第十四話 私だって魔導師です
倒れたと聞かされたはやては、見た限りでは元気一杯であった。
白く四角い病院の部屋に押し込まれているのが不思議なぐらいに。
遅れて駆けつけてきたカズキとシグナムの前で、今も身振り手振りを交えていた。
ベッド脇のパイプ椅子に座るシグナムも、まひろを膝に乗せたカズキもうんうんと頷く。
シャマルは担当医と話しているが、なのは達や岡倉達もほっとした表情で壁際に立ち聞いていた。
「本当、皆大げさなんやから。地面に手を伸ばしたから、ちょっとくらっとしただけやのに。貧血かなにかやて」
「素人の勝手な自己判断は危険だ。それに何時間も目覚めなかったんだ、ちょっとじゃないぞ」
「だな、他にも大勢商店街の人達も倒れたらしいし。大騒ぎだ。警察も、廃工場の件から大忙しだな」
「検査結果はまだだけど、元気そうで本当に安心したよ」
気楽そうなはやての言葉に対し、六桝や岡倉が注意し、大浜がほっと胸を撫で下ろしていた。
「六桝さんの言う通りだよ。はやてちゃんが倒れたって聞かされて、心臓が止まっちゃうかと思った」
「ま、こうして元気してるみたいだいし。取り越し苦労でよかったけど」
「うん、ごめんな。特にシャマルが取り乱して、あちこち連絡してもうたみたいで」
すずかやアリサの言葉にはやてが謝り、そうだと言いたげにヴィータが言った。
「後でシャマルの奴をからかってやろうぜ。絶対、だってだってって言い訳するぜ」
とても珍しいぶりっ子声で、あまり似てないシャマルの真似を披露した。
両手を軽く握って胸元に持ち上げ、体ごと顔を振ったりとジェスチャーも交え。
きっとシャマルはシグナムがおらず、年長者として毅然とした行動を取ろうとしたのだろう。
だが決心とは裏腹に行動が伴なわず、あげく慌てふためいて涙目に。
そんな様子がありありと思い浮かべられ、病室の中が笑い声で満たされていく。
『まずは一安心みたい。シグナムさん、カズキさんごめんなさい。駆けつけられなくて』
『気にするな高町。お前は知らなかった事だ。それで、テスタロッサはどうした?』
『わざとじゃ、ないと思います。だけど、特にヴィータちゃんがなじっちゃって、家族だから当然かもしれないけど。泣きそうで、居た堪れない顔で何処かへ』
『ヴィータは時々、はやての為に周りが見えなくなるからな』
そもそも、目の前に転がってきた石をジュエルシードと気付けなかった落ち度もある。
ヴィータ自身、フェイトだけでなく自分を責めた部分もあるだろう。
だが気付けなかったという事は、ちゃんとそれは封印されていたという事だ。
恐らくは本当にフェイトはジュエルシードを落としただけ。
元々声を掛けたのもはやてが先で、最初からその気なら姿そのものを見せるはずもない。
『主はやてが無事で安心したが……』
念話の中でシグナムが口ごもり、カズキは夜を迎えた窓の外を眺めた。
あの山中での死闘の終わりから、既に二時間は経過している。
あまり時間を空けては逃げられる上に、必死に与えた傷を癒す時間も与えてしまう。
だがはやてが倒れたこの状態でシグナムに、今がチャンスだとは言い出せない。
シグナムの一番は、家族であるはやてなのだから。
「シグナムちょっと良い?」
その時、担当医との会話で何かあったのかシャマルが病室のドアを開けた。
途端に皆から指差されて笑われ、おろおろと誰にともなく尋ね始める。
「え、え? なんですか、私なんで笑われてるんです!?」
「なんでも、なんでもあらへんよ。シャマル、ぷふ。やっぱなんでもあらへんことないわ」
「だって、だってぇ」
「や、止め……なさいまひろ。お腹、お腹痛い」
はやての言い訳も、ヴィータに続きまひろの声真似で無意味と化した。
ひいひいとお腹を押さえながらアリサが叱るも、声が笑っていては意味がない。
「もう、なんです。皆失礼です。それに病院ではお静かに」
最初は戸惑っていたシャマルも、次第に頬を膨らませるが返って逆効果。
お前一体幾つだ、見た目と行動がミスマッチだろうとさらにツボに入った。
