「喜べお前達ぃ。次の任務はCランクで或る人物の護衛だ。波の国まで行って橋作り終わるまで――」
青桐カイエが生き生きと任務の内容を説明し終える前に、私達三人はカイエの脳天気な頭を引っ叩き、物凄い勢いで彼を引っ張って壁際へ強制連行する。
「阿呆か、テメェは!」
「……あー、カイエ先生。もしかして忘れたんですか?」
ヤクモは怒号を上げながら暴言を放ち、ユウナは本当の意味での白眼で冷静に問う。
カイエは私達の意図を察知出来ず、間抜け面をしながら脳裏に疑問符を一杯浮かべている事だろう。
「あん? どうしたんだよお前等。散々Dランクはヤダとごねた癖に」
「カイエ先生、桃地再不斬に勝てる自信あるんですか?」
こめかみに青筋を立てて、私は皮肉全開の笑顔で問い質す。
「誰だそれ――って、あ」
やっと思い出したのか、カイエの顔は一瞬にして青褪める。白霧の中で惨殺される己の姿か、でかい大刀で一刀両断された己の姿を連想したのだろう。
此処が人目の付く任務斡旋室じゃなければ、万華鏡写輪眼で直接体験させるところである。
「さっさとキャンセルして他の貰ってきてください。先生一人が死ぬならまだしも、私達も道連れになるのは御免ですから」
巻の7 努力×根性=修行だってばよの事
「――やっぱり、試験方法は一対一の方が解り易いな。お前達みたいに短所を長所で補い合う理想的なコンビネーションじゃ欠点が見え辛いからな」
下忍任官の試験後、個々の能力を確認する為に一対一の決闘もどきを行った。
決して憂さ晴らしではないが、思うようにやり返せなかったので、鬱憤は溜まるばかりである。
「まずルイ。チャクラの量も質も半端無く、カカシ上忍の指導を仰ぐ必要が無いぐらい写輪眼を使いこなしている。――本来なら開眼したら個別修行して貰う手筈だったがな」
もはやカカシ以上に写輪眼を使いこなしているので必要無いし、本人の希望から暫くは隠蔽する。実力を隠すからにはそれなりの理由があるのだろう。
日向宗家がうちはの落ちこぼれを引き取ったと耳にしたが、彼等の白眼に狂いは無かった。真にうちはの天稟を受け継いだのは――天に最も愛されたのはこの少女なのだから。
「保有する術の数も桁外れであり、状況に応じた術選択は見事だった。……医療忍術も使えるとは先生びっくりだ」
「医療忍術はまだ効率良いチャクラ運用法を確立してないから燃費悪いけどね」
事何気に話すルイ。だが、下忍の身で医療忍者の真似事さえ出来るなど万能過ぎて涙が止まらない。
忍術もその内、千の術をコピーしたカカシの記録を塗り替えるだろう。幻術に関しては忌々しいほど使い方が上手い。将来、どの分野も余りにも有望過ぎてどの道に進むのか、非常に興味深い人材である。
「だが、如何せん身体能力が低すぎる。忍術と幻術は一目見ただけで習得出来るんだから重点的に鍛えるように」
「あいあいさー」
奇妙な体術には及第点をやれるが、女という事を考慮しても身体能力が御粗末過ぎる。もっと鍛えなければ持ち味を生かす前に殺されるだろう。
その点、うちはルイは自身の欠点を熟知しているので、現状で自殺行為に等しい接近戦は何が何でも回避するだろう。
「次にヤクモ。忍術も幻術も全然駄目で本当に忍者かと小一時間問い詰めたくなるが、お前は剣術を極めるだけでお釣りが来るだろう。身体能力とかは下忍の域を軽く超えているしな。本当に人間か?」
「俺だって派手な忍術使いたいけどなー。螺旋丸とか雷遁系の術とか」
黒羽ヤクモは拗ねるが、忍術と幻術が全く使えない一つ先輩のロック・リーより芽がある。
それに馬鹿みたいな身体能力に自己流の剣術が加われば鬼に金棒、凄まじいの一言に尽きる。単純勝負なら三人の中で彼が一番だろう。
「あの刃状のチャクラを性質変化で雷に変えられれば凶悪になるだろうよ。剣の間合いを伸ばすとかやりたい放題だったしな。だがお前はチャクラが全然無い。涙が出るほど少ない。今後はチャクラの保有量を伸ばす修行が最優先事項だ。術系は二の次だな」
