<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.30897の一覧
[0] 異世界トリップにおける10人の俺の立ち振る舞い[ドミノ](2011/12/17 22:19)
[1] 第一話 自分ほど信用出来ない人間はこの世にいない[ドミノ](2011/12/17 21:36)
[2] 第二話 異世界における異世界フェチの暴走[ドミノ](2011/12/18 13:38)
[3] 第三話 俺の嫁さんは内臓が少ない[ドミノ](2011/12/21 18:34)
[4] 第四話 頭を替えたがらないアンパンマン[ドミノ](2011/12/26 16:52)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30897] 第二話 異世界における異世界フェチの暴走
Name: ドミノ◆4bb62e14 ID:ccac3c7e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/18 13:38
 ズルンと空間を抜けて床に落ちる。さっきまで立っていたはずなのに首が何かに締め付けられて引っ張られた。灰色の石床にべチョリと倒れる。

「ぬ! ぐぇ」

 倒れてうつぶせになる。倒れる一瞬で見たとき石床は魔方陣らしきものが描かれていた。ひんやりとした温度が受身を取った左手から伝わってくる。デイパックは右手に掴んでいる。
 人の声がした? 異世界なのに日本語っぽかったぞアレ? しかもフィッシュ?
 疑問で頭が埋め尽くされた瞬間に。女性の叫び声が聞こえる。

「Lorem!! (確保ー!!)」

「Etiam! (ハイ!)」

「ぬぅあー!!」

 まるで見えない鎖がつけられたように首がおもいっきり引っ張られた。体が石床を滑り、引っ張られるまま宙を浮いた。一瞬ふわりとした内臓が浮く感覚。そして放り投げられたのは巨大な籠の中。

「むっ、っぐ! ッツあ」

 ガシャガシャごろんごろんと縦に回って籠の内側にぶつかる。その衝撃か外部の意図かは知らないがさっき通った“口”が閉じられた。カシャンと、音がなり外と籠のなかを断絶する。
そのさまをシェイクされた視界の端で見ながら思う。何が起きた?
 ぐわんぐわんと頭が揺れる。この短時間で三半規管がめちゃくちゃになった。
 何が、起きた?

 ジャラジャラと鎖が引きずられる音がなる。籠とぶつかって金属音を奏でながらぐるりと籠を囲んだ鎖。最後にガシャンと一際大きな音がなって錠前を付けられた。……籠の“口”を封じる目的か。情報を集めたい自分が冷静に判断を下す。いや、また監禁だよ。白い空間じゃないだけまだましだけど。

 籠の外では女性2名が両手を合わせてきゃいきゃいと喜んでいた。跳びまわって回りながらしゃべり続けてる。
 一人は黒髪黒目の長身の美女。大体170~180センチくらい。俺と同じかそれ以上か。もう一人はちっこい150センチあるかないかぐらいで黒髪青目。ちっこい方は魔法使いのローブ。長身の方は執事服だ。両方共服の上からハッキリと分かるぐらいのグラマーだ。モデル体型とトランジスタグラマーとでも言えばいいのか?
 しかし異世界トリップしてこれは……。奴隷パターンくるか?
 一人で内心ビクビクしながら早速どうやって抜けだそうか考えていると。ちっこいほうが勢い良くこっちを振り向いて喋り始める。背は低いが顔はパッチリとして美人だ。くりくりとした青い目がこちらを見据えた。 

「Oblitus sum! (忘れてた!) Ahー。あー。あなたは異世界人ですか?」

 面食らった。日本語通じんのね。まあ今まで1800人位来てたらしいけど。あ、でもこの世界だけじゃないのか行き先。じゃあわからんな。まあいい。ちょっと時間を置いてキョドりながらも返事をする。

