第四十二話 シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ
白いジュエルシードがカズキの左胸の中へと沈み込んでいった。
二種類のジュエルシードのエネルギーが相殺しあい、一時カズキの体を光で包み込んだ。
第三段階へと進んだヴィクターの時とは違い、そこに苦痛はない。
赤銅色の肌は日本人の肌色へ、蛍火に光る髪も癖と艶やかさを持つ黒髪へ。
それを確認してから、ブラボーがそっとシルバースキンの拘束を解いた。
カズキの体からエネルギードレインが発せられる事もなくなった。
超人パピヨンが誰よりも望んだ、人間・武藤カズキとなったのだ。
それを確認すると直ぐに、カズキはサンライトハートのエネルギーの刃をパピヨンへと向けた。
対するパピヨンも、黒死蝶を生み出し、体の前面に押し出すようにして身構える。
「行くぞ」
皆が見守る前で、どちらともなく同じ言葉を吐く。
不安定な環境下にて嵐の風に消え去りそうな呟きではあった。
だがその言葉は確実に、互いの耳へと届いていた。
カズキはサンライトハートが発するエネルギーを強め、パピヨンも黒死蝶へと込める魔力を強めていく。
そして何を切欠にするわけでもなく、二人が共に笑みを浮かべながら動いた。
「Sonnenlicht Slasher」
ただ真っ直ぐ、得意の突撃によってカズキが前へと踏み出した。
同時にパピヨンの手の平からも、黒死蝶が羽ばたくように飛び出していく。
一瞬の交差、武器と一体になって突撃するカズキと、飛び道具を使うパピヨンとの差が出た。
正面からカズキは黒死蝶を貫き、着火する。
瞬く間に爆炎となって燃え広がり、赤い火と黒い煙の中へとカズキの姿を隠してしまう。
その爆煙の中から飛び出したのは、砕け散ったサンライトハートの刃であった。
数箇所から悲鳴があがりそうなその時、遅れてカズキも爆煙の中から飛び出してきた。
特大の黒死蝶を放ち、無手となったパピヨンの胸の前へと砕け半分に折れたサンライトハートの芯を突きつける。
チェックメイト、カズキの勝ちに思えたが、パピヨンはまだ諦めてはいなかった。
人を喰った笑みを浮かべた口の中、先程とは違い極小の黒死蝶が生成されていたのだ。
コレでもかと口の中から伸ばされた舌の上から、その黒死蝶が羽ばたいた。
あまりの小ささと素早さに迎撃は間に合わず、カズキが駄目押しの一手を喰らった。
小規模ながら確かな爆発の熱により、体勢を崩して仰け反った形となる。
悲鳴は爆炎に飲まれ消える中で、パピヨンは確かな勝機を見つけていた。
最後の一手、最後はこの手でとパピヨンが手刀を作り出してカズキの胸目掛けて伸ばす。
カズキのサンライトハートは砕け、残っているのは半分に折れた芯の部分のみ。
くり出された手刀を受け止める事は叶わず、弾く事も恐らくは不可能。
逆転の手はない、だがカズキの瞳もまた死んではいない。
言葉にならない叫び声を上げたカズキが動かしたのは、左腕であった。
砕けたサンライトハートの柄を握る右手ではなく、左腕を心臓の上に被せるようにした。
そんな手の平一つで何が防げると、パピヨンに躊躇は見られない。
だが次の瞬間、カズキの左胸から新たに一振りの刃が生み出されようとしていた。
真っ白な刀身をも持つ一振りの西洋剣、それを握り締めカズキがはっきりとその名を叫んだ。
「レヴァンティン!」
「Jawohl」
シグナムのデバイスと瓜二つのそれを生み出し、カズキはパピヨンの手刀に合わせた
いかに強力な肉体を持つホムンクルスと言えど、魔力付加されたデバイスには敵わない。
手刀は正面から真っ二つに引き裂かれ、その勢いを失った。
繰り返されるチェックメイト、カズキがサンライトハートの芯をパピヨンの胸に突きつけた。
「はあ、はあ……」
今度こそ反撃はなく、カズキは自分の息遣いがやけに大きく聞こえた気がした。
勝負は決した、超人パピヨンに人間武藤カズキが打ち勝ったのだ。
そうなった場合、パピヨンが何を望むかは分かっているつもりだった。
だからこそ、戦闘以上の緊張感から、自分の息遣いが大きく聞こえたのだろう。
出来れば聞きたくはないが、パピヨンもそう甘くは無かった。
「殺れ、今度はしくじるなよ」
やはりそれを願うかと、カズキは一度乱れた息を整えるように瞳を閉じた。
手を伸ばせば届く距離ではあるが、この期に及んでパピヨンが卑怯を行なうはずがない。
