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No.31552の一覧
[0] 魔王降臨【モンハン×オリ】[周波数](2017/09/27 20:26)
[1] 一話目 魔王との"遭遇"[周波数](2017/09/27 20:26)
[2] 二話目 不可解な"飛竜"[周波数](2017/09/27 20:26)
[3] 三話目 冒険者の"常識"[周波数](2017/09/27 20:27)
[4] 四話目 暴君への"憧れ"[周波数](2017/09/27 20:27)
[5] 五話目 今できる"対策"[周波数](2017/09/27 20:27)
[6] 六話目 荒れ地の"悪魔"[周波数](2017/09/27 20:22)
[7] 七話目 舞い込む"情報"[周波数](2017/09/27 20:27)
[8] 八話目 激昂する"魔王"[周波数](2017/09/27 20:23)
[9] 九話目 混沌する"状況"[周波数](2017/09/27 20:28)
[10] 十話目 去らない"脅威"[周波数](2017/09/27 20:28)
[11] 十一話目 街道での"謁見"[周波数](2017/09/27 20:28)
[12] 十二話目 超戦略的"撤退"[周波数](2017/09/27 20:24)
[13] 十三話目 統括者の"本音"[周波数](2017/09/27 20:25)
[14] 十四話目 冒険者の"不安"[周波数](2017/09/27 20:29)
[15] 十五話目 逃亡者の"焦り"[周波数](2017/09/27 20:30)
[16] 十六話目 精一杯の"陽動"[周波数](2017/09/27 20:30)
[17] 十七話目 堅城壁の"小傷"[周波数](2017/09/27 20:30)
[18] 十八話目 攻城への"計画"[周波数](2017/09/27 20:31)
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[31552] 十六話目 精一杯の"陽動"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/09/27 20:30
「アアあぁぁ!! 耳が!!」

 大地を轟かす高音が街道に響き渡り、耳を閉じる間もなく直接聴いてしまった男が耳を狂ったように押さえつけて馬から転げ落ちる。辛うじて耳を塞いでいた冒険者達も、規格外な音量の咆哮に当てられて発狂した馬を抑えられずに多くが地面へと叩き付けられた。

 咄嗟の判断で指示を出したハンスによって護衛隊の面々は僅差で耳を塞ぐのが間に合った。その彼らは、馬が暴れまわる中耳を押さえて放心している冒険者達の姿を目の当たりにして息を飲んだ。止める事など到底出来やしない馬達は、悲鳴のように嘶き本能的な恐怖に駆られて止めに入る冒険者を蹴散らして一目散にこの場所を離れようと走り出す。しかしパニックに陥ってるためにあらぬ方向へと走り出す馬が続出した。
 人の指揮から外れた馬たちは、恐怖に駆られて我先に逃げようとする。しかしもはや目に見えている情報を認識する事もままならないのか、倒れ伏す冒険者を蹴散らし、馬同士でぶつかり合う者まで存在した。何とか振り落とされないように手綱を引きしがみ付こうとする2人の冒険者が乗る馬に発狂した他の馬が勢いよく衝突し、乗っていた2人が勢いよく地面へと投げ出さる。小柄な少女を抱きかかえながら地面を転がる大柄の冒険者は苦悶の呻き声を漏らした。
 
「グランド!? 大丈夫か、うぐっ」

 仲間が弾き飛ばされたのを目の当たりにした青年がふら付きながら彼らの元へ向かおうとする。だが普段ならば何事もないような小石に足元を取られ、体勢を立て直そうにも頭の中に響く猛烈な耳鳴りに感覚を狂わされて無様に地面へと倒れ伏した。
 半ば壊滅した冒険者の一団を驚愕に開かれた瞳に捉え、ハンスは染み出した汗に塗れた手を震える程に強く握った。冒険者達が折角引き連れてきた馬は"竜"の咆哮ひとつで容易く壊滅し、後に残ったのは当初よりも酷い混沌とした状況。これ以上ない最悪のタイミングで冒険者達と"竜"が出会ってしまい、そしてハンスはその状況を想定できておらず、防ぐことも出来はしなかった。事前に冒険者達と話をしておくだけでこれほどの事態にはならなかった筈だったのに、とハンスは自分の不甲斐なさに一番の憤りを覚えた。
 谷間を吹き抜ける風が急激に強くなり、地面に積もっていた砂塵が熱風に乗り冒険者達に容赦なく襲い掛かる。思わず彼らが目を覆う中、巻き上げられた砂の霧の中で砂色の剛角を携えた頭が容赦なく全員を見渡し、全ての元凶の唸り声が重く響き渡った。

