「漸く目標の一人を確保ですか。流石に骨が折れますね。どうします? イタチさん」
混乱の最中にある木ノ葉隠れの里を疾風の如く走破する影が二つあった。
大規模な水遁で再建中の建物を悉く全壊させた張本人、霧隠れの怪人こと干柿鬼鮫はうちはイタチが横に抱える気を失った少女を見ながら、世間話でもするような気軽さで尋ねる。
「一度引くぞ。オレ達は戦争しに来たんじゃない。これ以上はナンセンスだ」
「まだまだ暴れ足りないですが、仕方ないですね。二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますし」
その言葉は半分本音だった。大蛇丸の木ノ葉崩しで半壊しているとは言え、五大国で最も強大な隠れ里を強行突破したのだ。仕留め切れなかった取り零しが予想以上に多い事実に、干柿鬼鮫は頗る不満と苛立ちを募らせていた。
それでも渋々納得せざるを得なかったのは、うちはイタチが抱える少女、うちはルイが原因である。
この少女の特異性は、尾獣の蒐集を第一とする彼等『暁』が二人の人柱力より優先した、その事実が全てを物語っているだろう。
「それにしてもこんな少女が貴方と同じ眼を持っているとは。全く、貴方達『うちは』は末恐ろしい一族ですねェ……」
今は気絶していて年相応の無力な小娘に過ぎないが、万が一目覚めてしまえば――うちはイタチと同じ眼『万華鏡写輪眼』の脅威に晒される事になる。
その瞳術が精神世界を支配する『月読』にしろ、対象を消し炭にする『天照』にしろ、干柿鬼鮫にとって天敵に等しい攻撃手段であるからだ。
相手のチャクラを削り取って自身のものとし、無限に再生して無限に活動出来る干柿鬼鮫にとって、精神を殺す『月読』には何の抵抗も出来ず、対象を焼き尽くすまで絶対に消えない『天照』では折角の再生力も無意味と化してしまう。
(――出来るだけ早い内に無力化しておきたいですねェ。生け捕りにした獲物に噛まれるのは趣味じゃありませんし)
巻の41 ルイが攫われ、木ノ葉隠れに激動が渦巻くの事
――また、まただった。またもや黒羽ヤクモは大切な人を守れなかった。
一度目は実の妹を目の前で殺められ、二度目の大蛇丸でこの因縁を克服したと思いきや、三度巡ってヤクモを絶望のどん底に叩きつける。
『一度辿った結末は絶対に変えられない』
何度回避しようとも、巡り巡って、必ず同じ結末を辿る。もう一人のルイの言った通りになった。
「何ぼさっとしてるんだ! 正気に戻れヤクモッ!」
無限の後悔が渦巻く中、錯乱したヤクモを現実に戻したのは日向ユウナの一喝だった。
「ユウ、ナ……? どうして此処に――」
「そんな事どうでもいい! いいから付いて来い!」
腕を引っ張られ、半壊する建物の屋根に飛び上がり、木ノ葉隠れの里を駆け抜ける。
白眼を発動させているユウナの隣にはコンを右肩に乗せた岩流ナギが、少し先方にはうずまきナルト、奈良シカマル、油女シノ、そしてうちはサスケが先行していた。
「サスケ、今はイタチよりもルイを優先しろ! この意味、解るな?」
「……ッ! お前に言われるまでもない……!」
サスケは軋み上げるほど歯を食い縛り、怒りに我を忘れて独断専行しそうになる自身を必死に押し留める。
一族の仇であるうちはイタチが姿を現した事で、サスケの思考は憎悪と復讐に染まったが、イタチにルイが攫われたとなれば話が違ってくる。
――間違いなく、うちはイタチはルイの眼を狙っている。
一族の仇と最後の一族、そんなのは天秤に掛けるまでもなく――サスケはルイの救助を最優先とした。イタチを殺すのはその次だ。
「ナルト、お前は出来る限り影分身を出して、里の上忍にルイが攫われた事を伝えろ! 自分達が追跡している事も、移動している方角も含めてな」
「おう、任せろってばよ!」
