今日はゴールデンウィーク2日目。俺の気分は今日の天気同様、晴れ渡る青空のようにご機嫌だ。何せ学校に行かなくていいのだ。あの地獄のような孤独空間…げふん、げふん。いや、戦士の俺にとって休日は大切な安息日。警戒心をとける唯一の日なのだ。ゴールデンウィークがずっと続けばいいのにな…
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
俺の安息日を邪魔したのは双子の妹の世界。愛すべき妹だ。
「ダメだ。今ちょっと忙しいから」
「寝ているだけじゃない。忙しそうには見えないけど?」
「寝るのに忙しいんだよ」
全く、俺の睡眠を邪魔するとは…。温厚な俺だから良かったものの、もう一人の俺だったら世界が滅んでいたぞ。
「はいはい。おふざけはいいから。それよりどうせ暇でしょ?あたしの親友を駅まで迎えにいって欲しいんだよね。中学の時によく家に来ていた子なんだけど…」
「なんで暇って決めつけるんだよ…」
「じゃあ予定があるの?」
「………ないけど」
確かに用事はないし、やることもない。むしろゴールデンウィークはずっと家にいるつもりだ。しかし、今日はゴロゴロすると昨日から決めていたのだ。いくら妹の頼みだといえ面倒臭い。
「第一、なんで俺が迎えにいかなゃいけないんだよ。お前の親友なんだろう?」
「しょうがないじゃない。その子がお兄ちゃんに迎えに来て欲しいっていってんだから」
「な、何~!?」
おいおいおい、ついに来たのか?これがモテ期ってやつか!中学の時に家に来てた子だろ?確か他校生でショートカットの美少女だったような…
「ま、まあ、どうしてもって言うのなら迎えに行ってやらんこともないかな。あ、そうだ!今日は駅に用事があったんだ。うん、どうせついでだ。仕方ないから行ってやるよ」
「…お兄ちゃんってさ、呆れるほど単純だよね。まあ、迎えに行ってくれるんなら何でもいいや。じゃあよろしくね」
「おう!お兄ちゃんに任せておけ!!」
というわけで駅に行くことになった。今から来る子の名前は優ちゃんというらしい。中学時代に妹と同じ塾だったらしく、その時以来の親友だと妹が言っていた。今は全寮制の学校に通っているそうで、ゴールデンウィークを利用して久々に妹に会いにきたみたいだ。そういえば、家に来ているときに何度か挨拶をされた覚えがある。声がちょっとハスキーな感じで、挨拶をするたびに可愛い顔を真っ赤にしてたっけ。あれ?これってフラグ立ってたのかな?
「あの~宇宙さんですよね?」
声のした方を見るとそこには美少女がいた。ショートカットの黒い髪、人を魅了する可愛い笑顔、透き通るような白い肌を持つ妹に負けず劣らずの美少女だった。ユニセックスな格好が彼女の魅力をより引き立てている。
「あ、ああ。俺が宇宙だけど。えっと、君は?」
「やっぱり!うわぁ~、全然変わってないですね。僕の記憶にある通りで安心しました!!あ、でも身長は大きくなったかな?」
ぼ、僕っ娘だと~!?まさか現実に存在するとは…。二次元だけだと思ってたぜ。ていうか、俺今体を触られてるよな?妹以外の女の子に触られるなんて初めてだぜ。やべ、緊張してきた。
「ええと、じゃあ君が妹の親友の子なのかな?」
「はい!優って言います!!迎えに来ていただいてありがとうございます!!」
「いや、それは別にいいんだけど…。え、えっと、じゃあ家に行こうか?」
「はい!!」
やばいよこの子。超可愛いよ。いい匂いだな~。シャンプー何使ってんのかな。フローラルな香りがするよ~!!
