……夢…夢を見ている…………赤と黒…………たったそれだけの夢…………唯ひたすら広がる赤と黒の空間…………そこに、自分は立っている…………ドコだ?…………最初はそう思う…………鼻腔を突く不快な臭い…………足に纏わりつく気色悪い感触…………鼓膜を刺激する不協和音…………全てが不快…………いや、既に不快というレベルではない…………ここは、害だ…………自分という人間を汚染する害悪以外の何物でもない…………それを認識して、自分は行動に移す…………早くここから出たい、抜け出したい…………一時間も居れば、発狂してしまいそうだ…………全ての不快を我慢して、目を凝らして、足を進める…………害悪という名の感覚が、自分の五感に浸食する…………しかし、それも徐々に変化が見える…………だんだんと、感覚が慣れてきた…………クリアになっていく、五つの感覚…………やがて、そこが何なのか分かる…………そこは地獄だった……第十九話「信頼」久遠寺家・早朝・更衣室兼洗面室「ふあ~あ、ってアレ?」「おはよう、朱子。」「ん? ああ、おはよ……っていうか、相変わらず早起きねイタチ。」洗面台の前で、朱子とイタチは軽く挨拶を交わす朱子はまだ寝巻きの格好だが、既にイタチは執事服に着替えているほのかに湯気の香りがする事から、朱子が来る前にシャワーでも浴びていたのだろう。「これでも警備を任されている身だからな。寝坊は不味くとも、早起きはしすぎても問題はないだろう。」「…ま、その通りだとは思うけど……あんたさ、いつ寝てるの?」ふと疑問に思った事を朱子はイタチに質問する夜は大佐よりも遅くまで起きて夜間の警備に徹し、朝は食事係の自分よりも早起きをして仕事の準備をするイタチを見て朱子は少し疑問に思ったからだ。「睡眠なら仮眠を三時間ほど取った。」「…はぁ!」イタチの簡潔な返答に、朱子は驚愕の声を上げるがイタチの表情は変わらず「今までの生活が少し特殊だったからな、三日程度なら眠らなくとも問題なく仕事を出来る。それに非番の日は多めに睡眠をとっているからな、仕事には何も支障はないから安心しろ。」「……南斗星やハルが言ってたアレ…マジだったのかよ。」呆れた様に朱子は呟く嘗ては朱子も睡眠時間を削って仕事に励んだ時期もあったが、あの時はほんの数日でダウンした事を朱子は思い出し目の前の男が如何に規格外な存在かという事を自覚した。「…どうした?」「あんたが如何にデタラメな存在か、改めて実感していただけよ。」「…なるほど。」どこか納得したかの様にイタチは呟くそして、身だしなみのチェックを終えてドアに手を掛ける「それでは俺は仕事に出る、朝食の仕込みは?」「別に手伝いとかは良いわよ。後でドラを鳴らすからその時には集合しなさいよ。」「了解。」返事をして、イタチは仕事につくそして、久遠寺家の一日が始まるイタチの朝は早い食事係りの朱子と美鳩が朝の六時には仕事の体勢に入っている事に対して警備及び遊撃のイタチは朝の五時の段階で、既に仕事の体勢に入っている起床した後、軽く体を解し、体操をして、体術の型をこなして、仕上げにチャクラのコントロールを繰り返すその後、シャワーを浴びて汗を流した後に仕事着に着替える朱子や美鳩も朝はシャワー室を使うため、鉢合わせしない為にもドアには鍵を掛けて迅速に仕事の準備を終わらせた後に、鍵を開ける。歯を磨き、身だしなみを整え、準備を終わらせると大体朱子達と入れ違いになる。その後、使用人召集が掛かるまで朝の見回り及び郵便物のチェックを行い屋敷の換気を行う一通りの仕事を終わらせると、召集及び起床用のドラの音が響く「よっし、全員揃ってるわね! それじゃあ今日も気合入れて仕事するわよ!!!」朱子の言葉を聞いて、各々は仕事に就くこの時間帯、専属従者はそれぞれの主の下に向かいそれ以外の者は自己の判断で仕事を行う。そして食事係りはその間に、使用人用の食事の準備をして使用人の皆は、主達が起床するまでに朝食を済ませるそして、朝食を取った後に各々は再び仕事に就く。