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No.31086の一覧
[0] 【完結】リリカル錬金(なのは×武装錬金)[えなりん](2012/05/26 20:06)
[1] 第二話 痛いわ怖いわで最悪の夢[えなりん](2012/03/07 20:55)
[2] 第三話 お前は妹の傍にいてやれ[えなりん](2012/01/16 23:41)
[3] 第四話 俺も一緒に守る[えなりん](2012/01/16 23:40)
[4] 第五話 これが俺の騎士甲冑だ[えなりん](2012/01/21 19:29)
[5] 第六話 私が戦う意味って、あるのかな……[えなりん](2012/01/21 19:21)
[6] 第七話 何故ここにいる[えなりん](2012/01/25 20:18)
[7] 第八話 会った事が、ない?[えなりん](2012/01/28 19:45)
[8] 第九話 私を助けれくれた貴方がどうして[えなりん](2012/02/01 20:01)
[9] 第十話 お願い、間に合って![えなりん](2012/02/04 20:01)
[10] 第十一話 お前はまた少し強くなった[えなりん](2012/02/08 20:09)
[11] 第十二話 私はこんな事を望んでない![えなりん](2012/02/11 19:40)
[12] 第十三話 一番嫌いな性格だ[えなりん](2012/02/15 19:47)
[13] 第十四話 私だって魔導師です[えなりん](2012/02/18 19:52)
[14] 第十五話 これが人間の味か[えなりん](2012/02/22 19:35)
[15] 第十六話 謝るなよ偽善者[えなりん](2012/02/25 20:16)
[16] 第十七話 頑張ったんだ、でも偽善者なのかな[えなりん](2012/02/29 21:07)
[17] 第十八話 私達の本当の戦いは、まだ始まったばかりだ[えなりん](2012/03/03 20:42)
[18] 第十九話 何時か私を殺しに来て[えなりん](2012/03/07 20:54)
[19] 第二十話 俺の心が羽ばたけない[えなりん](2012/03/10 20:07)
[20] 第二十一話 それで本当にあの子は笑えるのか[えなりん](2012/03/14 20:45)
[21] 第二十二話 もう誰も、泣かせたりなんかしない[えなりん](2012/03/17 23:26)
[22] 第二十三話 私達は本当に正しいのか[えなりん](2012/03/21 21:16)
[23] 第二十四話 守りたいものが同じなら[えなりん](2012/03/24 19:42)
[24] 第二十五話 君は誰だ?[えなりん](2012/03/28 21:27)
[25] 第二十六話 ロストロギアに関わる者は全て殺す[えなりん](2012/03/31 19:47)
[26] 第二十七話 お前がお前である事をやめないでくれ[えなりん](2012/04/04 22:59)
[27] 第二十八話 そうか、これが敗北……ひさしぶりに味わった苦い味だ[えなりん](2012/04/07 22:16)
[28] 第二十九話 もう元の人間には戻れない[えなりん](2012/04/11 20:30)
[29] 第三十話 感謝して敬え[えなりん](2012/04/14 19:48)
[30] 第三十一話 そこで僕はジュエルシードを手に入れた[えなりん](2012/04/18 23:38)
[31] 第三十二話 二度と追う気を起こさないようにする[えなりん](2012/04/21 19:51)
[32] 第三十三話 簡単に死ぬなんて言わないで[えなりん](2012/04/25 21:48)
[33] 第三十四話 俺はブラボーに戦って、勝つ![えなりん](2012/04/28 20:07)
[34] 第三十五話 ヴィクターを殺す前の軽い運動だ[えなりん](2012/05/02 22:00)
[35] 第三十六話 例えどんな結果が待ち受けていても[えなりん](2012/05/05 20:17)
[36] 第三十七話 ロストロギアがそんな簡単に、皆を幸せにすると思う?[えなりん](2012/05/09 22:28)
[37] 第三十八話 俺が皆を守るから[えなりん](2012/05/12 19:54)
[38] 第三十九話 本当に、ゴメン[えなりん](2012/05/16 21:59)
[39] 第四十話 何故、私はここでこうして生きている?[えなりん](2012/05/19 19:40)
[40] 第四十一話 絶望が希望にかなうはずなどないのだ[えなりん](2012/05/23 21:16)
[41] 第四十二話 シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ[えなりん](2012/05/26 20:06)
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[31086] 第二十七話 お前がお前である事をやめないでくれ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/04 22:59