「え、ええ。はい。異世界人です。日本人ともいいますけど。」

「やったー!! 大、成、功ッッ!!」

「やりましたね!」

 もう一人の美女も日本語喋れたんかい。返事をしたら更に跳ねまわる速度が上がった。なんで監禁されると同時に喜ばれてんだ? あれか、異世界人だから人権ないとか? そうなるとやべーんだけど。(拷問)(生きたまま解剖)(晒し者)(見世物)(珍獣)頭の中の自分会議がざわつく。おいやめろって、怖いんだって。
 ちっこい方がこっちを向いてすごい笑顔で喋りかけてくる。それを見て一気に背筋が寒くなる。そういやどっかの漫画で笑顔の起源について語ってたっけ。本来笑顔の発祥とは――

「ね、ね!? 生きたまま解剖されて実験台と拷問台にされるのと私の夫になるのどっちがいいですか!?」

 牙をむく行為だと。





■第二話 異世界における異世界フェチの暴走






「お友達からで勘弁」

「駄目です! 二択!」

「献血ならいいんだけど……」

「魔力って心臓の房の内側に発生器官があるんです。異世界人のそれ見たくて」

「寿命で死んだ後は?」

「老いぼれの体じゃ満足できません! 実験台も拷問台も夫も若くないと!
 夫になったら前の2つは免除です!」

「実力行使に出ると言ったら?」

「実は私のおじいちゃんが異世界人でしてね。よ~く知ってるんですよ。特に日本人については」

「自分の爺ちゃんに頼めばいいじゃん」

「自分の身内を傷つけるなんてできるわけないじゃないですか! 早く決めて下さい!」

(どうする?)(好みじゃないけど美少女だな)(ちょっとまてよ、基本的人権が侵されてっぞ)(ここ異世界)(黙って抵抗する?)(よく見ろ拷問器具とか刃物とかある)(なんか炉に鉄棒の先突っ込んでぱちぱちなってますね。焼きごてですかね)(理科室のホルマリンみたいになんかの内臓とか目玉がたくさんある。マジ地下室の黒魔術儀式場)(超怖い)
(2週目開始多数決。夫で)(やっぱ情報がないと? 一応夫。傷つけられるのはやだ)(奴隷よりはマシ。夫一票)(……10倍といえども限界なんて底が知れてる。夫)(モデル体型の人執事服+エプロンって拷問する気まんまんやん。夫)(やべーよ異世界怖いって。夫で)(どうするよ。んー。あそこまで会議して殺し合い避けたのにここで拷問はなぁ……夫で)(夫)(オワタ)

 俺がビビリなのではない。ちょっと他の人に比べて痛いのが苦手で『安全』とか『保険』という言葉が好きなだけだ。

「…………………………………………………………………………………………おっとで」

「じゃあこの契約書に血判つけてくださいね。名前は後から浮かび上がるから偽名とか書かなくてもいいですよ!」

「……………………………………………………………………………………………ハイ」

 詰んでたからしゃーないじゃん。後ろのモデル体型の人もめっちゃ睨んでたし。放り投げこまれた契約書は読めない。ちっちゃい針が紙を貫通してありそれを使えとのことだろう。
 ……しかしここ最近と言うか。2時間以内で随分と理不尽な状況に追い込まれてるなぁ俺。……ああわかったから早く押せばいいんだろ! だからその2.5メートルくらいある焼けた鉄棒をこっちに向けないでください! モデル体型の人の持ってる凶器が怖すぎる。
 急いで針に右親指を刺す。ちくりとした感覚。あんま痛くない。それでも浮かんできた血玉の大きさにちょっと焦る。いかん溢れる。慌てて矢印の付箋のついた丸い円の中に親指を押し付ける。
 ……ああこれで訳のわからん女の夫になってしまった。

 左手に持ってた紙が光り始めて拇印の○の左横にあった線の上に文字が浮かび上がる。ご丁寧に漢字で【佐々木九曜】と。
 力なく持った紙をチビ女に渡す。籠のスキマから出てきた紙をひったくってくりくりとした目を限界まで見開いて紙を確認している。
 上から下へ。3回ほど見なおして。ムフーと満足気に鼻息を漏らすチビ女。
(こっちはすげえ落ち込んでるんだけど)(何この一方的な契約)(異世界人は貴重だから確保に走ったんかね?)どんより落ち込んでも脳内の自分は議論を交わしている。くそこいつら今体に入ってないからって他人ごとのように……! 
 脳内の俺と乱闘でも起こそうかと考えていたら。しかし次の言葉で俺はもう一度驚愕に包まれた。

