【第5話 誰が為に魔法はある】
鼓膜に響くのは各所での爆発音。次に響いたのは断末魔の叫び。
それらのものは全て、人々が生命が散らしていく瞬間を表していた。
どれほど多くの人間が、どれほどの思いを抱いて散っていったのだとしても、争いは絶えず続いていく。それが人類の本質である以上、どうすることも出来ないしどうにもならない問題である。
――そうだ。どうにもなりはしない。
やがて爆音と悲鳴は鎮まり、しばしの静寂が訪れる。
空に浮かぶ一隻の方舟の中。一人の女が、その生命を散らそうとしていた。
「……争いはどこまでも……続いていく……」
おびただしい量の血液で赤く染まった脇腹を右手で押さえながら、女は無念の言葉を溢す。
艶やかな金色の髪。透き通るような瞳の色は右は翠、左は紅色の虹彩異色――オッドアイ。
少女と呼ぶには完成された美を持っているかと思えば、淑女と呼ぶにはあどけない面影を残している。しかしその頑固たる眼差しは如何なる時も実直で、彼女の纏う雰囲気も相まって、苛烈な存在感を醸し出していた。
既に意識は朦朧としているのか。無人の部屋の中、覚束ない足取りで二、三歩ほど歩き進むと、彼女はその床に座り込んだ。同時に、彼女の左手から一冊の魔導書が落ちる。
「……私の命も、これまでのようですね……」
『余の機能を使えば助かる筈だ』
「以前……私はこう言いました。貴方のその力は、今後二度と使うことはない、と……」
『そうか……』
彼女が生まれた時から傍にあったと言うその魔導書は、彼女のデバイスにして、共に死線を潜り抜けてきた戦友でもある。
苦笑を浮かべ提案を断る彼女に、書は落胆の声を漏らす。もし今の書に人間の顔があったのなら、悲しみの表情を浮かべていたことだろう。
そんな書の心情を思うと、彼女の口元が自然に綻んだ。
「次に主となる者には使っていただけるといいですね……貴方の持つ七つの機能、全ての力を……」
その魔導書の全てを用いれば、この戦乱の時代を終わらせることが出来たかもしれない。そこまで及ばなかったとしても、彼女自身の死は免れていたに違いない。
しかし彼女は、書の主でありながらも書の全ての機能を行使することはなかった。民を束ねる王たる立場に立つ彼女であるが、彼女は王以前に人でありたかったのだ。
書の全ての機能を使った者は、神か悪魔にしかなれない。彼女はそれを理解し、嫌っていた。
「私との契約はこれまでです……貴方がここに居ては、ここを訪れた者が貴方を悪しき行いに利用する。だから貴方はもう、次の主の所へお行きなさい……」
主が死を迎えた瞬間、主と書の関係は断たれ、書は次の主の元に転生する。その機能を知る彼女は、あえて突き放すように言った。
貴方とはここでお別れだと。
しかし書の返答は、長年主として扱ってきた彼女をしても、思いがけないものだった。
『……良いのだ。人と人とが未来を紡いでゆくこの世界に、余は不要な存在だ』
デバイスが自らを――書が書自身の存在を否定したのだ。いつ如何なる時も造り出された目的を最優先に考え、その為だけに働いてきた管制人格が、それを破棄すると言い出したのである。
面白いことを聞いたとばかりに主は笑った。身に走る激痛すら忘れて。
『汝以外の主など、余には考えられぬ』
書の全面から虹色の光が放たれる。視界の全体を覆うほど強烈な光だったが、瞬く間に消えてしまった。
主の視界が元に戻った頃には、既に魔導書の姿は消失していた。だが、書の意思だけは未だこの場所に残っている。今も主の体を包み込んでいる、この父親のような温もりこそがその証拠だ。
『管制人格である余と、書本体を切り離した。これで余は、汝の傍に在り続けることが出来る……』
