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No.31552の一覧
[0] 魔王降臨【モンハン×オリ】[周波数](2017/09/27 20:26)
[1] 一話目 魔王との"遭遇"[周波数](2017/09/27 20:26)
[2] 二話目 不可解な"飛竜"[周波数](2017/09/27 20:26)
[3] 三話目 冒険者の"常識"[周波数](2017/09/27 20:27)
[4] 四話目 暴君への"憧れ"[周波数](2017/09/27 20:27)
[5] 五話目 今できる"対策"[周波数](2017/09/27 20:27)
[6] 六話目 荒れ地の"悪魔"[周波数](2017/09/27 20:22)
[7] 七話目 舞い込む"情報"[周波数](2017/09/27 20:27)
[8] 八話目 激昂する"魔王"[周波数](2017/09/27 20:23)
[9] 九話目 混沌する"状況"[周波数](2017/09/27 20:28)
[10] 十話目 去らない"脅威"[周波数](2017/09/27 20:28)
[11] 十一話目 街道での"謁見"[周波数](2017/09/27 20:28)
[12] 十二話目 超戦略的"撤退"[周波数](2017/09/27 20:24)
[13] 十三話目 統括者の"本音"[周波数](2017/09/27 20:25)
[14] 十四話目 冒険者の"不安"[周波数](2017/09/27 20:29)
[15] 十五話目 逃亡者の"焦り"[周波数](2017/09/27 20:30)
[16] 十六話目 精一杯の"陽動"[周波数](2017/09/27 20:30)
[17] 十七話目 堅城壁の"小傷"[周波数](2017/09/27 20:30)
[18] 十八話目 攻城への"計画"[周波数](2017/09/27 20:31)
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[31552] 十四話目 冒険者の"不安"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/09/27 20:29
「そらッ!! もっと急げ!!」

 勇ましい声を上げながら、疾走する馬に跨った若い男が鞭をふるった。激しく砂埃を舞い散らせながら、馬は乗り手の指示のままに更に勢いよく地面を蹴り進んだ。そして蹄で蹴られた砂煙はゆっくりと空中を漂う暇もなく、後ろから続いて走ってくる別の馬によって押しのけられた。
 先頭を走る男に続いて10頭を超える馬が荒れ地の街道を駆け抜けていた。それに跨る彼らは、皆が立派な鎧に身を通し剣や弓、そして杖などの武器を携えている。馬が地面を蹴るたびに鞘に入れられた剣が金属質な音をたて、蹴散らされた砂が一団の後ろの方へ取り残される。

 丈の低い草がまばらに生えて、むき出しになった小さな岩が転がる荒れ地の中を通る街道。彼らが疾走するその先には横にひどく長く伸びた岩山が聳え立っている。地盤そのものがせりあがったかのような広大な台地はまるで崖のように切り立った急斜面で荒れ地と隔たれている。急な斜面で地上と台地を隔てる様はさながら天然の砦と言っても差し支えがないくらいだ。
 この街道が続くのは非常に長く伸びた崖のど真ん中、せり立つ台地の間にポツンと存在する谷間だ。街を出た時から通常よりも早いペースで馬を走らせ続けていた為か、まだ街から出てそう時間は経ってはいないものの、既に視界に台地の巨壁の両端が映らないほど一団は谷間の入り口に近づいていた。

「そろそろか。奴さん方は街道上に居るんだったよな」
「そうだろうね。あの谷間か、それか越えた先の平原かな?」

 一団のちょうど真ん中を並走する二人の男は、自分たちのお目当ての物が存在するであろう谷間道を指差しながら薄く笑顔を浮かべた。余程彼らは目的の物に執着しているのだろう。その笑顔は澄んだ物では到底無く、まるで獲物を見つけた猛禽類のような鋭い眼光を伴った表情であった。
 先頭を走る馬がスピードを上げたのを見て、彼らも負けてはいられないと自身の乗る馬へ鞭をうち付けた。頬をうつ風は熱く乾燥しており、その風に乗った砂が汗が滲んだ頬や首筋にへたり着く。しかしそれによる不快感など気にも留めた様子は無く、自分たちの受けた依頼を達成する事のみを考えて馬を走らせている。

「そう言えばよ、お前は例の魔物についてどう思う?」
「さあね。話だけ聞いてれば凄そうな魔物ってのは分かるけどさ、突拍子が無さ過ぎて正直信じられない」
「やっぱそうだよなぁ。あの若いのはまだしも、その後のゴンゾの仲間の二人の話なんか、まあ言ってしまえば唯の負け惜しみにしか聞こえなかったしよ。俺としてはこの目で見てからじゃないと到底信じる気にはならねぇぜ」