「あいよー」
チャクラの使いすぎでガス欠になったのは残念極まる。もう少しチャクラの保有量が増えれば性質変化の修行をしよう。それだけで数段強くなるだろう。
「最後にユウナ。お前に関しては特に言う事は無い。日向の柔拳から発展させた独自のスタイルを貫くといい。弱点の遠距離を補う術さえ考案していたとはなー、先生死ぬかと思ったぞ」
「いえいえ、ご謙遜を」
謙遜など欠片もしていない。日向ユウナは既に自分のスタイルを確立しており、順調に成長していくだろう。欠点らしい欠点も無く、血継限界の白眼もある。言う事無しだ。
ありとあらゆる幻術を無効化し、多種多様の幻術と忍術で縦横無尽に暴れるうちはルイ。卓越した近接戦闘力を誇り、忍者なのに無双の剣技を振るう黒羽ヤクモ。接近戦も索敵もこなし、日向の柔拳を進化させ続ける日向ユウナ。足りない箇所を互いに埋め合う、理想的な班編成である。
「今の内に基礎を更に固め、精進するが良い。後は戦闘経験さえ積めば、来期の中忍試験は楽勝だろうよ」
下手すれば今の時点で突破しかねない、と内心苦笑する。
つくづく今が忍界大戦中じゃなくて良かった。理不尽な死に葬られる事無く、無限の可能性を秘めた彼等は健やかに成長していくだろう。
「……先生、木ノ葉崩しの事を忘れてませんかー?」
「だから原作の内容なんざ欠片も覚えてないと……あー! 音と砂と戦争になるじゃねぇか! それならチンタラ鍛えてられねぇな」
「……広いねぇ、東京ドーム何個分ぐらいかねぇ?」
「私が聞きたいよ、ヤクモ。いっその事、火遁・豪火球の術で焼き尽くしたいところだねー……」
見渡す限り草・草・草。荒れに荒れた農地を前に、私達は溜息を付いた。
初めての任務は案の定、Dランクの塵依頼である。此処から忍者としての経験を積んでいくと言うが、引き受ける依頼を選べよと今の木ノ葉隠れの体制に文句を言わざるを得ない。
「ハハハ、テメェ等の思考なんぞ予測済みだ。貴重な時間をただの草毟りなんかに潰す訳ねぇだろ」
やたらハイテンションのカイエ上忍、此方のテンションは下がりに下がってついていけない。
カイエは大荷物の鞄を漁り、取り出した何かを私達の眼下に突き出す。一体何なんだこれは。
「見よ、ガイ印の根性ベルトだ! これを両手足に巻きつけるように」
開いた口が塞がらない。まさかこの時代に――という表現も変だが――こんな古典的な修行方法をやらせようとするなんて想定外過ぎる。
「……うわぁ」
「またベタな修行方法を……」
ユウナは絶句し、ヤクモは私達三人の気持ちを代弁する。
呆れよりも先に、自分達がやる羽目になるという事実が重く圧し掛かる。
確かに、退屈な草毟りは修行の一環に早代わりだ。……果たして任務を無事に遂行出来るか、心配になってきた。
「……先生、あの、ガイ上忍と仲良いんですか?」
「奴と俺はソウルブラザーだぜ。重しが足りない奴は自己申告するように。余裕そうな奴には自己申告しなくても増やしてやるぜ」
聞いた私が間違いだった。こんな修行法を喜んでやらせるんだから、奴と同類なのは至極当然だろう。
「さあ、こんな任務なんざ一日で終わらせるぞー!」
「「「ええぇー!?」」」
「うぅ、身体全体が痛いぃ……」
「つ、疲れた……」
筋肉痛で軋む身体を引き摺り、何とか木ノ葉隠れの里に帰還する。
持久力など尽き果て、足りない分をチャクラで補い続けた私は全身疲労に陥り、明日まともに動けるか微妙なところである。
「今日だけで重しを三倍にされた俺に何か一言……」
一番後ろで足を引き摺るヤクモから切ない言葉が発せられる。
同情の余地はあるが、するほど余裕は無い。優秀すぎる自身の身体能力を呪うが良いさ。
「……生きろ」
「……ご愁傷様」
