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No.31552の一覧
[0] 魔王降臨【モンハン×オリ】[周波数](2017/09/27 20:26)
[1] 一話目 魔王との"遭遇"[周波数](2017/09/27 20:26)
[2] 二話目 不可解な"飛竜"[周波数](2017/09/27 20:26)
[3] 三話目 冒険者の"常識"[周波数](2017/09/27 20:27)
[4] 四話目 暴君への"憧れ"[周波数](2017/09/27 20:27)
[5] 五話目 今できる"対策"[周波数](2017/09/27 20:27)
[6] 六話目 荒れ地の"悪魔"[周波数](2017/09/27 20:22)
[7] 七話目 舞い込む"情報"[周波数](2017/09/27 20:27)
[8] 八話目 激昂する"魔王"[周波数](2017/09/27 20:23)
[9] 九話目 混沌する"状況"[周波数](2017/09/27 20:28)
[10] 十話目 去らない"脅威"[周波数](2017/09/27 20:28)
[11] 十一話目 街道での"謁見"[周波数](2017/09/27 20:28)
[12] 十二話目 超戦略的"撤退"[周波数](2017/09/27 20:24)
[13] 十三話目 統括者の"本音"[周波数](2017/09/27 20:25)
[14] 十四話目 冒険者の"不安"[周波数](2017/09/27 20:29)
[15] 十五話目 逃亡者の"焦り"[周波数](2017/09/27 20:30)
[16] 十六話目 精一杯の"陽動"[周波数](2017/09/27 20:30)
[17] 十七話目 堅城壁の"小傷"[周波数](2017/09/27 20:30)
[18] 十八話目 攻城への"計画"[周波数](2017/09/27 20:31)
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[31552] 十一話目 街道での"謁見"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/09/27 20:28
 時折吹く風が砂を散らす、両脇に大きな岩山が立ち並ぶ渓谷を縫うようにして造られた、言ってしまえば殺風景な景色の広がる街道を、この場にそぐわない集団が駆けていた。軽甲冑の上から上品な青色の布を装飾品の様に纏った騎士達、そしてそれに囲まれるようにして走るメイド服姿の女性、そして彼女に抱かれた高貴な服を纏う少女。
 もし大きな竜車に乗ってゆっくりと進んでいるならば高貴な身なりと合わさって非常に絵になる集団だろう。しかし彼らは砂埃の舞う街道を生身で駆け抜けているせいで酷く浮いた光景となっている。ペースは小走りと全力疾走の中間程か、そのスピードで結構な時間を走っていたようで彼らの顔からは疲労が容易に読み取れる。

「はぁ……はぁ……一旦止まりましょう」

 メイド服の女性、レーナはそう提案した。もしもの襲撃に備えて武器を構えながら走っていた騎士は勿論、王女を抱えていた自分自身も流石に息が切れてきた。彼女の言葉を聞き、レーナと王女を囲っていた騎士たちはそれぞれ立ち止まる。そして面々は膝に手をついたり、喉に入り込んだ砂や塵を吐き出すべく咳き込みつつも深呼吸をした。
 相当に疲れたのだろう。武器を構えながら全力に近い速さで、尚且つ強敵に背を向けながら王女を守るという途轍もない状況。体力面では自信がある彼らでも、そんな環境に置かれたおかげで肉体的だけではなく精神的にも疲れ果てていた。

 その彼らが逃げている中で絶え間なく響いてきた"竜"の咆哮、そして威圧感。いくら離れていても何度も腹の底まで響いてくる咆哮の大きさと荒々しさは、王国に仕える騎士であるという誇りによって守られた精神をこれでもかと言うほどに傷つけていた。

「……レーナ殿、このまま街道を突破しますか?」

 鎧に付けられた蒼い装飾羽が目立つこの護衛隊を率いる隊長は、一息ついた後王女を一度おろしたレーナにそう問いかけた。息を切して、地面に手をついている程に疲れている騎士も居る中で、彼は一見してそこまで疲れた様子が無い。しかし彼の膝は無意識のうちに震えており、彼は自身の脚を憎々しげに見つめた。護衛隊長になるほどに経験をつんだ彼をしても、"竜"の威圧感は規格外なのだろう。