 彼らが思いだすのは依頼に出発する前に酒場で聞かされた、今回の依頼の原因となった魔物についての心構えのような忠告だ。すこし無愛想な表情を浮かべた青年と、その青年が酒場を出発した後に入れ替わりで入ってきた二人組の少女の話。どちらの話も実体験に基づいた物なのだろうが、彼らにとってみれば敗者の言い訳のような意味をなさない拡大解釈に聞こえてしまった。

「まあ彼女達にしてみればさ、信頼できる仲間二人を治療所送りにしたんだから少し過大な印象を持っててもしょうがないと思うよ。そして青年君の話だけど、火炎龍が倒されるっていうと凄い魔物なんだろうけど今一想像が湧かないね。君はどう思った?」
「さっきも言った通りだ、信じる気にはなれねぇ。まあその話が嘘でも本当でも、どんな魔物なのかは少し見てみたいな。最近は小物しか相手にしてなかったからデカい奴の相手をしないと腕がなまっちまう」
「ははは……君の戦闘馬鹿も大概だね。まあ僕自身話は信じてはいないけど、その魔物自体には興味はあるしね、僕も一目見てみたいよ」

 細身の方の青年冒険者は相方の大柄の男が背中に背負う巨大な剣を見ながら若干呆れたように言った。扱いやすさや切れ味といった武器の重要なステータスを無視して、その重量でひたすら破壊に徹する剣。大柄な体格や中途半端に伸びた髭といった風貌の男に似合った、粗暴な見た目の武器だ。今まで何匹もの獲物を叩き切ってきた大剣の刃は、晴れきった空から容赦なく照りつける陽の光を鈍く反射した。
 武器は使い手に似る、そんな言い回しが青年の頭に浮かぶ。重量級の武器に見合った相方の無茶な戦い方を思い出し、彼はため息を吐きつつもなんだかんだ頼りになる前衛役を心の中で静かに称えた。
 
「そして……さっきから黙ってる君はどうかな?」

 青年は一旦顔を後ろへと向けた。相方の後ろ、そこには大きな背中に隠れるようにして、日差し避けの外套を羽織った少々小柄な少女が馬から振り落とされないように男にしがみ付いていた。急に話を振られた彼女は少し目を見開いて驚きはしたものの、すぐ思案顔になって彼女なりの考えをまとめた。

「……彼女たちの話は信じられる。特に矛盾は見当たらなかったのに加えて、今朝はギルドの動きが少しおかしかった。今回の依頼の内容も対象の救出のみで、救出後は即時撤退まで推奨されている。だから例の魔物が危険な存在なのは間違いない……と思う」

 慎重な様子で言葉を選びつつ話す彼女の言葉を、その前に座る大柄の男は軽い様子で笑い流した。

「そう言えば今朝の砂漠地方立ち入り禁止っていう指令はその魔物による物だったのか。ここまで来るとどんだけヤベエ敵が待ち受けてんのか楽しみになってきたぞ」
「まずは依頼の達成が第一だよ。でも、確かに心は惹かれるよね。なんたって彼女達の話が本当ならば、その魔物を打ち倒せばゴンゾ君達のグループよりも実力が上である事を示せるんだから」

 未だ若くて伸びしろがあるにも関わらず、現時点で街の冒険者達の中ではトップクラスの実力を持つパーティー、それがゴンゾのグループについての周囲の印象だ。そんな完璧なメンバーに対して嫉妬を抱く冒険者の数は1人や2人ではなく、彼らもその一員だ。そんな完璧彼らを出し抜ける切り札が今彼の前に提示されている。それはこの依頼を達成することで得られる報酬よりも余程魅力のある物として彼の眼に映った。
 しかし少女の方は、どこか影のある笑顔を浮かべる青年とは違って、ギルドの酒場で話を聞いて以降ずっと慎重そうな表情を浮かべている。青年と大柄な男の様子を少し見つめた後、彼女はおずおずと口を開いた。

「私は、この依頼はとても危険な物だと思う。何が起きるか分からないから、せめて最悪の事態だけは避けなくてはいけない……だから貴方達には無理をしないでほしい」
「ふうん……君はいつも通り慎重だね。僕にしてみればこの依頼は危険だけどそれ相応、いやそれどころかかなりの見返りがある物だと思ってるんだけどなぁ」

