巻の31 変わり行く正史の流れと、変わらぬ結末の事
木ノ葉隠れの里の東口付近では口寄せされた複数の大蛇が暴れ回り、混乱に乗じて侵入した砂隠れの忍との最大の激戦区となっていた。
木ノ葉の忍達は即座に対応し、巡回中の忍や暗部の手練れを総結集させて迎撃に向かったが、その猛攻を完全には食い止められない。戦線は徐々に押され、里の被害は加速的に増すばかりだった。
「――忍法・口寄せ! 屋台崩しの術!」
守るべき里を蹂躙され、後手に回る木ノ葉の忍達が己の無力さを悔やむ中、好き勝手に暴れ回る大蛇の上から巨大な蝦蟇が口寄せされ、その間々大蛇を圧殺した。
「な、なんだこりゃ……!?」
そこから先は開いた口が塞がらないほど呆気無かった。
巨大な蝦蟇は背中の二刀をもって大蛇をばっさばっさ斬り捨てる。
歌舞伎役者じみた派手な出で立ちで、忍者らしからぬ巨体の術者を仕留めようと、形振り構わず特攻した砂隠れの忍達の攻撃は硬質化した髪に防がれると同時にその四肢を串刺しにされる。
また、ある者は近寄る事すら出来ずに、口寄せされた蝦蟇の油で火力が増大した大規模な火遁の術で焼き払われ、近寄る事の出来たある者は掌から生じたチャクラの球体を叩き込まれ、絶命して地に堕ちる。
「がぁ~っはっはっはっ! 異仙忍者・自来也様の天外魔境の暴れ舞ィ! あの世で篤と自慢するが良いわァ!」
瞬く間に敵という敵を平らげ、その者は唯一人で戦況を覆してしまった。
彼を知らぬ者はその規格外さを驚愕し、彼を知る者からは未だ衰えぬ暴れっぷりに驚嘆した事だろう。
彼、自来也に特別上忍のイビキが三代目の居場所を告げる中、ある一つの報告が届いた。その知らせを届けに来た忍は大蛇の群れが押し寄せて来た時以上に慌てていた。
「で、伝令っ! 北の郊外に二頭の巨大生物が出現っ! 一頭は山より巨大な大蛇、もう一頭は六つ尾の巨狼、現在交戦している模様!」
その要領を得ない報告に真っ先に反応したのは他でもない、自来也だった。
(――まさかマンダか? あれを口寄せ出来る者は多々いるだろうが、使役出来るのは奴以外いない。だが、何故三代目のいる試験場では無くそんな処に? 何者と戦っておる……今一状況が解らんのォ)
そして気になるのはあのマンダと交戦出来るもう一頭の存在。そんな強大な口寄せ生物など自来也とて一頭しか持ち得ない。
更には自来也が知る限り、今の木ノ葉にそれほど強大な個体を口寄せ出来る者は残念ながら存在しない。一人いると言えばいるのだが、自分と同じ蝦蟇系統なので除外して良いだろう。
(それに六つ尾――よもや砂隠れが尾獣を戦線に投入したのか……? 在り得ないとは断言出来ないが、それなら何故味方の筈のマンダと?)
思考が拗れに拗れたが、自来也は思い悩まずに一旦白紙に戻す。
事態を推測するには材料が足りなさ過ぎる。三代目の安否は気になるが、自来也の忍としての直感が絶対に逃してはならぬ事態だと切に訴えている。
「――ワシが行く。イビキ、この場は任せたぞ」
「い、幾ら三忍の自来也様と言えども御一人では……!」
自ら赴くと決断した途端、騒ぎ出した顔知らぬ忍に自来也は大きく溜息を吐いた。
四代目を九尾の一件で失って以来、木ノ葉には自分達に匹敵する人材は未だ現れていない。
一人でも生まれていればこの場で手を出す事無く、自来也は安心して大蛇丸の下に一直線で赴けただろう。
――才気は天の采配、それを人に求めるのは高望みかと、自来也は内心自嘲した。
「足手纏いなどいらんしのォ」
その忍の反応を見ずに自来也は飛ぶ。その飄々とした顔の下に揺るぎ無い決意を宿して。
(――今こそ長年の因縁に決着をつけてくれようぞ、大蛇丸……!)