「ええ、なるべく早く向かいましょう。ここは入り組んだ谷間なのですぐに追いつかれるという事は無いでしょうが、それでも万が一という事もあります。それに雷龍が居ない今、規模次第では下級魔物の群れでさえも脅威になるかもしれません」

 遠く続く岩山の間の街道を見つめながらレーナは答えた。彼らのいる岩山は曲がりくねっており、未だこの位置からは確認することが出来ない場所にある。しかしこの岩山で入り組んだ谷道は砂漠地帯の中でも街に程近い場所に存在しているため、今の正確な位置は分からないがこのまま順調に走っていけばそう遅くない時間に街道を抜けて街の敷地へと入る事が可能だろう。彼女はそう考え、砂埃が立ちめく街道の先からは一度目を離した。そして彼女は厳しい表情を解き、心配そうな顔を浮かべている第三王女へと向き合った。

「グラシスまでは後少しです。そこまで行き着いたらもう大丈夫ですよ。後少しの辛抱です」

 まるで母親であるかのように、王女の淡い金色の髪をなでながらゆっくりと落ち着いた口調でそう話す。しかし王女の顔はすぐれないままであった。小さな手は握り拳を作っており、何かを耐えるように震えている。そして若干俯き加減だった、まるで精巧な人形であるかのように整った顔を上げた。
 涙で濡れてしまってはいるものの、その顔に浮かぶのは恐怖などではなく、怒りにも似た、険しい表情であった。それを見たレーナが少し驚いた顔を浮かべる。

「……ごめんなさい。私がレーナのお荷物になっているせいで……私が何も出来なくて……ッ!! 私も!! 私も皆さんと走ります!!」

 静かな街道に、場違いなほどの澄んだ大声が響いた。手を握り締めて啖呵を切った後も、彼女は震えながらもレーナを見つめ続ける。騎士たちは驚いた様子で王女を見つめ、レーナも一瞬間の抜けたような表情を浮かべた。全員の動きが一時止まる中、吹き付ける熱風が彼女の長い髪を泳がせるかのように揺らす。

 揺れる金色の髪の中で見つめる彼女の決意に満ちた表情は、しかしすぐに彼女の顔よりも広い何かで覆われてしまった。

「……姫様も立派になられましたね。本当、昔から甘えん坊でしたが、人の成長は早い物ですね」
「は、はわわわ……」

 レーナが王女を胸に抱きしめていた。その様子は本当の母と娘さながら、母が子をあやす様にレーナは彼女の頭を優しく撫で上げた。肌に吹き付ける熱風ではなく、人肌の温かさだ。胸を顔に押し付けられた王女は、先ほどの覚悟を決めた強気の表情を段々と崩しながら、混乱した様子で何とか離れようとレーナの胸の内でもがく。しかし彼女の小さな頭は、細いながらもしっかりと抑えたレーナの腕で固定されていた。

「まったく……姫様、私知ってますよ? 昔から好奇心旺盛で優しくて、でも走るのは遅く、運動なんてもの凄く苦手でしたよね。だから今は無理しないで頼って下さいな」
「レ、レーナ?」

 周囲の騎士たちもいつの間にか穏やかな表情を浮かべており、二人を微笑ましそうな様子で見ている。彼らの暖かい視線が集中し、王女は見る見るうちに顔を赤らめてしまう。そして顔を隠す為にレーナの胸に顔を埋めてしまった。

「……レーナのバカ」
「ふふふ」

 レーナは胸に顔を埋めたまま動かない王女の頭を軽く撫でた後、先ほどまでと同じように軽々と王女を抱き上げた。王女も抵抗はしない。改めて考えると自身が頑張って走ったところで、すぐにばててしまって彼らの足を引っ張るのが御の字だからだ。

 そうしているうちに、上がっていた息も全回復とはいかなくても逃亡を再開する程度までは治ったのだろう。護衛隊の一行は皆既に武器を構え、彼女たちに何か起きてもすぐに行動に移せるように準備を終えていた。そして隊長が彼らの一歩前に進み、王女を抱いたレーナの前へと歩み出た。

