「ミハイル、君と言う人物はとても危険だ。ミスタ・ブラックバレーの同類さ。きっと、君に関わりたくない、平穏に生きていた人物すら、自分の目的の為に踏みつけにしてきたんだろう」
「…………マリーシアンに同情でもしているのか」
「彼女は私に対してとても誠実だったよ」
「どんなに誠実な者でも、目の前に金塊を積まれ、或いは弱みを握られれば決断しなければいけなくなる。人間を続けるか、狗になるかだ。マリーシアンは狗だった」
鉛色のドアを一度蹴り付けて、ミハイルはブラヴォに向かって、ドアを顎でしゃくって見せる
独力では開きそうになかった。ミハイルはブラヴォの助力を得てもう一度蹴りを入れつつ、小さな声で言う
「だが、……ふん、殺してやって正解だったのかも知れん。モルビーに命を握られている状況など、死んでいるのと変わらん」
「あれ程のボディは、維持だけでも大変だろうからな」
「金は掛かったろうが、公私ともにマリーシアンは都合の良い女だったろうよ、モルビーにとっては。そういう意味でなら、マリーシアンに同情もしよう」
テツコは、自分の首筋に顔を埋めて眠るジェットの頭を見た。先程とは逆で、失神したジェットを今度はテツコが背負っている。しなやかな猫の肉体は、テツコが思っていた以上に軽い
色々な人間が居る者だ。ジェットのように、何時もケロッとしている者も居れば、ミハイルのように、常に不機嫌そうにしている者も居る
テツコはマリーシアンの顔を思い出す。食事中、歓談していた時の顔。ミハイルの話題を振った時の顔。空を飛び、自分達を追っていた時の顔。そして死に際
ミハイルは、この男はきっと、モルビーに飼われる事を受け入れたマリーシアンが許せなかったのだ。或いは愛していたのかもしれない
下らない下品な勘繰りだな、とテツコは頭を振った。テツコのしなければいけない仕事は、別にあるのだ
「出来るだけ早くジェットを診たい。神経にダメージを負っているかも知れないからな。急いで貰えるかな?」
「そいつを普通の病院に担ぎ込むのは……。あー、あぁ……医療系の知識もお持ちで?」
「何故私が、ファルコンの仕事に携わるのに適当であると判断されたのか、それを思えば当然では?」
「成程、了解、もう開きますよ、と!」
ブラヴォが裂帛の気合を込めて扉を蹴破る。ドカドカと雪崩れ込んだその先はモニタールームになっていて、地上に通じるエレベーターと階段があった
テツコはジェットをブラヴォに任せると、足早にコンソールへと近付く。少しの間吟味し、一つ頷くと、まるで使い慣れた端末であるかのようにスムーズに起動させた
「エレベーターの制御も行えるようだ。これで漸くここから……、ん……?」
「どうした?」
「配線が切断されているようだ。どう言う事だ?」
「マリーシアンが散々暴れたからな、何がどうなっていても可笑しくはない」
「切断されているのはここのエレベーターの配線のみだ。これは」
ブラヴォが突然身を屈める。唇に人差し指を当てて沈黙を強制する
階段の方へと耳を欹てて、ブラヴォは小さく無声音を発した
「足音、複数」
ブラヴォはジェットをテツコに押し付けた
「お客さんですな。警察特殊部隊なら、一度やりあってみたかった。最近どうやら図に乗っているようなので」
鼻で笑ってブラヴォは駆け出す。階段を下りてくる敵を奇襲する心算らしい
テツコは、押し付けられたジェットを更にミハイルへパスして、再びコンソールに取り付く。盥回しにされたジェットは失神しながらも気分悪そうにふごふご言った
「血の気の多い事だ」
「博士、エレベーターを動かせないか。階段を上るとかなり長いぞ」
「少し待て。……ある所から持ってこよう。60カウントでエレベーターを動かす」
炸裂音がした。階段の方からだ。続いてパシュンと言う空気の音と、カシャカシャと言うカメラのシャッターが切られたような音、そしてブラヴォのアサルトライフルが発する乾いた射撃音が聞こえる