「……切り離した本体が悪しき者の手に渡ったら、どうするつもりですか……」
『本体は二度と人の手に渡ることはない。余が本体を送った場所は、人の寄り付かぬ次元の彼方、無人世界だ。何も気にする必要はない……』
数多の世界と主を渡り、その回数だけ人知れず世界を混乱に陥れてきたのがこの魔導書だ。そんな歴史を書の意思自らが終わらせるとは、誰が考えたことか。
『……余は、汝に感化されたようだ。だが、この気分も存外悪くないものだ』
「ふふ……貴方も人間らしくなりましたね……。その気分を忘れたくなかったから、私は人間で在り続けたのです……」
初めて口を聞いた時の書の意思と今の書の意思とを脳内で比べ、主は感慨に浸る。
その感慨は喜びにもなり、死を間近にしていると言うのに口元を弛緩させる奇妙な光景となった。
「……ありがとう、私を主と選んでくれて。私の傍に居てくれて……」
『礼ならば余が言うべきことだ。唯一無二の我が主、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトよ』
本体と分離し、人の目に見えない思念体となった書の意思が、続けて言う。「汝が主でなければ、余が幸福を覚えることはなかった」と。
この魔導書と主は、互いが助け合って生きてきたのだ。
そして共に死を迎えられることに、揃って喜びを感じている。
『後の世に……』
「悠久の平穏が訪れんことを……」
気力で繋いでいた意識は、全てを終えたことで闇に消える。
瞳を閉じ、永遠の眠りについた王の姿は、この世のものとは思えないほどに美しかった。
◇◇◇
虹天の書の意思と同化したまま眠ると、決まって不思議な夢を見る。
今朝のユーノ・スクライアの寝覚めは良くも悪くもなかった。プログラム体である今の彼には睡眠など取らずとも肉体的には何ら問題はないが、思考をリセットするという意味では、決して不要なわけではなかった。
それ以外にも人間だった頃の習慣が彼の中に残っている。一時間でも睡眠を取らねば、彼とて落ち着かなかった。
「この夢は、貴方の記憶なの?」
『今さら問う必要もなかろう』
「……ごめん」
人の見る夢など目覚めた時にはほとんど覚えていないのが普通である。しかし、彼は今朝の夢を鮮明に覚えていた。
書の意思が先代の主と交わした言葉。それだけでなく、その時の心情まで頭に残っている。
『汝が気にする必要はない。先代の主の記憶など、何の役に立つことか』
「いや、早速役に立ったよ。そのおかげで決意がより固まった」
誰かの為に全てを尽くすだけの覚悟。夢の世界に居た虹天の魔導書の意思は、今の自分と似ている気がした。これは自惚れだと思うが、ユーノには彼の心情をはっきりと理解することが出来た。
仮眠を取っていた木陰の場所から、ユーノは起き上がる。
ここは森林地帯。彼の肩には地球で言うところのリスに似た小動物が乗り掛かっていた。その小動物を柔らかな手つきで地に下ろすと、彼はぐっと背伸びをした。
『アベル・バラガス達との共闘関係を結び、七日後に決戦を控えた今、これより何をする気だ?』
「ん……そうだね。元凶の居場所はもうわかっているから、彼らの修行はバラガス親子に任せて、僕達は今後「物語」の修正に必要な人材を集めていこうか」
『当てはあるのか?』
「うん。僕と同じくらいの能力の、幼なじみのトリッパーがね……あの子ならきっと協力してくれると思う」
脳裏にスクライア一族の妹分の姿を浮かべ、ユーノは今日一日の計画を立てる。
今の自分の姿を見た時、あの子はどんな反応を見せるだろうか。アベルやリムのように、何者かと正体を問い詰めるだろうか。それとも……
「……あの子に会うのも久しぶりだな。元気にしていればいいんだけど……」
ふっと苦笑し、そこで考えるのを止める。