イタチは朝食の準備にあたり、リビングを軽く整理して食卓の準備をする。そして朝に回収した郵便物をリビングに持ち込んでおいて、機会を見て受け取り主に手渡す。「皆、おはよう。」「good morning.」「ふあ~あ、おはよー。」朝食が出来上がる頃に主達はその姿を見せて、互いに挨拶を交わす。「おはようございます。」こうして、主達の朝食が終わるまではその傍に付き添い、それぞれの主のその日の予定を確認する。朝食を終えた後は、それぞれが主の予定に合わせて行動を取る森羅は仕事に備えての自己調整未有は自宅待機夢は登校の準備森羅と夢を見送った後、屋敷に待機する使用人組はそれぞれがまた仕事を続ける。イタチは基本遊撃な為、昼までの間はハルと共に屋敷の清掃を行う。「それでは僕は三階を掃除するので、イタチさんは二階をお願いします。」「分かった。」モップと雑巾を持って、清掃に移るこの屋敷はとにかく広い、一箇所に長い時間は掛けられず、かと言って手を抜く事は論外効率良く丁寧に、これが基本である。「ああ、イタチさん。ちょっと良いですか?」「何だ美鳩?」窓拭きをしていると、声を掛けられて振り向く「実はこの後未有ちゃんとお買い物に行くんですけど、少し買う物が多くて人手が必要なんですよ。 悪いんですけど、お掃除が終わった後にでもお買い物に付き合って貰えませんか?」「ああ、それなら構わん。ちょうど一段落着いたからな、そちらに向かおう。」「了解です~。」二階の清掃を粗方終わらせて、最後にハルのチェックを貰う結果は合格。その後に美鳩の元に行き、未有と美鳩とイタチの三人で商店街に買い物に向かう。「悪いわねイタチ、私用でこんな事に付き合わせて。」「いえ、仕事も一段落ついた所だったので問題ないです。」未有の言葉を軽く返して、イタチは未有の後ろに就く七浜市街を練り歩いて、未有の買い物をこなして、日用品や食材の買い足しを行うそして、粗方の買い物を終えて帰路につくそして、昼食「んじゃ、サクサクっと食べちゃいな。」キッチンに朱子の声が響く。主が食事を済ませた後に、使用人は賄いという形で食事をとるそして午後いわゆる雑用をこなした後に、屋敷の見回りを行う「……異常なし。」異常がない事を確認して、キッチンに向かってお茶の準備をする紅茶を準備して、茶菓子の準備をするそして、未有の部屋に向かいドアをノックする。「どうぞ。」「失礼します。」了承を得てから、入室する「お茶を入れてきました、どうぞ。」「あら、気が利くじゃない。ありがたく頂戴するわ。」軽く雑談を交わした後に、退室する屋敷内での雑用をこなし、中庭に向かう「あれ、どうしたんですかイタチさん?」「何か手伝う事はあるかと思ってな。」「いえ、特にありませんよ。」二人で何気なく会話を続けていると、……ウオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!……遥か彼方から、そんな音が響く否、それは唯の音ではない良く聞けばそれは人の声、人の叫ぶ声だ「……何だ?」「何でしょう、この声?」不思議に思って、イタチとハルは正門から顔を出す万が一の事態に備えて、頭の中は戦闘用のスイッチを入れて迎撃態勢を整えるそして、その声はドンドン久遠寺家に近づいてきた「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!!!!」「……アレ、この声?……っていうか、あの人…」遥か遠方から道路を疾走する一つの影それは人影そして二人はその人物に見覚えがあった「…あれ? ミナトさん?」「あ、ハルさんにイタチくん! お仕事ご苦労様!!」二人の姿を見つけて、ミナトは一礼する身に纏っている服が学生服である事から、どうやら学校帰りなのであろう。「学校の帰りですか? 随分早いですね?」「ああ、俺は夢さんと違って部活には入っていないんで…っと、こうしてる場合じゃなかったあぁ!」