ナルトは即座に印を結び、煙と共に数十体の影分身を繰り出す。ナルトの影分身は散開し、里中を駆け巡っていく。
これでカカシやガイやカイエ、三忍の自来也などがすぐに駆けつけてくれれば御の字だが、里中が混乱に陥っている中、余り期待はしない方が良いだろうと、ユウナは苦々しく判断する。
「――ユウナ、うちはルイには雌の蟲を付着させてある。追跡は白眼の捕捉範囲を振り切っても可能だ」
「……一体いつ付けたんだとは問わないぞ」
いつの間にかユウナの隣まで接近した油女シノは淡々と告げる。
緊急時ゆえに深く突っ込まないが、これでうちはイタチと干柿鬼鮫が四キロ以上離れても追跡可能なのは不幸中の幸いである。
「おいおい、このまま追跡するのは良いが、どうするんだ!? うちはイタチと言えば、手配書(ビンゴ・ブック)にS級犯罪者として指定されている危険人物だぞ! 下忍に過ぎないオレらじゃ100%返り討ちだぜ!」
うちはルイが攫われるという未曾有の緊急事態に黙っていられないのはシカマルもそうだが、だからと言って敵の戦力差を度外視するのは危険過ぎる。
「――ルイは自分達の手で奪還する。諸々の理由で上忍を待つ猶予は残念だが無い」
ユウナは一瞬だけサスケに視線を送り、サスケは苦々しく眉間を顰める。
拉致した事から、すぐに殺される心配は無いが、目的を果たせば即座に始末される。その理由云々はうちは関連の秘密に関わるものらしい、そういう処だろうとシカマルは渋々納得する。
「分の悪い賭けになる。いや、良く見積もっても十中八九、呆気無く全滅するな。命が惜しい奴は、抜けて構わない」
任務の難易度は前回の木ノ葉崩しの時の比では無い。あの時はサスケ救出だったが、今回は大蛇丸を二体始末しろというぐらい無理がある。
そんな任務、上忍どころか今は亡き火影でも達成出来まい。
こういう時、ルイならとんでもない発想から打開策をぽんぽん出して解決してしまいそうだが、その彼女自身が敵に攫われているので無い物ねだりも良い処である。
此処でシカマルが抜けても、ユウナとヤクモとナギサ、それにサスケとナルトは間違いなく行くだろう。シノの魂胆は見えないが――止めなければ、全員返り討ちになりかねない。
例え臆病者と言われても止めるべきでは、とシカマルに迷いが生じた時、隣に走っていた彼はやはり空気を読まずに自己主張するのだった。
「見縊るなってばよ! そんな臆病者はオレ達の中にゃいないぜっ! そうだろ、シカマル!?」
よりによって自分に振るのかよ、とシカマルは心の中で溜息を付いた。
「あー、解ったから騒ぐな。――そう言うからには何か手はあるんだろ? ユウナ」
「己を知り、敵を知れば百戦危うからず。保有する情報があるなら出し惜しみするな」
シカマルの真剣な問いにシノが続く。
少しでも情報があれば、相手が上忍級だろうが一度ぐらいハメれる。奈良シカマルの一族が継承する影縫い系の秘術は、その為にあると言っても過言じゃない。
「全く、作戦の立案は自分の役割じゃないんだがな。全員、走りながら聞けよ――」
「――うちはルイがイタチに攫われただと?」
三代目火影が死去したこの時期にうちはイタチが木ノ葉隠れの里に姿を現すのは、ダンゾウにとっては想定内の出来事だった。
自分を含む里の上層部に"オレは生きている"と忠告し、自身の弟の安全を保証する約定を守らせる為にだ。
だが、それならば何故『二度目』が必要となり、うちはルイを攫ったのか? あのうちはイタチに限って無意味な事をするとは思えない。何らかの意図があると見て間違い無い。
其処に彼が里を抜けて入った少数精鋭の組織"暁"の目的があるのだろう。
(……昨晩の潜入で示唆したのは九尾関連、そして今日はうちはルイ――何故、九尾の人柱力ではなくうちはルイを狙ったのか?)