「レーナ殿、準備はよろしいですか?」
「……はい、行きましょう」

 既に笑顔は消え、また険しい顔をして二人は同時に頷く。騎士たちは再び素早くレーナ達を取り囲み、隊長は彼らの前に立った。そして改めて目の前に続く街道を睨めつけた。相も変わらず砂煙が立ち込めていて、岩山が入り組んでいるために遠くまでは見えない街道。正午近く、彼らの頭上まで上がった太陽は死角なく大地を照らし、入り組んだ街道に殆ど影は見当たらない。
 下手をすれば日射病で手痛いダメージを負いかねない程に強い日差しに気温という条件だが、しかし彼らは一様にこの街道を走り抜ける覚悟を胸に持っていた。いざ号令をかけ、走り出そうと空を見上げた隊長は、だが不意に何か可笑しな物を見た気がして、その方向を凝視した。


 街道の両脇に聳える岩山、そしてその上に見える雲が殆ど存在していない青空。太陽は反対側に有るので、逆光によって景色が見えづらいなどと言う事は無く、彼の眼には綺麗な青空が広がっている。その青空の中心、何か黒い点のようなものが、徐々に大きくなりながら近づいてきているように彼の眼には映った。

「全員、敵襲に備えろ!!」

 そのシルエットが何らかの龍種であると把握した瞬間、考えるよりも早く彼は条件反射で騎士たちに鋭い声で指示を飛ばした。右手には素早く剣を握りしめ、近づきつつある黒影へと向け、その方向を鋭く睨めつける。レーナも速やかに、しかし優しく王女を降ろすと、彼女を後ろへと庇いながら腰に差していた短めの杖を構えた。騎士たちも彼女を取り囲んだ状態のまま剣を構え、あっという間に迎撃態勢を整えた。
 熱風が彼らの頬を撫で上げ、伝わる冷や汗を蒸発させる。誰しもが鋭い目つきで隊長の剣の先に居る何者かを睨めつける。庇われている王女も、決して弱腰な構えでは無く、彼ら同様にその方向を睨めつけていた。

 一行が敵襲に向けて構える中、その黒影は刻々と彼らの方へ一直線へと向かってきていた。離れていても分かる程に広げた翼、そして鳥にしては立派過ぎる足。隊長の見た通り、黒影の主は龍種そのものであった。青空との対比で黒っぽく見えていた影は、近づくにつれて段々と深い緑色へと変化していく。
 隊長が強く剣を握りしめ、レーナが一層険しい顔を浮かべるまでに龍は彼らに接近し、遂にはっきりとした姿が分かる程までに近づいた後、龍は立派な翼をはためかせながらゆっくりと地面へと足を付けた。

 その龍が地面に降り立つと同時に、翼が巻き起こす風が遠目に見ても分かるくらいに街道の砂煙を巻き上げた。そしてここまで来て、初めてレーナの頭に困惑が浮かぶ。

(濃い緑に羽毛……まさか森緑龍!? なぜこんな荒れ地に居る!?)

 目の前の龍が持つ様々な特徴的な見た目から、彼女は龍種というくくりの中で森緑龍であると判断を下した。しかし彼女の記憶している限りでは、森緑龍という種類は木や水が豊富にある場所を好んで生息し、その真逆とも言えるこんな乾燥した荒れ地には姿を表さないはずだった。
 彼女が混乱する中で更に動きがあった。大地に降り立った森緑龍から人が飛び降りた。それも1人では無く2人。ここにきてようやく騎士たちにも困惑が走った。

(まさか龍騎士? でもグラシスの自警団は龍騎士を抱える程に大きな物ではない……)

 彼らの困惑など知らぬと言わんばかりに、降り立った2人は警戒している素振りも見せずに此方へと小走りでやってくる。そして彼らの後を追うようにして、森緑龍も小歩きで向かってきた。それでも一行は困惑しながらも武器を構えたまま、王女を守るべく、彼らを警戒し続けた。
 しかしそんな奇妙な時間は長くは続かず、侵入者の顔が把握できるまで両者の距離が縮まると、2人組の内の片方、ひょろ長い背丈の男が大きく手を振った。