三人がそう言って会話をしていると、ミナトが走ってきた方向から凄まじい勢いで疾走する一つの影が映ったそれは、雪の様に白い髪と肌の一人の少女年の頃から考えて、多分あの川神百代と同年代程度の年だろうその少女は、イタチ達と会話をするミナトの姿を確認すると「ちぃ!! もう追いついてきたか!」「あははははは! 見~つけた!! ミナトが僕から逃げられる筈が無いのだ~♪」「っていうかユキ、学校はどうした!?」「今日は半日なんだよ、だから問題ないのだ~♪」「…っく、これがゆとり教育が生んだ現代の悲劇か! それじゃあイタチくんハルさん、また後で!!」そう言ってミナトは再び駆け出していき、少女もその後に続いて楽しげな声と笑みと共に駆け出して行った。「ねえ何で逃げるの~? 僕はただミナトの御飯を作って上げたいだけなのに~」「すまないユキ、気持ちだけ貰っておく!!」「あーまだ僕の事を馬鹿にしてるなー、もう僕は昔の僕では無いのだー!」「じゃあユキに問題!! そばとうどん、マシュマロを使うのは!!?」「両方!!」「はい決めたああああぁぁぁぁ!!!! 絶対ユキにはウチの台所には上がらせない!!」「えー!! 何でー! ミナトの意地悪! 人でなしー!!」両者の疾走と共に遠ざかっていく声正に台風一過の様なやり取りその様子を、イタチとハルは呆然としながら見つめていた「……な、何だったんでしょう?」「分からん……まあ、見たところ大した事でも無いだろう。あれはじゃれ合っているだけだ。」先のやり取りを思い出して、イタチはそう思う。見たところあの二人は互いに顔見知りだった様であるし、会話の内容からそれなりの付き合いがある事も容易に想像できるどうやらあの人はあの白い髪の少女から逃げているようだが、まあ心配はないだろうあの人の表情にもそれなりの動揺は見られたが、それだけだもしも、あの人が本当に困って、追い詰められ、危険に晒されるその様な事態に陥っていたのなら、あの人が出る行動は大きく二つ(……本当にその様な危機的状況なら、あの人は迎撃か術を用いた撤退を行う筈だからな……)あの人の実力はこの身をもって知っている、あの少女もそれなりに身体能力は高い様だが……忍のそれには劣る。迎撃だけなら訳ないそしてあの人が本気の撤退を選んだ場合、即座に時空間忍術や肉体活性を初めとする術を用いた撤退を行う筈しかし、先の様子ではどちらも見受けられなかった要はそういう事だあれは唯の戯れ、遊びの延長だイタチはそんな結論を出していた。(……可能性の一つとして、その考えにすら及ばない程にあの人が動揺し、切迫し、パニックに陥っているという事も考えられるが……)イタチは自分の知るミナトという人間の在り方を思い浮かべて…(……まあ、それは無いか……)その考えを、イタチは一蹴した。ちなみにイタチがこの認識を改める事になるのは、この数日後の事である。夕食久遠寺家一同は食卓に揃っていた。全員がテーブルに着いて、「いただきます!」と声を上げて、夕食に箸を伸ばした久遠寺家はその拘りとして、夕食時は主・使用人問わずに皆が揃って食事をする決まりがあるのだ。「……お、旨いなこの和風ハンバーグ。誰が作ったんだ?」「ああ、それは自分です。」森羅の問いに、イタチが答えたどうやら今日のメインの一つはイタチが作ったらしい。「ほう、なるほど……だがこれは初めて食べる味だな? ベニの味とも美鳩の味とも異なるが……」「先日、千春と朱子の三人で買い物に行った時に立ち寄った店のものです。味が気に入ったので自分なりに再現したものです。」森羅の疑問に、イタチは淡々と答えるその答えを聞いて、森羅は呆然とした表情を浮べて呟いた。「……お前、本当にハイスペックだな……」「もう、ここまで来ると私も感心の領域ですよ」森羅の言葉を聞いて、朱子がどこか呆れた様に呟くその顔には、以前の様な物々しい雰囲気はない「……しっかしあんた、私の時もそうだけど……良く一回の実食でここまで再現できるわね何かコツでもあるの?」