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No.31125の一覧
[0] かわらずの城[のののの](2012/01/08 17:23)
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[31125] かわらずの城
Name: のののの◆54d6b523 ID:e0cb2059
Date: 2012/01/08 17:23


― ガイナス湿原 ―

長雨が続くとこの湿原は沼に湖、小川へと、その姿を目まぐるしく変え、人や物の往来に大変不便であった。
人々は何とか水に浸からぬ僅かな高台に家を建てて暮らす。
その僅かな高台の中心に建つのはガイナスの城、数百年前から殆ど総構えが変わることがなかったので、
人々は嘲りと親しみを織り交ぜながら『かわらずの城』と呼ぶ。

また、度々水に浸かる一帯では、一部の農作物以外の収穫が難しいため、
僅かばかりの領民が細々と生計を立てながら暮らす不毛の地となっていた。
ただ、皮肉な事に、この地の領主であるクロイツ家が大国に呑み込まれながらも、
その支配権を残したまま命脈を保てたのは、不毛の地に因る貧しさの御蔭でもあった。


クロイツ家が膝を屈した神聖ヴァニード皇国は、実りの少ない地を支配するのに労力を費やす愚を避けたのだ。
支配者たる皇王グラムスト・ヴァニードに対して忠誠を誓う誓書を出し、些少な貢物を帝都に毎年届けるだけで、
クロイツ家は所領を安堵され、家名を永らえることが出来ていた。






「城を抜けだして釣りに興じるとは良い身分だな」

「レオンは固いな。だらだらと年寄り相手の評定に精をだすより
 ここで気ままに釣り糸を垂らして、夕餉の肴を狙う方が余程有意義だ」

「ハイネ、貴様がクロイツ家の当主で無ければ、俺も文句は言わん」

「生まれで得た不毛の地に縛られ、益の無い長評定で精神をすり減らす」
 

ログナーに彼が乗ってきた船に移るように顎で指図された
クロイツ家第18代当主ハイネリアス・クロイツは不承不承ながら、
自分に幼い頃から仕える忠臣レオンハード・ログナーの言に従う。


四年前の西の大国神聖ヴァニード皇国と東の大国として知られるカザン帝国との小競り合いで、
父である17代当主カルツと、ハイネの兄二人が流れ矢に運悪く当たり、三人揃って戦死してしまったため、
誰も次期当主になると思っていなかったハイネが、クロイツ家の当主に収まってしまっていた。

この急な事態に僅かながら存在する累代の家臣達も動揺したのか、
皇王に統治権を返上して、皇領の代官としてクロイツ家にとって変わろうとする者も出る始末であった。
ただ、先に述べたように、実りの少ない湿原を今更直轄領にしようという気は皇王や宰相には無く、
ハイネに言わせればくれてやっても良かった痩せた地を狙った野心的な家臣は、
事成らず、逐電して未だ消息を断ったままである。

クロイツ領はその地の貧しさゆえに、戦乱や政争の脅威とは無縁の平穏な日々を長らく享受することが出来たのだ。





「このシィリー湖から流れる三本の川に堰を設け、堤によって川の両岸を囲えば
 湿原は多くの農産物を生み出す豊穣の地へと生まれ変わるのは必定!
 水の流れを治めてこそ、クロイツ家の繁栄は約束されると愚考する次第であります」

「まさしく、愚考だな」 「なんですと!!」


賢しげに治水を行って領内を富ませるべきだと主張するシュスターの正論を、ログナーは酷評する。
現実を見ずに自分の才をひけらかそうとする小才子を実直なログナーは毛嫌いしていた。
また、言われる方のシュスターも、自分が片田舎の地方領主の臣で収まる器では無いと自負しており、
周囲が、皇王の目にすら止まる様な功をあげようとする自分の行動を悉く邪魔するログナーを目の敵にしていた。

そして・・・ 


「まぁまぁ、二人とも落ち着け、シュスターの意見には一理も二理もあるとは
 私も思うが、悲しいかな、我がクロイツ家にはその大事業を行うコレが無い」



指で円を作って、いつものように金が無いとだけ話す凡庸な主君に失望していた。
シュスターは思う。金が無いなら、金を生む方策を考えればよい。
18代の長きに渡ってのほほんと支配者をして置きながら、自分の立てた富国策を実行する蓄えすら無いとは、
歴代のクロイツ家の当主は揃いも揃って、目の前の凡君と変わらぬ無能揃いだと思わずには居られなかった。





「しかし、あれで良かったのか?」 「ん?何のことだ?」

「惚けるな。シュスターの献策とやらのことだ」


顔を真っ赤にして出て行ったシュスター以外の家臣も去り、自分とハイネの二人になったところで、ログナーは問い掛ける。
小才子とは言え、シュスターは勉学に励み、施政に必要な知識をそれ相応に修めている。
また、彼は知らぬが、クロイツ家の財政を長く扱ってきたログナー家の自分と当主であるハイネは知っているのだ。
シュスターの言を行うだけの蓄財がクロイツ家にはあることを・・・



