季節は6月。梅雨のせいでじめじめした嫌な季節だ。旧暦でいうと水無月。それにしてもどうして旧暦の暦の呼び名は俺の中二心をくすぐるのだろうか。おっと話がそれたな。今日の天気は曇り空。学校に登校した俺がふて寝をしているとクラスの奴らがなんだか騒がしい。寝たふりをしつつ奴らの言葉に耳を傾けることにする。
「なあなあ知ってるか?うちのクラスに転校生が来るらしいぜ」
「転校生?何でこんな時期に?」
ほーう、転校生か。俺を狙う刺客かもしれんから情報を集める必要があるな。
「なんでも親の都合で海外からこっちに引っ越しきたんだってよ。帰国子女ってやつだな」
「へー、帰国子女か。頭いいやつなのかな。っていうか、何でお前が転校生の事を知ってんだよ」
「昨日手続きにきてたのを見たんだよ。後は加奈ちゃんに聞けば簡単に教えてくれたぜ」
「加奈ちゃんか。加奈ちゃんは気が弱いからなー」
…加奈ちゃん、か。彼女はうちのクラスの担任教師であり、今年から教師になった美人さんだ。不思議なことに、彼女は決して俺と目を合わせようとしない。このことは俺的学校の7不思議の1つになっている。
「んで?転校生は男と女どっちだったんだ?」
「おっと~!!やっぱりそこは気になっちゃう感じ?聞いて驚け!なんと天使のように可愛い美少女だ!うちのクラスの世界ちゃんに負けず劣らずってとこだな。アニメでいうとなのはのフェイトにクリソツだった!!」
「クリソツって…お前それは死語だよ。まあ、美少女ってことはわかった。うちのクラスに美少女が来ることはありがたいな」
ふむ、フェイトか。まあ、趣味ではないが美少女であることは間違いないだろう。俺のハーレムがひとり増えるか…
その後も脇役A、Bは何事かを話していたが興味がないので自動的にシャットアウトだ。僕、女の子の話以外に興味がないんです。顔を上げてチラリと世界の方を見ると友達と楽しそうに話していた。俺の方にくる気配は微塵も感じられない。ホームルームが始まるで寝て過ごすことにしよう。
×××
「今日はみんなにとってもいいお知らせがあります。なんとうちのクラスに転校生が来ました~!!男の子達は喜んで下さい!とっても可愛い女の子ですよ~」
「「「うぉーーーー!!!」」」
俺を除くクラスの男子が雄叫びをあげる。そんな光景を女子は冷めた目で見ていたが、テンションが上がりきった男子達には通じないようだ。正直、俺も一緒に叫びたかったが俺が声を出すと変な空気になるからな。遠慮して黙っておいてやった。上に立つ者として庶民に配慮してやる俺かっこ良すぎる。
「じゃあ、転校生ちゃんに入ってきてもらいましょうか。どうぞ~、入ってきて~」
加奈ちゃんの言葉と共に教室の扉が開けられる。クラスメイト達の視線は男女関係なく転校生に注がれ、その中のひとりが恍惚のため息を吐く。転校生は脇役の言う通りかなりの美少女だった。ツインテールにした薄い茶色の髪、140cm前後の低い身長、小学生で通じるあろう顔とスタイル(つるぺた)とテレビの中から抜け出しきたかのように何から何までアニメキャラにそっくりだ。脇役の言っていたとおり天使のように可愛い。転校生はみんなの視線に気付くとニッコリと笑った。その笑顔があまりに愛らしくて保護欲を誘われる。お兄様って呼ばれてみたい。
「じゃあ自己紹介してね~」
「うん」
加奈ちゃんに向かって頷いた後、視線を俺たちに向ける。
「今日からこのクラスの一員になったソフィア・クロスベルだよ☆フィアって呼んでね!!皆よろしく♪」
ポーズをとりながら名前を言う転校生。へ~、ソフィアってことは外国人か。顔立ちは明らかに日本人だから、恐らく日本人と外国人のハーフだ。そういえば帰国子女っていってたっけ。何気なく加奈ちゃんの方に視線を向けるとなにやらビックリしていた。どうしたんだろう?
