第三十四話 俺はブラボーに戦って、勝つ!
必要未満の明かりにて照らし出された暗所。
人の気配はまるでなく、用途もしれない部屋の中に三つのガラス管が安置されていた。
それぞれのガラス管に浮かび上がるのは、正体不明の液体に浸された人の脳髄。
生きたままとは語弊があるかもしれないが、その脳髄は本来の役目を果たしてはいた。
人としての人格や意識を持って思考する脳髄と言う名の部品。
もはや見る人が見れば異形にしか見えない三つの脳髄は、個別の人格を有している。
彼らこそ、次元世界を束ねる管理局の創設者であり、最高評議会の真の姿。
百五十年以上前より生き、人としての姿さえ捨てて次元世界を掌握せんとする老人達であった。
「また一つ管理局が保有する施設が強襲されたようだ」
肉声とは異なり、ガラス管を震動させる事で歪な声が発せられた。
「これで七件目、それも全て我らの息が掛かった施設ばかり」
「もはや疑うまでもない。奴に、ヴィクターに内通する者がいるのは明らか」
その声にはっきりと込められている感情は、脅えであった。
黒いジュエルシードにより変質したヴィクター、その恐ろしさを彼らは誰より知っていた。
百五十年前にも、相当数の犠牲を払う事で封印する事ができたのだ。
同じだけの犠牲を払えば、再び封印は可能だろう。
しかしそれを行なえば、育て上げてきた管理局という組織は傾きかねない。
ヴィクター誕生の情報が広く次元世界に広がればなおさら。
「覚悟を、決めねばなるまい。我らには無限に等しい時間がある。管理局が多少弱体化しても、またその覇権を取り戻す事は可能だ」
「その通りだ、我らが生すべきはまず内通者のあぶり出し、今代の闇の書の主の確保。そしてヴィクターの再封印」
「だが第九十七管理外世界にて、第二のヴィクターが誕生したとの情報もある」
その情報は彼らにとっての懸念でもあり、一筋の光明でもあった。
黒いジュエルシードが三つあった事は、彼らも知っている。
つまり、残る一つの黒いジュエルシードを手にする事ができればなれるかもしれない。
全ての生命の頂点に立つ存在へと。
そしてこそこそと裏から世界を操る出なく、表にて堂々と覇道を行なうことさえ。
「最後の一つも同様に探すべきだ。厳重に封印すべきだ。これ以上、ヴィクターを生み出さない為にも」
「ああ、まったくその通りだ。生み出すべきではない」
「では最高評議会の意見を纏めよう」
内心とは異なる言葉を発しながら、表向きの同行を決定する。
たった三人の話し合いにて、管理局の全ての行動が決まってしまう。
それは創設以来、ずっと行なわれてきた行為でもあった。
彼らこそが最高評議会、そして管理局そのもの。
細部にまで彼らの意見は浸透はしないが、大局は全て彼らが決め付けてきた。
そしてこらからも、彼らは次元世界を束ねるまでになった管理局を操っていく。
これまでと変わらず、管理局の運命を一つ定めるその時、今までとは異なる事が起きた。
暗所となっていた部屋の扉が、外より開け放たれたのだ。
「何事だ、入室を許した覚えはないぞ。答えろ、ドゥーエ」
女性のものらしき名を彼らは呼んだが、入室してきたのはまったく異なるものであった。
まず最初に光、淡い紫色の霧かもやのような光が流れ込んでは部屋を満たす。
殆ど肉体を持たない彼らでも、その光の影響は直ぐに現れ知覚する事になる。
室内を警告の赤い光が点滅し、生命維持に支障が訪れた事を示し始めた。
「な、なにごと……まさかこの光は、エネルギードレイン!?」
「久しぶりだな、と言ってももはや見る影もない。意地汚く生にしがみ付き……お前達は変わり果てた。理想を追い求める余り、人道を踏み外した」
「ヴィクター!?」
余りにも予想外、何しろ最高評議会の居場所はほんの一握りの人間しか知らない。
