<竪琴>騎士派は戦隊でもって、ことに当たる。
至近距離での削り合いを得手とする白兵方。
高速機動で標的を捉え翻弄する疾駆方。
遠隔攻撃による牽制もしくは撃墜を行う砲撃方。
いずれにも偏らず、その全てを行う央ノ要。
C、D、B、A、この四名を一組とする。
しかし本質的には、いずれも央ノ要に近いのだ。得手不得手はあるにしてもどの役割もこなせなくはない、そのように訓練する。
ゆえに騎士派の上位者は穴のない強力な<魔人>なのである。
紫電を纏い、巨大な戦鎚が唸りを上げる。
擂り鉢状になった闘技場の底へと歓声が降り注ぐ。
空を切った、そう見えて攻撃は終わらない。戦鎚は端から目を奪うが役割、そこから解き放たれた二筋の紫電が獅子の顎の如くに標的を挟み込む。
虚実で不意を突き、上下で惑わせる。我流雷鎚術<双爪牙>。小技ではあるが並の<魔人>であればこれだけで終わる。
しかし紫電は打ち払われるのだ。
雷の上顎と下顎をまとめて叩き潰したのもまた、戦鎚。
瞬閃の後、そのまま右肩に担ぎ直し、敵が笑う。
「小手先でどうにかできるなんて思っちゃねえだろう?」
二十歳よりは少し下だろうか。しなやかな筋肉によって引き締められた長身にパーカーを羽織った、堂々たる振る舞いの男だ。
面構えも視線も姿勢も、声も口調も台詞も、すべてが自信に満ち溢れている。片手で鎚を担ぐなどという隙だらけの体勢を取っていながら、攻める余地がないと錯覚させるほどの威圧を顕していた。
実際の年齢が見た目どおりであるのなら五つほどは下となるはずなのに、背伸びした印象などまるでなく、すべてが板についていた。
相対して、少しばかりとはいえ技も交わして、やはりこの相手は伊達ではないのだと徹は思わずにいられなかった。
兼任徹。砲撃方筆頭の称号を受けた、騎士派を代表する<魔人>の一人だ。
この戦い、もはや本意ではない。それでもやらなければならない。勝たなければならない。
歓声が鼓膜を劈く。見物人が闘技場の観客席を埋め尽くし、二人の戦いに声を枯らせている。
「来いよ、全力でこの俺を墜としてみせろ」
敵は悠然と挑発する。
そして徹は乗った。
溢れ出した力を瞬時に収束させる。周囲に雷球とでも呼ぶべきものが五つ浮かび上がり、螺旋を描いて標的へと襲いかかる。
これもまだ牽制の意味合いが強い攻撃だ。しかし徹は砲撃方筆頭、同じく小技に分類される攻撃であっても先ほどの<双爪牙>を上回る。
その上で、やはり通用しない。
「はははっ」
五つを迎撃したのは六つ。見せつけるかのように一つだけ多い雷球が敵の戦鎚より放たれ、五つは相殺、最後の一矢がその中央を駆け抜けてくる。
長い長い手による槍撃の如くに伸びてくるそれを、視界の端に収めながら徹は斜め前方へと跳躍。ぎりぎりの間合いで直撃をかわし、勢いのまま駆けながら次々と紫電を投射。
敵は、避けない。あくまでも迅速に正対しながら戦鎚による撃墜を行う。視線は常に正面からこちらを見据え、口元の笑みは消えない。
しかし互いに無傷ではないのだ。<魔人>の扱う雷は、物理学に捉えられるものではなく、むしろ神話や伝承のものに近い。雷とは天罰であり、逃れえぬもの。完全に相手を上回らない限り、無傷はありえない。
それほど強力な力であるだけに、逆に言えば徹の力量をもってしても未熟な雷しか扱えていないということでもあるが。
だというのに。
「……雷電まで使うかよ、貴様」
一度大きく跳び離れ、徹は低く唸った。
この敵は、三日前の試合では疾駆方筆頭を相手に高機動戦闘を行っていた。大鎌などという、扱い難いにも程がある武器で。
その前は火炎の応酬、さらにその前は長剣を手にして真っ向から剣技を競った。それ以前の仕合も、一つとして同じはない。
戦うたびにその戦闘スタイルは変わる。正確には、その時の相手と同じ戦い方をする。それでありながらすべてに勝利してきたのだ。
そして今回に至っては、難度の高い雷撃を使いこなしているということなのである。