一つ目はサプレッサー付きの銃から出たであろう発射音、二つ目はその銃の機構故に漏れた作動音だろう。三つ目は言わずもがな。それ以外には何も聞こえない
連中、呻き声一つ発さず殺し合いをしている。テツコは眉を顰めた
「……今、あの兵士が交戦している部隊だけとは思えんな」
「不吉な事を言わないで欲しいね」
「さて、奴ら、どのような経路で侵入しているか解らん。挟み撃ちは流石に無いだろうが」
モニタールームから出た所の階段踊り場に、何か重たい物が降ってくる
黒尽くめの装備に身を包んだ警察特殊部隊員だ。右手と右足があらぬ方向に曲がっており、腰の部分から少しずつ血だまりが広がり始めている。絶命していた。ミハイルは面白くなさそうに言う
「本職が相手では流石に形無しだな」
「何が降ってきた?」
「この国の糞溜めで何時も安売りしている物だ。気にしなくていい」
「……チッ」
心底不愉快だと言いたげな面持ちで、テツコは舌打ちした
不意に、ミハイルのスーツからコール音が鳴る。無機質なそれに、ミハイルは表情を一変させる
「お次は何だ?」
問いかけるテツコの横にジェットが転がされる。更にその横に立つミハイルが、腕時計型端末に手を添える
『しぶとい奴だなミハイル。ゴキブリに育てられたと言われても信じるぞ俺は』
「生憎と、私の所は二代前の両親からナチュラルヒューマンでね。ゴキブリの亜人等と言うUMAとは、少しも接触が無い」
『ハハハハハ』
本当に面白がっているような笑い声が響く。ミハイルの形相がみるみる憤怒に歪んでいく
テツコは悟った。この威圧的で、低い声
モルビー・エスチレン
「貴様の愛人には二度と会えんぞ、寂しいか?」
『あぁ……! 何てことだミハイル! お前は酷い奴だ! ……でも、……それなら御相子だ。お前の下品で、低能で、始末書を書くばかりが特技のどうしようもない相棒を、先程懺悔の旅に送り出した所だ。使えない部下だったとはいえ流石に胸が痛む』
罵声を投げつける事も、唸り声を上げる事も、歯軋りの音を立て事るもしなかった。ミハイルのこの男にだけは負けてはならないという意地が、感情の発露を抑え込んでいる
『まぁあんな奴の事は良い。それより、マリーシアンは最後に何か言っていなかったか? お前への恨み言か何かをだよ。本当に哀れな女だ。お前に見捨てられたせいで四肢を失い、挙句そのお前に殺されるとは』
「クククク……。残念だが、忙しくてその暇が無かった。だから」
テツコが仕上げに掛かる。コンソールが軽快な電子音を立て、作業の完了を知らせた
「動くぞ。ミハイル、私はね、君もそのモルビーもクソッタレだという事を今確信したよ」
ミハイルは既にテツコを見てすらいない
「貴様が確かめてくれ。直ぐに、地獄とやらに叩き込んでやるから」
ミハイルは通信を切断した。悪相が酷い有様になっている。血と暴力に塗れたアウトローだってこんなに怖い顔はしていまい、そう思わせる程の顔になっていた
テツコは階段に頭を出して上に向かって怒鳴り付ける。丁度その時階段全体に超音波のような何かが広がっており、テツコは耳を抑えた。フラッシュ? スタン? まぁどちらでも良い
「く……、まだ始末できないか?!」
「もう少し! 逃がさないようにするってのは、面倒なもんで!」
とっととやっつけてしまえ、とテツコは投げやりに思っていた。もういい加減、慣れてしまったのである
――
エレベーターが地上に着く前に、ブラヴォはサーモゴーグルを着けながら平然と言った
「息を止めて目を瞑り、寝そべっていてください」
テツコは疑問を挟まず胡乱気に了解の意を伝える。ミハイルと、入口方向から見たエレベーター内部のデッドスペースに潜り込み、姿勢を低くする
ブラヴォはスモークグレネードを転がした。煙が充満し、地上に辿り着き、ドアが開き