内通者の存在こそ認めてはいたが、まさかその一握りの中にいるとは思いもしなかったのだ。
「ドゥーエ、ドゥーエ!」
「あの女ならば、一足先に奴の親元へと逃げ出したぞ。ジェイル・スカリエッティと言ったか。いずれ奴も殺すが、まずは貴様達だ」
「奴が、無限の欲望が何故我らを……我らの協力がなければ戦闘機人の製作など」
「哀れな、奴は既に貴様達を見限っていた。私のような存在を知った以上、馬鹿らしくなったと。貴様達は、再び繰り返していたのか。年端も行かぬ少女達を己の欲望に従い造り替えたのか!」
ヴィクターが左胸に手を埋め込み、その手に黒いジュエルシードを握り締めた。
シリアルナンバーIのそれが、大戦斧のアームドデバイスへと形を変える。
百五十年前と全く変わってはいない。
いや、平和を願いその手を血で汚した時以上に、腐り果てていた。
完全無欠でこそないものの戦争が終わったこの時代で、まだ手を汚し続けている。
もはやかつて仲間であった彼らへの慈悲もなく、ヴィクターは彼らに死という名の終わりを告げた。
転送魔法による光に包み込まれた次の瞬間、目の前の光景は一変していた。
目の前に海を臨んだ臨海公園から、近未来的な金属と微細な光りの空間へと。
生まれて始めての転送の魔法に、はやては少しばかり心を奪われてしまった。
シグナム達を家族に迎え入れても、それは普通の家族として。
特別何か魔法をと頼んだ事もなく、初めて目にした魔法の力に少しばかり憧れが浮かぶ。
だがその魔法の力、もしくはロストロギアがもたらしたものを思い出し考えを振り払う。
後ろに控えていたヴィータ達に少し心配されたが、なんでもないと笑う。
「ようこそアースラへ、はやてさん。ごめんなさいね、突然でしかも強引に連れてきてしまって」
待ち構えていたのは、アースラの艦長であるリンディであった。
まずは謝罪から入ったリンディだが、不満気な顔をあからさまに向けられた。
「監視ぐらいは仕方ないにしても、本当に強引だったぜ。着の身着のまま……着替えを持ってくるぐらい許してくれても良かっただろう」
「まあ、しゃあないやん。あんまリンディさんを困らせたらあかんよヴィータ。それにこっちもシグナムに自由な行動させとるのにお咎めなしで、おあいこやて」
「しばらくの間、お世話になります。けれど、ヴィータちゃんの言う通り、どうしてこんな急に? 何か、変わった事でも?」
「それについては、もう少し……」
シャマルの問いかけに対し、リンディは時計を気にして転送ポートに視線を向けていた。
まだ他に誰か待ち人がいるとでも言うのか。
だがはやて達に会わせるという事は、地球からという事だろう。
他に地球にいる魔法の関係者といえば、なのはぐらいしかいない。
カズキに関わる魔法関係者の殆どは同行してしまっていて、いないのだ。
そして数分と待つ事なく、はやてが出てきたばかりの転送ポートが光り始める。
淡い緑の光、その中に大小三つの影が生まれ、まず一つが飛び出してきた。
「あー、はやてちゃんだ」
「って、まひろちゃん。なのはちゃんやアルフさんはともかく、ええの!?」
「カズキに黙って、やべえだろこれ」
「ん?」
早速というべきか、まひろに抱きつかれたはやては困惑するばかりだ。
カズキの妹でありながら、まひろはまだ魔法関係者ではなかった。
だというのにアースラに迎えるとは、一体どういう事か。
「ところで、ここどこ? ピカっとなったら、はやてちゃんがいて」
「どうやら、何も聞かされてないみたいですね」
「まひろちゃん、えっとここはアースラって言って……うー、その」
はしゃぐまひろをなのはが宥めるも、どう説明して良いか迷っている。
するとはやてに抱きついていたまひろを、アルフが後ろから抱きかかえた。
「はいはい、ほらまひろはこっち。それから、あんた。はやても付き合ってくれないかい? 遊び相手さえいれば、この子は細かい事は気にしないから」