「え?あなたの名前は違うでしょう?」
「先生なにいっているの~?フィアの名前はソフィア・クロスベルだよ☆」
「違うでしょう!?あなたの名前は山田花子だよ!?昨日提出してもらった書類にもちゃんとかいてあるじゃない!?」
「え~?そんなダサい名前はフィアし~らない★きっと書類の方が間違っているんだよ☆」
転校生のあまりの言葉に加奈ちゃんは絶句している。勿論、俺たちクラスの連中もそうだ。フィア(仮)があまりにも堂々としているから何も言うことが出来ない。その後、何度か加奈ちゃんがちゃんと自己紹介するように転校生に言ったが転校生は名前を訂正しようとしなかった。授業時間が迫っていたこともあり、また加奈ちゃん本来の気の弱さのせいかとりあえずフィア(仮)は正式にソフィアという名前で扱うということになった。
1時間目も終わり、休憩時間に入るとさっそくクラスの連中がフィアの元に集まる。転校生恒例の質問タイムだ。フィアの周りにはクラス内での男女それぞれの中心人物グループが集まる。ちなみに女子グループのトップは我が愛しの妹である世界だ。クラスの連中を観察する限り、みんな朝の出来事はスルーするつもりのようだ。もしかして、もしかしてかもしれないがそのスルー力は俺で耐性が出来たせいかもと思ったのは秘密だ。
「え~と、フィアちゃんでいいんだよね?フィアちゃんの家はどこら辺にあるの?」
世界がフィアに質問する。恐らく、会話のとっかかりになればいいと思い何気なく聞いた質問であろう。聞いた世界は勿論、周りの連中もある程度はその答えが予測出来ていただろう。近ければ学校周辺、遠くてもせいぜい3駅以内だろうと誰もが予測していた。しかし、フィアは誰もが予想できない想定外の言葉を放つ。
「フィアはアムールエンジェル星からきた大天使だよ☆フィアはその星のお姫様なのだ♪地球には留学にきたんだよ♪♪だからフィアのお家はアムールエンジェル星にあるのだ☆」
空気が凍った。誰もが反応することが出来なかった。フィアの周りにいる連中も、俺と同じように離れたところでフィアの話を盗み聞きしていた連中も口から言葉が出なかった。やがて、なんとか立ち直った世界がひきつった笑顔で質問を続ける。
「そ、そうなんだー。あ、じゃあ学校まで電車できたのかな?」
「ちがうよ~★フィアはハートの馬車に乗ってきたの♪フィアの世話役であるセバスチャンの運転でここまできたのだ☆途中でキューピッド達の讃美歌を聞いてたからとっても快適だったよ♪♪」
こ、こいつヤベェ!!だがどうしてだろう?俺と同じ匂いがする。こいつは間違いなく俺の同類だ。皆はこいつのことを歓迎しないかもしれない。引いてしまうかもしれない。だが、異世界人の生まれ変わりである俺だけはこいつを歓迎しよう。そして理解しよう。しかし、たった1つ、たった1つ我慢出来ないことがある。なんで、なんで…
「フランス語と英語が混ざってるんだよ!!!!」
突然のツッコミの叫びにクラス中の驚愕の視線がつきささる。自称天使のフィアですらビックリしている。だが、叫び声をあげたのが俺だとわかるとみな気の毒そうに視線を逸らす。あっれ~?どうしてそんな反応なの!?皆気になってたでしょ!?アムールエンジェルって!!どうせなら英語かフランス語に統一しろよとか思わなかったの!?そこっ!同情の涙を流さない!!俺の乱入のせいかチャイムが鳴ったせいか、みんな何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。皆のスルースキルは本当に高いなー…涙が出ちゃう。
その後も何人か休み時間の度にソフィアに話しかけるも、帰ってくる返事が全部あんなのなので昼休みになる頃には誰もソフィアに話しかけようとする奴はいなくなった。孤独は悲しい。大切な人を危険から遠ざけるために友達も恋人も作らない俺だからこそその気持ちがよくわかる。だから、だからこそ皆がソフィアを避けるとゆうなら俺こそがソフィアの理解者となろう。1人椅子に座っているソフィアに勇気を持って近づく。
「我の名前は宇宙。またの名を"魔を操る者"という。我と貴殿は友だ。我だけは貴殿の仲間になろう。さあ、我と親交を深めようじゃないか!」
授業そっちのけで考えていた華麗な挨拶をぶっこむ。俺の言葉を聞いたソフィアは静かに立ち上がり、俺の方を見て口を開く。
「そういうのいらないんで。マジでキモい」
☆や♪がなくても喋れたのかよ!!!