「畜生ッ……アン、しっかりしろ!!」

 片腕でぐったりとした少女を抱きかかえ、背負っていた巨大な大剣を杖代わりにして大柄の男は立ち上がった。防具越しとは言え背中から肩にかけて強く地面に打ち付けており、剣に体重を掛けようとすると彼の右肩を容赦のない鈍痛が襲う。装飾が存在しない無骨な柄に置かれた手が小さく震え、薄く髭が伸ばされた頬に汗が伝う。
 敵意を隠そうともしない猛烈な威圧感が冒険者の一団から投げ出された2人を真正面から捉える。"竜"が一歩踏み出す毎に大地が揺れ、心臓の鼓動が一段と大きく感じられる。彼は地面に突き立てた大剣を引き抜き、男の腕から離れて立ち上がった少女は馬から転がり落ちた拍子に地面に投げ出されていた杖を拾い彼の脇に並び立った。大男が腕を伸ばして少女を背後へ下がらせようとするが、彼女は頑なに杖を構えたまま彼の脇を離れようとはしない。

「守られてばかりじゃダメだから……私は大丈夫」

 砂礫を乗せる熱風は勢いを弱めることなく街道を吹き荒れ全員の視界を砂色に染め上げていき、じわりじわりと一団と"竜"の距離が短くなっていく。ゆっくりと頭を振らしながら歩み進める"竜"から逃げるように冒険者達は後ずさりを始めるが、震える膝を止める事など出来ず腰が抜けて立ち上がれない者はただ恐怖に瞳を広げるばかり。前に取り残された2人は動くことすらままならず、今までに見たことすらも無い程の巨体を見上げた。
 護衛隊の最後尾でじりじりと後退を続けるハンスは、最後に残った煙幕玉を強く握りしめた。"竜"の警戒心が再び沸き起こった今、煙幕玉が手元に一つのみしか残っていないのは非常に心許なく、今は何も付けられていない腰のホルダーを彼は小さな舌打ちと共に睨みつけた。その視界の端に、前方に取り残された2人組が武器を構える姿を見つけたハンスは驚愕に息が止まり、間髪入れずに大声を張り上げた。

「手ェ出すんじゃねェ!!」

 ハンスの渾身の大声も、"竜"が軽く上げた唸り声が完全に覆い隠し、他の冒険者達も煽られるように震える手で己の武器を手に取り始める。杖、斧、弓に大剣、傍目に見ても"竜"の甲殻に傷を付けるのさえ困難と思えてしまう武器を構えた冒険者達を前にして、"竜"の細められた双眼が彼らの手に構える物を一つずつ見据え、段々と唸り声を大きな物としていく。

 護衛隊達が長剣を軽く構えていたのとは違い、冒険者達が各々に手に持つ装備はそのほとんどが"竜"へと向けられており、そして彼らを一通り見渡した"竜"の瞳が大きく開かれた。一度大きく首を振って2本の角が空高く掲げられて、先端が折れた砂色の剛角の断面が照り付ける日の光によって不気味な白さを帯びた。形状がバラバラな武器を構えた敵を前にしたことは"竜"にとって決して初めてなのではなく、むしろ下手な大型の敵よりも危険な存在なのだという事を経験から知ってしまっていた。再度角を一団へと向けて、"竜"は一歩大きく足を踏み出した。突き出された角は油断なく敵を捕らえ、踏み出していない方の足へと体重を掛けた。冒険者達は"竜"の動作に底知れない不安を抱き、ハンスは弾かれたように叫んだ。

「ヤベェ、走れッ!!」

 頭の中に湧き上がるのは同じような姿をした一角竜の姿。十年経とうとその姿はハンスの中に強烈に刻み込まれ、ハンスの声を聞くや否や護衛隊の面々が後ろを振り向くことなどせずに一斉に走り出した。
 低く唸り声を上げつつ、小さく翼を広げて頭をゆったりとした動作で右から左へと動かす。大きく開かれた翠色の目は目標を油断なく見据え、軸足に極限まで大きな力を込める。一団が一歩後ろに下がるよりも早く、溜めこまれた力が一気に解放されて大量の砂礫が"竜"の後方へとはじき出される。その瞬間、野太い足が地面を力強く捉え砂色の巨体が前方へと勢いよく走り出した。