第二十七話 お前がお前である事をやめないでくれ

 ただ静かに、波間が揺れ海風の音が響いていた。
 それ以外には、何も存在しないかのように。
 まるで時が止まってしまったかと錯覚する程に、フェイトとシグナムは固まっていた。
 二人が見下ろす視線の先。
 フェイトの腕の中にいるのは、身じろぎ一つ見せないカズキであった。
 左胸には拳より大きな穴が空き、背中の向こう側までもが見えてしまっている。
 その空洞内に心臓の代わりだったジュエルシードは、もうない。
 武藤カズキを人間足らしめていた機能の一つが完全に失われたのだ。
 つまりは、もう眼を覚まさない。
 言葉も笑顔も交わすことができない、人としての終わりをカズキは向かえていた。

「犬死だな……」

 止まった時間を動かしたのは、ヴィクターのそんな呟きであった。
 自らが殺しておきながら何の感慨も見せず。
 果てには無駄の一言で切って捨てた。

「うあああッ!」

 次の瞬間、フェイトは思考が追いつかないぐらいの速さで動き出していた。
 バインドを応用してカズキの亡骸を宙に固定。
 固定が完了した事すら確認せず、宙を蹴って飛んだ。
 バルディッシュの柄を握り潰す程に強く握り締め、魔力の刃を生み出させる。

「Scythe Form」

 胸の内に秘めるのはただただ怒り、それを乗せた刃でヴィクターへと斬りかかる。
 しかしその斬撃は、ヴィクターの手の平にていとも容易く弾かれてしまう。
 弾かれたバルディッシュに体を引っ張られ、硬直したのも束の間。
 引き戻す間もなく、ヴィクターの拳が頬を貫いていた。
 震動に脳が揺れるが、視界の片隅に移ったカズキの亡骸にて意識をはっきりとする。
 姿勢制御を行い勢いを殺し、切れた唇を拭いながらヴィクターを睨み上げた。

「くッ」
「取り乱すな、見苦しい。百五十年前の魔導師は、もっと凛然としていたぞ」

 はっきりと憎しみの表情を見せたフェイトに、ヴィクターは冷静に語る。

「過去の事など関係ない。お前が、カズキを!」
「それとも、時代が変わったか。お前も変わったな、シグナム。良くも悪くも」

 記憶の混濁をねじ伏せ、シグナムが背後からヴィクターへと斬りかかっていた。
 だがこれも、ヴィクターには通用しなかった。
 寸前で察知され、フェイタルアトラクションで受け止められてしまう。
 高重力の壁の前には、斬撃の鋭さは無意味だ。
 冷静さを欠いたシグナムの一撃に鋭さがあったかは不明だが、フェイトがそうされたようにレヴァンティンを弾かれる。
 がら空きとなった腹部に、容赦なく堅い拳が叩き込まれた。

「俺に近付けば近付く程、エネルギードレインは激しくなるぞ」

 シグナムもまたカズキのそばへと吹き飛ばされ、フェイトと共に宙で膝をつく。
 ヴィクターの言う通り、エネルギードレインの影響を受けての事だ。
 体力、魔力を吸い取られ、怒りとは裏腹に気力までもがそがれていった。
 殺したい程に憎い相手を前に、ただそばにいるだけで力を奪われる。
 理不尽と言えるまでに圧倒的な存在であった。

「ベルカの騎士になった者にとって、戦いの果ての死は当然の覚悟のはず」
「違う、カズキは違う。例え他の人がそうであっても、絶対に死んじゃいけない人だったんだ。待っている人が、家族が友達が!」
「普通の高校生だった。それを二ヵ月前のあの春の夜に、私が……」

 あの日、カズキがシグナムを助けた日をシグナムは思い出す。
 自然災害にも等しいジュエルシードが、奇跡を見せた。
 その日からカズキはベルカの騎士となり、誰よりも理想の姿を実現させてきたのだ。
 圧倒的強者を前にしても引かず、自分の身も省みず弱者に手を差し伸べ。
 誰もが憧れる理想のベルカの騎士を体現してきた。
 まるであの日、シグナムが呟いた言葉の通りに。