膝立ちになったブラヴォが、三点バーストで射撃を行う。最初に三回。間を開けて、また三回
激しい爆発があったから、複数個グレネードを転がしたりもしたようだ
そこから先はあっという間だ。ジェットを担ぎ直したテツコを、更にブラヴォが引っ掴み
建物の回転扉を抜けて、警察特殊部隊の装甲車まで辿り着いて、そこに待機していた特殊部隊員を射殺。テツコが激しい咳から復帰した時には、装甲車を奪取していた。ミハイルは悠々と運転席で端末を弄り、装甲車を起動する
「流石に私のIDは止められているが、この程度で……」
「死ぬかと思ったよ……」
「その心配はありませんな、博士」
ブラヴォがライフルのマガジンを取り換えながらしたり顔で言う
「奴ら、どうも本気に成り切れんようで。持っているのは麻酔銃でした」
「どう言う事かな?」
「まぁ、ほら。博士が死んだら、閣下が黙っておりませんので」
「今更かい? マリーシアンなんかグレネードキャノンを撃ち込んで来たよ」
急発進した装甲車の座席に、テツコは鼻を打ち付けた。またこのパターンか
ふわりと浮き上がった瞬間の何とも言えない感覚の中で、必死に車内に放置されていた機材にしがみ付く
ミハイルが五月蝿く鳴り始めた腕時計型端末を、忌々しげにハンドルに叩きつけてから口を挟んだ
「気付いていなかっただけだろうよ。だから安易に、マリーシアンに皆殺しを命じた。そしてマリーシアンにしてみれば命令以外の事などどうでもよかった」
「兎に角、閣下を怒らせたくない訳です。あの人がその気になればモルビーは三十分以内にロベルトマリンの海の底でしょう」
「……出来れば、今直ぐそうしてこのお祭り騒ぎを終わらせて欲しい所なんだけれどね」
「それには幾つかの手順が必要だ。その一、モルビーが目も覆いたくなるような馬鹿をやらかす事。その二、それが軍部の干渉を必要とする程の大事件である事。その三、マックスがその証拠を手に入れる事」
くたばれ、とテツコは胸中で罵った。何故口に出さないかと言えば、出した所で意味が無いからだった。この悪党面が罵声を受けて歪むなど、有り得ない
テツコの事を骨の髄まで利用している。マクシミリアンだってそうだ。ここまで事態が動いて、未だテツコをミハイルに“貸し出したまま”でいるという事は、つまりそう言う事なんだろう
マクシミリアンの都合で働かされて、マクシミリアンの別の都合で死ぬ目に会う。テツコは装甲車内部にあったメディカルツールでジェットを診察しながら、クソッタレ、と吐き捨てた。この口汚い台詞も今日何度目だろうか。いや、自分は鋼の淑女だ。そんなに何度も言っている筈はない
『まだ生きていたか! お前は本当に面倒臭い男だな!』
鬱陶しくも空気を読まず、装甲車のナビゲーションディスプレイに、個性的な板顔が映し出される
モルビー・エスチレンは聊か疲れたような顔をしている
「誕生日プレゼントがまだだったろう? 上司に対して義理を欠くことは出来ん」
『俺に気を遣うな、ミハイル。もうお前のサプライズは十分楽しんだからな』
「サプライズの二発目なんかはどうだ? 装甲車で貴様の奥方に向かって突っ込んだら、喜ばれるかな?」
『戻ってくるなら戻ってきても良いぞ。イエローペッパーの娼婦達も飛び入り参加していてな、天国まで送ってくれるだろうよ』
「あぁそれは大変だ。薄汚くなった貴様の邸宅を片づける為に、装甲車でなく清掃車が必要だな。貴様の大好きな薄汚い阿婆擦れ……おっと失礼、溝臭いイカレた奥方殿をイエローペッパーから身請けする時は、どう掃除したんだ?」
『…………あーあー、別に何もしちゃいないさ。普段お前らが発する、死んで二週間経ったスカンクみたいな臭いを嗅いでたら、まるで気にならんからなぁ。ところでミハイル、ずっと前から心の中で決めていた事を、お前に伝えるよ』
けたたましいサイレンを鳴り響かせながら、三台の航空警察車両、二台の装甲車が、左右のビルの谷間から飛び出してくる
