「休憩を取りたい。朝から何も食べてないんだ。流石にもたない」
「マックスとの会食は?」
「……目の前で、人間の太股がミートパイの材料にされるのを見せつけられては」
「そこまで撃ち込んではいない」
「似たような有様だったじゃないか。あぁ、そういえば、君が甲斐甲斐しくエスコートしてくれたパーティも、とてもじゃないが料理を楽しめるような雰囲気じゃなかったしね」
テツコが引き攣った笑みから精一杯の嫌味を放っても、ミハイルは眉ひとつ動かさなかった。千差万別の人物達と多種多様な罵り合いを繰り広げてきたミハイルだ。今更何かに心動かしたりしない
テツコは極力息を吸い込まないように我慢しながら、溜息を吐いた。ミハイルが運転するエアカーの内部は、煙草の臭いが酷く染み付いていた。排気や煙等で汚れきった、ロベルトマリン中空の外気と良い勝負である
「……君は吸うのか?」
「吸わない。このエアカーは借り物だ。自前のエンジェルピストンで移動すると“不慮の事故”が発生するかも知れないのでな」
エンジェルピストン、は流線型を意識して設計されたエアカーだ。どちらかと言えば、女性に人気がある
車の趣味は、可愛らしい。しかしそれは置いておき、エンジェルピストンは別段事故の多い車ではない。安全性の面で言えば、他のエアカーよりも一段上とすら言える
なら不慮の事故とはエンジェルピストンのせいではない
「……それは、有り難い。いや、全然良くないけど、うん、巻き込まれて死ぬのは嬉しくないからね」
「尾行されている」
「ん? …………は?」
「もしかすると、このエアカーでも“不慮の事故”に見舞われるかも知れんな。……やれやれ、信用のおける者から借り受けたつもりだったが」
ミハイルがミラーをいじりながら軽口を叩いた。テツコは思わず後ろを振り返り、後続車を一台一台見回すが、何がどうなっているのかよく分からない
「だが、ここいらの航空警備隊は優秀で、しかも頑固者揃いだ。運が良かった」
言うが早いか、ミハイルはエアカー用の空路指定シグナルの誘導から外れ、赤く点灯している信号機の手前でクラクションを鳴らした
けたたましい騒音が五秒ほど鳴り響いたとき、ジェットウィングから小さな炎の尾を引きつつ、二人組の航空警察が現れる
ショルダーアーマーには「ロベルトマリン上空最後の砦」と書いてあった。ヘルメットには首を傾げて上目遣いにこちらを睨む、猫のエンブレム
フライキャットチームだ。ビームガンの銃口を上に向けながら、最低限の警戒をしつつ二人組はエアカーに近づいてくる
「どうしたァ! 故障か?! 近頃の航空警察隊は車両整備だってやってのけちまうんだ、良かったな!」
「馬鹿、ビームガンでフロントバンパー焼き切って、何が車両整備だ。俺はもう隊長にヤキ入れられるのは御免だぞ」
優秀? テツコは首を傾げたが、ミハイルは気にしていない
ミハイルが身分証を提示し、後ろを指差して二、三何か言うと、フライキャットチームの二人組は顔を見合わせ、右手に銃を持ったまま崩れた敬礼(のつもりなのだろう)をした
何事も無かったかのように、空路シグナルのぼんやりとした光りの中に戻り、移動を再開する
テツコはもう一度後ろを振り返った。フライキャットチームは、妙に嬉しそうに笑ったような気がする
「……恐らくはこれで大丈夫だろう」
「なぁ、君は一体何をしているんだ? こんな事……当然、君のやらかす色々な事も含めてだけれど、尋常じゃない」
どうせまた黙殺される。そんなテツコの予想は、裏切られた
「……麻薬だ。セックス・ボムと言う麻薬の流通を追っている」
「麻薬? ……麻薬って、あの麻薬かい? そんな物の為に?」
現代人の強力な自浄能力、及び高い医療技術。この二つの前に、大昔身を滅ぼすものとして知られた麻薬は、今や質の悪いアルコール程度の存在でしかなかった
健康を損なうのは確かだが、中毒性も、ショック反応も、その気になって治療を施せば恐れるものではない。テツコの持つ毒の方が遥かに危険なぐらいである
このミハイルがどのような男なのかテツコは知らないが、極めて理知的でしかも危険な男であるということは、交わす言葉で十二分に解る。これほどの人物があちらこちらに噛み付きながら追いかける程の物か?
