「私がですね、ロッシと言う男を斬った時に、私、を、庇ってくれたのが、ですね、それなりに身分のある方、なんですが、その人が、まぁ今、カウス、に、居るんですけど、今回の、事、面目を潰されたに、等しい、訳なんですよっと。私が言っても、駄目な感じでして、ね、私は、別に、もう気にしていないんですけど、ジャウ達の不名誉印、は、無かったことには、し難いですっよっと」
アシラッドは、妖しい。ルークがこの世界に来て出会った騎士達は、そういう規範でもあるのか、皆大抵、実直且つ誠実を旨とし、背筋が伸びている
そこを思えばアシラッドの立ち振る舞いは、飄々としていた。投げ遣りな口調の癖に、妙に話術に長けているように感じられたりもした。主君を持たぬ自由騎士とは、こうも違う物か
激しく身体を振り乱すマルレーネの上で、振り落とされそうになりながらも、アシラッドは気の抜けた悲鳴を上げていた
「何故? そんなにぃ、私の事が、気に入りませんかぁぁ~? マルレーネ、ちゃん」
「マルレーネ、構わない。振り落とせ」
「ルーク、君まで、意地悪な事をいわな、言わないで、ください」
マルレーネが一際高く飛び上がったかと思うと、激しく首を振り下ろす。馬身が大きく揺らめいて、堪らずアシラッドは振り落とされた
背骨を折る可能性もあったが、流石に剛剣アシラッドである。巧みに四肢を動かして、四つん這いの獣のように、地面を抉りながら彼女は着地した。普通、鎧を着て出来る動きではない。他には無い身体能力であった
ルークは興奮するマルレーネを宥めながら、アシラッドを睨む。鷲面の兜からは、表情は窺い知れない
「私に乗れない馬が居るなんて」
「少し前に、同じような事を言っていた方がいましたよ」
「ふふ、その人も乗れなかったんですね」
「気は済みましたか」
「済む物ですか。こんなにも素晴らしい、美しい彼女。馬の事が解る者ならば、彼女に恋をしない筈がありません。彼女が居れば、一騎当千の働きが出来ます」
マルレーネは、研究所の特別製である。他と一線を画すのは間違いない。ルークに鼻を摺り寄せるマルレーネを見て、アシラッドは心底羨ましそうに溜息を洩らした
「一騎当千、ですか。戦場で?」
「そりゃあ、剣士ですから。強力な魔物を斬る機会の方が多かったですけど、私だって名誉欲はあります」
「十分だと思いますよ。大分、有名みたいではないですか」
「でもルーク君は知らなかった」
「私が特殊なだけです」
「ルーク君のような人物にこそ、私は知られたいなぁ」
「え……?」
ドキ、ともしなかったし、キュン、ともならなかった。色気も可愛げもある筈が無い
鷲面の兜が朝日にギラギラと輝いていたからだ。物々しいのである
――
「まずはブラムへ! アシラッド殿の馬を回収して、少し休憩した後は、目標の村まで強行します! 相手は規律の無い最悪の集団です、殺せるときに殺しておきましょう!」
「指揮に従う! ルーク殿、俺達への言葉遣いに気など使わなくて良い! 荒っぽくやってくれ!」
「貴方は少し気を使ったほうが良いんじゃぁ無いですかぁ?! 貴方の指揮官はルーク君なんですからね!」
「やっかましい!」
カウスから転がるように出撃したルーク達は、馬上で怒鳴り合っていた
ジャウ達三人組も、ちょっと町に出るような、そんな軽装とは違う。黒く塗られた鎧に、菱形に見えなくも無い不思議な形の兜を被っている。黒い河の騎士、ロタスの黒騎士隊といえばそれなりに有名なのだと、アシラッドは言った
「えー、ごほん……。目標の村の付近には、我々が失敗した時、代わって賊を討伐するための友軍が待機している! 彼らに言えば、馬を都合してくれる! 限界まで馬を使え!」