家までの道中は沈黙が流れていた。俺は何を話せばいいのか分からず、優ちゃんはご機嫌な様子で鼻唄を歌っているだけで二人の間に会話は無かった。何を話題にすればいいのかな?妹以外の女の子と会話するなんて久しくなかったからな。邪神様の素晴らしさについてじゃだめかな?…だめだろうな~。そういえば…
「あのさ、優ちゃんは何で俺に迎えにきて欲しいって妹に頼んだの?」
「…ひょっとして、ご迷惑でしたか?」
不安げな優ちゃんも可愛いな~。チワワみたい。一日中撫で回してたいぜ。
「いや、そんなことはないんだけどさ。ただ、どうしてかなと思ってね」
「…実は世界ちゃんに内緒で、宇宙さんに相談したいことがあるんです」
「相談したいこと?」
世界に内緒で?何だろうな~?…はっ!ま、まさか、俺のことを好きだとかそういうことか?妹に内緒で俺と付き合いたいとか?…いや、ないな。自慢じゃないが前世での俺ならともかく、現世での俺がこんな可愛い子に好かれるとか考えられない。
「はい。真剣な話なんです。だめですか?」
「…別にいいけど」
上目使いで目をウルウルさせている優ちゃんのお願いを断れる男が存在するだろうか?いや、いるはずがない。たとえ邪神様のお祈りの最中だとしても言う事を聞いちゃうね。うん。可愛いは正義だ!
「良かった!ありがとうございます!!」
道中に話すことではないらしいので、詳しい話は家についてからということになった。優ちゃんはかなり思いつめていたようで、俺がOKの返事をすると嬉しそうに笑った。可愛いな~。
「優ちゃん久しぶり!!元気だった?」
「うん。元気だよ!!世界ちゃんは相変わらず可愛いね。久しぶりに会えて僕は嬉しいよ!!」
世界と優ちゃんの親友同士は抱擁をして久しぶりの再会を喜んでいる。うむ。美少女同士が抱き合う光景は絵になるな。俺の持つ能力の一つである"全てを記憶する万能の目"《シャッター・アイ》により脳内に永久保存が決定だ。
「お兄ちゃんも出迎えありがとうね。飲み物用意するから二人ともリビングで待ってて!さっきクッキーも焼いておいたから、先に食べててね!」
優ちゃんと一緒にリビングに行きソファに座る。優ちゃんは色っぽくため息を吐いた後、俺に話しかけてきた。
「世界ちゃんは本当に可愛いですね。憧れるなー」
「ま、まあ妹も凄く美少女だけど、そ、そそそその優ちゃんも世界に負けないぐらいび、美少…いや、なんでもない」
もう、俺のバカ!!今言えればフラグが立ったかもしれないのに~!!なんで肝心なところで言葉が出ないんだ!!優ちゃんは不思議そうに首をかしげている。どうやら俺の最後の言葉は聞こえなかったみたいだ。
「お待たせ。紅茶だけどミルクとレモンどっちがいい?クッキーによく合うと思うよ」
ちょうどいいところで世界が来てくれた、ふぅー、助かったぜ。これ以上優ちゃんに俺の不振な行動を見られたくない。せっかく美少女と知り合う機会が出来たのだ。このチャンスを逃すほど俺は愚かではない。というより、優ちゃんに一目惚れしちゃいました☆もう決めた!!邪神様に誓って、俺の童貞は優ちゃんに捧げる!!今夜こそ~優ちゃんを~落としてみせ~る♪
「僕はミルクがいいな。ありがとうね、世界ちゃん」
「ううん、こんなことなんでもないよ。優ちゃんがミルクだからお兄ちゃんはレモンでいいよね?」
「ああ。俺はなんでもいいよ」
お茶会が始まった。世界と優ちゃんは楽しそうにお喋りをしている。俺が女の子の会話に入れるはずがなく、二人が喋っている間はひたすら優ちゃんを見ていた。俺の視線に気付いたのか、優ちゃんが可愛らしくちょこんと首を傾げて俺に話しかけてきた。