「そうだ。その麻薬だ。どこまでも追い掛けて行って、関わる全てのものを滅ぼしてやる。絶対にだ」
「それは……その、麻薬如きに、何故そうも?」
「如き、と言ったな。君はセックス・ボムを使用した者達を見た事があるか?」
「無いよ……。だが、畑違いではあるけども、麻薬中毒患者については学んだことがある。とても君のような……あー、精力的な人物が、形振り構わず追いかける物には思えないが」
ミハイルの目の色が変わった。危険な目付きだ
テツコは寛容主義者だ。他人の重んずる部分には敏感だから、良く分かる。今明らかに、ミハイル・バシリアは怒った
物静かな雰囲気はそのままに、馬脚を露わしたとでも言えばいいのか、気配が鋭く尖ってゆく
「本当に見たことはないか? 骨と皮だけになった者を知らないか? 脳が退化し、目の前に何があるかすら解らなくなった者は? 強力な依存性から身を滅ぼした者はどうだ? ……陶酔感から前後不覚になって、犯罪を冒した者は見た筈だな」
「見た? 私が? どういう事だ。君がしているのは麻薬の話なのだよな?」
「セックス・ボムは他とは一線を画す。君の知っているそれとは次元が違うと思え。…………先程のエッツィがそうだ。二年前、料理人としての自分に限界を感じていたエッツィは、ふとした拍子にセックス・ボムに手を出し、酩酊の最中ホライルを殺した」
「彼が……」
先程、ミハイルが惨殺した料理人を思い出す。痩せ気味の男で、うなじが緑色の鱗肌だったから、恐らくは蜥蜴かそのあたりの亜人だ
ミハイルは続ける。エアカーは走り続ける。運転に、乱れた様子はない
「だが奴は稀有な例だ。セックス・ボムを使用しながらもその依存性を克服し、ゴミ溜めの中で糞虫のように働きながらグリンフィールドの遺族に匿名で仕送りをしていた」
「……どちらの意味で稀有なんだい?」
「両方だ。セックス・ボムに手をだすような屑が依存性を払拭したのも稀有ならば、高笑いしながら殺しをするような屑が遺族に仕送りするのも稀有だ」
「君は容赦が無いんだな…………!」
テツコは思わず語気を荒げる
ミハイルは不満げに鼻を鳴らした。心なしか、エアカーの運転が荒くなる
「作る者も、売る者も、使う者も、揃いも揃って屑だ。エッツィもな。端金をせっせと送るぐらいで、見逃すものか、絶対に見逃すものかよ、この私が」
「もう良い! ……君がどれ程重要な仕事を抱えているかはよく解った。私がそんな下らない事に付き合わされて、ミスタ・ブラックバレーの気が変わらない限り逃げられないと言う事もね。あぁ、端末を持ってくるべきだった。三分毎に苦情を入れてやるのに」
テツコは窓の外を見る。ネオンにライトアップされた曇天が近い。気が滅入る
「食事も栄養剤も無いまま視聴年齢制限の掛かったアクションムービーに招待されるなんて、全く嬉しくって涙が出る」
「あれ以上の事も幾らだってやる。今のうちに心の準備をしておくと良い」
「それだ」
コレだ。この異常な攻撃性。執念と言うべきか、憎悪と言うべきか、セックス・ボムとやらに向ける激しい感情
それに関わる全てのものを許さないと言う、言葉通りの恐ろしい敵愾心
何故だ?