「難しい事などしていない、事は至って単純だ。覚えて解析する、ただコレだけだ」「……それが難しいから聞いてるんだよ」僅かに頬を引き攣らせながら、朱子は言う朱子は前の一件の後、イタチが他人の料理を再現する様を一通り見た事がある。確かにイタチは難しい事などしていなかった再現する味をイメージして、それに見合った材料を選んで、一通りの調理をしながら味を整え再現したい味に近づけるただそれだけだこれだけなら、調理経験のある人間なら誰しもが行う事問題は、その精度だ。イタチは食材と調味料の選定の段階で、既に七割から八割程の精度で材料を当てている後はその食材の使い方と、調味料の分量と、味付けの仕方この三行程を持って、イタチは残りの二割から三割の再現度を埋めるイタチはこの三つの行程の間に、「覚えている味」から「似ている味」に、「似ている味」から「同じ味」に近づけているのだ要となるのは味覚の感度と、味や食感や匂いといったイメージを留める記憶力分かり易く例えるなら朱子の味覚の感度が10なら、舌を鋭敏化させたイタチの味覚の感度は50朱子の感覚の記憶力が10なら、数分で難解な作戦内容を記憶するイタチの記憶力は100つまり、性能の差である勿論、料理の再現に至ってはそこに調理技術や食材の扱い等の要因は絡んでくる現にイタチはイメージと同じ味に近づけているだけで、同じ味は作れていない。今回の和風ハンバーグも、以前の朱子の料理を再現した時とは違って情報量は少なく数日掛けて、その再現率はおよそ八割弱と言った程度だやはり最後の決め手は調理技術、という事である。「単純」なイタチの調理技術を10とすれば、朱子の調理技術は1000を超えているだろう如何に味覚と記憶力で技術をカバー出来ても限度がある模倣限定のイタチと、人生の半分以上の時間を費やして調理技術を高めた朱子それがイタチの料理と朱子の料理の、絶対的な差である。「前にも言ったが、俺のは所詮猿真似だ。今までの特技がたまたま料理に関しても有効だっただけだ。俺から言わせて貰えば、創作であれほどの味を出せる朱子や美鳩の方がよほど賛辞に値するものだが?」「お、中々殊勝な事を言うじゃない」「あらあら、改めて言われると結構照れるものですね~」イタチの言葉に朱子は綻んだ様な笑みを、美鳩は楽しげな笑みを浮べて料理を口に運んだそして、思い付いた様に朱子は声を上げた「あ、そうだ! イタチ、あんた今度私の料理研究に付き合いなさいよ」「???……研究?」イタチが首を傾げる恐らく朱子の言う研究とは、たまに非番の日に遠出して有名料理店の品の味見のことだろう。「そ、料理研究。あんたは食材や味付けの分析とかは、正直私よりも上だからね。 あんたも一緒に来てくれれば、かなり効率良く研究ができそうなのよね」(……ほう……)その朱子の言葉を聞いて、森羅は楽しげな笑みを浮べた今までの自分の従者からは考えられない光景を目の当たりして、森羅も少し思う所があった「……アレ、どうしました森羅様?」「いや、何でもない。ただ随分仲が良くなったなー、と思っただけだ」「……はい?」その森羅の言葉に、朱子は首を傾げるが未有がクスクスと楽しげな笑みを浮べて「まあ、確かにそうかもね。一時期は貴方達、犬猿の仲だったもの」「っぅ!」「そうだな。ベニがイタチに殴りかかった時を思い返せば、相当な変化だな?」「んな…! もう、からかわないで下さい森羅様」「ははは、スマンスマン。ベニは可愛いから、ついからかってしまいたくなるんだ」森羅がそう言うと、食卓にいた皆もつられて笑い終始和やかな空気で夕食の時間は過ぎていった。そして、夕食の片付けをして朱子の部屋で使用人一同はミーティングを行って、その日の業務は終了となるがイタチとハルと錬の三人は、大佐の部屋に来ていた「……ふむ、偶には男同士で酒を酌み交わすのも悪くはないな」大佐はグラスにビールを注ぎながら、楽しげに言う「まあ、確かにこういうのも良いな。