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No.31660の一覧
[0] 厨二病の兄と本物の妹[さくま](2013/06/21 20:27)
[1] 厨二病の兄と同性愛者の親友[さくま](2012/03/23 22:33)
[2] 厨二病の兄と天使の転校生[さくま](2012/06/08 23:30)
[3] 厨二病の兄と歪な三角関係 【前編】[さくま](2012/04/11 21:01)
[4] 厨二病の兄と歪な三角関係 【後編】[さくま](2012/04/16 17:00)
[5] 厨二病の兄と王道の主人公[さくま](2012/04/24 22:53)
[7] 厨二病の兄と邪神の後継者[さくま](2013/06/21 20:30)
[8] 厨二病の兄と偽者の始まり[さくま](2013/07/27 17:35)
[9] 厨二病の兄と設定集【ネタバレ有り】【超短編も含む】[さくま](2012/06/08 23:17)
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[31660] 厨二病の兄と歪な三角関係 【後編】
Name: さくま◆0390c55b ID:78025d0f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/16 17:00
*18,430文字。何故だか前半の2倍に。どうしてこうなった。


--------------


「まあまあ、よく来てくれたわね。一緒にいるのは幸恵ちゃんのお友達かしら?」

「はい。今日は一緒に連れてきちゃいました。別にいいですよね?」

「ええ、勿論。ささ、あがって。後で御茶をいれるから」

灰川家で俺達を迎えてくれたのは白髪が混ざり始めたぐらいの婦人だった。多分、彼女が灰川瑠美の母親だろう。さっちゃんとの会話を聞く限り、さっちゃんとは随分仲がいいみたいだ。まあ、幼馴染みというぐらいだから家族ぐるみの付き合いなのだろう。仲がよくて当然か。婦人は俺達を家に入れると台所に消えていった。

「八千塚さん、宇宙さん、瑠美の部屋は2階にありますから。行きましょう」

2階に上がり瑠美の部屋の前にたどり着く。ノックをしたが反応はなく、扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。壁に耳を当てたが音楽などは聞こえないので、ノックが聞こえてないということはなさそうだ。どうやら、引き込もっているのは本当らしい。反応がない扉に向かってさっちゃんが声をかけた。

「瑠美、また来たよ。今日は友達を連れてきたんだ。私と同じ学校なんだよ」

「おう!!俺は八千塚宇宙っていうんだ。さっちゃんの友達だ!瑠美っていうんだろ?俺とも友達になろうぜ!!」

「あたしはその妹の世界だよ。ねえ、瑠美ちゃん。あたしとも友達になってくれないかな?」

俺達が一通り声をかけるが中から反応はない。

「なあ、さっちゃん。瑠美って子は本当に部屋にいるのか?反応が全くないし、ひょっとしたらいないんじゃないのか?もしそうなら俺達はスッゴいマヌケだと思うんだけど」

「確実に部屋にいると思います。おばさまの話じゃ滅多に部屋から出ないそうですし」

「そうか…」

う~ん、こうも反応がないとどうすればいいかわからないな。もしかしたら、俺と世界がいるから喋らないのかもしれないな。

「ねえ、さっちゃん。あたし達っていない方がいいのかな?もしかしたらあたし達がいるから反応しないのもかもしれないし」

世界も俺と同じ結論に至ったらしい。俺が言おうとしたことをさっちゃんに質問する。

「ううん。それは全然関係ないと思う。私ひとりの時も全然反応はないんだ。だから、一方的に私が喋ってるの」

さっちゃんが扉の方に向き声をかける。

「一昨日は3人でクレープを食べたんだよ。苺のクリームがとっても甘くて美味しかったな~。瑠美が部屋から出てきたら一緒に行こうね」
「そろそろ期末テストの時期なんだ。私、頭が悪いから勉強大変だよ」
「そういえば、昨日はお弁当を作って男の人に渡したんだ。その人は美味しいって褒めてくれてね。今度瑠美にも作ってあげるね?」

さっちゃんが次々と声をかけるが、やっぱり部屋から反応は何もない。これだけ言っても反応なしか。ふむ、どうせ反応がないならちょっと確かめてみるか。

「なあ、瑠美ちゃん。黒部修吾って知ってるよな?」

俺の質問に今まで何の反応もなかった扉の中から大きな音がした。…やっぱり黒部って名前に反応するのか。

「単刀直入に聞く。君は黒部に何かされたのか?」

「ちょっと宇宙さん!?何てこと聞くんですか!?」

「いや、だってよ、何も反応ないから直接聞いちゃおうって思ってよ」

「お・兄・ちゃん!!少し黙っていようね?」

世界の満面の笑顔(殺意付き)の迫力に負けて言葉が出なかった。なんだよ~、どうせ反応ないなら聞いてもいいじゃないか。まあ、反応はあったんだけどよ。しかし、これでますます黒部が何かした確率が高まったな。

「三人とも、お茶が入ったから下に下りてきて頂戴!」

俺が悩んでいると婦人が俺たちを呼ぶ声がした。俺たちは扉にむかって「ちょっとお茶を飲んでくるね」と声をかけた後、灰川瑠美の部屋の前を後にした。




「幸恵ちゃん、本当にありがとうね。貴女みたいな子を幼馴染に持ててあの子も幸せだわ」

「お礼なんていいんです。それに瑠美は私の幼馴染ですよ?遊びに来て当然です」

リビングでお茶を飲みながら婦人と会話をする。主に話すのは婦人とさっちゃんで、世界は時たまその二人の会話に混ざるって感じだ。俺はどうしているのかって?勿論黙ったままですとも。ご婦人方の会話を邪魔するような似非紳士ではないのだ。

「灰川さん、瑠美ちゃんってずっと部屋から出ないんですか?」

世界が質問する。ただ、その表情はちょっと気まずそうだ。引きこもっている子の親に、他人でしかない自分が踏み込んだ事を聞くのが気まずいのだろう。

「そんなことないのよ。昼間はずっと部屋にいるけど、私と夫が寝ている間にお風呂とかは入っているみたい。ご飯も扉の前に置いておけば無くなっているから、一応ずっと部屋にいるってわけじゃないみたいね」