一部、別の意味でツボに入った者達もいたが。
「やばい、完全に惚れた。可愛過ぎるだろ、シャマルさん。お前もそう思うだろ、大浜」
「え、あ……うん。そうだね。はは」
「確かに、声真似をしたヴィータちゃんとまひろちゃんも可愛かったがな」
壁の方を向いて岡倉が鼻血を耐え、六桝の突っ込みに近い言葉に大浜がビクリと震えた。
そんな一部特殊な大浜はさておき。
「お前達、それぐらいにしておけ。周りの部屋にも迷惑だ。それに、もう遅い。岡倉、お前達はアリサ達を送っていってやれ」
「へーい、まあ元々そのつもりっすよ」
これでは本当に周囲の部屋に迷惑だなと、シグナムが注意をして帰宅を促がした。
そのままシグナムはシャマルと共に行ってしまう。
だが既に夜も襲い事を考えると、八神家以外の人間は帰るべきであった。
皆が帰り支度を始める中で、なのはが伺う様にカズキに念話を飛ばしてきた。
『カズキさん、どうしましょう? 創造主さんの事』
どうもこうも、取るべき行動は最初から決まっている
だがシグナムは、はやての事で身動きが取れない状況だ。
ならばなのはやユーノを連れて行けるかと言えば、カズキは素直に考えられなかった。
一種の魔力災害であるジュエルシードの封印はまだしも、ホムンクルスとの戦いは純粋な命のやりとり。
そんな場所に幼い二人を連れて行って良いものか。
カズキの中でなのはは、まだ自分が守るべき幼い少女に過ぎなかった。
『シグナムさんが出向けない以上、俺達だけじゃ危険だ。せめてもう一日、様子を見よう』
『そうですね、私一度フェイトちゃんとしっかりお話したいですし』
まひろを抱き上げながら、なのはの頭に手を置いて微笑む。
「なのはちゃん、じゃなくても良いんだけど。今夜誰かまひろを預かってくれない?」
「お兄ちゃん、お家に帰らないの?」
突然のカズキの言葉に誰よりも驚いたのは、当の本人であるまひろであった。
何時ぞやの夜を思い出したのか、じわりと瞳に涙が溜まり始める。
違うともそうだとも言えず、まひろをあやしながらカズキは続けた。
「ほら、はやてちゃんの家は女手ばかりだし、男手があった方が便利かなって。俺も頼んでしばらく病院に居させてもらおうかなって」
「確かに、シグナムさんもシャマルさんも大人だけど女の人だし。なら、私がまひろちゃんを預かります」
「あ、ずるいわよすずか。私も良いわ」
「私も、なのはの家もたぶん大丈夫。というか、皆喜ぶと思う」
すずかに続き、アリサがさらにはなのはも立候補の声を上げた。
大人気のまひろではあったが、本人はカズキに縋りついてその胸に顔を埋めている。
まるで幼子がぐずるような様に、勘が鋭いとカズキは苦笑してしまった。
「それなら、私の家で預かっといてやるよ。家と病院を往復するかもしれねえし、時々顔を見せてやればまひろも満足だろ?」
最後に立候補の声を上げたのは、驚くべき事にヴィータであった。
しかも中々に説得力のある言葉付きであり、なのは達が歯噛み悔しがっていた。
「ヴィータずるい。私のおらん所で、まひろちゃんとお泊り会やなんて」
「そう思うんなら、さっさと治しちまえよ。それからなら、幾らでもお泊り会でもなんでもできるさ」
何やらお姉さんぶってヴィータがはやてをあやし、決まったようだ。
なおも離れようとしないまひろをなんとか引き剥がし、ヴィータに預けた。
「それじゃあ、俺先に行ってシグナムさん達に伝えてくる。時間掛かるかもしれないし、皆は帰っててくれ」
「おう、夜中に騒いでシャマルさんに迷惑かけんなよ」
岡倉の忠告に手を挙げたカズキは、飛び出すように病室を出て行った。
そして足を向けた先は、はやての担当医がいるであろう部屋ではない。
最初からそんな部屋を知らなかったという事もある。
だがカズキは迷わず足を進めて階段を飛び降り、目指したのは病院の裏口であった。
皆が帰るであろう玄関ではなく、裏口から外へと出ていく。
だが一度だけ、はやての病室があるであろう窓を見上げてカズキは立ち止まる。
