うちはルイ――三年前に日向宗家に引き取られ、家族の一員となった少女である。
周囲から落ちこぼれの烙印を押されたうちは一族の少女は、されど自分――日向ヒナタと違って、本当は落ちこぼれでは無かった。
能有る鷹は爪を隠す、その諺通りにうちはルイは落第生を演じる反面、家では人目を気にせずに高等忍術を練習がてら何度も撃ち放ったり、奇妙な体術で日向の柔拳と互角以上の攻防を繰り広げたり、常時写輪眼で生活するなど、普段の鬱憤を晴らすが如く羽目を外していた。
一度だけ、落ちこぼれを装う理由を聞いた時、返って来た言葉が「何かと都合が良いから」という自信に溢れた微笑みだった。
「他人から過小評価されればされるほど都合が良いわ。勝手に侮って自ら墓穴を掘ってくれるもの」
周囲の者達から落ちこぼれと蔑まされ、今の自分に自信を持てず、常に劣等感に苦しむ日向ヒナタには到底理解出来ない価値観だった。
落ちこぼれを装う普段の彼女は自分と同じく調和を好み、争い事を避けて他人の考えに合わせる事に抵抗無いが、本当の彼女は他人に全てを納得させた上で我を通す、傍若無人にして揺るぎ無き意思の持ち主だった。
「……どうしたらルイちゃんみたくなれるかな……?」
その在り方は羨望より先に、諦めが先立つ。眩しすぎて直視出来ない。ヒナタは俯きながらルイに問う。
「……えーと、私みたいになったら叔父様やユウナが泣くよ? ――今の自分を変えたい、そういう趣旨なら、言うだけの事は出来るわ」
ルイは若干困惑したような表情を浮かべ、少しだけ悩む素振りを見せた後、真剣味の帯びた顔になる。
悩める子羊を甘言で迷わせて谷底に誘導するのはルイにとって大好きな事の一つだが、既に崖っぷちに立っている者を態々突き落とす趣味は持ち合わせていない。
「誰しも最初は無力だけど、可能性は無限大だわ――天高く舞い飛ぶのも地の底に這い蹲るのもその者の意思次第。まずは自分を束縛する額縁、言うなれば〝自分はこの程度に過ぎない〟という固定概念を木っ端微塵に壊す事ね」
「額縁、を……?」
「そう。今、限界だと思っている壁は自分自身が勝手に線引きした境界に過ぎないわ。超える努力をしなければ超えられないけどね。簡潔に言ってしまえば、出来るか出来ないか、ではなく、やるかやらないかの次元よ」
結局は精神論であり、最初から〝持つ者〟としての発言だとルイは内心自嘲する。
そもそもルイには、天才だの落ちこぼれだの、そのような些事に興味など抱けない。
人によって初期条件が違うのは当然の事であり、足りないのであれば他から補うまでの事。――得てして、王の才能とは他者の本質を見抜いて適材適所に配置し、如何に楽するかの一点に尽きる。
どうしてその柔軟な発想が出来ないのか、他者と自身を比較して劣等感に陥ったり優越感に浸ったりする人種をルイは心底不思議に思う。
「やるか、やらないか――」
ヒナタはルイの言葉に何か感じるものがあったのか、己自身に呟きかけるように何度も口ずさむ。
弱くてちっぽけな人間が理不尽な運命の波に溺れながら足掻く、その様は惨めで滑稽で無様であり――だからこそ、美しい。
そんな奇妙な感傷が脳裏に過ぎったせいか、ルイは余計な事を口走ってしまい、暫く自己嫌悪に陥った。
「――諦めを踏み越え、あらゆる不条理を打破し、鮮烈なほど目映い生命の輝きを放つ。例え力尽きて息絶えても、その尊い意志は他の誰かに引き継がれる。これが、私が憧れたものよ」
まさにうちはルイが体現するものだとヒナタは羨望で打ち震えたが、ルイは絶望を識って穢れた自身では永遠に到達出来ない――忌むべき怨敵達への憎悪で打ち震えた。
巻の17 激闘に次ぐ激闘、日向の宗家と分家が業を競い合うの事
二回戦目、ザク対シノは呆気無くシノに軍配が上がった。盗み取れる術が一つも無かったので、私としては退屈極まる試合である。
