第四十一話 絶望が希望にかなうはずなどないのだ
ヴィクターと管理局、そしてカズキが決戦を行った次元世界。
元より無人の世界だが、現在はさらに環境が激変してさらに人が住める世界ではなくなった。
アルカンシェルにより地上は深くえぐられ、地の果てまでクレーターが続いていた。
熱い日差しは分厚い雲に遮られ、その下を嵐のような強い風が吹き続けている。
さらにアルカンシェルに砕かれた大小様々な小石が嵐に混じり危険物となっていた。
人がその場にいる為には、薄い魔法障壁を常に展開し続ける必要があるだろう。
このような場所に石碑を建てても、墓標以外の何ものにも見えない。
あげく、その石碑も数年と経たず無残な姿となる事は請け合いである。
劣悪としか言いようのない環境となった次元世界には現在、十人近いの人の姿があった。
クレーターの最深部であり、中心部でもある場所。
巨大な魔方陣が描かれ、その方々には青い光を放つジュエルシードが安置されていた。
その魔方陣の前に陣取るのは金髪の小さな少女アリシア、それを監視監督するパピヨン。
作業を見守るのはフェイトやシグナムと言ったカズキに近しい者。
これから行なう作業はヴィクターの復活をも意味する為、なのは達は地球で留守番である。
特にまひろには、下手な希望を与えない為にもまだ秘密となっていた。
他に管理局から照星やブラボーに火渡、リンディやクロノが立ち会っている。
一部例外なのは中立のユーノに、別の意味で誰の味方でもないヴィクトリアであった。
「アリシア、本当にカズキは生きてるの?」
漠然と抱いていた可能性を改めて確実だと言われ、逆に嫌な疑念がわいてしまう。
僅かな希望は時としてより大きな絶望を人に与える。
もしかしたら、目の前の小さな幸せを追うようになってから弱くなったのか。
フェイトは信じたいけど、絶望は嫌だと複雑な胸の内をアリシアに尋ねた。
「絶対とは言わないけど、可能性は限りなく高い。シグナム達、闇の書の守護騎士が今も活動しているのがその証拠。闇の書が無事なら、それを保持しているヴィクターや近くにいるはずのカズキのお兄ちゃんもね」
「それは先日、我々も気付いた事だ。あのヴィクターが、闇の書を何処かに隠しておくはずがない。過去にヴィクトリアが大事にしていたロストロギア、きっと肌身離さずにもっているはずだ」
「パパならきっと、そうね。そうしてくれていたら、少し嬉しいわ」
シグナムの言葉を遠まわしにヴィクトリアも肯定してくれていた。
手元のモニターのコンソールを操りながら、振り返らずアリシアは頷く。
先日、アリシアはその事実を管理局に伝え、呼び戻す意志があるとも告げた。
だがそれは許可を求めてではなく、邪魔をするなという忠告を含んだものである。
それに対する管理局の答えとしては、認めるという驚くべきものであった。
ただし、幾つか条件を付けられたことは言うまでもない。
場所はこの次元世界、管理局員の立会い、ヴィクター復活時は管理局に全て任せる事。
特に最後の条件については、いささか不可解なものもある。
決戦時のように船団を連れてきたわけでも、戦力を整えた様子も一切ない。
管理局員は照星達五人のみ。
以前の決戦では使えなかった切り札を、新しく用意したというところだろうか。
「それにしても、たった一ヶ月で良く意図的に虚数空間を開く魔方陣を用意できましたね。一応、こちらでも魔方陣を解析させましたが理論上は可能という結果がでました」
「元々はママが用意してた魔方陣なの。理由は分からないけど、何か虚数空間に関する研究をしていた形跡が時の庭園のコンピュータに残されていたから」
照星の質問に正直に答えたアリシアは、少しだけコンソールの上の手を止めていた。
今となっては本当に知る術のない事である。
ただそのコンピュータにはプレシアの日記、または走り書きが残っていた。
そこから推測するに、虚数空間を越えた先にプレシアは用があったらしい。
ただし、確率やその他からジュエルシードそのものの研究に切り替えたようだが。