「オォ!」
急ぎに急げば、ブラムなどはそれほど遠くも無い町だ。あっという間に到着する
ルークの到着に合わせて現れた、屯所の大男の出迎えを、ルークは出会い頭に怒鳴りつける事で拒否した
「先日の一件、貴方達の怠惰にも原因の一端がある。勤めを果たせない兵士に持て成されて良い気分になるようでは、作戦の失敗は決まったような物。私に近寄らないで頂きたい」
言い掛かりや八当たりの類に近かったが、事態を見てみぬ振りしたブラムの兵士達を、ルークは全くよく思っていなかったのである
アシラッドが、自前の茶色い毛並みの馬に乗り換えた後は、ルークは碌に休憩も取らなかった。時間を縮めるために、限界まで動く
部隊の反応と言うのは快速で無ければならず、出動も、移動も、矢張り快速でなければならないとルークは思っている。ヘリや航空機に比べれば、この馬での移動と言うのは何と鈍足な事かと、じれったく感じる程である
当然と言えば当然ではあった。焦がれるように先を急ぐルークと、それに従う騎士達が、友軍と合流したのは、二日目の夕方頃であった
「ルーク殿! アレかな?!」
「そうだと思う! カウスの城で時折見た旗だ!」
「多分、オランだとか言う名の、東部サリアド公子の旗だ! よく覚えていないが、つい最近自前の旗印を許されたと聞いた!」
「頼りになりませんねぇ、ジャウ! 公子と言ったら、無礼な事は出来ない相手ですよ!」
「俺は紋章係ではないからな! 一々覚えてなど居らん! ジョノ!」
「オランで合ってる! と言うか、その手の話ならば俺よりもキューリィが詳しい!」
「オランで合ってる! だが、どうせ関係ないだろう!」
違いない、と笑って、ルークはマルレーネを掛けさせた。紅い布地に白い縦線が三本入った旗印の部隊から、騎馬が二機掛けてくる
大声で誰何の声が掛かる。ルークは止まらずに応えた
「ホーク・マグダラ客将、ルーク・フランシスカ! 賊討伐の為に参った!」
二騎が、旗を振り回しながら敵でない、と声を張る。元々来た方角やルーク達の身形から、それほど疑われていた訳でもない。最前列で弓を構えていた兵士達が、直ぐに警戒を解く
兵士達が左右に退いて開けた道を、遠慮なく走り抜けて、ルーク達は部隊の指揮官の前に辿りついた
出迎えたのは灰色の長髪の、如何にも貴公子然とした、まだ若い青年だった
凛とした佇まいの前でルーク達は下馬し、一礼する。護衛の騎士達が整然と居並ぶ中で、五人は胸を張った
「お初にお目に掛かります。私はルーク・フランシスカ。賊を討ち倒すまでの間、彼らの指揮を任されています」
「ルーク・フランシスカ……? よく来た。あぁ、膝を着いたりしないでくれ。私は、オラン・サリアド。三人の騎士達が、賊を討ち果たすにせよ、全滅するにせよ、決着がつくまで見届ける心算
だ。必要ならば、武器や馬の準備もある。が、驚いたな、監視役が、君のように若い騎士とは。念のために、主命の証を見せてくれ」
ルークは懐から羊皮紙を引き摺り出し、広げて見せた。納得いったかのように頷くオランに、ルークは言う
「私は監視役ではありません。先程も申し上げました通り、私が彼らを指揮します。私も戦闘に参加します」
「ん、何だって? 聞いている話では、不名誉印の騎士は、ジャウ、キューリィ、ジョノの三名との事だが」
怪訝な表情で、オラン公子はルークの後ろを見遣った。高い身分の物となると、市井の民など、下々の者とは直接会話をしない。全て部下を間に挟む
それをしないホークが異常なのである。少なくとも、アナリアでは
