On The Night Before The Battle 第20話「物語の始まり」 NEW「ディバインバスター!」 桜色の魔力光が視界を埋め尽くす。 何度も横で見てきた……いや、一度は真正面から受けたっけ? それはともかく圧倒的暴力を前に、脳内にこれまでのなのはとの日々が走馬灯のようによぎる。 と、脳みそのどこかが理不尽極まりない魔力差に悲鳴を上げているのだが、腹黒い方の師匠どもに寝る間も利用して徹底的に叩き込まれた戦技は、回避の最適解を導き出す。体をわずかにひねると、そのまま頭から突っ込んでいく。──投射面積を最小に、速度は落とさず。視線を逸らすな。彼女の一挙支一同を見逃すな。 間合いを詰めながら、俺の意志を感じたデバイスが形状を音を変えていく。剣の柄に変わった杖を確認する間もなく、俺は魔法を唱えた。「ブレイズセイバー!」 ブレイズセイバー……俺の戦技の起点となる、魔力の剣。かつて親友であるユーノに教えられた魔法……それを今の俺に合わせアレンジした魔法だ。 青く輝く魔力の剣を、俺は真横に振るう。 無造作に見えるだろう一閃だが、その実はシグナムから教わった紫電一閃の理に、数年前に知り合った抜刀術の達人の技を組み合わせた一撃だ。さすがに紫電一閃ほどの威力は無いが、溜め無しに震える一撃としては、相当の威力を誇っていると自負している。 もっとも、それは当たればの話だ。 俺の動きを読んでいたなのはは、レイジングハートを構えると、安物のデバイスなら容易に粉砕する一撃を受け止める。 ……いや、違うか。小さなシールドを何重か重ねてたか、それでも止められないとデバイスを……。それに……。「フォースアーム使ったな! 著作権料払えー!」「私も著作者だから問題ないよ!」 率直に言えば、今の一撃はベルカの騎士の技に匹敵する出来だった。 普通に受け止めただけでは体勢を崩す。そう判断したのだろう。俺たちがかつて作ったミッドチルダ式魔法の格闘戦用魔法を、なのはは瞬時にレイジングハートに纏わし、俺の斬撃の威力を相殺したのだ。 こちらの手の内を知っていた事を差っ引いても判断が早い。口で下らないじゃれ合いを演じながらも、なのはの技量、判断力に舌を巻く。全てにおいて一流、得意分野は超一流。わかってはいたが、教導隊の看板に偽り無しか! この五年、腹黒い方の師匠たちや、船に乗り込んでいた無駄に元気な老人どもを相手をしてきたおかげで、格上相手の戦い方は嫌ど言うほど経験している。 得意の近接戦でも、なのはを圧倒できるような技量差は無い。そもそも、教導隊相手に同じ距離を保ち続けるなど、下手すりゃ倒すより難易度が高い要求だ。 定石を保ちつつ高度で臨機応変な云々かんぬん。ここはとりあえず仕切り直し、逃げの一手。 逃げ道は上下横の三つ。 そのうち下は論外。精密な誘導弾と少々の障害物などものともしない火力を持つなのは相手に、建造物が立ち並ぶビルの合間など自殺行為に他ならない。残るは上か横。上を取れれば有利だが、上昇速度は横への移動よりも当然遅く隙を作る。ならば横に距離を……なんて安易に逃げれば、なのはの火力による追撃をモロに受けるだろう。 結局、距離を取るなら上昇するしか無い。 俺は火花を散らす魔力剣に力を込めると、なのはと距離を取るために上昇する。 だが、逃げようとする俺を見逃すほどなのはもお人好しじゃ無い。すぐさま追撃の魔法弾を……。「クレイモア!」 だが、今回の読み合い、あるいは速度勝負は俺に軍配が上がった。 子供の頃から使い続けているオリジナル魔法が発動する。誘導性能ゼロで射程も短い。その上使いどころを間違えると味方を巻き込む散弾魔法だが、その威力だけは本物だ。至近距離で炸裂すれば砲撃並みの威力がある。 ましてなのはは追撃に移ろうとしていた。