに寄越す、とマクシミリアンは言っていた。マクシミリアンの事だ、ルークに二、三言い含めているかも知れないが、それでも言質があるのと無いのでは、やはり違う
ルークと言う少女のような少年は、年こそ見た目相応に若いが、メンタルの部分が非常に安定しており、状況への適応も早い。マクシミリアンの子飼で、且つこの作戦に参加出来る程であれば、実力も申し分ないだろう。自分は一蹴したが
だが、好条件が揃っているにも関わらず、ファルコンは不安だった。ジッとルークを見詰めれば、ルークは直立不動での挨拶を返してくる
一番心配なのは、ゴッチの尻の穴だ。ファルコンの直感が、何故かそう告げていた
――
異世界の扉を抜けたルークを迎えたのは、嬉しそうに大口をガパリと開けた恐竜であった
先立って活動しているゴッチのデータから、異世界にどういう物が居るのか、ルークはある程度学習していた
しかしこれは不意打ちである。咄嗟に前に出した右手に、恐竜が食らい付く
「くッ」
『焦らなくても良い。君の所の研究室から送られてきたデータに偽りが無ければ、その鎧を着ている限り安全だ』
コガラシがふよふよと恐竜の周りを飛び回る
テツコの言う通りであった。恐竜は激しく頭を揺らし、ルークの腕を食い千切ろうとしているが、そもそも牙がルークの肉に至っていない。至っていないどころか、鎧の篭手に傷を付ける事すら出来ていなかった
「…………」
ルークは何とも複雑な表情になって、沈黙した。見た事もない世界を畏れ、身構えて着たと言うのに、この恐竜の間抜け振りときたら、唖然とする程だ
『因みに、私から交戦許可を得る必要は無いよ。君が必要だと感じたときは、迷わず戦ってくれ』
ルークがすらりと左手を動かすと、小剣が現れる。スコン、と軽い音を立てて恐竜の顎に突き立ったそれを、ルークは指で弾いた
恐竜の顎から喉、胸までがパクリと開いて、鮮血が噴出した。ルークは返り血を浴びる前に身を翻し、森の木々の間に隠れでもするかのように、体勢を低くした。左手の小剣は、何時の間にか消えていた
「索敵お願いします」
『了解、周囲の索敵を……っと、どうやら、必要無いみたいだ』
テツコが声を低くして言った。ルークが不穏な気配を感じ取り、辺りを見回す
木の陰を走り回る者達が居た。ざっと数えただけでも十を越す、大層な数であった
ナイフの一振りで手早く片付く数ではない。ルークは腰の長剣を抜く。剣術は全く持って、マクシミリアンの趣味以外の何物でも無く、精神修行の一環として指導を受けていただけだったのだが、それが今役に立とうとしていた
――
死体に刻まれた傷は、どれもこれも一太刀分のみであった。総じて十二体の恐竜は例外なく切り伏せられ、ルークは死体を積み上げて、その横で佇む
『全敵殲滅。周囲の確保は完了だな。君の相棒を投入する』
森の景色が歪に歪んだと思うと、蹄を鳴らして白馬が駆けてきた
ルークは目を擦った。現れた瞬間が、ハッキリと視認出来なかった。唐突に出現したように見えたのである。白馬はぶるる、と荒い鼻息を吐くと、体を震わせてルークの前に静止する
『それにしても、君も中々。ファルコンは君の実力を疑問視していたようだけど、この分なら心配は要らないな』
「……隼団の投入した鬼札の事は私も知っています。確かに、あの人と比べて考えるならば、私では不足でしょうね」
『ゴッチの事かい? 確かに彼は強い。無茶苦茶な所もあるが、腹が据わっていて基本的にはメンタルも安定している』
合成皮のグローブに包まれた手で、ルークは頬を掻いた
「実を言えば、会うのが楽しみです」
『そうか。私も久々に、彼の声を聞くのが楽しみだよ。合流を急ぐとしよう』
――
「アレは、な、表の仕事を率先してやらせようと思っている。気質も明るい所に向いているし、あの顔立ちは大衆受けするからな。広告塔のような物だ。そんな風に育ててきた」
「ふぅん? どうりで、アンタの下で働いてる割には、真直ぐな目をする訳だ」
「何れは腹芸も仕込む心算で居るが、今は然程重視していない。腹芸を読み取り、理解することが出来ても、率先して腹芸をしない、そんな若さだ」
「……ククク、『やれ』と一言命じれば、翌日には暗黒街を荒野に出来る程の男が、こうまで過保護とはな」
端末にて、ルーク・フランシスカの行動が開始された旨を受け、マクシミリアンは精悍な顔立ちに、力強い笑みを浮かべていた
