はじめに。
拙作は表題の通り十年一昔なんて言葉が当て嵌まらんとしている実況パワフルプロ野球9を題材としており、そのヒロイン候補であった四条澄香がオリ主との思い出を淡々と物語ります。(2012.7.18 に発売十周年を迎えています)
なお、実在の地名及びプロ関連の人物名はモデルとしての登場であり、一部に原作と異なる点が有りますが、正にチラ裏(2012.1.4 その他板移設)と言うべき脳内設定ですので誤表記ではございません。また、演出の1つとして顔文字の使用が間々有ります。お目汚し失礼致しました。
【 …ファールボールにはくれぐれもご注意下さい…ファールボールにはくれぐれもご注意下さい… 】
~暁の軌跡~ #1
俊足巧打。守備の名手。バント職人。一般的に二塁手とは大体こんなイメージではないだろうか?
強打のセカンドと問われた時に、貴方はどの選手を思い浮かべるだろうか?
東京都下の或る町に、足も守備も月並で、左投げなのに右打ちで、それでも私好みの原石が転がってたので追ってみた。
もしかしたら、おいおいコイツを忘れてないか?なぁんて言われるぐらいの男になるかもしれない、と。
【影山秀路著・フーテンスカウト回顧録より一部抜粋】
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「ちょっ、おまっー…捕ったァァァァァァァァァ?! 」 ∑( ゚ Д ゚ ;)
彼を初めて見たのは入部試験の時だった。
私の母校である暁大學附属学園高等部には、世間一般の私学と同様に広告塔としての付加価値を認められた硬式野球部が存在する。
その情熱たるやスポーツ特待生用の学生寮から夜間用照明付の専用グラウンド、果てはスポーツジム並のトレーニングルームを備えるまでに至る。その為、レギュラーの殆どはセレクションにて選ばれたエリート候補生の集まりであり、他県からの野球留学生も非常に多かった。
一般入試の生徒が入部を希望したとしても入部試験で徹底的に篩に掛けられ、千石監督のお眼鏡に適う人材がホンの一握りだけ、数合わせ程度に入部を許されるのみ。
補欠でも3年間楽しく野球をやりたい人間には、他校への入学を強くお勧めしておく。私はその数少ない一般入部生である兄との縁で、マネージャーとして入部していた。
「ストライク、バッターアウトっー…53番、不合格だ。次!」
強豪・暁大付属の門を叩くだけあって、グラウンドにはそれなりに自信のある人間達が集っていた筈だが、その年の試験は例年と比べても特に辛辣だった。
何しろ実技試験での対戦相手はAA世界野球選手権優勝投手で、打っても4番のスーパーヒーロー。
本人は駆け引きの欠片も無いデモンストレーション用の投球、なんて嘯いてはいたけれど、小気味好く三振の山を築くピッチングは傍で観るギャラリーを魅了する。
翻ってバッターボックスに立てばその豪打で、マウンド上と側らで見守る同級生達のプライドを、粉々に打ち砕いた。
「この男には、一生敵わない」
たった1打席でも、そう痛感するのには充分過ぎる経験。マスコミが勝手に貼り付けた“マウンドの貴公子”なるキャッチコピーは伊達じゃない。
私が球団スカウトなら身も心も故障ナシで卒業してくれれば御の字で、指導者も変な癖を付けさせずに基礎を固めてくれれば万々歳。名伯楽だと賞賛するし、ワシが育てたと吹聴しても咎め立てはしない。猪狩守とはそんな選手だった。
元々基礎能力とメンタル面を視るのが主で、打てる打てないはオマケ程度。だけど長打性の当たりを放ったのは彼が最初で最後で、良いトコロを見せようとダイビングキャッチに失敗した負傷退場者に代わり、急遽センターに入った八嶋中の美技は今も忘れない。
「ちくしょーめぇぇ!空気嫁ねェ中坊なんざ大っ嫌いだバーカァァァ凸 」
姓は十と書いてヨコタテ。名も十と書いてツナシ。実際にフルネームを知ったのはもっと先の話だったが、実に変わった名前なので憶え易かった。
特に大きくも小さくも無い平均的な身長で、痩身でもアンコ型でも筋肉質でも無い。坊主頭に体操着の後ろ姿は他の入部希望者と全く見分けが付かず、中肉中背とは?の答えに打って付けの体格。
ただ、見るに堪えない不格好なバッティングフォームでセンターライナーを放つと一目散に1塁ベースを掛け抜け、セカンドに到達した辺りで悔しそうに叫ぶ姿が強く印象に残っている。
――89番、合格。
ごく平凡な成績ながら監督の琴線に触れた彼は一般入部生1番乗りを果たすと、アッと言う間に2軍メンバーでも中心的存在へと登り詰めて行った。
入部試験の結果が示す通り、特段身体能力がズバ抜けている訳では無い。誰もが舌を巻くほど真摯に野球と向き合ってる訳でも無い。非科学的な表現になるけれど、人蕩しと言うか、神懸かり的に要領が良い。誰とでも時を措かずスグ打ち解けてしまうのだ。
「やぁ、今日もキャッチボールかい?それともノックがご所望かな?」
「押忍!ごっつぁんですキャプテン!!」
「行くぞヨコタ、今日は神社で階段ダッシュだ!」
「サー!イエッサー!」
「…zzz」
「‥‥‥(ウホッ!精神力みwなwぎwっwてwきwたwww )」
具体例を挙げれば先輩後輩関係無しに誰もが煙たがる五十嵐権三とは1軍2軍の垣根を越えて師弟みたいな間柄になっているし、いつも飄々として捉えドコロの無い九十九宇宙からも妙に気に入られてサボリ(本人曰く精神修行)仲間になっている。
周囲の評価はおのずと千石監督の耳にも届き、一般入部者としては異例となる5月末の1軍昇格試験に参加が許されると、アッサリと結果を出して見せた。
それも、監督自身と周囲を納得させる為に送り出された難攻不落のエース・一之瀬塔哉(本名:一般的に広く知られる塔矢は登録名)を相手にしての話だ。
何故?抜群の制球力でコースを突く140km/h超の直球と、多彩な変化球で幻惑する投球術は初見の新入部員が易々と攻略出来る相手では無い。秋には競合必至、特Aランクの大型左腕なのだ。
「オレ、左キラーだし。対左◎みたいな?」
折を見て本人に聞いても不可解な回答しか得られなかった。
感覚的に左投手の方が得意だと言いたかったのかも知れないが、もしかしたら陰で試合VTRを入手し、秘密裏に調査を…何を馬鹿な。仮に昇降システムの内容を知っていたところで、その為だけに自軍のエースを研究して何になる?
通常であれば一般入部の彼が1軍昇格試験のチャンスを掴めるのは早くても3年生の引退後。結果云々より十十の名が呼ばれた事、それ自体がサプライズなのだ。
「1勝1敗だッ、入部試験の時はボクの勝ちだ!」
「ハハっワロス。お前ん中じゃアレも打ち取った内に入るんでちゅかー?」
不意に懐旧の念に駆られた私は暁大付属野球部史上、最も破天荒な時代をつらつらと追懐してみた。