急カーブして、ミハイルの操る装甲車を猛追。本日二度目の、全く嬉しくないカーチェイスだった
『殺してやる』
「……son of a bitch!!」
ミハイルは大声と共に、ナビゲーションディスプレイに拳を叩き込んだ。あっさりとディスプレイは破壊されて、青白い電流を放った後に完全に機能を停止する
大きくハンドルを切った。ブラヴォは窓から身を乗り出してアサルトライフルでの牽制を行い、テツコはジェットを庇うように抱き締めながら機材に背中を打ち付ける
装甲車はスピードを上げる。途中、小型のエアカーを跳ね飛ばしたが、流石にビクともしなかった
「だが、……ふん、こちらにはテツコが居る。連中はマリーシアンのような無茶は……」
ぼひゅ、と間抜けな音を立てて、装甲車の右側スレスレをミサイル弾頭が通り抜けていく
弾頭は大型飯店の看板に直撃し、プラズマを発生させ、遥か下の地面に落下させた。ミハイルは歯を食いしばって装甲車を急上昇させる
「馬鹿どもがァァーー!!!」
「プラズマ……? 次弾、来るぞ!!」
ミサイルランチャーがか?! テツコは絶叫した
「させるかァー!」
ブラヴォが、こちらも絶叫しながらライフルを撃ちまくった
装甲車の背後でミサイルがプラズマを発生させて消滅する。壁に備え付けられたディスプレイでその様子を見る事が出来たテツコは、唖然とする他ない
撃ち落としたのだ
「ん?! 矢張り、ミサイルじゃぁ無いな、対エアカー用の特殊電磁弾頭だ。エンジンと制御コンピュータに負荷を掛けて、強制的に消費低減モードに移行させる。そうすると二メートルぐらいの高さで浮いている事しか出来なくなる」
「流石に、マックスの奴、有能なのを揃えているな……」
「偶然だ。次はヤバいぞ」
「その“次”が来たぞ!」
「……洒落臭い!」
再びブラヴォが吠える。今度は二発。フルオートで弾をばら撒いて、あっという間に二発とも撃ち落とす
高速で空を走るエアカーの助手席から、無理な姿勢で、誘導弾迎撃。並の腕では成し得ない。破壊された電磁弾頭の名残であるプラズマ光をディスプレイで確認しながら、テツコは米神を抑えて頭を振った。事態は正直、想像を超えている
「…………敵、増援確認!」
「あぁ……まぁ、警察車両を乗っ取って、こんな大騒ぎしているんだ。幾らだって来るだろうさ」
だが、とミハイルは凄絶に微笑む
「残念、勝ちだ……! 俺の勝ちだ、モルビー・エスチレン! ナヴィーグチェイスは目の前だッ! 貴様の息の掛かっている所とは管轄も違うッ! もうお前に止める手立てはあるまいッ!」
「また来るぞ!」
「ではまた頼むッ!」
無茶言いやがって、と言いつつも。ブラヴォは再び身を乗り出した。装甲車が速度を維持したまま大きく曲がる。電磁弾頭は誘導性能の高さを見せつけるように平然と追ってきた
携行式の誘導弾にも、偏差射撃ってあるのかな。テツコが馬鹿な事を考えている内に、ブラヴォはまたもや電磁弾頭を撃ち落とす
既に理解していた事だが、まぐれではない
「ミハイル捜査官!」
「何だ!」
「抱き締めてほしいそうだ!」
「あぁ?!」
業を煮やした一台の装甲車が、体当たりを仕掛けてきた。ミハイルは大きな衝撃を意にも介さず、直ぐさまステアを返す
数秒、熾烈な押し合いが続いた。この時相手側の装甲車にミスがあったとすれば、それは左側から体当たりを仕掛けた事である
装甲車は右ハンドルで、こちら側の装甲車の助手席には、ブラヴォが乗っていた
ブラヴォが、押し合い圧し合いする相手側装甲車の運転席にライフルを向けるのは、至極当然の流れであった
「防弾ガラスだぞ」
「閣下謹製のAP弾だが?」
周囲の騒音に比べて、極めて小さな発砲音
運転席に銃弾を撃ち込まれた装甲車は急激に高度を落とし、安全装置を働かせて低高度でホバー状態になる
そこに、一般のエアカーが突っ込んだ。急に上から落ちてきた装甲車を、避けきれなかったのだった
