「・・・フム、服のサイズは小僧とほぼ一緒だな。これなら新たに服を仕立てなくとも、まだストックがあった筈だ・・・そちらを使う事としよう。」大佐はイタチの体のサイズをメジャーで計測して結論づける。部屋のクローゼットを開けて、透明なビニール袋で包装された服を一着手に取る。そしてそれをイタチに手渡すが、思いついた様にイタチに言う。「・・・それにしても、よく見れば、服だけでなく貴様自身も随分ボロボロだな・・・着替えのついでだ、二階に使用人用の風呂があるから、シャワーを浴びて来い。使用人として最低限の清潔感を保って貰わなくてはならん。」「・・・分かった。」イタチは渡された服を抱え、二階の浴室に向かった。第四話「期待の新人」「・・・今日からこの久遠寺家で働く事になった、うちはイタチだ。至らぬ点も多々あると思うが、宜しく頼む。」額当てを外して、執事服に着替えたイタチが自己紹介をして、(一応の)主達に一礼する。その姿にある者は感心した様子で見て、ある者は唖然とし、ある者は羨望しイタチを、様々な視線で皆は見る。「・・・どうした?」「いや、どうしたという訳じゃないのだけど・・・何というか、見違えたわね・・・」未有が感心したかの様に呟く。元々、使用人同士のみで行われる自己紹介だが興味が先走ってか、森羅、未有、夢の久遠寺三姉妹まで同席していたのだ。皆の視線の理由、それは他ならぬ目の前のイタチだ。元々、イタチは顔の造りは美形の部類に入る。今まではボロボロの格好で薄汚れたイメージがあったが、今は風呂上りで体の汚れは洗い流されて、顔もサッパリとしているし、髪は色艶を取り戻して、生来の姿を取り戻している。更に決め手となるのが、執事服だ。イタチが纏う一種独特の、抜き身の刃の様な鋭いオーラ。一朝一夕では身に付く事が無い、死線を潜り抜けた者のみが纏う事を許される覇気の衣そんなイタチのイメージと執事服はこれ以上に無い程にマッチし、イタチの持つ空気を一味も二味も昇華させたのであった。「・・・ほう、素質はあるとは思っていたが・・・これは中々・・・まさか、これほどハマるとはなー。」「・・・な、なんか、『デキル男』って感じだよねー。」森羅と夢が感心したかの様に呟く。元々、この屋敷で執事服を着用していたのは大佐と錬とハル、そして南斗星だった。だが、大佐は既に高齢であったし、ハルは男とも女ともとれない中性的な顔立ちであった南斗星は執事服が似合うといっても、女性の身だ。つまり、この屋敷では執事服が似合う「年頃」の男は少ないのだ。唯一、この条件に当てはまるのが先日雇用された錬だけだったが・・・錬とイタチの二人では、どちらの方が執事服が似合うか?という度合いでは、その答えは一目瞭然だった。「それで、俺は何をすればいい?」そんな場の空気を切り、イタチは尋ねる。あまり値踏みするかの様にジロジロと見られるのは好きではない。さっさと仕事を与えるなり、職場を案内してもらうなりをして欲しかった。イタチの言葉に、大佐が反応する。「そうだな、まずはこの屋敷とその周囲の地理について知っておいて貰おう。・・・案内は、そうだな・・・美鳩、案内してやれ。」「了解ですー。」大佐の言葉に、美鳩は笑顔で答える。しかし、その申し出に錬が不服の声を上げる。「・・・大佐!案内なら鳩ねえじゃなくて俺が・・・」「お前では駄目だ。」しかし、間髪入れず大佐が錬の言葉を一蹴する。先日の一件から始まり、先程のやり取り。イタチと錬を二人きりになんかしたら、それこそ先日の焼き直しとなる結果になるだろう。また、同じ理由でベニスも却下ハルではこの男に気圧されて、まともに案内など出来ないだろう南斗星も、先日の一件をまだ完全に割り切れていない様子だった。自分はこれからイタチの部屋の準備をしなければならない。つまり、消去法で美鳩となった。何でかは分からないが、美鳩とこのイタチの間には蟠りの様なものはない。