森羅様達と飲むのも楽しいけど、偶に目のやり場に困ったり、居づらくなったりするからな」「ははは、森羅様はお酒が入ると少し過激な部分もあったりしますからね」「個人的には、酒は控えて欲しいがな」錬は大佐と同じビールを、イタチとハルはジュースそれぞれの飲み物を口にしながら、話に華を咲かせていた話す事は仕事の事や個人の事、趣味の事や人間関係の事だ「えぇ!! それじゃあ大佐とその人は同棲までしておきながら、結局分かれちゃったんですか!?」「ああ、互いの育った生活環境が違いすぎたのが大きかったな。片や温室育ちの箱入りお嬢様片や傭兵崩れの無骨な男……恋愛の内はそれで良かったが、人生の伴侶となるにはちょいと難が有りすぎたんだ」「……やっぱ、大佐くらいになると色々な経験をしているんだな」僅かにアルコールが回った状態で錬と大佐が話して、ハルが続く「そういえば、錬兄は今まで彼女とかは?」「んー、俺はずっと鳩ねえ一筋だからな。彼女いない歴=年齢だ」「あははは、本当に錬兄は美鳩さんが好きなんですね」「ああ、宇宙最高の姉だと思ってる。今まで俺は本当に鳩ねえに助けられて……救われてきたからな…」少し苦い笑みを浮べて、錬は笑うそして、強い意志を秘めた顔で言葉を繋げる「だから、今度は俺が鳩ねえを助けていきたいと思っている! もうあのクソ親父に泣かされてたガキじゃなくて立派な執事になって、一人前になった俺を見せて、鳩ねえを安心させる!! これが今の俺の第一目標だな!!!」グっと握り拳を作って錬は宣言するその言葉を聞いて、ハルはパチパチと拍手をした「おおー! 錬兄、格好良いです!!」「うむ、中々聞き応えのあるスペシャルな言葉だったぞ」「……そうだな、家族を安心させる……立派な目標だ」そこに居た皆は錬の言葉を賛辞して、錬は照れくさそうに笑ったそしてハルは視線をイタチに移した。「イタチさんはどうでしたか? 今まで彼女とかは……」「……ノーコメントだ」ハルが質問をするが、イタチは僅かに考えてそう答えた。「何だ何だ、一人だけだんまりはフェアじゃねえぞ」「もしかして、イタチさんも僕たちと同じだったりします?」ハルがどこか親近感を帯びた笑みを浮べて、イタチに尋ね「まあ、人並みの恋愛経験はある…とだけ言っておく」「おおー! これは貴重な証言!」「って言うか、イタチが恋愛…………悪い、全く想像できん」ハルが意外そうな声を上げて、錬が唸るように呟くどうやら二人にとって、イタチの言葉は意外なものだったらしい「でも、イタチさんってモテそうですよねー」「……そうか?」「そうですよー」イタチが僅かに首を傾げるイタチも確かに人並みの恋愛があり、恋人がいた事もあるしかし、「とある事情」で恋人を失って以来……イタチはまともに異性と付き合った覚えはないまああるにはあるが、それはとても恋愛とは呼べるものではなかったそんなやり取りをしていると、大佐は皆に視線を置いてゆっくりと呟いた。「……まあ、お前達は皆若い。こういうのは巡り合わせだからな、焦って異性と恋仲になってもわしの様にロクな結果にならん事だってある こういうのは焦らずにじっくりと探すのが一番だ。人の出会いはめぐり合わせだ、今は居なくとも……いずれ自分が生涯愛せる伴侶となる人と、めぐり合う時が必ず来るだろう」「それじゃあ、まずは大佐の花嫁が最初だな」錬が悪戯っぽくそう言うと、ハルもつられて笑って大佐もクスリと笑い「小僧、余計な事を言わない事もスペシャルな男となる条件の一つだぞ?」大佐がそう言うと部屋は軽い笑い声と、和やかな空気に包まれてその日の男の付き合いは終始楽しいままに幕を閉じた。――夢…夢を見ている――……赤と黒…………たったそれだけの夢…………唯ひたすら広がる赤と黒の空間…………そこに、自分は立っている……――ドコだ?