「そうか、カズキを生き返らせたのは私の願いか。私が……理想のベルカの騎士を求めたから、カズキはずっと私の願いを。その挙句」

 フェイトもシグナムも、心の深い部分の柱が折れていた。
 もしくは柱を支えてくれていた者が失われたか。
 宙に膝をついて己の武器を手放し、ただ後悔を口にする。
 フェイトは守ると誓ったカズキを守れなかった事を、シグナムはカズキを戦いの道に引きずり込んだ事を。
 涙は見せない、けれどその代わりとなる声が食い縛った唇から止め処なく漏れてしまう。

(泣いてる。いや、俺が泣かせたのか)

 二人の声を拾い上げる者がいた。

(もう誰も泣かせないって誓ったのに。戦わなくちゃ、皆を……戦う)

 心音が途切れた左胸、光を閉ざした眼。
 生きる者ですらなくなりながら、それは聞いていた。

「その挙句、私が死なせたか。人としては成長したが、騎士としては堕落したな。過程など関係ない。その者が騎士として生きると決めた以上、その言葉は侮辱以外の何ものでもない」

 動かない二人を前に、ヴィクターがフェイタルアトラクションを手にする。

「これ以上、変わり果てたお前を見るには忍びない。共に逝かせてやろう。独りで生きるのも、独りで死ぬのも寂しいものだ」

 ヴィクターの言葉を前に二人は戦う意志も、逃げる素振りも見せなかった。
 とった行動はただ一つ、共にという言葉からカズキの手に触れただけ。
 諦め、だったのかもしれない。
 フェイトは元より、最愛を母親を失くして全てだった絆を失った。
 そこから救い上げてくれた恩人を、目の前でまた母親のように失ってしまった。
 シグナムは一人でこそなかったが、初めて失ったのだ。
 主でもないのに、それに等しいぐらいに思える大切な人を。
 絶望に包まれる二人を前にして、無慈悲な刃をヴィクターが掲げ上げる。
 その時、海が脈動を周囲に響かせた。

「なんだ?」

 これに一番明確な反応を見せたのは、海上を見下ろしたヴィクターであった。
 穏やかさを取り戻し始めていた海が、再び大きく揺れ始めていた。
 波間は激しくゆれ、ある一点を中心として渦巻き始めている。
 それがただの自然現象でない事は、濃密な魔力が示していた。
 海の中に何かがある、その何かにヴィクターが思い至った時、それは起きた。
 文字通り、死んだと思われていたカズキが立ち上がったのだ。

「カズキ!」
「カズ……」

 まさかと俯いていた顔をフェイトとシグナムが上げる。
 左胸に穴が空き、つい先程までは繋いだ手から温かみが失せ始めていた。
 だがそんな細かい事はどうでも良い。
 カズキは自分の意志で立っていた、空いた左胸から血が流れるのを抑えながら。
 しかし、カズキが次に放った言葉に、息が詰まる。

「戦う」

 カズキが何よりも胸に抱いたであろう意志。
 それを受けたようにカズキの体から魔力が放出されて渦を巻く。
 デバイスもない状態で、魔力は制御もされないまま単純に放出されて吹き荒れる。
 その魔力に引き寄せられるように、海上の渦から青い光が飛び出した。
 表面がひび割れ、普段よりもやや黒ずんだ光を放つジュエルシードであった。
 一瞬、フェイトとシグナムは発動かと思ったがそれも違う。
 カズキの魔力に反応して脈動を繰り返しているが、同調していると言った方が近いか。
 そのジュエルシードを手の平に収め、カズキはさらに叫ぶようにして言った。

「戦う、戦う、戦う!」

 その為に立ち上がったとでも言うように。

「戦え!」

 もはや似ても似つかない、カズキという形をした獣のような叫びであった。
 その声、意志に影響を受けたかのようにジュエルシードが弾けとぶ。
 より正確にいうならば、ジュエルシードを覆っていた表面の殻が砕け散ったのだ。
 青い表皮を破ったその下から現れたのは、黒々とした輝き。
 数字の赤い刻印も異なり、現れた番号はIII。
 その黒いジュエルシードを握った右手が、赤銅色に染まり始めた。
 カズキを別の存在へと塗り替えるように、腕から肩へ、体全体に広がっていく。
 髪に至っては蛍火に光るようにさえなり、身体的特徴がヴィクターと瓜二つとなる。