×××
気が付けば放課後。帰りの仕度をしていると加奈ちゃんと妹が何事かを話していた。
「世界ちゃん、ちょっとい~い?」
「はい?なんでしょうか?」
「悪いんだけど、山…じゃなくてソフィアちゃんに学校案内してあげてくれないかな?部活の顧問の先生には私から言っておくから。ほかの子達にも頼んだんだけど断られちゃって…」
「そういうことでしたらいいですよ。あたしが案内します」
「ほんと~う!!ありがとね~」
ふむ。世界も大変だな。まあ、委員長をやっているから妥当な人選か。クラスのリーダー格はこういう時が辛いよな~。
世界に同情の視線を向けていると、世界と目があった。そっと視線を反らして背中を向ける俺に引導を渡す声がした。
「お・兄・ちゃん!どこにいくのかな?」
「や、やあ、世界。お兄ちゃんはちょっと邪神様へのお祈りをしなければいけないから忙しいんだ。良ければ俺の肩から手を離してくれないかな?」
俺の肩が砕けんばかりの力で握られる。痛い!痛いよ、世界ちゃん!!
「これからソフィアちゃんを案内するから一緒についてきて欲しいんだよね。可愛い妹のお願い、お兄ちゃんなら聞いてくれるよね?」
「いや、お兄ちゃんはやることが「一緒にこい」」
「…はい」
ドナドナの牛の気分がよくわかりました。
「ここが購買だよ。お勧めはカレーパンかな。一日50個限定ですぐ売り切れちゃうんだけどね」
「へ~そうなんだ☆フィアも食べてみたいな♪フィアみたいな天使は人間の愛を主食にしているからカレーパンなんて食べたことがないんだよ★」
「そ、そうなんだ…」
ソフィアを連れて学校の案内をしていた。最も、主に喋るのは世界だけで俺は静かに二人の後をついていくだけだ。これ、俺いらなくない?
「あ!フィアちょっとあそこにいってくるんだよ☆」
フィアが指をさした方向をみると女子トイレだった。なんだ小便か。
「小便か。俺たちのことは気にしないでゆっくりしてこいよ」
「お兄ちゃん!!デリカシーがなさすぎるよ!?」
世界に頭を叩かれた。ソフィアも怒り顔で俺のほうに顔を向けた。
「小便なんかフィア達天使はしないもん★天使は人間の負の感情をトイレに出して綺麗にするんだよ★変なこといわないでよ★★★」
そういってソフィアは女子トイレに入っていく。っていうか…天使なのに小便て言っていいんだ…。なにその中途半端な設定。ソフィアがいなくなったので世界と二人きりになる。俺は世界に聞きたかったことを聞くことにした。
「なあ、なんで俺をつれてきたんだ?学校案内なんて世界1人で十分だろう?ひょっとして、ソフィアと二人きりになりたくなかったのか?」
「ちがうわよ。あたしが何年お兄ちゃんと一緒にいると思っているの?変人と一緒にいるのにはなれてるわよ」
自分の兄を変人と言っちゃう世界ちゃん。お兄ちゃん、泣いていいかな…
「じゃあなんで?」
「…ソフィアちゃんは明らかに厨二病でしょう?同じ厨二病のお兄ちゃんなら友達になれるかなって思って。あたしもソフィアちゃんと仲良くなりたいしね。お兄ちゃんが仲良くなれば、自然とあたしとも仲良くなるでしょ?」
そういうことか。しかし…
「俺、一回ソフィアに拒絶されてるんだけど。しかもかなり真剣に」
「あんな言い方で拒絶されないって思えるお兄ちゃんはスゴイね。呆れるのをとおりこして尊敬するよ」
妹に尊敬されちゃった!お兄ちゃんは嬉しいぞ!ただ、どうしてだろう?なんだかバカにされている気がする。俺が悩んでいるとソフィアが帰ってきた。
「おまたせしたんだよ☆」
「ううん、全然待ってないよ。じゃあ、次は体育館を案内するね?」
その後、体育館、運動場、パソコンルームなどあらかたの施設を案内して学校案内は終わった。時間は4時30分を過ぎている。いくら加奈ちゃんから顧問の先生に伝えてあっても、そろそろ世界は部活に行かなければいけないだろう。
「じゃあ、あたし部活があるからもういくね。帰りは7時頃になると思う。ソフィアちゃんもまた明日!!」
「おう!帰りは不審者に気をつけろよ」
「案内ありがとうなんだよ☆また明日ね♪」
世界が去ってソフィアと二人きりになる。なんだか気まずい雰囲気だ。
「…あ~じゃあ、学校案内も終わったし帰るか。俺は歩きだけどソフィアも歩きか?」
「う~うん★フィアはセバスチャンが迎えにくるからハートの馬車で帰るんだよ☆」
朝いってたハートの馬車か。確かキューピッド達の讃美歌が流れているとか言ってたな。ちょっと興味がわいたのでソフィアの迎えが来るまで俺も学校に待機することにした。校門に二人ならんで立っているがそこに会話はない。30分もたったころ、一台のベンツが俺たちの前に止まる。運転席のドアが開き、ステテコを履いたじいさんが車から降りてくる。
「セバスチャン♪待ってたんだよ☆」
え~!?セバスチャンってこの人かよ!?明らかに日本人じゃん!!ステテコはいてるし。ロボジーのじいちゃんにそっくりだよ!?
