――――私は座に戻った。
そして、“彼女”に召喚されるのを待つだけだった。どれくらい待ったのかはわからない。なぜなら時間という概念はこの場には存在しないから。
“メドゥーサ”という英霊に統合され、この記憶が無くなったとしても、その世界の“彼”と共に“彼女”を救ってみせる。この想いが“メドゥーサ”のどこかに残っていれば、私はそれを必ず成し遂げみせる。そう自分に誓って座に還った。
それからのことはよくわからない。おそらく“メドゥーサ”に統合され、本来なら“私”の意識など存在しないはずだった。
「――――俺に力があれば!!!」
かつての戦友の声がした。それが“彼”の声だと認識することができた。メドゥーサとしてではない、ライダーとしての私がそれを認識することができた。
彼は力を求めている。
だから私は行かなければならない。“彼女”との誓いを果たすために。
そうして私は二度目の第5次聖杯戦争に、“ライダー”として召喚された。
「――――問いましょう。貴方が、私のマスターで間違いありませんね?」
赤い短髪、小柄ながらも鍛えられた肉体、どこか呆けた表情。私を喚んだであろう少年は、遥か昔に肩を並べて戦った頃と同じ姿。間違いなく彼は衛宮士郎その人だった。
彼は胸部を左手で押さえながら、仰向け気味に座り込んでいた。その手に宿る3画の令呪が赤く光っているのを確認できた。よって彼がマスターなのはほぼ間違いがないが、呆けた表情を見るに聖杯戦争のことを知らない状態なのだと推測する。
「マスター? お前も“使い魔”なのか?」
“マスター”という言葉の意味がわかっていなかったようだ。やはり、今の彼はまだ聖杯戦争について知らない。しかし彼の返答は予想以上にしっかりしたものだった。「なんでさ?」と返されても仕方ないと考えていたため、目の前の彼の評価を改める。少なくとも自分を“使い魔”だと認識している。“使い魔”という認識があっても“サーヴァント”という言葉を知らない様子から、彼は聖杯戦争のことを知らない魔術師という立ち位置にいるのだろう。
「ええ。サーヴァント・ライダー、召喚に従い参上しました。マスター、ご指示を」
目の前の彼は胸部を抑え吐血していることから、間違いなく敵の襲撃に遭っている。今は懇切丁寧に聖杯戦争のシステムについて教えている場合ではなさそうだ。彼の僅かな勘違いを正すことなく、ごく普通のサーヴァントとして当然の態度をとった。わが身ながら白々しい。
「ライダー、そう呼べばいいのか?」
「はい。私は騎兵の枠を与えられたサーヴァント。ライダーとお呼び下さい、マスター」
マスターと呼んだことが効いたのか、彼は私を自らの“使い魔”と認め右手を差し出した。
「ライダー。俺に力を貸してくれ! 俺には、助けたい人がいる」
彼の言う“助けたい人”が桜なのかそれとも他の誰なのかはわからない。しかし私はその瞳に背中を預けていたころの輝きを見出した。彼女が最も苦しんでいたとき、たった2人で戦ったあのときと同じ瞳の輝き。確かに頼りない彼の面影も垣間見える。しかしそれ以上に彼の瞳には信じてみたい何かがあった。
背後に気配が近づいてくる。これ以上時間がない。私は跪いて差し出された手を取り、誓いを口にした。
「了解しました―――これより我が魂は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にあります。――――ここに、契約は完了しました」
スーツ姿の女性が背後に迫る。私と同じくらい背が高く、体格も良い。戦い慣れた者の臭いがする。初めて相対するが、おそらくは敵のマスター。彼女が士郎をこんな姿にしたのだろう。だが、私が召喚されたことに酷く驚いている声色だった。
「この場でライダーを召喚とはどういうことですか!? 貴方は先ほどまでマスターではなかったと? ではランサーと戦っているサーヴァントは一体……」
――――ランサーと戦っているサーヴァント?