ゆっくりと、自分の考えを纏めるように時間をかけてカズキは瞳を開いた。
そのまま正面にて己の最後を待つパピヨンへと、視線を向ける。
「蝶野、お前まだ人を喰いたいとか。この世界を燃やし尽くそうとか思っているのか?」
カズキの言葉は、最初に殺しあった時にも行った問いかけに似てはいた。
だが似てはいるだけで、そこに込められた思いは段違い。
当時のカズキは、パピヨンの事を殆ど知らなかった。
殺したくない、人殺しをしたくないからこそ、縋るような思いで口にしたのだ。
しかし今は、違う。
カズキは少なからずパピヨンと行動を共にし、隣り合う事は無かったが共に戦ってきた。
岡倉達とは別の意味で、良く見知った同年代の相手とも言える。
だから今はパピヨンに生きて欲しいからこそ、そう尋ねたのだ。
改めて自分の気持ちを確認し、そして突きつけていたサンライトハートの芯をパピヨンの左胸より引いた。
「蝶野、俺はお前を二度も殺したくない。これが俺が選ぶお前との、決着だ」
それで良いと自分に言い聞かせ、再びカズキは口にした。
「決着だ。命のやり取りは、もうここまでに。命を蘇らせる魔法があればって思うけど、やっぱりそんなのないから。死んだ命をしっかり弔って、これで全部終わりにしよう」
「以前にも増して、大層な偽善者ぶりだな」
カズキの決断により生きながらえても、パピヨンの口調は辛辣そのものであった。
「いいよ、それで。お前を殺すよりは、ずっといい」
それでもカズキは笑みを持ってその言葉を受け入れられた。
受け入れられる程度には強くなってきた。
「蝶野、お前の名前は俺がずっと覚えている。お前の正体もずっとずっと覚えている。だから、新しい名前と命で新しい世界を生きてくれ」
カズキの決断に全く不満がないわけではない。
だが負けた以上、勝者の言葉は絶対。
ここに至り、ようやくパピヨンの蝶野攻爵に対する禊は終わりを告げた。
パピヨンという新しい名は既に得ている。
ならば新しい世界とは何処を指すのか、何処で生きるべきか。
多少思案に暮れるパピヨンの体へと無謀にも飛び込んでくる小さな影があった。
「何をしている、そして何処にぶつかっている貴様」
身長差から股間部分に突撃してきたアリシアを、パピヨンは見下ろした。
普段ならば事実に気付いて飛びのきそうなアリシアも、身じろぎ一つしない。
パピヨンを見上げたその顔は、涙で溢れ返っていたからだ。
「殺されちゃうかと思った……パピヨンのお兄ちゃんがそう望んでるかと思った。死んじゃうかと、もう合えないかと。うぐぅ……」
対するパピヨンは酷くあっさりとしたものであった。
「偽善者である武藤カズキがそんな事をするか。それに、俺がいないと白いジュエルシードが精製できないだろ。ふむ、そうか」
何かを思いついたように、パピヨンはこの場で一番権力がある照星を指差した。
「おい、そこのお前。交換条件だ」
「言葉使いは気になりますが、一応聞いておきましょうか」
泣きじゃくるアリシアを鬱陶しそうにしながらも、パピヨンは照星へとある提案を行った。
あの決着から一週間後、カズキは元の一高校生という日常に帰っていた。
退屈極まりない授業を毎日受け、悪友とも呼べる岡倉達やまひろ達と遊ぶ日々。
当然、シグナムとの関係は大きく前進こそしていないがマイペースで進んでいた。
帰りのホームルームが終わり、チャイムが教室内に鳴り響く頃、一目散に教室を脱しようとしたのが良い証拠であった。
今日はこれからシグナムとのデートなのである。
自分は学生服、シグナムは私服とまかり間違えれば姉弟とみられなくもないがカズキは気にしない。
周囲の視線には惑わされない程度には、お互いの気持ちは確認済みだからだ。
「おい、カズキそんなに急いで何処行くんだ?」
「ちょっと野暮用、また明日な!」
「だいたいは、想像つくけど……頑張ってね」
「ちくしょう、カズキ。爆発しろ!」
六桝や大浜は快く送り出してくれたが、岡倉は意味不明な罵声を浴びせてきていた。
少し小首を傾げたカズキだが、祝福の一種だろうと好都合に解釈して手を振った。
正真正銘、その言葉の通り爆発しろと言われたとは思いもせずに。
カズキが走りながら急ぎ向かったのは、通学路の途中にあるあの公園であった。
二人が始めて会った雑木林前のベンチ。
これまで数回待ち合わせを行なったが、何故かそこでというのが定番となっていた。
