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No.315の一覧
[0] 遥か遠き思い出[雛菊](2007/03/24 20:06)
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[315] 遥か遠き思い出
Name: 雛菊
Date: 2007/03/24 20:06
ゴポ……

気泡を口から出しながら、少女は眼を覚ました。

「……………」

未だにハッキリしない思考のまま、僅かに開いた眼で周囲を見回す。

周囲の景色は、橙色に染まっていた。そして同時に身体全体に浮力が掛かっている。

ゴポ……

不意に少女の眼の前を何かが縦に過ぎ去っていった。

それはシャボン玉のように球形であり、フワフワと上を目指して昇っていく。

そこで少女はやっと自分が何かの液体の中にいることに気が付いた。それもどういう理屈か、呼吸に関して全く問題が無いのだ。時折口から出る気泡が目障りと言えば目障りだが、他に苦痛と呼べるものは存在しない。

自分の状態を認識した彼女は、次に外へと意識を向けた。

「……?」

外に広がる光景に少女は軽く眉を潜め、怪訝な表情を浮かべる。

彼女の眼に写ったのは何かの研究室のようだった。ただ巨大な試験管のようなものが壁一面に順序立てて並んでいるところを見ると、どちらかと言えば実験室かもしれない。

だが今はそんなことなど、どうでも良い。問題なのは散らばる資料らしき用紙の上に倒れる白衣の男達。色彩が一色しか無い背景の中、何故か彼らの周りの床は周囲の景色よりも色が濃く染まっている。

そしてもう一つは――男達を見下ろす人影。

橙色が支配する視界であるというのに、その人影の姿が漆黒であることは容易く理解できた

黒い装束で爪先から指先までスッポリと覆われ、顔さえもガスマスクのような物で隠されている。そしてその手に握られているのは、黒光りする拳銃。恐らくレーザーサイトであろう筒のようなパーツが銃身の下に取り付けられていた。

ふと、下を向いていた影が何かに気付いたように顔を上げてこちらを向く。
――眼が合った。
ガスマスクによって視線は愚か顔全体が隠されているというのに、少女は直感的にそう感じた。

影は緩やかな動きで腕をゆっくりと腕を持ち上げ、次いでその黒光りする銃身を少女へと――

「ッ!?」

それは本能とも言える反射速度だった。液体の抵抗に抗い、無理やり身体を半身にさせる。

瞬間、頬に僅かな痛みを感じた。目の前の光景がひび割れ、弾ける。

橙色の景色が消え、先ほどとは比べ物にならない鮮やかな色彩が彼女の眼に飛び込んできた。

ガラスの破片が宙を飛び散り、液体が部屋の床中に広がる。同時に身体を支えていた浮力が一瞬で喪失し、突然外へと投げ出されたその身は無様に液体まみれの床へと倒れ込んだ。

「ゲホッゲホッ!」

叩き付けられた衝撃か、それとも突如外界に出された故か少女は激しく咳き込み橙色の液体を吐き出す。

「……………」

だがそんな少女の姿に何の哀れみも躊躇も見せることなく、影は拳銃の照準を再び少女に合わせる。

「――クソッ!!」

静かに掲げられた銃に気付いたのか、少女は言葉を吐き捨てると起き上がることなく倒れたまま横にゴロゴロ転がって銃撃をやり過ごして机の影へと隠れた。

(一体何だというんだ!?)

机を背にしながら少女は内心毒づく。目覚めた瞬間に命を狙われたのだから、当然といえば当然だろう。

少女の耳にコツコツと靴底で地面を叩く音が聞こえてきた。それも音は徐々にこちらに近付いて来ている。こちらが素手だからだろうか、警戒しているとは思えないほど足音は順調に響く。

「この……舐めるなっ!」

それがこちらを見下しているような気がして、少女は頭に血を上らせた。同時に机の影から一気に飛び出し、地を這うように身を低くして駆け出す。

そして一瞬にして敵へと接する――はずだった。少女のイメージでは。

だが現実では……
「なにっ!?」
少女は未だ影へと接近することはなく、無様にも敵の前をノロノロと走っていた。一番驚愕しているのは駆け出した少女自身。

ハッキリ言えば良い的である。それを見逃すほど、影は甘くも無能でも無い。

レーザーサイトの光が一瞬で狙いを定め、引き金が引かれる。

「くっ!」

走っている途中の少女もそれを一瞬で察知し、何とか避けようと身体を捻った。

「が…っ!!」

確かに弾丸は少女の命を奪うことは無かった。だがその変わりに少女の白い肩を貫通し、真っ赤な血の華が咲く。

凄まじい激痛が少女を襲うが、気力だけでなんとか悲鳴を押し殺して再び別の机の影へと身を滑り込ませる。

(身体の動きが鈍い……どういうことだ?)

半ば混乱する思考を押し潰し、荒い息を吐きながら少女は傷口の状態を簡易的にざっと観察した。幸い弾丸自体は貫通しているようだが、それでも出血が酷く長い時間持ちそうに無い。治療ができれば良いのだが、生憎止血する道具も時間も彼女には残されていなかった。

しかしそれよりも深刻なのは身体の反応の遅さ。頭の中のイメージに身体が追い付かず、コンマ数秒のラグが生まれるのだ。戦闘においてその遅れは致命的と言って良い。

「……ん?」

そこで少女はふと自分の身体に眼を落とした。

視線の先には雪を連想させる白い肌の華奢な腕。そしてふわっと柔らかそうな女性特有の裸体。今更だが、布切れ一つ纏ってはいない。

「んなっ!?」

少女は一瞬驚愕に眼を見開くが、事態は彼女の理解が追い付く前に動き出した。
ドン!っという爆音と共に部屋、いや建物全体に衝撃が走る。

その瞬間、刹那にすら満たない僅かな間だけ、影の注意が少女から逸れた。
(勝機!)