「これで佐々木九曜とティルミナ・近藤・セイランとジュリア・大神・ラプスの結婚式おーわり! 籠から出して上げますね旦那様!」

「これから末永くよろしくお願いします旦那様」

 モデルの人。あんたもついてくるんかい。





 ◆





「――ですからねこの世界では異世界人って結構珍しいんです。来ても魔物に食べられちゃったり好事家に剥製にされちゃったり。ちゃんと社会的に地位をもってこの世界に溶け込めるのはほんの一握り。あーん」

「……………………………………あーん」

 差し出されたフォークの先に突き刺さったチキンソテーを口に含む。皮はパリッと中の肉は柔らかく噛めば噛むほど旨みが出てくる。この体になっていいとこは10人分、都合の悪いところは1人分というチートっぽい感じの生命体になった俺だが1つだけ消せない欠点が発覚した。
 食事量は10人分が必要らしい。
 睡眠欲だとか性欲とかは制御できるのにさすがにエネルギーだけはどうしようもなかった。
 あのあとなんか魔法の見えない鎖っぽいもの(俺を籠にひっぱったやつ)に引きずられるまま食堂らしきところに連れてこられた。そのあとは主人が座るであろう結構大きめなイスに座らせられた。そのあとは手足を見えない鎖に固定されて身動きがとれない。
 チビ女にされるがままだ。モデルの人は奥に消えては食事を持ってくる。美味いのはいいけどチビ女にいちいちあーんをされるという屈辱を味わっていた。

「私とジュリアは異世界人を家族に持っていましてね。私はクォーターでジュリアはハーフ。この世界では結構珍しいんですよ黒髪と黒目。日本語はおじいちゃんから教えてもらったんです私。普通に会話できてるでしょう!?」

「ああ、はいできてますよー」

「それでですね、それでですね! えっとこの世界を作った世界樹が楽しいことが好きでゲームみたいにしたんだそうです。魔法とかステータスとかおじいちゃんに言わせれば厨二心くすぐられるいいところだって! 厨二ってのはわからないけどステータスは有り難いよね。自分の得意なことがすぐ分かりますし」

「そうですねー」

「特に異世界人ってのは何かしらに秀でていたり通常ではあり得ない発想するから皆の人気者なんです! だから私の旦那様は絶対異世界人の人にしようって決めてて! おじいちゃんがトリップの瞬間なら引きずれるっていうから毎日ずーっと待ってたんです! はいあーん!」

「あーん」

 いろいろとめんどくさくなってきた。まあ拷問と実験台にされるよりはまだましなはずだ。あの空間の自分会議で彼女欲しいとは言ったけどさあ……。俺の右隣に座っているチビ女、ティルミナを見る。烏の濡羽色の黒髪は艶やかで頭頂付近にはエンジェルリングができている。それを肩まで流している。身長は150センチにもいってないせいか全部のパーツが全部小さく、傍目には可愛らしい美人と言ってもいいのだろう。形の良い眉の下にはくりくりとした青目がある。これまたちっこい鼻筋にふっくらとしたアヒル口。笑えばきっとそれだけで空間が華やぐだろう。笑顔の似あう人間だ。不細工ではない。さっきからの言動通りそのちっこい手足を元気いっぱい振り回している。たまにあーんをしてくるが口を開けないとわざと口の周りにベタベタとくっつけてキスを狙ってくる。ええさっきファーストキスを失いました。セカンドキスはその場にいたモデルさんです。もうモデル体型の人って言うのがめんどくてモデルさんと言っています。
 しかしコイツの異世界人好きはどっから来てんだ? 俺らの世界で言うフェチか? 確かにあの世界でも異世界小説好きな人間は沢山いたけどさあ。世界を超えてまで会うとは思わんかったよ。