うちはルイと九尾に接点など皆無に等しい。あるとすれば、その瞳が九尾を使役出来る可能性を秘めているぐらいだろう。
彼女の存在そのモノが彼等の目的を阻害するものだとすれば――。
("暁"の目的は恐らく――尾獣か)
うずまきナルトでもなく、岩流ナギでもなく、二つの尾獣を操れる可能性があるうちはルイを最優先したのは至極当然の選択だ。
そしてうちはイタチにとって他の同族は、万華鏡写輪眼を開眼しているうちはルイは生かしておけないだろう。
将来的にうちはルイが視力を失い、弟に危害が及ぶ可能性をこの一件で完全に摘み取る魂胆だろう。何処までも彼は弟に甘い。甘すぎる。
だが、こんな処でうちはルイを失うのは余りにも惜しい。あのうちはイタチを凌駕するやも知れぬ忍は、今の木ノ葉隠れには彼女をおいて他にいない。
彼の弟も年齢を規準に考えれば優秀ではあるが、天才の名を欲しいままにしたイタチほど突き抜けていない。彼の才覚と比べれば塵屑同然なのだ。
「ダンゾウ様、如何なさいましょうか?」
暗部の衣装と仮面を被った自身の側近が意見を伺う。
言うなれば、今回が最初で最後の機会かもしれない――三代目火影猿飛ヒルゼンの弟子、自来也、綱手、大蛇丸を超える素質を持った忍を手駒に加える事が出来るか否かは。
「フー、トルネ、うちはルイの救出に向かえ。最悪の場合は貴奴の写輪眼だけでも回収しろ」
「「はっ!」」
二人は瞬身の術を使い、音も影も無く消える。
相手がうちはイタチでは少々不安はあるが、"根"でも一、二を争う手馴れを送り込んだ。後はうちはルイがどれほど天に愛されているか、その一点に尽きる。
「――さて、どう転ぶか」
木ノ葉隠れからの追跡を完全に撒き、二人のS級犯罪者は一旦腰を降ろす。
干柿鬼鮫は気を失った間々のうちはルイを厳重に縛り上げ、うちはイタチは呪印が刻まれた布切れでルイの瞑られた眼を覆い、印を結んで堅く封じる。
これで意識を取り戻しても、うちはルイは何も出来無い。干柿鬼鮫は内心ほっと一息付く。
「ほう、うちは一族秘伝の封印術ですか。これで彼女の写輪眼は完全に封じられましたが、イタチさんの瞳術も通用しないようになりましたが?」
「問題無い。何もこの眼だけが幻術の手段ではないからな」
イタチはそう言ってルイの頭部を鷲掴み、意識の無い彼女の体内のチャクラを乱す。
元々この術は瞳術を使う罪人、つまりは同族であるうちはの写輪眼を拘束、無力化する為のものだ。幻術で尋問する手段は他に用意されているのは当然だった。
「……う、ぁ――」
こうなってしまえば、うちはルイがイタチの幻術に屈服し、陥落するのは時間の問題だろう。
「さて、私は周囲を警戒してきますか。早めに済ませて下さいよ、此処はまだ安全とは言い難い場所ですから」
干柿鬼鮫は顔に似合わず気を利かす。うちは虐殺の真実は鬼鮫にとっても興味深い話だが、イタチを敵に回すような愚挙が代償では釣り合わない。
踵を返した直後、干柿鬼鮫の眼下に写ったのは霞むぐらいの速度で繰り出された誰かの靴底だった。
「ッ!?」
不意に強烈な蹴りを顔面に受け、鬼鮫は大きく仰け反りながら後方まで吹き飛ばされる。
何とか倒れずに踏み止まった鬼鮫は獰猛な殺意と憤怒を滾らせて、自身を蹴り上げた木ノ葉隠れの忍を睨みつけた。
「――オレの教え子を返して貰おうか」
青桐カイエは感情を完全に押し殺した状態で対峙する。
最も完成したうちは一族に、霧隠れの忍刀七人衆の一人、一対一でも勝てる見込みが皆無の敵が二人もいる。
現状でカイエが出来る事はルイを取り返す事でも二人を倒す事でもない。現実は非情であり、どちらも不可能だ。
――やれる事は一つのみ、自身の死を前提とした後続の為の時間稼ぎである。