相手が不名誉な騎士となれば、その慣習は尚の事であった。アナリアの歴史の中で、不名誉印を受けた騎士に直々に声を掛け持て成した将軍が、王から叱責を受け罷免された例があることを、ルークは知っている
こちらが度を越した強行軍で来たので、伝令役が追いついていないのだろうなとルークは推測した
オラン公子の傍に控えていた、壮年の騎士が口を開く。護衛の為に控える者達とは、風格が違う。場の筆頭であることは、容易に知れた
「烏合の衆とは言え数は五十、貴公らの戦力を考えればこれは難敵の筈。ルーク殿は不名誉印の騎士と並んで、この難敵と戦うと?」
「貴方は?」
「これは失礼した。某、サリアド騎士団長を勤める、ヘクト・アウターと申す」
ルークは少し黙った。オラン公子やヘクトに、こちらを嘲弄すうような気配は無い。純粋な疑問のようであった
「過ちを犯したのは事実ですが、私は彼らを不名誉だとは思いません」
背後でジャウ達が、身を強張らせるのが判った
「ほう……」
「何処かの誰かが何と言っていようと、私には関係の無い事です。仮にこの事で私が馬鹿にされたって、構いはしません。私はこれで良い確信がある」
「其処の……鷲面の兜の騎士殿も?」
「遅ればせながら名乗らせて貰います。私は、アシラッドです。家名は忘れてしまったので、ご容赦ください」
「貴公が剛剣アシラッド……!」
オラン公子は驚きを顕にした。普通は、そうだろうな、とルークは思う。アシラッドは今回、ジャウ達に襲われた側だ。それがどうして襲った側を助けるような真似を、すると思うか
「ここに居るということは、そういうことなのだろう。君は不問に処された筈の事件で襲われたと聞いたが、良いのか?」
「私は私なりに彼らの心が解るんですよ。何より私は、ルーク君の事が大変気に入りましたので」
オラン公子とヘクトが笑った気がした。オラン公子が前に進み出てきて、ジャウ達に声を掛ける。ルークはドキリとした
不名誉印など関係ない、まるで自分の部下に呼びかけるような気安さであった
「騎士ジャウ、騎士キューリィ、騎士ジョノ。君達の乗ってきた馬は、騎士ルークの名馬以外は疲れきっているようだから、私の部隊から馬と馬鎧を回そう。困難な作戦であるのは目に見えているが、君達が最後まで誇り高く戦う事を信じている」
「……!」
「どうした、お応えせよ」
「は! 感謝いたします、オラン公子!」
――
小高い丘で、ルークは目標の村を見下ろしていた。日は沈みかけている。直ぐにでも暗くなり、たった五人のルーク達が攻めるとしたら、それは夜陰に乗じてしか在り得ない
オラン公子は村を占領した賊たちに気付かれないように、周囲の見取り図を作成していた。急造された物で、ルークからしてみれば精度が甘かったが、この世界の平均を考えれば上等の部類らしい
オラン公子、或いはサリアド騎士団長ヘクトは、能動的な人物だった。ルーク達が到着する前に、可能な限り賊を調べ、配置を探り、どのように動いているのかを見定めていた
結果として、見張りに付いている極一部を除いて、賊に規律は無かった。予想通りと言えば、予想通りであった
「(遣り易い、そうですよね、マクシミリアン様)」
統率の取れていない敵で、良かったとルークは思う。自分は、部下を持った経験なんて無い。これが初めてだ。異世界ゆえに勝手も違う
ジャウ、キューリィ、ジョノ、アシラッド、彼らは、率いると言う風に考えないほうが良い。共に戦うと言う感覚の方が良い
上手く操ろう等と考えても、遣り通せる自信はなかった。敵が弱いのは大歓迎である
「良い方策でも浮かびましたかぁ? ルーク君」
背後に、アシラッド達が忍び寄ってきていた。内心びっくりしたルークだったが、顔には出さない