こんなものを加速中に食らえばタダでは済まないと、流石に足を止めシールドを張って散弾の雨を耐える。 その隙に上昇した俺は体勢を整えると、デバイスの先端をなのはに向けた。「ブレイズ……」 砲撃形態に変形した杖の先端に魔力が膨れ上がる。万全の体勢をでの砲撃、これなら並みの相手なら一撃で倒せる。 そう、並みの相手なら。「ディバイン──」 そう、相手は並では無い。 通常なら防御するだけで手一杯の散弾の雨に飲まれながらも、なのはは瞬時に体勢を整え砲撃の構えをとっていた。 防御力が高い! チャージ速度が早い! 姿勢制御が上手い! そしてなにより、判断速度が早い! 内心で愚痴を言いながらも、焦ることなく砲撃を放つ。「キャノン!」「バスター!」 青い閃光と桜色の奔流が空中で激突する。数瞬だけその力は拮抗し……吹き散らされたのは俺の放った砲撃であった。 流石は砲撃型というか、正面火力じゃ逆立ちしても……って、ぬおっ! 爆煙を貫き、再び桜色の砲撃魔法が飛んでくる……って、砲撃を魔法弾感覚で連射するんじゃない! 1発1発の火力は落ちるようだが、まともに食らえば落ちかねないぞ、これ。 そしてそれ以上に厄介なのが……。『Divine Shooter』 短い間隔で放たれる砲撃と、その合間合間に放たれる精密な誘導弾。レイジング・ハートの的確なサポートがあるとはいえ、一対一なのに多人数と戦っているのかと錯覚しそうになる。 俺は使えないけど、まったくもってこういう時はインテリジェントデバイスはうらやましい。 まぁ、無いもの強請りは後にして、ある手で状況を打破しますか。「ラウンドシールド!」 俺の防御魔法が紙装甲では砲撃を受け止めるには難しくとも、魔法弾数発ぐらいでいきなり破れるほどヤワではない。濃厚な弾幕を張ってはいても、所詮はなのはは一人。 俺は障壁を傘に、なのはに接近を試みる。 連射可能とはいえ、砲撃に関しては間隔がある。牽制の魔法弾を裁ければ接近も可能……って。 「ぬわぁ!」 回避しそこねた魔法弾の一発をシールドで止めるものの、その一発でシールドに込められた魔力の大半が消失し、飛行速度を殺される。 ってか、ほんと何たる馬鹿魔力。「足を止めたね……ファイア!」 そして当然だがその一瞬の隙を見逃さず、なのはが砲撃を放ってくる。 だけど、距離はだいぶ詰めた。この距離なら!「紫電……一閃!」 連射速度を上げた砲撃。逆に言えば、そのために普段の威力はない。 ならば、切り裂き前に進むこともできる。 桜色の魔力光を左右に切り裂き、俺は進む。その先にいるのなのはに向かい魔力剣が振り下ろされる。『Protection』 だが、砲撃を遡っての強襲。だが、当然のように障壁が行く手を阻む。さらに言えばなのはの事だ、近接対策は万全だろう。何らかの一手を打ってくる。 案の定、魔力の動きを察する。ゼロ距離バインドか……それとも別の魔法か……。 でも……今回は俺の方が早い。「はああああっ!」 俺は障壁に遮られ止まった剣を振りぬく。その動きに、魔力剣の“剣”の部分のみがすっぽ抜けその場に残る。「ええっ?」 さすがにこれはなのはも予想外だったのか驚きの声を上げるが、それで動作が止まらないのが流石だ。視界の隅に魔力の鎖がよぎる。 でも……、5年間の成果、ここで一つくらいは見せるとしよう。「紫電一閃! もう一発だぁ!」 俺はデバイスを持たない左を握りしめ、思いっきり障壁に食い込んでいた魔力剣をぶん殴る。 そう、馬鹿の一つ覚えに1日も休まず──入院していた日を除く──剣を振るい続ければ、凡人は凡人なりに見えてくるものもある。まだ真似事の域は出ない半端物の紫電一閃ではあるが、剣以外の得物や素手でも繰り出す事が出来るようになっていた。 