三角形――ベルカ式の魔法陣が足元に広がり、虹色の光が放出される。
次の瞬間、彼はこの世界から消えた。
◇◇◇
彼の葬儀から一週間以上が経過した今でも、心の傷は癒えない。憂いも憎しみも、消えることはない。
他の一族の者は悲しみながらもそれぞれ発掘作業に戻っているというのに、リース・スクライアだけは立ち直れていなかった。
何もやる気にならない空虚な心。
彼が居ない。たったその違いだけで、活発な少女は全く動かなくなってしまったのだ。
それだけ、彼に依存していたということなのだろう。
別れはいつか訪れるものだと、彼女とてわかっていた。彼が結婚するにしろ、どちらかが先に寿命を迎えるにしろ、永遠に同じ時を過ごすことはないと、彼女は知っていた。彼女の前世でもそうだったのだから。
しかしこんなにも早く時が訪れて、誰が受け入れられるものか。
浜辺に座り、広大な海を眺めている彼女の瞳は依然虚ろなままだった。
「エヴォリアルハート……」
「What?」
ペンダントのように胸元に下げた青色の宝石へ向かって、リースはか細い声で呼び掛ける。
高度なAIを持つインテリジェントデバイスにして、古代の遺跡より彼女自ら発掘したデバイスだ。もちろん、ロストロギア認定はされていない。共に見つけたピンク色のデバイスは、ユーノにプレゼントした記憶がある。
彼からは希少な砲撃魔導師としての資質を持つ自分にとって、すこぶる相性が良いデバイスだと言われた。
砲撃などという物騒な魔法は極力使いたくないものだと思ったが、発掘中に凶暴な魔法生物と出会した時は中々どうして重宝するものだ。彼女とエヴォリアルハートが倒した敵の数は、裕に十体を超えている。
そんな相棒だからこそ、彼女は重い口を開くことが出来た。
「ゴメンね……もう少し、待ってて……」
「You will be my master even if you continue stopping.(たとえ貴方が立ち止まり続けても、貴方は私の主です)」
「……ありがとう。私の我が儘を聞いてくれて。私の傍に居てくれて……」
ほとんど脱け殻と化した自分を、まだ主として認めてくれる。嬉しくもあり、申し訳なく思う。
「そろそろ立ち上がるから……もう少しだけこうさせて……ね?」
「Yes,sir」
自分には勿体ないぐらい気の利いた良いデバイスだ。これが最後だと自身に言い聞かせ、リースはその好意に甘えさせてもらった。
胸の前で待機状態のエヴォリアルハートを握りしめ、リースは祈るように瞳を閉じる。
――ユーノ君……
――貴方の分も、頑張って生きるよ。
――だから天国で見守っていてね。
目を開き、エヴォリアルハートから手を離す。
よし、と元気良く声を出し、リース・スクライアは立ち上がった。
「頑張ろう! 頑張って生きないとね……」
「It is the spirit,master.(その意気です、マスター)」
いつまでもくよくよしていたら、天国のあの人に笑われる。明日を決意し、リースは前方に見える海から踵を返す。
一族の所へ戻って、今まで通り発掘を続けよう。彼はそれを望んでいる筈だと、彼女は信じた。
――その時だった。
「えっ……」
振り返った先に彼が居た。
彼女が想い続けてきた彼が居た。
同じ姿で。
変わらぬ姿で。
優しい笑みを浮かべた最愛の少年が、そこに居た。
「あ……あああ……」
言葉が出てこない。
言葉にならない。
その胸を支配したのは、疑いでは断じてなかった。
ここ数日間抱くことのなかった、喜びという感情――ただそれだけだった。
「会いたかった……!」
気づいた頃には彼の体を抱き締めていた。頬を伝うのは、枯れた筈の大粒の涙。
――もう絶対、離れないからっ……!