「でも本当に良いのか、照星さん。こんな無謀な手段を黙認して」
「おや、君にしては珍しい。勝つ自信がないと?」
「はっ、誰が。今度こそ消し炭にしてやるよ。それに第二段階のヴィクターが相手なら、防人のレアスキルで対処は可能、だろ?」
「第三段階では試すべくもなかったが、恐らくはな」
やはり何か切り札はあるようだが、火渡の疑問も最もであった。
パピヨンやアリシアのやろうとしている事は、不用意に藪を突く行為でしかない。
最悪の場合は、ヴィクターのみがこちら側に復活する場合さえある。
以前までの管理局であれば、力ずくでも止めに入った事だろう。
だからこそ、アリシアはまず最初に管理局へ釘を刺しに行ったのだが。
「百五十年前から続く過ちの責任を、未だ管理局は何一つとして負っていない。被害者である騎士・カズキが全て纏めて引き受けて虚数空間へと消えただけだ」
「防人の言う通りです。管理局の始まり、それ以前から続く戦争の残り火。これの後始末なくして管理局は生まれ変わる事はできません。手段が目の前にある以上、これは成さねばならぬケジメなのです」
もちろん、三大提督は了承済み。
各次元世界やベルカ自治領等のトップには連絡済みであった。
もし仮に、ヴィクターとの決戦再びとなれば管理局が全責任を負う事になっている。
その責任には管理局の解体さえも視野に入っているのだから、思い切った決断だ。
元々は次元世界間の戦争を切欠に設立されたのが管理局である。
一時は治安等乱れるかもしれないが、百五十年前程に次元世界間は未熟ではない。
重度の次元犯罪者やロストロギアも、直ぐに復活したヴィクターに殺されるか破壊される事だろう。
「さてあとは、起動の命令を送るだけ」
再び動かし始めた手を、命令開始のボタンの上で止める。
覚悟は良いかと、作業を始めてから初めてアリシアが振り返った。
さっさとやれとばかりに、アリシアの頭の上に手を置き、パピヨンが先を促がす。
シグナムは待機状態のレヴァンティンを握り締め、祈るようにしている。
照星達はヴィクター復活の時に備え、それぞれのデバイスを握り締めレアスキルを展開。
ややおもむきが異なるのは、虚数空間に挑む異形を前に頬を紅潮させているユーノか。
カズキを案じていないわけではないだろうが、多少学者肌なだけだろう。
そしてアリシアがわざわざ振り返った最大の理由。
視線の先に佇むフェイトは、お願いとばかりにアリシアへと力強く頷いてくる。
その瞳の力に背中を押されるのを感じ、アリシアは改めて心の中で呟いた。
(相手が居なくなって終わる、そんな悲しい初恋にだけはさせない)
様々な理由でカズキを求める者、案ずる者。
共に虚数空間へと落ちたヴィクターを懸念して備える者、求める者。
皆が皆、虚数空間の向こうに意識が集中する中で、アリシアだけが違っていた。
アリシアは常に、可愛い妹であるフェイトの事だけを考えている。
カズキを取り戻すのも全てフェイトの為。
「さっさとしろ」
待ちきれなかったパピヨンに、ごつんと頭をぶたれ思考が途切れかける。
だが改めて自分の意志を確認したアリシアは、目の前のコンソールへと向かった。
魔方陣の起動キー、それを躊躇なく押した。
それと同時に青い輝きを発しながら、六つのジュエルシードに魔力が灯される。
巨大な魔方陣を軸として、ジュエルシードを基点に六芒星が描かれた。
人災とも呼べる砲撃により光を失った世界に、再び青い光が満たされていく。
光はおろか空気も存在しない空間が流動するだけの虚数空間。
普通の人間なら生存すら難しいその場所で、二人は一ヶ月もの間戦い続けていた。
現世と隔絶した空間に流れ着いた以上、もはやその理由は残されてはいない。
一度落ちれば、二度と戻る事ができないのが虚数空間だからだ。
だが純粋な怒りによりもはや魔人と化したヴィクターには、理由はいらなかった。
魔法は一切使えなくとも、その手には長年連れ添った大戦斧のアームドデバイスがある。
それを普通の大戦斧として、カズキへと向けて振るっていた。