「僕の顔に何かついてますか?あ、ひょっとしてミルクティーの方が良かったんですか?僕のミルクと宇宙さんのを交換しますか?」
ぼ、僕のミルク…エロい。俺の妄想力が急激に力を発揮する。
『宇宙さん。僕、妊娠したみたいなんです。おっぱいからミルクが出るようになって…』
『え!?妊娠?それってもしかして…俺の子?』
『あ、酷い!!僕は宇宙さん以外とそういうことをしたことないです。信じられませんか?だったら証拠を見せます!!』
そういうと優ちゃんはおもむろに服を脱ぎだし俺におっぱいを…
「お兄ちゃん!!ちょっとしっかりしてよ!!ぼーっとしちゃってどうしたのよ?」
世界の声で現実に戻った。危っね~!!思わず俺の息子が立ち上がるとこだったぜ。後数秒遅かったら大惨事になるところだった。
「いや、なんでもないんだ。ちょっと考え事をしていてな。やる事を思い出したから俺は部屋に戻るよ。二人は久しぶりに会うんだろう?だったら俺がいないほうが話もはずむだろう」
「そんなことないです!僕は宇宙さんともお喋りしたいですよ?」
「そうだよお兄ちゃん。せっかく優ちゃんもいるのに部屋に引きこもることないでしょうに。それになんで前かがみなの?腰でも痛めた?」
察しろよ、世界。お兄ちゃんの息子は立ち上がりはしなかったが、半分オッキしちゃったんだよ…
「いや、誘いはありがたいけどな。緊急に処理しなければいけないことが出来たんだ。また後でな」
さあて、部屋に戻って一発抜くか!!優ちゃんがいる時に抜くのは気が引けるが、優ちゃんの前でオッキするよりよっぽどマシだろう。緊急避難というやつだな。苦肉の策だが息子を静めるためには仕方ない。俺はルンルン気分で部屋にスキップをして戻ることにした。
部屋で賢者になっているとノックの音が聞こえた。時計を見ると結構な時間が経っていた。どうやら熱中しすぎたらしい。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「世界か。どうしたんだ?何か用か?」
世界が俺の部屋に足を踏み入れた瞬間、怪訝そうな顔をして俺に話しかけてきた。
「なんか…イカの臭いがする。お兄ちゃんイカでも部屋で食べたの?あれ?今家にイカなんてあったかな~?」
「そそそそそんなことないだろ!?それより俺に用があるんじゃないのか!?」
「あ、うん。優ちゃんは寮に住んでいるって話はしたでしょ?ゴールデンウィーク過ぎたら中々会えなくなっちゃうからさ。お土産にマフィンを作ろうと思ったんだけど材料が足りないのよ。買いにいってくるから、悪いんだけど優ちゃんの相手をして欲しいんだよね」
「別にいいぞ。リビングにいるんだろ?じゃあ、さっそく向かうか」
さりげなく妹を部屋から遠ざけつつ、俺は妹とともにリビングに向かった。
「じゃあ、ちょっと買い物にいってくるね。優ちゃんが好きなお菓子も買ってくるから悪いんだけどお兄ちゃんとお話でもしてて」
「うん、わかった。僕のことは気にしないでいいからゆっくり買い物してきてね」
「優ちゃんの言う通りあんまり急ぐなよ。車に気をつけるんだぞ」
優ちゃんと共に妹を見送った後リビングに戻る。部屋には沈黙が流れるが賢者を経験した俺は先ほどとは違う。勇気を持って自分から話しかけてみた。
「なんかせっかく来てくれたのにごめんね。世界も変なところで気が抜けているからなー」
「うふふふふ。そこも世界ちゃんの可愛いところなんですよ。それに、さっきも言ったとおり僕は全然気にしてませんよ?宇宙さんと二人っきりになれましたし…」
部屋には桃色の空気が流れる。こころなしか優ちゃんの顔が赤くなっている。おいおいおい、こんな空気は初めてだよ。どうすればいいんだ…こういう時に対応できない自分が憎い!!
