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No.31086の一覧
[0] 【完結】リリカル錬金(なのは×武装錬金)[えなりん](2012/05/26 20:06)
[1] 第二話 痛いわ怖いわで最悪の夢[えなりん](2012/03/07 20:55)
[2] 第三話 お前は妹の傍にいてやれ[えなりん](2012/01/16 23:41)
[3] 第四話 俺も一緒に守る[えなりん](2012/01/16 23:40)
[4] 第五話 これが俺の騎士甲冑だ[えなりん](2012/01/21 19:29)
[5] 第六話 私が戦う意味って、あるのかな……[えなりん](2012/01/21 19:21)
[6] 第七話 何故ここにいる[えなりん](2012/01/25 20:18)
[7] 第八話 会った事が、ない?[えなりん](2012/01/28 19:45)
[8] 第九話 私を助けれくれた貴方がどうして[えなりん](2012/02/01 20:01)
[9] 第十話 お願い、間に合って![えなりん](2012/02/04 20:01)
[10] 第十一話 お前はまた少し強くなった[えなりん](2012/02/08 20:09)
[11] 第十二話 私はこんな事を望んでない![えなりん](2012/02/11 19:40)
[12] 第十三話 一番嫌いな性格だ[えなりん](2012/02/15 19:47)
[13] 第十四話 私だって魔導師です[えなりん](2012/02/18 19:52)
[14] 第十五話 これが人間の味か[えなりん](2012/02/22 19:35)
[15] 第十六話 謝るなよ偽善者[えなりん](2012/02/25 20:16)
[16] 第十七話 頑張ったんだ、でも偽善者なのかな[えなりん](2012/02/29 21:07)
[17] 第十八話 私達の本当の戦いは、まだ始まったばかりだ[えなりん](2012/03/03 20:42)
[18] 第十九話 何時か私を殺しに来て[えなりん](2012/03/07 20:54)
[19] 第二十話 俺の心が羽ばたけない[えなりん](2012/03/10 20:07)
[20] 第二十一話 それで本当にあの子は笑えるのか[えなりん](2012/03/14 20:45)
[21] 第二十二話 もう誰も、泣かせたりなんかしない[えなりん](2012/03/17 23:26)
[22] 第二十三話 私達は本当に正しいのか[えなりん](2012/03/21 21:16)
[23] 第二十四話 守りたいものが同じなら[えなりん](2012/03/24 19:42)
[24] 第二十五話 君は誰だ?[えなりん](2012/03/28 21:27)
[25] 第二十六話 ロストロギアに関わる者は全て殺す[えなりん](2012/03/31 19:47)
[26] 第二十七話 お前がお前である事をやめないでくれ[えなりん](2012/04/04 22:59)
[27] 第二十八話 そうか、これが敗北……ひさしぶりに味わった苦い味だ[えなりん](2012/04/07 22:16)
[28] 第二十九話 もう元の人間には戻れない[えなりん](2012/04/11 20:30)
[29] 第三十話 感謝して敬え[えなりん](2012/04/14 19:48)
[30] 第三十一話 そこで僕はジュエルシードを手に入れた[えなりん](2012/04/18 23:38)
[31] 第三十二話 二度と追う気を起こさないようにする[えなりん](2012/04/21 19:51)
[32] 第三十三話 簡単に死ぬなんて言わないで[えなりん](2012/04/25 21:48)
[33] 第三十四話 俺はブラボーに戦って、勝つ![えなりん](2012/04/28 20:07)
[34] 第三十五話 ヴィクターを殺す前の軽い運動だ[えなりん](2012/05/02 22:00)
[35] 第三十六話 例えどんな結果が待ち受けていても[えなりん](2012/05/05 20:17)
[36] 第三十七話 ロストロギアがそんな簡単に、皆を幸せにすると思う?[えなりん](2012/05/09 22:28)
[37] 第三十八話 俺が皆を守るから[えなりん](2012/05/12 19:54)
[38] 第三十九話 本当に、ゴメン[えなりん](2012/05/16 21:59)
[39] 第四十話 何故、私はここでこうして生きている?[えなりん](2012/05/19 19:40)
[40] 第四十一話 絶望が希望にかなうはずなどないのだ[えなりん](2012/05/23 21:16)
[41] 第四十二話 シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ[えなりん](2012/05/26 20:06)
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[31086] 第六話 私が戦う意味って、あるのかな……
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/21 19:21