「ッ!? "光よ"!!」

 砂塵を巻き上げ歩くのとは比較にならない速さで巨体が冒険者達へと肉薄し、最後尾に立つ少女が弾かれたように杖を前へと突き出して瞬時に魔法を唱えた。ズン、と連続した巨大な地響きが鳴り渡るのと同時に、巨体の眼前に輝く白い大きな球が現れて瞬時に冒険者達の視界が真っ白に染まる。
 杖を突き出した少女自身も自分が発した魔法の明るさに顔を覆うが、脇に立つ男が間髪入れずに小柄な彼女を脇に抱え走り出した。背後で"竜"の駆けだす音が鳴りやんだのを皆が理解した瞬間、冒険者達は一斉に"竜"とは反対側の方向へ走り出した。もはや武器を構える事などせずに一心不乱に腕を振って走る背後で、少女を抱えた大男が2人の近くで呆然とした様子で佇む一頭だけ残った馬の手綱を強引に引き寄せた。暴れまわる馬は首を絞めるかのような勢いで引かれた手綱によって強引に従わせられ短く嘶いた後に大人しくなり、その瞬間を見逃さず彼は馬の上に跨った。

「さあ行け!!」

 後ろに手慣れた動きで少女を座らせると、勢いよく馬の背を叩いた。驚いた馬が2人を乗せて地面を蹴りだすのと同時に、光に飲み込まれていた"竜"の唸り声が背後から再び響き始めた。
 地団駄を踏むかのように地面を大きく踏みつけ、目を慣らすように数度瞬くと、事前に数度強烈な白光に当てられた"竜"の瞳は驚くべき早さで視界を取り戻していく。晴れていく白い靄の中央に走り出した馬の姿が目に入り、その背に跨る白いローブを纏った少女を発見すると、翠色の双眼は彼女に焦点を絞った。再度目を焼かれる間際に杖を構えて光を放った者が纏っていたローブと同じ色だと理解した瞬間、"竜"の口の奥から白い息が漏れ始める。怒りに染まっていく"竜"は一度大きく瞬くと、ゆっくりと角を前へと向けた。怒りに震える彼の狙いは冒険者全てではなく、光を放った白いローブの少女へと絞られた。


 白息を咆哮と共に撒き散らし、再度"竜"は駆けだした。一段とスピードを上げた巨体は嵐のような風に煽られて出来た砂の霧を強引に切り裂いていく。おろおろと行き場を無くした馬たちが身体を揺らして駆ける巨体に軽々と弾き飛ばされていく。
 轟音に驚き後ろを振り向いた少女の目は、その背後から走り出す"竜"の翠色の双眼と視線が合わさったのを理解し、恐怖と驚愕で限界にまで開かれる。全力で駆ける馬は逃亡を始めた冒険者達の一団に追いつこうと懸命に足を動かすが、地震の如き音を響かせながら全力で駆ける巨体の速さにはどうやっても適わない。
 馬が正気を無くさないのが奇跡と思えるほどの地響きが伝わり、2人のすぐ後ろまで近づいた"竜"は走る速度を落とさずに頭を斜め上に掲げていく。走る体のバランスを崩さずに完全に上から彼らを見下すまで頭をもたげると、"竜"は角の先端を馬の背中へと向けた。

「チッ……追いつかれて堪るかよ!!」

 怒号と共に更に手綱を叩き付けるが馬の限界以上には決して速くならず、日に照らさる角の先端を見た少女は思わず前の男の背中に頭を押し付けた。

「早くするんだ、アン!! グランド!!」

 ふら付く体を無理やり起こして冒険者の一団の最後部を走る青年が、後ろを振り返り馬に跨った仲間の姿を見て叫ぶが、そのすぐ後ろにまで迫った巨体に息を詰まらせた。頭を振り上げた姿は唯でさえ大きな巨体を更に大きく見せ、口を開いたままの青年を強引に黙らす。振り上げられた角の狙いは既に定まり、"竜"は左足を大きく踏み抜いて突進の勢いを急激に緩め、大量の砂礫を前方へと飛ばした。それらは前を走る2人にも容赦なく襲い掛かり、急に背中に鋭い痛みを感じて振り返った大男は、大きく掲げられた角に言葉を失った。