「ほな、ヴィータ達はリンディさんから説明聞いておいてや。私はまひろちゃんの相手をしてるわ。なのはちゃんはどないする?」
「うーん、気にはなるけど……まひろちゃんの方が心配だから」
「既にゲストルームを用意してあるから、この先はエイミィの案内に従って」
アルフを筆頭に四人の少女達の前に、通信用のウィンドウが開く。
底抜けに明るい口調の少女の指示に従い、はやて達は一足先にゲストルームへと向かった。
それに対し、シャマル達はリンディにより会議室へと案内された。
先に会議室にいたのはクロノであり、他には誰もいない。
席を勧められるままにシャマル達は着席し、リンディとクロノの話に耳を傾けた。
「まずは、何処から話すべきかしらね」
「彼女達を保護した経緯からで良いのでは?」
シャマル達と同じように、少なからずリンディ達も心中穏やかではない部分もあるらしい。
その動揺を押し隠すように、リンディは一つ咳払いをしてから言った。
「本日未明、最高評議会からの連絡が一切途絶えました。それに伴ない、管理局の全権を臨時に三大提督に委ねる事になりました」
「ちょっと待て、単刀直入過ぎて逆に分かりにくい。最高評議会ってアレだよな、どっちかってえと過激派。はやてにヴィクターの封印を押し付けかねない」
「その人達と連絡がとれず、三大提督さん達が主権を握ったのなら、はやてちゃんの安全は確保されたようなものですよね? どうして、急に保護を?」
「恐らくは逆だ。コレまでは双頭がにらみ合い、ある意味で膠着状態にあった。だが片方は頭を突如失い混乱状態、三大提督も全てを抑えられる確信はなかった」
ザフィーラの言う通り、双頭が表立って決着を付けたのならまだ良かった。
だがリンディが言った通り、最高評議会とは単純に連絡が取れなくなったのだ。
これではその下部組織も、どう行動すべきか分からなくなるのも当然である。
新たな上役である三大提督に従うべきか、それとも最高評議会の命令を遂行すべきか。
これまでの良い意味での膠着状態も、気楽に構えてはいられなくなった。
何時誰が暴走し、最高評議会の意志はこうだと行動に移しかねなかったのだから。
「失礼は重々承知していますが、はやてさんにはしばらくの間はこのアースラの中で生活をして貰います。事後承諾になりますが、よろしいでしょうか?」
「よろしいも何も、私らに選択肢はそう多くねえよ。それに、もう知らない仲でもねえし異存はねえよ。多分、シグナムがここにいてもそう言っただろ、な?」
「それに、まひろちゃんをここに保護したのもたぶん似た様な意味なんですよね?」
「ええ、残念ながら。まひろさんは、カズキ君にとって最大のウィークポイントですから」
だからはやてと同じぐらい、狙われかねないと暗にリンディは指摘していた。
「カズキは、今どこに?」
「正確な居場所までは把握しないが、二手に別れてニュートンアップルという次元世界を目指しているはずだ。どうも話では、ユーノがそこであの黒いジュエルシードを手に入れたらしい」
ザフィーラの疑問に答えたのは、頭が痛そうにしているクロノであった。
何しろ先日、リンディとクロノの元にフェイトからメールが入ったのだ。
ユーノを助けて欲しいと言う短い文。
一体どういう事かと調べてみれば、あの火渡の手により捕縛されていた。
どうも強権を行使して牢に放り込んだらしいが、その為の書類関係がいい加減でもあった。
あまり表立って動かない特殊部隊の火渡らしい。
おかげでその書類不備を理由に不当逮捕にこじつけ、クロノが保釈させた。
言葉にすれば簡単だが、相当数の書類をクロノが書き続けたのは言うまでもない。
「シグナムの奴、無駄足じゃなかったみたいだな」
「二手に別れたって聞きましたけど、ちゃんとカズキ君がいる方に同行していれば良いのだけれど」