「その、こんなこと聞くのもあれですけど、瑠美さんが引きこもった原因に心当たりはないんですか?」

俺は気になっていたことを婦人に質問する。正直、所詮は他人でしかなく、なおかつ今日初めて知った相手にこんなに踏み込んだ事を聞いていいのか疑問に思うが、わずかでも関わってしまったなら原因を知っておきたい。それに灰川瑠美という存在を救いたいとも思う。まあ、これは灰川瑠美のためではなく、さっちゃんが困っているからの一言に尽きる。友人が困っていて俺たちに解決できる範囲のことなら問題を解決してあげたいと思う。

「それが本当に心当たりがないのよ。友達が大勢いたみたいだし、いじめなんかも無かったて聞いているわ。引きこもる前は本当に明るい子だったのよ?部活にも勉強にも一生懸命の子でね。それに好きな人がいたみたいだし、なんであんなことになっちゃったのか…」

婦人は今までの苦労を思い出したのだろう、少し涙ぐんでいる。さっちゃんが婦人を慰めるように声をかけた。

「大丈夫ですよ!幼馴染の名にかけて瑠美を絶対に部屋から出してみせます!!」

「ありがとう。今ではあの子のことを気にしてくれるのは貴女と黒部くんぐらいだわ」

何だって!?どうして黒部の名前がここで出てくるんだ!?

「おばさん!!黒部って黒部修吾のことですか!?」

「ええ。瑠美の幼馴染みの黒部修吾くん。幸恵ちゃん程じゃないけど、たまに瑠美の様子を見に来てくれるわ。そんなに興奮しちゃってどうしたの?」

黒部が灰川家に来てる!?どういうことだ!?おばさんの様子を見るに、娘が引きこもった原因が黒部にあるとは思っていないみたいだ。ひょっとしたら黒部がストーカーになっていることを知らないのか?ここは教えた方がいいんだろうか。チラリとさっちゃんの方をみると無言で首を横に振った。おばさんには言うなってことか。

「いえ、なんでもないんです。あ、そうだ!瑠美さんの写真かなんかありますか?恥ずかしながら、妹と俺は娘さんの顔を知らないんです。アルバムでもあったら見ておきたいんですけど」

「アルバムならあるわよ。ちょっと待っててね」

婦人がアルバム持ってきて、アルバムのページ開く。

「ええと、これが瑠美が引きこもる前に撮った写真ね。中学3年の体育祭の時の写真よ。この真ん中に写っているのが瑠美よ」

写真をみると体操着のクラスメイト達に囲まれるようにど真ん中に灰川瑠美が写っていた。多分、集合写真だろう。ほほう、中々の美少女だ。ポニーテールの元気溌剌系少女。さっちゃんには悪いが、比べ物にならないぐらい美しい。間違いなく美少女だと断言出来るだけの容姿を持っている。…いじめの事実はなさそうだ。友達がいない俺だからわかる。集合写真の真ん中には、人気者しか写れないということを。ど真ん中にいるということはそれだけ友達が多いということ。もしいじめがあったとしたら、ど真ん中などありえない。それにこれだけの容姿だ。嫉妬でいじめられていた可能性がないとはいえないが、黙っていても人気者になれるタイプだ。

アルバムの他のページもめくる。幼い時からの写真もあるようで、灰川瑠美の成長記録みたいになっている。うん?これはさっちゃんの小さい時の写真か?ということは、隣にいる男の子は黒部修吾か。…やっぱり小さい時からジャニ顔なんだな。しかし、こいつがストーカーになるのか。イケメンだからってまともに育つわけじゃないんだな。小さい時はさっちゃんと黒部と瑠美の三人で写っている写真が多いが、成長するにつれてさっちゃんと瑠美、または黒部と瑠美の二人だけで写った写真が大部分を占めている。なんで三人で撮らないんだろう?

「そろそろ瑠美の部屋の前に行きましょうか?」

俺の思考を遮るようにさっちゃんが声をあげた。うん、そうだな。今のままでは御茶を飲みにきてアルバムを見ただけになってしまう。というわけで、再び灰川瑠美の部屋の前。またさっちゃんが一方的に話しかける。

「さっきアルバムをみたんだよ。三人で写真を撮ったこと覚えている?あの頃は楽しかったね!」

反応はない。

「体育祭でも瑠美のクラスは優勝したんだよね。あのときの集合写真、瑠美はとっても嬉しそうだった」

反応はない。

「私は勿論、黒部くんだってとても心配しているわ。いい加減、部屋から出てきなさいよ」

「…かげ…して」

反応がかえってきた!?さっちゃんも声が聞こえたのだろう。焦った様子で聞き返した。

「なに!?もう一度言って!!」

「いい加減にしてって言ってるの!!もういいでしょ!?お願いだから放っておいてよ!!もうわたしに構わないで!!」

「おい!!君を心配しているさっちゃんにそういう言い方はないだろう!?」

怒りの声をあげた俺にさっちゃんがいいんですと力なく答えた。

「わかったわ。今日のところは帰る。でも、また来るからね」




灰川家から出た俺達は、さっちゃんの家の前で少し話した。俺はさっちゃんに聞きたかったことを聞いた。

「なあ、なんでおばさんに黒部のことを言わなかったんだ?」

「おばさまは黒部くんのことを信頼しているんです。それに、只でさえ瑠美のこと苦労しているおばさまにこれ以上心労をかけたくなくて」

う~ん、いくらそういう事情があるとはいえ教えた方がいいとは思うけどな。まあ、他人でしかない俺が言うことでもないか。

「それにしてもさっきは驚いたよな。まさか黒部が瑠美ちゃんの元に訪れていたとはな。さっちゃんは知ってたの?」

「いいえ。私も初耳で。その、さっき思いついたんですけど、ひょっとして瑠美が部屋から出ないのって黒部くんがくるせいかも…」

「なるほど。黒部が不定期にやってきては脅しをかけているかもしれないってことか」

さっちゃんだけじゃなく、灰川瑠美も黒部の被害にあってたってことか!?クソ!どこまで卑劣なやつなんだ!!