「それで今どこまで喋ってましたっけ? えーと、んーと。なんだろいっぱいおしゃべりしたいのに話題が出てこない!」

「じゃあ質問いい?」

「いいですよ! 旦那様にならなんだって答えちゃいます! やっぱり妻の3サイズは気になりますか!?」

「言語って何語よここ」

「す、スルーですか旦那様!? ラテン語です。おじいちゃん曰くそう言ってました」

「はあ、ラテン語かあ。勉強しなきゃなあ」

 独自言語じゃないだけまし? この世界の常識がどうなってるのかわからないからしょうがない。さっきの話だと人間とか他の種族を“駒”として動かす遊びを見たいからこんな世界になったとは言ってたけど。俺という例があるなら昔からトリッパーはそれなりにいてこっちに知識を持ち込んでいるのかもしれない。
 現にさっきできた嫁さん2人は異世界人の血を引いてるらしいし。脳内会議開始。俺って幸不幸どっち?
(0からのスタートに比べれば……幸せ)(奴隷もあり得たんだ。幸せ)(拷問回避。幸せ)(衣食住ゲット。幸せ)(どストライクじゃないけどどっちも美人。幸せ)(少なくともまだ文明的。幸せ)(飯は意外と美味い。幸せ)(異世界トリップのなかではまだ上等。幸せ)(俺の名前。不幸)
 モジャは不幸自慢すんな。
 チビ女、ティルミナが興奮して語りかけてくる。こんなに元気なちっこい美人は初めて見る。

「私とジュリアがちゃんと手取り足取り腰取り教えちゃいますよ! 女教師モノですね!」

「ジュリアは似合いそうだけど、お前はちっこいからなあ。小学生のスーツってかなり倒錯的だな。あと俺ロリコンじゃねーし」

「女教師と言えば裸ローブじゃないですか! くぅー! この何言ってるのか分かるようで分からない感じ! まさしく異世界人との会話ですね! 最っ高ッ!!」

「伝わってねえのかよ!」

 訳の分からないところで興奮しているティルミナ。もうコイツは俺に何を求めてるのかわからん。クソ、そろそろ変われ脳内の俺!
(やだ)(今誰だったっけ?)(自己申告制だしなー)(VIPの名前+「」だったら一発だったのに)(俺アジーン)(モジャ)(モジャ)(モジャ)(モジャ)
 半分位嘘ついてるってどういうことだよ! クソが! 切り替えは相手の、自分の切り替わる名前を知ってないとできない。というかあっちの同意がないと無理。暇つぶしとか精神の切り替えによるメンタルのタフさだとかは手に入れることができた、多分十分チートなんだが……。同時に自分を愛する心を持ってないとこれほど頼りにならない相手もいない。個人個人で精神を強く持たないと駄目だ。慢心で死ぬ。

「くよーさん? くよーさーん!?」

「ああなんだ俺はロリコンじゃないぞ!」

「わ! びっくりした。あとロリコンってなんですー?」

「幼児性愛者。ロリータ・コンプレックス。別名ペドフィリア。イエスロリータノータッチという信念を突き通す紳士も中にはいるが俺はそうじゃない。ぶっちゃけ妻のお前相手に生殖器は多分反応しない。ジュリアも美人過ぎて気後れする」

「そ、そんな!? う、うう嘘ですよね!? ほ、ほーらこんなにおっぱいあるんですよー? 前の職場でチビ牛と呼ばれたこともあるんですよー?」

「自虐的なのか自慢なのかよくわからんな。お前からはどうかわからんが知り合ってからまだ1日すら立ってない相手にどう接すればいいかわかんないから黙るわ」

「そういう時こそもっとおしゃべりして理解を深めないといけないじゃないですかー!
 わ、私だって努力したんですよ!? ジュリアにそのスタイルの秘訣を聞いたり毎日ストレッチしたり!
 レベルだって30超えてるんですよ! 熟練魔導師ですよ!」