二発目の紫電一閃は魔力剣を押し込み、切っ先を強引に障壁にめり込ませる。「ブレイク!」 瞬間的に魔力を収束させる技を一点に収束させた二連撃に、なのはの障壁を言えども耐える事は出来ず砕け散る。 その勢いのまま拳を……って?「ヴァン君、今のはヒヤリとしたよ……」 まぁ、魔法をバンバンぶっ放し剣で斬り付けておいてなんだが、やっぱ女の子を直接殴るのは心情的にちょこっとやりにくかったなってのはありましたよ。 あと、直接ぶん殴るんじゃなくて、魔力衝撃波で吹っ飛ばすつもりでしたから若干威力は落ちていたかもしれませんよ。 でもさぁ……。「いや、あのさ。そこでなんで拳を受け止める事が出来るかなぁ……」 そう、目の前にいる高町なのはさん。よりによって俺の拳を素手でがっしり受け止めましたよ。言っておきますが、若干威力が落ちていたとはいえ岩をも砕く一発ですよ。 ああ、うん。ちょっと失礼だったかな? そう、意識を切り替えなきゃいけない。5年前、ちょっとした冗談に慌てたり、実は機械オタでデバイス整備を横で興味津々に見ていた可愛い少女はいないのだ。ここにいるのは百戦錬磨の武装隊員を足腰立たなくなるまでしごきまくる、エース・オブ・エースと書いて魔王と読む鬼教官なのだ。「何か酷いこと考えてない?」「いや、別に?」 ジト目で睨まれましたが、とりあえずとぼけました。「いま、魔王とか言ったでしょう!」「あれ!? 声に出ていた!?」「やっぱり!」「誘導尋問!? ずっこい!」 と、まあ、口ではとぼけたじゃれ合いをしながらも、しっかりキック一発でなのはを引きはがしてそのまま高速のドックファイトを再開しているのですが。「ヴァンくん、少しお話聞かせてもらおうかな?」 まぁ、台詞回しこそ冗談めいたものがあるが、俺もなのはも表情は真剣そのものだ。 油断すれば墜ちる……。 格上相手に先ほどのような奇襲はもう通じない。ここからが腕の見せ所だ。 精密な誘導弾と高威力の砲撃を得意とするなのは相手に距離を取るのは自殺行為だ。かといって、馬鹿の一つ覚えに近接戦闘を仕掛ける訳にもいかない。教導隊に選ばれるような魔導士は、得意分野は超一流、それ以外は一流の実力の持ち主だ。なのはもその例にもれず近接格闘においても一流であり、俺が懐に入り込んだ程度で制圧できるような相手ではない。 むしろ、俺の得意分野を知っているなのはの事だ。近接に持ち込まれた際の対策は十分しているだろう。 付かず離れず。誘導弾と砲撃が使いにくい距離を維持しつつのヒットアンドアウェイを繰り返しチャンスを探すしかない。 と、俺が考えていることまで読んでいる可能性も……確実にこっちの考えなんて読んでいるな。 結局、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するしかない。 やれやれ、ずば抜けた戦闘センスを誇るなのはをどう出し抜くか……、ここは腕の見せどころだな……。 さて、俺となのはがこうして戦っているのは、当然だが喧嘩をしたからではない。というか、当たり前だが喧嘩で魔法は使わないし、そんな事態になったら土下座で謝る。なのはを本気で怒らせると怖いのだ。 と、話が逸れた。 少し前の話になるのだが、ある事件において違法魔導士……“星光の殲滅者シュテル・なにがし”と交戦した。シュテル・むねなしには残念ながら逃亡を許してしまったのだが、なんだか知らないが去り際に「また戦いたいです(意訳)」などと抜かしやがったのだ。 多分冗談なんだろうが、勘弁して欲しいというのが正直なところだ。戦うのは好きじゃ無いし、凡人に毛が生えた程度の身に、推定Sランクの魔導士の相手は荷が重い。何より、犯罪者と馴れ合う趣味はないのだ。 