あれで結構、恋愛絡みに関しては要領が悪いとシャマルが案ずる。
その言葉通り、見事にカズキと分断されているとは誰も予想していなかったが。
「後は全て彼ら次第。何処まで真実に辿り着けるか。私達にできるのは彼らを信じる事と、後方の憂いをできるだけ断つ事」
「アースラの中でならばその憂いも少なくて済むだろうが、何事も完璧はない。特にヴィータとザフィーラは、君たちの主であるはやてとカズキの妹であるまひろの護衛も頼みたい」
「ああ、頼まれるまでもねえ。全部上手くいけば、まひろは私の姉妹になるみたいなもんだ。喜んで護ってやろうじゃねえか」
「主もそう望まれる事だろう。守護獣として、異論ない」
管理局側の不手際もあるが、心から頭を下げた二人にヴィータ達は当然だとばかりに頷き返していた。
ニュートンアップルは、緑に溢れた水の次元世界であった。
世界の全てを見て周ったわけではないが、カズキとフェイトは単純にそう思っていた。
現在二人がいるのは、目的の別荘地を目前にした小高い丘の上。
足元には草花が溢れる草原であり、胸が涼しくなるような風が心地良く吹いている。
ログハウス風の別荘は、盆地型の窪んだ大地に点々と立てられていた。
その別荘は軒並み緑豊かな森に囲まれており、近くには鏡のような湖も見える。
ユーノが言っていたお金持ちのお嬢様の別荘地というのは、納得できる光景であった。
「やっと、ついたね。ここにカズキの胸にある黒いジュエルシードの秘密を知る人がいる」
まだ肝心の目的を達成こそしてはいないが、フェイトが感慨深げに呟くのも無理はない。
沈みゆく時の庭園から逃げ出し、ここに至るまで数日。
砂漠に荒野とあまり優しくはない環境を、路銀もなしに歩き通してきたのだ。
食堂や宿、あらゆるお店で飛び込みのアルバイトを行なうというカズキのバイタリティがなければ、フェイト一人ではきっと辿りつけなかった事だろう。
「急いで、シグナムさん達と合流しないと。蝶野は無茶苦茶だから、きっと先についてると思うけど」
「カズキみたいにバイトせず、持ってる人から奪ってそうだもんね。シグナムがついてたから、そうそう酷い事には……」
くすりと笑みを浮かべながら、呟いたフェイトはそこで気付いた。
二人きりでの逃避行もコレで終わり、不謹慎だが少し楽しかったのも事実である。
それに、周囲を見渡し待ち人を探すカズキの姿に、胸の内がもやもやするのも事実だ。
(シグナムは良い人なのに、なんでだろ……だめだめ、変な事を考えちゃ。まずはカズキを人間に戻すのが先だよ。全部はそれから、全部)
気を抜くのはまだ早いと、考えを振り払う。
「時の庭園以降、追ってはなかったけど。待ち伏せるなら、ここが最適……」
「その通りみたい、だね」
フェイトがハッと息を止めたのは、その待ち伏せが現れたからであった。
それもただの待ち伏せではない。
二人の目の前に、空より降り立ったその姿は全身を覆うシルバージャケットである。
この世でそれを生み出せるのは、一人しか居ない。
二人にとっては、師にも等しい人が生み出すレアスキル。
シルバースキンを纏ったキャプテンブラボーが、待ち構えていたかのように現れた。
「あの夜の答えを聞きに来た。再度問おう、諦めてくれないか? 今の生活を、闇の中のわずかな光明に縋るのも。この先からは、俺達に任せてくれ」
全く変わらない、ブラボーの言葉。
それを聞いて何かを言おうとしたフェイトを、カズキは手を差し出す事で止めた。
これは自分が答えるべき問答だから、そして示したかった。
ブラボーと同じく、カズキ自身の姿勢も何一つ変わってはいないと。
「俺はその僅かな希望全てを自分で試さなければ、きっと納得できない。納得できないまま保護を受ければ、俺はきっと耐え切れず飛び出すと思う」