第六話 私が戦う意味って、あるのかな……

 口に含んだそれは、食べ慣れた大好きな味がしたはずだった。
 まひろ達が、お見舞いのお土産にと翠屋で購入して来てくれたケーキである。
 なのはの母親である桃子がパティシエとして作ったケーキ。
 それこそ生まれた頃から舌に馴染んだはずの味が、今のなのはには何も感じられなかった。
 昨晩の出来事により、まるであの場に味覚を感じる心を落としてしまったかのように。
 理由は分かっている。
 だがそれを認識すると記憶の扉が無理やり内側から開かれ、体が震えだしてしまう。

「なのはちゃん、美味しくない?」
「え、あ……ううん。そんな事はないよ、お母さんが作ったケーキだもん」

 心の内を見抜かれたようなまひろの言葉に、フォークを落としそうになる。
 まひろは感情が豊かな分、感受性が高く、こういう所は誰よりも鋭かった。
 嘘をつく事は忍びないが、なんとか取り繕うように笑って見せた。

「そうよ、その聞き方は失礼よまひろ」
「やっぱり、どこか具合が悪いの?」
「どれどれ、んー……平熱だと思うが。顔色がちょっと悪そうだ。水分とるか?」
「お見舞いに来ておいてなんだけど。僕らがいるとなのはちゃんも落ち着かないかもね」

 岡倉が額に当てた手の暖かさに、甘えたいという願望がなのはの心を満たしていく。
 誰でも良いというのは失礼だが、兎に角誰かにそばに居て欲しかった。
 先日、まひろがカズキにくっついて離れなかった時の様に甘えたい。
 極度の恐怖体験から心は誰かを求めているのに、なのはの性質がそれを許さないでいた。
 大浜の言葉を否定し、もう少し、もっとと本心を口にしたい。
 なのに孤独な幼少期の体験から、無理に笑顔を作って心にもない事を言ってしまう。

「大丈夫、全然平気。明日にはちゃんと学校に行くから、平気だよ」
「まあ、本人がそう言うのなら、信じるしかないな。それじゃあ、俺達はお暇するよ」
「うん、今日はありがとうございました。岡倉さん、大浜さんに六桝さんも」
「おう、何か困った事があったら何時でも連絡くれよな。全員で飛んでくるからよ」

 六桝の言葉にお礼を言い、頼もしい岡倉の言葉に余計無理を重ねて笑顔を返す。

「アリサちゃん、私達もそろそろお稽古の時間だよ」
「え、もうそんな時間? うぅ、なのはがまだ……」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。本当に」
「まひろどうなの?」

 今一信憑性に欠けるなのはの大丈夫を前に、アリサがまひろに振った。
 丁度部屋を出て行こうとしていた岡倉達も、気になったのか立ち止まっている。
 アリサに言われたまひろが、じっとなのはの顔を覗き込んでくる。
 何も考えていないような、それでいて心の底まで見透かすような純粋な瞳。
 それを前に、思わずなのはは耐え切れないように瞳をそらしてしまった。

「なのはちゃんのお家にお泊りする!」
「ええ!?」

 もう少しいるならまだしも、やや飛躍した言葉になのはがそらした瞳を戻す。

「何処でどうそういう結論に至ったかは謎だけど、なのはそうして貰いなさい。今日も、士郎さん達は翠屋が忙しいんでしょ?」
「こういう時、まひろちゃんは侮れないよ。まひろちゃんがそう言うなら、今のなのはちゃんにはまひろちゃんが必要だと思うの」

 すぐさまアリサとすずかが岡倉達にアイコンタクト。

「カズキにメール送っといた。まひろちゃんがお泊りだって。着替え、持ってきてもらいな」
「こっちは桃子さんにメール送信完了」

 まひろの言葉はまさに鶴の一声であったらしい。
 瞬く間に、岡倉に始まり六桝に外堀を埋められてしまった。
 カズキとまひろは二人暮らしなので、時々桃子が手料理を振舞っている。
 きっとなのはが塞ぎ込んでいる事と合わせ、お泊りの件は即決で受け入れられる事だろう。
 二人を招く事で常に誰かがそばにいる事ができると。
 おかげでどちらが見舞われているのか、分からなくなるような言葉をなのはが紡いでしまった。

「え、でも。まひろちゃんに悪いし」
「なのはちゃん、誰かにそばに居て欲しい時にそう言うのは悪い事じゃないんだよ?」
「さ、なのはちゃんが上手い言い訳を考える前に撤退開始」

 大浜の駄目出しの後で、六桝が有無を言わせず皆を誘導していってしまう。
 もはやこれまでと、扉が閉められるのを見ているしかなかった。
 そして扉が閉まると同時に、まひろがベッドの上へと軽く飛び込んできた。
 ベッドの一部が凹みを作るが、逆にその他の部分はぽんと弾む。

