縁側で秋空に漂う鰯雲を見つめながら鰯の煮物が食べたい!と夕飯の献立を妄想していると突然閃いた。
ピキ―ン、閃いた、横でモグモグと饅頭を食べていたすずに目を向ける、何事かと視線で問いかけて来る……お前こそ何事だ、ハムスターのようだぞ。
「決めた」
「んく……どうせ、また下らぬ事を考えたのであろう?」
「いやはや、すずさんはお口が悪い―――饅頭でも咥えててくれ」
「ふぐっ!?」
俺の分の饅頭を口に押し込むと両手をバタバタさせて抵抗するすず、人形のように整った……いや、実際に人形なのだけど綺麗な顔が真っ赤に染まるのは何とも気分が良い。
それに今は腹が一杯で饅頭なんか食べたくないし、一石二鳥とはこの事だ――暫く抵抗したすずだったが少ししたらモグモグと口を動かし始めた、この饅頭はこいつの好物なのだ。
ほら、またハムスターに、獣になるがいいわ。
「と、獣で思い出した、今日の俺は動物に優しくしようと思う」
「もぐもぐ」
「ふふ、わかっているともすずよ、いつでも全生物に対して平等に優しい俺だが、今日の俺はいつもに増して優しいのだ」
「んくんく、はぁ……と言うか、そんな事をすずは一言も……」
取り合えず、すずの言い分は無視して、途端に閃いたこのムツゴ○ウさん的衝動をどうしよう?今にも爆発しそうなこの衝動を解き放ちたい。
何処かに手頃な動物はいないものかと庭を見回す……落ち葉が気紛れに風に身を任せ、小石がそこらに転がっている、むぅ、何と言う無法地帯。
「獣、獣、獣、何処かに手頃な動物はいないものか」
「はぁ、まったく、奇異太郎の思い付きはいつも突然過ぎる、幾らここが田舎とは言えそんなに都合良く動物がいるはずが無かろう、大体―――」
横でいつもの様にすずが小言をブツブツと念仏の様に呟く、いつもの事なので余裕で聞き流しながら再度周囲を見回す。
「!」
たたたたたたた、小気味良くも騒がしい足音、向こうの方から黄色い影がやってくる、相変らず狐の癖に無駄に良い胸をしおって、けしからん。
「あっ、キィ!暇なら一緒に遊ばないーーー?」
「ふぅ、この際、家畜でもいいか」
「何か酷い事を言われた!?」
"畜生"と言わないだけ感謝して欲しい、そもそも三つの尻尾を御機嫌に揺らしながらやってくる様は狐と言うよりは犬、愛玩動物。
長い金色の髪、顔の大半は個性的な『狐の面』に覆われているが涼しげな口元からその下にある整った容姿が容易に想像出来る、和服は他者にだらしなく思われない程度に着崩している。
何処か胡散臭く、何処か子供っぽい、遊女のイメージを体現しているようで中身は童女、これが正解………ここら一帯の妖怪の管理をしている妖狐、俺は単に『狐』と呼んでいる。
俺の目の前にやってきたそいつは断りも無く俺の湯呑を手にとってこくこくとお茶を飲み干す、これもまたいつもの事なので適当に流しつつ思案する……まあ、一応は動物だ。
「これでいいや、妥協しよう」
「うぅ、また酷い事を言われている気がする………大体、何の話をしてるのよぉ」
いじいじといじける狐、長生きをしているはずなのにまんま子供の様な反応、尻尾も頼り無くしゅんと下に垂れている。
『付き合い切れぬわ』とすずはさっさと退散してしまった、饅頭を乗せた盆と一緒に………恐らくそれが目的だろう、後で御仕置きせねば!
「いや、今日の俺は狐に優しい俺なのだ」
「は?」
「まあまあ、ここに座りなさい」
「え、あ、ちょっとキィ!」
腕を掴んでやや乱暴に引き寄せる、普段は紳士的な俺なのだこの狐に対してだけは扱いがどうも雑になる傾向がある、自分でもどうしてなのか良くわからない。
『へう』と狐が情けない声を上げる、その後にムニッとした何とも言えない感触、取り合えず狐を膝の上に乗せて見る――俺より図体はデカイ癖に、有り得ない軽さ。
ふむ、女体は神秘が一杯だなと感心していると狐が頭からプッシューと湯気を立てながら忙しなく首を動かしている、逃げようとしているわけでは無く、混乱しているようだ。
その証拠に尻尾がピーンとなったりヘロヘロと力無く垂れたりを繰り返している、中々に見応えのある曲芸だ。
「あわわわわわ」
「落ち着け狐よ、今日の俺はお前に優しくすると決めたのだ、さながらペットを溺愛する飼い主の様に!」
「き、キィがあたしの飼い主!?」
「まあ、まとめるとそうなる」
自分で言ってみて違う様な気がするが今更訂正するのも面倒なので肯定する、それを口にした途端に狐の尻尾が左右に大きく揺れる、俺のお腹をくすぐる、くすぐったい。
こんなにも無邪気に喜ばれると俺の父性と言うか母性と言うか……何かが激しく刺激される、狐の癖にと思いつつ可愛いと感じてしまう――ぐぬぬぬぬ、別に負けたわけじゃないんだからね!
「何となく、自分の心の声に吐き気がした――こらこら、狐よ、暴れるな」
「だ、だって!キィがあたしの事をペットにするって!」
「――そこまで言って……はっ!?」
何となく視線を感じてそちらに顔を向ける、廊下の向こうですずが見てはいけない物を見た様な顔でワナワナと震えている、ええ、何処かに行ったんじゃ無いんですか?
そのまま酷薄な笑みをしながらスーッと曲がり角に消える、ホラーだっ!初めてあいつが妖怪だと認識した!別の意味で!………後で土下座しなきゃ、心のノートに書き記す。
「キィ!キィ!」
「はいはい、いい子いい子~~」
「えへへ」
ムツゴ○ウさんになるのは大変だ、世間の目がここまでキツイとは……だが、一度決めた事を最後まで成し遂げるのが俺、いつの間にか膝の上に頭を乗せて甘えている狐を撫でてやる。
ぱたぱたと嬉しそうに床を叩くフモフモとした尻尾と太もものきめ細やかな肌のギャップがたまらない、すずの髪もそうだが、癖の無いこいつの髪は手櫛をすると気持ちが良い。
「――――♪」
「狐って人に懐くんだな」
穏やかな時間の中、意思とは別にポツリとそんな事を口にした、スーッと仮面の下で細められる狐の瞳、何故か背筋が震える――撫でる手は止めない。
「………ふふ、コンコン♪」
手で狐の形を作り――鳴く、にっこりと邪気の無い笑み、気恥ずかしくなり視線を外す。
「キィ、大好き」
「―――――――」
取り合えず、無言で頭にチョップをした。
○
二巻で狐が可愛かったからうがーって書きました、他のヒロインや霊的な日常のヒロインでも書きたいカモ、そこらは適当に。