「花子、またせたの~。じいちゃん、道に迷ってしまったよ。遅くなってごめんな」
「もうセバスチャン!!花子って呼ばないでって言ったでしょ★フィアって呼んでほしいんだよ☆」
「あ~そうだったな。じいちゃん忘れてたよ。ごめんな花子」
俺がソフィアとセバスチャンの会話に耳を傾けていると、セバスチャンと目が合った。セバスチャンもようやく俺の存在に気付いたらしい。
「ええ~と、君は花子の友達かの?」
なんて答えればいいんだろう。まあ、無難なところでいいか。
「お孫さんのクラスメイトです。たまたま帰りが一緒になりまして」
「そうかそうか!転校初日にぼおいふれんどができるなんて花子もやるじゃないか。それに君はいけめんってやつだしの」
セバスチャンは嬉しそうに笑った。なんだか和むな。俺とセバスチャンで笑いあっているとソフィアが焦ったように割り込んできた。
「その人はただのクラスメイトなんだよ★それよりセバスチャン☆はやく帰ろうよ♪」
「わかったわかった。あ、君は家は近いのかい?よかったら家まで送っていくよ」
「いえ、さすがにそこまでしていただくわけには…歩いて帰りますよ」
「若いもんが遠慮なんかしないでいいんだよ。さあ、乗った乗った!」
セバスチャンに無理矢理車に乗せられる。この爺さん、思ったより強引だ。マイペースというか…ソフィアもこの爺さんの強引さには馴れているのだろう。俺が車に乗っても何もいわない。
家までの道を教えて車で送ってもらう。車内では主に俺とセバスチャンが喋っていて、ソフィアは黙ったままだ。
「そういえば、今日の花子はどうだった?君から見て友達はたくさんできそうかい?」
お世辞にも友達がたくさん出来そうとはいえないな。でも正直に言うのもなあ。
「…まあ、結構たくさんの人間に話しかけられてましたし。その内たくさんできるんじゃないですかね」
嘘ではない。質問タイムの時には大勢の人間に囲まれていたしな。
「そうかそうか!!あの内気だった花子がの~。じいちゃんは安心したよ」
内気?ソフィアが?どう見ても内気な女の子には見えないぞ?
「そもそも花子が海外にいったのも「おじいちゃん!!」」
セバスチャンの言葉を遮りソフィアが口を開く。
「それ以上はいわないでいいんだよ★」
「あ、ごめんな~。じいちゃん嬉しくてよ。つい口が滑っちまったよ」
その後、車内には沈黙が流れる。俺もセバスチャンもソフィアも誰も口を開かない。き、気まずい。こんなことなら歩いて帰るんだった。セバスチャンも不穏な空気を感じたのだろう。空気を変えるように明るい声をだす。
「なにか音楽でもかけようか?ほら、花子が朝に車でかけていた音楽もはいっているぞ」
音楽が流れ出す。ん?これって…バイオグラフィーのシーク・アンド・デストロイ!?思いっきりデスメタルじゃねえか!!しかもかなり古いし!!キューピッド達の讃美歌がデスメタルかよ!!天使と真逆じゃねえか!!
音楽を聴いているうちに家までついた。俺が車を降りると何故かセバスチャンも一緒に降りてきた。ソフィアは車に残ったままだ。なんなんだ?なにか俺に言いたいことでもあるのだろうか?