 大分近づいてきた谷間道を細く開いた目つきで見つめながら、少々残念そうな口調で青年は言った。まるで茶を濁すようなような飄々とした態度では、彼がどこまで例の魔物に執着しているかははっきりとは掴めない。少女はそんな彼の様子を怪しんでか、疑心を孕んだ目つきで彼の横顔を見つめた。
 大柄の男は少しため息を吐いた。少女が此処まではっきりと消極的な姿勢を示すのは別段珍しい事ではないが、青年が他のメンバーの意見に反対するような事を言うのは稀な事だった。普段ならば彼が先走って、少女が反対して、青年が納得できる打開案を出すというのが彼らのグループのセオリーだった。しかし現状では青年と少女は正反対の意見を持っているようだった。
 彼自身今回出没した魔物には興味を抱いており、一目見てみたいというのが本音だった。しかしそれを口にすると少女の機嫌は最悪になり、もしかしたら依頼に影響するかもしれない。彼はやれやれといった調子で首を振り、柄ではない仲介者として口を開いた。

「お前らなぁ、俺が言うのもちょっとおかしいけどよ、少し冷静になれ。確かに俺も魔物には興味があるけどよ、だからと言って無茶までする気は無いぞ。それに今回は俺達だけじゃなくて他のグループも参加した依頼だ。手柄は自分たちの物にだけはならない事を念頭に置いとけ」
「おお、君に諭されるとはね。少し目先のモノに執着し過ぎたかな。これは失敬、ちょっと落ち着かないといけなかったね」
「……ともかく危ない橋は渡らないで。私が言いたいのはそれだけ」

 青年は口頭では非を認め、少女もこれ以上は追及する気は無いのか青年から目を離した。一旦は落ち着いた二人の様子に改めて男はため息を吐き、疲れた様子で景色へと目を移した。

 既に一団は谷間道へと差し掛かりつつあり、街道の両脇には小規模の岩が先ほどよりも多く転がっている。谷間道を吹き流れてきた熱風が一行の顔にかかり、彼らの中には砂が目に入らぬよう手綱を片手で持ちながらもう片方の手で顔を覆う者も居た。風に煽られて谷間道の球状に固まった枯草が数個転がってきており、段々と周囲から緑という色が消えつつあった。
 まるで干上がった大河のように谷間道は蛇行しており、入り口から出口まで一直線で街道が通っている訳では無い。谷間道の入り口から見える景色は最初の谷間の曲り道の岩壁によって途切れており、谷間道がどれ程長く続いているのかを判断することは出来ない。更に馬を一団が前へと走らせると、とうとう街道の周囲からは緑が消え失せ、砂色の大地がむき出しになっていった。切り立った崖が既に傍にまで近づいており、谷間の奥から吹き付ける砂混じりの熱風も勢いを増した。

「乗合竜車でしかこの場所は通らなかったけど、やっぱり馬だと辛いねぇ……」
「まあな。喋っていると口の中があっという間に砂だらけだ。それでこの向かい風だろ……あー、我慢ならねぇ」

 大柄の男は腰に着いている水筒を乱雑に掴み取り、すでに生暖かくなっていた水を口に含ませた。口内に付着した砂埃共々飲み込むと、彼はまだ蓋の空いている水筒を背後へ突き出した。急に目の前に水筒を出された少女は一瞬驚いた風な顔をしていたが、すぐにそれを受け取り「ありがとう」と小さな声で言った。

「うーん、見ていて色々と温まる光景だねぇ」
「うっせ、茶化すな」

 中身が半分ほどになった水筒を受け取りつつ、彼は隣で並走する仲間の生暖かい目線を無視しながら、目の前に迫った谷間の入り口へ目を移した。
 程なくして先頭を走る馬がようやく谷間道へと入り、後続が彼を追うようにしてスピードを落とさずに次々に谷間に続く街道を駆け抜けていく。砂を乗せた煽り風は谷間道に進入したことにより勢いを増し、防砂具を纏っていなかった冒険者達は一様に馬上で顔をしかめた。無論同じく防砂具を着用していなかった青年にも砂が混じった風が勢いよく吹きかかり、彼は苦い表情を浮かべ、そして直ぐに何かを訝しむような顔へと移り変わった。
 
「……おかしい。どう考えても不自然だ。君も何か気付かないかい?」
「はぁ? 一体どうしたっていうんだよ。別に谷間道に入って風が強くなっただけだろう。砂混じりなのは仕方がないとしても、向かい風があるってのはそれなりに心地が良いが、まあ若干温度は上がった気はする。それがどうかしたのか?」
「確かに向かい風があるのは良いんだ。でもさ、微かに谷間道に入るまでの風とは性質が違うんだ」