「君のその強い感情は何処から来るんだ? 君はセックス・ボムを激しく憎んでいる」
「私の仕事はロベルトマリンの治安を維持し、市民を守る事だ。私だけではなく、警察機構に関わる者全ての仕事だ。何も可笑しくはない」
「正義感だとでも言うのかい?」
「そうだな、それがまぁ返答としては妥当だろう」
「よくも言う」
真摯な態度を、取り繕う気すら無いのか
ゴッチですら、こうではない。テツコは手で目元を覆う
「着いたぞ」
――
エア・トレインのホームに通じるエレベーターの前で、テツコは立ち尽くした
テツコは、エア・トレインが大嫌いだ。……厳密に言えば、違う。エア・トレインに思う所があるのは確かだが、それ以上にエア・トレインを運用管理しているペンタテクノロジー社が嫌いなのだ
このエア・トレインが正常に稼働することで発生する利益が、ペンタテクノロジー社を大いに潤していると思うと、悔しくてたまらないのだ。だからテツコは、エア・トレインのホームを前にして、動けずに居た
「どうした?」
「私はエア・トレインが大嫌いなんだ」
「ふ、……事故が多発していたのは過去の話だ。今はもう恐れる必要はない」
「当然さ。そうでなくては私は」
テツコは言葉を切って、鼻を鳴らした。嫌気がさす。自分らしくない事ばかりをしている。やりたくない事ばかりを、している
「……?」
「ふふ、私の事、よく調べ上げているようで、知らない事もあるんだな。まぁ、良いじゃないか。で、こんな物に乗ってどこまで行くつもりだい?」
「私の上司殿の誕生パーティにな。糞のような事情があって、糞のような奴でも祝ってやらねばならない。少なくとも形式上は」
エレベーターの扉が開く。ミハイルはさっさと足を踏み入れる
エレベーターの床は泥だらけだった。僅かに黴臭さも感じる。テツコは、胸がじわりと痛むのを感じた
「乗りたまえ」
結局観念して、テツコは歩を進めた。眉を顰めながら、ドレスのポケットに手を突っ込んでエアフィルター3345すっきりレモン味を取り出す
唇で強く挟みこむと、途端に嫌な臭いが消えていく。頭が多少、冷えた
エア・トレインは発車準備を終えてごんごんと異音を響かせている。時間的にはギリギリだったようで、出発を告げるアナウンスが響く
時間としては七時を少し過ぎた辺りだ。様々な装いの者達で、エア・トレインはごった返している
二人がエア・トレインに滑り込み、出入口付近のスペースを確保した時、声を掛けてくるものが居た
「どうもこんちゃーす、テツコ・シロイシ博士さんですね? お初にお目にかかりますわ。ジェットは、ジェット言いますねん。フリーの運び屋、の筈だったんですけど、何時の間にかマクシミリアンさんの子飼扱いやわ。全く嫌になりますなー」
バカ面を引っさげたチーターだった。黒と灰の迷彩アサルトパンツに重厚な軍用ブーツを履いていて、軍関係者に見えなくもない
だが、軍の関係者は少なくともこんな脳天気な馬鹿面をしていない。テツコは頬に生クリームのくっついたジェットの顔を見つめる。なんだこの軽薄な雰囲気は
「……頬に、生クリームが」
そう言った途端、しゅば、と赤い舌が飛び出して生クリームを舐め取り、口内にもどっていった。にゃはははと背を反らし笑って誤魔化すジェット
大きく身体を反らしたとき、それを包む、黒いレオタードのようにすら見える極薄の防弾スーツが、エア・トレインの電灯を鈍く反射する
豊満な肢体の肉感がそれによって強調され、テツコは思わず顔を赤らめた
初心だとか何だとか侮られると思ったから口に出さなかったが、何処か卑猥だ、とテツコは思ったのである
「いやー、実はパーティに行っとったんですわー。それが電話一本でこないな所に……。本当なら今日はオフのつもりやったのに、マクシミリアンさんが扱き使ってくれるもんで」