ただし魔法は未使用。
魔法が分解される事もあるが、命のない虚数空間ではエネルギードレインが使えない。
無駄なエネルギーの浪費を避ける為にも、原始的な戦い方を強いられている。
一方のカズキは押され気味ながら、ヴィクターの攻撃をなんとか防いでいた。
「何故そうまでして、私に抗う。勝っても負けても、もうお前は元の世界には戻れない」
ヴィクターに言われずとも、分かっていた。
以前に時の庭園が沈みかけた時に虚数空間の事はフェイトから聞いていたのだ。
だからこそ、あの時咄嗟にヴィクターを道ずれにする事を思い立った。
もう戻れない、かもしれない。
ヴィクターの断言を耳にしながらも、カズキは歯を喰いしばっていた。
「その覚悟、一体どこから……」
「もちろん、ここから」
この時、カズキがサンライトハートからわざわざ片手を外して示したのは左胸。
そこに埋まる黒いジュエルシードではない。
「あの世界には守りたい人が大勢いる。一番、守りたい人がいる。その人が約束してくれた、待っていてくれるって」
明らかな矛盾の言葉に、ヴィクターが始めて驚いたように眼を剥いた。
カズキは二度と戻れない空間だと知っていたはずだ。
だがこの瞬間も、元の世界に戻る事を考えている。
一番守りたい人が何時までも待っていてくれていると、考えていた。
一度は周囲から再殺を迫られ、共に虚数空間へと落ちてもその心は折れてはいない。
(あの日から……)
くり出されたサンライトハートの切っ先にもブレは見受けられない。
百五十年前の英傑であったヴィクターにとっても、油断なら無い一撃である。
(あの日から今日まで、色々とあったけど。今はもう楽しかった事しか思い出せないや)
この状況であまつさえ、カズキは口元に笑みを浮かべようとさえしていた。
言葉からも、その一撃からもカズキの心に絶望は見つからなかった。
妻子や家族を失い、怒りに全てを委ねたヴィクターとは芯から異なっている。
百五十年を経て、ヴィクターと全く同じ境遇と化したにも関わらず。
(この少年……)
ほんの僅かにでも、ヴィクターの心が動いた瞬間、サンライトハートの切っ先がブレた。
一瞬にでも思い出してしまったのだ。
虚数空間へと消える瞬間、あの何処までも強いシグナムの瞳に何が浮かんでいたのか。
シグナムが待っていると約束してくれた状況と、現状には大きな差が存在する。
それでもきっと待っていてくれると信じてはいても、シグナムに与えた哀しみに少なからず後悔が浮かんだのだ。
ヴィクターにはそこまで読み取れはしない。
だがこの時初めてブレた切っ先を確実に見極め、その刃を手の平で払いのけた。
「しまっ!」
己の失態をカズキが察するも、既に遅かった。
サンライトハートの切っ先はそらされ、逆の手でフェイタルアトラクションが振り上げられている。
それでもその大戦斧の軌道は明らかで、確実にカズキの首を撥ねられるはずだ。
いかにヴィクター化した体といえど、首を撥ねられて生きていられる保証は無い。
エネルギードレインが使えないこの虚数空間であるなら尚更。
先程まで浮かべていた楽しかった思い出達が、カズキの脳内にて加速して流れ始める。
走馬灯を体感するカズキは、歯を喰いしばる以外に何もできていない。
そして正にカズキの首が撥ねられる瞬間、その刃の進みは首の皮一枚のところで止まっていた。
「はあ……はあ…………」
何を思ってヴィクターがその刃を止めたかは、カズキには分からない。
それでも、相手の気まぐれででも生き延びる事ができた事はわかった。
この場に空気はないとは分かっていても、呼吸が荒くなり汗がどっと吹き出し始める。
長く呼吸を整える事に終始していたカズキは気付くのが遅れた。
首を撥ねる直前の大戦斧が、何時の間にかその首から外されている事に。
ヴィクターの視線が自分を超えて、遥か後方へと伸びていた。
一度は死んだ体と、ヴィクターを目の前にして一体何がとカズキも振り返った。
「この気配……」
感じたのは、虚数空間の向こう側から流れ込んでくる空気の匂いであった。