一分一秒でも早く、そう思い急ぐカズキはベンチにて待つシグナムを見つけて手をあげる。
「おーい、シグナムさ……ん?」
「お兄ちゃん、お帰り!」
次第に緩やかになるカズキへと、一目散にまひろが駆けて来た。
ぽふりと何時ものように腕の中で受け止めたは良いが、カズキの脳裏は疑問符だらけである。
「すまん、まひろに捕まった」
頬を掻きながら視線をそらすシグナムは、言葉程には困ってはいなかった。
カズキの帰宅路であるならば、当然の事ながらまひろの帰宅路でもある。
こういう可能性が決して零ではなかったのだ。
なにせ今までにも度々こういう事があった。
二人のデートになし崩し的にまひろが同行する事さえ。
カズキもそれなら仕方がないと、まひろを抱え上げて抱きしめなおした。
「それじゃあ、まひろもいるし翠屋でお茶でもしようか?」
「そうだな、平日に遠出をする事もない」
普段から特別なデートはまだなく、まひろの有無はあまり大きな意味はない。
精々が二人きりかどうかの違いぐらいだ。
多少カズキは思うところがないわけではないが、まひろも大事な家族である。
以前は寂しい思いを沢山させただけに、邪険に扱うわけにもいかなかった。
その代わりまひろを抱く手とは逆側をシグナムへと差し出した。
こればっかりは、まだまだ慣れそうにもないとシグナムが手をとろうとしたその時、
「まひろちゃーん!」
名前を呼ぶ聞きなれた声が幾つも、後方から投げかけれられた。
カズキ自身は気にしないのだが、さすがにシグナムの方は繋ごうとした手を遠ざける。
聞き覚えのある声は、なのは達であったからだ。
お互いに気持ちを確認しあっても、流石に人前でいちゃつく事などできない。
「ふう、流石にきつい……まひろったら、ホームルームが終わり次第一目散に行っちゃうんだから。ほら、私の家で皆で遊ぶわよ」
「そうそう、まひろちゃん。カズキさんには家でも甘えられるでしょ。少しは気を使わないとね」
「まひろちゃん、一緒にアリサちゃんの家に遊びに行こう」
「え……あ、う~」
なのは達とカズキ達を交互に見て、まひろが混乱したように唸り声をあげた。
どちらにも行きたいと困っているようだが、せっかくなのは達が気を利かせてくれたのだ。
カズキは悩むまひろを一旦降ろし、その背中をなのは達へと押しだした。
「まひろ、帰ったら一杯遊んでやるからな。今はなのはちゃん達と遊んで来い」
「う、うん。お姉ちゃんも、後で家でね。御飯食べてっても良いから、遊びに来てね」
「はいはい、了解や。シグナムは今日の御飯はいらへんっと。別にお泊りでも構わへんで」
「ちょ、主!」
フェイトに車を押してもらっていたはやてが遅れて参戦。
強力な援護射撃を送ってくれていた。
お泊り云々は、最近の小学生はませていると、カズキも返す言葉がなかった。
最もそのお泊りの場合は、カズキではなくまひろがシグナムとベッドインするわけだが。
結局カズキの後押しが効き、まひろはなのは達と共にアリサの家へと遊びに行く事になった。
途中何度か振り返っていたが、カズキとシグナムに手を振られ、大きく手を振り返していた。
そして改めてと、二人がデートに出かけようとしたがフェイトが一人その場に残っていた。
「どうしたの、フェイトちゃん?」
「うん、カズキにどうしても言っておきたい事があって」
小首をかしげるカズキを前にして、フェイトが少しだけシグナムを見上げて呟いた。
「それと、先にシグナムに謝っておくね」
「先にといわれても、何がなんだか分からないが。どうした、テスタロッサ?」
改めてカズキの正面に立ったフェイトは、悪戯っぽい笑みを浮かべ笑っている。
そして自身を落ち着けるように、深くゆっくりと深呼吸を始めた。
その表情は笑みを浮かべながら何処と無く火照った顔色をしている。
ますます意味が分からないと仲良く小首をかしげるカズキとシグナム。
その二人の前で、フェイトはずっと胸の内に溜め込んでいた気持ちを吐露した。
「私ね、ずっとカズキの事が好きだったんだよ」
突然の告白に、当たり前だがカズキは一瞬目を丸くしている。
そして戸惑う事なく笑みを浮かべて何かを言おうとした所で、手を握られた。
おずおずとだが、行くなとでも言いたげに手を伸ばしたシグナムによって。
カズキはシグナムの行動の意図が読めないように疑問符を浮かべている。
相変わらずの鈍感と内心毒づきながら、フェイトはシグナムを安心させるように言った。