――……最初はそう思う…………鼻腔を突く不快な臭い…………足に纏わりつく気色悪い感触…………鼓膜を刺激する不協和音…………全てが不快…………いや、既に不快というレベルではない……――ここは、害だ――……自分という人間を汚染する害悪以外の何物でもない…………それを認識して、自分は行動に移す…………早くここから出たい、抜け出したい…………一時間も居れば、発狂してしまいそうだ…………全ての不快を我慢して、目を凝らして、足を進める…………害悪という名の感覚が、自分の五感に浸食する…………足を進めると、グチャグチャとした不快な感触が広がる…………耳には、絶え間なく何かの「音」……決して精神衛生上には良くない音が絶え間なく響いている…………鼻には、鼻腔を突き抜けるような腐敗臭の様な臭いが常に付き纏っていた…………しかし、それも徐々に変化が見える…………だんだんと、感覚が慣れてきた…………クリアになっていく、五つの感覚…………自分の両目が光を取り戻し、視界が開ける…………そして、自分の足元……自分の不快の原因に目を向ける……――自分ノ足元ニアッタノハ――――嘗て自分ガ両親ト呼ンダ、腐肉ノ塊ダッタ――「……っ!!!!!」その瞬間、意識は覚醒し跳ね上がる様にイタチはベッドから身を起こした体が燃える様に熱かったそれとは対照的に、脳は凍りついた様に冷えていた咳き込む様に呼吸をして、酸素を貪る汗は滝の様に流れていたそして次に襲い掛かる、競り上がる様な胃の圧迫感「……う、っぷ……ご、ぅ、ぇ……!!!!」走った即座に部屋から飛び出して、廊下を駆けてトイレに駆け込んだ吐いた耳障りな呻き声を上げながら、胃の中の物を全てブチ撒けた胃液を含めた全ての内容物を便器に向かって吐き出した胃液すらも出なくなり、激しく咳き込み、そこでようやく胃が落ち着いた「……はあ。はあ……はぁ、はぁ…はあ……」嘔吐物を流して、呼吸を整えるトイレから出て、洗面台で口元を洗って、口の中を洗う両の掌で水を掬い、半分意識が剥離した様な状態で鏡に映る自分を見た……無様な顔だ……最初に、そう思ったこちらの世界に来て以来、イタチはまともに睡眠を取ったのは両手の指で数える程しかないだがそれは、取る必要が無かったから取らなかったのではない取ろうとしても、先の様に意識が覚醒してしまい……取りたくても、取れなかったのだ思い出すのは、自分の一族に手を掛けたあの日自分の両目に刻まれた、あの地獄の光景イタチの両目に宿る写輪眼その目に刻まれた情報は生涯決して消える事無く、永劫的に宿り続けるイタチは、七年前のあの日から……ずっとこの地獄の光景と向き合ってきたそれは、久遠寺家に住む様になってからも変わらなかっただからこそ、イタチは忘れずに済む久遠寺家での生活に馴染みながらも、自分を仲間の様に、家族の様に接してくれる人達と触れ合った生活をしても死で死を覆う、血で血を洗う闘いに身を置く事無く、平穏な日々を過ごしても穏やかな日々の中で、変わっていく自分を自覚してもイタチは、忘れずに済む自分が、罪人である事を自分の両親、友、仲間、恋人……それら全てに手を掛けた血に濡れた存在許されぬ咎を背負い、心の安寧など決して許されない忌まわしい存在その事を忘れずに、心から自分と云う存在を認識できる「……そうだ、これでいい」自嘲と共に呟くそれは、イタチにとっては寧ろ喜ばしい事だった。「何がこれで良いんですか?」不意に、背後から声が響いた「……美鳩か、何か用か?」「あらあら、人の安眠を妨害しておいて随分な言い草ですね」互いに向き合って、美鳩はどこか呆れた口調でイタチに返すそして美鳩の言葉を聞いて、イタチは美鳩に言葉を返す。「お前は未有様の寝室で寝ているとばかり思っていたが?」「別に毎日という訳ではありません、私だって自分の部屋で寝る時だってありますよ。それが急に隣の部屋でいきなりバタバタと騒いでくれるものですから、目が覚めてしまいましたよ」「……そうか、すまなかった」美鳩のどこか恨みがましい言葉を聞いて、素直に自分の非を認めてイタチは謝罪するそして自室に戻るため、美鳩の隣をすり抜けようとするが「そう言えば、この間も魘されていましたね?」「……かもな」何気ない美鳩の言葉が響く「初めて会った時も、貴方は魘されていましたね?」