「わっ、まひろちゃん」

 アリサがいれば窘めれられただろうが、既に階段を降りる音さえ聞こえない。
 これでまひろも色々と学習しているらしい、悪い方に。

「へっへー、なのはちゃんの匂いがする」

 何が楽しいのか、布団ごとなのはにぎゅっと抱きついてくる。
 身長はまひろの方が高いのだが、こういう時は妹みたいであった。
 お腹の辺りにある栗色の髪の毛を撫で、少し思い切って抱き返してみた。
 先程まひろがなのはの匂いと言ったように、なのはの鼻はまひろの匂いで溢れてしまう。
 さらに腕に伝わる感触は柔らかく、お風呂よりも温かい。
 そのままその温かさに身を委ねていると、口の中がなんだか甘くなってくる。
 クリームの甘さに、果物の酸っぱさ、スポンジの欠片、味覚が少しずつだが戻ってきたのだ。

(頭が変に思い出そうとしない。思い出しちゃうと、やっぱり怖いけど。思い出そうとする自分が怖くない)

 より多くの温かさを求めたせいか、まひろが腕の中でもぞもぞと動く。
 力を入れすぎたのかと少し緩めると、輪にした腕のなかからまひろが見上げてきた。

「もう、怖くない?」
「うん……今度こそ、大丈夫」

 何故分かったのか不思議には思わず、問いかけに素直に答える。
 昔から、小学校一年生の頃に出会ったからまひろはそうであった。
 弱っている人や困っている人が、いくらそれを隠そうとも嗅ぎ分けてしまうのだ。
 ハーフ故に孤立したアリサ、引っ込み思案で踏み出せないすずか、自分を上手く表現できなかったなのは。
 その三人の孤独を直感的に見つけ、懐に飛び込んできたのがまひろであった。
 誰だって懐に飛び込んできた可愛い子犬を振り払ったりはしない。
 というか、一時は振り払おうと気の強かったアリサが声を荒げても、まひろは聞いていなかった。
 やがてその子犬に逆に振り回され、目を離すと何かと危ないと集まったのが親友の始まり。

『なのは、少しだけ良い?』
『うん、大丈夫。心配掛けてごめんね、ユーノ君。ジュエルシード、どうだった?』

 ジュエルシードの発動を感じたと、出かけているユーノの念話に応える。
 直ぐにユーノから返事が帰ってこなかったのは、塞ぎこんだなのはがあまりにも普通に返答してきたからだろう。
 恐怖体験としか言いようのない昨晩の出来事の切欠が、何しろジュエルシードだ。

『もう既に、誰かに封印して回収されたみたい』
『そう、あの子かな』

 まひろの温かさに守られながら、今度こそ落ち着いて昨晩の出来事を思い出す。
 何もできないばかりか、パニックを起こして守ってくれていたユーノさえ危険にさらしてしまった。
 そして気が付けば、あの少女が自分を守るように怪物との間に立ちふさがっていた。
 圧倒的な数と力の暴力を前にしても引かず、恐れず撥ね除ける。
 その姿が格好良いと見惚れた程であった。
 心が恐怖に支配された状態にも関わらず、あんな風になりたいと憧れる程に。
 だがと、なのはは思う。

(私が戦う意味って、あるのかな)

 あの少女に比べて、自分の力が余りにも小さいと感じられた。
 ユーノは才能があると言ってくれたが、いや言われたからこそ。
 才能があってもあの程度、そんな自分がジュエルシードを探そうとして良いのか。
 逆に邪魔をしてしまわないか、またユーノにも迷惑をかけ、危険にさらさないか。
 力はあっても、自分が戦う意味をなのはは見い出せないでいた。









 なのはがユーノとの念話を終えてから少し後。
 二人の少女が楽しげにお喋りをする光景を、そっとドアの隙間から覗き込む二つの影があった。
 傍目にはとてつもなく怪しい人影だが、もちろん危険なものではない。
 なのはとまひろ、それぞれの兄である恭也とカズキである。
 無粋にも部屋の中へと入ろうとしたカズキを、恭也が止めた結果だ。

「それでね、お兄ちゃんがこうやって怒りの怪鳥蹴りって。ふにゃぅ」
「まひろちゃん、ベッドの上で飛び跳ねちゃ駄目だよ」

 ベッドの上で再現を行ったまひろは、弾む方向を間違えそのまま転がり落ちていく。
 少し驚き手を差し伸べながらもなのはが、人差し指を立ててメッと叱った。
 ごめんなさいとまひろが謝った後で、笑ったなのはがよくできましたと撫でる。
 まひろも撫でられるだけで良しとせず、もっと褒めてと抱きついた。
 微笑ましい光景ながら、話の種がカズキの失敗談であった。
 やめてこれ以上俺の評判を落とさないでと、カズキは両手で顔を覆っていた。
 今さらなのは相手に落ちる程に高さがあったかは別にして、肩をとんとんと叩かれる。
 無言で階下を指差した恭也の後に続いて、階段を降りていく。