「それのどこがお前のセックスアピールに繋がるのか俺には残念ながら伝わらない」

 訳のわからない主張は聞き流す。情報はきちんと拾って脳内会議に題材にする。
(レベルがあるんだとこの世界)(テンプレだな)(しかしせっかくの異世界トリップ)(このくらいの変化があったほうがいいか)(嫁さんもついてきたしな)(人ww生wのwww墓ww場w乙)(鏡ww見ろっていうwww)(いちいち口でわらわらいって草はやしてんじゃねえぞぶっころすぞ)(……虚しい)《だな》
 wはわらと呼んでる。頭の中で自分の声が響くのでいちいち口にしないと伝わらない。そのうち♪とか出てきてもいちいち口にしないといけない。文字で浮かび上がるチャット制ならもうちょっと自由度が上がったんだが。
 一人脳内会議で現実逃避をする。確認だがなんかこの世界は前よりやたらカオスになってるらしい。神話(神様から伝わった話)ではこの世界を作った上位存在が遊びたいがゆえに作られた世界だそうだ。ちなみに上位存在≠神ね。神は種族として存在してます。この世界に生きるもの全てが“駒”としての側面を持ってるらしい。レベルもステータスもそのせいで生まれたものだと伝えられた。……大規模VRMMOじゃねーだろうな? しかし人間にそういうの伝えてもいいんだろうか。どっかこんなの現実じゃないとか言い始める異世界人とかキリスト教信者とかいそうなもんだが。
 そう考えるとなんかウソっぽいような騙されたような感じになってくる。根拠の分からない好意ほど怖いものもない。夫にならなければ拷問すると言い放った女だ。……いやあれはブラフか。絶対に夫にしたいから言ったのか? しかし疲れた。急な展開に他の俺もぐったりです。
(嘘つけ)(お前一人に押し付けたからまだ笑ってられる)(ガンバ)(しかし異世界に来てからの最初に知り合ったのが異世界フリークとは……)(運がいいのーこれって?)(さあ?)(奴隷スタートよりはまだまし?)(しかし嫁はロリ巨乳と)(怖いくらいの美人)
 早くバトンタッチしたい。会話ももう疲れた。しかし腹が減っている。籠から出た時に耐え切れなくて腹が減ってるといったのは俺だ。
 差し出されるフォークを口にして最後のチキンソテーを咀嚼する。この体。存在は1~10人までなら都合よく部分的に色々な出力を変えることができる。視力10倍とか脚力5倍とかは簡単だ。しかしティルミナがうれしそうに言った情報ではこの“鎖”は存在に対応して強くなったり弱くなったりするらしい。10倍の膂力も存在力も意味が無い。そして見えないから壊しようもない。

 はあ、ほんとどうしよ。





 ◆





 食事を終えてリヴィングルームに移動した(されたともいう)俺たちは向かい合ったまま誰も動いてなかった。
 3すくみなのか? この状況? 一人用のイスに俺が座り90度横にした3人位座れるソファに女子2人が座っている。
 適当に口を回しておくか。鎖を外してくれるかもしれんし。

「そっちの俺に対する要求ってなによ」

「アタシは一生を添い遂げることです!」

「私は特に……」

 ティルミナはいつも元気がいい。無邪気な笑顔を見せてくる。しかしあまり会話をしていないジュリアは別だ。飯を作ってくれたのはコイツだが美人過ぎてこっちがビビる。すくみ上がるというべきか。あのイケメンと美女を前にした時の自分が責められてるような感覚とも言うべき緊張が俺にはあった。
 ダボダボのローブを腕まくりしたり引っ張ったりしてティルミナは落ち着きがない。たいしてジュリアは執事服をびしっと着込んでソファにも背をつけてない。

「そうか。結婚することがお前らの目的だったと?」

「ハイ!」

「そうです」

「しかし、異世界人であるってだけで結婚してもよかったのか?
 俺の顔は人並みだし、まあ体はわからんけど……
 そんな性格とか相性とかすっ飛ばしてもいいもんなの?」