平然を装って振り向いたルークに、有無を言わせぬ勢いで、ジャウら三人が頭を下げる
「うわ、何ですか、いきなり」
「敬語は止めてくれと言ったろう?」
「……解った。それで、急にどうしたんだ?」
「礼を、言いそびれていたからな。全く我が事ながら、謝ったり礼を言ったりしてばかりだが」
頭を上げて、ジャウは笑う
「俺達は黒い河の騎士だ。死ぬなら、戦場が良い。ルーク殿は、それを叶えてくれた。不名誉印は自業自得で、覚悟の上だったのに、名誉を挽回する機会をくれた。それだけではない。こんな、何の見返りも無いと言うのに、俺達に付き合ってくれている。ホーク様にも、オラン公子にも、恩義を感じているが、一番感謝しているのはルーク殿だ」
「え? 私は? 私も一応、付き合ってあげているのですけど」
「おほん、おほん、あー、聞こえんなぁ。ジョノ、聞こえんだろう?」
「そうだな、聞こえん聞こえん」
「はははっ」
ルークは首を振った。この場の誰にも、疲労の色は無い。体力は問題ないようである
しかし、妙な悲壮感があった。死を覚悟するのは、解る。しかし、死ぬのが当然と開き直って構えるのは、ルークは好きではない
「何か勘違いしているのじゃあないか。五十人なんて、一人が十人ずつそっと殺せば、簡単に片付けてしまえる数だ。私は死なないし、君達も死なないように使う。君達は不名誉印を返上し、アシラッド殿は武名を上げ、綺麗さっぱりすっきりとした新しい門出だ」
アシラッドが変な声を出した。感心しているらしいが、ルークには解り難かった
アシラッドには構わずに、ルークは堂々としていた
「……おー、流石はルーク君。このひねくれ騎士達とは心根が違いますよ」
「勝とう。私にはやらなければならない事がある。アシラッド殿には聞きたいこともあります。何の因果かこうなってしまったけど、もうそれは良い。取り敢えずは、勝とう」
「……本気と見える。俺たちの効率的な死に方、と言うのは、ここでは果たせない物らしいな」
キューリィが人の悪い笑みを浮かべ、顎を撫で擦る。ルークが本気で居ることを、感じ取ったようだ
「私は最初から死ぬ心算なんてないですよ。ジャウ達が全員やられてしまっても、私とルーク君だけで敵を全員斬り捨てて、帰還しますから」
「茶々を入れるな、お前と言う奴は。驕り高ぶれば命を落とすぞ」
「かも知れませんね」
ふ、と、全員が黙ってしまった。奇妙な沈黙に、言葉を発してよい物か皆迷う
沈む夕日に、皆が目を向けていた。罅割れた荒野を茜色に染めながら消えていく太陽は、夜に追い立てられているかのようにも見えた
人殺しの夜だ。ちょっとばかり、面倒な夜になるのだ。恐れはしないが、気が重い
こういう空気を破るのは、まるで空気が読めないと言うか、敢えて空気を読まないアシラッドが適任であった
「よし、斬るぞ、思うまま斬るぞ。ただの一人として情けは与えない。哀れな肉として、その内誰からも忘れ去られる、そんな終わりであるという事を刻み付けてやります」
急に物騒な事を宣言したアシラッドは、ルークに「斬り込む頃合になったら呼んでください」と言って踵を返した。自分の馬の所に行くのだろう
アシラッドと言う女は、強い。危険で妖しい輝きを放っていると、ルークは感じた
「…………決行は深夜、奴らが寝静まってからだ。オラン公子には悪い気もするけれど、騎馬は使わないでおこう」
「あぁ。……あぁそうだな。今更だが、誓っておく。俺は、ルーク殿の全てに従おう。信じるぞ、迷惑かも知れないが…………、俺だって見栄を張りたい。英雄の号令に従う騎士で居たいのだ」
「あ、お前、格好つけおって。不名誉印の癖に」
「良いじゃあ無いか。な、俺とキューリィも同じ心だ、ルーク殿」