一方、試験場での闘争は収まる事を知らず、砂隠れの忍まで駆け付けられ、流石の木ノ葉の精鋭達も苦戦を強いられていた。
クナイや手裏剣が投げ乱れ、死傷率激しい忍術が飛び交う。
そんな中、一応木ノ葉の上忍である青桐カイエは一切の余裕無く、形振り構わず逃げ回っていた。
「弱い者苛め反対ィー! か弱いオレを付け狙うなんて臆病者の上に卑怯者ォー! 汚い忍者汚いよォ!?」
「テメェも忍者だろうがッ!」
要領得ない罵言を敵の忍に突っ込まれるものの、壁を走りながら逃げるカイエに言葉を返す余裕は無いに等しかった。
(ヤベェ、マジ殺される!? カカシもガイも手空いてねぇし、紅とアスマは二人でイチャイチャしてやがるし……あれ、詰んでね?)
今現在、カイエ一人を追い掛けている忍は十数人余り。彼一人では到底捌き切れる数ではない。
音隠れと砂隠れの忍が仲良く協力して自分を追い詰めてくる、少年漫画の王道的な「貴様を倒すのはこの俺だ!」と言った呉越同舟の光景に、カイエは敵役でやるなんて理不尽だと内心嘆いた。
(……チィ。腰抜けだが、逃げ足だけは一流だぜ)
その一方で追っている忍達は一番弱そうな者を真っ先に狙ったものの、唯の一度さえ被弾せずに逃げ延びているカイエに苛立ちと焦りを隠せずにいた。
他の仲間達は化け物じみた木ノ葉の精鋭達に確実に減らされている中、何時までもこんな雑魚に構っていられない。
構っていられないのだが、逃げ回るだけのカイエに有効な手を見出せず、手詰まりだった。
「――」
音隠れの忍達はアイコンタクトで一つ危険な賭けに出ようと決め――その直後、カイエは何の拍子無くこけた。何かに躓いた様子無く、されど盛大に。
「げぷぼぉ!?」
忍者としてそのドジっぷりと間抜けな悲鳴はどうなのかと全員が思いながら、転んだカイエの下に追っていた忍全員が殺到し、それぞれ手持ちのクナイでカイエの急所を無慈悲に刺し抉った。
「な――何、故……!?」
生々しい肉の感触と夥しい血の臭気は実体である事の証明であり、最期の断末魔さえ滑稽なものだと彼等は嘲笑した。
「けっ、雑魚の分際で手間掛けさせやがって」
致命傷を通り越して過剰殺傷の死骸を一瞥し、次の獲物を目指そうとした時、何人かが看過出来ない違和感を覚えた。
それもその筈だった。其処に横たわる彼は、木ノ葉では本来の用途に使われていない額当てをちゃんと額にしており、更に言うならば砂隠れの印だった。
「身代わりの術だと――あ。ば」
突然の事だった。二人、額当ての下の眉間をクナイで貫かれ、違う二人の首の頚動脈を掻っ切られる。それが完全な不意討ちと成り得たのは外部からの攻撃ではなく、内部からだったが故だ。
「て、テメェ何しやが――なっ!?」
予期せぬ仲間割れに憤慨し、迎撃体勢を取った彼等が目にしたのは、其処で横たわっている砂隠れの忍と同一の姿の忍だった。
慌てて投げられた手裏剣は悉く躱され、その偽者の変化が解けて元の姿に戻る。
