まだ、この世界が暗くて闇に包まれたものに見えた頃のこと。
17年前、ある女の子がこの世に産声をあげた。
だがその子は決して望まれて産まれてきたわけではなかった。
「あんたがっ…産まれてきたせいであたしはあぁああぁあぁ!!」
そう言って少女を殴る母親。
泣き声を上げることはなくなっていた。
少女の瞳には何も写っていない。
綺麗な蒼の瞳、どす黒く濁っていた。
「いい子にお留守番しててね」
少女が2歳になったある日、母親はパンを何個か置いて、出て行った。
その時、初めて優しくしてもらったことを少女は心の底から喜んだ。
帰ってきたらもっと優しくしてくれるかもしれない。
〝 〟って呼んでくれるかもしれない。
だから待った。母親が帰ってくるのを。
でも母親は一日経っても一週間経っても帰ってくることはなかった。
少女の手元には唯一食料だったパンはなかった。
空腹の体で食べ物を探し、棚の上のものを取ろうとした。
だがフラついて棚にあった物をひっくり返した。
物凄い音がした。
「悪い子になっちゃった…」
少女は母親の言いつけを守れなかったことがショックだった。
そして目の前が真っ暗になった。
次に少女が目を覚ましたのは、病室だった。
管理人さんが音を聞きつけて鍵を開けてくれたらしい。
そして全てを知ってしまった。
母親が少女を捨てて行方不明になったこと。
そして、望んで産まれなかったこと。
その時、少女の中で何かが壊れた。
それが人から狂った犬を呼ばれるようになった
〝小鳥遊海月〟の生い立ちである。
【記録者:滝沢 8月下旬 海月の独白より】