「そういえば今日は黒部のこと見てないよな。3人一緒にいるから諦めたのかな?」

「だといいんですけど。黒部くん、なんでこんな風になっちゃったんだろう…」

場に沈黙が流れる。ううん、気まずいな。ここは根拠のない励ましだ!!

「大丈夫!!黒部からは俺が守ってやる!!だから、さっちゃんは安心して日常を過ごすんだ!!」

「宇宙さん…ありがとうございます」

「お礼なんかいいんだよ!!それに今は俺が彼氏だろう?彼氏が彼女を守るのは当たり前のことだ!!だからお礼なんて言わなくていいんだよ」

涙ぐむさっちゃん。やっと笑ってくれた。根拠のない宣言だが、この笑顔をみるなんとしても守ってあげたくなる。

「それじゃあ、また明日」

「ええ、また明日」

世界と並んで家に帰る。世界は何事かを考えこむように黙っている。そういえば、こいつさっきから黙ったままだよな。なにかあったのだろうか?

「なあ、世界。さっきから黙ってなに考えてんだ?」

「…確証はないけど、ちょっと引っ掛かることがあって。さっきから気になってるのよ」

「引っ掛かること?」

「あたしの勘違いかもしれないから言うのは止めておくわ。それより、お兄ちゃん。あたし、明日から調べたいことがあるから一緒に帰れないと思う。さっちゃんと二人きりになるけどいい?」

「それは別にいいけどよ。何調べるんだ?」

「灰川さんと同じ中学の子に話を聞いてみようと思うの。引きこもった原因がわかるかもれないしね」

なんでそんなこと調べるんだ?どう考えても黒部のせいだろうに。まあ、証拠はないしな。世界の調査によって証拠が出てくるかもしれない。

「わかった。さっちゃんの護衛は俺1人でやるよ。世界も調査頑張ってくれ」



×××



翌日、さっちゃんと二人で下校する。今日はこの3日間毎日お弁当を作ってくれるさっちゃんにお礼をするためにカフェに誘った。まあ、お弁当には卵の殻が入っていたり、味付けを間違えたのか変な味がすることがあるんだけどな。それでも弁当を作ってくれるのはありがたい。

「さっちゃん、なにがいい?なんでも好きなものを頼んでよ。俺がおごるから」

「そんなおごってもらうなんて悪いですよ」

「お弁当のお礼だから遠慮しないでいいんだよ。なにがいい?」

「そうですか?…じゃあ、ロイヤルミルクティーをお願いします」

「オッケー。じゃあ、注文するね」

さっちゃんが頼んだロイヤルミルクティーと俺が注文したブルーマウンテンが届く。うん。相変わらずいい香りだ。コーヒーはやっぱりブルーマウンテンに限るな。この香りはやみつきになるぜ!!コーヒーの味と香りを楽しんでいるとさっちゃんが話しかけてきた。

「えへへへへ。宇宙さんとカフェにいけるなんて夢みたい」

「え?」

「私、宇宙さんのこと憧れてたんですよ?だから一緒にカフェに行けるなんて信じられなくて…」

おいおいおい、これフラグきた~!!ま、まあさっちゃんは妹や花子ほどじゃないけど平均よりは上の顔立ちしてるし?よく見れば十分魅力的な顔だよな。黒部がストーカーする理由もわかるかも。

「夢なんかじゃないよ。それにカフェぐらいいつでも付き合うぜ!だって、俺とさっちゃんはもう友達だろう?」

「宇宙さん…」

見詰め合う俺たち。なんかいい雰囲気じゃない?あっれ~!?これキスぐらいいけるんじゃない?俺が前に体を乗り出すと焦りすぎたのかコーヒーカップをこぼしてしまった。

「た、大変!!ワイシャツにコーヒーが!!」

「ああ、これぐらい大丈夫だよ。ワイシャツは家に何枚かあるしな。世界には怒られるかもしれないけど」

「駄目です!!コーヒーは落ちにくいんですよ!?今すぐ私の家に来てください!!」

無理矢理さっちゃんの家まで連行される。さっちゃん、強引な一面もあるんだ…ていうか、力強!?これ俺より力あるんじゃねえか!?全然抵抗できねえ!!さっちゃんの家に入るなり開口一番にさっちゃんは言った。

「宇宙さん、ワイシャツ脱いでください!!今から洗濯しますから」

ええ~!?

「いや、家に入っていうのもあれだけど、さすがに同級生の前で半裸になるのは恥ずかしいというか…」

「そんなこと関係ないです!!自分から脱がないなら私が脱がしますよ!?」

やべえ、この迫力すげえ!!さっちゃんワイルド過ぎる!!

「わかったよ。脱ぐからちょっと待っててよ」

思春期の女子高生のように恥じらいを持ってワイシャツを脱ぐ。さっちゃん、そんなに凝視しないでくれ。これ、スッゴイ恥ずかしいんだよ?あれ?そういえば…

「なあ、さっちゃん。きょう両親はどうしたの?こんな光景を両親に見られたらさすがに誤解されると思うんだけど」

さすがに知らない男が半裸で娘といたら激怒するよな。最悪通報されるかもしれん。

「両親は今いないんです。海外に行っていて…だから大丈夫ですよ?」

ええ~!?じゃあ、今この家には二人っきり!?それに大丈夫って!!半裸の俺と目を潤ませて熱っぽいさっちゃん…こ、これは大人の階段を上る日がきたか!?さようなら、俺の童貞。今日僕は大人になるよ!!

「さっちゃん、俺、おれ…」

雰囲気に任せて襲いかかろうとしたその瞬間、俺の携帯電話がなる。んっだよ~!!空気読めよ!!俺の携帯マジKY。俺は不機嫌全開で電話に出た。

「はい!!もしもし!?あのね、電話をかけるのもいいけどちゃんと空気読んでよね!!あんたマジでKYだよ!!」

「…お兄ちゃん何いっているの?」

世界からだった。いかんいかん、冷静にならなければ。『妹にはいついかなる時も優しく』が俺の心情だ。これを破ればシスコンの名折れだぜ!