このイタチが目を覚まし時に、美鳩が一番にそこに出くわし、そこでお互いに打ち解けた本人は言うが・・・何にせよ、今のところは美鳩にしか案内を任せられないのが現状だった。「大丈夫ですよレンちゃん、お姉ちゃんはしっかりと働いてきますからー。」「・・・でもよー、鳩ねえ・・・」「レ・ン・ちゃん?」僅かに視線に力を込めて、美鳩は錬にいう。その顔を見て、錬は僅かにたじろぎ顔は青白くなり、力なくうな垂れるそして、皆は仕事に戻る。「それでは、行きましょうか。」「分かった。」「・・・・どういうつもりだ。」「何がです?」屋敷の案内。そこで二人きりになったイタチが、美鳩に尋ねる。そもそも、この女の行動に不可解な点が多すぎるからだ。なぜ、知り合って間もない・・・しかも身元も定かではない不審者の自分を雇うのか?そして・・・・なぜこの家の主であるあのシンラという女はそれを受け入れたのか?・・・それとも、この世界では・・・それほど珍しい事ではない事なのか?・・・「・・・いや、まさかな・・・」思った事を、素直に口にする。現に、この女の弟とベニスという女の態度は自分に対して明確な「敵意」を持っている。今、自分がこの屋敷に存在するという事は・・・未だ治らぬ生傷に、塩を塗り付ける様なものだ。「・・・俺は、自分が行った事に対する償いをするために此処に居る。」「可笑しな事を言いますねー。この屋敷に住む方達に迷惑を掛けたのですから、この屋敷でそれ相応の働きをするのは、至極自然だと思いませんか?」「家族を、もしくはそれに値する親しい人間を傷付けた人間と一緒にされて・・・気が良い人間など居る訳なかろう。」屋敷の廊下を歩きながら、イタチは呟く。・・・そう、平気な人間などいない・・・・・・嘗て、あれほど自分を慕っていた弟が、自分を仇として憎んだように・・・・・・自分が、弟を守るために・・・血を吐く様な思いで、両親に手をかけた様に・・・・・・それほど、家族とは大切なものだ・・・その言葉に、美鳩は有無を言わさぬ重さを感じる。まるでこの男の奥に潜む何かを、具現化した様な・・・ズシリとした何かだ。「・・・だから、自分はここに居るのは良くないと?」「・・・・・・」「・・・こんな犯罪者もどきはとっとと警察なりなんなりに突き出してしまった方が良いと?」「・・・そうだな・・・」この男の事を、美鳩は何も知らない。この男が、今までどんな人生を歩んできたかも知らない。だが、この男が今まで何かを背負ってきたのは・・・なんとなくだが察しがつく「どうしたんですか?今まで余程悪い事でもしてきたんですか?」半分冗談、半分本気の美鳩の問い。その問いに、如何に返すかと美鳩はイタチを見る。そして、イタチは応える。「・・・・ああ、そうだな・・・・」「・・・・・」その胸中は、どの様な物であったのだろうイタチの語らいそれを美鳩は、黙ってきく。「・・・たくさん、悪いことをしたな・・・」その言葉が、何を指しているいるかは分からないが・・・美鳩は、何となくだが・・・理解する。自分が、錬を守り続けてきた様にこの男も、今まで何かを守り続けてきたのだと・・・美鳩は感じていた。「・・・なら、尚更ここで働くべきですよー。ご自身でいう、この家での事を含めてたくさん悪い事をしてしまったのなら・・・尚更罪を償うべきだと、まずはこの久遠寺家で働いて・・・罪を償えば良いと、私は思います。・・・今はその事は大佐達には黙っているのが懸命ですね。何をしてきたかは知りませんが、その事が大佐達に知られたら・・・本当に追い出されちゃいますよ?」「・・・なぜ、そんなセリフが言える・・・」「・・・はい?」イタチの質問に、美鳩は首を傾げる。