 大柄な男は少々困惑したような表情を浮かべて相方を見つめたが、青年は彼に顔を向ける事は無く、目つきはまるで戦いの最中のように鋭く、険しい表情で前を見据えている。

「"湿って"いるんだよ。ホンの微かにだけど、この風は湿り気を含んでいるんだ、体感的に温度が上がったのはこれが原因だろうね。でも荒れ地のど真ん中、水気がほとんど存在しないところでこんな風は普通は吹かないはずさ」
「……何らかの外的要因が生じてる、そういう事か。標的も案外ここからそう遠くない場所に居るのかもしれないな」
「そういう事だろうね。君達、気合入れてくよ?」

 無言で大柄の男が頷き、彼らの会話を聞いていた背後の少女も表情を硬くした。周囲の冒険者達も彼らの会話を聞いていたり、同様に風の変化を感じ取ったのか、表情を引き締める者も居た。
 曲がりくねった谷間道の中では、谷間の向こうなど見渡すことは出来ず、標的は何処にいるかなど判断は出来ない。しかしその姿の見えない標的の気配が、一行の纏う空気を徐々に鋭くさせていく。緊張した空気の中で先頭の男の掛け声が鋭く響き、そして冒険者達の走るペースがまた一つ上がった。


* * *


 草を揺らす緩やかな風と共に重く低い唸り声が荒野に響き、そして連続して小さな地響きが周囲を揺らした。砂上艦の運搬という大役を終えた四頭もの巨龍達が荒野に開かれた道をゆっくりと連なって進んでいた。人間の胴回りを優に超える太さの立派な脚で大地を踏みしめて一般的な平屋の家よりも大きな体格の彼らの背中には、龍使いや兵士達が手綱を持ちながら跨っている。

 一歩地面を踏むとその重さを証明するように小さな地響きが発生し、人ならば一抱えもある岩も簡単に踏み潰し、彼らはゆっくりとした進行を続けていた。彼らが進む、道と言っていいのか躊躇われるくらいに荒れ果てた街道の先には帝国の都が存在している。しかし普通の馬では到着までにおよそ一週間は必要なほどここから王都までの距離は遠い。
 すでに彼らが歩む位置からは侵攻先と帝国を隔てる巨大な砂の海は見えず、振り返ってみても延々と荒れ地が続いているだけだ。先頭を進む特に大きな巨龍に跨った男は、前方に見えてきた小規模な岩山を確認すると小さくため息を吐いた。この岩山の付近には中規模の泉が存在していることを彼は記憶している。

「一旦の目標までは来れたか……ここからが長いな」

 この一団を束ねる立場にいる彼に託されているのはただ一つ。一行を道沿いの最寄りの街まで引き連れていく事だけだ。巨龍の一団が運搬して見送った砂上艦隊が戦績を上げるまで、彼らは一旦砂上艦の発着場から離れて帝国領にある街で待機をすることになっている。荒れ地の果てに存在するその街までこのペースでは二日ほど。彼は水の補給も兼ねてその泉の付近で一旦休憩を取ることに決めた。

 彼は自身の乗る巨龍の手綱で指示を出し、進行方向を荒れ果てた道から草原へと移した。ゆっくり方向転換し、小高い岩山の近くを目指しながら巨龍は進み始め、後続の龍使い達も兵長に従い各々の龍に指示を出した。まばらにけたの高い草が巨大な足で踏み倒され、道から外れた草原に新たな道を生み出していく。少しずつ近づいてくる岩山を見ながら、部隊長の龍使いと共に先頭の巨龍に跨る一般兵士は口を開いた。

「最近は巨龍達も休めていませんでしたからね、まだ歩き始めてそれほど経ってませんが一旦休憩しましょうか?」
「ああ、ここで彼らに十分な休息を取らせれば、後は休憩無しで一気に街まで行くことは出来るだろうさ。まあ流石に夜中まで歩き続ける事はさせないよ。龍使いならばまだしも君達一般兵の体力が持たんからな」

 龍使いと巨龍の護衛として、武装を施した軽装備の兵士たちが一団の周囲を囲みながら進んでいる。一部の兵士達は巨龍の背に乗せられた籠で索敵を行っているが、大部分は己の足でこの荒れ地を歩いている。照り付ける太陽の直下では、相当に体力を使うことだろう。