「……何が言いたい?」「いえいえ、ただ大変そうだな~と思っただけです」笑顔と共に、美鳩は呟くそして次の瞬間には、その表情を引き締めた。「……それで、今はどんな面倒事を抱えているんですか?」「……っ」僅かに、息が詰まったその真剣な表情と視線と共に、美鳩はイタチに尋ねたいつものお気楽的な空気は、今の美鳩からは感じられない今のイタチを見て、美鳩は何かを感じる所があったのだろう「別に面倒事など抱えていない、少し夢見が悪かっただけだ。」溜息と共に、イタチは答えるその言葉に、嘘は含まれていないただ真実を隠しているだけだ。「……そうですか」そして、その答えを聞いて美鳩も口を閉ざす僅かな沈黙、時間にすればおよそ数秒の静寂沈黙を破ったのは、美鳩だった。「イタチさん、少し質問をして良いですか?」「……手短にな」再び顔に微笑を浮べる美鳩を見て、イタチは答える適当に付き合った方が面倒にはならないそう判断したからだ。「……イタチさんは、この久遠寺家が好きですか?」「……?」それは、予想外の質問だが呆けたのは一瞬で、その問いについて簡潔に答えた。「……そうだな、過ごした月日は短いが……好き、だな」その言葉に嘘は無かったその答えを聞いて、美鳩は満足気に頷いたそして次の質問に移る。「それでは、イタチさんは久遠寺家の皆さんを信用していますか?」「信用が無かったら、少なくともここにはいないな」「なるほど……それではイタチさん……」一呼吸の間を置いて美鳩は再び、イタチに尋ねた。「久遠寺家の皆さんを、信頼していますか?」同日・同時刻とある場所のとある一室「……はーあ、まさかあそこで大穴が来るとはな……っち、やっぱあそこで止めておけば良かったぜ」その一室で、男の声が響く。その床には、古新聞、古雑誌、タバコにティッシュ……様々な物が乱雑に散らかっておりその部屋のテーブルにも、同じ様に物が乱雑に置かれているその男は寝そべっていた状態から身を起こすと、そばにあったビール缶を手にとって中身を飲み干した。「ちぃ! ついてねえな! 金づるはいなくなるし賭けは負けるし踏んだり蹴ったりだぜ!!!」そう言って、男は手元にあった雑誌を壁に投げつけるそして、新しい缶に手を伸ばす。「はーあ、面白くねえぜ……」缶に口をつけて、グビグビと中身を飲む視界の端で、先程投げた雑誌がとあるページで見開かれていた何気なく、男はそれを目にするそして、「ソレ」を偶然にも発見した。「……おいおい、マジかよ?」信じられない様に呟くその声には、確かな驚きがあった雑誌を手にとって、そのページを凝視するそして、確信する。「……ぷ、く……くくく……」おかしい様に、男は噴き出すそして次の瞬間「くくく……くはははは! くはははははははははははははははははははははははははははあぁ!!!!」その一室に、男の笑い声が響く心の底から楽しそうに、男は顔を歪めて腹の底から笑い声を上げるそして、一通り笑い終えて…再びその雑誌に目を向けた。「ようやく見つけぜぇぇ息子おぉ」男の声が響くその雑誌のページには、「久遠寺森羅特集!!!」と大きく書かれ森羅とその専属従者の写真が記載されていた……。続く後書き すいません! 更新が遅れました!! 最近は作者のリアルの方に事情がありまして……少し投稿が遅れました! さて、話は変わって本編ですが…今回は久しぶりの「きみある」サイド&イタチの超ネガティブモードです。今のイタチの精神状態を描かせて貰いました。次回からは本編ではほぼ空気になっていた原作主人公の錬と美鳩、そしてイタチをメインに話を進めていく予定です。 「前回の引きからコレかよ!!」と思った方々もいますでしょうが、どうかご容赦して下さい!! 次回からは原点回帰……という訳ではありませんが、初期の路線に話は近くなると思います。 追伸 小雪が本編に初登場でした。今回だけではミナトとの関係の全容は描けませんでしたが 近い内に二人は本編に出てくる予定です。