なのはやまひろに嘘をついた事、勝手な行動をする事をシグナムにごめんと呟いた。
「全く、お前は本当に嘘が下手だな」
だがそんなカズキの行動とは裏腹に、裏口の門に背を預けたシグナムがいた。
「カズキさん……やっぱり一人で、行くつもりだったんですか?」
「僕が言える言葉じゃないけど、無謀過ぎる」
そしてカズキが出てきたばかりの裏口には、ユーノを肩に乗せたなのはがいた。
一体何時どのようにしてバレたのか。
なのはなどは、まひろのお泊りに対して立候補までしていたと言うのに。
カズキは赤毛でお下げの小さな女の子が密通者であると、思いもよらない事だろう。
「でも、蝶野の他にホムンクルスは怪我を負った二体だし。俺一人ででも」
「違うだろう? 実際に戦ってきたお前が、ホムンクルスの強さを侮るものか」
「カズキさん、私だって魔導師です。そりゃ、ホムンクルスは怖いです。できるなら戦いたくもない、けど私には力があるから。戦わなければいけないんです!」
そんななのはの言葉は、奇しくも夕刻に蝶野へとカズキが答えた言葉そのものであった。
「けど、なのはちゃんはまひろと同い年で小さくて。俺が守らなきゃいけない子なんだ」
「カズキ、お前の戦う理由が守りたいという気持ちに起因している事は知っている。だがな、その気持ちを押し付けるな。戦おうとする者の気持ちを押さえつければ、それは既に優しさではない。ただの傲慢だ」
「カズキさん、なのはの事は僕も守ります。だから、なのはを連れて行ってあげてください」
「お願いします、カズキさん!」
シグナムに諭され、ユーノやなのはの懇願を受け、カズキの首が縦に折れた。
もちろん、完全に納得できていたわけではない。
だが傲慢と言われ、かつて自分が無理やりシグナムにくっ付いて戦うと言った事を思い出したのだ。
シグナムはその時、カズキの言葉を最終的には受け入れてくれた。
「分かった、でも無茶は絶対にしないで」
「それはこっちの台詞です。病院にボロボロで現れて、まひろちゃんが離れなかった理由はそこにもあるんですよ。お兄ちゃんなんだから、しっかりしてください」
「はい、すみません」
一転して立場が逆転してしまい、素直に謝るしかなかった。
そんなカズキの目の前に、鎖の付いた剣を模したペンダントが放り投げられた。
「カズキ、これを持っていけ」
「これって、レヴァンティン?」
「お前達が考えていた通り、私は今はやての傍を離れるわけにはいかない。これは何があっても曲げられん。私の代わりにレヴァンティンを連れて行け、そして必ず返しに来い」
「うん、分かった。絶対に返しに来る。約束だ」
受け取ったレヴァンティンのネックレスを、カズキが首に下げた。
「行こう、なのはちゃん。ユーノ君も、蝶野の家まで案内する」
「はい、行って来ますシグナムさん。絶対に勝ってきます」
「こちらの事は、僕らに任せてください。はやて、具合が良くなると良いですね」
三人とも死闘が待ち受けているのにも関わらず、悲壮な表情は欠片も浮かべてはいなかった。
特にカズキは痛がりで怖がり、なのはは泣き虫で怖がりだというのに。
その背中が小さく、姿が見えなくなった頃にシグナムは思い切り鉄の門を殴りつけていた。
病院の裏庭である為に、一際静寂を保っていた夜に痛々しい音が響く。
「この私が、未熟な騎士や魔導師を見送る事しかできないとは……」
本来ならば自分があの幼い戦士達を導くべきで、身動きの取れない自分が不甲斐ない。
だが自分の一番であるはやてを放っておけるはずもなく、苛立ちばかりが心に募る。
聖王でも神でも何でも良いと、祈らずにはいられなかった。
『頼む、テスタロッサ。答えられないのなら、それでも良い。だからカズキと高町、ユーノに手を貸してやってくれ』
そして、その二つよりも現実的な考えとして、居場所の分からない少女に対し念話を飛ばしていた。
蝶野邸へと急ぎ、人通りの絶えた住宅街をカズキ達は駆けていた。
それはカズキが一人空を飛べない事もあったが、一番の理由は別にあった。
空を自分の領域だと豪語する鷲尾の存在である。