「顔、見せてあげないんですか?」
「ああ、今俺が行くと折角のなのはの笑顔が失われそうでな」

 よく分からないという顔を見せるカズキに対し、自嘲めいた笑みを恭也が浮かべていた。
 そのまま案内された居間でソファーを勧められ、淹れられたお茶を飲む。

「まひろちゃん達やお前達には、本当に感謝している」
「感謝?」
「少し事情があってな。俺達はなのはに負い目みたいなのがあって、踏み込めないでいるんだ。俺が言う事ではないが、美由希がお前達を頼ったのが良い証拠だ」
「でもそれは、翠屋が忙しくて。それに恭也先輩も、早引けして様子を見に来てるじゃないですか。踏み留まらないで、部屋に入って元気でたかって言えば済むと思うけど」

 家族としての生活の仕方の違いから、少し二人の間で話がかみ合わないでいた。
 カズキは家族との間に壁がある事が理解できず、二の足を踏む意味が分からない。
 恭也は普段はそうでもないが見えない壁を持つ家族しか知らず、カズキのようなやり方を知らなかった。

「もし仮に、お前がしばらくまひろちゃんを構えず、無理に大丈夫って言われたらどうする?」
「んー、まひろはそんな事言わないからなあ。我慢する前に泣きます。それで機嫌を直すまで俺が必死に宥めて、まひろが満足するまで一緒にいますけど」
「簡単に言うが、難しいぞ」
「そうですか? あ、でも恭也先輩には翠屋があるか。んー……あれ?」

 腕を組んで考え始めたカズキは、恭也を見て今ここにいるよなと確認する。
 それから頭上を見上げて、なのはも今部屋にいるよなと思い出す。
 視線の先、天井を越えた先になのはの部屋があるかはさておき。
 良い事を思いついたとばかりに、立ち上がり様に手の平で作ったお皿の上に拳をぽんと置く。
 そのやや古臭い仕草を見て、恭也も興味を引かれ飲んでいたお茶を口から離した。

「恭也先輩、確かこの家って道場ありましたよね。少し、運動しませんか?」
「いや、あの道場は」
「良いから、良いから。軽く体を動かすだけ」
「おい、人の話を」

 抵抗する恭也の背中を押して、確かあっちと勝手に連れて行く。
 激しく抵抗しなかったのは、恭也もカズキの考えに興味があったからか。
 途中からは仕方がない奴だと一つ溜息をついて、道場まで案内を始めた。
 本来、部外者は容易に入れてはいけない場所なのである。
 恭也自身、壁があると言いつつもそれをなんとかしたいとは考えていたのだろう。
 カズキが案内された道場は板張りの床に、独特の木の匂いが立ち込めていた。
 白い壁には神棚があり、道場の奥には花瓶と心構えを記した掛け軸と一般家庭からは少し遠い。
 それに慣れ親しんだ恭也などは、カズキがいる事も一瞬忘れて普段通り壁に掛けてあった木刀を二振り手にしていた。

「恭也先輩、こう棒って言うか。槍みたいなのはないんですか?」
「変わった事を言う奴だ。ちょっと待ってろ」

 一度道場を後にした恭也が、庭にある倉庫へと向かう。
 その間にカズキは軽くストレッチを始め、運動の前に体を慣らしておく。

「ほら、武藤。これで良いか?」
「ちょっと軽いけど、十分ッス」
「軽いのか?」

 普通、木刀などを持った者は、竹刀などに比べて重いと言うのが普通だ。
 だがカズキは見栄を張ってそう言っているようには見えなかった。
 軽く振り回し、何かを標的に突き刺したりとなかなか様になった動きをする。

「それじゃあ、始めましょう」

 槍に見立てた棒を幅をあけて両手で持ったカズキが、穂先を恭也へと向けた。
 軽い運動とは言っていたが、その瞳に込められた緊張感は本物である。
 剣道ではなく、正しく剣術を習っている恭也にはそれが分かった。
 それもより深いところまで。
 カズキが棒術か槍術を習った事があるのではなく、それを実戦に近い場で使った事があると。

(武藤の奴……だが思いのほか、面白くなるか)

 一方のカズキも、同じような事を恭也を相手に考えていた。
 高町家には道場があり、恭也や美由希が剣術を二人の父から習っているのは知っている。
 だが今感じているのはそういった情報による知識からではなく、肌で感じる空気からだ。

(この緊張感、ちょっと実戦の時と似てる。もしかして、恭也先輩って強い?)