「ああ、世界か。なんでもないんだ。ただ、ちょっと卒業できそうだったから興奮してしまってな。それで何か用か?」

「お兄ちゃん今どこにいるの?今すぐ帰ってきて欲しいんだけど」

「え?今すぐか?なんかあったのか?」

「特に用があるってわけじゃないんだけどね。ただ、なんとなくお兄ちゃんの顔が見たくなって…」

妹がデレた~!!!!こ、これは今すぐにでも帰らなければならん!!さっちゃんには悪いが優先順位的には現在妹が不動の1位だ!!

「わかった。今すぐ帰る。家で待っててくれ」

電話を切ってさっちゃんに顔を向ける。

「ごめん。世界が緊急の用があるらしくて帰らなくちゃ行けないんだ」

「え?そうなんですか…残念です。あ、でもワイシャツは電話している間に洗濯機に入れちゃいました。どうしましょう?」

そいつは困ったな。まさか半裸で帰るわけにもいかないよな。俺が困っているとさっちゃんがポンと手を当てて名案を口にした。

「そうだ!家にお父さんのワイシャツがあります。どうせ使ってないやつですし、それを着ていってください!!」

…知らない親父のワイシャツは正直着たくないな。しかし、このままでは半裸で帰らなければいけなくなる。背に腹は代えられないか。

「じゃあ、有り難く着させてもらおうかな。濡れたワイシャツを入れる袋とかくれると嬉しいな」

「宇宙さんのワイシャツは家で洗濯して明日学校で渡します!!」

「いや、さすがにそれは…」

「いいんです!!こんなことぐらいしか私には出来ないですし!それに八千塚さんから緊急の用事なんでしょう?早く帰らなければいけないんじゃないですか?」

うっ!実は何の用事もないって言えないな~。それにこんな熱弁されると、断るのが申し訳ない気がするな。

「じゃ、じゃあお願いしていいかな。それじゃ、俺はもういくよ。また明日学校でね」

「ええ、また明日!ワイシャツは明日渡しますね」




家に着くとリビングに世界が座っていた。

「やあやあ世界!我が愛しの妹よ!!お兄ちゃんの顔が見たかったんだろう?さあ!たっぷりと見るといい!!」

「あ、お兄ちゃんおかえり。そんなに顔近づけないでくれる?今テレビみてるんだから視界にはいらないでよ」

ええ!?俺だけテンション違くない!?さっきのデレた妹はどこいった!?俺の顔を見たかったんじゃないのかよ!?

「おい!さっき電話で俺の顔がみたいっていったじゃん!!」

「ああ。そういえばそんなことも言ったね。でもさっきまでのことだから。今はそこまででもないかな」

なんだよ!!帰らなければ良かったよ!!クッソ~!!童貞が卒業出来たかもしれなかったのに!!俺が悔しさの余り壁を殴っていると世界が話しかけてきた。

「お兄ちゃん、そのワイシャツどうしたの?見たことないやつだけど」

「ああ、これか。これ、さっちゃんの親父さんのやつなんだよ。色々あって俺のワイシャツはさっちゃんが持ってるんだ」

「さっちゃんのお父さんの?…ねえ、ひょっとして今日さっちゃんの家に行った?」

「行ったけど…それがどうかしたか?」

俺の答えを聞くと世界は安堵したように溜め息を吐いた。そして真剣な顔になる。

「ジャストタイミングだったってことね。電話して良かった。お兄ちゃん、お話しがあります」

「話したいこと?なんだよ?」

「さっちゃんと二人きりになるのは止めて欲しいの。彼氏役も後3日あるでしょう?その間にさっちゃんと絶対に二人きりにならないで」

「なんだよ、それ?あ、お前焼きもち妬いているのか?安心しろ!!お兄ちゃんにとっての一番は世界だから!!」

「そうじゃないの。これは真面目な話。今から話すのは全部あたしの想像の話ってことを覚えておいて。…あたしはさっちゃんに疑いを持っている」

世界はそこで言葉を切る。やがていい辛そうに、でも確信に満ちた声で続きを話す。

「今日、灰川さんと同じ中学の子に話を聞いてきた。そこで新しい事実を聞いたの。灰川さん、黒部くんと付き合っていたそうよ」

「え?なに言っているんだよ!?」

「さらにいえば、さっちゃんが黒部くんのことが好きだったって話も聞いたわ。さっちゃん、灰川さんと黒部くんが付き合ってから二人にちょっかい出しまくっていたそうよ。灰川、黒部、さっちゃんの三角関係は学校で有名だったんだって」

「な!?…仮にそれが本当だったとしても今さっちゃんが黒部にストーカーされているのは事実だ。過去がどうあろうとストーカーからさっちゃんを守ることに変わりはない」

「ストーカー、か。ねえ、お兄ちゃん。あたしはそもそもさっちゃんがストーカーにあっているっていうの嘘だと思うの」

はあ~!?何を言っているんだ世界は。病気にでもなったのか?

「ねえ、お兄ちゃん。さっちゃんの彼氏役をやって4日たつけど、その間に黒部くんに尾行されたことはある?携帯電話に無言電話がかかってきたことは?思えばあたし達はさっちゃんからしか話を聞いていない。直接ストーカーの被害にあっている場面を見たことがないのよ」

「じゃ、じゃあ初日に黒部を目撃したことは何だったんだよ!それに2日目に絡まれたことだってあるんだぞ?」

「…あたしも確証はないの。ひょっとしたら全部あたしの勘違いかも知れない。でも、あたしの考えを全否定する根拠もない。それにあたしの考えが正しかったらストーカーをでっち上げる意味がわからない。友達を悪くいうのは嫌だけど、あたしはさっちゃんを100%信用することが出来ない。だから二人きりになって欲しくないの」

黒部と灰川瑠美が付き合っていた?しかもストーカーは嘘だって?世界には悪いが到底信じることが出来ない。それに世界の言う通りそんなことをする意味がない。

「俺にはさっちゃんがそんなことをするような子には見えないよ。それに灰川瑠美と黒部が付き合っていた過去があるならそれこそが黒部がストーカーである証拠になるって考えられるだろう。元彼が付きまとっているから灰川瑠美は部屋から出ないんじゃないのか?」

「お兄ちゃんは肝心な事を忘れているよ。さっちゃんの言うことが真実だとして、黒部くんはさっちゃんのストーカーをしているんだよ?お兄ちゃんの言う通りだとすると、黒部くんはさっちゃんと灰川さんの2人にストーカーをしていることになる。そういうことって普通ないと思うけどな」

むっ、そういうわれると反論できない。言葉が出ない俺に世界は慰めるように言葉をかけた。

「さっきも言ったとおり全部あたしの勘違いかもしれないしそんなに悩む必要はないよ。ただ、あたしの考えを頭の隅においておいて欲しいってだけ」

「…わかった。友達を疑うのは嫌だけど、世界がそういうなら二人きりにならないようにする」

「良かった。それで明日のことなんだけど、学校を遅刻して黒部くんに会いにいこうと思っているの」

なんだって!?世界が1人で黒部に会いに行く!?そんなこと絶対に認められない!!