私は私なりの励ましの言葉を、ユウナは黙祷を捧げる――いやいや、まだ死んで無いって。眼が死んだ魚のように腐っているけど。
「情けないもやしっ子どもめ。根性が足りん。明日は任務無いが午後一時に集合だ。場所は――」
「今日は崖登りの行だ。チャクラを使って良いが、頼りすぎると途中でバテて死ぬぞ」
未だに昨日の疲れが色濃く残る我が貧弱な身体を恨めしく思いながらも、痛みを我慢しながら見上げるは断崖絶壁の崖。標高何メートルかは考えたくもない。
……おかしいな。私達は忍者だよね? この際、忍者だろうがNINJAだろうが何方でも構わないが、何の装備無く、逆に重し付けた上で命綱無しの崖登りなんて幾らなんでも無謀である。
「束の事をお聞きしますが、重しはつけたままで……?」
「当たり前じゃないかー。まだ寝惚けているのかねぇ、ルイくーん? まぁさかヘタレの根性無しだから登れないとは女々しい事は言わないよねぇ」
更には「あ、ごめん。ルイちゃんは女の子でしたねぇー」と世にも腹立たしい口調で言われ、カイエはぷぷと笑って片手で登っていく。
ムカつく。滅茶苦茶腹立たしい。今まで不可能という壁をとことんぶち破って来た。今回は高く聳えた壁を登るだけだ!
「意地でも登ってやるぅー!」
「まじかよぉ……」
「中忍試験を前に死ぬかもしれない……」
「はぁ、はぁ、やった、登り切ったぞぉー!」
「もう駄目だ……一歩も動けねぇ。なんでルイはあんなに張り切ってるんだ?」
「さぁな、ヤクモ。というか、何度落ちそうになった事か……」
息切れしながら仰向けになり、大の字に寝転がる。
幾度無く落ちて死にそうになったが、私達三人は乗り切り、頂上の開けた場所に辿り着いた。此処から見下ろせる絶景は格別だ。
「休憩したら降りるぞー」
――などと感動する暇も無く、カイエは無情にも言い放った。
そのさも当然の如く発せられた言葉に、私の思考は見事なまでに停止した。
「え……?」
「無理ッ!」
「父上、不肖の息子ですが先立つ不幸をお許し下さい……」
「さあ温泉に着いたぞー、温泉と言えば水面歩行の業だ! チャクラのコントロールを磨くついでに持久力も向上出来るお得な修行法だ。限界まで維持し続けろ、ちなみに湯の温度は六十度だ」
後日、温泉街に連行された私達は湯治の為かと勘違いしたが、余りにも見通しが甘かったと後悔する。この鬼教官め。
つまり、チャクラ切れして茹蛸になれ、と? もはや私達には言い返す気力すら残されていない。
「……昔のジャンプ系のノリだよね、これ」
「まさかNARUTOの世界に来て、この形式の修行をやる事になるとは……」
「……いや、ユウナ。考えようによっちゃ亀の甲羅を背負わないだけマシかもしれないぜ……」
思い思いの気持ちを呟き、私達はがっくり項垂れる。
拒否権は基本的に存在していないので、もはや諦めの境地に達している。
「はいそこッ、やりながら愚痴れ!」
「さー、いえっさー……」
されど人間、過酷な環境にも慣れるものである。
二週間が過ぎ去る頃には身体が順応し、力尽きる事も少なくなった。余裕が見て取れたら重しを増やされるので内心一杯一杯だが。
「そういえばルイ、万華鏡写輪眼の事で疑問に思ったんだが、具体的には何が出来るんだ?」
「あー、確かにそれ知りたいな」
もはや恒例と化した崖登り、その崖の頂上で休憩している最中にカイエが唐突に切り出し、隣のヤクモが気軽に相槌を打つ。
「ユウナ、全方位索敵」
私の意図を瞬時に理解したユウナは白眼を発動させる。
浮き出た眼の周囲の血管か神経を見て察するに、写輪眼のように他人に移植しても使えないだろうな、と一人納得する。
「半径百メートル以内には自分達以外いないよ」
断崖絶壁の頂に何者かがいる方が可笑しいが、念には念である。
私の直感にも何も引っ掛からないので此処での話を第三者に聞かれる心配は無い。その可能性が少しでもあったら言い渋って黙秘するところだが。