急ぎたい気持ちは当然あったが、空を飛んで行くのは危険すぎた。
だが魔法を抜けば小学生でしかないなのはが、カズキのように長くは走れない。
結果として、なのはは白のバリアジャケット姿で駆けていた。
多少人の目に触れる危険はあったが、常に臨戦態勢でなければ遅れを取る。
カズキも学生服にしか見えない騎士甲冑を着て、なのはの二歩三歩先を走っていた。
「止まって」
「どうしたんですか? 創造主さんのお家は、まだ先だって」
そのカズキが立ち止まり、腕をなのはの前に出して足を止めさせた。
蝶野邸はまだ二キロ近く先で、今走っている道路を真っ直ぐに進んだ所にあった。
点々と街灯だけが続いている光景だけが、暗闇の奥まで二人を出迎え続けている。
だがその普通の夜にしか見えない光景の中に、カズキは違和感を感じていた。
何か別の物が息づく、化け物が近くに潜む感覚、気配を。
「なのはちゃん、ちょっとごめん!」
「え、ひゃっ」
なのはを荷物のように小脇に抱えたカズキが、大きく後ろへと跳んだ。
直後、アスファルトにひびが入り、隆起する。
ついには硬いアスファルトを砕きながら、茨の蔓が襲いかかってきた。
「サンライトハート!」
「Ja」
一本一本が意志のあるように襲い来るそれを、カズキが薙ぎ払う。
回避に成功し、ほっと息をつく間もない。
なのはを抱えて宙に浮かぶ二人と一匹に、さらなる上空より叩きつけられた風圧。
先程は気付きもしなかったなのはにさえ分かる程に、強烈なものであった。
「なのは、上。来るよ」
「レイジングハート、お願い!」
「Devine Shooter」
カズキに抱えられながらレイジングハートを上へと向ける。
桃色の魔法陣が足元に広がり、魔力を形にした魔力球が四つ生み出された。
風圧に蹴散らされぬよう、不規則な弾道を描いて飛んでいく。
暗闇の中で鷲尾の姿は視認が難しいが、広げた翼は余りにも大きかった
僅かな星明りにも浮かび上がる金属光沢、それに向かいなのはの魔力球が襲いかかる。
だが鷲尾は自分に襲いかかる魔力球を前に、身動き一つ見せない。
ただただ、一直線に獲物であるカズキ達へと向かってきていた。
何かがおかしい、そうカズキ達が感じたのは間違いではなかった。
「この程度の攻撃、私が生きてきた空の強風や暴風にすら遠く及ばぬ!」
そう叫んだ鷲尾の額、章印の上にとある輝きが浮かび上がった。
淡く青い光の中に刻まれた赤い数字の刻印。
「あれは、間に合うか。結界!」
攻撃を加えた側であるにも関わらず、なのはの肩にいたユーノが魔力障壁を張った。
球体状に広がった若草色の輝きが、三人を包み込んだ。
その障壁越しに見えたのは、なのはの魔力球が直撃した光景。
だが舞い上がる爆煙の中から間髪居れず、鷲尾が飛び出してきた。
地面に対し垂直に滑空する鷲尾の正面には、赤茶色の光の魔法障壁があった。
ジュエルシードとホムンクルスの融合体。
「Protection」
なのはが感じた恐怖を受けてか、さらにレイジングハートが魔力障壁を重ねた。
「喰らえ、魔力により更に強力になった私の武器を!」
若草色と桃色、二重の魔力による障壁へと鷲尾がその豪腕を振るう。
金属光沢を見せる銀色の輝きに、赤茶色の魔力光が重なった。
翼による加速さえも加え、ユーノの分の障壁に大きくひびが入る。
「ここから先には絶対に!」
「行かせない!」
鷲尾ばかりに気を取られていたが、地下から強襲してきた花房もいたのだ。
だがその声は余りにも近くはなかっただろうか。
二重の魔力障壁の中から振り返って見たのは、空に足をつく花房である。
風にたなびく黒髪の隙間から額の章印の輝く青と赤の光は、ジュエルシードであった。
「鷲尾だけじゃなく、花房まで。蝶野の奴、ジュエルシードを一体幾つ持ってたんだ!?」
「創造主の存在に気付いただけで……気安くその名を呼ぶな。汚らわしい!」
花房の手を離れた茨の蔓が巨大な輪となり、障壁ごと取り囲んだ。
カズキ達を守るのは、今にも破られそうなユーノの障壁とその内側にあるなのはの障壁。