どうやら、この女の答えは変わらないらしい「・・・この家の危機管理能力を疑うな・・・」呆れた様に呟く理解できない、それがイタチの素直な感想だこの女が、弟を心の底から愛しているのは理解できているつもりだったそして、それを守る為だったらどんな手段も厭わないという事も理解できているつもりだった「・・・後悔しても知らんぞ・・・」だから、今のこの女の行動と言葉はどうしても理解できなかった。「・・・くす」「何が可笑しい?」「いえいえ、ついここに来たばかり事を思い出してしまって・・・」「・・・?」美鳩が思い出すのは、この久遠寺家に来た最初の日自分の弟が、主達に言った言葉・・・いや、貴方達はお嬢様育ちの人間には分からないかもしれないけど・・・・・・世の中、本当に腐っているヤツとか・・ろくでもない人間がいるからさ・・・(・・・やはり、レンちゃんに似ている所がありますねー・・・)「そういう事を言えるのなら・・・まあ、ある程度は信用できます。私は本当にロクでもない人間という物を知っていますから・・・・。」「・・・そう、か・・・」「はい、そうです。」美鳩の笑顔と真意を理解できないまま、屋敷の案内は続く。そして、イタチは更に考える・・・なぜ自分は今の様な立場に居る?・・・・・・自分に、拷問・尋問をかけて・・・情報を引き出そうとするなら解かる・・・・・・自分という存在を強制的に排除し、危険因子を取り除こうとするなら解かる・・・・・・この世界の警務部隊に、不審者として自分を突き出すのならまだ解かる・・・・・・しかし、今の自分は何れのどれにも当てはまらない・・・・・・一番妥当な表現とするなら、「捕虜」というポジションだが・・・(・・・これほど監視と拘束が緩い捕虜の扱いなど、聞いたことがない・・・)イタチには、未だこの家の人間の真意が分かりかねていた。(・・・もしくは、狙いは「写輪眼」か?・・・)それならば、現状にもまだ納得がいく。うちは一族が誇る血継限界・「写輪眼」血継限界の研究は、未だ多くの里で行われている。自分のいた世界とは勝手が違うといえど・・・この世界にも、異能を研究する似たような研究機関があるかもしれない。先日の戦闘で、自分は写輪眼の力を使ったもし自分が写輪眼・・・血継限界の力を持つ事がバレていて、その力を手元に置き・・・監視するためだったら?未知の力を前にして、迂闊に手を出す事が出来ないので居たとしたら?そして、その力を手に入れる為に・・・その機会を虎視眈々と狙っているのだとしたら?(・・・現状としては、これが一番筋が通る考えだが・・・)イタチには、なぜかその考えに納得できなかったそう、木の葉隠れの里を抜けてから・・・自分は様々な敵と戦ってきたそして、その者ら全てに共通するモノがあるすなわち、「敵意」多かれ少なかれ、自分に明確な敵意をもっている者達であったそして、長年の経験から・・・自分はソレを察知する術を身に付けている長年の経験と勘によって培われたその能力に、自分は絶対の自信をもっているそうでなければ、自分はとうの昔に命を落としていただろうだが、しかし・・・(・・・あのシンラという女からは・・・「敵意」も「悪意」も感じなかった・・・)いや、正確には「あった」だが、自分と話している内に・・・それが感じられなくなったその事から読み取れる事(・・・俺と、そしてミハトの言う事を信じ・・・俺を受け入れても構わないと、思っている事・・・)しかし、すぐに考え直すそれは既にお人好しとすら言えない「馬鹿」の領域だ決め付けは失敗の始まりだ。それに、この家のおおよその戦力は解かっている。この家の護衛・・・タイサとナトセ。あの程度の連中なら、例え寝込みを襲われても幾らでもあしらえる。一通りの思考をを終えて、イタチは再び美鳩の案内を聞く。「・・・それで、三階は森羅様、ミューちゃん、夢ちゃんの私室になっています・・・って聞いていますかー?」「・・・ああ」適当に相槌を打つ。しかしこの屋敷の中を一通り案内されて、イタチはふと思った。・・・この家、あまりにも無用心じゃないか?