理由は不明ながら、次元世界側から虚数空間への道が開かれたのだ。
ロストロギアによる次元震、事故の類か。
「くっ!」
ヴィクターを解放するわけにはと、焦りを浮かべてカズキがサンライトハートを振り向き様に薙ぐ。
しかし今度その刃を自ら止めたのは、カズキの方であった。
多少身構えはしたものの、ヴィクターはその一撃を防ごうとはしなかったからだ。
実際にカズキの刃を止めたのはその瞳。
まだ全てではないが怒りに染まる瞳の色を薄れさせて、カズキを見つめていた。
「僅かに感じる魔力はジュエルシード、お前の仲間が無理やり虚数空間を開いたか」
ヴィクターの呟きに、カズキが一番に思いついたのはパピヨンであった。
こんな無茶をする能力となりふり構わなさは他に思いつかない。
地球に帰りたい、望郷の念が一気にカズキの中で溢れ返っていく。
楽しかった思い出だけしか思い出せなかったのは、心の奥底に押さえ込んだ後悔である。
望んで虚数空間には落ちたが、他に方法はなかったのか。
どれだけ力を手にしても、覚悟を手にしても元は普通の高校生に過ぎないのだ。
ヴィクターの目の前からサンライトハートがゆっくりと下ろされていく。
そんなカズキの背中を、ヴィクターがそっと押した。
「ヴィクター?」
「お前は地球へ帰れ」
騎士としてではなく、一人の大人としての言葉であった。
「でも、どうやって」
「虚数空間を開くだけならまだしも、ここまで救助に落ちてくるのは自殺行為。こちらから穴へと向かわなければならないが、虚数空間は全ての魔法がキャンセルされる」
飛行魔法はおろか、サンライトハートの突撃能力も使えない。
二人は虚数空間へと落ちてからずっと、この空間ないを流れ続けていただけだ。
意図して飛び回る事はできず、デバイス同士の衝突でも遠くまで吹き飛ぶ事すらなかった。
「そこでこれを使う」
ヴィクターが手にしたのは、闇の書であった。
本を開いてページの上に手をかざすと、三つのジュエルシードが現れた。
黒でも白でもない、青色。
恐らくは虚数空間への穴を開いたのと同じ、青いジュエルシードである。
「虚数空間と言えど、ジュエルシード程の大出力ならば幾ばくかの魔力は消失前に得られる。そして、俺のレアスキルである重力操作でお前を次元世界への穴まで吹き飛ばす」
「ヴィクター、お前なんで……」
その言葉の中には、カズキしか含まれてはいなかった。
カズキとしてはヴィクターを解放するわけにはいかないが、納得はできない。
自分を除外してカズキだけを助けようとする今のヴィクターには。
「口を閉じろ、舌を噛むぞ」
有無を言わさずといった感じで、ヴィクターがジュエルシードを発動させた。
次元そのものを揺るがす程の魔力が生まれては即座に分解されていく。
だがヴィクターの考え通り、余剰分の魔力は確実に得られていた。
レアスキルである重力操作を操る程には。
フェイタルアトラクションを起動させ、カズキの体を重力波で覆う。
その言葉通り、カズキだけを。
「ヴィクター、これは!?」
何故俺だけという意味を込めてカズキが叫ぶ。
「俺のレアスキルは、俺自身の体には直接作用しない。いや、それ以前に二人同時に打ち上げれば、軌道がどうズレ込むか予想もできない。行け。お前が守った者達が、お前を待っている」
そう別れを告げたヴィクターが最後に、闇の書を差し出した。
「これは今代の主に返して欲しい。そして可能ならば、シグナム達を家族として迎えてくれるよう頼んでくれ。俺のもう一つの家族達だ」
ヴィクターの言葉にカズキが闇の書へと手を伸ばした。
だが次の瞬間、カズキの手が掴んだのはヴィクターの腕の方であった。
「はやてちゃんは最初からシグナムさん達を家族として迎え入れてた。それに、お前の家族はまだ残されている。一緒に来い、ヴィクター。ヴィクトリアが待ってる!」
この時ヴィクターが思い出したのは、シグナムのあの言葉であった。
まだ思い出せてはいないが、ヴィクトリアに会って来たと。