「家までおくっていただいてありがとうございました。本当に助かりました」
「いいんだよ。それより君にお願いがあるんだよ」
「お願い?」
セバスチャンは俺に向かって頭を下げた。
「花子はちょっと変わった子だけど、とってもいい子なんだ。頼むから友達になってあげてくれ。あの子のことをよろしくたのむ」
「あ、頭を上げてください!!それに、ソフィアはどう思っているかわかりませんが俺はもうあいつの友達のつもりですよ!!」
「そうかそうか。君はとってもいい子なんだね。君みたいな子が同じクラスなら安心だ」
そういってセバスチャンはニッコリと笑った。その笑顔には一点の曇りも見られない。多分、セバスチャンは俺の嘘に気付いていたんだろう。この人はとても善良な人間だ。そして、孫であるソフィアのことをとても心配しているのが伝わった。
「セバスチャン☆なにしているの★もう帰ろうよ♪」
「ああ、そうだね。じゃあ、君もまたね」
「はい。今日はありがとうございました。ソフィアもまた明日な」
時間は7時過ぎ。世界も部活から帰ってきた。今日の食事当番は俺なので夕飯の準備をする。両親はやっぱり仕事で帰らない。今日のご飯はお好み焼きだ。俺たち兄妹はマヨネーズが嫌いなのでお好み焼きにかけるのはソースと青海苔のかつおぶしだけだ。部屋にお好み焼きのいい匂いが充満する。夕飯を食べながら今日の出来事について話をした。
「ふ~ん。ソフィアちゃんのおじいちゃんに車で送って貰ったんだ。よかったね」
「ああ。ベンツだったからびびったよ。あいつの家は金持ちなのかな?」
「うん。加奈ちゃんに教えてもらったけど、ソフィアちゃんのお父さんはどっかの会社の社長をやってるんだって。おじいさんは会長だっていってたかな」
へ~。あのステテコじいさんがね。人はみかけによらないってことか。父親が社長をやってるってことは、ソフィアは社長令嬢か。似あわねえな。
「そういえば、ソフィアってクラスでどういう評判だ?昼休みには誰も話しかけようとしてなかっただろう。明日からいじめが始まったりしないよな?」
「う~ん。多分、いじめは起こらないと思うよ。皆ソフィアちゃんを無視してるっていうよりは、どう接すればいいかわからないって感じだから。言動は変だけど、人懐っこいいい子だったし。きっかけがあれば仲良くなれると思うんだけどね」
「きっかけか…」
「うん。まあ、あたしも積極的にソフィアちゃんに話しかけるようにするよ。お兄ちゃんも話してあげて。同じ厨二病同士話もあうでしょう」
「ああ」
…厨二病か。確かに俺は厨二病だ。それは俺も自分で認めている。でも、ソフィアを厨二病といっていいものだろうか。厨二病暦が長い俺だからこそわかる。あいつにはどこか違和感を感じる。どこがおかしいかはわからないんだけど、ただの厨二病だとは思えない。
「ソフィアちゃんにたくさん友達ができるといいね」
×××
翌日、今日の天気も曇りだった。ここ一週間太陽の光をみていない。天気予報によるとまだ曇り空は続くようだ。太陽を暫くみれそうにない。学校に登校するとそれなりの人数が教室にいた。世界は既に教室にいるがソフィアはまだ学校にきていないみたいだ。世界はいつもの女子の中心グループとお喋りしている。
「ねえ、今日のお昼はソフィアちゃんも誘って食べない?あの子、とってもいい子だと思うんだけど」
世界の言葉に今まで笑顔だった女子達がその顔を曇らせあいまいな笑顔を浮かべる。
「え、えーと、ちょっと遠慮したいかな?仲良くするのはいいことなんだとおもうんだけど…」
「え~?なんで?」
「う~ん、なんていうか何を話せばいいかわかんないし。あたしたちと話も合わなそうじゃない?それに、ちょっと不気味だし…」
その時、扉の方から音が聞こえた。扉の方に顔を向けると、ソフィアが涙目になって立ち尽くしていた。おそらく、さっきの女子の言葉を聞いてしまったのだろう。クラス中の視線が集まる中、その視線から逃げるようにソフィアは走りさっていった。
「ソフィアちゃん!!」
「世界はここにいろ!!俺が行く!!加奈ちゃんには上手く説明しておけ」
ソフィアを探して学校中を走りまわった。途中、なんどか教師に呼び止められたが無視して全力でソフィアを探した。別にソフィアを好きだからとか可愛い女の子だからといって探し回っているわけではない。別に俺が探さなくてもよかっただろう。ただ、俺はセバスチャンに言われたのだ、「よろしくたのむ」と。だったら、俺があいつを探してやるべきだ。セバスチャンには車で家までおくってもらった。だから、その恩ぐらいは返すべきなのだ。学校中をさがしていたら、ソフィアはあっさりと見つかった。ソフィアは体育館の裏で体育座りをしてうつむいていた。俺は無言で彼女の隣に座る。ソフィアは人の気配を感じたのかチラリとこちらを見る。俺だとわかると再びうつむき、無言を貫いた。俺も何も言わず、ただ彼女の隣に座っていた。10分たったころだろう、ソフィアが顔を上げて口を開いた。