・・・他人の家とはいえ、これから仮にも職場になるのだから、つい考えてしまう。この家の人員も、セキュリティーも、屋敷の周囲の警戒も、この家の規模と比べると、あまりも低すぎるのだ。「・・・・少々、無用心すぎるのではないか・・・この屋敷?」柄ではないが、つい進言してしまう。「???そうでしょうか?・・・警備システムも万全ですし、警備員として大佐と南斗星さんのどちらかが常に屋敷に居ますし少なくともここら辺ではこの久遠寺低が一番安全ですよ?」「・・・そのシステムとやらがどれほどの精度のものか知らぬが・・・機械やカラクリほど騙しやすいものは無いそれに、あの二人程度の戦力など正直アテにならん。希望的観測を頼った警備など・・無いに等しい。」「・・・随分、手厳しい評価ですね。」「・・・とりあえず、警備を任された身だからな・・・。」そんなこんなで、屋敷の案内は終了した。「・・・あれ?」「・・・あら?」周囲の地理を把握する為に、屋敷から出る。その途中、この屋敷の門で桃色の髪の少女と先日の眼帯の女と鉢合わせた。「あらあら、夢ちゃんに南斗星さん。これからお買い物ですか?」「うん、そうだよ。ちょっとCDを買いに・・・そっちは?」「私達は、イタチさんにこの周囲を案内するために。」美鳩が返すと、夢は二人を見て思い付いた様に言った。「あ!じゃあ一緒に出かけない?まだ私イタチさんとは余り喋った事ないし、南斗星さんだってあまり喋った事ないでしょ?南斗星さん、どうかな?」「そうですねー、先日の事でお互い思う所もあるでしょうしー・・・ここはお言葉に甘えるとしましょう。」「・・・・・」「・・・・・」しかし、南斗星は応えない。視線をイタチに向けて、二人は向き合い、そこに立っている。その二人を取り巻く空気は、夢に僅かながらのプレッシャーを与えていた。「・・・南斗星さん?」「・・・へ?え・・・あ」夢の言葉に、南斗星は視線を戻し「え?・・・う、うん・・・私は、別にいいよ。」「まあまあまあ、それではお言葉に甘えて。」美鳩が笑顔で返事をする。そして、四人で七浜市内へ繰り出す事になった。最初イタチは自分の世界と比べて、かなりの発展を見せる七浜市を見て驚いていたが、次第に、そのギャップに慣れてきた様だ。(・・・建築技術一つ見ても・・・木の葉よりもかなり優れているな、それにあの道を走る・・・専用路線を必要としない蒸気機関車のような乗り物似た様な代物は見た事はあるが・・・あれほどのスピードで走る物はなかったな・・・後は、店頭に並べられていた映像機器の画像も・・・恐ろしい程に鮮明だったな・・・)単純な「技術」という物が、少なくともこの国は優れているその事を、イタチは理解した夢の買い物を済ませて、商店街、チャイナタウン、倉庫街、七浜学園・・・そして、今は七浜公園にいた。「・・・ねえ、イタチさん。」「何だ?」「駄目ですよー、ちゃんと夢ちゃん達には敬語を使って話さないと。」美鳩の指摘を受けて、言い直す。「・・・何ですか?」「まあ、夢としてはタメ口でも良いんだけど、お姉ちゃん達が主従のケジメをつけろって言うからね。それで、イタチさんって凄く強いみたいだけど・・・何処かで武術を習ったりしてたの?」「・・・基本的な戦闘技術は父上に叩き込まれました。あとはアカデミーで演習・実習を繰り返し独学で鍛錬しました。」「へー、お父さんにか~。それに、アカデミーって学校の事だよね?軍隊学校とか、そういう学校?」「・・・似た様なものです。」「そっかー、だから強いんだね。大佐や南斗星さんも凄いけどそういう事情なら納得しちゃうなー、ねえ南斗星さん・・・南斗星さん?」自分の声に気付かない南斗星に、夢は疑問の声を上げる。そして、夢の視線に気付き慌てて対応する。「・・・ん、え・・・あ、ごめん夢!何の話だっけ?」「イタチさんの事を話してたんだけど・・・ひょっとして、南斗星さんどこか調子が悪いの?」