溌剌としている。満身に好奇心を漲らせた子供のように見え、しかし女性としての豊かな身体と猫のような仕草には何とも言えない色気がある。凄いギャップだ
ふりふりとジェットの尻尾が揺れていた。近くの座席に座っていた草臥れたスーツの男が、目の前で動きまわる尻尾を非常に鬱陶しそうに見ている
ミハイルが、ずい、とテツコの前に出た。ジェットを威圧的に見下ろす
「売り出し中の運び屋だな。キナ臭い仕事の話も数件回ってきているぞ。これ以上御託を述べたければ、取調室で聞いてやるがどうだ?」
「わひゃぁ、勘弁してぇな。ジェットはコイツを運んで来ただけですがな」
ジェットの腰部バックパックが小さな駆動音を立てて開いた。そこから思わせぶりな仕草でジェットが取り出したのは、一枚のデータカードである
指で跳ね上げる。ミハイルは危なげ無くそれをキャッチした。懐に手を突っ込んでゴソゴソとし始める。あ、と声を上げて、テツコは要求した
「端末を持っているのか? ……まぁ、当然か。後で貸してくれないかな、ブラックバレー氏に言いたい事が小山一つ程ある」
「……駄目だ。機密に関わるのでね」
要求はすげなく却下された。ミハイルがスーツの襟を正して左手を持ち上げると、腕時計のディスプレイから空間投影ウィンドウが投射される
「マクシミリアンさんの紹介状でんな。ミハイルさんがやりたい事の手助けになるやろって言ってましたわ」
「…………」
ミハイルは眉一つ動かさない。テツコが後ろからウィンドウを覗き込もうとすると、一瞬目を細め、そうか、とだけ呟いてウィンドウを消した
「話しは聞いてたけど、ほんまに嫌な感じやなぁ。絶対嫌われもんやろ、ミハイルさん」
「本望だ。特にお前らのような、救いようのないダニどもから嫌われるのは」
「……へーへー、今更気にしまへんわ。あんたらが自分の事棚に上げて話すのは、何時もの事やしな。…………いやぁ、それに比べて、博士さんは違いますなぁ」
ジェットがべぇ、と舌を出す。露骨にミハイルを邪険にすると、打って変わってニコニコ顔でテツコに鼻を寄せた
少しだけ浅黒くなっている鼻の頭がピクピクしている。すんすんと、テツコの匂いを嗅いでいるのだ。テツコは顔を真赤にした
「ジェットは、博士さんの事結構知っとるんです。面倒見のえぇお姉さんや」
「な、何をしているんだ。やめてくれ、か、嗅ぐな」
「わっひゃっひゃー、ジェット、博士さんみたいな感じの人大好きやなー。初心やもんなー。よっしゃ、決めた。博士さん、ミハイルさんの用が終わるまでこのジェットが博士さんを護衛しますわ」
首を傾げるテツコの唇からエアフィルターを奪い取り、けらけら笑いながらジェットは言った
咄嗟にテツコは取り返そうとするが、ジェットはすばしっこい。加えてエア・トレインのような公共の場で、テツコは大騒ぎをしたくない。結局、エアフィルターがジェットの口に銜えられるのを見ているしか出来なかった
なんだコイツ、馴れ馴れしい。テツコは恨めし気にエアフィルターを見る。テツコでなくとも、そう思うだろう
「く、……解った、それは君に上げるよ。しかし、護衛とは?」
「マクシミリアンさんにとって、博士さんは大事なお人と言う事ですがな。だって博士さんが居らんようなったら、ファルコンさんの仕事はにっちもさっちも行かんですやん。だから、『気が乗ったらテツコ博士の護衛をしろ』て。気が乗ったらってとこがまた変な感じやけど」
「マックス……奴め、抜け抜けと。……まぁ良い」
テツコはジェットの顔を見る。馬鹿の振りをした馬鹿とも言うべき緩んだ面に、人懐っこいニコニコ笑顔を載せている
人は見かけによらない物だが、このジェットが護衛として役立つかどうかと聞かれたら、首を傾げざるを得ない
冷たい視線でジェットを見ていたミハイルも同じことを思ったようで、ニヤケ面をじっくりと検分していた