後続車三台を含めた玉突き事故になる。装甲車は吹っ飛ばされて装飾品店に突っ込み、爆発した。凄惨な大事故になった
遥か後方での爆発音にも、ブラヴォはしれっとしていた
「まぁ、こう言う事もある」
「よし、見えた!」
俊敏に空を飛ぶ、二十四の影があった。ビルの上、柱の陰、車両の下、様々な位置に陣取り、しかし存在を隠すことなく火器でこちらを威嚇してくるエアウィング達
フライキャットチームだ。装甲車の通信システムが開かれる
『フライキャットチームだ! 止まれ、止まれぃ! 這いつくばってケツを高く上げろ! 俺がファックしやすいようにだ!』
『ナニコラ! 馬鹿言ってんじゃねぇ! 今回はお痛は駄目なんだよ、気ぃ入れろや!』
『これ以上ないぐらい入ってんだろーがコラァ!! 滲み出るオーラが見えてねぇのかオーラが!』
ミハイルは装甲車を急停止させた。周辺は既に交通規制が掛けられているようで、一般車両の姿は見えない
凄まじいやかましさだった。ハイスクールの問題児達が、何を間違ったか銃火器背負ってピクニックに来たような感じである。とてもではないが、秩序ある公僕、しかも治安を守る警察組織の精鋭達には見えない
そう、見えない、テツコには。しかし、全く残念で、認めがたい事ではあるが、ロベルトマリンエアウィングスと言うのは、警察組織の精鋭中の精鋭達なのであった
『こちら警察特務隊355、凶悪犯の追跡中だ、邪魔をするな! それになんだ貴様らの発言は! 公僕として恥を知れ!』
『ぶぁーーか野郎! 何が特務隊だこの“フェイスレス”どもが! 飼い主にきゃんきゃん泣きついてこいや! ワッペンつけさせてくださいってよォー!』
『RMAから出来損ないを引っ張ってきて過密訓練受けてるらしいが、そんなんでうちのキャップがビビるとでも思ってんのかァ?! こちとら来る日も来る日もロベルトマリンの空を守ってるんだぞ! 手前らなんぞ朝飯前に三枚に下してストレイキャットの餌にしてやるわ!!』
ぎゃーぎゃーと凄まじい勢いで捲し立てるフライキャットチームに、テツコ達を追っていた特殊部隊員達は押され気味だった
『我々はロベルトマリンポリスだぞ! 僚友を侮辱するのか!』
『モルビーの足舐めながらドラッグビジネスに精を出す恥知らずを、フライキャットチームは僚友とは呼ばんのだよ。おのれら部隊章すら着けられん癖に、言う事だけは一丁前で。全く呆れる他無いの』
『良いかァ?! フライキャットチームからの勧告だ! 手前らは、そこで、黙って見てろ。後の事は俺達が仕切る。お前らが追ってる連中が本当に凶悪犯なのかどうかも、俺達が判断する。 OK?』
五秒ほど、場が沈黙した
虚しい五秒だった。引き下がる訳が無かった
『我々はモルビー総括官から直々に指令を受けている! 如何にエアウィング、しかもフライキャットチームと言えども、好き勝手はさせん! これ以上邪魔をするなら、制圧する!』
フライキャットチームは沈黙した。だが、決して臆した訳ではなかった
誰かがくすくすと笑っている。一人二人ではない。含み笑いの気配が伝わってくる。我慢できないとでも言いたげに体を丸めて腹を抱えている者すら居た
下方から、新たに飛び立ったエアウィングが居た。黄のパーソナルカラーの許された、隊長格のエアウィング
ジャック・ダニエル。野太い声が、通信機を通してその場にいる全員を震わせる
『誰を、制圧するんだって?』
特殊部隊員達の、絶句する気配
『どうした、言ってみろよ。誰を、制圧するんだって?』
『ふ、フライキャットリーダー、我々は』
『ここは俺たちの空だぞ、糞ガキども』
『も、モルビー総括官から指令を! フライキャットリーダーには話が通っているのではないか?!』
『やかましいわ!』
ジャック・ダニエルは巨体を怒らせて、一喝で特殊部隊員を黙らせた