守るだけではきっと、無事では済まされない。
「二人共、ちょっと我慢して。サンライトハート、エネルギー全開!」
「Expolosion」
サンライトハートの柄の根元の部品がスライド、不要となった薬莢を吐き出した。
カートリッジから供給された魔力を受けて、飾り尾がバチバチと弾ける。
そしてあろう事か、カズキは必死に障壁を維持するなのはを真下に放り投げた。
なのはの肩の上にいたユーノもろとも。
当然ながら集中力が乱され障壁は突破されるよりも先に消失してしまった。
「カズキさん!」
「カズキ!」
投げ飛ばされた二人は辛くも窮地から脱したが、カズキにホムンクルス二体の攻撃が迫る。
不意打ちに始まり三人が攻撃を受けるよりはと、ある意味で最善の行動であった事だろう。
ホムンクルス二体も、まずは一人目と笑みを浮かべていた。
多方面からの同時攻撃、サンライトハート一本のカズキではどうあっても対処不可能。
実際、鷲尾の爪に合わせカズキがサンライトハートを突き受け止めるも、花房の茨によるバインドへの対処が出来ていない。
だがカズキの目は、諦めたわけでも、攻撃を受ける事を覚悟したわけでもなかった。
「サンライトハート、弾けろ!」
「Jawohl」
「馬鹿の一つ覚えね、坊や。鷲尾の一撃がその程度で、なに!?」
花弁を吹き飛ばされた事を思い出したのか、怒りを込めて叫んだ花房の声色が変わる。
カズキの魔力変換資質により、魔力が閃光となって弾け跳んだ。
確かに、その一撃では鷲尾の一撃を相殺するので精一杯。
だがそもそもカズキが狙ったのは、攻撃そのものではない。
エネルギーの爆発による爆風、それによって自分自身が吹き飛ばされる事であった。
「ぐぁっ……」
辛くも鷲尾の渾身の一撃から逃れ、さらには花房の茨の輪からも抜け落ちた。
大嫌いな痛みは今だけは忘れようとして、必死にサンライトハートを操った。
アスファルトに激突する直前で今度は、真下に弾けさせて加速を相殺。
なんとか地面に足を着いたものの、ダメージは決して小さくはなかった。
「カズキさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、平気。それに、そんな悠長な事は言ってられない。まさか、こんな事になるなんて。俺が甘かった。後は蝶野だけだと思ってたのに」
「カズキのせいじゃない。誰もジュエルシードとの融合を、完成させているなんて。けど……」
駆け寄ってきた二人の前で、後悔するようにカズキが呟いていた。
蛙井の件は、地下で息を潜めていた花房が感づいていたはず。
ならば追い詰められた蝶野が、貴重なジュエルシードを与える可能生だってあったはずだ。
ホムンクルスとしては並みの蛙井でさえ、ジュエルシードと融合して果てしなく強くなった。
しかも先程の二体の魔法陣を見る限り、魔法と言う技術を理解している節がある。
シグナムを欠いた状態で果たして倒す事ができるのか。
「あのいけ好かない女はいないようね。どういう理由かは分からないけど、好都合。お前達にはここで死んでもらうわ」
「行く事も退く事も許さん。今貴様達を逃がせば、必ずや創造主の憂いと」
そう死の宣告を告げた二体のうち、鷲尾が突然言葉を途切れさせた。
ホムンクルス化させた片方の腕で、庇ったのは先程カズキを攻撃した腕であった。
「鷲尾?」
不審に思った花房が話し掛けたその時、鷲尾の腕に大きくひびが入り始めた。
土くれの銅像が乾いてひび割れるように、金属質の腕が見事に瓦解していく。
「これは、一体……先程のぶつかり合いは互角。何故私のみが!」
「やっぱり……元々、ホムンクルスとジュエルシードの融合なんて無茶だったんだ」
眼を白黒させて崩壊していく腕をおさえて鷲尾が呟く。
その茫然とした呟きに答えを出したのが、最初からいぶかしんでいたユーノであった。
恐らくはこの場で、ユーノが一番ジュエルシードに詳しい。