「ハイ注目!! 俺達は緊急の依頼につきここに赴いた冒険者だ!! 武器は構えたままで良いからこっちの話を聞け!!」

 王位継承権は低いながらも、この場に居る人物は王家の第三王女に他ならず、彼のそんなぶっきらぼうな言葉づかいに一行は怒りよりも先に呆気にとられた。一行が更に困惑しているのを知ってか知らずか、彼らはさっきよりもペースを早めて此方へと向かってきて、そしてようやく彼らは話し合いが可能な距離にまで近づいた。
 レーナは二人の様子を観察した。片方はエルフ顔負けのひょろ長い背丈を持つ、短く髭を生やした黒髪の男。そしてもう片方は、黒髪の男よりも少し背が低い、黒っぽい茶髪の若い男。
 前者は何が面白いのかニヤニヤとした笑顔を浮かべており、もう片方は何処か不機嫌そうな、仏頂面にも似た表情をしている。どちらも共通して王族を前にした雰囲気とは思えない表情だった。そして問題の森緑龍はと言うと、後ろから茶髪の男の肩を突っついたり、此方を興味深そうに観察していたりなどと落ち着きがない。

「さァて……あんたらが問題の第三王女様一向さんか。その様子じゃ、竜車を乗り捨ててここまで走ってきたんだろ。こんのクソ暑いなか災難だったなァ」

 まるで気の知れた人間に話しかけるかのような調子。到底王族に対するものには思えない言葉遣いで彼は一向を眺めながら口を開いた。これに反応したのは護衛隊の隊長だった。流石に礼儀を掻きすぎている彼の態度に怒りを隠せなかったのだろう。怒声を発せようと剣を構えながら口を開くが、それよりも早くもう一人目の、茶髪の男が慌てた様子で口を開いた。

「ちょ、相方がこんな口調ですいません!! 俺たち――いや私達は皆様の救出のためにグラシスから出向いてきた者です。襲われたのでしょう、あの化け物に」

 仏頂面ながらも、その口から出てくる言葉は辛うじて敬語の域をとどめて居る。そして出てきた"化け物"という抽象的な表現を、一行は何を意味する言葉なのかを瞬時に把握をした。一行の竜車を一撃で大破させた、雷龍が食い止めているであろう砂色の巨大竜。その姿が騎士たちの頭の中に浮かび上がる。

「聞いた通り竜車をやられたんですね……でもあの"竜"相手でよくここまでご無事でした」

 そう言って仏頂面を浮かべた茶髪の男はたどたどしい振舞のまま頭を垂れた。黒髪の男とは違い、彼は言葉に関して言えば一向に丁寧に接している。そんなアンバランスな二人組を前にして、レーナは王女を庇う騎士達や隊長の前へと歩み出た。

「私は姫様の侍女を務めているレーナと申します。以降お見知りおきを。ただ、以降があるかは分かりませんがね」
「……ええと、それはどういうことでしょうか」

 茶髪の男は、視線を強めて警戒感をあらわにするレーナに、思わず一歩後ずさった。そうさせるだけの威圧感を、彼女は二人組の男へと向けている。冒険者、この状況において降って湧いた存在としては飛びつきたくなるほどの助けかもしれない。しかし、もし彼らが冒険者を騙る悪漢なのだとしたら、そんな人間に第三王女たる国家の至宝を扱わせるなど出来やしない。 

「貴方達が本当に冒険者であるか否かはこの際関係ありません。わざわざ此方にまで赴いていただいた方に言うのも心苦しいものはあります。ですが、我々の身を貴方たちに預ける事など出来ません」

 もしここに現れたのが街の警備隊など公的な身分を持ち合わせた者ならば、王女のみを先に街へと送り届けてもらう事も可能だっただろう。しかし良くも悪くも、誰でもなれる冒険者では訳が違う。例え彼らの身分証を一見しても、彼らの本当の素性は分からない可能性が有る。そんな人物に王家の一角である王女を預けるというのは、分の悪い賭けどころの話ではない。周囲の騎士たちも同様に険しい表情で二人を見つめていた。
 幸いなことに、現時点では雷龍があの化け物を足止めしている。その確信が彼女にはあった。雷龍が囮となっている内に街までたどり着くことが出来れば、こんなリスクのある賭けなどしないで済むのだ。