「…聞きたいことがあるんだよ☆」
「聞きたい事?なんだよ」
「…クラスの人達が言ってたけど、貴方って厨二病で友達がいないんでしょ?それって辛くないの?」
フィアの言葉には☆や♪がなかった。つまり、これはソフィアとしての言葉じゃなくてこいつの本名である山田花子としての言葉なんだろう。だから、俺も真剣に答える。
「別に辛くないよ。たまに悲しくなる時はあるけど、そこまで嫌なわけでもない。まあ、クラスには妹もいるしな」
「ああ、世界ちゃんのことか。あの子、いい子だね。あなたの妹とは思えないくらい」
「ああ。自慢の妹だ。それよりいいのか?天使様の言葉じゃなくなっているぞ」
「うん、もういいの。別に本気で言ってるわけじなかったし」
「じゃあ、やっぱりあれはキャラ設定ってやつ?」
「当たり前でしょう?本気で天使とか言っていたらただの頭がおかしいやつじゃない。私の頭はまともなのよ」
やっぱりか。こいつは厨二病なんかじゃなかった。厨二病の人間は本気で自分が特別な人間だと思っている。自分は普通の人間とは違うと思い込んでいるのだ。その考えはある意味、傲慢だとも言えるだろう。こいつには厨二病特有の傲慢さが感じられない。まるで、ソフィア・クロスベルという役柄を演じているようだった。
「じゃあ、なんであんなキャラだったんだよ。あきらかにおかしいだろう」
俺の質問には答えず、花子は空を見上げた。つられて俺も見る。天気はどんより曇り空、今にも雨が降りそうだった。なんでかは分からない。でも、俺には花子の心の中と一緒のように感じた。
「…あたしさ、小学校の頃はすごい苛められてたんだよね」
「いじめ?」
「うん。私、すごい人見知りする子供でさ。しかも内気だったから友達が上手く作れなくてね。それにパパが会社の社長をやっているから嫉妬の感情もあったのかもしれない。それに私可愛いでしょう?だから余計にね」
最後の言葉だけは冗談めいて笑いの感情が含まれていた。だから俺もその冗談に乗ってやる。
「バーカ!そういうのは自分でいうもんじゃねえんだよ」
そうかもねと花子は笑った後、話を続けた。
「色々やられたなあ。無視は当たり前、上履きには大抵画鋲がはいっていたし、ノートや教科書がゴミ箱に入っているなんて日常茶飯事だった。でもね、一番辛かったのは名前をバカにされたことなんだよね。私の名前は花子っていうでしょ?これ、おじいちゃんがつけてくれた名前なんだ。私、おじいちゃんのこと大好きだからさ、名前のことを言われるのだけは許せなかった。だから、名前のことをいわれるといつもトイレに逃げ込んでたっけ。そのせいもあって、小学校時代はトイレの花子さんって呼ばれていたんだ」
「それでさっきは涙目になったのか」
「うん。最後の方はお化けみたいに扱われていたから。不気味って言葉で小学校時代を思い出しちゃって。もう気にしてないんだけどね」
「じゃあ、ひょとして海外に行ったのも?」
「そうだよ。パパの仕事の都合もあったけど、私の苛めを心配したパパとママが転校を進めてきたの。海外なら友達も出来るだろうって。幸い、英語は話せたし二つ返事で了解したわ。おかげで少ない数だけど友達も出来た。高校生になって、パパの海外での仕事も終わって日本に戻ってきて今にいたるってわけ。これで私の話はおしまい」
「なんで天使キャラをやろうと思ったんだ?」
「…悪い言い方だけど、日本人は海外の人と違って陰湿なんだよね。向こうでは気に入らないことがあれば正面から言ってくる。だけど、日本人はその場では笑顔でやり過ごして後で陰口を言ったりするでしょ?少なくとも、小学校時代の女の子達はそうだった。だから、どうやって学校生活を送ればいいかわからなくてさ。そんな時、向こうのテレビで見た日本の番組でアイドルの人がこういう風にキャラを作っているのを見てね。これなら私も受け入れられるかなと思ったんだ。結局ダメだったけど」
小倉○子のことか。花子さん、それかなり古いですよ。何年前のことだよ!!
「そうなんか。でも、なんでこんなこと俺に話すんだ?ひょっとしたら、その情報も陰口に使われるかもしれないだろう?」
「あんたには話す友達がいないでしょうに。せいぜい、話すとしても世界ちゃんぐらいでしょう?あの子は悪口なんか言わない子だと思っている。私、これでも人を見る目はあるんだよ。勿論、あんたもいい奴だって思っているけどね」
最後の言葉にちょっと驚く。俺、意外に高評価だったんだ。ちょっと照れるわ。なんていえばいいかわからなくて、言葉に詰まった。
「だけど、もう私の高校生活もおしまい。結局私はソフィアとしても花子としても駄目だった。あんたみたいに友達をつくらずひっそりと生きていく事にするよ。そうすれば、少なくとも苛められることはないと思うしね」
花子の言葉を聞いた時、違和感を感じた。こいつは間違っているし、それを自覚していない。俺は爺さんにこいつを頼まれた。だったら、俺がこいつを導いてやるよ!!