「ダメだ!それだけは絶対にダメだ!!そんな危険なことはさせられない」

「でも会う必要はあると思うの。黒部くんからも話を聞いてストーカーが本当か確かめる必要がある。それにあたしなら大丈夫。これでもあたしは空手部よ?お兄ちゃんより遥かに強いのよ」

確かに世界は空手部でかなりの強者だ。世界の言う通り俺より強いし、大抵の男には負けることはないだろう。でも、それでも妹を危険な目にあわせることなんて絶対に出来ない。

「確かに俺よりお前は強いだろう。それに大抵の奴には負けないとも思う。だけどな、お前がさっちゃんを疑って俺のことを心配してくれたように俺も黒部のことを疑ってお前のことを心配しているんだ。仮にお前の言う事が正しくて黒部がストーカーをしていた事実がなかったとしても、黒部が100%安全だという証拠が無いかぎり世界を1人で行かすことは出来ないよ。兄として妹を危険な目にあわすなんて絶対に出来ない!!」

「お兄ちゃん…心配してくれるのは嬉しいよ。お兄ちゃんの気持ちはとっても嬉しい。でもどうしても確かめなきゃいけないことがあるから。あたしは明日黒部くんに会いにいくよ。大丈夫!学校に行く前にちょっと話しを聞きにいくだけだから。2時間目が始まるころには学校に行くつもりだよ」

「だったら俺も一緒に行く!!」

「それはダメ。全部あたしの勘違いかもしれないし。それにお兄ちゃんはさっちゃんを守る役割があるでしょ?あたしの勘違いだった時のためにお兄ちゃんには学校にいてほしいのよ。友達の嘘を確かめにいくんじゃない。友達の疑いをはらすためにあたしは行くの。だからあたし一人で行かせて?」

妹はとても真摯な目していた。本気の時に見せる真っ直ぐでキレイな目。こうなった時の世界に何を言っても無駄だ。世界はもう黒部に一人で会いにいくと決めている。俺に言ったのも唯の確認に過ぎないだろう。

「…わかったよ。ただ、なんかあったら必ず電話しろ。いや、何もなくても電話しろ。例え授業中だろうが絶対に出るから」

「うん。10時前には電話するよ。そんなに心配しないで大丈夫だよ。多分、何も起きないから」

ああ、心配だ。不安で心配でいてもたってもいられない。その夜、目蓋を閉じると妹が黒部に襲われる光景が浮かんできて中々寝付くことが出来なかった。



×××



「じゃあお兄ちゃん。行ってくるから。ちゃんと学校に行くんだよ?それと絶対にさっちゃんと二人きりにならないように」

「ああ。世界も気をつけるんだぞ。必ず電話しろ」

妹とと別れて学校に到着した。だが気分は晴れない。心配のあまり胸が張り裂けそうだ。憂鬱な気分で机にふて寝していると突然話しかけられた。

「おはよう、宇宙。ものスッゴク不安な雰囲気出しているけど何かあったの?」

「うん?お~!!花子か!!お前やっと学校きたのかよ。おたふく風邪だっけ?もう大丈夫なのかよ」

「うん。もう完治したよ。というより、2日前ぐらいから治ってたんだけどね。おじいちゃんが学校に行かせてくれなくて…」

苦笑いしている花子。改めて顔を見るが、顔色は健康そのもの。本人の言う通り完治あいたみたいだ。

「それでなんかあったの?そういえば世界ちゃんもいないみたいだけど今日は学校休み?」

世界!!ああ!また心配になってきた!!さっきから10分に1回はメールしているのに返事は帰ってこない!!やっぱり俺も行った方がいいのだろうか…いや、イカンイカン!!世界との約束だ。妹との約束を破る兄など兄とは呼べない。ここは優雅に妹の帰りを学校で待つべきだ。そういえば、さっちゃんって花子に俺達のことを紹介されたんだよな。一応ストーカー事件の経緯を言っておいた方がいいよな。花子も心配しているだろうし。

「世界はちょっと学校にも遅れるんだ。大した用事じゃないからすぐ学校に来るよ。それより、さっちゃんに相談された件で経緯を説明したいんだけどいいか?」

「…さっちゃん?誰のこと?」

「は?何言ってんだよ?2年3組の白戸幸恵のことだよ。花子と仲がいいんだろ?」

「白戸幸恵?ああ、その人なら2~3回話したことはあるけどそこまで深い付き合いはないかな。その人がどうかしたの?」

何だって!?花子と仲が良くない!?どういうことだ!?花子に俺達のことを紹介されたんじゃなかったのか!?俺が困惑していると携帯が鳴った。携帯のディスプレイにはさっちゃんの文字が。恐る恐る電話に出る。電話に出るなりさっちゃんの焦ったような声が聞こえてきた。

「宇宙さん!!助けてください!!今黒部くんが無理矢理家に侵入してきたんです!!今はなんとか部屋に鍵をかけて避難しているんですが破られるのも時間の問題です!!早く来てください!!」

黒部が侵入!?イカン!!早く行かなければ!!…でも、待てよ。さっちゃんが言っていることは本当なんだろうか?花子と仲がいいっていうのも嘘だった。だったら昨日世界が言っていたことに信憑性が出てくる。このまま信じていいのだろうか?