「僅かな希望は、時に人に絶望を与える事もある。お前が、あのヴィクターと同じになる可能性すら。多くの人々の為にも、俺はお前を力ずくでも止める」
ブラボーがその手の平をゆっくりと握り締め、拳を作り上げる。
少しでも、少しずつでも自らの変化を受け入れなければ、カズキは一生納得できない。
意図せず人間から、全く別の危険な生物へと変態していく気持ちは誰にも分からない。
誰一人、お前の気持ちは分かるとカズキに言ってやる事はできないだろう。
だが一個人の感情は、世界の危機レベルのリスクとは全くの別問題だ。
例え誰に誹られようと、誰かが本人に告げ、犠牲になってくれと言わなければならない。
そして管理局員として、カズキに近しい者としてブラボーはその役目を自分に課していた。
「その多くの人の為に、カズキの小さな幸せを切り捨てる。たぶん、正しいのはブラボーなんだろうけど、私もそれは納得できない」
「Scythe Form」
フェイトも抵抗の姿を見せるようにデバイスから魔力刃を生み出す。
そのフェイトの目の前に、カズキの手が制止するように差し出された。
「カズキ?」
「フェイトちゃん、少し下がってて」
「でも一人じゃ」
「勝てない可能生の方が断然高い、けど」
フェイトに言われずとも、カズキとてブラボーの力は嫌と言う程に知っている。
ジュエルシード捜索の間も稽古をつけて貰ってはいたが、底を見た事がない。
または、その底を垣間見る事ができない位に力の差があるのか。
だがそれでも、今この場はカズキが一人で戦わなければならなかった。
自分自身で全ての希望を試したい、そんなカズキの我が侭で多くの人に迷惑を掛けてきた。
そしてこれからもそれは続き、その人達から逃げ出す事は許されない。
「これは俺が選んだ道に対する責任だ。諦めろと言われても、死ねと言われても俺は嫌だと叫ぶ。人として最後まで抗う為にも、これは自分の手で決着をつけなきゃいけないんだ」
決意の言葉を聞くたびに、フェイトは自然と自分が後ずさっている事に気付いた。
気圧されたとも違う、普段以上にカズキの背中が大きく見えたのだ。
フェイトは単純に、カズキが元に人間に戻れたならそれで良いと思っていた。
もっと言うなら、戻れると何処かで決め付けていたのだ。
ブラボーの言う通り闇の中の光明に縋りつき、それこそが絶対だと。
けれど、カズキは元には戻れない可能生も少なからず考慮していたように思えた。
人として抗う為、その言葉こそがその証明であった。
最後まで抗い、納得さえできれば、きっとカズキはどんな運命も受け入れる。
(私、カズキを守るって……守れてたのかな。隣でちゃんと立っていられた?)
自分では守っていたとずっと思い込んでいたが、本当はどうなのだろう。
共に戦いこそすれ、その背中を預けて貰える程に心から信頼されていたのか。
小さな疑問はズキズキと胸の奥で針を突き立て、痛みに押されるようにフェイトは下がる。
「だから例え相手が誰であろうと……」
カズキがその左胸より、黒いジュエルシードを取り出し形を変えさせた。
突撃槍型ではなく、最初から剣型に。
「戦う事に悔いなんかない!」
次の瞬間、二人同時に大地を蹴り上げ前に飛び出していった。
草花が千切れ飛び、無残にも土が抉れて陥没する。
華やかな場所に二つの破壊痕を生み出した二人が激突した。
やや遅れを取ったカズキが喰いこまれ、ブラボーがくり出した肘を刃の腹で受け止める。
二人を中心に空気を引き裂くような衝撃が膨れ上がった。
再び地面は大きく抉れ、避暑地には到底似つかわしくない破壊音が響き渡る。
このままここで下手に暴れれば、どこぞのお嬢様方に迷惑をかけかねない。
というより、そこから通報を受けて邪魔が入る事の方が迷惑千万。
どちらともなく弾き合い、場所を変えるべく大きく地面を蹴った。
「カズキ!」
移動をしながら時折、手を出し合う二人をフェイトも追いかけた。