「でもカズキとシグナムが、笑い合ってるところも同じぐらい好きだよ。今さらだけど、おめでとう。やっと……言えた」
十分に満足したように、真っ赤な顔で逃げるようにフェイトは去っていった。
残されたのは、幼いフェイトに色々と気を使われた二人である。
カズキは相変わらず要領を得ず、シグナムは真っ赤な顔で俯いていた。
年下のフェイトに気を使われた事はもちろん、小さな子供のようにカズキを繋ぎ止めようとした事を恥じながら。
結局、フェイトの衝撃の告白により、二人の行き先は翠屋になってしまった。
カズキが何を言ってもシグナムは俯くばかりで、恥ずかしがって顔を上げようとしない。
その手を引いて落ち着ける場所、つまりは翠屋へとカズキが連れて来たのだ。
ただし、翠屋へ辿りつき、注文のケーキやジュースが目の前に置かれた頃には少なくともカズキは理解し始めていた。
と言うよりも、心の整理というか似たような感情に心当たりがあったのだ。
おかげで、しおらしいシグナムを見る事ができて良かったと思ったぐらいである。
ただ余りにも余裕の表情を見せつけたせいか、最終的に少し期限を損ねてしまった。
ジュースのストローに口をつけ、恨めしそうに見上げるように睨まれ言われた。
「随分と余裕だな、まさか知っていたのか?」
「全然、けどなんとなくフェイトちゃんの感情はまひろが持ってるのに近いのかなって。まひろからも良く好きって言われるし」
「兄と妹か、テスタロッサもまひろと同じ歳だしな。まあ、そういう事にしておいてやろう」
カズキとしては、フェイトに対する感情やフェイトからの感情をそう受け取っていた。
フェイトもあの歳で母を亡くしたりと色々あった。
その時に周りで色々と世話を焼いたカズキに、心を動かされたとしても仕方がない。
単純な憧れか、本当に恋だったのかはフェイト自身にも分からないことだろうが。
カズキとしては、フェイトが全て納得してくれているのならそれで良い。
一方のシグナムは、内心取られなくて良かったとか、色々と深いところまで悩んでいた。
ただ年上の見栄などもあり、別に焦ってないと小声で取り繕っている。
取られたくないと、カズキの手を握っておきながら今さらの事であるが。
そこで珍しく、気を利かせるようにしてカズキが話題を変えようと鞄を探り出した。
「シグナムさん、これ見た?」
「これは、雑誌? クラナガン、ミッドチルダの首都の雑誌か」
なんでそんな物をと、表紙を見たところでシグナムは飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。
無理やりジュースを飲み込んでむせかけたが、軽く数度の咳で落ち着ける。
何しろ雑誌の表紙を、パピヨンがでかでかと占領していたのだ。
題字には、管理局の新マスコット蝶人パピヨン君とある。
そして隅っこには、丸く区切られたコマの中に関連キャラクターのデフォルメ絵が描かれていた。
白衣姿の女の子、パピヨンレディこれは恐らくアリシアが元だ。
そしてパピヨンの宿敵偽善君、これは明らかにカズキが元となったキャラクターだ。
「一体、あいつらは……というか、管理局は何を考えている」
「マスコットじゃないの、そう書いてあるし」
「あの変態がマスコットではイメージダウンはなはだしいだろう!」
久々に受けたカズキのボケは威力が絶大で、ついうっかり大きな声を出してしまった。
周囲の女学生やOLに視線を向けられ、シグナムはすごすごと座りなおした。
特にOLからは、若い子を掴まえやがってと別種の視線もあったのだが。
もちろん、他人の視線に疎いシグナムが憎しみさえこもったそれに気付く事はない。
「新しい世界で、蝶野も楽しんでるんじゃないかな。以前、本局を蝶の形に改造しようという案が出たとかで、クロノ君から連絡あった事もあったっけ」
「それは愚痴だろう、絶対。もしくは、パピヨンにいらない事を言ったお前への恨み言だ」
そうなのかなと懐疑的な言葉に、大丈夫かと思わずにはいられない。
あまりパピヨンが愉しみ過ぎると、その恨みが回りまわってカズキに向かいかねない。
最もパピヨンとカズキの繋がりを知る者が、どれだけ管理局にいるかは分からないが。
「なんにせよ、愉しそうで何より」
結局そんな一言でカズキは簡単に纏めてしまう。
「あれから一度も会ってないけど、ヴィクターはどうしてるか知ってる?」