三回戦目、ミスミ対カンクロウ。残念だ、私が傀儡師のカンクロウと当たっていたら、本体に化けている傀儡を無視し、傀儡に扮している本体をフルボッコにしたのに。
しかしまあ、砂隠れの御家芸である傀儡の術は確かにこの眼に刻んだ。使いどころがあるかどうかは甚だ疑問であるが。
四回戦目に移る刹那、突如として私の背筋から全身に駆けて鳥肌が粟立ち、身震いが起こる。
「どうしたんだ、ルイ?」
「……嘗て無いほどの悪寒が走ったわ」
まるで、変態オカマ蛇に全身を視姦された挙句、あの無駄に長い気色悪い舌で嘗め回されたような、最悪な気分だ。殺し損ねた事が未だに悔やまれる。
「? まあいいか。次の試合は、と――サクラのいのか」
「見所無いね」
「随分酷い言い草だな。だがしかし、自分達は一体誰と当たるのやら」
上からヤクモ、次が私、最後のユウナは溜息付いた。
今残っているのはカカシ班のナルト、ガイ班のテンテン、リー、ネジ、砂隠れのテマリ、我愛羅、アスマ班のシカマル、チョウジ、紅班のヒナタ、キバ、音隠れのキン、ドクに、うち等三人である。
私としてはナルトと我愛羅以外なら誰でも良い。
前者は理不尽な主人公補正が発生しそうだから、後者は割と本気で行かないと殺されるし、下手に致命傷負わせたら一尾暴走でお陀仏だからである。
「今となっては、アンタとサスケくんを取り合うつもりも無いわ!」
「……なんですってぇ――!」
などと思考している内に下ではサクラが挑発し、いのが憤怒して無駄に白熱している。
「サスケくんとアンタじゃ釣り合わないし、もう私は完全にアンタより強いしね、眼中無し! 私の敵は唯一人、ルイだけよ!」
幾ら手加減させず、全力で戦わせる為にとは言え、関係無いサスケの話を出すのはどうかと――って、あれ? なんで其処で私の名前が出て来るの?
「サクラ。アンタ、誰に向かって口聞いてんのか解ってんの! 図に乗んなよ泣き虫サクラが! ルイだって私の敵じゃ無いわ!」
二人の激烈な敵意が場外にいる私に集中し、観客の視線も私に釘付けになる。
うわぁ、二人とも仲良いなぁ。頼むから無関係の私を巻き込まないで目の前の敵に集中して下さい。
「……何故に私、二人の口喧嘩に巻き込まれているの?」
「……さぁな。俺が聞きてぇよ」
私は心底訳解らず、首を傾げてヤクモに聞いたが、彼はというと微妙な表情してそっぽを向く。
「うっ、なんかさ、なんかさ! サクラちゃん言い過ぎだってばよ。いのの奴もすんげー目してルイちゃん睨んでるもん」
「んー……サクラは悪戯に自分の力を誇示したり、人を傷つける子じゃないから、いのに容赦されたり、手加減されるのが嫌な筈……?」
この二人が醸し出す鬼気溢れる緊張感に耐え切れず、ナルトは割と本気で脅える。それを解説するカカシの方も語尾の疑問符がついて、自信の無さを隠せずにいる。
「じゃあじゃあ、なんでルイちゃんにまで?」
「……あー、うーん、えー……なんでだろうな?」
「カカシ先生、役に立たないってばよ」
全くもって奇遇だ、この時ばかりはナルトに同意する。
四回戦目、サクラ対いの。同レベルでの激闘の末、相討ちになる。
それにしても写輪眼は便利極まりない。術者が自分のチャクラを丸ごと放出して相手の精神を乗っ取る心転身の術の、不可視である筈のチャクラすらこの眼は可視とする。
ゆっくり直進するだけの精神の像を切り裂けば本体にも何らかの影響を受けるだろうし、本当に密偵用の術でしかない。
乗っ取った対象の記憶全てを読み取れるのなら完璧だが、それは無いので全くもって使えない術である。……写輪眼の催眠眼か、月読を使えば完璧な尋問が行えるので私が使う機会は永遠に無いだろう。
「流石は砂隠れだねぇ」
「……おっかねぇ女だぜ」
五回戦目、テマリ対テンテン。テンテンが次々と口寄せの巻物で取り出した忍具の嵐は、テマリの巨大扇子から繰り出される一薙ぎの暴風によって呆気無く蹂躙される。