「うちはの秘中の秘だから秘密、と言いたいところだけど、三人だけに教えるわ。他言は死んでも殺されても無用よ」
死んだり殺されたりしたら言えないだろ、という三人が抱いた突っ込みを一睨みで一蹴する。写輪眼を浮かべているので冗談では無い事は馬鹿でも理解出来るだろう。
本来なら誰にも知られていないのが理想的だが、多少は此方の戦力を把握して貰わないと任務に支障が出る。生存の確率まで影響が出るので最小限度は知らせておこう。
「普通の写輪眼に関してはご存知の通り、幻・体・忍術の構成を瞬時に見抜き、己のものにする洞察眼と催眠眼を併せ持った瞳術よ。この時点で幻術なんて一目で看破出来るし、この眼を視認した相手に幻術を掛ける事も可能だわ」
魔眼としてはこの時点で最上級の代物である。
もし私がこんなチート性能の眼を持つ敵と戦うなら、砂掛けたり血をぶっ掛けたり、如何なる手を使ってでも迷う事無く眼を潰す。
「この時点でも反則極まりないな。ラスボス級の特権だろ、これ」
「……言えてるなぁ」
カイエの意見にしみじみ頷くヤクモ。まあ私もそう思う。
此処までインチキな眼を持っているのに何で滅びかけているんだ、うちは一族は。オツムが大層足りなかったと見える。
「それで万華鏡写輪眼の開眼者は相手の幻術を瞬時に掛け返せるわ。魔幻・鏡天地転でね」
「ああ、それでか。オレの幻術をその間々返されるとは思わなんだぞ。幻術使いにとって絶望的な瞳術だな」
カイエの言う通り、幻術を主体とする忍者は己の掛けた幻術で自滅するので楽に殺せるだろう。どれだけいるか解らないが、この世界の幻術使いが不憫でならない。
「これすらオマケ程度の能力ですけどね。万華鏡写輪眼の瞳術の一つ目、空間・時間・質量をも支配する精神世界に引きずり込む不可避の幻術、月読。下忍任官試験でカイエ先生に使ったものです」
「あれかぁ、マジで痛かった。棘々のバットで撲殺される経験なんざ味わいたくなかった」
月読の精神空間で行われた撲殺劇を思い出したのか、カイエは不機嫌そうに私を睨む。
その痛い視線に、私はにっこり笑顔で返す。
「精神世界でどんなに嬲っても現実世界では一瞬ですけど、私の意志とチャクラ次第で二十時間でも七十時間でも地獄を体験させる事が出来ますよ。どの程度の時間で精神崩壊するかは試してませんが」
「……な、なんだと?」
殺す気なら殺せた、の間接的な言い回しである。カイエは自分がどれだけ危険な術に嵌ったか、青褪めながら理解したようだ。ヤクモとユウナは顔を引き攣らせながら同情する。
精神崩壊しない限り、幾らでも死を体験させれるから尋問(拷問)も手間要らずだ。今度、機会があれば試してみよう。
「万華鏡写輪眼、二つ目の瞳術の名は天照」
太股のホルダーからクナイを一つ取り出し、無作為に上へ投げる。
宙に舞うクナイを気怠げに視認し――天照を発動させる。
虚空より生じた小規模の黒炎は瞬く間にクナイを灼滅させ、灰燼すら残さず燃やし尽くす。最初から何も無かったが如くである。
「――見ての通り、私が視認した対象を漆黒の炎で焼き尽くす。……これ、写輪眼の力で召喚した魔界の炎なのかな?」
「邪眼かよっ!」
「この黒炎で火龍炎弾にしたらあれが再現出来るが……悲しくなるぐらい無駄だな」
ユウナが突っ込み、ヤクモは浪漫だなと黄昏る。
確かに、あれの再現は物凄く浪漫を感じるが、視認するだけで燃やし尽くせるので、態々竜型にする必要性が欠片も無い。疲れるだけである。
「あとカカシがやった空間歪曲みたいなのも出来る事は出来るけど、タイムラグがあるのに天照以下の性能だから使う意味無いなー。自爆する敵を彼方に葬るぐらいしか用途無いね」
一応使えるから、瞬間移動して界王様と共に爆発に巻き込まれる必要は無い訳だ。
三人にも言い伏せてあるが、須佐能乎の事は完全に秘匿する気満々だ。