その言葉を彼の耳元で吐き、彼女は何度も何度も叫んだ。
ユーノ君、ユーノ君と……。
◇◇◇
『現在虹天の魔導書を所有しているその人こそが皆さんをこの世界に送り込んだ張本人……つまり事の元凶、黒幕です』
ユーノ・スクライアから与えられた情報は、トリッパー達の日常に変化をもたらした。
その一つとして、彼らの受ける魔法講義の時間が、一般常識の授業よりも多くなったことが挙げられる。もちろん、それには理由がある。
『一週間後、僕はその人との戦いに赴きます。今日ここを訪れたのは、あなた方に協力をお願いする為です。皆さん、僕と一緒に戦ってもらえませんか?』
昨日隠れ家を訪れた少年の頼みに、真っ先に応じたのは小野慎二だった。「手伝わせてくれ」と、彼が逆に頼み込んだのだ。
続いて応じたのはこの場に居る最年長のトリッパー、リム・バラガスだった。物語を破壊し、世界を混乱に陥れようとする存在を見過ごすわけにはいかない。そう言って、ユーノと共に戦うことを宣言した。
他のトリッパー達はしばらく結論が出せないでいたが、ユーノが一つのメリットを提示した途端、続々と協力を受け入れていった。
『元凶を倒して、魔導書を奪うことが出来たら、皆さんの意識を元の世界、元の身体に戻すことが出来ます』
それが、ユーノが提示したメリットである。ここに居る多くのトリッパー達にとって、確かに魅力的な話だった。
彼らは慎二と同じで、元の世界ではほとんどが生きていた人間だ。死ぬ間際ではなく睡眠中に、知らない間にトリップさせられた存在なのだ。
始めこそアニメの世界に来られて良かったと思っていたが、決して元の世界に未練がないわけではない。彼らには家族も友人も居たのだ。戸籍も家もないこの世界より、元の世界の方が住み良いに決まっている。
誰もが自分の世界に帰りたいと思っていたところに、ユーノの言葉だ。
原作アニメを見たところ、ユーノ・スクライアは顔色一つ変えず嘘を吐ける人物ではない。安易な考えではあるが、それだけでも話の信憑性は高かった。
……それに、彼らには魔法の力を思う存分使ってみたいという欲求があった。経験不足故、戦闘に対しどこか甘い考えを持っている彼ら一同は、ユーノと共闘することにデメリットが少ないと判断していた。
そして彼らの下した決断は、現在行われている魔法講義へと繋がる。
姿も名前も知らない元凶との決戦は一週間後に控えている。
それまでの短い間での特訓など所詮付け焼き刃に過ぎないだろうが、何もしないよりはマシだ。魔力ランクだけは高い彼らなら、基本の一つや二つ覚えるだけでも大きなレベルアップになる。
やはり一般常識の授業より魔法の方が楽しいのか、リムの一言一言に一同は食いついていた。ポエマーと邪気眼も例外に漏れず、皆が集中して講義を受けている。
中でも際立った真剣度を感じさせたのは、やはり小野慎二その人だった。
(罪滅ぼしのつもりか……)
引き起こした事件は他の誰かによって仕組まれていたものだったとしても、彼がユーノ・スクライアの命を奪った罪は消えない。協力を真っ先に受け入れたのは、ユーノをプログラム体にしてしまったことに対する負い目か。あるいはユーノ達の「物語」を壊してしまったことに対する、彼なりの責任の取り方なのかもしれない。
(哀れよのう……)
リム・バラガスはかつて時空管理局に所属していた身だ。その職業柄、今の慎二のような人間は何度も見たことがある。
犯した罪を自ら償おうとするその姿勢は立派だと思うが、被害者がそれを認めるかはまた別の話だ。現にリース・スクライアは彼を拒絶し続けている。
ユーノ・スクライアが彼をどう見ているかは、第三者の視点からは図りかねる。
だが、今後彼らが彼を許すことがなくても、今の姿勢を崩さずに進んでほしいと思う。
元時空管理局提督としてではなく、リム・バラガス個人として。
(もっとも、最大の責任はお主の行動を止められなかったわし自身にあるのかもしれんがな……)
だからこそ最低限のことはしなければならない。それがリム・バラガスが考える自分なりの償いだった。
◇◇◇
【つまらん。
気持ち悪い。
設定壊しすぎ。
キャラ崩壊が酷すぎる。
捏造ヘイトとかもうね……
せめてオリジナルでやれ。なのはを汚すな。
貴方の書く作品は不快です。二度と書かないでください】
感想欄はいつも通り、酷評に襲われていた。
賛否両論ではなく、否だけが全面に押し出されたこの評価である。
当たり前だ。
何故なら彼らが読んだ小説は、作者があえて酷評されることを狙って書いた作品なのだから。
――フフ……アハハハハハ!
向かいの画面に並べられた文字列を読み上げるなり、青年は哄笑する。
行き過ぎた酷評は作者たる彼への中傷に変わり、感想欄はさらに混沌に陥る。しかしそれに対して彼が抱いた感情は、不快感でも落胆でもなく、歓喜だった。
その次に抱いた感情は呆れ。先までの笑みはどこへやら、やれやれと両手を扇ぎ、低い声で呟いた。
――この作品の真価が理解出来ないなんて、なっちゃいないね……。
チート、最強オリ主上等!
ニコポナデポは無限の可能性!
主人公と神様、オリキャラと作者による掛け合いは至高!