「逝くのはお前一人だ、ヴィクター!」

 黒いジュエルシードに全て侵食されたカズキが、ヴィクターを指差して叫んだ。
 自分自身の変貌に気付いた様子もなく、戦う意志だけを瞳に宿して。

「そうか、君は俺と同じ。黒いジュエルシードを命に変えた者だったのか」

 あの黒いジュエルシードの事を知っているのか。
 一体カズキの身に何が起きたのか、尋ねようとした二人の言葉は止められた。
 言葉ばかりか、呼吸までも、新たなエネルギードレインの影響を受けて。

「かはッ……エネルギー」
「奴と、止めろ。カズキ……」

 近付けば近付く程に、エネルギードレインの影響は大きくなる。
 フェイトとシグナムは、カズキへと手を伸ばせば届く距離にいた。
 魔力、体力、気力とあらゆる力をカズキへと吸い上げられていく。
 だが肝心のカズキは、二人のそんな様子に気付く事すらなかった。
 戦う為に、闘争本能の赴くままに、眼前の敵であるヴィクターを睨みつけている。

「カズ、キ……」

 崩れ落ちようとするフェイトを咄嗟に支え、シグナムがその手を伸ばす。
 しかし、その手がカズキへと届く事はなかった。
 あと少しのところで、カズキのその姿が消えたのだ。
 次に現れたのはヴィクターの目と鼻の先、デバイスもなく魔力を込めただけの蹴りを放っていた。
 ヴィクターの顔を大きく歪ませ、通り過ぎては宙に足をついて勢いを止める。

「う、おおおおッ!」

 体をさらに上へと跳ね上げ、握っていた黒いジュエルシードを掲げる。
 放たれた光はもちろん、青ではなく黒。
 闇の書を彷彿とさせる、もしかするとそれ以上に深い闇の色であった。

「サンライト」
「易々と」

 だがヴィクターも、ただ待っているような事はなかった。
 予想外のカズキの変身、それを前にしても動揺は極小。
 かつて己が歩んだ道であるならば、それも道理かもしれない。
 黒いジュエルシードを握るカズキの腕を掴みあげた。

「造らせると思うか?」

 百五十年前の動乱期を生きた者として、そこに躊躇は見当たらなかった。
 容赦なくカズキの腕を、フェイタルアトラクションにて肘から切断してみせた。

「がッ」

 おびただしい量の血が舞う中で、カズキも苦痛の表情と汗を浮かべていた。
 それでも、闘争本能はより猛り燃え上がったようだ。
 痛みが、それを与える敵が目の前にいる。
 歯を食いしばりながら、届かないと知りつつ左腕を伸ばす。
 それに反応し、切断された手の中で黒いジュエルシードが魔力を発していた。

「来い!」

 カズキの言葉に従い、黒いジュエルシードが無作為に魔力を放出した。
 切断されていたカズキの腕を破壊してまで飛び出していく。
 膨大な魔力を纏い、ヴィクターの腕をついでとばかりに破壊。
 カズキの手の平へと収まった。
 一方斬り飛ばされたヴィクターの腕は、手が塞がっているため口で受け止める。

「フオオオオッ!」

 原始に返ったような雄叫びの後、ヴィクターの腕が喰われた。
 ホムンクルスを彷彿とするように、消失するように消えていった。
 取り込んだエネルギーをそのまま循環させ、斬り飛ばされた腕が復元していく。
 圧倒的な再生力、だがそれはヴィクターもまた同様であった。

「お互いコレでは、一朝一石で勝負をつけるのは難しい」

 ヴィクターもまたカズキの腕を喰って、斬り飛ばされた腕の傷を癒す。

「成り立てでは、まだ極度の興奮状態だろう……だが聞け。この世界は魔法のない世界のはず。ならば、この力を衆目に晒す危険は避けるべきだ。食事も戦いも、今回はこれまでだ」