「し、しかし事は一刻を要するのですよ!? もし万一の事があってからでは遅い!!」

 予想していなかった彼女の応対に、茶髪の男――ネイスは狼狽えた。彼の考えでは、交渉次第で王女のみを先に街に送り届けるつもりでいたが、そんな交渉に入ることすらできずに門前払いされたのだ。慌てて脇に立つ黒髪の男――ハンスへ視線を向けるが、彼は彼で一行を先ほどまでの笑みとは一転して鋭い目つきで睨めつけていた。

「このままあの化け物にそこ姫さん共々襲われたいなら俺は止めねーよ。別にそれで俺らが困る訳じゃねェし」
「私が命を懸けて姫様を御守りします。せめて貴殿方が街の警備隊なら……いえ、何でもありません。ともかく我々は先へと進みます。お気遣いだけは受け取っておきましょう」
「そうかい。わざわざやって来たこっちの手を突っぱねたんだ。ならば後は助かるなり死――まあ、何だ。勝手にしな」

 一瞬「死ぬなり」と言いかけたハンスも、流石に無礼すぎると思ったのか寸での所で言葉を止める。そして吐き捨てたハンスはすぐにレーナ達から顔を逸らし、態々聞こえる音で舌打ちをした。当事者である第三王女はそんなハンスの態度に流石におろおろとしだしてしまい、ネイスも、もう俺は関与しないとそっぽを向いてしまったハンスと王女一行をそれぞれ酷く狼狽した様子で見つめている。
 騎士たちは既に先ほどまでの布陣を組み直しており、隊長の一声が有ればすぐさまに王女たちを護衛したまま走れる準備を整えていた。ネイスは何時もならば気にならない程度の軽い風でさえ、今は酷く邪魔な物に感じる程に考え込んでいた。なにか良い策は無いか、短時間ながらに精一杯考えて、今まさに走り去ろうとする一団に大声で呼びかけた。

「ならばッ!! ならば、貴方達の内の一人も一緒に連れて行こう!! ならば俺達が不自然な動きをしているならばすぐに分かるだろう!? 其方だけでなくこっちにも急を要する事態なんだ……信じてくれ」

 別に彼女たちが助かろうが無かろうが、彼の身には何も影響は無く、精々依頼を達成できなかったという理由でランクを落とされたり、街の信用が落ちるだけだ。しかし今まさに見送ろうとしている一団がよりにもよって、ある意味で自身が肩入れしている"竜"に襲われるんじゃ話が違う。彼はいつになく強い目つきで彼らを見据えた。

「……お気遣いだけは感謝します」

 だが彼の言葉は通じず、レーナはそう言い終えると、まだ動揺している王女を抱きかかえ護衛隊へ合図を送ろうとして――しかし、それは叶わなかった。

「クルルルルルル!!」

 今までずっと黙っていた内の一人、いや一匹。森緑龍のイトが急にけたたましい鳴き声を上げた。静かな空間に彼の甲高い鳴き声が響きわたる。驚いたようにネイスはイトに駆け寄り、走ろうとしていた護衛隊の一行も何事かと彼を見つめた。

「まさか……クソッ、時間が無い!! ハンス、イトに乗れ!! 逃げるぞ!!」

 舌打ちと共に森緑龍の背中へとまたがるネイスを他所に、ハンスは最後通告だとばかりに一向へ睨みを向ける。

「エルフのねーちゃん。最後に言わせてもらう。このままじゃ死ぬぞ? 王女諸共な」

 ネイスは彼に早く乗るように指示をするが、彼は王女一行を睨めつけたまま動かず、更に強い調子で怒鳴りつけた。そして、騎士の一人がイトの見ている方向を見ようとして――倒れた。周囲の騎士たちは何事だと倒れた騎士を見つめる。彼らの視線の先で、腰を抜かした騎士は震える手で今まで走ってきた街道を指差した。遠く広大な荒れた草原地帯へと続く道。その途中には、風の強さの割には、不自然すぎる程にまで立ち込めている砂煙の姿があった。

「た……隊長!! 奴が、奴が追ってきました!!」

 その言葉で一斉に皆が振り返る。その視線の先には遠くからぐんぐんと意志を持って街道を突き進む砂煙。彼らの竜車を大破させた"竜"が出現する時と全く同じ物が背後から迫ってきていた。そして遅れて段々と響いてくる地響き。まだまだ小さな物であるが、それでも彼らの恐怖を煽る物には十分すぎる物であった。