プロットなど不要! 今後の展開やヒロイン決めなど、読者アンケートの答えを見て決めるものだ。
アンチヘイトは作者の知力の見せ所! それが難しければ原作設定の捏造に限る。
原作キャラ、組織の蹂躙は、どうしてこうも清々しいのだろう。全く感情移入出来ない主人公の動きからは、とことん目が離せない!
主人公だけが間違っていると判断した者をSEKKYOUで更生させ、悪と判断した者を主人公の正義によってDANZAIする。
オリジナル主人公を引き立たせる為に原作キャラを劣化させるのも良い。多くの少女達から恋愛感情を持たれるのなら尚良い。
最強! チート! 原作蹂躙! アンチヘイトにハーレム!
そう、最低系こそ最高のSSである。
文章を読み進めていく度に神経が削られていくあの感覚はクセになる。加えて読者から送られる心ない中傷は、何よりのご褒美だ。
「ふ、ふふ……まさか僕の最低で最高な物語を、目の前に実現させる日が来るとはね……」
今朝、自分の書いた小説が全ての読者に酷評されるという、妙にリアルな夢を見た。
普通なら悪夢と受け止めるであろうその夢も、青年にとっては至福の時間だった。
彼は一言で言えば異常な人格の持ち主だった。
常人にとって不快に感じることが、彼にとっては心地好く感じる。逆も然り、常人にとっての快感が、彼にとっては吐き気を催すほどの不快感になる。常人との感覚が、根本的に相反しているのだ。
人が悲しむような出来事などは、彼にとって大の好物だ。
例えば、ユーノ・スクライアの死。
高町なのはがそれに涙した時などは心が踊り、しばらく笑いがおさまらなかったほどだ。
「……ルーイン・リフレイン」
照明のない一室。
今朝の夢を振り返り、思い出し笑いを浮かべていた青年の背後から、その名を呼ぶ声が聞こえてくる。
彼を呼んだ男は、この世界の存在を知る数少ない人物にして、青年が「造り出した」トリッパーの一人でもある。
その気配に気づいた青年は、特に振り向くこともせず「居たんだ」と軽い反応を送る。そして、言葉を紡いだ。
「しばらくぶりだねマーティー。ここに戻ってきたってことは、僕に何か用かい?」
「リム・バラガス一派が不穏な動きを見せています」
「……それで?」
「君の存在に気づいた可能性が高いかと」
「へぇ~。やるじゃない」
彼の話を聞いた青年は、ただ感心を表した。
この世界に来てから多くのトリッパーを生み出してきたものだが、その素材には頭の悪い連中ばかり選んできたつもりだ。
リム・バラガスは青年が生まれる以前から憑依している、第一世代のトリッパーだったか。
最初から自分の存在に気づくのならあの辺の人物だろうと予想していたからか、案外驚くことはなかった。
「それで、近い内に彼らがここに来るかもしれないって?」
「はい」
「なるほどなるほど。まあ虹天の書がここにある限り、僕は無敵だけどね。でも万が一のこともあるから君も待機しててよ」
「了解」
せっかく舞台に上げてやったと言うのに自ら役を下りるとは、全く礼儀のなっていない連中だ。
しかし彼らがここへ攻め込んでくるのならそれもまた面白い。神vs人間という戦いの構図も、とても香ばしくて良いではないか。
「ふふ、どうやって返り討ちにしてやろうかな」
「………………」
王座のような着飾った椅子に腰掛け、青年は対トリッパー戦の対策を練る。生前から妄想癖の強い彼にとって、それは実に退屈しない時間だった。
何やらブツブツと呟き始めた彼を他所に、報告を終えた男はそそくさと部屋を退散する。
「……質の悪い子供の遊びだ」
部屋を後にし、大広間のような広い通路に出た男は、呆れ返ったような口調で独語する。
あんな者の為に犠牲になった少年には、同情を禁じ得ない。冥福を祈ることしか出来ない自分が、酷く情けない者と思える。
「……しかしこの状況は、私にとっては転機か……」
誰も居ない通路の中、男は人知れず微笑を浮かべる。
しかしその顔は仮面に覆われており、この場に人が居たとしても今の表情を伺い知ることは出来なかっただろう。
――時の流れは早い。
それからの時間はあっという間に過ぎ去り、決戦の日は訪れた。