原因は置いておくとして、今の少女の身体では影に勝つことは愚か逃げることさえできない。故にこの一瞬の隙は、少女に取っての最初で最後のチャンス。失敗すれば待っているのは死のみ。

少女は運良く近くに落ちていた一本のメスを拾い上げ、腕のしなりと手首のスナップを限界まで利かせて一気に影へと投げ付けた。高速で宙を駆けるメスは一筋の銀光となって影の顔面、丁度眉間へと真っ直ぐ突き進む。

しかしその銀閃もそれを瞬時に察知した影が僅かに身体を半身にさせて意とも簡単に避けてしまう。

だが、少女はこれを待っていた。

防ぐにしても避けるにしてもその間は、少女から一時的に注意がメスの方へと移る。そしてその一瞬は、投擲と共に駆け出していた少女にとって必殺の時足りえた。

踏み込んだ力強い震脚が、足元にバラ撒かれた資料や埃を少しだけ宙に浮かせた。同時に両の掌を手首が上を向く形で反転させ、腰の横まで引き付ける。
力の『溜め』は十分。

照準も既に定まっている。

後は―――打ち抜くのみ!
「うおぉおおぉお!!」

必滅の咆哮と共に両の掌打が、弓に引かれた矢のように放たれた。それ等は回避直後のため、動けない影の鳩尾へと突き刺さる。

瞬間、衝撃が―――影を突き抜けた。

「ぐっ!!」

その時、初めて影が言葉とも取れない声を漏らす。というより、息が口から吐き出されたと言った方が正しいのかもしれないが。

少女の一撃は、文句無しに入った。クリーンヒットと呼んでもいい物である。だが―――影は僅かに身を傾けるだけで倒れる様子は全く見せない。

その理由は手に残る感触が漠然と少女に告げた。

(浅いっ!?)

そう、影は少女の掌打がヒットする直前に強引に身を後ろに引いていたのだ。それ故にリーチの足りない少女の攻撃は半減されてしまった。

「くっ」

奇襲の思わぬ失敗に少女は即座に後ろに距離を取ろうとする。それが最早手遅れだと気付きつつも。

「ごふっ!!」

逃れようとした少女の腹に、黒い膝蹴りが突き刺さった。少女の身体が崩れ落ちる。

腹部を押さえ前のめりに蹲った少女は一時的に呼吸困難に陥り、息の変わりにダラダラと口から涎が零れ落ちた。

気を失いそうになるのを気力でなんとか抗い、頭を上げる。その顔は苦痛で歪んでおり、口の端からは涎が滴っているという酷いものであったが少女にはそれを気にする余裕など無かった。

(理不尽……)

視線の先にあった光景に、少女は思わず内心で毒付いた。

少女を見下ろすのは黒い影。もうダメージが回復したのか、地に足を付けたままガスマスクで覆われた顔を少女へと向けている。

その手がゆっくりと動く。握るのは当然ながら鈍く光る黒鉄。

(止めを刺すつもりか。それも……良い)

最早少女は半ば反抗することを諦めていた。肉体的にではなく精神的に疲れていたのだ。

復讐に身を費やし、ただ只管に力を求め、仲間をも捨てて全てを憎悪へと塗り替えた。

そして怨敵は打ち倒され、望むものも日常へと帰ってくることができた。

だが少女が戻ることはできない。その両手がもう真っ赤に染まっているために。

もう少女には望むことはなく、未練も無い。全てが終わるならばそれも良い、楽になるならばそれも良いと少女は思った。

黒い銃身が徐々に上がり、そして少女に眉間へと照準を合わせて―――銃を下ろした。

「?」

その動作に少女は怪訝な表情を浮かべる。

絶対に仕留められる状況でありながら銃を引いたことに、少女は理解できなかった。この暗殺者が情をかけたなどとは全く思わない。そんな甘さなど持ち合わせていないことは、命のやり取りを通して少女には嫌というほど分かっていたのだから。

影はそのまま身を踵を返すと、無防備な背を少女に見せたまま部屋から出て行ってしまった。

「一体……なんなんだ?」

殆ど呆然と呟いた言葉だが、それで限界だった。

少女の身体から一気に力が抜け、頭に霞がかって来る。極度の緊張が抜けたために、漸く身体がダメージを感じ始めたのだろう。

重たくなった瞼の所為で狭まる視界に、ドアが開く様子が写った。先ほどの影かとも思ったが、服の色が違うことに気が付いた。それにこちらの方は一人ではなく複数の人間がいるようだ。

「おい! 大丈夫か!」

その一人が少女へと駆け寄り、そっと抱き起こす。

だが視界が霞む少女はその男の顔を見ることはできない。ぼうっとする頭のまま、何とか首だけ頷く。

「そうか」

少女が答えたことに安心したのか、その男は笑みを浮かべた。そしておもむろに無線機を取り出すと、どこかへと通信を繋げる。

「こちら第一斑、少女を一人保護した。……いや、生存者は一人だけだ。そちらは?……そうか。では撤退する」

誰かと通信しているようだが、最早意識を保つことがやっとの少女には上手く聞き取ることができない。

しかしそれも限界か、瞼が今まで以上に重く圧し掛かる。それに耐えようという気持ちも既に無く、少女の意識は闇へと落ちていった。

意識が闇に変わる寸前、少女の目に自分を支える男の襟元が目に入る。

そこに付けられているのは、一つの紋章を象ったバッチ。

少女は見覚えがあった。それも嫌というほど何度も眼にしたことがある模様。

(地、球…軍……?)

そして少女はそれっきり気を失った。


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