「相性がいい人を釣ろうと陣に指定してましたし触媒は私とジュリアの血だったのでもうバッチシですよ! そんな気にしなくてもこんなに可愛いお嫁さんが2人転がり込んできていいじゃないですか!」

「私は優しい人なら……」

 ティルミナはジェスチャーを使うことが多い。全身を使ってこっちに意志を伝えようとしているのか。その有り余る元気と余裕を分けてもらいたい。他の9人に渡して変化をつけるのもいいかもしれない。
 ジュリアはなんか外見からするともうすごい。黒髪黒目だが長いまつげに綺麗な瞳。理想を体現したような顔のパーツ配置といいこっちが恐ろしくなるほどの美人だ。睨まれて『跪け』と言われたら男の半分はそれだけで服従を誓いそうな容姿だ。もう半分は罵倒を引き出すためにちょっと反抗する振りするだろう。すごい生まれつきの上品さとカリスマ? 威圧感を持ってるにもかかわらず口から出るのは遠慮がちな台詞ばかりだ。内面と外のギャップが大きいのか?

 深くため息をついてイスに持たれこむ。異世界ファンタジー製のイスはそれなりにクッションがふかふかしていて座っていて気持ちが良かった。
 プラス思考でいこう。真面目に考えててもしゃーない。
 最悪死ななければいいし。奴隷なんかにされなくてよかったし。嫁さんも2人手に入ってよかったし。脳内会議では出歯亀のように俺が俺をいじってくる。結婚したならプロポーズしろ! とかいいじゃんこの幸せ者め! とか熱いねえ、ほんとにねえとか他人に愛されていいことじゃんとか煽ってくる。お前らのことでもあるんだっつーのに。そういや……2人?

「なあ、この世界の結婚制度ってどうなの?
 前では一夫一妻制だったんだけど?」

「こっちでは制限なんて何もないですよ。同性同士でも大丈夫ですし。子をなせる異種族同士とかでも結婚とかありますし、神様も産めよ増やせよ! って感じです」

「私の父さんは異世界人で、母さんは神狼ですし大丈夫です」

「はーそうなんだ。まあいいや。身の危険? も無いだろうしいいよ。そっちが飽きるまで付き合うよ」

 それを聞いてぱあっと笑顔になるティルミナとうっすら微笑むジュリア。どちらも美人だ。まるで花開くように笑う様は見ていてこちらもつられて笑顔になりそうだ。
 ちょっと変な形だが、こうして俺は結婚した。





 ◆





 お見合いなんかとは比べ物にならないスピード婚を経験して嫁さん2人をゲットした佐々木九曜(26)です。
 異世界トリップ婚ですかね? この場合。そうなると不安なのが職について無いんですよね俺。無職だし、文明が発達していれば税金は必ず納めないといけないだろう。
 魔法も習得したいし観光もしたい。今度はしっかりと寿命を使いきりたい。突然死んでたと言われたのはちょっとトラウマになっている。
 しかしこういう都合の悪いことを考えていると目が冴えてくるというかなんというか。その。この屋敷ぼろっちいです。あばら屋とは言わない。きちんとした屋敷の作りで手入れもされているんだけど……。小手先の技術で延命を必死に頑張ってる有様だ。調度品や絵画、壺、花瓶などが見当たらない。なんか心の中に雷雲が集まってきてゴロゴロと不安な音が鳴り始める。思い切って聞くしかない。

「なあ、なんでこの屋敷こんなにボロイの? 
 憶測だけどそんな異世界トリップの瞬間に成人男性一人を引きずり上げるほどの魔法ってそんなに簡単なものじゃないだろ?
 なんか陣? のある場所もすごいごちゃごちゃとしたモノばっかだったし。いやこの世界の常識知らないから外れかもしれないけど」

「超のつく高等技術ですよ。さすがに次元干渉とかやると魔力枯渇で死にますけど。
 今回は世界が揺らいだ一瞬にその存在をこちらにたぐり寄せて、それが指定された条件に当てはまるかどうかも判別する儀式魔法ですし。おじいちゃんの発想と私の腕前がなければこの世界では他に使い手はでてこないでしょうね」

