冬木市内にある教会には一人の神父と、数羽の鳥がいた。
神父は兎も角、鳥の方はただの鳥ではない。
魔術師の血を与えられ使役されている使い魔だ。
使い魔というのは基本的に鳥や蟲などといった小動物が多い。
人間の使い魔を作るのも不可能ではないのだが、その動物が意識が強ければ強い程、大きければ大きい程、それを使役するのにかかる魔力は大きくなってくる。
なにより人間を使い魔にした所で、鳥のように空も飛べないし蟲のように小さい隙間から潜り込むことも出来ないので寧ろ鳥や虫よりも効率が悪いかもしれない。
この鳥たちは聖杯戦争の監督役である言峰が、その権限において召集したものだった。
数は六に届かない。
五にも満たなかった。
「では、全てが出そろった様なので始めさせて貰おう」
言峰が如何にも聖職者らしい声でそう言う。
「待ちなさい、綺礼」
教会の扉が開く。
赤いコートを羽織ったツインテールの少女だ。
名前は遠坂凛。
言峰の妹弟子であり、聖杯戦争に参加するマスターでもある。
「直接この場に来たマスターはお前だけだ。豪気なことだな、凛」
「御託はいいから始めなさい。急にマスターを召集するなんてどういうこと? 監督役は聖杯戦争に干渉しないっていうルールでしょ」
「確かに、通常監督役は聖杯戦争に干渉しないものだ。ただ、例外がある。例えを上げるなら前回の第四次聖杯戦争。その際は私の父が監督役を務めていたが、その折、聖杯戦争そっちのけで魔術の隠ぺいすらせず一般人を殺戮するサーヴァントとマスターがいた為、これを早急に排除する目的で聖杯戦争を一時中断させ猛獣狩りをさせたこともある。異常自体におけるマスターの召集は十分監督役の権限内だ」
「そう言うからには、余程の異常自体が起きたんでしょうね?」
「そうだ」
あっさりと言峰は肯定した。
そして教会にいる全員に見えるように立つ。
「此度の聖杯戦争において、一人の裏切り者が現れた。その男は令呪を宿したにも関わらず、聖杯戦争に参加することを拒み、サーヴァントを召喚することすらせず海外へと逃亡した」
「ちょっと待って。海外に逃亡したって言うけど、別に臆病者が臆病風に吹かれただけじゃない。つまりは不戦敗。相手にする必要があるの?」
「凛、聖杯戦争は七人のサーヴァントを召喚し、たった一人になるまで殺し合う戦いだ。逆に言うならば、六体のサーヴァントを全て倒さなければ、聖杯を降臨し願いを叶える事は不可能になる。つまり聖杯戦争の根底から覆るということだ」
凛が怪しい視線で言峰を睨む。
言峰は聖職者でありながら性根が捻じ曲がっている男だ。
聖職者だから嘘は言わないだろうが、本当のことも尋ねなければ言ったりはしない。
「よって私は監督役として、海外に逃亡したマスターの捕獲を命じる」
「捕獲?」
「そうだ。そのマスターを殺して、聖杯戦争を瓦解させたいと言うのなら殺しても構わないだろうが、もし聖杯を望むのならばそのマスターにサーヴァントを召喚させてから殺すことだ。なに、幸いにして逃亡したマスターというのは聖杯戦争の存在こそ知っているものの、ド素人だ。幾らでもやりようはあるだろう」
「ド素人って、聖杯戦争は魔術師が選ばれるはずじゃない。そんなド素人が」
「選ばれたマスターは前回の聖杯戦争の勝者である男『衛宮切嗣』の養子『衛宮士郎』だ。聖杯が例え素人でも、前回勝者の息子を選ぶのは不思議ではないだろう。必ず御三家からマスターが選ばれるのと同じように」
確かに、そういうこともあるかもしれない。
聖杯がマスターを選ぶ基準というのは、第一に御三家で第二に何か望みのある魔術師、そして候補が他にいなければ適当な人間をマスターとして選定してしまう。
恐らく今回の聖杯戦争は六人しか目ぼしい人間がいなかったので、苦し紛れにそんなド素人を選んでしまったのだろう。
そして聖杯戦争の情報だけ知っていた衛宮士郎とやらは海外に逃亡してしまったと。
(たっく、十年間準備してきたっていうのに、どうして本番でこういう事になるのよ)
今回は遠坂家に伝わる「うっかり」のせいではないが、イレギュラーには変わりない。
マスターの一人が参加をボイコットして海外逃亡なんて事態、今回が始めただろう。
「それで衛宮士郎っていうのは何処に行ったの?」
これを教えて貰わなければ話にならない。
冬木市内ならまだしも、世界中を虱潰しに回る訳にもいかないのだから。
「南国の島、ハワイだ」
同時刻。
士郎は透明な海を見ながら、ブルーハワイを飲んでいた。
太陽が眩しい。
それ以上にビキニのお姉さんが眩しい。
数多ある外国でハワイに来たのには事情がある。
イギリスは魔術協会という物騒な連中がいるし、ヴァチカンなんか眼鏡をかけた神父軍団がいそうだし、他の国も行った事が無い。
そして一番の大問題だが……士郎は、英語が喋れないのだ。
勿論、全然喋れない訳じゃない。
片言なら、日常会話くらいは出来るかもしれない。
けれども一人で外国に行ってやっていかれるかと問われればノーだ。
故に、士郎はハワイにきた。
以前に来た事があるというのもそうだが、ハワイなら日本語しか喋れなくてもどうにかなるという自信があったからだ。
だけど、なんだろうか。
「また何処かで死亡フラグが乱立したような気がする」
衛宮士郎、高校生。
青春真っ盛りのたぶん17歳くらい。
一級死亡フラグ建築士である。
彼が一級フラグ建築士にクラスチェンジする日は、たぶんない。
そうあれかし―――――――――――ラーメン(士郎の好物)。