「馬鹿な……雷龍が食い止めていた筈では」
「簡単な事だ。食い止めきれなかったんでしょう」

 震える声で呟く隊長の問いに、ネイスがその砂煙の下に居るであろう"竜"の姿を見据えるかのように砂煙を睨めつけながら答える。

「畜生め……オイ!! この中にデケェ魔法を使える者は居るか!? ああ、ねーちゃん、その杖から見るにどうせお前使えるんだろう!? なあそうだろう!?」

 一行が呆然とする中半ば問い詰めるかのような口調でハンスは大声でレーナへと詰め寄った。厳しい表情で街道の先を見つめていたレーナは、ハッとした様子で王女を抱きかかえた姿勢のままハンスと向き合うと、力強く首を縦に振る。それを見たハンスは、焦りと笑みのまじりあった壮絶な歪んだ表情を浮かべた。

「そうか、そうか!! あの化け物に通じるかわかんねェけどよ、一角竜には通じたんだ。ならばすこしはいけるはずだ」

 いつの間に額の端に浮かべた冷や汗をハンスは強引に手で拭い、独り言かのような小さな声で自分に言い聞かせるかのように言った。その最中、王女を隊長たちへと預けたレーナが彼の隣に並んだ。彼女も同様にして冷や汗を地面へと落とし、そして腰に差した杖を取り出し、構えた。

「御二方……先ほどの否定、やはり撤回させて頂きます。姫様を、どうか無事に送り届けて下さい!!」
「ネイス、適当に騎士一人選んで、王女と一緒に街に送り届けてくれ。あと俺の回収も忘れずにな」
「……ああ、分かった。ここは一応経験者のお前に任せておく。それに言われなくとも直ぐに戻ってくるさ!!」

 ネイスはすぐさま騎士たちの一団へと目を向けた。怯える王女に、呆然とした表情の部隊長、そして各々取りあえず武器を構えている騎士たち。そんな中、ネイスは先ほど地面へと尻餅をついた騎士の青年へと歩み寄った。腰が抜けており、中々立てずにいる青年へと彼は手を伸ばす。

「貴方に決めたッ!!」
「ええと、すまない?」

 手を貸された青年は何故か疑問形でネイスに感謝を述べるが、しかしネイスは既に青年から目を離し、部隊長と、その脇にいる王女と向かい合っていた。そして強い口調で青年の手を無遠慮に取りながら啖呵を切った。

「侍女さんの許可は取りました!! さあ、来てください。この騎士殿も護衛として連れて行きましょう」
「……ええ!? 私をか!?」

 少し遅れたタイミングで青年が非常に良いリアクションで大声を上げる。非常時にも関わらず、ネイスは彼の驚きように呆れつつも苦笑してしまった。部隊長は一瞬考えたような素振りを見せるが、迫りくる砂煙を一瞥した後、負けず劣らず強い口調で答えた。

「……冒険者君、頼んだぞ」
「ええ、後々ギルドから高い請求が行きますので覚悟しておいて下さい」

 ネイスは初めて仏頂面を崩して笑顔でそう言い、手を差し出した。部隊長も普段なら不敬だと怒声を発する場面であるが、ネイスの手を力強く握り、笑い返す。そんなやり取りの間にも、刻々と砂煙は彼らを目指して突き進んで来る。それに伴い、地響きも大きな物へと変わっていく。
 ネイスが険しい顔をしながらイトに飛び乗り、騎士の青年と第三王女が慣れない様子で鞍に足をかけるのをニヤリとした表情でハンスは見送り、そして真正面へと向かい合い、大声で告げた。

「ねーちゃん、奴の近くの地面へ炎魔法をぶつけろ。そこに爆音をまき散らす感じでな!! それで、少なくとも俺達が一網打尽にぶっ飛ぶのは防げる筈だ」
「……分かりました」