 急に止めた左足を軸として、殺しきれなかった突進の余力により"竜"の体全体が大きく前へと突き出される。滑るようにして右足が弧を描きながら地面を爆音を響かせて削り、それらに付随して巨大な頭まで斜め下へと突き出された。ごう、と風を切るような音が鳴り、その剛角が馬の横から自身に襲い掛かる間近。青年が何か大きな声で叫び、大男が狂ったように手綱で馬を叩いて急かす中、少女は酷くゆっくりと周囲の光景が移り変わっていくかのように感じた。向けられた角は恐ろしいばかりではなく、陽光を反射して乳白色に光る様は荒々しさを内包して存外に美しく、彼女はその角が馬へと突き立てられる瞬間までまるで芸術品を見るかのような目で眺めていて――


* * *


「もっと穏やかに飛んでよ、落ちたらどうするのよ!! うわっ、また揺れた!!」

 ハンスに護衛隊の避難引率を頼み、王女と見張りの騎士の2人のみを無事に連れて帰り、さあハンス達の元に戻ろうとした所でトンだお荷物を引き連れてしまった。乾燥した空気を切り裂くようにして進む中、背中に背負った準装備の弓が当たらないようにしてイトに跨る女性が2名。片や見なければ良い物を眼下に広がる荒れ地の平原を見て絶叫を繰り返し、片やひたすら無言でイトの背中にしがみ付いている。
 イトへの褒美のサーディンを更に5尾追加し、自分と一緒に現場に急行したいと必死の交渉を持ちかけてくる女性冒険者2人をイトの背中へと乗せている。最初こそはイトに無駄な負担を掛けたくなく、更に彼女達が手負いに見えたために断ろうとはしたが、最終的には連れて行った方が得になると判断をした。なぜなら彼女達がグラシスのギルドでも屈指の強力な魔法使いであり、更には……

「ええとアリサ……さん? 君達は本当に"竜"を激昂させて生き延びられたのか?」
「しつこい、生き延びていなかったらあたし等はここには居ないよ!! あとその仏頂面でさん付け止めろ気色悪い、あんぎゃっ!?」

 背後に居るアリスと言う名の赤い短髪の冒険者は、全てを言い終える前にイトが急に高度を落とした為に、女性が出して良いとは到底思えない叫び声を上げた。別に強い向かい風も無く、フンスとイトが小さく嘶いた所から、どうやら彼がアリスの俺に対する微妙な悪口を強制的に終了させてくれたようだ。
 アリスとその後ろに同じくイトに乗っているリンという名の冒険者2人組は、彼女達の話を聞いたところゴンゾのパーティーの魔法使いであり、俺とハンスが探していた2人組その人であった。"竜"に対して惨敗を喫し、てっきり魔力が底をついて数日は到底戦えるような状況では無いと考えていたのだが、既に2人共魔力は半分近くは回復している……らしい。
 ハンスと合流した後は、皆をイトに乗せるなどという事は到底無理であるため、イト共々死なない程度に"竜"を陽動して撤退時間を稼ぐのだろうと予測はしているが、その際にこの2人に攻撃魔法を直接当てるのではなく、"竜"の足止めに使ってもらおうかと考えている。彼女達もパーティーメンバーを瀕死の重傷にした"竜"の危険性は俺以上に十分把握しているようで、攻撃魔法をサポートに使ってくれという頼みに対してあっさりと了解をしてくれた。

「君達はともかく、パーティー長のゴンゾは重症で病院送りになったんだろう? よくもまあアレを怒らせて死なずにすんだと思うんだが」
「そうね、ゴンゾはあの化け物の突き上げを正面から食らって地面に投げ出され、誰がどう見ても瀕死だったわよ。動かなくなった彼を見て興味を無くした魔物が去った後、アマネが半狂乱になりながら回復魔法を掛けて、それでも全治に幾らかかるか……」
「……彼の鎧が純ミスリル製だったのが幸いしました。鎧の中心に突き立てられた大きな角の跡が残ってましたが、でも生きててくれてよかったです」