「ジュエルシードは次元震さえ引き起こす、最悪の器。幾ら人間離れしたホムンクルスでも、制御なんてできやしない。君達は、元々魔力がなかったから猶予があったに過ぎない。いずれ、空気を注ぎ込み過ぎた風船のようにいずれ破裂する」
ユーノの指摘に、花房と鷲尾が顔色を変え、己の身より創造主を案じ始めた。
「破裂……では創造主は、いけない。この事を知らないのならば、創造主を止めないと」
「花房、この場を任せる。私は創造主の元へ」
「行かせない、レイジングハート!」
「Divine shooter」
崩壊する腕を放置し、空へと飛び立とうとした鷲尾。
その頭上から回りこませた魔力球をなのはが素早く叩き込んだ。
咄嗟の事で障壁も間に合わず、地面に叩き落された鷲尾の腕が根元から折れた。
「ぐぉ、貴様達……邪魔をするなぁ!」
「カズキさん、急いで創造主さんのところへ行ってください!」
「二人の様子から察するに、創造主は自分をホムンクルス化してジュエルシードを取り込むつもりです。でも結局待っているのは死です。急いで!」
なのはもユーノも知らぬ事だが、蝶野は生きる為にホムンクルス化するつもりである。
それが逆に寿命を縮める事になるとは、なんたる皮肉か。
早く行って止めなければ、蝶野は人として死ぬ事さえできなくなる。
カズキもそれは分かっていたが、目の前には死に掴まりながらも依然として強力なホムンクルスがいた。
「鷲尾ここは私に任せて、急ぎなさい!」
迷い動く事ができないカズキの前に、自分の背中を見せつけるようになのはが進み出た。
「レイジングハート、お願い力を貸して。カズキさんが安心して前に進めるだけの力を」
「Shooting mode」
なのはが空高く掲げると、レイジングハートが宝玉を輝かせそれに応えた。
鍵爪型の杖の先端が分解し、真紅の宝玉はそのままに新たに再構成される。
槍のようにJの字の形へと金属部分が変わり、柄の一部が開き、魔力の羽が噴き出した。
桃色の魔法陣がなのはの足元へと浮かび、杖の先端を周回するように帯状になった。
なのはの才能が今ここで開花したように、魔力が集束していく。
「カズキさん見てください。私は守られるだけじゃない子だって、戦えるってところを」
「Divine buster」
レイジングハートの呟きをトリガーにして、それは放たれた。
カズキのサンライトハートの閃光に勝るとも劣らない、魔力の奔流。
砲撃のようなそれが、アスファルトや民家の塀を砕きながら鷲音花房へと襲いかかった。
「暴風、私ですら見た事のない。荒々しい息吹だと!?」
「躊躇している暇はないわ。全力で防がないと、創造主に危険を伝える事さえ!」
鷲尾の魔力光である赤茶色、花房の魔力光である真紅。
二つの魔力が障壁をそれぞれ作り出し、二重の堅固な魔力障壁となった。
その上からなのはの砲撃は直撃し、華々しく火花を散らしながら食い破ろうとする。
「行ってください、カズキさん。私は絶対、負けません!」
「分かった、蝶野を捕らえて直ぐに戻ってくる。任せたよ、なのはちゃん。ユーノ君も」
「なのはは、僕がきちんと守ります。急いでください、もしもこのままジュエルシードが暴走したら、三つも同時には防げません」
「絶対に間に合わせて見せる。約束だ!」
なのはの強力な砲撃を見せ付けられ、ようやくカズキも決断を見せた。
この場をなのはとユーノに任せると。
空高く跳躍すると、サンライトハートのエネルギーの爆発を利用して擬似的に飛んでいく。
「奴だけを行かせるか。花房、この場を」
「行かせません、レイジングハート」
「Full power」
さらに魔力の放出量を高め、ついにはなのはの魔力光が周囲一体を覆い包みこんだ。
その閃光が収まり、魔力の奔流が過ぎ去った後に残されたのは破壊の跡であった。
蝶野邸へと続く一本道を抉り砕いて、夜の闇の向こうの彼方にまで。
魔力障壁を破壊された鷲尾と花房は、十数メートル後退させられた場所で倒れていた。
だがまだ意識はあるようで、ところどころにひびが入った体で立ち上がろうとしている。
「先を越されたばかりか、このような未熟な相手に何たる不始末」