「そ、そういえば、俺に相談したいことがあるんだっけ。世界もいないことだし、話してみないかい?」
俺のヘタレ!!妄想の中ではあんなにスマートに対応できたのに!!優ちゃんは笑顔から一変、深刻な顔になり俺の隣の席に座る。
「そうなんですよ。宇宙さんに聞きたいことがあって…」
あっれ~!?どうして優ちゃんは俺の太ももに手を置いたの!?襲ってくださいって合図なのかな!?ついに俺の童貞を卒業する日がきたのかな?いや、まてまて。ここは紳士的にいこう。
「なんでもいってよ。俺でよかったらいくらでも相談にのるよ」
「ありがとうございます!!…実は僕には好きな人がいるんです」
好きな人だと~!!フラグの回収きた~!!!!!!!
「す、好きな人って?」
「誰かは言えないんですけど、中学の時からずっと好きだったんです。中学の時からアピールしてたんですけど効果が無くて…。中学の時はその人の家に頻繁に遊びに行ったりしてたんですけど。今日だってその人に会いにきたんですよ?」
チラチラと俺を見ながら真っ赤な顔で話す優ちゃん。正直、その顔だけでご飯三杯はイケます。やばいよ、これは明らかに俺のことだろ!!じゃ、じゃあ、これって両想い?
「それって、ひょってして「本題はここからなんです!!」」
俺の言葉を遮るように優ちゃんが声を張り上げる。
「…話は変わりますけど、宇宙さんは同性愛についてどう思いますか?」
「え?同性愛?なんで?」
「いいから!!正直に答えてください!!」
あまりに優ちゃんが真剣な顔で話すから俺も正直に答えることにした。
「う~ん。まあ、別に偏見はないかな。当人同士が好きなら俺は祝福してあげるべきだと思うよ」
それにしても何でこんなことを俺に聞くんだ?ここは俺に優ちゃんが告白する場面じゃないのか?あれ?同性愛?も、もしかして、ひょっとして…
「あ、あのさ。間違ってたら悪いんだけど、ひょっとして優ちゃんの好きな人って…」
優ちゃんは恥ずかしそうにコクンと頷き、真剣な顔で俺に告白をする。
「はい。僕の好きな人は同性なんです」
な、何~!!!まさかのカミングアウトだよ!!ビックリだよ!!さっきまでの思わせぶりな態度はなんだったんだよ!!!!!!どうりで上手く行き過ぎているとおもったんだよな~。そうだよな、俺がこんな美少女にモテるはずないよな~。舞い上がっていた俺は悲しいピエロだよ。さようなら、俺の初恋。初恋は上手くいかないって本当だったんだな。邪神様より優ちゃんをとった俺への天罰かな…。すいませんでした、邪神様。俺がリア充になれるはずがないですよね。今日もリア充が爆発するようにあなたに祈りを捧げますよ。
「宇宙さん!?そんな虚ろな目をしてどうしたんですか!?まるで幸せの絶頂から一気に絶望に転げ落ちたような雰囲気ですよ!?」
「…いや、なんでもないんだ。ちょっと勘違いしちゃってただけだから。それで優ちゃんが好きな人は、優ちゃんが自分のことが好きだって知っているの?」
「はっきりとは伝えてないんですけど、今日もアピールし続けてますから好意は感じていると思います」
はあ、ショックだ。しかし、勝手に勘違いしていたのは俺だ。優ちゃんは何も悪くない。ここは真剣に相談に乗らなければなるまい。優ちゃんの話を聞く限り、間違いなく優ちゃんの好きな人って世界のことだよな。…優ちゃんと世界の百合カップルか。あれ?意外とアリな気がしてきたぞ。いや、イカンイカン!俺の煩悩よ去れ!!ここは真剣に答えよう。
「そうか。優ちゃんの好きな人が俺が想像している通りなら、そいつは優ちゃんが同性愛者だろうと気にしないと思う。同性愛者だからって差別するような奴じゃないよ。少なくとも、優ちゃんの想いが真剣ならそいつも真剣に答えてくれると思う」
「宇宙さん…僕、実は「ただいま~!」」