「私たち一般兵も体力は自信が有りますが、龍に乗ったまま長時間同じ姿勢っていうのは慣れませんね」

 彼は少々大袈裟に腰をさすり苦笑いを浮かべ、部隊長はつられて小さく笑う。岩山の脇まで巨龍たちが近づき、その巨体がようやく日陰の中に入った。部隊長が一旦龍の歩みを止めると、巨龍は黒い鼻から大きな息をゆっくりと吐きだした。疲労が溜まっていたのか、周囲を囲う兵士たちが慌てて離れる中、巨龍は一息つくとその場に屈みこんでしまった。

 部隊長はそれを制止する事は無く、むしろ労わるように巨龍の背中を数回優しく叩き、彼も龍の背中から飛び降りた。器用に草原に降り立つと、少し離れた場所を此方に向けて歩いてくる後続の龍の群れへと目を向けた。休息地点と判断したのだろう。日陰があると分かり歩行のペースを上げた後続の巨龍に少しの笑みを浮かべた彼の脇に、ドスンという音が響いた。

 目を遣ると、拳よりもふた回りは大きな石が草が生い茂った中に落ちてきていた。この場所は岩山のすぐ傍、落石があったのだろうと彼は判断し、後続の兵士たちに落石に注意せよとの命令を出すことを決めた。稀に落石はあるにしてもこの場所は休憩には最適であり、巨龍が屈みこんでしまった今、ここから別の場所へ移ろうという考えは彼には無い。
 ドスン、また同じような音が鳴る。そして少し離れたところにより大きな石が落ちるのを彼は目撃した。巨龍ならまだしも、自分たちのような人間が頭からぶつかろうものならば、当たり所が悪ければ重症は避けられない。自身もより一層の注意を払う事を心に決める。
 ドスン、ドスン、更に二回も同様の音が響き、近くに音と同じふたつの石が岩山の上から落下してくる。とうとう彼は自分の頭に手を被せながら、別の場所への移動を考え始めた。幾らなんでも落石の発生するペースが速過ぎる。少々の落石ならば目をつぶれたが、短い時間に四個も巨大な石が降ってくるところは巨龍はともかく龍使いや兵士には危険過ぎる。もしかしたら岩盤そのものが脆く、巨龍が出す少しの振動で簡単に崩れてくる危険すらもあるやもしれない。

 安全のためならば、絶好の休息地を諦めて他の場所を探すしかない。それを他の龍使い達に伝えに行こうと、部隊長は巨龍と同乗していた兵士を残し後続の巨龍にむけて足を向けた。

「しかしここ以外に日陰が有り休める所は……ん?」

 彼の視線の先、少し離れて後続の龍に跨る龍使いが驚いた様な表情を浮かべながら上に手を伸ばして何かを指差しながら叫んでいる。距離があるせいで何を伝えようとしているのか聞き取ることが出来ないが、酷く切羽詰って様子は離れていても彼に伝わってきた。

「―――!! ―――――!!」
「一体どうしたと言うんだ。何かがあるのか……ッ!?」

 部下の龍使いが指を示す先、彼が今まで乗っていた巨龍の頭上。今まで自分たちが目指していた、先ほどまで自分が居た岩山の上に、恐ろしく巨大な"何か"が下を見下ろしていた。その何かは巨大な顎を大きく開き、眼下にいる巨龍を見つめている。黒々とした野太い爪が岩山の頂を固く踏み直す毎に、岩山の一部が削れて落石となって地上に落下してくる。開かれた口から見える歯は野太く鋭利に生えており、細かく動く上あごの動きは息遣いが聞こえてきそうなほどだ。

 全身は見えないものの、視線の先に居る化物は巨龍達に匹敵しそうな程の体格を誇るのだろうか。どう控えめに見ても大人しい魔物とは見えないその姿に、部隊長は冷や汗を垂らし、そして自身の危険を全く考えずに力の限り未だ巨龍の上に居る兵士に向かって叫んだ。

「今すぐにそこから離れるんだッ!! 早くしろ!!」
「部隊長、どうかしたんです――ッ!?」

 部隊長の大声に気付いて、彼の見つめる先に視線を向けた兵士が見た物は、走行に特化した翼を大きく広げた巨大な竜の姿だった。緑色の双眼と彼の目が合った瞬間、巨大な竜は大きく顎を開けて小さく咆哮を挙げた。衝撃で数個の石が纏めて岩山の上から落下し、混乱し恐怖に陥っている兵士の周囲に降り注ぐ。