「可愛い子は嫌いじゃないけど、残念だわ。お姉さんが綺麗に食べてあげる」
しかも無視してカズキは終えないと判断したのか、戦意は寄りましているようであった。
「ユーノ君、頑張ろう。カズキさんが行っちゃった今だから言うけど、本当は凄く怖い。けど、二人ならなんとか我慢して戦える気がする」
新たな形態を手に入れたレイジングハートを手に、なのはがぎこちなくだが笑みを浮かべた。
「うん、僕ももう省エネなんて言ってられない。ここからは本気で全力、またしばらく療養の毎日かもしれないけど、それぐらいの代償でなのはを守れるなら」
なのはの言葉を受けて、肩からユーノが降りた。
その小さな体は若草色の光に包まれて、どんどん大きくなっていく。
突然の事で驚くなのはの目の前で、本来のユーノ・スクライアの姿となる。
十歳前後の人間の男の子、一ヶ月と少しの間ぶりであった。
「え、へっ……えーッ!?」
「なのは、驚くのは後。来るよ!」
確かに聞きたい事は色々あったが、そんな場合ではない。
すぐさま意識を切り替えて、なのははレイジングハートを構えた。
「その暴風、必ず私の翼で読みきって見せる。そして創造主の下へ」
「創造主、必ずこの子達の首を持って貴方の下へ参上しますわ」
「なのは、砲撃は威力はあるけど隙が大きい。狙う時は気をつけて、必ず僕がそばにいる時だけにして」
「分かった。砲撃を撃つ時はユーノ君と一緒。そうだよ、一緒に戦おう」
飛び掛ってきた二体のホムンクルスへと向けて、なのはが魔力球を飛ばす。
それを鷲尾が片方の腕で斬り裂くも、ピシリと小さなひびが入る。
構わず突撃を仕掛けてきた為、ユーノがなのはを庇うように前に飛び出した。
ユーノの渾身の障壁の前に鷲尾の爪が立てられるが、今度は小さなひびが入るのみ。
「花房!」
「ええ、分かっているわ」
無理をすれば体の崩壊が早まると、鷲尾が後方の花房へと叫んだ。
その花房が、両手から伸ばした茨を地面へと突き刺した。
「ユーノ君」
「分かってる。二度目はない」
足元からの茨の蔓の攻撃、一度見ていれば花房の動作から予測は可能。
二人同時に空へと舞い上がった直後に、地下からアスファルトを砕いて茨の蔓が現れる。
だが既に二人は空の上で空を切った。
チャンスだとばかりになのはがレイジングハートを花房へと向けた。
攻撃直後の間と、物理的な距離。
「レイジングハート、砲撃お願い」
「Divine」
「なのは、駄目だまだ早い!」
ユーノが叫んだ通り、隙が出来たと言っても敵は花房だけではないのだ。
その証拠に、地上にいるのは花房のみ。
二人が退避したと同時に、鷲尾もまた空の何処かへと飛び上がったのだ。
一体何処にとユーノが辺りを見渡すも、その姿は闇に紛れて完全に姿を消していた。
その間にも、なのはは砲撃の為の魔力を溜め続けていた。
「なのは待って。絶対に撃った瞬間、鷲尾が攻めてくる」
「大丈夫、なのはを信じてユーノ君。ディバイーン」
「Buster」
地上にいる花房へと向けられたレイジングハートの先端。
なのはの足元には魔法陣が浮かび上がり、魔力が集束して発射される。
その瞬間、なのはとユーノを鷲尾の風圧が横薙ぎに襲いかかった。
「やはり未熟。己の爪の威力に驕ったか!」
上ではなく背後、残り一本となった腕を掲げて鷲尾が突っ込んできた。
いけないとユーノが守ろうとした時、なのはが鷲尾へと振り返る。
ディバインバスターの発射はフェイクだった。
なのはは、最初から鷲尾に強襲されるつもりでいたのだ。
何故なら鷲尾は必ず襲う際に風圧を掛けてくる。
それは生まれ持った野生の習性か、獲物を萎縮させるようにあえて居場所を教えていた。
先の奇襲もそうであるし、これまでもそうだった事は聞いている。
「私は驕らない。臆病だから、怖がりだから。今度こそ、ディバイン」
「Buster」
鷲尾の爪はもう、目と鼻の先。
もうあと数秒でそれが届く瞬間、逃げず脅えず鷲尾を見据えて放った。
ほぼ零距離、なのはの渾身の一撃が鷲尾の体の中心を抉るように撃ち貫いた。