「富めば妬みを生む。妬みは憎しみを生む。憎しみは争いを生む」


静かに語るハイネの表情は穏やかで、徳を積んだ禅僧のようであった。
彼は、いや累代のクロイツ家の当主は知っていたのだ。足ることを知らぬ事が、身の破滅を招く事を知っていた。

例え、シュスターの治水事業を行う蓄財が無かったとしても、領札を刷って当座の金を生めばよいし、
新たに出来た耕作地の地権を餌に富裕層から金を集める事も可能であろう。
そこから生まれる租税を蓄え、領内にある広大な農地の卵である湿原を
辛抱強く開拓し続ければ、湿地は肥沃な農地へと姿を変え、やがて大きな生産力を得ることになる。
ただ、それには外敵の脅威による妨害と言う大きな困難も乗り越えなければなるまい。

常に覇権を争う東と西の大国がクロイツ領に見向きをしないのは、未開の地を開拓する際に問題となる互いの存在が大きな要因となっていた。
ヴァニードとカザンの狭間にあるガイナス湿原の開拓を、どちらか一方が指を咥えたまま見逃すことなど有り得ない。
ヴァニードに屈したクロイツ家が湿原の開拓に成功すれば、カザンに取って敵の国力が富む事になる。
それを阻止するべく、カザンは兵を繰り出して作りかけの堰や堤を破壊するだろう。


作っても壊されるなら、無駄な金を使って作る必要は無い。
クロイツ家は諦めることによって平穏な日々と言う得がたいものを手に入れたのだ。

もっとも、当主やそれに近い家臣たちは、自分たちを支配する大勢力の手伝い戦で命を失う危険はあった。
ただ、領内に済む民だけが、貧しい中でその奇跡的な幸せを享受出来るのだ・・・



「ハイネ!貴様はそれでいいのか?領民はお前には決して感謝する事はないぞ
 与えられた事に気がつかなければ、人は感謝などしない。恩は売るものなのだ」

「そうかもしれない。だが、恨まれるよりは良い」


「貴様の代では無理かも知れぬが、慎重に領内を富ます努力を続ければ
 やがて大きな力を得て、ヴァニード皇王国の庇護に頼らずとも良くなる!
 先代達のようにつまらぬ手伝い戦で命を散らさずとも良くなるかもしれぬぞ!」
 
「そうかもしれぬが、それで乱を呼び込む愚を冒す訳には行くまい」


問答を繰り返すうちに興奮し、立ち上がって声を大きくする友に対し、
ハイネはただ静かに、やさしく諭すように語る。
何も望むな。望めば身を危険にする。何もしない事が、己を守る最良の術と心得よと・・・

識見に富むだけでなく剛毅さも持ち合わせた稀有な才を持ちながら、ただ無聊をかこつ。
まだ若いレオンハード・ログナーには耐えられないことだった。
ただ、クロイツを長年に渡って支えてきたログナー家の当主と言う立場、
領民を乱から遠ざける。守ると言う責任を果たすため、
彼は自分と似た思いを持つシュスターの姿に苛立ちながらも、その職責を果たしてきたのだ。




「心配するな。シュスターは外に出る度胸は無い。少しばかりの才と
 口が立つだけの男だが、うちの領内を取り仕切るには丁度良い器量だ」

「ハイネ・・・、俺は貴様を見限るのでは無い。むしろ、俺は誰よりも貴様の見識と
 将器を認めている!!だからこそ、俺はここまでこの地を捨てずに留まる事が出来た
 貴様が立つ時、それを支える俺の姿を幾度と無く夢想した!だが、お前は立つまい・・・」


握り締めた拳を震わせながら言葉を紡ぐ友に、ハイネは気にするなと首を左右にゆっくりと振って示す。
彼は分かっていたのだ。才気を押さえ、ただ自分の職責を全うしようとするのは、レオン・ログナーの生き方では無いことを、
彼の旅立ちを迎えるのが、そう遠くない未来であることを知っていた。





湿原に変わることなくあり続けるガイナスの城、
長雨が続けば周りは沼や湖と化し、『かわらずの城』は湖上の浮城になる。
城は変わらずとも、周りが変わる・・・



馬上の男は友に見送られながら、自分を見下ろす『かわらずの城』を後にする。
振り返る必要は無かった。その姿を目に焼き付ける必要は無い。
再び故郷に戻るとき、それは不変の姿を見せてくれるだろう。

その旅立ちは雨であった。

 
                              おしまい。



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