第一章 “呪われた姫君と愚かな賢者”
世界は狭かった。
前を見ても後を見ても、そこには過去しか打ち捨てられていない。
右を見ても左を見ても、そこには執念しか無為に漂っていない。
世界は――狭かった。
だけど、空は高かった。
上を見上げると、そこには蒼穹があった。決して届かない、悠久の空があった。
だから彼は、悟った。
自分は、自分たちは、飛ぶしかないのだと。飛ぶことでしか、澱みきったこの世界から抜け出せないのだと。
だけど、どれだけ高く飛ぼうと――世界は狭かった。
* * *
夢を見ていた。
小さな世界しか知らなかった、あの頃の夢。
自分が捨てた、あの狭かった世界の夢。
外に広がる世界を知ってしまったが故に、彼は空を飛べなくなった。
それでもよかった。惨めに地を這うことになっても、それでもよかった。
そのお陰で、あの世界から逃げ出せたのだから。
ベッドから起き上がり、のろのろと部屋を出る。
この酒場で美味くも不味くもない夕飯を食べるのも、今日で五十日目になるのかと考えると少し嫌になってきた。
部屋に戻って今日は自主休業にしようかと真剣に悩んだが、日が暮れた今からが一番騒がしくなるこの宿屋兼酒場では、まともに寝れる自信がない。
古くなって黒ずんできてる階段を下りて、まだほとんど客が入っていない酒場のカウンターの一番端に座る。五十人を収容できるこの広くも狭くもない酒場は、あと一時間もすれば客で一杯になるが、この時間帯なら何の心配もいらない。
何時もの如く無難に今日の店主のオススメを注文して、出てきた料理をもくもくと口に運ぶ。
「あー……、今日も普通の味だ」
中庸な宿で平凡な夕食。この迷宮都市に迷い込んでからちょうど五十日目である今日は、何時もと同じくこうして夜を迎えたのだった。