しつこいほど暑苦しいジャウ達に、ルークは眩暈さえした
英雄とはまた、大袈裟に出たものであった
「異世界人って、オーバーだなぁ」
眼下遠くには、しんと静まり返った小さな村が見える
――
目標の村は崖に寄り添うようにしてある。周囲は平原で全く身を隠す場所がなく、見張りの事を考えると、多少辛くとも崖を下るしかないとルークは考えた。サリアド騎士団が偵察を行ったときも、崖の上からだ
「それなりにある。…………ルーク殿、どうやって降りる?」
崖の高さは三十メートル程ある。言うまでもなく、落下すれば常人では即死だ
ルークは、腰のコガラシを叩いた。胸に何時もの痛みが走る
『……作戦開始かい?』
「(そうです。サポートお願いします)」
『了解』
ルークは崖から下を見下ろす。異様な雰囲気のある月光のせいで、夜だというのに微かに明るい
見張り番の松明が確認できた。馬鹿正直に降りてはまず間違いなく見つかる。速やかに無力化する必要があった
『スタンスティックの使用を提案する』
「(コガラシの機能ですか?)」
『そうだ。あー……そうだね、電球のように見える部分の裏側に開閉口があって、そこに内蔵されている。ファルコンだって一発で失神する代物だよ』
それは良い、とルークはニヤニヤした。それを見られていたのか、ジャウが怪訝な顔をした
「いや、何でもない。取り敢えず、あそこの見張りを沈黙させる。あぁ、弓は要らない」
「ん?」
「何と言うか……私は、とある魔術師に使い魔を借りているんだ。今回は彼女に頼ろう」
「魔術師の使い魔だと? なんとまぁ、稀有な伝手を持っているのだな」
鎧腰部のコガラシが振動し、低い音を立てながら宙に浮いた。近くにいたアシラッドが、流石に驚いたのか仰け反る
コガラシはそれらを一顧だにせず、ステルスモードへと移行する。ジョノがぶんぶんと手を振った
「き、消えたぞ、何処へ?」
「もう其処には居ないと思う」
一同は、ジッと崖の下を見た。幾許もしない内に、青白い小さな光が起こり、二人組みの見張りの内、一人が倒れる
片割れが慌てて駆け寄ったかと思うと、もう一度光が起こり、その片割れも倒れた
ルークはそれを見届けると、尻に長い縄の端を取り付けた長めの釘を持ち出し、地面に打ち込む。執拗な程に打ち込む。もしこれが途中で抜けでもしたら、大惨事だ。念のため、近くに転がっていた岩を転がしてきて、重石にする
補助器具なしのラベリングだ。流石に鎧を着てこれをやった事はない。ルークは、落ちないように気をつけて、と声を掛けると、不安な気持ちを虚勢で覆い、平然と崖から身を投げる
慎重に壁面を蹴るうちに、何事もなく地面へと辿り着いた。身を低くして周囲を伺うルークに、コガラシが寄ってくる
「(索敵を)」
『気付かれた様子は無い』
「(博士、ありがとう御座います。助かりました)」
『礼はこれが済んでからにしてくれ。私は、遺体の回収班を要請するなんて、嫌だからね』
どすん、と音を立ててアシラッドが振ってくる。握力のみで身体を支えていたようだが、如何せん摩擦の無さはどうにもならなかったらしい
ぐ、と折り曲げた膝を伸ばし、立ち上がったアシラッドは、かなり鈍い音をさせたようにも思えたのだが、平然としていた
つづいて、どすん、とキューリィが降りてくる。その次は、ジョノだ
「……もし次の機会があるのなら、しっかりと方法を伝授してくれ。二度と御免だが」
「同感だ。頑丈さには自信があるが、こればかりは……。槍を抱えてやるのも辛かったし、な」
そこにするすると、スマートに降りてくるジャウ
「成る程、腰の横で縄を握っておいて、背中を預けるのか。荒い皮の篭手で好都合だった」