もはや、引き出しが多いなどという形容で済まされる限度を越えていた。
「使うさ。使えないわけがない」
敵は我が意を得たりと、朗々たる声で宣言した。
「なぜなら俺は<王者>!」
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
歓声が闘技場を埋め尽くす。
<王者>、と口々に目の前の男を称える。
此処は<闘争牙城>、欲望に駆られた<魔人>の合い争う場。
観衆はその利用者、すなわち我欲を力で満たそうとする者たち。
そのはずの彼らが、この男に熱狂している。
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
「王者には挑戦者を受け止める義務があるッ!」
それは雷電を使える理由にはなっていない。
だというのに、<王者>の咆哮は砲弾のように意識に叩き込まれた。
指先まで痺れが走る。声が出なかった。油断とすら映る威風堂々とした佇まいは、まさに王者のものだと思えてならなかった。
しかし。
「……違う」
惑いそうになる心に鞭を打ち、目覚めさせる。
そんなはずはない。これしきのことで挫けそうになるはずがない。自分にはやらねばならぬことがあるではないか。
そう、今一度自らに言い聞かせ、戦鎚を構え直した。
おかしいのだ。
この<王者>と呼ばれる男は何もかもが型からはみ出している。そもそもこの戦いは事前に充分な情報を集めてから臨んだものだ。ここ数戦など、直接観戦していたくらいなのに。
これほどの砲撃戦能力を有しているのであれば、疾駆方筆頭との仕合でもっと効率よく戦えたはずだ。高速で動く標的を捉えるのは難しいにしても、ばら撒いた雷は動きの幅を狭める。要は使いようなのだ。
だというのに、真っ向から速度と機動力の競い合いをしていた。騎士派で最もそれを得意とする疾駆方筆頭を相手に何を考えているのか。
無論のこと、こんな不可思議なやり方をすると知ってはいた。だがそれは隠れ蓑だと思っていたのだ。重要な何かをそれで誤魔化しているに違いないと。
けれど蓋を開けてみれば<王者>はどこまでも賢明さとは程遠いやり方しかしなかった。
徹はあくまでも妥当性を軸に作戦を立てた。だからそれは<王者>の不合理な戦い方を前に、碌に機能しないでいる。
むしろそれ以前の問題か。砲撃方筆頭が砲撃で上をいかれては、何をするにもやりづらくて仕方がない。
「ありえない」
口の中だけで呟く。
騎士派は突出した能力よりも不得手を持たないことを重視するとはいえ、それでも最高峰が揃ってこうも容易く凌駕されるなど、異常だ。
おそらくはやはり、何かはあるのだろう。唐繰り仕掛けが、何か。
と、そう考えたところで一つの噂を思い出した。あまりに荒唐無稽で、耳にしたときは戯言と一笑に伏した内容の代物だ。
その噂は確かにこの状況、これまでの流れを説明できはするのだが。
ここに至ってなお、そうであると信じられはしなかった。
大きく後ろへ跳び退る。<王者>はやはり、追撃などかけてこない。
敵があくまでもこんな戦い方を貫くというのならば、採れる手がある。普通であれば悪手にしかならないけれども、悠々と待ってくれるというのならば話は別だ。
不安がよぎり、それでも圧殺する。
徹が信じると決めているものは三つ。今はそのうちの一つ、自身の力を信じて勝負をかけるしかない。
「おおおおおおッ」
腹の底から吼える。
雑念を振り払い、ただ目の前の敵を打ちのめすことだけを今は心に満たす。
「“我が姫よ、我らが姫よ、どうかこの一撃に祝福を”」
祈りのように響く言葉は、切り札への導入の役割を持つ。
戦鎚が一際眩い輝きを放った。
「“私は御身に降り注がんとするすべての災厄を打ち払いましょう”」
地から天へと上る金色の雷の柱。
闘技場から大きなどよめきが上がった。
「“それがたとえ世界取り巻く蛇だとて、この鎚で打ち砕きましょう”」
そこに秘められた威を悟った者は、巻き添えを食ってはかなわぬと逃げ出す。