「私もそれを一日中見張ってるティルミナの世話で動けませんし」

「確かにここに来る前魔法の概要を教えてもらったんだけどさ。理論上魔力があればできないことはないんだろ?
 触媒を使うと楽になるとかないの?」

「魔力があればなんでも出来ますけど人間に持てる量なんてたかが知れてますね。
 固体になった魔力も最高級の触媒も必要魔力量を2割減らすとかちょっと効率を良くするとかくらいしか効果ありません。
 量を持ってくればできるということは逆に言うと持ってない奴をふるいに掛けるという意味もあるんです。
 文字通り級が上がるごとに必要な魔力量はケタ違いになります。
 魔法の階梯は10階梯あるんです。数字の少ないほど位が高いんですが人間ができるのは3、準3、4、準4、5、準5の6つ位です。精神、魂、体のどれかを犠牲にしても準2階梯に届くかどうか……」

「今回は3階梯の高位と判別しても構わないくらいの大儀式です。
 しかもずっと見張るという構成を含んでいたので土地から魔力を引き上げるタイプの長期間魔法。これは役所に届出が必要になります。税金として経費が増えます」

「お前らがなんかすごい魔法を使って俺を呼び寄せたことはわかった。その魔法を維持するためにも結構な金額がかかってることもわかった。
 で直截聞くぞ。貧乏なん?」

『合計87億Pecの借金で首が回りません』

「おい、結婚直後になんてこと言いやがる! 
 俺まだこっちに来てから3時間くらいしか経ってないのに借金返済生活が決定してんのかよ!? 
 首が回らないってお前ら親や爺さんに教えられた日本語でそんな事言って悲しくないのか!」

「アタシだって借金なんか嫌ですよ! 今じゃもう周りではおじいちゃんしかお金貸してくれませんし!
 ジュリアのサポートなかったらとっくにミイラになってる自信ありますよ!
 ホント周りはロマンをわかってないです!」

「それでも旦那様が来てくださってもう魔法を維持しなくてもいいのは有り難いです。
 本当に涙が零れそうです。有難うございます、本当に有難うございます……!」

 ぷりぷりと俺じゃない何かに怒ってるティルミナと真顔になってこちらに頭を下げてくるジュリア。
 特にジュリアがヤバイ。めったに語気を強めないだろうに必死に感謝の気持ちを伝えてきた。
 借金は嫌な思い出がある。間違って一括ではなくリボ払いを選んでしまった時のあの生活の思い出。利息を計算した時の真綿で首を絞められるようなあの苦しさ。今でもずっと後悔になって心に黒いシミを作っている。
 塩パスタはもう嫌だ……!
 きっぱりと言い切る。

「どれだ」

「へ?」

「はい?」

「この世界で一番稼げる職業はどれだ?
 さっさと借金返すぞ。返し終わって金貯めて結婚式すっぞ。」

 ……少しだけ恥ずかしいがプロポーズの言葉。これでいいんだろ俺。分かったから脳内でヒューヒュー言うのをやめろ!
 ……反応が無いのが困る。時間が経てば経つほど顔が赤くなっていくのではないかという錯覚。やっぱめちゃくちゃ恥ずかしい。
 ちらりと反応を伺う。
 ティルミナはそのくりくりとした青い目を見開いていた。目の端にはうっすらと涙が浮かんでいる。ジュリアは顔を真っ赤にしてうつむいていた。
 恥ずかしくて声を出してごまかす。

「嫁。返事」

「……ハイッ!」

「……はい」

「……よろしい」

 こうして俺の異世界トリップは始まった。

 

   

――――――――――
あとがき
一話一万字を目安にしてるのでまったり行こうかと思います。ストックもあんまないし。
ヒロインは皆が思ってる『どうして俺の部屋にエルフ耳の美少女がトリップしてこないんだッ!』という願望をこねくりまわして出来上がりました。
異世界ファンタジー版ヴァンドレッドとでも言うべきか……。
新機軸異世界トリップ婚がテンプレに入ることを祈って。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026312828063965