 アリサの後ろの少女、リンが小さな声で囁くように言った。ミスリルと言うと、急所を覆う部分にのみ使うのが一般的であるが、鎧全部に使うとなるとかなりの金額になるのではと予想できる。値段が高い、加工が難しい、それ以上に希少であり量を揃えづらいと三重苦が詰まった代物であるが、衝撃に強くしなやかで頑丈であり、特に刺突攻撃に強いと言われる良質な金属だ。
 そのミスリル鋼の鎧に刺突で跡を残すとなると、もの凄い衝撃が必要になる。大の巨漢が長槍を振りかぶって突き立てても、余程の事が無い限り傷すらも付けられるかは怪しい。そんな"竜"の一撃を食らおうものなら、ゴンゾがもし普通の鉄製の鎧を身に纏っていたのでは胸に大穴が開くどころか、そのまま衝撃で身体が飛散してもおかしくは無い。

「そういえば、もう一人君達の仲間にはメンバーが居た筈だが、その人は大丈夫なのか?」
「カリマね……あたし達を先に逃がす為に魔物をゴンゾと一緒に引き付けて、直撃はしなかったものの、奴の突き上げに巻き込まれたのよ。幸い大けがはしなかったけど大事を取って入院してる。街を出る前に見舞いに行ったら、ぐっすりと寝てたよ……本当にみんな生きて帰れて良かった」

 数々の困難な依頼を容易く成功させてきた、街の中でもトップレベルの冒険者達でさえ"竜"に有効な手立てを組めなかったのかと思うと、いつか"竜"と戦いたいと思う身としてはまるで巨大な壁を前にしているかのような感覚を感じてしまう。
 そしてその一方でその2人が無事で良かったと聞くと俺はどこかホッとしていた。彼らとの接点など職業が冒険者である以外には見つからないが、しかしただの同業者であってもなるたけ死人がでたなどと言う話は聞きたく、それが命を落としやすい冒険者という職ならばなおさらだ。少なくとも危険な依頼の最中、命を落とした物が居ると聞いて気分を下げたくはない。

「ところでハンスさん、だっけ。アンタの仲間で先に王女様の護衛隊を引率しているのって。同じ冒険者だから会ったことはあるのかも知れないけど、龍種を連れているアンタ程は有名じゃなかったからね、どういう人なの?」
「ああ、彼についてはまだ分からないところも多いが、不思議と頼りになりそうな……オッサンだ。少なくとも俺は彼以上にあの街で頼りになりそうな人間を知らない」
「ふうん。アンタよりも一段低いBランクなのに、随分と評価が高いのね」

 未だ知り合ってから数日しか経っておらず、互いを知るには短すぎる時間ではあるが、俺はハンスに対して彼のランク以上に結構な信頼を置いている。何しろ数年前に同じような敵と戦い、スケールの違いはあれど確かな経験をを積んでいるのだ。冒険者の固定観念に囚われない彼の戦略やアドバイスはかなりの参考になるだろう。
 一度大きく深呼吸を吐き、前へ向き直った。イトが街道上を飛び続けること十数分が経ち、グラシスが近くにあることの目印として親しまれている巨大な台地が見えてきた。地上を馬で走っているのならばまるで広大な壁が眼前に広がっているように見えるのだろうが、街から移動する際には俺はイトに乗る以外の方法を採ったことが皆無に等しい。この台地の間を縫うようにして通る谷間は入り口から少し進んだ所で蛇行を始めるため、たとえ上空から見ても死角が多い。一体ハンス達がどこに居るのかは、近づいてみるまで分からないのだ。しかし曲がりくねっているのは今回に限っては欠点ではなく、あの"竜"の巨体が全力で走るにはちょうど良い障害になってくれるだろう。

 荒地と台地の境目付近は上昇気流の強弱の差が比較的大きいため、巻き込まれて飛行のバランスを崩してしまうと自分はともかく後ろ2人にはきついかもしれない。軽く手綱を引き、若干高度を上げるようにイトに指示を出すと、飛びなれてはいない後ろの2人を気遣ったのか、イトは普段よりもゆっくりと上昇し始めた。

「そろそろ目的地に着くが、何度も言うように奴に直接魔法をぶつけることは、こちらが指示したとき以外は行わないでくれ。遺恨はあるかもしれないが、"竜"を怒らせるとどうなるかは俺以上に2人共理解はしていると思う」
「当然よ。アタシもあんな危険な爆弾にもう一度火を付けようなんて思わないわ」
「……私たちは復讐ではなく一番に緊急依頼の達成、二番目に魔物を見極めるためにあなたに同行させて貰っています。皆さんが危険に陥ることは決してしないと事前に言った通りです」