「何で黙っているんですか!?早く来てください!!ああ、止めて!!それ以上世界ちゃんを殴らないで!!」

「世界!?世界がそこにいるのか!?わかった!!すぐにいく!!さっちゃん家だよな!?少しの間だけ待ってろ!!」

くっそ~!!やっぱり世界をひとりで行かすべきじゃなかったんだ!!黒部の野郎!妹にかすり傷ひとつ負わせたらただじゃおかねえ!!

「ちょっと宇宙!!なんで外に向かって走ってんの!?先生もう来るよ!?」

「今日は学校休む!加奈ちゃんには適当にいっておいてくれ!!」

待ってろよ世界!!お兄ちゃんが絶対に助けてやるからな!!






さっちゃんの家に辿り着くと扉はしまっていて黒部の姿は見つからなかった。クソ!もう侵入してしまったのか!?2人とも無事でいるといいのだが…鍵が開いてる?何で開いているんだ?まあいい。見つからないように静かに入らなければ。

足音を忍ばせて部屋の様子を伺う。まずはリビングだ。…誰もいないな。そういえば、なんでリビングはこんなに綺麗なんだ?さっちゃんからの電話だと黒部が無理矢理侵入してきたってニュアンスだったんだが。そういう時ってもうちょっと荒れているもんじゃないのか?俺が疑問に思ったその瞬間、後ろに気配を感じた。その後すぐ、首筋に焼けるような痛みを感じて立てなくなる。

「な…なに…が…?」

「クスクスクス。大丈夫ですよ。ただのスタンガンですから。ちょっと寝ていてくださいね?」

その言葉を最後に俺は意識を失った。




目を覚ますと体が動かなかった。手には…手錠?あれ?なんで俺縛られているんだ?くそ!全く体が動かない!!どうしてこんなことに?…そうだ!世界!!俺は黒部に捕まってしまったのか!?

「あ、やっと起きたんですね!おはようございます、宇宙さん!!」

「え?さっちゃん!?なんでさっちゃんがここにいるんだ!?世界は、世界はどうしたんだ!?それに黒部は!?」

「そんなに質問されても困りますよ。どれかひとつに絞ってくださいね?」

なんでさっちゃんは笑っているんだ?それにさっちゃんが捕らえられている様子もない。どういうことだ?

「…世界はどこにいるんだ?」

「八千塚さんですか?さあ?黒部くんの所にでもいるんじゃないですかね」

「やっぱりか。わかった。俺は世界を助けにいかければいけない。さっちゃん、俺の縄と手錠を外してくれ。どっかその辺に鍵とか落ちてないか?」

「なんで私が縛ったのに外さなきゃいけないんですか?宇宙さんたら可笑しいんだから!」

クスクスと笑い続けるさっちゃん。何故かその笑顔を見ていると背中に怖気が走る。冷たい汗が止まらなくなる。

「さっちゃんが縛った?何言ってんだよさっちゃん。今は冗談を言っている場合じゃないんだよ。はやく外してくれよ」

「も~う、物分りが悪いんですから。ま、そんなところも可愛いんですけどね。じゃあ種明かしをしてあげます!黒部くんが家に来たのは嘘です!スタンガンで宇宙さんを気絶させたのも私。宇宙さんを縛ってこの部屋に監禁しているのも私ですよ!!」

「え?な、なに言ってんだよ!?」

「もっと言ってあげましょうか?そもそも私ストーカーなんかされてないんですよ。ぜ~んぶ嘘です!」

「嘘!?なんで、なんでこんなことするんだよ!?」

「宇宙さんを手に入れるために決まっているんじゃないですか~。山田花子が休んでいるこの時期しかないって思いましたよ。この状況に持っていくには後2日はかかると思ったんですけど、予想より早くて助かりました。それにしても昨日は困りましたよ。八千塚さんたら真相を当ててしまうんですもの。おかげで計画を早めることになっちゃいました。ま、そのおかげで宇宙さんを手に入れられたんで良かったんですけどね」

なんで昨日の世界の話を知っているんだ?昨日さっちゃんは世界に会ってないはずだ。そういえばなんでさっちゃんは世界が黒部の所に行っていると知っているんだ?

「不思議そうな顔してますね。当ててあげましょうか?なんで昨日の会話の内容を知っているか疑問に思っているんでしょう。クスクスクス。今盗聴器って2~3万もあれば買えるんですよ。昨日渡したワイシャツにつけてあったんです。おかげで助かりました。今日の山田花子との会話もちょうどいいタイミングで電話を入れることもできましたしね」

盗聴器?なんでそんなものを…。なんでさっちゃんは平然としているんだ?ダメだ、現状が全く理解できない。

「もう一度聞く。なんで俺を縛っているんだ?」

「だ・か・ら、宇宙さんを私の物にするためですよ。宇宙さんは一生私とこの部屋に住むんです。大丈夫!食事も排泄も性欲も全部私がお世話してあげますから。宇宙さんはただ私と一緒にいるだけでいいんですよ。私達には薔薇色の未来が待ってます。幸せになりましょうね」

さっちゃんの言葉に冗談は感じられなかった。さっちゃんがは真剣に言っている。そのことが理解できた。理解できてしまった。

「なんでそんなに震えているんですか?あ、歓喜の震えってやつですね。その気持ちはよくわかります!!私もこれからのことを思うと嬉しくてしょうがないんですよ」

「何言ってんだこのキチガイが!!いいから俺を早く解放しろ!!」

「自分の奥さんになんてこと言うんですか。困った旦那様ですね~」

何で笑ってるんだよ!?何で俺のことを旦那って言うんだよ!?ダメだ、全く言葉が通じない。まるで宇宙人と話しているみたいだ。

「それに宇宙さんは私を受け入れてくれたじゃないですか?今更嫌だって言っても変更は受け付けられませんよ?」

「俺が受け入れた?そんな事実はない!!」

「え~?そんなことないですよ。私が作ってきたお弁当を毎日食べてくれたでしょ?あれには私の体の一部が入っているんです。爪が入っていたり血液が入っていたりしていたんですよ?それを宇宙さんは美味しいと言って食べてくれました。それは私を受け入れてくれた証拠じゃないですか」