ファルコンは葉巻をゆらゆらさせ、腕組み……否、羽組みしながら意地悪く言った。マクシミリアンは取り合わない
「(ひょっとするとあの小僧、マクシミリアンの縁者か?)」
軽く探りを入れたルークの生い立ちは、マクシミリアンと妙に接点が在りすぎた。一応孤児院出身と言う事になっているが、マクシミリアンの方が妙に目を掛けていた節がある
人材収集家故か、本当に血縁であるのか、若しくはマクシミリアンの趣味か、はたまたそれら以外の理由か
まぁ良い、とファルコンは打ち切る
「子供ってのはよ、伸び伸び育てるモンだと思うぜ、俺は。やりたい事を気の済むまでやらせてよ、振り返らせるのはそこからさ」
「伸び伸び育てている。私もそれなりに気を使っているのだ」
「アンタのは、“掌で転がしてる”ってんだと思うがね。少々、頼りないんじゃないか」
「隼団のソルジャー、少々思慮に欠ける部分があるのではないのかね、やりたい事ばかりやらせて、我侭なのではないか」
「…………」
「…………」
「くくく、少し長居し過ぎたな。働いてくるか」
「ははは、私も軍務に戻るとするか。少ないが」
――
研究所、異世界観測室で、ファルコンは眉を顰めた
「なんだこれは。少し目を離したうちに」
インカムに向かって何事か話し続けるテツコの前で、空間投影型のウィンドウは、立派に役目を果たしていた
屈強優美な馬に跨る者は、何故か二人に増えていた。まだ幼い少女が、ルークの旨に背を預けて眠っている。頬に擦り傷、服に泥、髪は乱れており、尋常な様子ではなかった
だが、身形は良い。乱れたドレスは豪奢な物で、華奢な体格も、生きる事の苦労を知らない上流階級のそれだ
森は僅かに開き、柔らかい日差しの差し込む穏やかな小道となっている。テツコがマイクを握り締め、音を送れないようにすると、振り向いてファルコンに苦笑いした
「……その……何というか、止むを得ない状況でね。ある意味王道と言うか。……襲われて居たんだよ、恐竜たちに」
「助けたのか? テツコ、マイクだ」
ファルコンは羽をばさばさと言わせて、テツコのインカムを催促した。ファルコンはテツコの至近距離に顔を寄せると、ぼそりと呟く
「えぇ? 大した御身分だな、色男。足手纏いを抱え込むのがお前の好みか?」
憮然とした声が跳ね返ってくる
『現地民の協力を得るのは、このような任務での大前提です』
「知ったような口を聞きやがる。面倒見切れるんだろうな」
『この判断が誤りだったとは思いませんが』
「…………あのマクシミリアン・ブラックバレーの秘蔵っ子が、どうしてこうも甘くなれるのか」
『マクシミリアン様は、無駄に殺すな、無駄死にさせるな、と何時も仰います。……あまり殺すと、それが面付きに出るから、と』
遠慮がちになったルークの言葉に、歩み寄ろうとする意思をファルコンは感じた。ルークなりに、マクシミリアンとファルコンの関係を慮っているらしい
ファルコンは沈黙し、考える振りをした。こうなった以上どうしようも無いが、大人には格好を付ける時間が必要だった
「まぁ、良い。現場の判断に任せる」
テツコが困ったように笑っている。彼女には、ファルコンの心が多少なりとも見えるようである
「どうしたんだ。何故そんなに苛立つ?」
ファルコンは答えない。ファルコンは、お姫様の窮地を華麗に救うような都合の良いヒーローは、余り好きではなかった
――
森の小道には、ところどころに鎧を着た兵士達の死体が見受けられた。中には恐竜に歯型とは考えにくい大きな傷を負った死体もあり、ルークは警戒を強める
ルークの前で白馬に揺られる少女が、僅かに身動ぎする。上手く手綱を取って白馬の歩調を落とすと、コガラシがルークの鎧の腰部に張り付いてきた
『目を覚ますな。コガラシがおおっぴらに見られるのは、あまり良くない』
「そんな所にくっつくようになってたんですか」
『磁石を使って、ちょっとね。これで少しぐらいは消費エネルギーを抑えられる。……あぁ、彼女に周りの様子を見せないようにした方が良い』
ルークはハッとしたような顔になった
――
後書
コジマ汚染進行中。スランプ。
いや、スランプって使ってみたかっただけ、みたいな。
ここまで読んで下さった方ありがとう。これまで感想くれた方はもっとありがとう。
感想にレス返ししたりしない主義ですが、頂いた感想にスゲェ励まされてます。
でも今回グダグダしてんのは勘弁して。ウボァー