「フゥハハハハハーッ、すり替えて置いたのさ! ねぇ、どんな気持ち? 真面目に戦うと思ったの? 馬鹿じゃねぇの?」
カイエはまた逃げながら態々指差し、品性の欠片も無く馬鹿笑いして侮辱する。ご丁寧に人差し指で目の下をさげて、舌まで出して。
「き、貴様あああぁ!」
遥か格下の雑魚に馬鹿にされ、多人数で攻めたのに仕留められず、逆に手酷い被害を出した事実が正常な思考を妨げ、正視すらおこがましい馬鹿顔の腹立たしさは当人達にとっては計り知れないものだろう。
そんな様々な要因が積み重なり、カイエの安い挑発で忍達の怒りは頂点に達して爆発した。
「鬼さん此方、手の鳴る方へー。十二名様御案内ぃー!」
顔を真っ赤にし、血走った眼で一心不乱にカイエを追う彼等は最期までそのあからさまな誘導に気づかなかった。
突如、カイエの姿が消え――その少し先に、彼の姿に隠れていた人物が忍達の眼に入る。
その壮年期後半の人物は着物を羽織った軽装であり、この戦場では明らかに場違いだった。
「――この戯けめ」
無手で無防備な彼を目視し、鴨が葱を背負って現れたと嬉々と襲い掛かった彼等は、自分達がそうであるとは思い至らなかった。
「……は?」
その人物の体全体から放出された膨大なチャクラに円運動が加わり、周囲一帯を吹き飛ばす――分家筋の日向ネジが繰り出した技とは比べ物にならない規模の八卦掌回天となった。
絶死の威力をもっていなして弾き返す絶対防御を前に、クナイや手裏剣などの小手先な攻撃など無意味にして無価値である。
「ぐああぁぁ!」
理不尽な円運動に吹き飛ばされた忍達は遥か上空に打ち上げられ、払い落とされた蝿が如く次々と落下する。
四肢が滅茶苦茶に折れ曲がった者、落下の際に首を在らぬ方向に反った者など多種多様だが、共通する点は誰一人起き上がらない事であり――彼、日向宗家の現当主であるヒアシを中心に、巨大なクレーターが出来上がっていた。
「ごほっ、げふっ……いやぁ、お美事ですな。日向は木ノ葉にて最強っすねぇー!」
「心にも無い事を。貴様がその様ではアレの曲がった性根を矯正出来ぬのは道理か」
「……あれ、ルイに関しては絶賛スルーっすか?」
回天によって削られた地面から、カイエが這い出てくる。
土塗れの顔に咳き込む様など格好が付かぬが、致死圏まで踏み込みながら唯一人生還したカイエをヒアシは高く評価する。
良く良く観察すれば咳き込んでいるものの、息切れはしていない。
先程の攻防も最低限の労力で大多数の敵を翻弄し、自身に葬らせた大胆不敵な手管、並大抵の胆力では実行出来まい。
(――ユウナから回天の特性を知っていたとしても、私の回天の唯一の死角である地下に迷わず逃れるとはな。腐っても元暗部、侮れん男よ。腑抜けた様は擬態か)
一連のやり取りが全て計算尽くかとヒアシが改めて感心する中、カイエは内心汗だくで心臓がはちきれんばかりに暴れていた。
(あ、危ねぇよ、頭掠ったよ! 白眼で見えてる癖に手心加えず吹っ飛ばそうとしたぞこの暴力親父ィ!?)