あのお弁当に体の一部が入っていた?心底吐き気がした。胃の中のものを全部ぶちまけたくなった。心の底から震えが走る。目の前の女が同じ人間だとは思えなかった。

「なんでこんなことするんだよ…?どうして俺なんだよ。俺が何をしたっていうんだよ!!」

「ああ、それは宇宙さんの顔が私の好みなんです。ほら、綺麗な物って手元においておきたくなるでしょ?それと一緒です。宇宙さんの顔は宝石と一緒で綺麗なんです。だから私のコレクションとして永遠に私の物にするんです。さっさと現実を受け入れてくださいね?私は顔さえ無事ならそれでいいんですから。右腕が無くなっても別に気にしませんよ?」

こわいコワい恐い怖い。何より激しい恐怖。顔が好み?そんなことで俺はこんな目にあっているのか?顔が好みってだけで俺を監禁しようとしているのか?この女は何を言っているんだ?

「私って男の人を好きになるとその人の全てを手に入れなくちゃ気がすまないんですよね。今までにも少しずつ宇宙さんの物を盗んだりしていたんですよ?ほら、これが私の宇宙さんコレクションです」

さっちゃんが見せてきたのは膨大な数の俺の隠し撮り写真。教室で寝ている俺、妹と話している俺、トイレに入る俺、他にもありとあらゆる場面の俺が写真には写っていた。そして俺の私物として、古典の教科書・シャーペン・昨日俺が着ていたワイシャツなど全て見覚えのあるものだ。

「頼むから俺を解放してくれよ…もうわかったから。望む物は何でもあげるから俺をここからだしてくれ…」

「おかしな宇宙さん。私が望むことは宇宙さんと一緒にいることそれだけですよ。もう私の望みは叶っているんです。これ以上望むことなんてありませんよ。永遠に一緒にいましょうね」

さっちゃんの怖気が走るような笑顔を見た瞬間、俺は全てを諦めた。ああ、ごめん世界。お兄ちゃんここで終わりみたいだ。これからはお前を守ってやれそうにない。お前のいいつけを破った罰なのかな。…最後にもう一度だけ世界の顔を見たかったな。

俺が諦めかけたその時、俺の携帯の着信音が鳴った。さっちゃんが俺の代わりに電話にでる。

『もしもしお兄ちゃん?大変なことがわかったの!今大丈夫?』

「ああ、八千塚さんですか。宇宙さんは今忙しいので電話に出ることは出来ません」

世界!?ダメだ!!こんな女と会話したらいけない!!

「世界!!逃げろ!!もう俺のことはいいから!!こんな女に二度と関わるな!!」

「静かにしていてくださいね。旦那様ったらはしゃぎ過ぎですよ?」

鳩尾を殴られて強制的に黙らされた。痛くて吐き気がして言葉が出ない。

『お兄ちゃんがそこにいるの?…状況はあたしの想像より最悪みたいね。お兄ちゃんを解放しなさい』

「まあ、色々ありまして宇宙さんは私の物になりましたから。これからは八千塚さんにも会わせません。貴女のお兄さんは死んだと思ってくださいね。それじゃさようなら」

携帯をへし折るさっちゃん。もうあの携帯は使いものにならないだろう。

「邪魔者もいなくなりましたし、調教を始めましょうか?ムチとか使いますけど絶対に顔は傷つけませんから安心してくださいね。大丈夫!すぐに私しか目に入らなくなりますから」

ああ、俺はこの化け物に食われてしまうのだろう。もう諦めた。俺1人がこの化け物を受け入れればもう被害者は生まれないはずだ。俺はこの化け物を封じるための人柱になろう。…世界は俺のいうことを聞いてくれるかな?俺をこいつから助け出そうなんてバカなこと考えなければいいんだけど。

「じゃあ、最初はお薬打ちますからね?楽にしていてくださいね」

最後に妹の笑顔が瞼に浮かび、俺は意識を手放した。



×××



「クスクスクス。まだ薬を打ってないのに。恐怖のあまり気を失っちゃたのかな?まあいいや。今から薬をうちますからね~?」

「ストップ!!そこから動かないで。それ以上お兄ちゃんに近づいたらただじゃおかないわよ」

振り向くと八千塚世界がそこにいた。私の愛しい愛しい宇宙さんと血が繋がった忌々しい女。すぐにでも殺してやりたいぐらい。

「なんで八千塚さんが私の部屋にいるの?貴女は黒部くんの元にいったんじゃなかったの?」

「私は魔法少女だから瞬間移動ぐらい簡単なのよ」

魔法少女?何を言っているのこの女は。頭が狂っているのかしら?

「黒部くんから全部聞いたわ。真相は逆。貴女が黒部くんのことをストーカーしていた。それに灰川さんをひきこもりにしたのは貴女なんですってね。貴女は中学生の時に黒部くんのことが好きだった。だけど黒部くんは灰川さんと付き合っていたから別れさせるために嫌がらせをしたんですってね。黒部くんは詳しく知らないみたいだけどかなりえぐい事をしたみたいね?」

ああ、あれは楽しかった。私から愛しい黒部くんを奪った泥棒猫を撃退するのに色々したな~。最後はあの泥棒猫、豚みたいに鳴いていたっけ。あの時のことを思い出すと自然と笑顔になる。

「ねえ、聞いていい?あたし疑問に思っていることがあるの。貴女は今はお兄ちゃんのことが好きなんでしょう?どうして灰川さんの家に通っているの?もう黒部くんのことは好きじゃないんでしょう?」

「そうね、確かに黒部くんのことはもう好きじゃないわ。黒部くんは一度私が捨てた宝石には違いないけど、元は私のものなのよ?私はいらないけど他人の物になるのは腹が立つじゃない。それと泥棒猫の家に通っている理由だっけ?簡単よ。理由の一つは『ひきこもりの家に通ってあげている私優しいアピール』。もう一つは泥棒猫に脅しをかけるため。私、あの泥棒猫が引きこもる前に言ってやったの。『部屋から二度と出るな。私の関する情報をバラすな。約束を破ったら黒部くんのことを殺す』ってね。そしたらあの泥棒猫、ブルブル震えちゃってね。一週間に一度は約束を守っているか確かめにいくの」

