暗黒の海を疾走する二つの機影。
MS(モビルスーツ)と呼ばれる二機の機動兵器は、どちらも白を基調としたトリコロールのカラーリングを施されており、背面から放出される緑色の光も相まって、その姿はおよそ兵器のものと思えないほど神々しく美しい。
しかし、今月面で繰り広げられているその攻防は、「死闘」の二文字を得るに相応しい苛烈さを極めていた。
時に撃ち合い、時に斬り合い、時に殴り合う。膠着した戦況は片方のMSのパイロット、リボンズ・アルマークの頭脳に苛立ちを募らせる。
(純粋種め……)
己が駆るMS――Oガンダム――のメインカメラが捉えるのは、同じ「ガンダム」の名を持つ同系色のMS――ガンダムエクシア――。パイロットは、刹那・F・セイエイ。
本名、ソラン・イブラヒム。
十二年前も同じOガンダムに乗って、リボンズは彼の前に現れた。
――光の翼を広げ、荒廃した大地を見下ろす一機のMS。
それを見上げるソランの純粋な瞳は、コクピットから見下ろすリボンズの心に深く強い印象を与えた。
やがて外宇宙へ進出する人類をイノベイターへと革新させる為、ヴェーダによって人造的に生み出された存在――イノベイド。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして働いていた当初は、リボンズとてその役割を忠実に果たそうとしていた。
しかし、人類は何も変わらなかった。
この世界を一世紀以上も前から見続けてきたが、人類は未だ愚かで、惨めな争いの歴史をひたすら繰り返しているだけだ。
そんなニンゲン達の為に使い捨てにされなければならないイノベイドの運命と、計画半ばで滅びなければならないガンダムマイスターとしての自分の運命に、彼は絶望していた。
心の疲れきった当時の彼にとって、ソラン・イブラヒムから送られた無垢な眼差しは、後の行動原理の礎となるほどに影響を受けるものだった。
――そうか、君にとって僕は神か。
コクピットの中で一人呟いたあの言葉が、ふと脳裏に蘇る。
――それはそうだろう。僕は君達より遥かに高みに居る存在なのだから。
イオリア計画の完遂に、イノベイドの存在は必要不可欠。ならばイノベイドをさらに超えたこのリボンズ・アルマークこそが人類を導く存在なのだ。
だから僕には、人類の為に滅ぶ必要はない。
イノベイドの、リボンズ・アルマークの在り方を示してくれた彼には感謝している。
リボンズは短く息を吐き、戦場に似合わない笑みを浮かべる。
――刹那・F・セイエイ。
イノベイターとなった君がここで僕を打ち破ったとしても、君は決して人類を導こうとはしないだろう。
ティエリア・アーデのように、人類と共に未来を創ると言うだろう。
――その選択が正しいか否かは、君の目で確かめるがいいさ。
――僕を超えた後でね。
リボンズには人間であったことは一度もない。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターでもイノベイドを超えたイノベイドとしてでもなく、人間としての視点を持ったことがないが故に、エクシアのパイロットのように人類への希望を見出だすことが出来なかったのだ。
――さあ、来い。
機体の半分以上もの長さを持つ実体剣――GNソード改を構えたエクシアが、その足で地面を蹴り、背面部から解放された緑色の粒子と共に急迫してくる。
対峙するOガンダムは、一歩も動かない。
光の剣――GNビームサーベルを両手に構え、敵との間合いが限界まで狭まる瞬間を狙い、彼はようやく切っ先を前に突き出した。
Oガンダムのカウンターは、間違いなく成功した。
ビームサーベルは狙い違わずエクシアの腹部に突き刺さり、その機体に致命傷を負わせた。
しかしこちらが受けたダメージは、敵以上に深刻なものだった。
Oガンダムもまた、エクシアの剣によって胸部を串刺しにされていたのだ。
「……イオリア……」
配線がショートする音が、Oガンダムのコクピット内に絶え間なく響く。
薄れゆく意識の中、リボンズの口から吐き出されたのは、彼らの創造主の名だった。
イオリア、イオリア・シュヘンベルグ。
彼に定められていた滅びの運命からは、どうやら逃げられなかったらしい。
――いや、もういい。
ガンダムマイスターとしての当時の自分が滅びの運命を背負わされていると思ったのは誤解で、本当は計画から外された存在として生きる未来を与えられていたのだ。
彼を信じ抜くことが出来なかった、自分の負けだ。
イオリアが求めていたのは人類が人類の手で切り開いていく未来だった。
たとえイノベイドを超えても、造られた自分には救世主になる資格はない。
イノベイター気取りのイノベイドが、真のイノベイターに打ち倒される。それこそが正しい結末なのだ。
――世界のことは、君達に任すよ……
一人のイノベイドは己の敗北と、我が身を死に至らしめたイノベイターの実力を認める。
ただ一つだけ、死ぬ前に思うことがあった。
もしも自分が人間として生まれてきたなら、一体どんな生き方をしたのだろうかと。
あの青く美しい、重力の中で――。