「なあ。お前は間違っているよ。それを俺が訂正してやる」
「え?」
「確かにお前はソフィアとしては受け入れられなかったかもしれない。でもよ、まだ花子としてクラスメイトの前に立ったわけじゃないだろう?だったら、勝手に悲観して1人で塞ぎこんでんじゃねえよ」
「無理だよ。昨日まで天使です☆とか言ってた人間が何を言っても受け入れて貰えない。人間は一度異端と認定したものを排除しようとする生き物だから。よく言うでしょ?第一印象は大切だって。第一印象が最悪の人間は何をやっても駄目ってことなのよ」
「…まだクラスメイトと話したわけでもないだろう?勝手にネガティブになってんじゃねえよ」
「話さなくてもわかるわよ。小学校時代に一度体験したことだもの。それに私のフルネームは山田花子よ?苛めのかっこうの材料じゃない」
先ほどからこいつの態度には酷くイラついた。さっきまではわからなかったけど、なんでイラつくのかようやくわかった。こいつは俺自身なのだ。俺も中学の時、こいつほどではないが苛められたことがある。でも、俺には世界という妹がいた。最愛の妹がいたおかげでひねくれることなく成長することができた。もし、世界がいなかったら俺も花子みたいになっていたかもしれない。勝手に諦めて、勝手に絶望して1人で塞ぎこむ。まるで自分の無様な鏡をみているみたいだ。
「…お前、名前のことを言われるのだけは許せなかったって言ったよな?なら、なんでソフィアなんて名乗ったんだ?」
「それはキャラ設定のために…」
「そうじゃねえだろ!!お前は自分の名前が恥ずかしかったんだろう!?山田花子って名乗りたくなかったんだろう!?自分の名前が本当に好きならな、偽名なんて使わないんだよ!!結局、誰よりも名前のことを気にしているのはお前自身なんだよ!!」
「わかったようなこといわないでよ!!あなたに私の気持ちがわかるの!?日本で名前を言うと大抵の人は笑うわ!!私の名前なのに、陰でこそこそと悪口をいうのよ!?そんな環境で育ったら、自分の名前が好きになれるわけないでしょ!!」
「俺は少なくとも笑わない!お前がソフィアだろうと花子だろうと名前のことをバカにしたりなんかしない!世界だってそうだ!!加奈ちゃんだってそうだったろう!?2年1組のみんなはお前の本名を知ってる。それでも、お前の名前について悪くいうやつなんて1人もいなかった。花子は人を見る目には自信があるんだろう?だったら、俺たちのことを信じてみろよ」
「だって、だって…」
花子の大きな瞳に涙がたまる。本当に今にも泣き出しそうな子供のようだった。
「もしお前の名前をバカにするやつがいたら俺がそいつを殴ってやる。俺だけはお前の味方でいてやる。それに俺は強いんだぜ?なにせ俺の右手には魔神が、左手には闘神が封じられているからな!!」
俺の言葉に花子はポカーンと呆気にとられたていた。やがて、彼女は涙を流す。その涙は冷たい涙ではない。笑いの感情が含まれた、でもどこか呆れているかのような暖かい涙だった。
「あなたは本当に厨二病なんだね。真剣に聞いて損したよ。バ~カ!!」
「なんだと!?人の悪口をいうとは何事だ!」
そういった花子の表情は笑顔だった。涙を流しているのに幼い子供がするような無邪気な笑顔だった。
「あ!太陽だ!!」
花子の言葉で空を見上げる。そこには一週間ぶりの太陽があった。さっきまでの曇り空が嘘のように、太陽が煌々と輝いていた。まるで花子の心と連動するかのようにその存在を主張していた。俺たちは黙って青空を見ていた。10分いや、20分はたったころだろうか。花子が立ち上がり歩き出した。
「今日はもう帰るよ。今から教室に戻っても変な空気になるだろうし。それにまだ覚悟が決まんないんだよね。でも、明日は楽しみにしていてね」
「そうか。車に気をつけるんだぞ。それと不審者にもな。お前はただでさえ小学生のような外見なんだからな」
「子供扱いすんな!まったく、失礼しちゃうわ!!」
花子はプリプリと怒りながら歩き出す。暫くその後ろ姿を眺めていたが、花子が突然俺のほうに振り返った。
「ありがとう宇宙!宇宙のクラスに転校できてよかったよ!!」
そういって花子は走り出した。その後ろ姿はもう確認できない。あいつ、初めて俺の名前を…。なんだか子供が成長したのを見たときの父親のような心境だ。これが親って気持ちなのかもしれない。俺は立ち上がり、教室に戻る。勿論、先生達に叱られました。放課後は生徒指導室で説教だそうです。