当初は戯言と斬って捨てたが、この期に及んでカズキまで嘘を付くはずがない。
ヴィクターの家族は守護騎士以外にも、まだ残されている。
「もう戦う意志がないならヴィクター、共に生きる道を新しく探そう!」
「どうなっても知らんぞ……」
闇の書をカズキに渡し、ヴィクターもその腕を握り締めた。
時は違えど、同じ境遇に晒されたというのに。
どうして自分はこうまで絶望にしがみ付き、カズキは希望を手放さないのか。
騎士の実力としては、自分がまだまだ上である事は明白だ。
だが心の内、騎士としてのあり方に至っては比べるまでもなく負けたと思えた。
(当たり前か、絶望が希望にかなうはずなどないのだ)
重力波を受けてカズキが弾き飛ばされ、ヴィクターが繋がれた腕に引かれ吹き飛ばされる。
共に落ちてきた虚数空間内を、二人は上り始めた。
虚数空間への穴を開いて数分後、展開した魔方陣は早くも悲鳴を上げ始めていた。
六つものジュエルシードを用いた事で魔力負荷は計り知れない。
管理局の創設以降、これ程までに大掛かりで危険な実験は行なわれた記録さえないのだ。
魔方陣が敷かれた地面には余波から亀裂が走り、大地は再び砕かれようとしていた。
もうあと五分も虚数空間への穴を維持できれば、上出来なぐらいか。
限界を見誤れば、次元震まっしぐらである。
五分も見すぎ、可能なら今すぐにでもとアリシアは一度フェイトへと振り返った。
如何にフェイトの為とは言え、その大事な妹を危険にさらすわけにはいかない。
自然と魔方陣の停止ボタンへと小さな手が伸びようとする。
その手を遮るようにパピヨンが止めた。
「続けろ」
「でもこれ以上……」
パピヨンの容赦ない言葉に、ホムンクルスとしての親からの強制力が働く。
だがパピヨンとは別の意味で、精神的な部分でアリシアも不完全なホムンクルスである。
その言葉を払い、魔方陣を停止させようとした瞬間、フェイトが何かに気付いた。
「あれ、もしかして……」
高速戦闘を主にするだけあって、他の者よりも目が良いのだろう。
誰の瞳にもまだ暗闇しか見えない穴の向こう側を指差し、何かが見えた事を伝えようとしている。
誰もが瞳を凝らしても何も見えないまま十数秒が過ぎ去り、ようやく見えた。
「カズキ!」
「シグナムさん!」
重力波に包まれ虚数空間を浮かび上がってくるカズキの姿であった。
だが次の瞬間には皆が凍りつく事になる。
カズキの姿は喜ぶべき事だが、その後ろに伸ばした手にはヴィクターが捕まっていた。
と言うよりも、どう見てもカズキが望んでその手を引いているように見える。
詳細は不明ながら、この時動き始めたのは立会人を望んだ管理局側であった。
「防人、貴方の出番です」
「分かっています、シルバースキン!」
照星に命令され、ブラボーが纏っていたシルバースキンとは別にもう一着を精製する。
恐らくはデバイスの二刀流によるものであろう。
新たにバリアジャケットを一つ増やしてと、思うところだが皆の視線はカズキに集中していた。
そしてヴィクターとカズキが虚数空間の穴を飛び出した瞬間、ブラボーがそれを放った。
「シルバースキン、リバース」
身に纏っていたそれと、新たに生み出したシルバースキンが分解。
六角形の金属板単位にまで分解されて射出された。
二着のシルバースキンは表裏を変えて、カズキとヴィクターを包み込んだ。
それこそが、管理局側が用意しておいた切り札であった。
第三段階のヴィクターを抑える事は不可能だったが、第二段階ならまだできる。
普段は使用者を守るバリアジャケットが裏返る事で拘束具と変わるのだ。
当然、エネルギードレインも例外ではない。
「カズキ、大丈夫か?」
「なんとか……それと、ただいま。シグナムさん」
「思ったより、随分と早かったな」
「シグナムさんの為に、急いで来た」
馬鹿者と照れ笑いをしながら、シグナムがへたり込んでいたカズキに手を差し出した。
シルバースキンのおかげで直接ではないが、一ヶ月ぶりの事である。
今はフェイトやリンディ達も、恋人同士の再会を邪魔するまいと遠巻きに見ているのみ。