今度出てきたら一人で戦うなんて馬鹿な真似はしないで、公僕らしくとり囲んでぶん殴り捕まえてやるつもりではあるが……、分断されたり、向こうも集団で来たりしたら一人で相手をするなんて事態になりかねない。 というか、実はあまり考えたくない話なのだが、研修終了後は魔導士ランク昇格試験と同時に地上本部付きの空隊に復帰する事が内定している。この時、無事ランク昇進した場合の魔導士ランクは空戦AA-。これはミッドチルダ地上本部ではゼスト二佐のSに次ぐランクとなる。二佐は過去の負傷で長期戦が厳しい以上……。 うん、これ以上は考えるのが怖いのでやめておこう。あくまで地上直属部隊だけの話で、それ以外の駐留部隊にはもっと強い連中はゴロゴロいる。 兎に角、シュテルとの再戦を考慮して、とりあえずいくつかの攻略法がどこまで通じるかを確認するために、似たタイプの魔導士であるなのはにアグレッサーを頼み、ほぼ実戦形式の模擬戦を行なっているわけだ。 無論仕事に学業に忙しいなのはに個人的な模擬戦頼むのだから、無料というわけにはいかない。 週末、最近評判のレストランで俺持ちでランチをご馳走し、買い物に付き合い、夜は自宅まで送らなければならないのだ。財布にまで攻撃を仕掛けてくるとは、おのれシュテル、ありがとう。「またっ!」 軽い炸裂音と共に、なのは周囲で火花が散る。 彼女が普段より強く放出している魔力が、俺の設置した見えないバインドを焼き払ったのだ。 うん、そりゃ対策するよね。 見えないバインドの目的は三つ。一つはもちろん拘束だ。相手の動きを鈍らせる、あるいは特定条件下で動きを封じるのが目的だが、その性質上少ない魔力しか込められない。というか、普通に魔力を消費するなら、通常のバインドを使っている。 あくまでも状況を有利に進めるための補助魔法なのだが、少ない魔力で使える反面とにかく脆い。ああやって少し強い魔力を放出されるとロックする前に魔法が吹き飛んでしまうのだ。 まぁ、とはいえ第二の狙いというか副産物というか、対策をしてくる相手に無駄に魔力を消費させ、見えない罠で心理的動揺を誘うというのがあるのだが……。「砲撃型が突っ込んでくるか!?」「当たる気がしないからねっ!」 レイジングハートを槍の形状に変化をさせ、なのはが高速で突っ込んでくる。ヒットアンドアウェイで消耗させているはずなのに、魔法弾の弾幕や見えない罠もなんのその。正面の魔力障壁で弾き飛ばしてやんの。 心理的動揺、魔力消費、どちらもなのはにとっっては無視できるレベルって事か。ほんと、よく鍛えている。「非常識な!」 とはいえ、砲撃型が突っ込んでくるなんて非常識にもほどがある。ダンプ並みの突撃なんぞまともに受ける気は無い。 なのはと比べ唯一優っている加速力を生かし、なのはの軌道から離脱をしようとして……。 「うわっっと、あぶねぇ!」 そこを待ち構えてましたとばかりに事前に配置してあったらしき魔法弾がこちらに向かってくる。1発、2発と回避をするが……。逸らさなかった視界の隅に見えるのは、砲撃のチャージをしているなのはであった。 突撃は見せ札かよ。回避行動を取ろうにも、縦横無尽に飛び交う魔法弾が邪魔で離脱が難しい。 こうなったら! 俺は迫り来る魔法弾の一つに狙いを定めると、ブレイズブレードを叩きつける。 ちょいとしたコツで魔力剣の強度と粘度を弄った一撃は、俺の狙い通り魔法弾をなのはに向かって弾き飛ばした。「えっ!? えええっ!?」 魔法弾を弾き飛ばす事は予測できても、打ち返す相手がいたのは流石のなのはにとっても予想外だったのだろう。驚きの声を上げて慌ててシールドで受け止める。 おっし、狙い通り。 なのはの意識が逸れた隙をつき、残りの誘導弾を全て叩き落とし距離をとる。「ヴァンくんの方がよっぽど非常識だと思うよ」「失礼な」 追撃を諦めたなのはのぼやき声が耳に届く。