 戦う事しか頭にないカズキとは異なり、ヴィクターはもう少し理性的であった。
 何よりも、ヴィクターには命を掛けて行う目的がある。
 その瞳は自分と同じ存在となったカズキではなく、空の彼方に向けられていた。
 三十分も飛ばないうちに辿り着く、海鳴市にではない。
 次元の壁さえも越えた向こう側、彼が生きていたであろう時代とは変わり果てた次元世界であった。

「百五十年か……少し次元世界を見て回るか」
「逃げる、気か?」

 そう、その言葉こそが理性を欠いた証拠であった。
 カズキとヴィクターが今ここで死力を尽くしあえば、何処まで被害が広がるか分からない。
 それこそ海鳴市どころか、国を超えてまで被害が拡散していく恐れがあった。
 何よりも、魔法がないとされる管理外世界での地球でだ。

「急く必要は無い。経緯は皆目見当もつかないが、君は俺と同様この次元世界で最も永遠に近い命を手にした。いずれ、必ず始末をつける」

 ロストロギア、それに関わる者、そして武藤カズキ。
 ヴィクターが殲滅すべき標的に、個人の名が記された瞬間であった。

「君だけではない、ロストロギアに関わる者は全て殺す。ロストロギアの全てが俺の敵だ」

 そう憎悪を込めて宣言し、ヴィクターが背を向ける。

「逃がすと思うか?」
「一つ、忠告しておく」

 振り返る事なく、ヴィクターがそう告げた。

「これから君は百五十年前の俺と同じ辛苦を味わう事になる。十分に覚悟しておけ」

 それを最後にヴィクターが足元に魔法陣を敷いた。
 ベルカ式、三角形を基調とした淀んだ黒い色の魔力光の魔法陣である。
 恐らくは転移魔法、その先は百五十年前に彼が知っている何処かの次元世界であろう。
 魔力に導かれ、ヴィクターの姿が転送されていく。
 先に宣言した通り、それを見逃すカズキではなかった。
 カズキの中ではまだ、戦いは終わってなど居なかったのだ。
 戦う為に、何の為にかも忘れ、ただ戦う為だけにヴィクターを求め駆け出した。

「追うな、カズキ……」

 そんなカズキを見上げ、呟いたのはシグナムであった。

「駄目、これ以上追っちゃ。下手に戦ったら、海鳴市も……」

 シグナムの腕に抱かれながら、辛うじて開いた唇からフェイトも呟いてた。
 だがその声は、欠片もカズキに届いた様子は見られなかった。
 カズキはただただ、ヴィクターを追い求めて空を駆ける。

「戦え、ヴィクター!」

 言葉ではもはや止まらない、そんなカズキを前にして二人は最後の力を振り絞る。
 二つのエネルギードレインに全てを吸い尽くされながらも。
 その命さえも燃やすように力を振り絞り飛んだ。
 近付けば近付く程に、エネルギードレインの影響は大きくなる。
 それを知ってさえも、むしろ構わないとばかりに駆けるカズキの前に飛び出した。

「カズキ!」

 二人の声が重なり、体を張ってヴィクターを追おうとするカズキに縋りついた。

「カズキ、もういいよ。もういいの、無事で居てくれたのなら……だから、帰ろう。まひろが、皆が待ってる。戦いは終わったよ」
「お前をこんな姿にしてしまった事、何をしてでも償う事を誓う。だから頼む、姿形は変わっても、お前がお前である事をやめないでくれ」

 カズキがカズキである限り、どんな姿であっても変わらない。
 変わって欲しくないとの言葉を残し、二人の気力はついに途絶えた。
 カズキがヴィクターの腕を喰ったように、直接触れた時のエネルギードレインの威力は計り知れない。
 それこそホムンクルスに肉体を残して生命力を喰われたのと同義だ。
 そこまでして止めようとした二人を支え、カズキの瞳に初めて闘争本能以外の光が宿る。

「フェイトちゃん、シグナムさん……」

 何の為に戦っていたのか、ここに来てようやくカズキが思い出した。
 近しい人を守りたいから、今腕の中にいる二人のような。
 これが守りたかったと、少し抱き寄せた瞬間、左胸を基点にして肌にひびが入った。
 そして次の瞬間には、あの姿が幻であったかのように表皮が弾け飛んだ。
 目の前に掲げた腕は、元の肌色へと戻っていた。

(戻った……闘争本能が静まったから?)