打ち合いながらテンションを上げる二人に追いつくのは大変であったが見失う事はなかった。
緑の絨毯を点々を抉る後をトレースし、やがて周囲の雰囲気が変わり始める。
穏やかな緑溢れる光景である事には変わりないが、少し鬱蒼とし始めていた。
恐らくは、それこそが全く人の手が入っていない証であり、先程までの光景は全て人の手で造られた半人工の美しさだ。
距離は上々、場所も申し分ないと二人はこの場を選んだらしい。
「フンッ!」
大地に足を着くや否や、大きく膝を曲げてしゃがみ込んだブラボーが跳んだ。
飛行魔法は使用せず、肉体強化の魔法のみで空に上がる。
数秒にも満たない間に、地上からは豆粒程の大きさとなった。
フェイトも素早い動きには自負があるが、距離が違う。
「流星、ブラボー脚!」
可能な限りの跳躍の頂点にたつと、その身を反転。
魔力で足場を作り、今度はその足場を蹴ってブラボーが加速する。
「うおおおおッ!」
だがカズキも退かない、逃げない。
自身の力に加え重力さえも味方につけたブラボーへと、正面からぶつかっていく。
サンライトハートのエネルギーの刃を地面に付き立て、刃を伸ばし加速。
さらに自身の飛行魔法をも加速に加え、激突の瞬間にエネルギーの刃を振るう。
シルバースキンの一部であるブーツの裏にて、受け止められ、弾かれた。
「ぐゥ」
勢いに負け、大きく弾き飛ばされると思いきや、そのカズキの体が縦に回転する。
弾き飛ばしはされたが、まだ攻撃そのものは死んではいない。
攻撃力は負けたがリーチはカズキが断然有利。
エネルギーの刃を伸ばし、弾かれた時の遠心力を利用して叩き斬る。
だがブラボーも勝ちに酔い知れ隙を作らず、大上段から振り下ろされた刃を白刃取った。
一進一退、ややカズキが押され気味ではあったが、五体満足で二人が大地に降り立つ。
「それがお前の新しいデバイスか?」
「サンライトハートのソードフォーム。まだ完全にものにはしてないけど……」
「いや、良い動きをしている。以前と違い、エネルギー内臓型。必要に応じて、発動・展開する。攻撃時の瞬発力は、遥かに上だ」
それはブラボーの偽らざる本心であった。
ダメージというダメージこそ、ブラボーは受けてはいないが絶対ではない。
そう思える程に、カズキの攻撃は鋭く申し分ない威力を秘めていた。
以前のサンライトハートは、放出型というよりも補助型。
カズキの未熟な腕を膨大なエネルギーの放出によって補っている部分があった。
だがこのソードフォームは、攻撃を除いて全てカズキの力量に掛かっていた。
それに見合うものをカズキが持って居なければ、大地に足を着く前に倒れている。
「だが、まだ足りない。今よりさらに全力でかかって来い。火渡やリンディ、この俺を含め、管理局の要職に就く者はお前が考えるより遥かに高い領域にいる」
全力、そういわれて一瞬カズキが思い出したのは、ヴィクター化した自分であった。
だが即座に、それは違うと被りを振ってその考えを振り払う。
ブラボーが見たいのは、カズキが信じる全力はそうではない。
あくまで人間として、ちっぽけだが無限の可能生を秘めた人間としての力。
「人間・武藤カズキの全力」
ヴィクター化でないとしたら、それは何処からと一つ思い当たったものに振り返った。
少し離れた後方で、バルディッシュを胸に抱きながら見守っているフェイトである。
何故か飛び跳ねるように驚かれたが、微笑み返そうとしたところで意表をつかれた。
遠くの空に炎の柱が上るのが見えたのだ。
竜巻が空を貫くように螺旋を描いた炎が空を焦がし、ここまで熱風を飛ばしてきた。
まだ昼前だというのに空は赤焼け、この世の終わりにさえ見える光景である。
「アレは火渡。馬鹿な、最高評議会の命令は撤回されたはず。いや、最初から命令ではなく己の信念に従ったまで」