「う、ううん!そんな事ないよ・・・ただ・・・」「・・・ただ?」「ハッキリと言ったらどうだ?」夢の問いに口ごもる南斗星に、イタチが言う。その言葉と共に、三人の視線がイタチに集まる。「俺を警戒しているんだろ?」「・・・・・・!!」イタチが言うと、南斗星は僅かに驚いた様に目を見張る。「・・・一つ言っておく、ナトセ・・・お前の判断は正しい。俺の実力、戦闘方法から常に一挙手一足投に目を置き、退路を確保し、己の主を守るために常に体内のリミッターは外しておく。護衛としては、十分優秀の部類にはいる。」「・・・・・」「最も、行動と実力が伴っていないのが惜しいがな。」そう言って、イタチは言葉を締めくくる。南斗星は更に視線を強めて、イタチに尋ねる。「・・・一つ、聞きたい事があるんだ・・・イタチ、くん・・・」「・・・何だ?」「・・・君は・・・悪い人、なのかな?」恐る恐る、南斗星は尋ねる。眼帯をしていない片目からは、真剣な眼光が宿り、イタチを射抜く。「・・・そうだ、と言ったら・・・お前はどうする?」ハッキリと、イタチは宣言する。その様子を、美鳩は「・・・はあ、人の話を聞いて下さい・・・」と呆れながら呟いた。そう言って、イタチは南斗星を見る。「・・・そう・・・」「見た目や思い込みで人を判断しない事だ。だから、お前は正しい。自分の主を守る為に、疑わしい者は排除しようとする、その在り方はな。」「!!・・・ち、違うよ!!別に、私はそんなつもりじゃ!・・・ただ、確かめておきたくて・・・」「それで、俺が悪人と分かった今・・・どうするつもりだ?ここで排除するか?」「・・・・・そ、それは・・・」「鳩デコピーン!!」南斗星の言葉を遮って、バチン!!と破裂音が響く。美鳩が、イタチにデコぴんをしたのだ。「・・・何をする?」「こっちのセリフですー!硬いですー!指が痛いですー!! 爪が折れそうですー!!」美鳩が涙目で指を擦りながらイタチに訴える。イタチには、何がどうしたのか理解できない。「もう、そんな風に冷たく喋ったら誤解されちゃいますよー!もっと素直に噛み砕いて言って上げなくちゃあ誤解されますよー!!」「・・・ほえ?」「・・・誤解?」「イタチさんは、レンちゃんと南斗星さんと大佐を傷付けた人間が傍に居て、久遠寺家の皆さんが快く思う筈が無いって思っているんですよー。」「・・・・・・」美鳩の言葉に、夢と南斗星は僅かに目を見張る。そして、南斗星は自分の態度を思い返し、困惑した表情を浮べた。「・・・えと、あの・・・その・・・」「・・・だが、俺の言う通りだろ?・・・ミハト、お前が何を考えているかは知らんが」「おおぉ!! そこに居るのは我が友夢ではないか!」突然大声を掛けられて、一同は一斉に声の発生源を見る。イタチの目に映るのは、銀髪のショートカット、額に映る十字傷制服姿に身を包んだ、久遠寺夢の同級生九鬼揚羽とその執事・武田小十郎が居た。「揚羽ちゃん、それに小十郎くんも・・・こんな所で何してるの?」「我は日課のトレーニング中よ、小十郎は我の新技の実験台だ。のう小十郎。」「その通りでございまする!揚羽様ああああぁぁぁぁぁ!!」「声が小さいわぁ!このボケがあぁ!!」揚羽のアッパーが小十郎の顎を跳ね上げる。「ぐはあぁ!!申し訳ありません!揚羽さまああああぁぁぁあぁぁぁ!!」小十郎に一撃を叩き込み、再び視線をこっちに向ける。(・・・ん?この光景・・・前に、どこかで・・・)そのやり取りを見て、イタチは何故か懐かしさを伴った奇妙な感覚に襲われた。(・・・ああ、なるほど・・・)その数秒後、イタチはその正体を突き止める。(・・・このノリ、このテンション・・・ガイさんにそっくりなんだ・・・)脳裏に極太眉毛にオカッパ頭が映える、白い歯を輝かせた自分の先輩の姿を思い浮かべてイタチは納得する。「全く、この愚図め・・・おお、南斗星ではないか?