 何にせよ、アースラに戻らなければならない。
 長時間の間、エネルギードレインの影響下にあった二人の体の事もある。

「パピ、ヨン!」

 転移が使えない手前、どう帰ろうかと思案していた時にそれは聞こえた。
 眼下の海の中から海水の水柱を高々と作り上げながら、パピヨンが飛翔したのだ。
 まさかついて来ていたとも思わず、カズキがパピヨンへと振り返る。

「蝶野、お前……アースラで治療を受けに行ったんじゃ」
「見たぞ、武藤……」

 そんな疑問を無視して、パピヨンはカズキを睨みつけていた。

「まさか貴様が人間を止めるとは、夢にも思わなかったぞ!」

 パピヨンは怒りの頂点にあった。

「人間を止めて超人たらんとした俺をさんざん止めようとして、挙句一度は殺しまでした貴様が人間を止めてどうする!」

 カズキが人間であるからこそ、パピヨンはこれまで拘ってきた。
 人を超えたはずの超人を殺したただの人間、武藤カズキ。
 ただの人間だからこそ、今一度超人の証としてパピヨンはカズキを超える。
 だからこその、再戦。
 だというのに、カズキが人間を止めてしまっては何の意味もなくなってしまう。

「偽善者にも程がぁ」

 怒髪天を突く怒りに任せて叫んでいたが、今のパピヨンは結構な大怪我である。
 突然その怒りの声が途切れたと思いきや、ごふりと大量の血を撒き散らしていた。
 そのままふらふらと落下していき、あやうく海に沈むところであった。
 ぎりぎりのところで再浮上をし、息も絶え絶えでカズキと同じ高度をとる。

「そんな体で力むからだ、大丈夫か?」
「うるさい!」

 どうやら、少しばかり血を吐いた程度では怒りが収まらないらしい。

「蝶野、俺は人間をやめたりなんかしないよ。体だってホラ、この通り。元に戻っている」

 赤銅色から肌色に戻った腕を見せるが、まだパピヨンは納得いかないようだ。
 ぜえぜえと息を乱しながらも、指差しながら言った。

「それはただの小康状態じゃないのか? 再び闘争本能に火がつけば、左胸に収まった黒いジュエルシードが発動して変身するんじゃないのか?」

 それは決してありえない事ではなかった。
 あの姿への変身の原点は怒りだ。
 死なない、泣かせないと誓った自分への怒り、転じてそれがヴィクターへの怒りとなった。
 そして元の姿に戻れたのも、怒りが静められたからだ。
 フェイトとシグナム、二人の献身的な行動が闘争本能を鎮めてくれた。

「貴様の都合の良いように解釈しても、貴様は人間とあの男、その二つの中間の存在になったんだ。果たして、人間に戻れるのか?」

 それはカズキのみならず、パピヨンにとっても重要な意味の疑問であった。
 だからこそ、有耶無耶を許さずに鋭くパピヨンは現状を突いた。

「管理局なら、何か知っているかもしれん」
「シグナムさん」

 意識をかろうじて取り戻したらしきシグナムがそう呟いた。
 まだ意識が戻らないフェイトをしっかり抱きかかえ、改めて言った。

「奴は私達と深い関係があるようだ。私は……まだ何も思い出せないが、管理局ならば何か情報を持っているかもしれない」
「分かった、行こうアースラに。ブラボーの事も気になる」

 その言葉に従い、一先ず四人はアースラへの帰還を目指した。









 アースラの医務室は、満杯状態であった。
 出撃した人数が少なかった為、野戦病院状態こそ避けられたがそれでもベッドは足りていない。
 そもそも、被疑者であるロッテとアリア、被害者であるはやて。
 この二つを同じ部屋にできないと、主に守護騎士達から批判の声が上がったのだ。
 意識こそ取り戻したものの、状況が把握できないはやては混乱するばかり。
 結局は、二人も重傷の身であり、はやて本人の遠慮の声もあり仕切りで部屋を仕切られたのが先程である。
 他にベッドの上の住人になったのは、エネルギードレインを大量に浴びたフェイトとシグナムであった。
 一度は意識を取り戻したシグナムも、アースラに辿り着いて直ぐに再び倒れこんだ。
 カズキが二人を医務室に運び、続いてブラボーがクロノに背負われ運び込まれた。
 これも火急に、シャマルまでも借り出されて治療が行われ、一息つけたのは数時間も後の事であった。