「ジェットに任しとき。これでもお師匠に扱かれてんねや」
「…………」
……頼りにはなりそうにないが
可愛いじゃないか。テツコは頬を掻いた。可愛いじゃないか
エアフィルターの件は水に流そう。テツコはぎこちなく微笑んで見せる
――
テツコはげっそりした。ファルコンのようなアウトローと付き合いがあると、知らなくて良い事も知ってしまう
警察組織の暗部もその一つだ。ミハイル・バシリアのような危険な男が、大手を振ってのうのうとあちらこちら荒らしまわっていられる事を思えば、まぁ当然だが、ロベルトマリンの警察組織とは決して正義に燃える清廉潔白の集団ではない
警察官だって人間だ。人間の権力は腐敗する物だ。ロベルトマリンなら尚更である
ロベルトマリン警察総括官、モルビー・エスチレンの邸宅を前に、テツコが尻込みしたって仕方ないと言う物だ
「気にすることはない。詮索一つですら、私がさせない」
「……それは、成程、安心させて貰おう」
「ジェットはー?」
「……まぁ良い。今お前を引っ張っても意味はないからな」
多少乱れた居住まいを正し、ミハイルは歩き始めた。邸宅の門番は、ミハイルの顔を見てギョッとする
ニタァ、と、ミハイルは嫌らしく笑っていた。マクシミリアンみたいな笑い方だ、とジェットは漏らす
「ようミハイル、まさか来るとは。……総括官殿のプレゼントに、ファイアグレネード内蔵型の目覚まし時計を準備してきたとか、そんなオチじゃねぇよな?」
「……いや、無い。替わりに浮気現場を記録したデータカードはどうだ? ファイアグレネードよりも惨い有様になるぞ」
「ははは、やめてくれよ。総括官殿の奥さんを取り押さえるのは機動隊の連中にだって難しいんだぜ」
「マリーシアンを呼んでくれ。連れが不快な思いをしないように取り計らいたい」
「……んん? おい、どんな関係だ? ……まぁ良い、先に入ってろよ。マリーシアンなら、呼べば直ぐに来るだろう」
ドレススーツを着崩した巨漢の門番は、冗談っぽく笑ってテツコ達に一礼する
薔薇を模った格子扉を二度、手で打った。電子音がして音もなく開く。レトロな装いとは裏腹に、電子制御のようだ
門を通り抜けようとしたミハイルが、何を思ったか立ち止まり、振り返りもせずに言う
「お前との付き合いも長いから、よしみで忠告してやる。イエローペッパーの売女どもと慣れ合うのは止めろ。情が移ったかどうかは知らんが、火傷では済まんぞ」
「安心しろよ、お前の勘違いだ」
何のことだ、と振り返ったテツコに、門番はひらひらと手を振ってみせる
まぁ、良い。警察の事情なんて知ったって仕方がない
――
黒鉄色の手足を持った改造人間の女性は、手を差し出しながらマリーシアンですと名乗った
身体を機械化する者は、実は意外と少ない。十全の状態を維持するのは非常に手間と金がかかる。とすれば成程、警察組織の一員であるなら、そのバックアップを受けるのも難しくないのだな、とテツコは何となく思った
「どうも、テツコ・シロイシです」
「お名前は伺っております」
「……それはどうも。きっと、あまり嬉しくないお話なのでしょうね」
「少なくとも私は、SBファルコン及び隼団構成員達の身柄を、実力で確保するような事態になったとしても、博士は丁重にお持て成しするつもりです」
「ばんわー。ジェット言いますねん。なんぞあったらよろしゅうにー」
「どうも、マリーシアンです。お互い良い関係を築き、危害を加えずに居られたら、これ以上の事はないと思います」
丁寧な物腰であった。テツコが相手でも、ジェットが相手でも、マリーシアンは態度を変えたりはしない
テツコはほっと息を吐く。理性的な人物が出てきて、安心した
「良かった、彼女にエスコートして貰えるなら、安心できそうだよ」
「…………」
ミハイルは変な顔をしていた。はて、何か変なことを言ったか?