丁度いい、小十郎では些か力不足でなもう少しタフな相手が欲しい・・・と・・・・・・」「・・・どうしたの揚羽ちゃん?」不意に、揚羽の言葉は止まる。その視線を夢から外し、南斗星から外し、その焦点を一人の男に絞る。「・・・夢よ、この御仁は一体?」「ああ、その人はイタチさんっていう家の新しい使用人候補の人だよ。今、夢達で町を案内してあげてるの。」「・・・ほう、なるほど・・・・」ゆっくりと、揚羽はイタチとの距離を詰めてイタチを見る足元から頭の先までじっくりと、その視線を動かし・・・その瞬間銀髪の髪が揺れる。「・・・・はっ!!」空を裂く、疾風の一撃肩口から真っ直ぐ伸びる右のストレートそれは必殺の威力をもってイタチを襲う完全なる不意打ちその光景を見ていた小十郎も夢も、数瞬後にはイタチが吹き飛ぶ姿を想像していたが・・・・・・パチン・・・「・・・・!!」小さく、何かの音が響く。それと同時に、揚羽の表情はこれ以上に無い程に驚愕の色に染まる。揚羽の放った一撃は、イタチが五指の先端で軽くハタいて、その動きを止めていた。「・・・気は済んだか?」予想外の出来事だったのかそれとも予想以上の出来事だったのか揚羽は、ただ呆然としていた「・・・あ、揚羽さま?」未だ呆然とする揚羽に、イタチは何かを確認するかの様に呟き小十郎は困惑した表情で揚羽を見る。「・・・ふ・・・ふ、ぐ・・・・」次の瞬間、揚羽はこれ以上にない程に大声で笑い上げた。「・・・ふ、ふは・・・ふはははは!! 今日は誠に良い日だ!まさかそなたの様な強者に出会えようとは!!」これ以上にない、歓喜の表情をしながら揚羽は言葉を続ける。「ふはははは!! はははははは!! 誠に愉快!いや実に愉快よ!! 夢よ、我は心の底からお主を羨ましく思うぞ!! 大佐殿といい、南斗星といい、久遠寺家には誠に面白い人材が多い!やはり、これも森羅殿の人徳が成せる業か!良き姉を持った事を、我は心の底から羨ましく思うぞ!我が友・夢!! ふははははははははは!!!」「・・・へ、ほえ?・・・これは、褒められてるのかな?・・・いや、そう思うと、何だか照れまするな~。」そう言うと、夢は恍惚の表情を浮べるそして揚羽はイタチの前に一歩出て申し出る「・・・イタチ殿、と言ったか?我は九鬼揚羽と言う。・・・誠に唐突で済まないが、我と一戦所望仕る!!」「断る。」しかし、揚羽の申し出をイタチは一蹴する。「貴様ああぁぁ!!揚羽様の申し出を断るとはどういうつもりだあぁぁ!!」「お前は黙っていろ小十郎!!・・・して、それは何故?」「・・・強いて言うなら・・・」イタチは揚羽と小十郎を見据えて、冷徹に言った。「興味が無い。」その言葉に、揚羽は唖然とする。「・・・・な!!」「貴様あああぁぁ!! 揚羽様を侮辱するとはああぁぁぁ!! 許せん!!」イタチの答えを聞いて、小十郎が顔を憤怒の色に染め上げて、イタチに襲い掛かる。揚羽が制止の声を上げるが「よせ小十郎!!」「うおおおおおぉぉぉぉ!パンチィングドライバアアアアアァァァァァァァ!!!!」それでも止まらず、イタチに一撃を放つ。全身全霊を込めた、小十郎の必殺の一撃しかし、イタチはそれに動じず・・・ガシ!「・・・あぐぁ!! まだまだああぁぁぁ!!!」小十郎の手首を掴んで、それを止める。しかし、小十郎は止まらない。空いた左手で振りかぶる。「ジャオウ・エンサツ・レンゴクショオオオォォォォ!!!」左の高速乱打、イタチの顔面を目掛けて一撃、二撃、三撃と放たれるがそれは豪快な風きり音を鳴らし、空を切る。超接近戦での一撃でも、イタチにその拳は触れる事はなかった。迫る四撃目を、イタチは再び手首を掴んで止める。「・・・な!!」「・・・落ち着いたか?」十字に交差する手首を僅かに締め上げて、解放する。「この愚か者!相手の力量も分からぬのか貴様は!!」「ぐはあぁ!