×××
翌日、天気予報は大外れ。今日は雲ひとつない快晴だ。今日は珍しく妹と一緒に登校だ。教室に着き自分の席に座り妹と会話をする。花子はまだ来ていないみたいだ。
「ソフィアちゃん、大丈夫かな?お兄ちゃんが昨日フォローしたんだよね?」
「…あいつはソフィアじゃなくて花子だよ。それにあいつならもう大丈夫だ。多分、あいつは自分から動くよ」
「え?それってどういう意味よ?」
妹の追及をはぐらかしていると花子がやってきた。一瞬、空気がおかしな感じになる。だけど、花子はそれを気にせず黙って自分の席に座った。
「あ、ソフィアちゃ「やめとけ!」」
花子のそばにいこうとする世界を止める。
「え?」
「あいつは大丈夫だっていっただろう?お兄ちゃんを信じろ!」
「…わかった。お兄ちゃんがそういうなら、あたしは信じるよ」
その後、加奈ちゃんがきてホームルームが始まった。朝の伝達事項を俺たちに伝え、もうホームルームが終わりそうな頃、花子が黙って手を上げた。
「え~と、な~に?何か言いたいことがあるのかな~?」
「はい。少し時間をもらってもいいでしょうか」
その言葉には☆や♪などの記号は含まれていない。ソフィア・クロスベルとしてではなく、山田花子としての言葉だった。加奈ちゃんも花子の変化を感づいたのだろう。戸惑いながらも了承の返事をした。花子は静かに立ち上がりクラスメイト達を見渡す。皆の視線が花子に集中する。花子は一瞬、それらの視線に怯えたような表情をしたが覚悟を決めた。
「あの、私、私は…」
本来は内気な少女だ。海外でも友達は少なかったみたいだし、この視線はきついのだろう。戸惑う花子と目があった。だから勇気づけるように、俺は味方だと伝わるようにゆっくりと頷いた。花子もこくんと頷き返す。
「私の名前は山田花子です!アメリカの学校から転校してきました!!今日は学校まで車できました!!デスメタルを趣味で聞いてます!!みなさん、私と仲良くしてください!!」
教室に一瞬だけ沈黙が流れる。だが、その沈黙を壊すかのように世界が大きな拍手をした。続いて俺も。拍手はクラスメイト達に伝染し、万雷の拍手となる。多分、今日この時初めて山田花子という女の子は転校してきたのだろう。初めて俺たち2年1組の一員となったのだ。花子は感極まってしまったのだろう。その場で立ち尽くして笑いながら泣いていた。そんな花子に、みんなは温かい目を向けている。加奈ちゃんなんかもらい泣きをしている。よかった。これであいつは大丈夫だ。友達もたくさん出来るだろう。あいつの笑顔は最高のご褒美だった。
その後の話を少し語ろう。花子には案の定、たくさんの友達が出来た。今ではクラスの妹分として男女関係なく好かれている。え?俺はどうなんだって?ええ、相変わらず1人ですよ。別に悲しくなんかないもん!もう慣れたし…
「今回はご苦労様!やっぱりお兄ちゃんはスゴイね!!花子ちゃんを救っちゃうんだもん」
その素直な賞賛に少し照れてしまう。それに俺に花子を救ったつもりはない。
「…俺に花子を救ったつもりはないよ。それに多分、俺が救いたかったのは過去の自分だから。だから、誉められる理由なんて一つもない。世界は兄ちゃんをかいかぶりすぎだ」
「そうかしら?理由がどうあれ、花子ちゃんが救われたのは間違いないわ。お兄ちゃんはもう少し自慢をしていいと思うけどね」
そう言って世界は花子を呼び寄せた。花子は俺のそばに来ると照れたように言った。
「あ、あの、その、宇宙は携帯もっている?」
「ん?ああ、持っているぞ。アドレス帳には3件しか登録してないがな」
妹と父と母の3件だけ。この携帯は悲しすぎる。俺、なんで生きているんだろう?
「なんか…ごめんね?そんなつもりじゃなかったんだけど…」
世界も花子も気まずそうに視線をそらした。同情の目が痛い!!
「だから…それに一つ追加してあげる!!」
「え?それってどういう…」
「これ、私のアドレスだから。暇な時いつでもメールして。私の味方なんでしょう?」
満面の笑顔で言う花子に言葉を返すことが出来なかった。世界をチラリと見ると花子同様に満面の笑みだった。だから、俺も満面の笑顔で言う。
「ああ!!これからもよろしくな!!!」
俺に初めての友達が出来ました!!
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