「一先ず無人世界にて軟禁、白いジュエルシードの精製が終わり次第裁判だろう。ただし、奴も色々とあったから条件次第では保護観察処分だろう。元は被害者であるし、聖王教会も煩いだろう。私にも稀に勧誘が来るしな」
思惑は別にして、表面上は新しい世代の騎士に純粋なベルカの騎士のあり方を教えて欲しいと。
それら全てをシグナムや他の守護騎士達も断っていた。
次元犯罪という新たな問題こそあれ、もう戦争の時代は終わったのだ。
管理局という時限犯罪に対する対抗組織もしっかりとある。
シグナムもできればこのまま、なんの変哲もない日常に埋もれてしまいたいと思っていた。
平凡な毎日だが、カズキと共にあるのならば退屈は恐らく感じないはず。
騎士として鍛練こそ欠かさないが、それで良いと思っている。
「シグナムさん?」
「ああ、なんでもない」
思案顔を覗きこまれ、即座にシグナムはそう言った。
だが今ははやてよりも心に近い場所にいるカズキには通用しなかったようだ。
「なんだかソワソワして落ち着かないみたいだけど」
「そう見えるか?」
フェイトに気持ちに気付かなかった鈍感の癖に、変なところで鋭いと思う。
「私達は主はやてのおかげで戦いの日々から解放された。だが以前はそれでも日々気を張っていた事は否めない。管理局の事もあったしな」
カズキと出会うまでは、平穏こそあれど何処かで気を張っていた部分があった。
言葉にした通り、管理局との因縁もそうだ。
戦わなくても良いと言われても、何時か戦う日がと心の何処かで考えていた。
「結局、戦いの日々は続き。またこうしてそれから解放された。未だに鍛練を欠かさないのは、再度の戦いを恐れているからだろな」
管理局との因縁を解消する戦いが終わり、これで本当に戦う意味はなくなった。
だが日常に埋没する事を望みながら、次の戦いへの備えを忘れられずにいる。
矛盾した自分の態度に、整理を付けられずにいるのだ。
自分が本当に望んでいるのは本当はどちらなのか。
かつて鷲型のホムンクルスの鷲尾が言い放った言葉が、時折脳裏に蘇る事もある。
(戦う為に生まれた者が戦いを奪われ、本当にそれがお前達の望みか)
厳密には戦う為ではないが、少なくともシグナム達は闇の書、夜天の書を守る為に作られた。
戦闘を前提にした守りの為に生み出されながら、平穏に生きる事を周りから望まれる。
この矛盾のおかげで、自身の存在が危うげに感じることさえあった。
自分が本当に望んでいるのは、心の奥底はなかなか分からない。
自問自答するように、何度もレヴァンティンを振るった手の平を見つめる。
「大丈夫、このまま平穏に過ごせても、戦いが訪れても。俺は一緒にいるよ」
その手の平を包み込むように握り締め、カズキが言った。
「そうか、それは何よりも心強い言葉だ。その言葉がある限り、私に負けはない」
そう言った自分の言葉を耳にして、ようやくシグナムは自分の本心を察した。
以前の自分ならばきっと、一対一ならばベルカの騎士に負けはないと言った事だろう。
だが今の呟きはベルカの騎士云々ではなく、カズキと共に戦った場合を想定した言葉だ。
つまり自分は平穏も戦いも両方望んでいる。
ただし、戦いにおいては戦いそのものではなく、カズキと並び立つ事をであった。
自分が認めた最高の騎士に背中を任せ、共に戦う。
女である前に一人の騎士として、それだけを願いまた並び立てるよう鍛練を続けている。
「伴侶と戦友を同時に得たか、なんとも贅沢な気分だ。その時はまた、頼むぞカズキ」
「うん、シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ」
より強く意志を込めてカズキがシグナムの手を握り締めた。
-後書き-
ども、えなりんです。
最後はかなり駆け足気味でしたが、これにてリリカル錬金は終了となります。
皆さんお気づきでしょうが、A's編終了後は八割方武装錬金でした。
あまりリリカルとクロスしている異議も薄れ、少々残念であります。
もう少しクロスならでわの展開が欲しいところでした。
まあ、それは今後の課題と言う事で。
ここまでお付き合い頂けた方は、本当にありがとうございました。
そして次回作は……まだありません。
最近、少し二次創作の書く方への情熱が薄れ気味です。
何か燃える切欠を待っている状態ですので、燃え次第何か書こうと思います。
それではえなりんでした。