魔導士としての俺は常識の範疇にいるので、非常識だなんて風評の流布はやめてほしい。 とまぁ、ぼやきはさておき……、ある程度の長時間、高速でなのはと切り結びながら、気がついた……いや、再度確認できたことがある。 牽制程度じゃ攻撃が通じないでやんの……。 互いにクリーンヒットが一発もないので、大きなダメージが無いのはわかっているが、牽制に放った攻撃の大半が防がれている。 技量の高さによる回避もあるが、それ以上に大きい理由が素の防御力の高さだ。軽い攻撃は割と掠っているのだが、その程度では防御が突破できない。これがフェイトやシグナムなら、かすれば少しぐらいはダメージになっているだろう──あの二人の場合、そもそもかする事がまず無いという話もあるが。 話を戻そう。 当てるのが難しく、当てても簡単にダメージにならない高防御の持ち主……なのはやヴィータ、そして仮想敵であるシュテルのようなタイプは、攻撃が軽く手数でダメージの蓄積を狙う俺にとって天敵と言ってよかった。 もっとも、紫電一閃やブレイズキャノンなど一部の高火力魔法は通じないわけでは無い。要はバリア突破にどう磨きをかけていくか……。これが今後の課題という事だろう。 さて、課題はわかった。というわけで……「あー、なのは。ちょっとタンマ」「どうしたの、なんかトラブル?」「いや、ごめん。余裕があるうちにこいつをを試してみようと思って……」 俺は懐からメモリサイズの小さなデバイスの追加ユニットを取り出しながら、なのはに告げる。 普通模擬戦の最中にこんな事は言わない。だが、今回の模擬戦は俺の魔法のテストともう一つ、この場所を使用にするにあたり尽力してくれた第四技術部のマリエルさんから頼まれている事があった。「ああ、ヴァンくん。それを使うんだ。それじゃ、少し待っているね」 俺の言葉になのはは構えを解くと、興味津々といった様子でこちらを見る。割とこういうの好きだからなぁ、なのはは……。 さて、それはともかくとして、マリエルさんから頼まれていたのは、彼女の部下の一人が開発した新型ユニットのテストであった。 なんでも個人的に開発したため管理局としてテストが出来ないのだが、発想が面白いという事でクロノさんを経由して俺にテストの依頼が回って来たのだ。 開発した女性……キリエさんが言うには、主目的は汚染地域など厳しい環境下での適応装備らしいのだが、そういった環境での害獣との戦闘も想定し、戦闘にも十分対応できるよう作ったらしい。生産性などに問題があるらしく正式にトライアルに出すことはないそうだが……。 その辺の事情はいずれ話すこともあるだろう。「S4U、コネクターオープン。Fユニットセット」 俺はデバイスのコネクターを開くと、そこにユニットを差し込む。動作をつい口にするのは、仕事がらの癖という奴だ。「んじゃ、いくぜ……フォーミュラモード……、セットアップ!」 俺の掛け声とともに、まずはデバイスの姿が変わる。 俺のデバイスS4Uは突起物の少ない、カートリッジシステムのみが目立つ杖なのだが、先端の魔力増幅部がカートリッジのマガジンを内部に取り込み、円盤状のパーツを中心にカバーが取り付けられていく。さらに、各部がスライドを開始する。 さらに身に纏うバリアジャケットも形態を変える。 俺のバリアジャケットはクロノさんの物と同じデザインの色違いなのだが、空中に金属上のプロテクタが出現したかと思うと、クロノさんの角があった場所や関節など要所要所を覆っていく。さらに、プロテクター同士を繋ぐようジャケット表面をエネルギー循環用のラインが伸びていく。『Formula Moad Set Up』 デバイスのスリット部と、ジャケットのラインが青く発光を開始を始める。