 2人の口からは淀みなく同意の声が返ってきた。彼女達は最初に乗せてくれと持ちかけて来た時から俺の意見に対して大きな反論は行ってきてはおらず、自分が持っていたゴンゾのパーティーのイメージとは少し異なっていた。彼らは行き過ぎた騎士道精神、足を掬うような戦い方ではなく真正面から対峙するという、聞こえは良いかもしれないが実力が揃わないなら酷く危険な戦い方をしていたのだと聞いていた。

 魔法を正面から放ち、有無を言わさぬ間に魔剣の一撃で敵を葬り去る。まるで物語の英雄のような戦い方は彼らが相応の実力者であるから実現した物であり、冒険者達の羨望と嫉妬を集めた。そして4人の英雄たちは持ち前の正面からの戦い方を持って"竜"に挑み、見事なまでに粉砕された。"竜"は彼らの戦い方を否定し、そして彼らもそれを痛いほど分からせられたのだろう。仲間の敵を目の前にして自分たちの戦い方とは違う事をしろという提案に対してすぐに了承を出来る辺り、彼女達が才能だけの存在では無いのではと感じさせられる。

「全く、君達は凄い。戦略、それが特に自分の得意な物だったのを大きく変えろと言われてすぐに納得するなんて、そう簡単に出来る事じゃない」
「自慢じゃないけどあたし達は失敗を犯したことはそう多くは無いわ。でも失敗から何も学べない程馬鹿じゃない。それに最近あたし達は慢心を持ち過ぎていたのでしょ、出る杭は打たれるってね」

 どこか自嘲するかのような口調でアリサが言うのを聞きながら、ゆっくりと手綱を緩めていく。もしかしたら彼女達には俺とハンスの戦い方を説明しても見下すような事はないだろうという確信が胸の中に沸き起こる。ハンスの提案した彼女達を味方に引き入れるという案は、意外とすんなり決着しそうだ。

 広大な台地の上に差し掛かり、気流が乱れる荒地との境界を超えたため、イトはゆっくりと速度を落としながら降下していく。谷間の両脇の崖よりも少し高い位置に落ち着き、谷間道に沿いながら飛行を続ける。街道上ではどうやら自分たちの進行方向とは逆向きに風が吹いているらしく、目を凝らすと砂埃や枯草が風に流されていくのが見える。背中に照り付ける日光は相変わらず熱く、草が殆ど生えていない台地の上は想像以上に気温が高い。向かい風も生暖かい為に体温を逃がしてくれるような事は無く、額に浮かんだ汗が眉間を伝って滴り落ちた。イトはまだスタミナが尽きてないのか疲れた様子は見せていないが、元の生息地が湖水地方の龍種である為にこの暑さに参っているのは想像に難しくは無い。
 イトがカーブを曲がりながら飛ぶ際に体を内側に傾けるために、その都度後ろの2人の悲鳴が上がる。それを半ば無視しつつ目を凝らしながら街道の先を見つめるが、まだ入り口辺りであるためかハンス達の姿や、街に引き返す時に見つけた冒険者達の姿も見えない。もしかしたら彼らは既に合流を果たして共に馬での逃走を開始しているのかもしれない。

「そろそろいい加減に慣れたらどうなんだ。行きにハンスも乗せたが彼はそこまで驚いては居なかったぞ?」
「で、でもさ、やっぱ高い所は怖いじゃないか、ひっ!?」

 再度イトが身体を右に傾けて大きく曲り、アリサは悲鳴を上げる。確かにハンスは驚きはしていなかったが、スゲェスゲェと途中から楽しむかのように叫び声を上げており、彼女達の悲鳴とうるささに関しては大差無かったりするのだが。
 大きく右に方向転換した先には、少しの真っ直ぐな道の先に、おそらく谷間道では最大と思われる曲がり角が存在する。風で大きく煽られた砂煙によって残念ながら曲がり角の方までは見渡せないが、その地点が凡その街道の中間地点であるとされている。段々とその地点に近付くにつれて、砂煙が分散していき、街道上が少しだけ露わになっていく。そして一瞬街道の奥に日光とは違う白い光が瞬いた。