「ミハイル捜査官。それで、私に何の御用で?」
「二人を適当な部屋にでも通して、持て成してやってくれ。モルビーの糞虫におべっかを言わせるために連れてきたのではないからな」
「ではモルビー総括官殿に許可を」
「会うついでに私が取る。奴もそこまでケチ臭い事は言わないだろう」
「……了解しました」
「手間を掛けるな」
「いえ、実を言えば、私も慣れないドレスに辟易していた所です」
マリーシアンは、セミロングの金髪を揺らして首を鳴らす。「こちらへどうぞ」と邸宅の入り口を指し示すと、先んじて歩き始めた
ミハイルがテツコの耳元に顔を寄せた
「アレは一応私の部下と言う事になっているが、実際はモルビーが私に付けた鈴だ。私がアレを排除しないのは利用価値があるからに過ぎない。気を許すなよ」
「また君は……。君達の揉め事に私を巻き込むのは、やめてもらいたいのだけれど」
最早テツコからは適当な嫌味すらも出てこない。ジェットが羨ましかった。耳の裏をカリカリと描いている間抜け面のチーターは、運び屋だけあって余分な話は聞かないし、興味も持たない
「まぁ、食事の内容だけは保証できるだろう。存分に楽しんでくれ」
ニヒルに笑ってミハイルは踵を返した。どうしようもない。仕方なくテツコは、ジェットを伴ってマリーシアンの後を追い掛ける
早足で追いついたマリーシアンの背中をテツコはまじまじと見た。結構背が高い。ミハイルに僅かに劣る程度だ
ドレスの微妙な盛り上がりから、四肢だけでなく、胴体の一部も機械化されているのが解った。戦闘用のギミックにキャパシティを割いていれば、その強さはかなりの物だろう
「静かな方がお好みですか?」
「えぇ、……ミスタ・ミハイルに同行していて、どうも体力を使ってしまったようで。静かなところでゆっくりしたい」
「では、この部屋へ。パーティ会場からも離れておりますので」
テツコ達が案内された広い邸宅の一室は、どう言った用途の部屋なのか今一つ解らない設えであった
応接間、と言うほどには調度が良くない。私室か、物置か
テツコは気にしなかった。内装などどうでも良い
「食事を用意させて頂きます。少々お待ちください」
「お手間を割いて頂き、感謝します」
「いえ、一般……市民の方のご案内、お持て成しとなれば、広報で、任務です。ドレスを脱ぐ良い理由になります。……何かご希望の料理は御座いますか」
朗らか、と言う程ではないが、人当たりの良い爽やかな笑みを、マリーシアンは浮かべてみせた
口調や受け答えから極めて事務的な対応を取る人物かとテツコは思ったが、そうでも無いようである。好ましかった
「あぁ、それでは」
「ジェットは肉がえぇなー」
「……はは、ではそれで」
「解りました。博士にはもう少し軽めの物をお持ちします」
マリーシアンはテツコに会釈をして退室する。頬を掻きながら、テツコはマリーシアンの青いドレスを見送った。良い人じゃないか
「(元々、ミハイルと彼女がどんな関係だろうと、私には関係ないのじゃぁ無いか。馬鹿馬鹿しい)」
ジェットがテツコの横で伸びをした。豊満な肉体が、ソファの上で揺れる
鋭い目付きになっている。普段の間抜け面と一線を画すジェットの視線が、テツコの肌を撫ぜる
「嫌な感じやね、あのサイボーグ。何考えてんやろか」
「……彼女がかい?」
「なんや、危険な目付きしとりますわー。あの感じ、ゾクゾク来る。でもま、警察言うたらあんなもんか知れませんわ」
ケラケラ笑うジェットは、もう元の間抜け面に戻っていた。何がおかしいのかニコニコしながら、部屋のあちこちの臭いを嗅いでいる
「サイボーグなんぞよりも、別のお話しましょ。……あ、せや、見てぇな、ここ、ここン所」
頭髪をぐしぐしと掻き分けながら、ジェットはテツコに頭頂部を見せた。分かりづらいが少し盛り上がっている
テツコが何気なくその盛り上がりを突付くと、ジェットはあひゃぁ、と奇声を発した。たんこぶのようだ
「マクシミリアンさんから連絡が来た時な、ジェット、嫌やって言ってみたんですわ。したらブラヴォとか言ういけ好かん兵隊がすっ飛んできて、“ゴン!”やもんなぁ。もう堪りませんわ」
「あはは」
テツコに突付かれて痛みがぶり返してきたのか、ジェットは涙目になっている。じゃれてくるジェットを、テツコは邪険に出来なかった
懐かれて悪い気がしなかったのだ。脳天気に笑うジェットは、とてもじゃないがファルコンの同類、とは行かなくとも、似通った稼業を営んでいるようには見えなかった
そのまま下らないことを話す。時折、テツコの知識の内から役に立ちそうな事を話してやれば、目を輝かせてジェットは喜んだ
暫く話すうちに、マリーシアンが戻ってくる。青い制服を着ていた。確かに、ドレスよりも余程似合っていた
「お待たせしました、どうぞ」
そう言ってマリーシアンが料理を並べた頃には、テツコの緊張は、もうほどけていた
――
後書
今回のコレは、何か書いててノリが悪かったので、突然ぶぁっと書き直す可能性が無きにしもあらず。
FEが出たし、メタルマックス出たし、M&B WB日本語版も出るし、
いやぁ幸せだなぁ、幸せだなぁ。
取り敢えずメタルマックスで何か書きたいなぁ。