優ちゃんが何事かを言おうとした時、ちょうど妹が帰ってきた。優ちゃんはすっと俺のそばから離れると何事もなかったかのように妹を出迎える。
「おかえり、世界ちゃん。買いたいものは見つかった?」
「うん、見つかったよ!!いまから美味しいマフィンを作るからね!楽しみにしていてね!!」
楽しそうに会話する優ちゃんと世界を眺める。先ほどまでは美少女同士の微笑ましい光景にしか見えなかったが、優ちゃんの告白をきいたせいか、百合カップルがイチャついているようにしか見えない。
「お兄ちゃん、また前かがみになっているよ?本当に腰でもいためたの?気をつけたほうがいいよ」
俺の妄想力がすさまじくて困る。
その後も三人で楽しく会話をして過ごし、気がつけば優ちゃんが帰宅する時間になっていた。さりげなく優ちゃんを観察していたが、少なくとも今日は優ちゃんが妹に想いを伝える気はないようだ。優ちゃんを見送るために、俺と世界と優ちゃんの三人で駅へと向かう。
「今日はありがとう。とっても楽しかったよ。世界ちゃん達と遊べて本当によかったよ」
「あたしも久しぶりに会えて楽しかったよ。マフィンは日持ちすると思うけど、早めに食べてね。また休日になったら遊びにきてよ」
「うん。じゃあ、またね。宇宙さんもまた遊んでください」
「ああ、またな」
優ちゃんが電車に乗りこむ。優ちゃんが乗る電車は後3分は発車しないみたいだ。
「じゃあ、あたしたちもかえろっか。帰りに夕飯の買い物しようね」
「ああ」
世界と並んで家にむかって歩き出す。俺の中で何かがモヤモヤしていた。言葉に出来ないんだけど、なんだかひどくイラついた。
「…世界、ちょっと先に帰っておいてくれ。ちょっと寄る所がある」
「へ?ちょっと、お兄ちゃん!?」
世界を置いて俺は駅に向かって走り出した。腕時計を見ると電車が発車するまで後1分。全速力で走り、駅に着くなり大声で優ちゃんのことを呼ぶ。
「優ちゃん聞こえるか~!!話したいことがあるんだ!!」
「…宇宙さん?どうしたんですか?は、恥ずかしいですよ…」
俺の声が聞こえたのか、優ちゃんが恥ずかしそうに電車から降りてくる。
「優ちゃん、君に伝えたいことがあるんだ!!」
「伝えたい事?」
俺は真剣に、俺の想いが伝わるようにゆっくりと言葉をつむいだ。
「さっきの相談事のことだけど、優ちゃんは想いを伝えるべきだと思う。中学の時からその人のことが好きなんだろう?だったら、想いは伝えるべきだ。ひょっとしたら、断られるかもしれない。気持ち悪がられて距離を置かれるかもしれない。優ちゃんの恐怖はよくわかる。優ちゃんの場合、普通の片思いよりリスクが大きいと思う。実は俺も今日好きな人が出来たんだ。でも、その人は多分俺の想いを受け取ってはくれないと思う。その人には好きな人がいるんだ。俺も想いを伝えたいんだけど、コワくてコワくてしかたないんだ。でも、言うよ。このまま言わなかったら後悔すると思うんだ。だから、優ちゃんも好きな人に想いを伝えてほしい。何も言わないで片思いのままでいるより、想いを伝えた方が絶対にいいから。優ちゃんには後悔して欲しくないんだ」
プルルルルルルルルルルル
俺が優ちゃんに告白しようとした時、電車の発車音がなった。後、数秒もすれば優ちゃんは行ってしまう。その前に俺の想いを伝えなくてわ。目つぶり振られることを覚悟して言葉を紡ぐ。
「実は、お、俺…」
その時、唇にやわらかい感触を感じた。ましゅまろのように弾力があり、いつまでもむさぼっていたいと思うような柔らかい感触。驚いて目を開けると優ちゃんが逃げるように電車に乗るところだった。呆然とする俺を残して優ちゃんを乗せた電車は発車する。