 一瞬怪訝そうな顔を浮かべたレーナだが、彼の指示に従って直ぐに詠唱を始めた。彼女の歌うような詠唱は、しかし前方から響いてくる地響きにかき消される。それほどまでに彼らと砂煙の距離は縮まっていた。足元に響いてくる揺れに気圧されず、最後まで言葉を継ぐんだ彼女は、杖を振り上げて前を見据える。狙うは砂煙が走る先の地面。バクバクと音を立てて震える心臓を抑え込むように深呼吸をして、彼女は標的へ向けて杖を突き出した。

「"爆ぜろ"!!」

 凛とした声が、地響きに負けずと皆の耳に届き、杖から眩い光が漏れ出す。そして一瞬遅れて砂煙の向かう先、お世辞にも整備されているとは言い難い一角の地面に衝撃が走った。彼女の唱えた物は別段大魔法と呼ばれる物ではない。しかしエルフ族特有の優れた魔法の才能を持つ彼女から放たれた炎魔法は、砂色の大地を穿つ分には十分すぎる威力を持っていた。
 火炎龍のブレスにも迫る威力の魔法によって、迫りくる砂煙が全く見えなくなるほどに地面からは砂礫が飛び散り、地響きを打ち消すまでに轟音を立てる。今まさに飛び立とうとしていたイト達も一瞬爆心地へと目を向けた。段々と飛び散った砂礫が地面へと落ち、景色が晴れていく中、更にレーナは杖を構えて、ハンスも"竜"に対しては焼け石に水であるだろうが、腰の鞘から刀身が"真紅"で染まったショートソードを抜いていた。

 騎士達も各々の剣を構えて、熱風によって浄化された爆心地へと目を向ける。しかし砂煙が晴れた皆の眼の先には、ただ奥へと延びていく街道のみが存在していた。こっちに迫りくる砂煙は立ち消え、否応無しに此方の理性を削り取っていく地響きも立ち消えていた。病的にポジティブな人間ならば、敵が去ったと喜ぶかもしれない。しかしこの場にいる全員は、未だ地響きの主が攻撃の時を伺っている、まさに今は嵐の前の静けさであると疑いもせずに信じていた。

 王女たちを一緒に乗せて、なるたけ音を立てずに離陸したイトに乗ったネイスは、上空から街道の一角を見つめる。初めて"竜"と遭遇した時も全く同じ状況であった。彼の目蓋の裏には、既に"竜"が砂の大地を突き破って天高く角を振り上げている。

 そしてその予想通りか、それなりに離れた地点、丁度レーナの魔法が炸裂した地点を中心に不自然な地響きが復活した。まるで煮立った熱湯であるかのように街道の表面を覆う砂が跳ね、段々とその規模を増していく。そして最高潮に達した揺れは、しかし一瞬だけ静寂を挟んで。跳ねまわっていた砂が一瞬だけ止まり、響き渡っていた地響きが一瞬だけ止み。


 魔法による物よりも余程威力があるのではないかと思い起こさせる、砂色の爆発。当然火薬を破裂させたのでは無いにも関わらず、ハンスたちにはまるでそんな火薬を有りっ丈纏めて火をつけたかのような衝撃波。最大にまで膨れ上がった皆の緊張を一気に爆発させるかの如く、"竜"が再度不届き者共の前に姿を現した。

 交易の要である街道が酷く小さな細道に見える程に大きな小山のような体格、それに押し飛ばされて盛大に弾け散る砂や小石が、離れた場所にいるハンスたちの足元まで勢いよく転がってくる。"竜"は余裕を見せつけるかのようにゆったりと翼を広げ、身に付着した砂を払い落とした。そんなゆっくりした動作でも、小さな人間にとっては脅威ある物として目に映る。
 彼にとってはもはや誇りと化しているのだろうか、先端が折れた片方の角は、折れていてもなおさらにその威圧感を増すばかり。そしてその折れた角が、もう片方の剛角を引き立てる物として皆の目に映った。彼との再会を果たした騎士の面々、そして彼の姿を上空離れた場所から見つめてるネイスでさえも、相変わらず気温の高さにも関わらず鳥肌が立つのを感じた。そしてハンスは、過去に戦った一角竜との違いに冷や汗を垂らした。

「……こりゃあ想像以上だ。やっぱとんでもねェ敵だな、オイ」

 半ば呆然と吐かれた彼のセリフに、だが反論しようと思える人間はこの場には皆無であった。


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