 二人共に、本来ここへ来た理由を少し忘れ、じりじりと間合いをはかりあう。
 先に仕掛けたのは、恭也であった。
 というよりも余裕があったというべきか。
 両手に持った木刀は使わず、ダンッと板張りの上に強く片足を踏み込み叩きつけたのだ。
 思いのほか高く響き渡った音にビクッと震えたカズキは、思わず体が動いてしまった。
 突いたというより突かされた腰の入っていない攻撃は、簡単に木刀で弾かれる。

「どうした武藤、蝿が止まるぞ」
「こなくそ!」

 不意に踏み込んでしまった足で地面をしっかり支え、弾かれた穂先で下から斬り上げる。
 顔を後ろにそらすだけと酷く簡単に避けられた後、一気に懐に飛び込まれた。
 斬り上げられた木刀を見据えて体をさばき、すれ違うようにして避ける。
 学生服の胸の辺りすれすれを木刀の切っ先がなぞっていくのを見送っていった。
 だが恭也の手にある木刀は二本ある。
 踏み込んだ勢いを一瞬で零に消し去り、恭也の体が回転。
 もう一方の木刀が息をつく間もなく襲いかかり、棒を立てて軌道を邪魔して受け止めた。
 その受け止めた木刀を上から押さえると同時に、支点にして棒を回転させる。
 今度は上から恭也の頭を狙うがそんなに甘くはなかった。
 後ろに跳び退りカズキの獲物が空振りに終わると、直ぐに距離を詰めてくる。
 獲物のリーチをものともせず、穂先を鮮やかにかわしてだ。
 ほぼカズキの防戦一方。
 時にはカズキが転がってまでそれら斬撃をかわし、棒を使って斬撃をそらす。

「ほら相手の間合いの中で気を抜くな。もっと視野を大きく持て、ほら下が見えていない」
「お、お。うお!」

 立ち合いというよりは、恭也によるカズキへの稽古であった。
 妙に教えるのが上手い恭也の導きで、危なげなく木刀の斬撃をさばく事ができた。
 一つ一つの動きを教える度に瞬く間に吸収していくカズキに対し、恭也もこいつはと笑う。
 乾いた木同士がぶつかり合う音は、終わる時が見つからないまま響き続ける。
 そして一際大きくぶつかり合い、汗が浮かぶ顔を間近に恭也が尋ねた。

「武藤、お前何かあったのか? 一体どうして、こんな事を言い出した?」
「ヒミツ、ちょっと人に言える事じゃないから。あと、言い出したのは全く別の理由」
「そうか。ならそろそろ終わらせるぞ、既に軽い運動は超えている」

 恭也は槍に見立てた棒を持っているカズキを押し飛ばし、あえて距離を取った。
 実戦を経験したとは言え、知識ゼロのカズキでも間合いの事ぐらいは知っている。
 剣よりも長い槍は、先に届くので有利。
 少し考えれば、子供でも分かるような理屈であり、なおさら恭也の行動は奇異に映る。

「恭ちゃん、早引けしておいてなんで道場に」

 道場の扉を開けながら誰かが入ってくるが、振り返る余裕もカズキにはなかった。
 身構え動かない恭也から目がそらせず、肌をピリピリと刺す緊張感が高まり続ける。
 そして、恭也が動いたかに見えた。
 それは気のせいであったかのように、そこから先は一瞬である。
 カズキが反応できたのは、その一瞬で脳裏に過ぎったシグナムの言葉であった。
 相手から目を放すな、その腕にまひろが、背中に仲間がいると思え。
 高まる闘争本能が瞳を開かせ、その刹那の間の攻撃をかすかに捉える事ができたのだ。
 なんとか斬撃の軌道に合わせて立てた棒を盾にするが、接触と同時にそれが砕け散った。

「恭ちゃん、それにカズキ君!? 素人相手になんて事」

 血相変えた声の主は、帰宅後二人の姿が見えずに探しに来た美由希であった。
 彼女の目に映ったのは、必殺の一撃を放った恭也と吹き飛ぶカズキの姿。
 一瞬我を忘れた美由希であったが、その目の前でカズキが見事に足をついて踏みとどまる。

「OK、フレンド!」

 心配するなとばかりに、背中越しにカズキが叫ぶ。
 が、それも長くは続かなかった。

「ふっ、腕を上げたな恭也。もはや思い残す事は、ない……」
「燃え尽きた、駄目じゃない!?」

 真っ白になったカズキへと美由希が駆け寄ろうとするも、カズキは意地で立っていた。
 砕け折れた棒を杖にして、フルフル震える足を隠しもせず。
 さながらお爺さんのようで、大量の汗は死期が近いようにも見えた。