「なるほど。貴女は救いようがないわね。貴女、黒部くんにも逆のこと言ったわよね?貴女のことをばらしたら灰川さんを殺すって。だから誰にも相談できなかったって言ってたわ。お兄ちゃんに近づいたもの貴女のことを忠告するためだっていってたわね」

ああ、あの宝石の行動は心底滑稽だった。私のことを睨みつけたり宇宙さんに近づいたりと勝手に墓穴を掘ってくれた。おかげで私の嘘が真実味をおびてきた。あれには助かったわ。

「それで?真実を知ったからっていってどうするつもりなの?警察に通報するつもり?別に構わないわ。私は未成年だし反省した態度を見せれば数ヶ月で出てこれる、いやもしかしたら不起訴処分の可能性もあるわ。いずれにせよ、どこに逃げても無駄よ。私は必ず宇宙さんを手に入れるわ」

「警察になんていわないわ。そんなことをしても誰も救われない。…あたしは貴女に罰を与えにきたの」

罰?私を殴るつもりかしら?そういえばこの女は空手部だったわよね。まあいいわ。逆に暴行罪で訴えてあげる。

「殴ることなんてしないわよ。貴女にはそんな罰は生ぬるい。もっときつい罰を与える」

!? なんで私が考えていたことがわかったの!?

「さあ、なんででしょうね?私は貴女から黒部くん・灰川さん・お兄ちゃんに関する一切の記憶を消す。この三人及びその関係者からも貴女に関する一切の記憶を消す。大丈夫。あたしは記憶操作は得意なの。痛みは感じないわ」

「何言っているのよ!?あんた頭がおかしいんじゃないの!?」

「おかしい?…そうね。あたしの頭はおかしいのかもしれない。だってこれから貴女の人生を滅茶苦茶にしようとしてるのに罪悪感を感じていないんだもの」

ダメだ。こいつは私の敵だ。私から宇宙さんを奪おうとする狂った泥棒猫だ。退治しなきゃ。

「罰はそれだけじゃないわ。あたしは貴女に呪いをかける。あなたに相応しい呪いよ。ねえ知っている?『おもい』って字は『思い』『想い』ともかくけど『重い』とも書くのよ。貴女の気持ちは重すぎる。だからこれは貴女に相応しい呪い。貴女は人を好きになる度に体重が重くなる。ちょっと気になるかなってレベルで10kg増える。好きかもって思うだけで50kg、完全に好きと自覚してしまったら100kg増える。そして今みたいに監禁したくなるほど『おもって』しまったら貴女は自分の体重で動けなくなるでしょうね。それがあたしが貴女に与える罰。永遠に続く呪い」

泥棒猫が戯言を言っているけど気にしない。どうしましょう?最初はスタンガンよね。その後は薬漬けにしてチンピラにでも売り出そうかしら。あれ?なんで体が動かないの?え?なんで?どうしてなの?

「無駄よ。貴女の動きは封じた。皆が貴女のことを忘れてもあたしだけは貴女のことを覚えていてあげるだから安心してね。それじゃあ、さようなら」



×××



期末テストが終わった~!!!う~ん、まあまあの出来だったな。それにしても開放感が半端ない。ここ一週間、勉強づけだったせいかどうも記憶が曖昧だ。隣にいる世界をチラリと見る。こいつも期末テストのために勉強づけをしたせいかここ一週間随分辛そうだった。ふむ、気晴らしにどっか連れて行ってやるか。

「なあ、世界。この後どっか行こうか?映画でも見に行くか?それともカラオケ?何でも好きな場所を行ってみろ。全部俺のおごりで連れて行ってやるよ」

「急にどうしたの?」

「だってお前最近辛そうだったからよ。テストも終わったし、一緒に遊びにいこうぜ!!」

「お兄ちゃん…」

世界は困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。そして一瞬つらそうな顔をした後、覚悟を決めたような顔で俺に問いかけてきた。

「ねえ、お兄ちゃん。もし、もしよ?あたしが悪い魔女だったとするじゃない?」

「なんだよそりゃ」

「いいから。それであたしが人を1人殺しちゃったとする。でも誰もあたしが殺したってことも殺された人のことも覚えてないの。そういう時、お兄ちゃんだったらどうする?」

顔は笑っているのに目は真剣だった。何故だか妹の問いにふざけて答えたらいけない気がした。だから、俺は真剣に答える。

「…そうだな、そん時は俺も世界と一緒に償ってやるかな。まあ、償い方はわからないけどな。でも、世界に罰を与えようとは思わない。だって、もしそれが現実だったら世界は十分に罰を受けているだろうから。例え誰にも罰を受けなくても、事件自体が無かったことにされても、世界が殺したって自覚があるなら罪悪感で押しつぶされそうになっているだろうから。お前は優しい奴だよ。そういう奴だから一緒に償っていきたいって俺は思うよ」

「…そっか。お兄ちゃん、ありがとう」

「なに謝っているんだよ。仮の話だろう?ほら、カラオケと映画どっちに行くんだ?」

「う~ん。どっちにしようかしら?お兄ちゃんいくらまで出せる?」

え?そんな高いものをおごらせるつもりかよ!!俺が財布を心配をして立ち止まると後ろから1組のカップルが手を繋ぎながら通り過ぎて行った。爽やか系イケメンとポニーテールの元気溌剌系少女の美男美女カップル。一瞬、嫉妬の炎が燃えかけるが何故だかあの二人をみて安心した。

「…そっか。ちゃんと部屋から出てやり直したんだ」

「うん?なんだよ、世界。あのカップルは知り合いなのか?」

「ううん、知らない。それよりお兄ちゃん!今日はカラオケに決めました!!思いっきりシャウトするわよ!!さあ、行くわよ!!」

「お、おい待てよ!お兄ちゃんを置いていかないでくれ~!!」

妹を追いながふと空を見上げると太陽がその存在を主張するかのように爛々と輝いていた。もうすぐ夏休み。今年はいつもと違った夏になりそうだ。





*後書き

ちょっと強引な展開がありますが素人の作品なので許してください


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