「ぬ」
「一人だけ涼しそうにしおって」
「遊んでないで行きますよ」
一同は倒れた見張りに近付いていく。目ざとく、アシラッドは気付いた
「おや、生きているじゃあ無いですか」
「丸一日は目覚めませんよ」
あ、と止める間もなく、アシラッドは剣を抜いていた。倒れた見張りの首筋に長剣の切先が潜り込む
何の感慨も無く銀色の刃は引き抜かれ、心臓の鼓動に合わせてか、傷口から断続的に血が噴出する
同じ事を、アシラッドはもう一人にも行った。あっという間に血だまりが出来上がり、そしてあっという間に地面に吸い込まれていった
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。急ぎましょうか」
無駄に殺すな。マクシミリアンの言葉を思い出す
そんな事を言っている場合ではない。殺せるときに殺しておかねば、殺し損ねた者に殺されるかも知れない
松明と、コガラシを交互に見て、思案するルーク。たかが有象無象の死に、一々何かを思う程、子供ではなかった
――
「まずは、見張りを片付けたい。臨戦態勢にあるのは、そいつらだけだ」
ひっそりと、声も上げず音も立てず、一丸となって侵入した
ぼろぼろの民家をそっと伺えば、鼾が聞こえてくる。アシラッドが剣の切先で扉を指し示すので、ルークがやってしまえと頷くと、まるで躊躇わず中へと侵入する
全く音を出さない。アシラッドに続いてジャウが侵入する。直後、肉を剣で突く何ともいえない音がした
四人倒した、とジャウが小声で報告する。まず四人だ
村の外側を回りながら、ついでとばかりに家屋を調べ、中に人影があれば躊躇わず切り捨てた
そこかしこに、村人と思しき、腐乱しかけた死体が転がっている。衛生観念や疫病等の知識が広く浸透していないのか、死体を平気で放り出す
それ以前に、この村を占拠した賊どもには、人を敬う心が無いとルークは眉を顰めた
地道に家屋を制圧する内に、見張り番の位置へと辿り着いた。松明の横で槍を持ち、退屈そうに座り込む二人組み
背後を襲う為に、ジャウが駆け出す。フォローの為に、ルークも続いた
地面を蹴る音に、見張りの二人組みが振り向いた。ジャウは既に槍を振り上げている
槍の穂先で、一人殴り倒す。短い悲鳴を上げるそれを捨て置き、ジャウはもう片方も殴り倒して、今度は悲鳴を上げさせる間もなく胸を貫いた
ルークは小剣を突き出した。這い蹲って逃げようとするもう一人の、左の腋から差し込んだ刃は、あっという間に心臓に到達した
オラン公子が確認している見張りは、三組のみ。あと一組始末すれば、危険度は格段に下がる。しかし、この調子で行けば、三組目の見張りを始末する頃には、粗方片付いていそうだった
身体の筋肉が、強張っている事にルークは気付いた。大きく深呼吸しながら、ジャウに言う
「十三人目。……順調と言って良いかな、この感じは」
「あぁ、呆気ない連中だ。とは言っても……俺達だけであれば、真正面から切り込んで、あっという間にやられただろうが。…………ん?」
一つの民家の前で、キューリィが険しい顔で手招きしていた。アシラッドが民家の入り口の前に張り付き、熱心に中を覗き込んでいる
小走りに駆け寄っていけば、ジョノがアシラッドの方を指差した。民家の中からは柔らかい物を叩くような異音がする。ルークは彼女に習い、中を伺う
小さい火が灯っている。薄暗闇の中で、焼けた肌が踊っている
「まさか、まだ生きている者が居るとはな」
屈強な男が一人、少女を犯していた。年の頃は十五、六。男が腰を使う度に、少女の身体が激しくゆれる
子供の手慰みにされる人形のようだ。木の枝が風に揺らされているような印象があった