土蔵の外に感じる二つの魔力。野獣のように猛々しく、殺意と闘志に溢れた魔力は彼女の言うランサー、私の知っているあの槍兵と同じのものだろう。そしてもう一つ。凛々しく、誇り高い魔力の塊――――これは間違いなく彼女のものだ。彼女が士郎のサーヴァントでないのならば、考えられるのは凛がマスターだろうか? いや、思案する時間はない。士郎に確認するなど、もっての外だ。
瞬時に敵の方へ振り向いて短剣を投擲。
「なっ!」
心臓目掛けて放った短剣は地面に突き刺さる。敵は動揺しながらも鮮やかなサイドステップで右に避けた。そこに前傾姿勢で飛び込み一歩で間合いを詰める。
左ローキック――――当たった。だが、若干浅い。初撃が奇襲でなければどうだっただろうか。彼女、人間にしてはできる。
それでも足払いも兼ねたその一撃は敵の右足の支えを奪った。体を後ろに仰け反る形になる魔術師は苦悶の表情を浮かべる。
「痛っ」
そこに投擲した短剣を鎖で引き戻し、追撃を加えようと構える――――が、敵は仰け反った姿勢からバック転の要領で後方へ跳躍。そのまま退却してくれればいいが、その保証はない。
2回転目の着地に合わせるように、もう一度短剣を投擲した。
しかし短剣は今度も敵を捉えることなく、高い金属音と共に弾かれる。赤い槍を持った騎士、ランサーが彼女を庇う形で間に入っていた。
「バゼット、危なかったじゃねえか」
「ランサー、感謝します」
「そうも言ってられねえみたいだぜマスター」
敵の魔術師は安堵の声を発するが、槍を携えた騎士は目を鋭くさせたまま警戒の色を一層強める。その目線の先にはもう一人の騎士の姿があった。
ランサーと敵の魔術師の左方を取るようにして現れたのはセイバー。影に呑まれて闇に堕ち、かつて私たちと死闘を演じた彼女ではない。“彼”のサーヴァントとして光り輝いていた頃の彼女がいた。
好戦的なセイバーだ。少なくともランサーを仕留めようとするだろう。しかし“器を満たす”速度はできるだけ遅い方がいい。少なくとも、今はまだ。
「ランサーのマスターよ。観念するがいい。これで2体1だ!」
「セイバーとの戦いで消耗した後に2騎のサーヴァント、流石に分が悪いですか」
「ライダー、助太刀感謝する。まさか聖杯戦争が再び始まるとは。私はセイバーのサーヴァント。故あって貴公のマスターを護る者」
士郎を護っているという彼女の言を聞いて安心するが、彼女の言葉にはどこか引っかかるものがあった。しかし、それ以上にランサーの主従は驚愕を隠せなかったようだ。
「セイバーが2騎だと!?」
「クラスの重複はありえない。ですが、それならば、まさか!?」
「気付きましたか? 魔術師(メイガス)。ええ。一つの聖杯戦争に召喚されるサーヴァントのクラスが重複することは、まずありえません。――――私は10年前、この地に降り立ちました」
「おい、今なんて言いやがった?」
「シロウもマスターになったことですから隠し事は止めましょう」
後ろ髪を纏めていた青いリボンを彼女は左手で無造作に取り外す。すると、場における彼女の威圧感が急激に増大した。
「おいおい、その魔力。さっきまでと違いすぎるだろうが、そりゃあ!?」
ランサーは顔をしかめる。それはそうだろう。さっきまでとは2段階ほども違う。圧倒的だ。私にはわかる。あの“黒い騎士王”とまではいかなくとも、それに準じるほどの存在感。
見えない剣を地面に突き立て、勇ましく、そして高らかに彼女は宣言した。
「私は第4次聖杯戦争にてセイバーとして喚び出され、そして聖杯を手に入れた。ランサ―、そしてそのマスターよ。この最強を恐れぬのなら、いざ、死力を尽くして来るがいい。この剣にかけて、貴様等の挑戦に応えよう!!!」
拙い。敵マスターが軽く負傷とはいえ、これで好戦的なランサーが退く理由が少なくなった。彼は戦いを求めて現界した身、最強を目の前にして立ち向かわないはずがない。
何をセイバーは考えているのだろうか。これでは敵が退くどころか逆効果ではないのか。そう思案しているとセイバーが口を開いた。
「ライダー。ここは私が。騎兵たる貴女にシロウを任せます」
そういうことか。きっとランサー相手では2対1でも退かない可能性もありうる。それならば、確実に足止めのできるセイバーが足止めをして、私に士郎を逃がさせる方がベター。そうセイバーも判断したのだろう。ならば、グズグズしているわけにはいかない。
しかし、きっと士郎は逃げることを良しとしない。だから、
「ライダー、アルねえの加勢をしてくれ。俺はこの戦いを止めたい!」
「すみません。マスターそれはできません」
「なっ……ライ、ダー。おま……」
近づいてきた士郎の首筋に手刀を入れて意識を奪う。左手で彼の体を担ぎ、使いなれた相棒を呼び出す。
彼を肩に担いだまま右手で自転車のハンドルを握り、一触即発のセイバーに声を掛けた。
「マスターのことは任されました。セイバーご武運を。しかしできるなら、彼らはまだ倒さない方がいいとだけ忠告しておきます」
「そうか。戦略的のことを貴女が考えているのでしたら一考しておきます。それより早く」
「ええ、それでは」
ペダルを強く踏み出し、“ライダー”になってから扱えるようになった新たな宝具の真名を解放する。
「自転車2号(ライフ・サイクル)」
桜色の閃光と共に、漕ぎだした相棒は一気に最高速に乗った。
そして、新都と深山町を結ぶ橋の下まで無事に辿りつく。途中、金色の何かを轢いた気がするがそれは大したことではないだろう。セイバーは心配しなくても良いはず。あとは士郎の眼が覚めるのを待つだけだ。知っている第5次聖杯戦争との違いを整理する。そして今日も苦しんでいるであろう彼女に思いを馳せた。
「桜、必ず私たちが貴女を救ってます。英霊“ライダー”――――この真名にかけて」
◆◆◆◆おまけ◆◆◆◆
「あれはライダー!? アイツの姿が一瞬見えたけど、まさか彼がマスターだったなんて」
「僕を盾にするなんて酷いです」
「だってアンタ耐久Bじゃない」
「そういう問題じゃないですよ」
「そういう問題よ。大体ケガ一つないじゃない。良いから黙りなさい」
「ううっ」
「それにしても、彼がマスターであることに気づかないで助けた私の“うっかり”も酷いけど――――恩人の私たちを轢くなんていい度胸してるじゃないアイツ」
「もしかしてアレですか、お姉さん?」
「殴っ血KILL」