殺人的なまでの負荷と馬鹿みたいにチャクラを消費するので実用的とは言えぬが、代償が重過ぎる屍鬼封尽が塵屑のように思える封印術『十拳剣』と、何処ぞの騎士王の聖鞘じみた無敵の盾『八咫鏡』の単体召喚が可能か否かで使い勝手が格段に変わるだろう。
……これは憶測に過ぎないが、まだ私の万華鏡写輪眼には未知なる領域が存在している。使ってない機能を認識する事は出来ないので、現時点では如何し様も無い。
だが、嘗て永遠の万華鏡写輪眼を得て、九尾の狐を従わせたうちはマダラなら実体験として万華鏡写輪眼の先にある瞳術を知っているだろう。
――尤も、永遠の万華鏡写輪眼と九尾の狐という最強無敵の切り札を持ちながら、木遁しか取り得の無かった初代火影如きに敗北するんだから過度な期待は出来ないが。
「つまりルイ、お前は現段階でも上忍級すら容易く葬れる訳か」
「チャクラの燃費が結構悪いから、連戦の場合は支障出ますけどねー」
この三人は羨ましいぐらい才能豊かだ。本当に凡人だった自分とは大違いだと青桐カイエは内心愚痴る。
だが、彼等には自分と同郷の者達ゆえの危うさがある。三人が最も積むべきなのは戦闘経験であり、戦乱の途絶えた現在では滅多に味わえない人殺しの体験である。
第三次忍界大戦に下忍の身で駆り出された時、彼は初陣で二人の同胞を喪った。
才能無き自分より数段優れていた彼等を殺したのは、何て事も無い、殺人への躊躇だった。殺すべき敵を殺せず、逆に呆気無く殺されたのだ。取るに足らぬ敵に。
生き死にの局面に遭遇した時、この三人の子供達は予想外の脆さを見せるかもしれない。――あの時味わった空虚感と悲しみは、もう二度と味わいたくない。
「部下を守り、任務も遂行する。両立しなければならないのが担当上忍の辛いところだな」
その為にも通過儀礼として殺人を体験させる必要性がある。でなければ中忍試験すら乗り切れないだろう。この世界は平和過ぎた日本とは違うのだから。
「何処かに波の国の橋作りのような偽装依頼無いかねぇ」
「――ふざけないでッ!」
某日、土の国。雷鳴が轟く激しい豪雨の中、少女は力の限り泣き叫んだ。
涙が枯れ果てた両の眼は酷く血走り、地を何度も叩きつける両の手は血塗れだった。
「なんなの……一体なんなのよぉ! 私は何もしてないのに、何で何でッ!?」
この世の全てを憎むが如く際限無き呪詛を撒き散らしながら、少女は我が身に降り掛かる世の理不尽さを嘆く。
一撃で地を破砕し、その度に負傷した両の手は、されども一瞬の内に治癒する。
――それならば、そのか細い手にこびり付き、黒く変色した血は一体誰の物だろうか。
「勝手に人の中に埋め込んでおいて化け物扱い……ッ! 望んでないのに、頼みもしないのにぃ……」
ふらふらと立ち上がり、足を引き摺るように歩を進める。
息切れは不規則で激しく、少女は時折癇癪を撒き散らすように樹木を殴りつけ、無造作に倒壊させる。その度に傷つき、痛みで苛立つという悪循環に陥る。
「……五月蝿い、五月蝿いッ! 嘲笑うな、私の中で嘲笑わないでよぉ! 全部、おまえのせいだ。アンタなんかが入っているから……ッ!」
少女は自分自身を抱き締めるように両腕を抱える。上腕部分に突き刺した十指は肉が裂けるまで食い込み、その傍から猛烈な速度で治癒していく。
「やだぁ、死にたくない。殺されたくない――ッ! アンタがいるせいで〝暁〟なんかにも狙われるんだからぁ……!」
少女はひたすら歩く。仲間だった忍の死骸を乗り越えて、その先にこそ救いがあると信じて疑わずに。
「絶対、死んでたまるか……絶対、生き延びるんだ……! 木ノ葉にさえ、木ノ葉隠れの里にさえ行けばぁ……!」
彼女の中の眼無き耳無き魔獣は静かに嘲笑う。
その救いと思われる未来と地獄のような現在に何の違いがあるのか、己以上に盲目暗愚な少女は一度足りても顧みないのだから――。