カイエは内心、壮絶に愚痴っていた。心の内に留めたのは勿論怖いからである。
ヒアシが勘違いして高評価を下していたが、実際は全部行き当たりばったりで、偶然ヒアシがいたからと押し付けた結果である。
(――やはりあのうちはルイの師、一筋縄ではいかないか。やり合うとなるとカカシさん以上に苦戦しそうだ)
一部始終を眺めていた暗部の仮面被る薬師カブトもまた、青桐カイエへの過大評価を更に高めたのだった。
目まぐるしい状況の変化に、うちはサスケは戸惑いを隠せずにいた。
現在進行形で異形に変異しつつある我愛羅に千鳥を放った後、程無く乱入して来たサクラが我愛羅の頬をぶん殴り、衝突した木々を貫通しながら遥か彼方に吹っ飛んで行った光景には、流石のサスケも自身の写輪眼を疑った。
サクラの鉄拳が千鳥以上の威力だと思えた事に少なからず衝撃を受け、その後の怒涛の展開にもついていけなかった。
「――に、逃げっぞォ! みんなってば!」
どうやらナルトは我愛羅と何かあったらしく、単純馬鹿で明快な彼に似合わず、躊躇や恐怖する様が所々に見られた。
「何言ってんのよ!? 最初から何もせず逃げるなんてアンタらしくもない! まさかルイ達の事、忘れてんじゃないよね? サスケくんを救出しても私達が送り狼になったら意味無いわよ!」
「ぐぎゃばっ!?」
だが、それもサクラの止まらない言論と鉄拳制裁で一蹴され、綺麗さっぱり解決する。
あんな尋常ならぬ怪力、味方に叩き込むものじゃないだろ、とサスケの背筋に寒気が走ったのは言うまでもない。
「そ、そうだ、ルイちゃん! こんな奴に構ってられないってばよ!」
いつもの調子に戻ったナルトはとんでもない量のチャクラを練り上げ、辺り一面を覆い尽くすほど影分身を作り上げて――あの状態の我愛羅をも圧倒し、仕舞いには巨大狸と巨大蝦蟇の怪獣大戦となって今に至る。
(……ナルトも、あのサクラまでも……異常なまでに強くなっている)
此処一ヶ月で強くなったのは自分だけじゃない、サスケはその事を強く実感する。一人だけ強くなったと思い上がっていた過去の自分を殴りつけたくなる。
(しかし、ルイの事……? それだけが気掛かりだが――)
今はあの二体の巨頭が周囲を考えずに暴れ回っているのでサスケは考える事を止め、サクラとパックンと共に安全と思われる場所に退くのだった。
一尾守鶴とガマブン太の死闘は周囲の地形を半分以上変え、最終的に生身の対決となり、ナルトが勝った。
「ナルト、良くやったわ!」
サクラとサスケが駆けつけ、ナルトは笑いながら意識を失った。
「パックン! ルイ達の位置は?」
サクラは気を失ったナルトを担ぎ、パックンに尋ねる。
サスケにしてもルイの事は戦闘中にも気になっていた事なので視線を向けるが、パックンは露骨に脅えて言い渋る。
「……駄目だ、行ってはならん! 膨大な火薬の臭いで大まかにしか嗅ぎ取れん。だが、あやつのあの異様な臭いだけは、忘れようとて忘れられん!」
一体この犬が何を言っているのか、サスケは一瞬理解出来なかった。
そんな行ってはならぬ絶体絶命の窮地にルイがいる。その事実がサスケの感情を沸騰させ、冷静さを根こそぎ奪った。
「――ルイは何処だっ! 答えろッッ!」
「お、落ち着けっ! 御主ら下忍程度では……いや、カカシとて三忍の大蛇丸の前では無力じゃっ! 一刻も早くこの場から離れなければ――」
怒りを露にして言い寄るサスケに対し、パックンは一瞬だけ眼を逸らた。
その在らぬ方向、更には遥か遠くを見るような素振りを見て、サスケは大まかな方角を瞬時に推測した。
「……ッ、あの蛇野郎――ッ!」
脳裏に過ぎるのは忌々しい呪印を刻んだ尋常ならぬ忍、あれがルイの前にいるのならば最早一刻の猶予も無い。サスケはサクラ達を置いて全速で駆ける。
「あ、サスケくん!?」
置き去りにされたサクラもナルトを担ぎながら後を追い、制止させる間も無かったパックンは一人で色々と苦悩し、ヤケクソ気味に後を追った。
ルイがテマリを棄権させる為にチャクラを根こそぎ吸い取った結果、撤退するカンクロウの足を引っ張り、サスケとの接触を早めた。
それ故にナルト達との接触まで早める結果となり、サスケは三発目の千鳥を使って呪印を暴走させずに済む。
サクラに至ってはルイとの修行の成果を存分に発揮し、我愛羅の腕に捕らわれる事も無かった。あの時、ルイの写輪眼を目撃してなければ、原作通り磔にされて戦線離脱していただろう。
また、大蛇丸のマンダと六尾が比較的里に近い場所でぶつかり合った結果、その報が自来也の耳に届き、彼の者を走らせた。
幾多の偶然が重なり、ルイにも予測出来ない展開は基点たる彼女を終着点として目指している。
「――でも、哀しいかな。一手届かない」