そして大人しくシルバースキンリバースを受け入れたヴィクターの前には、ヴィクトリアが立っていた。
お互いに信じられないという顔をしながら、一歩ずつ歩み寄っていく。
「パパ……」
「ヴィクトリア、おいで」
そのヴィクターの言葉を切欠に、ヴィクトリアが駆け寄るままにその腕の中に飛び込んだ。
照星達に周囲を囲まれ警戒の中ではあったが百五十年ぶりの再会である。
「ママからの伝言、ママは何時までもパパの事を愛していたって」
「確かに受け取った。今まで一人にして、すまなかったな」
皮肉屋の仮面を脱ぎ捨て、ヴィクトリアが幼子のように泣き始めた。
まだこれからどうなるかは不明だが、ヴィクターは少なくとも我が子を離すつもりはなかった。
幼少時からあまり甘やかせなかった分も含め、深く抱きしめる。
カズキとヴィクター、同じ運命を背負った二人の男の再会が一折済み始めた。
珍しくその場の空気を読んでいた一人の男が、耐え切れないとばかりに叫んだ。
ただ感嘆に打ち震え、声を掛けるタイミングを逸していただけなのかもしれない。
「武藤ォ、カズキィー!」
有り余った元気に任せて叫んだせいで、その口からは盛大に吐血が迸っている。
感動の再会の空気を激しくぶち壊す行為だが、それでこそパピヨンであった。
何時もの蝶お洒落なスーツの懐からとある物を取り出し、カズキへと投げつけた。
カズキは一瞬、受け取ったそれが何かは分からなかった。
だが一目見れば、とても信じられないが手の内にある物を信じるしかない。
二度と作れないとアレキサンドリアが言った白いジュエルシードが、カズキの手の中にある。
「約束、覚えているだろうな」
「まさか、作ったのか。白いジュエルシードを……ヴィクター、これでお前も人間に戻れるぞ!」
「武藤、貴様!」
途端にヴィクターへと振り返ったカズキを見て、当たり前だがパピヨンが憤慨する。
カズキが約束を覚えていないわけがないとは思っているが、それとこれとは話は別。
決着、その二文字の為だけにパピヨンはずっと動いてきたのだ。
それは今、貴様が使えと言おうとした時、先にアリシアが動いた。
カズキの手から一度白いジュエルシードを奪い意識をヴィクターから戻させる。
「カズキのお兄ちゃん、時の庭園の設備を使えば少し掛かるけど白いジュエルシードは精製可能だよ。だから、今はそれをカズキのお兄ちゃんが使って」
「まずは、お前が人間に戻れ……百五十年待ったのだ。俺は今しばらくなら、耐えられる」
ヴィクターからも後押しされ、カズキは頷いた。
白いジュエルシードを左胸に収めながら、サンライトハートを手に取った。
「蝶野、悪かったな。忘れるわけがない」
「決着をつけよう」
言葉は飾らず、今この時、この場所でとパピヨンは言っていた。
「カズキ、もはや何も言うまい。ただ一言、勝て」
「うん、分かってる。それとこれ、ヴィクターが返してくれた。もう一つの家族へって」
「闇の書、ああ……確かに受け取った」
カズキから闇の書を託され、シグナムは何よりも先にヴィクターへと頭を下げた。
今はまだ記憶を取り戻せてはいないが、家族である事に違いは無い。
既にヴィクトリアを家族として迎えた以上、ヴィクターもまた同様である。
カズキをパピヨンの目の前に残し、シグナムを含め皆が距離を開けた。
パピヨンが望んだ今、この場所で二人が心置きなく決着を付けられるように。
そしてカズキがサンライトハートを、パピヨンが手の平の上に黒死蝶を生み出す。
長かった二人の決着の時が、今訪れようとしていた。
-後書き-
ども、えなりんです。
虚数空間を安定して開く技術はプレシアのものです。
それをアリシアが受け継いで、フェイトの悲恋を最低でも失恋に変える為に動きました。
プレシアも本望だろうな、アリシアに継いでもらえて。
そして初披露のシルバースキン・リバース。
もうね、強すぎて使い辛いのなんの。
おかげで今までもなんのかんの理由をつけて出しませんでした。
それでは次回でラスト、土曜日です。