殺して。少女の声だ。小さく、そう聞こえた。しゃがんで好機を窺っていたアシラッドが、ざわりとするような殺気を吐き出した
次の瞬間、アシラッドは乱暴に兜を脱ぎ捨てると、扉を蹴り開け、男に斬りかかっていた
男の首がぐるりとこちらを向く。目を見開きつつも、少女ごと身体を投げて転がり、アシラッドの一撃を避ける男
曲剣にむしゃぶりついた男は、ゆらりと立ち上がった。左手に少女の首を抱きしめたままだ
最悪の展開だ。ルークは歯を食いしばる
「何だ手前ら! 何モンだ!」
「お前みたいな下種野野郎に聞かせる名はないですよ」
「クソ、カウスの騎士だな?! 舐めやがって! 敵だ! おい、敵だぁぁぁー!」
雰囲気が騒がしくなる。腰のコガラシが震えて、テツコの焦ったような声が聞こえた
『動体反応確認……! 結構な数だ、こちらに向かってきている』
ジャウ達は、開き直ったような表情で、冷静に男の品評を行っていた
「ふん、賊の癖に、大した逸物をぶら下げている。あのような少女を手篭めにするとは、屑め」
「奴、ギ……なんとかと言う賞金首じゃぁないか? よく覚えておらんが。……ジョノ、お前と同じくらいでかいぞ」
「馬鹿、下世話な話は止めろ、キューリィ。おい、アシラッド、手早く切ってしまえよ! 囲まれるぞ!」
この戦争屋どもはぁぁぁ~
ルークはガリガリと頭を掻いた
「そうはいかんぜ! こっちに寄ってきて見やがれ、こいつを殺す!」
ギ、なんとかは、少女の首を締め上げた。改めてみれば、少女は酷い有様であった
殴られたのか目と頬は腫れ上がっているし、こちらも殴られたのか前歯はない。裸体は痣だらけで、小さな切り傷が幾つも付いていた
両足の踵の部分には、血の滲んだ布切れが巻きつけられている
腱を斬られたな、と、ゾッとするような声が、コガラシから聞こえてきた
『不愉快だ……!』
「(同意見ですよ……!)」
少女が、焦点の合わない目を動かす。ぼろぼろと涙が零れていた
再び、あの声が聞こえた。か細い悲鳴であった
「殺してください。殺してください。お願いします、殺してください」
アシラッドが目を閉じ、剣を両手で握り締め、胸の前で捧げ持つ
目を開いたとき、その輝きが違っていた。あ、少女ごと、斬るのか、と、ルークは感じた
「やめ、おま、ふざけんじゃねぇ!」
「ふざけてんのはお前の脳味噌ですよ」
アシラッドが飛び掛る。男は、少女をアシラッドの方に突き飛ばした
アシラッドはまるで怯まない。躊躇もしない。既に剣は、突き出されている
少女の左胸を貫いた。全く勢いは衰えず、少女を突き飛ばした男の左胸にも、それは到達した
アシラッドは、もう一本の長剣を抜く。神速の切込みである。抜いた、とルークが感じたときには、男の首は宙を舞っていた
少女と男を貫いた剣を引き抜き、アシラッドは少女の身体を抱きとめる
そのままゆっくりと床に横たえさせた。ごぽ、と嫌な音を立てて、少女の口から血が溢れる
口が、パクパクと動いた。「ありがとう」と、言っていた
『……周囲に反応多数。三十以上。囲まれたぞ』
「……周囲の警戒を。もう囲まれている筈だ。……アシラッド殿」
立ち上がったアシラッドは、剣に付いた血を振り払う
「まぁ、……こんな事もあるでしょう。もう少し早く死なせて上げたかったですね、彼女は」
何もかもが、メノーを助けた時のように、上手く行くわけではない
ルークは何も言わずに民家を出た。既にジャウ達は槍を構え、臨戦態勢にある
周囲に気配があった。ここからが修羅場であった
――
後書
そろそろルークの無双乱舞だろjk
……と、同時に、もう少しスマートな文章にしたいような気もする