「恭ちゃん、なのはの為に翠屋早引けしたのに。カズキ君も、素人が危ない事をしない!」
「早引けの件はすまない。が、これは武藤が言い出した事で、中々の物だったぞ」
「そう言えば今日、俺ずっとこんな感じ。でも、まだ元気イッパイ。ぜー、ぜー……」
「いや、どう見てもイッパイ、イッパイだからね」

 美由希に心配されながら、息も絶え絶えのカズキはようやく当初の目論見を思い出した。
 ちらっと恭也を見てみれば、カズキほどではないが薄っすらと汗をかいている。
 つまりそれなりに汚れたわけで、汚れたからにはお風呂に入らねばならない。

「恭也先輩、程良く汗をかいたところでなのはちゃんを。なのはちゃんと一緒にお風呂に入ってください。壁なんてない、お風呂なら服すらない!」

 それはカズキにとっては渾身の主張であった。
 震える足を無理やり止め、拳を握り上げてすらいたのだから。
 だが返って来た反応は、力んだ気持ちとは裏腹なものである。

「分かった、お前達がやはり兄妹だという事は分かった」
「恭ちゃーん? なのはとお風呂に入りたかったんだ?」
「いや、待て美由希。これは武藤が勝手に、さすがの俺もこの歳でなのはと風呂は厳しいものがある」

 額に青筋を浮かべた美由希が、しどろもどろの恭也に詰め寄っていた。

「え、俺はいつもまひろを風呂に入れてるけど。まひろはまだ、髪の毛を一人で洗えないから」

 もちろんカズキの発言は火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
 なにやら黒い気配を放出する美由希を前に、恭也はたじたじ。
 何を言っても聞いてはもらえず、時間が経てば再びカズキが油を追加する始末。
 結局、二人共に美由希に怒られ、なのははまひろと美由希の三人でお風呂に入る事になった。
 そういう意味では、カズキの目論みは半分成功した事になる。
 なのはとお風呂、いやしかしと少々遅めの思春期のように悩む恭也を生み出した事以外は。









 カズキと別れた後、シグナムは街中を無意味に歩き回っていた。
 日は既に沈み、辺りから子供の姿はほぼ消え、会社帰りの社会人が増えている。
 尾行者がいないかの確認とそれをまく為であり、人気のない裏路地から転移を行う。
 次に現れた場所は住まいの近くの公園であり、何事もなかったかのように家路へとつく。
 普段はそこまでしないのだが、錬金術の化け物の創造主対策である。
 人間のような知能を持った相手は、ある意味でジュエルシードよりも危険なのだ。
 下手に主を危険に巻き込まない為の、最低限の注意であった。

「ただいま、戻りました」

 見ていただけとはいえ、戦闘後の張り詰めた空気を捨て去りながら扉を開く。
 それにともない、慣れ親しんだ温かい空気と、夕食の良い匂いが流れてくる。

「お帰りなさい、シグナム。もう直ぐご飯やから、まずは手を洗ってき」
「はい、主はやて」

 シグナムを出迎えたのは、車椅子に乗って居間から顔を出した少女であった。
 言葉通り夕食の準備をしていたようで、エプロンをかけていた。
 年の頃は、カズキの妹であるまひろやその友達と変わらない。
 敬愛すべきシグナムの主が彼女、八神はやてである。

「それにしても、なんや最近シグナムは急がしそうやね。無理して間に合わせんでも、どうしてもあかんかったら電話いれてくれればええよ」
「いえ、そういうわけには行きません」
「シグナムは硬いなあ。そんなんやったら、何時まで経っても彼氏ができへんで」

 彼氏と言われてもピンとこなかったシグナムだが、夕暮れ時のやり取りを思い出した。
 そう言えば、カズキの彼女と勘違いされていたなと。
 あの時は急にまひろが威嚇してきたので、否定するのを忘れてしまった。
 アイス好きな妹分対策として、試しに購入しておいた飴玉が運良く功を奏したが。
 きっとカズキが否定しておいてくれているだろう、そう考えておく。
 普通は否定する、普通は。
 だがなんだかカズキ自身も、あのまま否定するのを忘れているような気がしてきた。

「今度会った時に、言い含めておくか」
「言い含めてって誰に何をや?」
「それはカズキに私は彼女では……あ、主はやて。今のは違います!」
「彼氏、シグナムに彼氏が。皆大変や。シグナムに彼氏が出来たって、カズキさん言うんやて!」