「なっ……ここまで追いかけて来たのか!?」

 薄れていく砂色の霧の奥には、同じ色をした巨大な物体の影が微かに覗く。街道の幅と比べておよそ半分、まるで縮尺の感覚がおかしくなりそうな巨体が道の奥に立ちはだかっている。その朧気に見える巨大な角の姿に、思わず息が詰まるような感覚を覚える。そしてハンス達や冒険者の一団の姿が未だ見えない事に底知れぬ不安を抱き始めた。
 街道上を疾走する"竜"はその角を生やした頭を振り上げ、地面を踏み荒らす音と共に微かに響く唸り声を発した。掲げられた角の先は眼下に見渡す街道に向けられているのだろうか、なぜか妙な寒気を感じた。どこかで見たかのような動きで、まるで何かに狙いを付けるかのように頭を固定させる"竜"の姿に、火炎龍に止めを差す瞬間の姿が頭の中に急激に浮かび上がってきた。

「ッ!? まずい、誰か狙われている!!」
「何だって!?」

 勢いよく手綱を引き"竜"の居る場所まで急行しろとイトを急かすが、高度を下げて速度を上げようとイトが胴体を下げた瞬間には振り上げられた頭が動き始めていた。まるで残像を残すかのように振り下ろされた頭は、砂煙に隠されて見えない街道上の"何か"を抉り飛ばす様に動き、殺しきれなかった反動によって反対側へと突き上げられ、立ち込める砂塵の上にまた2本の角が姿を現す。
 間を置かずに不明瞭な視界の奥から茶色い何かが弾き飛ばされ何度か勢いよく地面をバウンドし、その物体が最後に大きく跳ねて地面に打ち付けられ止まると同時に、砂の霧の奥から何かが駆け出てきた。懸命に腕を振って街道を走るのは、蒼い防具を纏った一団や、統一されてない服装の冒険者と思われる集団だった。投げ出された茶色い物体は、すっかり砂に塗れながらも地面に何かどす黒い物を垂れ流しているように見える。

「居たぞ!!」

 大きく声を張り上げると同時に地面を走る何人かが此方へと目を向ける。冒険者達は馬に跨り出発した筈だったが、誰一人と馬で逃げている者は居ない。彼らとの距離が狭まってくると、"竜"に弾き飛ばされた茶色い物体の正体が段々と明らかになっていった。茶色だった表面は赤黒い血で覆われ、力なく垂れ下がった尻尾が此方へと向けられている。冒険者の誰かが乗っていた馬なのだろうか、後ろ足はピンと張って伸ばされ、立派な体格だったはずの胴体が途中から消えてしまっている。
 力なく横たわる馬の下半身からは血が止め処なく流れだし、砂色の大地を小さく赤い色に染めていく。それを見て恐れる冒険者達の奥で、"竜"が朱に染まった角を揺らし、重く伸し掛かるような唸り声を響かせた。

「ネイスかッ、どんな手でもいいから奴を陽動してくれ!!」

 一団の先頭を駆ける護衛隊の面々の中に混じる冒険者、俺達を見つけたハンスが切羽詰った表情で叫んだ。彼の姿を見つけて安心したのも束の間、彼らの後ろには冒険者の一団が懸命に走り、更にその後ろには前へと向き直った"竜"が新たに現れた侵入者である俺達へと目を向けた。一瞬身が竦みそうになるが、震える手を無理やり動かして鞍の足元に括り付けた矢筒から一本の金属製の矢を引っ掴み、背負っていた折り畳み式の弓を展開して構える。
 貧弱な短弓から放たれる矢の一本程度では重厚な砂色の甲殻に間違いなく傷一つ付けられはしないだろう。いいとこ巨体の興味を自身へと向けるだけに過ぎない。それでも弓を引く手を緩めはせず、矢じりの先端を"竜"の頭へと向けた。地面を砕きながら走る"竜"と空中を疾走するイトの距離は瞬時に短くなり、限界まで引き絞られた弓からキリキリと音が鳴る。

「何でもいいから攻撃魔法の準備!! それとしっかりイトにしがみ付いて、絶対に振り落とされるな!!」

 矢を番える後ろでリンとアリサが詠唱を開始する。ただの一瞬でも良い、"竜"が標的をハンス達から俺達へと変える瞬間が一度でも来ればいい。叫びながら羽根を掴む手を緩め、その直後に手綱を手に取り大きく引いた。
 弓から解放された矢は一直線に巨体へと突き進み、目の前まで"竜"が迫った瞬間イトが大きく羽ばたいて高度を急激に上昇させた。後ろからは2人の今日一番の悲鳴が響き、流れるようにして変わる方向感覚や内臓が下に押し付けられるような苦痛に思わず呻き声が漏れ出すが、それに耐えてイトの背中へしがみ付き、"竜"の巨大な頭へと目を向けた。