相性以前の問題である。暗器だけのテンテンではお話にならない。全ての攻撃を吹き飛ばされ、その暴風に呑まれる。実に攻防一体の術であり、使い勝手は良さそうだ。
この風遁のカマイタチの術も美味しく頂いたが、巨大扇子が無い私ではあれほどの暴風は起こせないだろう。まあ風の性質変化のコツを手に入れた事で満足するとしよう。
「六回戦はシカマル対キン……音隠れのか。まだヤバイのが残っているねー」
「そのヤバイものの筆頭が何をほざくかっ」
「オレもルイだけは戦いたくない。てか勘弁してくれ」
六回戦目はシカマルが勝利を納め、七回戦目のナルト対キバはナルトの辛勝で終わる。そして、八回戦目――。
「……あー、ネジ君? 余所見してないで対戦相手に集中して下さい」
「――」
会場はまだ試合が始まっていないのに、心臓を圧迫するような緊張感が張り詰めている。
審判役の特別上忍、月光ハヤテはうんざりした表情で溜息を零す。
その元凶の一つである日向ネジは対戦相手の日向ヒナタに眼も暮れず、上部にいる日向ユウナと睨み合っている。しかも、両者共に血継限界である白眼を発動した状態で、である。
(……非常に面倒ですね。観客に臨戦態勢を取る受験者は初めてです。最初からこの二人の組み合わせだったら問題無かったでしょうに)
ハヤテは如何に収拾つけるべきか、ゴホッとわざとらしく咳き込みながら考える。
日向の宗家と分家の仲が険悪なのは当然の事であるが、此処まで露骨に、しかも同じ宗家の一人をも無視した上で殺意をぶつけ合うとは、と三代目火影を含め、周囲の上忍達も驚きを隠せずにいた。
暫くして、やっと対戦相手であるヒナタを見据えたネジは今までユウナにぶつけていた殺意と敵意を彼女に向ける。
ヒナタは小動物のように脅え、その苛烈な眼力の前に立ち竦む。
「……ヒナタ様、試合を始める前に忠告しておく。この試合、手加減出来る自信は無い。今すぐ棄権しろ!」
「……ッ!」
いきなりの降伏勧告に別方向からの殺意がより一層激しさを増す。
その度にネジの不快度が増大し、身の毛の弥立つ怒気が刻一刻増していく様子をヒナタは全身を震わせながら見ていた。
「貴女は優しすぎる。調和を望み、葛藤を避け、他人の考えに合わせる事に抵抗が無い」
ネジの言葉に意気消沈しているヒナタの様子を眺め、ルイは原作通りにいかないかもしれないなと分析する。
――場の雰囲気に飲まれ、早々に心が折れたかもしれない。大局的に見れば変わり映えしない結果になるが、そうなれば間違い無くユウナのせいだとルイは内心笑う。
「中忍試験は三人一組、だが今は個人戦だ。同チームのキバ達の誘いを断れず、嫌々受験していた貴女なら此処での棄権は何の躊躇いもあるまい」
「……ち、違う。違うよ……そんな自分を変えたくて、私は……」
言い返す言葉に力が無く、その気後れを見逃すほどネジは甘くない。
「ヒナタ様、貴女はやはり宗家の甘ちゃんだ。――人は決して変わる事など出来ない。落ちこぼれは落ちこぼれだ。その性格も力も変わりはしない」
非常に偏った幼稚な意見でも意思が脆弱な者では真理に成り得るかと、ルイは心底から沸き立つ失笑と退屈過ぎる眠気と込み上げる欠伸を噛み殺すのに必死だった。
その猫被りが揺らいだ様子に気づいたヤクモは顔を引き攣らせて苦笑する。
「人は変わりようが無いからこそ差が生まれ、エリートや落ちこぼれなどと言った表現が生まれる。……誰でも、顔や頭、能力や体型、性格の良し悪しで価値を判断し判断される。その変わりようの無い要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。――オレが分家で、貴女が宗家の人間である事は変えようが無いように」
その時、ヒナタの反応が変わった事に、半ば興味を失せていたルイが真っ先に気づいた。