ブラボーの信じられないといった呟きは、二人の耳には届いてはいなかった。
アレが誰のせいかは容易く想像がついていた。
何しろこうして昼を夕方に変え、夜を朝に変える程の炎を忘れようがない。
そして、あの炎に今誰が襲われているかも、容易く想像がつく。
「フェイトちゃん、行ってくれ!」
「えっ?」
「あの人は、生半可な事じゃ止められない。それにブラボーと違って、周りを気遣ってもくれない。アリシアちゃんを守ってくれ!」
そうカズキの言う通り、今襲われているのはアリシアを含むパピヨンやシグナムだ。
そしてフェイトが今ここにいても、できる事はない。
無力な子供のように、所在なさげに立ち、身守る事ぐらいしか。
躊躇いはあるが、たった一人となってしまった姉を見捨てる事も同様にできない。
「分かった、アリシアは私が守る。だから、負けないでねカズキ」
「勝つ。俺はブラボーに戦って、勝つ!」
揺るぎない声での勝利宣言。
フェイトを行かせる為の大言かもしれないが、カズキは嘘を言わない。
少なくともフェイトは聞いたことがない、だから信じて行ける。
身体強化の魔法を自分自身に掛けて、フェイトは炎の柱へと向けて走り出した。
「アリシア……」
一分一秒でも早く、近付くにつれ強烈になる熱風の中を駆け抜ける。
カズキの事は心配だが振り返らない。
少しでも振り返ってしまえば引き返してしまいそうで。
仮に戻ってしまえば叱責されるに違いないと、歯を食いしばって駆け抜ける。
炎の竜巻はなおも続いており、周囲一帯全てを焼き尽くす勢いであった。
今頃別荘地では、パニックになっているのではなかろうか。
金持ちのご令嬢御用達という事らしく、事実が知れれば管理局も肩身が狭いに違いない。
だがそれこそが火渡の貫くべき信念なのかもしれない。
ブラボーとは反目しかねない信念、危うきは全て消し炭にする。
消し炭にされる方はたまったものではないが、それなら力なき人の安全は確実だ。
けれど、その消される誰かがカズキやアリシアだというなら、フェイトも全力で抗ってみせる。
バルディッシュを握り締め決意していると、こちらへ走ってくる人影が一つ見えた。
桃色の髪を激しく振り乱しながら、急ぐその人はシグナムであった。
「テスタロッサ!」
焦るその表情が誰を案じ、その瞳が誰を映したがっているのかは明白。
明白だと思える程度にはフェイトもカズキの事が見え始めていた。
ズキリと胸が痛むが、たぶんその考えに間違いはない。
「カズキは向こう、ブラボーと戦ってる!」
「そうか。アリシアはまだ無事だ、ついでにパピヨンも。あちらの戦いには、お前が必要だ!」
お互い立ち止まらず、声を張り上げながら近付いていく。
そしてシグナムの言葉を聞いて、フェイトはぐらつきそうになる足を激しく地面に叩きつける。
アリシアは自分を必要としてくれている、そしてカズキは。
「カズキは、シグナムを待ってる。そばに居てくれれば、それが何よりも力になるはず!」
すれ違いながら叫び上げ、シグナムの顔を見る事なくフェイトは駆け抜けた。
-後書き-
ども、えなりんです。
再殺部隊編は続けようと思えば続けられたのですが……
戦部とか無傷ですし。
全体としてお話が長くなり過ぎそうなのでカット。
私が書きつかれ始めてたというのもありますが。
んでもって、現在のヴィクター。
彼が次元犯罪者を殺して回ってるとお話に出てきましたが、情報提供者はスカさんでした。
そしてスカさん、色々とやる気をなくして逃げた。
だって、戦闘機人強いとおだてられてはいたが、
そのおだててた人たちが百五十年も前にヴィクターを作ってたんですよ。
プライドやら色々へしおれました。
この物語はSTS編がないと、以前から言ってましたが、ラスボスがやる気をなくしたと言う意味でもありません。
それでは次回は水曜です。