 イトよりも早く"竜"へと到達した矢が頭の先端部分である口の外まで牙が生えた上あごへ到達する。鉄製の矢じりは2本の牙の間へと突き刺さろうと迫るが、その場所すらも覆う砂色の甲殻はいとも容易く衝撃を退けて矢はあらぬ方向へと弾き飛ばされた。しかし外敵の攻撃に当てられた痛覚はしっかりと"竜"へと伝わり、攻撃の発生源を見つけようと冒険者を蹴散らそうと走り続けていた足の動きに急な制止を掛けた。首を後ろにもたげた"竜"の目が、今しがた奴の身体を飛び越した俺達へと向けられ、ようやく期待していた瞬間が訪れた。前言撤回、いったん奴を極限まで怒らせて、こっちに無理やり意識を向けるのが最善だ。

「こっちを向いたぞ――顔だ!! 奴の顔にぶっ放せ!!」
「り、了解です!! "氷の槍"!!」
「あてないんじゃなかったのかよ!! チッ、"雷の矢"!!」

 2人が身体を大きく捻り、此方へと向けられた巨体な頭を標的にして術式を仕上げて杖を掲げると、その先端に片や荒地には場違いな冷気を纏った大きな氷柱が、片や陽光にも負けないほど輝きながらバチバチと音をたてる蒼い光球が現れる。初めてこれほどの近場で見る綺麗な魔法の姿に目を奪われるのも束の間、彼女達が同時に杖を振るった瞬間に2つの魔法が"竜"へ向けて飛び出した。
 光の帯を引いて突き進んだ2種類の魔法の矢は、放たれた途端に"竜"の角の付け根へと吸い込まれていく。俺達を見据えていた"竜"は、迫りくる2種類の光の矢に驚き、寸での所で目を固く瞑った。

 瞳を保護する無骨な甲殻に寸分の狂いなく2つの魔法が着弾し、砕かれた氷柱が冷気で目蓋を麻痺させ、蒼い雷が甲殻を黒く焦がす。予期せぬ衝撃に"竜"は堪らず大きくのけぞり、苦悶の呻き声を上げた。しかしいくら急所に魔法が決まろうと、俺は決して効果的なダメージを与えられたなどとは考えてはいない。
 敢えて挑発するかのように、苦痛を堪える"竜"から少し離れた場所で、急上昇させたイトを大きく旋回させる。ゆったりとした飛行で再び"竜"の姿を正面に置くころにはアリサとリンが既に次段の魔法の準備を終えており、ぎこちない動きで目蓋を少しずつ空けていく"竜"の様子を油断なく見つめていた。

「なりふり構っちゃあいられない。"竜"の標的を俺達に絞り続けさせる。もう少し協力してくれるか?」
「当然です。ここまで来て何もしないなどあり得ません」
「ああもうっ、アタシもリンに同じく、最後までやらせて貰うよ!!」

 2人の力強い同意を聞き、身体は少し震えつつもこの状況を楽しむかのような感情が胸の奥から湧いてくる。"竜"の侵攻は一時的に止まり、奴の目線は逃げ続けるハンス達ではなく巨体の先で滞空を続ける俺達の方へ向けられていく。"竜"が此方の挑発に乗り俺達へ攻撃対象を向けたら依頼は辛くも達成でき、挑発に乗らずハンス達へ"竜"が追いついてしまったならば失敗となる。
 遂に大きく開かれた翠色の瞳が完全に俺達の姿を捉えて、猛烈な怒気を示すかのように唸り声と共に白い息が口の中から漏れ出し始める。何とも恐ろしく逃げ出したくなる光景だと思いながら、いつか戦いたいと憧れる"竜"と対峙しているという高揚感が恐怖を上回り、思わず背筋に両方の意味で鳥肌が立つ。

 "竜"が怒りを露わにして届きもしない俺達へと角を振りかざし、離れていても腹の底に響いてくる咆哮を張り上げ、俺は意味もなく腰に差された剣を抜き放った。

「さあ、敵はここに居るぞ!!」

 騎士道精神の欠片も存在しない陽動作戦の開始だ。俺は胸の内で小さく笑った。


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