フライキャットチームの不遜な態度、絶対の自信を支えているのは、この男だった。亀の亜人にしてファルコンの宿敵、ジャック・ダニエルだった
『俺達はロベルトマリンの空を守る。モルビー・エスチレンなんぞ、知った事か!!』
『フライキャットリーダー! 懲罰の対象だぞ!』
『クビだろうが豚箱送りだろうが、やれるもんならやって見やがれェーーッ!!』
ジャック・ダニエルの滅茶苦茶な物言いと同時に、フライキャットチームは俊敏に動き始めた
暴徒鎮圧用のショックガンを撃ち掛けながら、極めて洗練され、且つ統制の取れた動きで特殊部隊員とそれに追従してきた警察官達にプレッシャーを与えていく
包囲するのに、圧倒的な機動力を用いて八秒。勝負を決めるのに、彼らは時間を必要としなかった
『撃ち返してきても良いんだぜ?!』
『その瞬間ウェポンチェンジだ! 手前らは間違いなく皆殺しだがなぁ!!』
『ヒャヒャヒャヒャッホー!』
『我らの空だ! 装甲車なぞでいい気になりおってからに!!』
『フライキャットチーム万歳! 空を荒らす奴らはあの世逝きだァー!』
『おぉぉ?! 発砲された! 繰り返す、発砲された! 敵は小銃に加え携行式の誘導兵器で武装している模様!』
『それは射殺されても文句言えんよなァ! よーし殺っちまおうぜ、この糞生意気なフェイスレスどもをよぅ!』
『敵増援を確認!』
『全員逮捕だコラァ!』
『死人に口なしィ!』
テツコは苦笑した。苦笑、で済ませるには酷い状況だったが、もう何もかもがどうでもよかった
「気が狂っている」
笑いながらこう言う他ない。ブラヴォが、心なしか羨ましそうにフライキャットチームを見ているから堪らない
「……狂っていようがいまいが……。ふ、勝った……」
ミハイルが朽ち果てたような笑みを浮かべた。テツコは疑問だった。勝ったとは、何だ
こういうのが、勝ったという事なのか? 警察組織のやり口と言うのは、よく解らない
「……終わったのかい? この、馬鹿馬鹿しい茶番劇は」
「終わったさ。モルビーめ、無駄に長い手を回して駒を増やそうとしていたようだが、……私の根回しが勝ったな」
「……君はどうなる? 個人的には、酷い目に会ってもらいたいところなんだけれどね」
ふん、とミハイルは鼻を鳴らす。そこにコール音。装甲車のそれではない。ミハイルの端末だ
『ミハイル、首尾はどうなったのかしら?』
妙に艶のある、色っぽいお姉さま口調は、しかし野太い男性の声で発せられていた
また変なのが、テツコはそこまで考えて、頭をぶんぶんと振る。関係ない。自分には関係ない
「当初の予定とは大分違ってしまったが、結果的には好都合だった」
『ま、そうでしょうね。そうでなきゃ、陰湿なアンタがこんなストレートでド派手な事する訳ないものねぇ』
「…………結構、死んだ」
『……………………良いじゃない。成し遂げたわ、アンタ』
「ふん」
『アンタ好きよね、その、フンっての。ま、いーわ。とっととこっち来なさい。これから忙しくなるわよ』
ミハイルは鬱陶しそうな顔をして通信を切断すると、再びエアカーを走らせ始める
テツコはジェットの柔らかいほっぺたを撫ぜた。しゅば、とジェットの舌が伸びてテツコの指を舐めまわした後、口腔に戻ってもごもごし始める
テツコは目を閉じる
「よく解らないが……終わった…………のだね?」
「あぁ……」
そうか、とテツコは運転席と助手席の間から身を乗り出す
有無を言わせず、ミハイルの横面に鋭いフックを食らわせた
ブラヴォが拍手する程の良い拳だった
――
後書
本当は最後モルビーが出てきてテツコが大活躍して終了する筈だった。
でも冗長になりすぎて、というかその時すでにgdgd感がどうしようもなくなっていたので、切った。
酔った勢いとも言う。
御免よテツコ……。力ない僕を許しておくれ……。
ファンゴ氏、グリ氏の指摘により誤字脱字修正。
助かります……マジで……。
さらに誤字修正