申し訳ありません!揚羽さまああああぁぁぁ!」そして、解放された小十郎を揚羽の一撃が襲う。小十郎は叫び、再び倒れる。どうやら気絶をしている様だ。「・・・すまぬイタチ殿、下僕が迷惑を掛けた。」「・・・気にするな・・・それに、」「・・・?」・・・兄さん、今日は新しい手裏剣術を教えてくれる約束だろー!!・・・・・・ずるいよー!かくれんぼで分身の術を使うなんてー!!・・・・・・今日は俺の稽古をしてくれる約束だろー!!・・・「・・・そういう真っ直ぐな性格をしているヤツは、嫌いじゃない。」「・・・そうであるか。」揚羽と小十郎を見て、かつての弟とのやり取りを思い出しながらイタチは、少し懐かしい気分に浸っていた。「そいつが目を覚ましたら伝えておけ、俺をどうにかしたいのなら・・・腕を上げてから出直して来いとな。」「うむ、了解した。しかし一つ聞いて貰いたい事がある・・・我も腕を上げたなら、その時はそなたと手合わせを願いたい。」「・・・考えておこう。」「そうか、恩にきるぞイタチ殿。それでは夢、南斗星、引き止めて悪かったな・・・我々はこれにて失礼する。」そう言って、揚羽は小十郎を叩き起こす。そんなやり取りを苦笑しながら、イタチ達はその場を後にした。・・・イタチくん・・・か・・・南斗星は、共に歩いている男について考えていた先日の久遠寺家庭園においての・・・イタチとの戦闘満身創痍のイタチを相手に、自分は大佐と二人掛かりで・・・ようやく対等の勝負が出来たあの時抱いた感情を・・・自分は、今も良く覚えているあの戦闘の後、森羅様が倒れたイタチをこの屋敷に置くと言った時自分も、レン君達程ではないけれど・・・反対だっただって、彼は明らかに自分や大佐よりも強いもしも、彼が危険な人だったら・・・彼の拳が、久遠寺家の皆に向けられたら・・・自分では・・・とても守れない、守り切れないそうしたら、自分はまた・・・味わうあの日・・・右目と一緒に、自分の全てを失った時の様にあの苦しみをあの悲しみをあの絶望を自分は、また味わう事になる(・・・だけど・・・)南斗星は先程の小十郎と揚羽のやり取りを思い出す。・・・そういう真っ直ぐな性格をしているヤツは嫌いじゃない・・・あの時見たイタチの表情は・・・・なんというか、温かくて柔らかいものを感じた。それは、自分がよく知る表情大佐や夢・・・久遠寺家の皆が家族や自分達に見せるソレと、同じ物を感じただから、一瞬信じられなかったあんな暖かい表情をできる人間と、この前の自分達を襲った人が同一人物なんて・・・だから、分からなくなった・・・イタチくんは、ああ言ったけど・・・・・・ベニや、レンくんはまだ疑っているみたいだけど・・・南斗星は考える。・・・本当に、悪い人なのかな・・・しかし、その問いに答える者は誰も居なかった。「起きろ!この愚図めが!!」「ぐはあぁぁぁ!!申し訳ありません、揚羽さまああああぁぁぁ!!」揚羽の拳が小十郎の顎を突き刺す。更に、揚羽の折檻は続く。「それでも貴様は我が九鬼家の使用人か!主に恥をかかせおって!!」「ぐっはあぁ!! 面目ありません!この小十郎、つい熱くなってしまい・・」「貴様はいつでも暑苦しいだろうがあああぁぁぁ!!!!」そう言って、揚羽は小十郎の両足を掴み、振り回す。俗に言う、ジャイアント・スウィングだ。「風になって己の愚かさを反省するがいい!!」「了解しましたあああぁぁ!!揚羽さまああああぁぁぁ!!」そして、両腕を離し、小十郎は弾丸の様に飛び出す砲弾の様に投げ飛ばされた小十郎は、轟音を伴って飛んでいったその余韻に浸りながら、揚羽は先程の男について考える。(・・・そう言えば、あれは気のせいだったのであろうか?・・・)それは、些細な違和感。自分の時と、小十郎の時に感じたイタチの姿(・・・イタチ殿の眼が、一瞬赤く輝いた様に見えたのは・・・・)続く後書き 7月11日・大部分加筆修正