想いは伝えられなかったけど、今思えばこれでよかったのかもしれない。それに俺は確かに聞いたのだ。優ちゃんは扉がしまる直前、俺に言った。「次にあった時は絶対に伝える」と。多分、世界は優ちゃんの告白を断るだろう。あいつは同性愛者ではないのだから。でも、世界は親友が同性愛者だからといって距離をおくようなやつではない。多分、これからも二人の友情は続くと思う。だから、これでよかったのだ。ふふふふふ。キスしちゃったぜ!ファーストキスだ!俺の想いは断られたけど、好きな人にファーストキスは捧げることは出来た。幸せだ。最後のキスは同情でしてくれたのかもしれないが、それでも俺は良かった。だから、これでいいのだ。
ふと地面を見ると学生証のような物が落ちていた。拾って中身を確認すると写真と共に中条優という名前が書いてあった。ああ、優ちゃんが落としたのか。そういえば優ちゃんのフルネームは初めて知ったな。妹に言えば優ちゃんの下へ学生証を届けてくれるだろう。学生証をポケットに入れて家に帰ることにした。
「お兄ちゃん、夕飯できたよ~」
「お~う。おっ、今日は餃子か。おいしそうだな」
両親は今日も仕事みたいだ。優ちゃんのことを話題にしながら世界と二人で夕飯を食べる。
「そういえば、優ちゃんを見送った後どこにいってたの?急に走り出すからビックリしたよ」
「…ちょっとな。どうしても言わなきゃいけないことがあったんだよ」
あ、そういえば学生証のことを言い忘れていた。世界を通して優ちゃんに伝えてもらわなければ。
「そういえば優ちゃん、学生証を忘れたみたいなんだよ。世界は優ちゃんが通っている学校知っているんだろう?わざわざ取りにこさせるのもなんだから、寮に郵便でおくってやろうぜ。世界から優ちゃんに学生証を送るって伝えといてくれよ」
「オッケー。後で電話しておくよ」
ポケットから優ちゃんの学生証を取り出し、何気なく学校名を見る。…ん?あれ?えっと、俺の目がおかしいのかな。ゴシゴシと目を擦りもう一度学生証に書かれている学校名を眺める。
「…なあ、この学生証間違えているよな。優ちゃんのじゃなかったのかな」
「ええ~?なんで~?ちょっとみせてよ」
世界は学生証を受け取り中身を確認する。
「うん。中条優って名前もあるし間違いなく優ちゃんのだよ。写真もちゃんと貼ってあるじゃない」
「だ、だって学校名が明らかにおかしいだろう…」
改めて俺は学生証に書かれた学校名を見る。そこには全寮制の男子高として有名な"貝原高等学校"の文字が書いてあった。
「ん?優ちゃんは男の子だし何も問題ないじゃない。何がおかしいのよ?」
あれ?今聞き捨てならない言葉があったぞ?
「世界、今の言葉もう一度いってくれ」
「え?何がおかしいのよ?」
「そこじゃない!!もうひとつまえ!!」
「ええと、優ちゃんは男の子だし何も問題ないじゃない?」
…男の子?優ちゃんが男の子?うっそ~!!!そんなの聞いてないよ~!!!そういえば、妹の親友だから女の子だと思っていたが、優ちゃんや妹から直接性別を聞いたことは無かった。ま、まじかよ…あんなにかわいいのに男なのかよ。うわぁ~、なんつーか、ショックだわ。あれ、そういえば、最後にお、俺…
「どうしたの、お兄ちゃん!?まるで死んだ魚のような目になったよ!?生きている気配が感じられないよ!?」
「ははは。ちょっと気分が悪くなったから休むわ。おやすみ」
こうして俺の初恋は終わりを告げた。
×××
世界ちゃんの日記
優ちゃんが帰ってからゴールデンウィークが終わるまでお兄ちゃんは部屋に引きこもってしまいました。時たま部屋から叫び声が聞こえ、部屋の扉に耳を当てると「俺の初…は男、ファースト…も男…」とブツブツと何事かを呟いてました。ゴールデンウィークが終わりお兄ちゃんが部屋から出てくるとお兄ちゃんは優ちゃんに関する記憶を失っていました。一体何が起きたのでしょう?