「うわぁ、すごい……」 変わった俺の姿を見て、なのはが感嘆の声を上げる。 うん、このフォーミュラーモードは見た目がすごく派手だ。「悪い、なのは。またせた」 「ううん。それよりも、ヴァンくん大丈夫?」「問題ない……と思う」 S4U-FMの作動は正常。魔力循環も問題ない。 たとえ訓練でも、いきなり戦闘で使うような度胸はない。何度か試着、調整はしているのだが……このフォーミュラーモードは悪くはないんだけど、微妙に動きにくい。なんというか、全身が引っ張られるような……サイズの合わない服を着ているような……。 とはいえ、実際のところは攻撃力、防御力とも上がっているので、単なる慣れの問題だろう。「それじゃ、相手を頼むよ」「うん。それじゃあ軽い所から……」 その言葉とともに、なのはの周囲に複数の魔法弾が……って、え?『Accel Shooter』 って、いきなりそれかい! 32発……なのはの最大数の魔法弾が唸りを上げて襲い掛かる。距離を取っていたから、これはやばい。 慣らし運転もへったくれもなく、俺は急加速で高度を上げるが、当然のように魔法弾は俺を追いかけ回り込んでくる。さらには……。「ファイア!」 さらには、誘導弾の合間合間に、なのはが砲撃挟んでくる。しかも、いつものごとく高速で動き回り、距離を詰めさせない…… レイジングハートの補助があるとはいえ、32発の誘導弾をコントロールしながら砲撃をぶちかまし、さらに高速で動き回るなんて、控えめに言って人間技じゃない! 先ほども何度か似たような攻防はしているが、準備時間があったためか弾幕がひたすら厚い!「いや、いきなりこれはひどいんじゃない!」 抗議の声を上げるが、なのはの返答はと言うと……。「マリーさんとキリエさんから、全力でやってって頼まれているからね!」 あいつらー! なのはの全力を受ける俺の身にもなってみろって言うんだ。というか、このままじゃまずい。一発喰らって足が止まった瞬間、本命の砲撃が飛んでくる。 この辺は奇策に頼る必要のない、基礎能力の高さを誇るなのはの強みだ。普通にやっているだけで、こちらが勝手に追い詰められていく。 まったくもってうらやましいかぎりだ。 厚い砲撃と魔法弾の弾幕に、俺の逃げ道が徐々に削られていく。そして……。「行くよ!エクセリオン……」 次の瞬間、強烈な閃光と爆音があたりを照らす。 なのはが砲撃を放った……わけでは無い。 あたりには大輪の光の華が咲き乱れ、身を震わせる爆音がこだまする。要するに、下から大量の花火が打ち上げられているのだ。 その名もスターマイン! まぁ、俺が戦闘中、魔法弾に混ぜてばらまいておいた魔法製の花火を発動させただけだが……。 この突然の行動に、なのははあわてず騒がず足元にシールドを張る。 ここで慌てて砲撃を中止したり、逆に花火を無視して砲撃を強行する相手なら楽なんだけどなぁ……。 実際、なのはが張ったシールドには花火に紛れ俺が設置しておいた魔法弾が何発も命中し、障壁の前に砕け散っている。命中さえすればダメージを与えられるはずだが、流石にあのシールドを突破するのは難しい。 だが、一瞬の空白と……目つぶしは出来た。『Flint Shot』 無数の魔法弾がシールドに阻まれる中、たった一発の魔法弾がシールドに着弾し……、今度こそなのはの周囲に大きな爆発が起こる。 そう、先ほどまではなっていた見えないバインド。その第三の罠が発揮されたのだ。 俺の使う見えないバインドは種類こそ20ほどあるが、そのほとんどは少し魔力を強く消費するだけで焼き切れる脆弱な強度しか持たない。 だが、それで構わないのだ。 焼き切れたバインドの中に、拘束能力は無いが消費され空中にたまる余剰魔力を吸収する……そんな特性のあるバインドを混ぜておいた。