「や、やった!」
「ぐおおおおっ、だがそれが驕りだというのだ!」
いずれ朽ちる腕など不要とばかりに、鷲尾は残りの腕を犠牲にしていた。
魔力障壁が破られる事を前提に、腕を盾にしてなのはの一撃をいなしきった。
腕は根元からもげて塵へと返るも、突撃の威力は微塵も衰えてはいない。
砲撃の直射上に入れるはずもなく、そもそも入るまでの時間もなかった。
ユーノの障壁は間に合わず、鷲尾の体当たりを受けてなのはが吹き飛んだ。
交通事故にでもあったように軽々と。
夜空を貫き、民家の屋根を突き破っては更に壁を、外へと飛び出しアスファルトに叩きつけられた。
硬いアスファルトを陥没させ、その穴から飛び出しては転がった。
「なのは!」
「おっと、坊や何処をみてるのかしら」
駆けつけようとしたユーノの前に、花房が立ちふさがる。
もっと強くなのはを止めるべきだったと、ユーノは後悔していた。
だがなのはの砲撃を過信していたのはユーノも同じ。
あの一撃さえ加える事ができれば、当てる事さえできれば勝てる。
一撃の威力に眼を奪われ、心の何処かでそう思ってしまっていたのだ。
冷静になれば、一番堅実な戦い方は一つしかない。
いずれは朽ち行くホムンクルスが二体、足止めと時間稼ぎしかないではないか。
「なのは、立って。早く!」
「ちょこまかと、ネズミみたいに!」
花房の茨の蔓を魔力障壁で防ぎながら、ユーノが叫んだ。
ユーノの声は届いていないのか、倒れ伏したなのははぴくりとも動かない。
その間に、両腕を失いながらも翼が健在である鷲尾が近付いていた。
吹き飛ばし過ぎたと苦みばしった顔をしながら、なのはの直ぐそばへと降り立った。
「己こそが最強、私もかつてはその想いを抱きつつ堕ちた。哀れだな、だが同情はする。殺しはしない、私達が朽ちた後に主に仕えるべき次代のホムンクルスが必要だ」
奪わないのは命だけ、無力化を狙い鷲尾がなのはの四肢の骨を折ろうと足を持ち上げた。
「やめ、ぐぉ!」
「隙だらけ、ようやく捕まえた」
止めに入ろうと周りが見えなくなったユーノも、ついに花房の茨の蔓に掴まってしまう。
創造主である蝶野の下へと向かったカズキはまだ戻ってこない。
いや時間が短すぎて、期待する方が無理である。
茨の蔓に喉まで絞められ、ユーノは声すら出せない状況であった。
声にならない声でも叫ばずにはいられなかったが、現実は余りにも無情。
鷲尾の足がまずなのはの左足へと向けて振り下ろされた。
「なに!?」
だが鷲尾が踏み砕いたのは、物言わぬアスファルトのみであった。
「貴様は……」
なのはを抱えた少女は、顔を俯かせながら夜風に金糸の髪をなびかせていた。
黒のバリアジャケットと金色の宝玉を持つデバイス。
何時もなのはの危機を救ってきたフェイト・テスタロッサその人である。
そのはずであった。
「うぁ……フェ、イトちゃ」
「Scythe form」
無言でなのはをアスファルトに寝かせ直したフェイトは、デバイスの先端から三日月形の刃を生み出した。
普段と同じ行動、同じスタイル。
だというのに、朦朧とした意識の中でなのはは違和感に苛まれていた。
その違和感が間違いないように、なのはは雫が落ちるのを見た。
後姿しか見えず、そうであるとはっきりとは言えなかったが、ぽたりぽたりと続けてそれが落ちる。
「う、ああああああッ!」
涙らしき雫を零し続けるフェイトが、獣のような声をあげてデバイスを大きく掲げた。
-後書き-
ども、えなりんです。
本当の意味でなのはがカズキに仲間として認められました。
カズキの傲慢じゃないかって意見もあると思います。
(そもそもカズキは騎士見習いに過ぎませんし)
でも妹と同い年(小三)の女の子を危険な戦いの仲間と思えるかどうかは……
性格上無理だったんじゃないかと、個人的には考えました。
あと、なのはのピンチに必ず現れるフェイトちゃん。
もはや天丼と言っても良い展開ですね。
ただし今回ばかりは様子がおかしく、次回そこんところ出ます。
それでは次回は水曜です。