「一先ず、重傷者こそあれ死者こそ出ず何よりだわ。ブラボー、貴方も良く無事だったわ」
「その代わり、左腕はボロボロだ。しばらくは、使い物になりそうにない。カズキ達には、俺の尻拭いをさせて悪かったな」

 パンッと両手を叩いたリンディが、医務室の皆を見渡してそう言った。
 特にと名指しされたブラボーも、包帯塗れの左腕を強調してほんの少し笑っていた。
 ヴィクターの重力に捕らわれた時、咄嗟に左腕を犠牲にしたのだ。
 骨が砕ける音を聞かせ、シルバースキンから大量の血を撒き散らす。
 殺害完了とヴィクターが確信するのが少しでも遅ければ、あのまま全身を砕かれていた事だろう。

「こっちも、とりあえず皆無事だったから。うん、皆が無事で良かった」
「何が良かっただ」

 リンディと同じようにカズキが皆と言うが、パピヨンが待ったをかける。

「お前が発したエネルギードレインの影響で、ベッド送りになっている者もいるんだ。都合良く誤魔化すなよ」
「パピヨンのお兄ちゃん、味方がゼロの状態で挑発は止めて」
「いや、いいよ。事実だから」

 パピヨンの治療をしていたアリシアが、体を小さくしながら言った。
 特にカズキのせいでベッド送りとなったフェイトとシグナムが、パピヨンを睨んでいたからだ。
 カズキ自身が認めなければ、いさかいの一つも起きていただろう。

「闇の書に封印されていたヴィクター、そして黒いジュエルシード。前者はともかく、黒いジュエルシードは初耳ね。ブラボー、貴方は?」
「初耳だ。闇の書とヴィクターについても、裏切りの騎士が封印されていたなどとは、思いも寄らなかった」

 そこで改めて、ブラボーの口から闇の書にまつわる話がされた。
 最高評議会からアースラへと下された、闇の書に関するジュエルシードの死守。
 それとは別途、三大提督からブラボーへと下された裏切りの騎士の調査。
 二つの命令が重なり合い、闇の書から現れたヴィクターというベルカの騎士。
 しかしながら、それは管理局の幹部が何かを知っている事を示すのみであった。
 闇の書、ヴィクター、ジュエルシード、これらを結ぶ秘密は何も分からずじまいである。

「どいつもこいつも、無駄足だな。やはり欲しいモノは自分の手で奪い取ってこそ。自分で調べるのが一番」
「それは騎士・カズキを人間に戻す為か? それとも、自分をヴィクター化する為か?」
「どちらも、人間・武藤カズキを蝶・最高の俺が斃す。これが俺が望む決着だ」
「あ、待ってパピヨンのお兄ちゃん」

 勝手に見切りをつけたパピヨンが、医務室の出入り口にて振り返り律儀に答えた。
 その後を、親鳥を追いかける雛鳥のようにアリシアが追いかける。

「だから武藤、これ以上人間離れするなよ」
「ああ……お前に言われたかないけどな」

 うんうんと頷いたのは、医務室にいるほぼ全員、満場一致であった。

「あ、フェイト。後で私から連絡入れるね。パピヨンのお兄ちゃんの治療がまだ途中だし。その時、ちゃんとお話しよう?」
「うん、アリシア。またね、連絡待ってるから」
「アリシアちゃんは兎も角、パピヨンさんはいいのかな?」
「迷惑な相手である事は確かだが、不要な戦闘は避けるべきだ。それに、彼の頭脳はあれで侮れないから泳がすのも一つの手だよ」

 なのはの呟きに答えたのは、クロノであった。
 実際、満足に戦えるのはクロノとなのはの二人ぐらいである。
 無理にパピヨンを捕らえようとすれば、アリシアがどう動くかわからない。
 アリシアと関係を修復しつつあるフェイトもまた、不確定要素ではあった。
 そういう事情に加え、片付けるべき事は幾らでもあるのだ。