「……ネジ兄さんは、最初から諦めてしまっている、のですね……」
「――ッ!」
ネジは鬼の如く形相を歪ませ、憤怒によって威圧感が更に増す。
されどヒナタはその眼を真正面から見返し、白眼を発動させて日向流独特の構えを取る。あれほどあった脅えは何処かに消えていた。
「いいぞヒナタ! もっと言い返せってばよー! おい、オマエッ! 人の事、勝手に決めつけんなバァーカッ!」
ネジの物言いに苛立ちを溜めていたナルトは此処ぞとばかりに叫ぶ。
本来の流れならナルトの空気を読まぬ一言でヒナタは戦う覚悟をした筈だが、とルイは自分の記憶違いを含めて思い悩み、咄嗟にユウナの方へ振り向いた。
「これは予想外。ヒナタが自発的に言い返すとはね。誰に似たのかしら?」
「……少なくとも自分じゃないぞ。というか、本当に気づかないのか? 間違い無くルイの影響だぞ」
「え?」
やっと冷静に戻ったユウナからの予想外の言葉にルイは素で驚く。
青天の霹靂だと言わんばかりの混乱振りにユウナとヤクモは同時に溜息をついた。
――ルイは敵意や害意には恐ろしいほど敏感だが、それが好意の類になると途端に鈍感になる。まるで好かれる事に慣れていないかのように。
「おいおい、気づいてなかったのかよ。ルイは自分が思っている以上に影響力あるぜ。……此処にも感化された奴が一匹いるだろうに」
ヤクモの視線の先にはルイの右肩に乗っかるコンに化けたナギがおり、彼女は無言で力強く頷いて見せた――。
日向の柔拳同士の戦いは得てして、如何に相手の攻撃を捌き、経絡系にチャクラを流し込むかに終始する。
何故なら掌底一つ受けただけで致命打に成り得るのだ。頑強な肉体を持っていても内臓まで鍛える事は不可能ゆえに。
「ハァ――!」
ネジとヒナタは激しい攻防を繰り広げる。手の甲で捌き、腕で受け流し、立ち位置を常に変えながら二人はチャクラの籠った掌底を繰り出す。
その眼に止まらぬ攻防の一部始終を見届けたルイの写輪眼は、この段階で勝負の天秤が何方に傾いたかを見抜いていた。
(やはり柔拳そのものはユウナより上だね――)
時折掠るのはヒナタの掌底であり、一見して彼女が押しているように見えるが、勝負は最初の時点で決着している。
流れに乗って攻勢に出たヒナタはネジの心臓に致命打を浴びせようと掌打を繰り出す。
だが、ネジも同時に一閃する。その一撃は互いの胸の中央に被弾し――ヒナタだけが激しく吐血した。
「やはりこの程度か……宗家の力は!」
ヒナタは崩れそうになりながらも苦し紛れの掌底を突き出すが、簡単に掴み取られた挙句、腕部分の点穴を突かれる。
「ま、まさか……それじゃ、最初から……!」
ネジはヒナタの長袖を捲り上げる。ヒナタの腕には所々に赤い痣があった。
それは所謂点穴と呼ばれる箇所であり、理論上そのツボを正確に突けば相手のチャクラを停止させたり増幅させたり、意のままに操れる。
無論、誰しも見える訳は無く、点穴を正確に見切れるのは日向の白眼だけだろう。
(最初の時点で突かれていたから、ヒナタの攻撃は全部無効だった。実力差は明確なのに相手の土俵で勝負したのが敗因だね)
もし自分が同条件で戦ったのならば、愚直に近接戦など挑みはしない。
むしろ最初から勝負にならないのだが、と内心愚痴ったところで、自分が在り得ない番狂わせを期待していた事に気づいて失笑する。
ネジはヒナタを突き飛ばし、白眼の発動を止めた上で冷たく見下ろす。
「ヒナタ様、これが変えようも無い力の差だ。エリートと落ちこぼれを分ける差であり、変えようのない現実だ――棄権しろ!」
「……私は、真っ直ぐ、自分の……言葉は曲げない……」
覆せぬ絶望的な差を実感して尚、ヒナタは立ち上がった。
「――私も、それが忍道だから……!」
見るからにふらふらで余力など欠片も無く、咳き込む毎に吐血する満身創痍の身なれども、心は折れていなかった。