此処が<闘争牙城>だとて、怯懦を禁忌とする場所とて、それを責められはすまい。
「“その果てに終わりが待とうとも、この一撃に何の惑いがありましょう”」
ごく一握りの<魔人>のみが手にすると言われる凌駕解放。
その者の強さの果てを体現する一撃など余波すら受けたくはあるまい。
「“私は呼ぶ。幻想の神を。我が名とともに”」
<王者>も動いた。
不敵な笑みはそのままに、こちらも黄金を纏ったのだ。
徹が雷の柱であるならば、<王者>は雷雲と化し、紫電を放射する。
だが大きいのは徹だ。凌駕解放をもってすれば遥かに勝ることができる。
それを確認し、徹は力を解き放った。
「“私は喚ぶ。その武器を。我が名において”」
収束した雷光が短い柄と全長2メートルにも及ぶ鎚頭を模る。
伝承は北欧へ。
「<轟雷>」
北欧神話において雷神トールが有する鎚はひとたび投げ放たれれば過たず数多の巨人を打ち砕き、手元に返ってくるという。
世界を取り巻くヨルムンガンドすら屠ってのけたそのミヨルニルにこそ、徹は強さの果てを求めた。
徹と名乗り、雷を使い、ついには凌駕解放にまで達した。
それでなお、欠けている。
投射された<轟雷>は神話に語られるような必中能力を持たない。速くはある、大きくはある、追尾程度ならばしてくれる、しかしかわせてしまうのだ。威力に拘りすぎた結果、あるべきものが失われてしまった。
だから、二段構え。
徹は即座に紫電を左手に現し、放った<轟雷>の後を追う。右か左か上か、避けようとした先で討つ。
彼我の距離、<轟雷>の速度からすれば、判断は一瞬。引き延ばされた時間の中で徹は見極めようとする。
右か。
左か。
それとも跳ぶか。
いずれでもいい。動いた先で捕らえさえすれば、追って来た<轟雷>と挟み撃ちにできる。
そして徹は見た。
<王者>が笑った。ふてぶてしく、本当に楽しそうに。
黄金と紫電とを纏ったまま動いた方向は、前。
正面から<轟雷>に突撃したのだ。
一切の惑いを持たない一直線。纏う雷で相殺してなお容易く焼き焦げ炭化する肉体を、即座に復元しながら強引に突っ切ってくる。
苦痛でないはずはない。笑みの形に剥き出した歯は食いしばっているからこそだ。
すべては刹那の出来事。虚を衝かれた徹が失ってしまった時間はそれよりも長い。
<王者>は目の前にいた。
今度は彼こそが雷の鎚を手にして。
雷光が徹を貫いた。
「行きがけの駄賃に掻っ攫ってきたお前の雷の欠片だ」
その声は後から聞こえてきた。
「誇れよ。その痛みはお前自身の強さの証だからな」
闘技場の中央に<王者>が立っている。
最初と同じように自信に満ち溢れて、悠々と。
崩れ落ちそうになる膝を堪えながら徹は彼を見ていた。
<王者>が声をかけてきた。
「まだやるかい? 続ければもう、そうは保たんだろう」
言われたとおり、命は大幅に削られている。蓄積されたダメージが大きすぎた。生命と活力を補填してくれるクラウンアームズ、『ヘリオスエンブレム』にも限度がある。
「死ぬまでやるなら付き合うぜ。王者には挑戦者を受け止める義務がある」
勝てない。認めざるを得なかった。
<騎士姫>のために、騎士派のために勝たなければならないのに。自らの不甲斐なさが悔しくて仕方ない。
それでも死んでしまっては本末転倒だ。
「……負けを認める」
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
<王者>! <王者>!! <王者>!!!
観客たちの歓声が上がった。<王者>を称える声が嵐のように響き続ける。
だというのにそれを貫き、<王者>の言葉はこちらにはっきりと届いた。
「お前の最大の敗因は俺を最後まで信頼しなかったことだ」
歓声に応えながら、彼はにやりと笑う。
堂々と、恐れるものなど何もないかのように。
「挑戦者が凌駕解放を出したんだぜ? それを正面から破らずになにが王者だ」
<王者>はここに、<竪琴>騎士派からの七人目の刺客を退けたのだ。