「さて、改めて言うわ。皆、今回はお疲れ様。それと、八神はやてさん」
「あ、はい……私、良く解ってへんのやけど」
「何も心配はいらないわ。基本的に、貴方と貴方の家族の生活は何も変わらないわ。私達は貴方の健康状態を把握するのみになってしまったから。闇の書も、ヴィクターに奪われてしまった事ですから」
「あいつ、ヴィクターつったけ。一体、なんのつもりで……」

 小さく、畜生とヴィータが呟き、今さらながらにシグナムは思い出した。
 あの時はカズキを止める事で頭が一杯で、忘れていたのだ。

(不安がっている今の主に、奴の目的は話さない方が良いか。よりにもよって、全てのロストロギアの破壊、最後に闇の書だ。後で、主以外に話しておくか)

 あの時は自身を脅かしかねない闇の書の破壊の事実よりも、カズキの事を心配した。
 自分の身も省みず、エネルギードレインの影響下に飛び込んで止めたのだ。
 その時の心理状態は今では想像もつかないが、なんとなく恥ずかしかった。
 そして、フェイトも同じような行動に出ていた事を思い出し、ちらりと盗み見る。
 疲労によってかなり眠そうにしており、必死に起きていようとカズキの服の裾を掴んでいた。
 フェイトはあの時、まひろの所に帰ろうと言っていた事を思い出す。

(そう言えば、今は同居しているのだったか。以前のテスタロッサの様子ならば、それも仕方のない事だが……)

 何かムカムカするものがこみ上げ、一人シグナムがもやもやする中で話は進んでいた。

「一先ず、我々アースラは引き続き地球に待機します。中継拠点は置いておいた方が良いでしょうし。その間にブラボーは、本局での調査をお願いするわ」
「ヴィクターの事、闇の書やジュエルシードにまつわる事。百五十年前の管理局の創設期に何があったのか、まずは三大提督から真相を聞きだす」
「僕も彼女達の護送が終わり次第、ブラボーに協力します。無限書庫にいるユーノの事もありますから」
「と言うわけで、カズキ君、フェイトさん。それになのはさんも。これまでの協力に感謝します。三人ともこれまで、ご苦労様でした」

 海鳴市近辺に散らばったジュエルシードは全て集まった。
 事件は更に発展し、闇の書からヴィクターなる裏切りの魔導師が現れてしまったが。
 三人が臨時の協力者として、管理局に手を貸す理由は消えた。
 本当に一先ず、次の事件までの一時の休息を三人は与えられる事になった。
 だが純粋にそれを喜べたのは、一人もいない。
 特に自身に異変を迎えたカズキ、それを間近で見て体験したフェイトは。

「自分の身に何が起きたのか、不安という顔だな」

 そんなカズキの前に、ブラボーが立ち無事な右腕で肩を叩いた。

「だがお前は今日、皆の命を守りきった。ジュエルシードを封印し、闇の書の主・はやてを救い、ヴィクターを撤退させた。よくやった、騎士・カズキ。ブラボーだ、今はそれを誇ると良い」
「ブラボー……」
「後の事は俺達、管理局に任せておけ。俺が戻るまで、しばしの間ゆっくりと休め」
「そうだよ、カズキ。まずは帰ってまひろに顔を見せてあげよう。それで、普段通り過ごそう?」

 ブラボーの言葉で肩の力を抜き、フェイトの言葉でほんの少しだが笑みを浮かべる。
 不安は確かにあるが、脅えてばかりいては取り戻した平穏も意味がない。
 少し強めに頬を強く叩き、改めてカズキは皆に満面の笑みを見せた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ほぼ原作通りの展開でした。
とりあえず、無印に続きA's編も一先ず終了です。
次回は久々のギャグ回で、一息つきます。
そして最終章の武装錬金編へ。

刻一刻と終わりが近付いてますな。
次回作、何も手がついてませんw
何時もなら、この辺りで次回作が完結してたりするんですが。
何を言っているのか(ry

それでは次回は土曜日です。


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