 異常に気付いた巨龍が首を擡げたのと、竜が上半身を勢いよく前に出したのは同時だった。鍛えられた剛爪で崖を踏みしめ、発達した後ろ足で地面を蹴りだし、瞬く間に黄色と青色のストライプ模様の巨体が太陽を背に空中へと飛び出した。
 慌てて兵士は巨龍の上から飛び降りようとするが、恐怖で竜から目線をずらす事が出来ず、竦んでしまった足は彼の言う事を全く聞かない。翼を持ちながらも、竜は風を捉えるというような、飛竜として基本である行動を全く行うことなく、爪を前に突き出しながら地面へ勢いよく落下していく。

 巨龍が慌てて立ち上がろうとし、兵士の青年が本能のままに腕を前に突き出し、部隊長が彼らに向けて走り出したが、その全てが遅かった。落下の勢いを全く殺さずに構えられた黒々とした爪は兵士の上から巨龍の背を捉え、グシャリとした音を響かせる。そして直後に"竜"の巨大なアギトは巨龍の首筋に食らいついた。
 巨体が着地した衝撃で部隊長は後方に弾き飛ばされ、首元に食らいつかれた巨龍が苦痛の呻き声を挙げた。硬い鱗の上から深々と抉られた背中の傷を庇う事もせずに、自身の上に伸し掛かる竜を振り落とそうと巨龍はひたすら暴れようとする。しかし首筋に噛みついた大顎は刃のような歯を食い込ませて巨龍を離す事などせずに、そして更に竜は顎の力を強めた。
 竜は更に全身を使い、未だ立ち上がろうとしていた巨龍を横に引き倒した。周囲の草を倒しながら、巨龍はどうにか竜をどかそうと四本の太い足を暴れさせるが、竜はたとえ腹部を勢いよく蹴られようが首筋に噛みつく大顎を外そうなどと言う素振りは見せない。露わになった腹部に向けて剛爪の生える大きな前足を振り上げ、竜は容赦なく振り下ろした。

 遮る物なしに振り下ろされた爪は、分厚い鱗や皮の抵抗を無視して巨龍の肋骨を砕きながら肉を抉る。鱗や肉片が竜の腕を振るった先に飛び散り、荒れ地を歪に彩る。その中で巨龍は苦痛の咆哮を上げ、なんとか逃れようと暴れ続けた。しかし抵抗は全く意味を成さず、鮮血が抉られた腹部から流れだし、竜の黄色い前足や黒い爪を赤く染め上げ、地面へ垂れていく。竜はより一層前足に力を込めて巨龍を押さえつけ、逃れようとする巨体を更に封じ込める。

「な……なんなんだよ、一体……?」

 弾き飛ばされた部隊長は自身の管理する巨龍が段々と抵抗する力を失っていく様を見せつけられていた。暴れる四本の脚は次第に力を失っていき、苦痛から逃れようと首を大きく反らすと、竜の牙が一層深く突き立てられる。別の龍使いや兵士達が彼を助けようと後方から走ってくるが、彼はそれに全く目を向けることなく、死にゆくかつての相棒を見つめ続けている。

「部隊長ッ!! 奴が巨龍に夢中になってる内に逃げますよ!!」
「何で……一体ッ!?」
「お前らっ、部隊長を連れて行くぞ!!」

 一人の兵士が放心したまま動けない部隊長を無理やりにでも連れていく事を指示し、皆がそれに頷いた。自身の肩を抱えられて無理やりに連れていかれる中、彼の目線は竜に向けられたまま動かない。そして後続の巨龍達の方へ逃げてゆく人間たちになど全く関心を示さずに、竜は狩りの仕上げへと入った。

 竜は、既に弱弱しく抵抗をするのみとなった巨龍から一旦口を離した。開かれた顎からは鮮血と入り混じった唾液がこぼれ落ち、幾多の牙で抉られた巨龍の首筋は血や唾液で汚され無残な様を晒している。一瞬首が自由になった巨龍は竜の拘束から抜け出そうと暴れようとしたが、すぐに空いていたもう片方の前足で動きを封じられた。両方の前足で首と胴を押さえつけられた今、体力を消耗しきった巨龍にもはや抵抗する余地など残っていない。
 弱弱しい呻き声を挙げる巨龍を前にして、竜は巨大な口を極限まで大きく広げた。彼の目標は邪魔な骨で覆われていない柔らかい腹部。巨龍を押さえつける両翼が勢いよく開かれる。新鮮な肉を前にしてあふれ出る涎が、鋭利な牙の間から滴り落ちた。


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