普段なら短時間で消滅するそれも、なのはがバインドを警戒し魔力を強めに消費する限り、余剰魔力を徐々に力が溜まっていく。 そこに、その魔法が爆発するよう火種となる撃ったのだ。 実の所、収束すらしていない余剰魔力では大した破壊力にはならない。なのはの防御力なら大きなダメージにはならないだろう。 だが、不意の大爆発は彼女と言えどもバランスを崩し大きな隙を作る。 誘導弾の制御がおろそかになり、砲撃が止む。 その一瞬の隙に、俺は一気に間合いを詰める。 誘導弾が追いかけてくるが、勢いに乗った俺を捉えられる物ではない。「紫電……」 ブレイズセイバーを下段に構える。 ……爆煙の奥のなのははすでに態勢を整え、シールドを張っている……態勢を整えるのが早い! 紫電一線二連撃は先ほど見せてしまった。あんな奇策は一度見せれば対策される。ならば、避けられぬ一撃を放つだけだ。「一閃!」 憩いを乗せた剣を、ただひたすらに振るう。 フォーミュラーモードにより威力の底上げされた一撃は、なのはのシールドを断ち……。その奥にいたなのはの身に魔力刃をめり込ませ……。「そこで反撃するかぁ……」 俺のあきれ声が周囲に響く。 紫電一閃は確実に決まった。確実になのはの防御を突破していた。 だが、その瞬間、なのはの右腕から放たれたのは砲撃だった。ディバインバスター、高町なのはの代名詞ともいえる砲撃魔法。 シールドと煙、俺の死角となる場所でチャージをされていた魔法が、紫電一閃が決まる瞬間に放たれた。普段と違うのはただ一つ、デバイスからではなく掌から放たれたこと。「直撃を避けたヴァンくんもすごいと思うよ」「フォーミュラーモードに助けられただけだよ」 咄嗟の回避であった。 攻撃に意識を割りすぎていた俺は、完全に回避する事が出来なかった。なんとか身をひねり砲撃の射線から抜け出すものの、フォーミュラーモードの防御力が無ければ、砲撃の勢いに抗えず、そのまま飲まれて完全に撃墜されていただろう。 砲撃がデバイスの先端では無く手からというだけで、読みを間違えるとは情けない。『Both shots down』 撃墜判定を任せていたレイジングハートが模擬戦の終了を継げる。結果は引き分け。とはいえ、紫電一閃はなのはの表面を削ったに過ぎないのに対し、俺はと言うとフォーミュラーモードの左半身がブスブスと焦げている。 装備に助けられただけだよなぁ……これ。 「大丈夫? ヴァンくん?」「大丈夫だけど……最後失敗したなぁ……。最後の隠し種を使っちゃったから、焦りすぎたか」 もうちょい、奇策に頼らない基礎力の強化が必要だよなぁ……。まぁ、5年前からずっと必要必要言っているけど、中々改善できないでいる。 うーん、もうちょいいくつか試してみるか。フォーミュラーモードももう少し試してみたい事があるし。「なのは、悪いけどなのは、時間と体力が大丈夫ならもうちょい俺の我儘に付き合ってもらえないかな?」 俺の申し出に、なのははまず目を丸くし、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。「お昼ご飯だけじゃ、ここまでが限界かな? どうしますか、お客さん」 わぉー、追加料金の請求かい。こいつはクールだ。「えー、その辺はデザートとかで手を打てないものでしょうか?」「うーん、もう一声」「ええい、この交渉上手!」 結局、買い物の際に何かをプレゼントするという事で手を打ってもらいました。 もっとも、交渉と称する休憩中もやる気満々だったので、プレゼントうんなんはなのはの冗談なのだが……。「それじゃ、休憩も終わり。もう少し頑張ろうか!」 そう言ってほほ笑んだなのはは、見とれるぐらい可愛くて、凛々しかった。 うん、模擬戦頼んで良かったな。