 ギュルギュルギュルと、車椅子を唸らせはやてが大声を上げながら居間に戻っていく。

「本当ですか、はやてちゃん。ああ、どうしましょう。早速、今度の日曜日にでもご招待しないといけませんね」
「くそ、昔からアイツはそうだ。堅物キャラを気取っておいて、そ知らぬ顔で全部掻っ攫っていくんだ。ちくしょう、私は大人の女だ!」
「私はどないしよ。やっぱ家長として、うちの娘は君にはやれんって言うべきやろか。ほんで、うちの娘をさらっていく君を一発殴らせろって」

 ほぼ女所帯と言って過言ではない八神家にとって、初のスキャンダル。
 取り乱して右往左往するシャマルに、シグナムには身に覚えのない愚痴を吐くヴィータ。
 大いに勘違いし、見当違いも加えた妄想を行うはやて。
 一匹というか、唯一の男であるとある狼が、やれやれと耳を伏せる様子が目に浮かぶ。
 居間にいる者のテンションは振り切れ、もの凄く楽しそうであった。
 だが勘違いされたシグナムはたまったものではない。
 慌てて居間に飛び込むも時既に遅く、ニヤニヤとした三つの顔に出迎えられた。
 必死に言い訳するも、照れているんだの一言で聞いてもらえない。
 そこからは何かある度に、針のむしろであった。
 諦めて新聞を広げれば照れ隠しと言われ、食に八つ当たりしてみればお腹が空くような事をと言われる始末。
 それから解放されたのは、食後の休憩を経てはやてがシャマルと風呂にいってからだ。

「痛ってぇ、なにすんだよシグナム!」

 一先ず食に八つ当たりするでなく、目の前の小さな仲間の頭に拳を落としてみた。
 不当とは言えないが、ヴィータからすれば不当な暴力に怒りの声があがる。
 対するシグナムもまだ完全に気は済んではいない。
 しかし改めて取り乱した自分を省みて、ポケットから飴玉を取り出し、差し出す。

「おい、喧嘩売ってんのか?」
「やはり無理か。カズキの妹には劇的に効いたんだが」
「幾つだよ、そいつ。てかカズキって」
「いい加減にしないか」

 シグナムが口にした名前を聞き、再び笑ったヴィータをある声が嗜めた。
 食事中は違うが、部屋の隅で丸くなっていた狼。
 シグナムやヴィータの仲間の一人である守護獣のザフィーラである。
 八神家唯一の男として貫禄ある声で馬鹿話を中断、今話すべきはそれではないと指摘した。
 お互いにまだ腹の虫は収まっていないが、ソファーに身を委ねて座る。

「それで、ジュエルシードの件はどうなのだ? 行って来たのだろう、廃工場へと」
「ああ、まだ他にジュエルシードを集めている者がいる。また厄介な事に、次元世界の住人だ。遠目に見ただけだが、デバイスを持ち、バリアジャケットを纏っていた」
「めんどくせえな。私らでぱぱっと、片付けちまおうぜ。それからゆっくり、ジュエルシードでもなんでも集めりゃいいじゃねえか」
「焦るな、ヴィータ。殲滅は恐らく難しくはないだろうが、問題は次元世界の住人がいるという事だ」

 ヴィータもそれを忘れていたわけではないが、苛立たしげに舌打ちをしていた。
 八神の苗字を名乗ってはいるが、シグナム達はこの世界の人間ではない。
 もっと詳しくいうならば、人間ですらない。
 ジュエルシードと同じロストロギア、闇の書にプログラムされた擬似生命体。
 闇の書とその主であるはやてを守る守護騎士達であった。
 そしてジュエルシードのような危険物があれば、それを取り締まる者達もいる。
 シグナム達が誰よりも次元世界の住人を危険視するのは、彼らを呼び寄せる可能性を持つからだ。
 闇の書もロストロギアであり、管理局とは数多くの因縁を持っている。

「それで、どうすんだよ。このままじゃ、何時面倒に巻き込まれるか分かったもんじゃねえ。おちおち、はやてを連れてお出かけもできねえぞ」
「ああ、当初とそれ程方針は変わらない。私とカズキで、独自にジュエルシードを集める。お前達は、主のそばを離れず護衛をしてくれ」
「主の護衛に異存はないが、カズキというのは……お前が言っていた少年か?」
「戦闘は主にカズキに任せる。少しでも我らの情報は表に出したくないからな、カズキの申し出はある意味で好都合だ」

 まだベルカの騎士見習いとして、力はそれ程ではないが伸びしろには期待できる。

「おい、大丈夫かよそいつ。心臓にジュエルシード入ってんだろ。歩くどころか、戦う火薬庫なんて洒落じゃすまねえぞ」

 ヴィータの懐疑的な言葉を聞き、シグナムは何時の間にかカズキに好意的な自分に気付いて驚いた。
 はやての為ならば、カズキとて斬り捨てる事に躊躇いはない。
 改めてそう考えて、ようやくにその結論に至った。
 一昨日ならば改めて考えるまでもなく、即座にその結論に至っていたというのにだ。
 まだ数日ながら、武藤カズキという少年に触れ、その気質を目にしてきた。
 人並みに臆病で怖がりだが、隣人の危機の前にはそれらを撥ね除け立ち上がる。
 ベルカの騎士見習いとして、カズキの気質は十分に見合い、シグナムとしても好ましい。