「ヒナタ頑張れぇー!」
ナルトの声援がヒナタに活力を与える。
ヒナタは一歩大きく後退し、残された力を振り絞って白眼を発動させて再び構える。
その明らかに誘っているヒナタに対し、ネジは眉間を鬼の如く顰め、白眼を再び発動させる。
(何か策があるのかな? だけど、柔拳が封印された今、手段など無いわね――)
ネジが仕掛ける。数メートルの距離はただの一歩で踏み越えられ、ヒナタの知覚出来ない速度で本気の掌底は心臓部分に叩き込まれた。
――終わった。誰しもそう思った時、ヒナタは吐血しながら自身の心臓部分に止まったネジの腕を死力を尽くして掴み取り、逆関節に極め――ネジの馬鹿げた反応の速さで関節極めは外されたが――腕を一本背負いにして投げ、地に一直線に落ちる頭部を全力で蹴った。
「――ッ!?」
あのネジが地に転がる様を会場の誰もが驚愕して眼を見開いた。
その起死回生の一手を見届けた時、一番驚きを隠せずにいたのは他の誰でもない、ルイだった。
「――嘘、いつの間に盗まれた……!?」
あれこそが体術特化のカイエにしても奇妙と称したルイの体術の一端、『投げ』『極める』『折る』を一連の流れでやってのける、幾多の並行世界で積み重ねた合気道寄りの柔術である。
尤も、同じ体格で且つ無手で交戦する機会など滅多に無いので、万華鏡写輪眼以上にお披露目する機会が無いものであるが――。
「やれやれ、自分が披露する前に。我が妹ながら甘く見ていたが――相討ちには程遠かったか」
ネジは歯を食い縛り、一切の余裕が剥奪された形相で立ち上がって睨みつけるが、心臓への決定打を受けたヒナタは音無く崩れ、地に倒れ伏した――。
試合終了と同時に担当上忍である紅が、そしてナルトとリーとサクラの他に、ルイとユウナが下の会場に降り立った。
ヤクモは飛び降りる直前にルイからコンを押し付けられたので、一人留守番である。
「ヒナタ、大丈夫かオイ!?」
「邪魔よナルト」
「んな!?」
真っ先にヒナタに駆け寄ったナルトを押し退いて、ルイがヒナタを触診する。
その様子を勝者であるネジは勝者らしからぬ顔で忌々しげに眺めていた。
「所詮、落ちこぼれは落ちこぼれだ。変われなどしない……!」
そのネジの吐き捨てた言葉にナルト達は噛み付くが、最初から諦めている者の浅ましい妄言などルイは一片の興味さえ抱けない。素で無視する形になる。
「ユウナ、閉じた点穴全部開けて」
「……相変わらず無茶な要求をする」
「あら、やれないなら先に言って欲しいわ」
「何処に言う暇があったのやら――それに、やれないなど一言も言ってない」
ユウナは白眼を発動させて複数の点穴を突き、停止したチャクラを抉じ開ける。間髪入れずルイはヒナタの身体にチャクラを流し込み、全身に淀み無く循環させる。
チャクラの流れを通常時の状態に戻し、心室細動しかけた心臓の活動を元通りにする。全体の二割ほどチャクラを消費したが、生命の危機は乗り越えた。
「……顔に生気が戻った? ルイ、ヒナタは!?」
「生命に別状はありませんよ、紅先生。医療班の皆さん、後はお願いします」
そのルイの診断に驚いたのは他ならぬネジだった。最後に放った一撃は下手すれば死亡する可能性すらあった。
この場にルイがいなければその通り、緊急治療室行きで生死の境を彷徨った事だろう。
しかしながら、日常的に日向と関わっているルイにとって、この手のケースは幾度無く経験し、最早効率的な治療法が確立している安易なものだった。
(うちはの落ちこぼれが……!)
――忌々しげにルイを睨むネジを尻目に、ルイはネジに一握りの関心さえ抱けず、唯の一顧すらしなかった。
好意の反対は悪意では無い。無関心である。永遠の域まで隔てられた無関心は、時には究極の悪意に勝り、人の自尊心を悪意以上に傷つける――とどのつまりは、今のネジのように。