「大丈夫だ。暴走は、ない」
「おい、あんま気に病むなよ。そいつが勝手に勘違いして飛び出して、勝手に死んだだけだ。いざという時に辛いぞ」
「それこそ、大丈夫だ。そこだけは、決して間違えない」

 守護騎士達にとっての最優先は、闇の書の主であるはやてである。
 大切なのはそこだと、お互いに顔を見合って頷きあう。
 その直ぐ後で、洗面所の方が少し騒がしくなってきた。
 はやてがシャマルにお風呂を入れてもらい、上がったのだろう。
 内緒話はそこまでだと、シグナムは新聞を手に取りザフィーラは床に伏せて寝る。
 ヴィータは暇そうにその辺にあった漫画に手を伸ばすが、同時に頭の頂点にある薄れ行く鈍痛に気付いた。
 そして新聞越しで見えない事を良い事に、シグナムへとニヤリとした笑みを向ける。

「あー、ええお湯やった。皆もはよ、入ってき」
「お先に。ヴィータちゃんは、シグナムと一緒に入ったら?」

 バスタオルで髪の水分をふき取るパジャマ姿のはやてを車椅子に乗せ、シャマルが押してくる。
 彼女自身の髪もまだ乾いてはおらず、お互いにドライヤーで乾かしあいでもする算段だろう。

「ああ、そうだな。偶には良いかもしれん。ヴィータ、今夜は私が髪を洗ってやろう」
「おう、悪いな。ジャケット貸せよ、ハンガーに掛けてやるよ」
「いや、届かないだろう」

 他意はなくとも、酷く傷つく言葉に怒りをつのらせつつヴィータは無理に笑う。

「気、気にすんな。お礼だ、お礼。髪洗って貰うんだからな、遠慮すんな」

 なんだか奇妙なやり取りだと、コンセントの前に陣取ったはやてとシャマルが見ていた。
 シグナムも不審には思ったようだが、脱いだジャケットをヴィータへと手渡す。
 そこからが、逆襲の始まりであった。
 まるで引っ手繰るようにジャケットを奪ったヴィータが、内ポケットをまさぐる。
 そして目的のものを見つけて、はやてへと向けて高々と掲げて見せた。

「はやて、はやて。ほら飴玉。シグナムの奴、カズキって奴の妹をこれで篭絡したらしいぞ」
「おお、なんや私がお風呂入っとる間にそんなおもろそうな話」
「ヴィータ、お前謀ったな!」

 しまったと、ジャケットを取り返すが証拠品は既にはやての手の中であった。

「て事は、ザフィーラも聞いとったんか!?」
「カズキという少年の妹には、劇的な効果があったと言っていました」
「ザフィーラ、お前まで!」
「事実だ。それに主に嘘をつくわけにもいかん」

 しれっとザフィーラにそっぽを向かれ、味方はいないのかと最後の守護騎士へと視線を向ける。
 が、期待するだけ無駄であった。
 膝に座らせたはやての髪を乾かしていたシャマルは、その手を止めてさえいた。
 興味深々にはやてが持つ飴玉と、シグナムを交互に見つめている。
 あまつさえ、こんな事まで口走る始末だ。

「はやてちゃん、これが噂に聞く将を射んと欲すればまず馬を射よという奴です。この前、少女漫画で読みました。高度な恋愛テクニックです」
「くぅ、まさかうちの子がそんなテクニシャンやったなんて。シグナム、主の命令や。その時のことを一部始終語り、今夜は寝かさへんで!」

 お風呂はどこへやら、さあここに座れとばかりにはやてがカーペットを叩く。
 今再びニヤニヤの嵐の中で、シグナムの苦行が始まろうとしていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回は高町さん家と八神さん家のお話でした。
なのはは現在、自分の資質に疑問を抱き中……
まひろのおかげで持ち直したけど、まだまだ戦えません。
恭也と美由紀は、武装錬金の剣道部のあのシーンをやりたかっただけw
本当この兄妹は、早坂姉弟ポジw

一方の八神家、ちゃんと全員出たのは初だっけか?
まあ、シグナムの受難の日々が開始です。
この先ずっと、カズキのネタで弄られる運命にあります。
一家の頼れるリーダーから、弄られ役に……不憫w

それでは次回は水曜です。


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