さて皆はこう思っている事だろう。
伽藍の堂に行くのは良いが、どうやって場所を特定するんだ、と?
しかしどっこい。
実は心当たりがあるのだ。流石に明確に「そこっ!」とまで特定している訳ではないが、伽藍の堂があるであろう土地くらいは分かる。
あれは何年か前だっただろうか。
何気なくTVのニュースを見ていたらやっていたのだ。
あの……名前を忘れた中の人保志さんが起こした無差別殺人事件のことを。
士郎は記憶力がそれほど優れている訳でないので前世の記憶の何もかもを正確に覚えている訳ではないが、大体のストーリーはFateだけではなく月姫やらっきょも覚えている。
故に気づけた。
これは「空の境界」、第七章の物語の軌跡だということを。
インターネットの普及により情報を仕入れるのは素人にも簡単になっている。
ニュースで世間を騒がせたほどの大事件となれば猶更だ。
ネットを開いて十分。
その事件が発生していた場所を特定することに成功した。
「ビンゴ、後は……」
伽藍の堂があるであろう街。
だがうっすらと残る記憶だと『伽藍の堂』には魔術的なセキュリティーがあるような事を言っていた気がする。
士郎が自発的にその場所を見つけるのは無理だろう。
残念ながら士郎はヘタレの小市民であり、学校の成績はそこそこ上位だがコクトーのような「ものを探す」能力に卓越している訳でもない。
士郎の持つスキルといえば精々が効きコーラが出来るくらいだ。
「ていうか、憑依するなら士郎じゃなくてコクトーなら良かったのに」
黒桐幹也は衛宮士郎より遥かに死亡フラグイベントは少なかったと思う。
第一章でアレになったり、第二章でナイフ持った式に追われたり、第三章で免許とったり、第四章で殆ど出番がなかったり、第五章でチョコレート野郎に甚振られたり、第六章で妹とデートしたり、第七章で唇を奪われたりしていたが、少なくともわざわざ東京に逃亡したにも関わらず聖杯にロックオンされる士郎よりはマシだ。
死亡フラグ満載なイベントにも、大抵は自分から首を突っ込んだから関わるのであり、士郎のような巻き込まれ型ではない。
回避するのは非常に簡単だ。
「…………うん、令呪のせいで思考方向がネガティブに染まってる。ここはもっとプラス思考にいこう。そうだ、志貴よりはマシだ……たぶん。志貴よりはマシだ」
ちなみに蒼崎橙子ではなく、月姫のカレー先輩でも令呪をなんとか出来そうだが、あんなデンジャラスな街に行って万が一「カットカットカット」な嵌めになったら洒落にならないので月姫陣営とは関わらないようにした。
メルブラに衛宮士郎参戦なんてストーリーは御免である。
小市民は暴力が嫌いなのだ。
というか吸血鬼となんて戦える筈がない。
士郎の戦闘力はワカメ以下なのだ。
「伽藍の堂を見つけるのは難しいから、やっぱりわりと発見し易そうなコクトーを探すか」
あの街でたぶんコクトーは有名人だったと思う。
それに人の好いコクトーのことだ。士郎の境遇を聞けば助けてくれるかもしれない。
「ああ…なんということだろうか。リアルで型月キャラになったら途端にコクトーがトンでもない人格者に思えてきた。人気投票で巴とふじのんにしか入れなかった俺を許してくれ……」
巴は兎も角、現実でふじのんのようなヤンデレがいたら小市民である士郎にとっては恐ろしいだけだった。
萌えに命を賭ける戦士なら別かもしれないが、士郎はそんな領域には至っていない。
萌えより先ず命である。
そしてもし現実世界に帰還する事が出来たらコクトーに投票しよう、とまだ助けてもらって内にも関わらず士郎はそんな決意をした。
「取り敢えず伽藍の堂、コクトー発見だ。それさえ出来れば……俺は……逃げられる!」
代金のことも問題ない。
切嗣が現役時代に荒稼ぎしてくれたお蔭で衛宮家にはそれなりの財産があるし、いざとなればちょっと勿体ないが体の中にあるアヴァロンを提供すればいい。
魔術師ならばアヴァロンに興味を示さずにはいられないと思う。いや、絶対にそうだ。
「あれ、でも」
インターネットをしていたら、ふと思いついた。
「令呪があるってことはマスターだ。いっそ逆に考えて、誰にも負けない最強サーヴァントを召喚するってのはどうだ」
しかし原作にそんなサーヴァントがいただろうか。
イスカンダルは強いが『乖離剣』には歯が立たない。
ランスロットは強そうだがロリブルマ率いるヘラクレスに勝てそうにないし、あっさりキャスターに不覚をとって奪われるかもしれない。
ギルガメッシュは制御不可能。
未来の自分こと英霊エミヤは普通にヘラクレスにやられた。
では最強無敵のサーヴァントは本当にいないのか?
違う。いるではないか!
あの本気を出せばサーヴァント最強確実なギルと唯一互角だったナイスガイ。
あのギルと友達になれるんだから、絶対海のように広い心を持ってること確実な英雄。
「エンキドゥだ! エンキドゥって最強じゃね?」
思いもよらぬ答えに士郎が嬉しさで劣りだすが、直ぐにこの答えの致命的穴に気付いた。
先ず初めにサーヴァント召喚の詠唱なんて知らない。
生憎、士郎は魔術の詠唱なんて長ったらしいものを一々覚える程マニアではなかった。
そして第二に魔法陣が書けない。
衛宮家の土蔵にそれらしきものがあったのを見た事はあるが、見た事があるのと実際に書けるのとは全くの別問題だ。
第三の問題は、エンキドゥの触媒なんて持ってない。あるのはアヴァロンというアーサー王召喚の触媒と、自分自身という英霊エミヤ召喚の触媒だけである。
エンキドゥの触媒なんて高そうなもの、士郎が入手できるはずなかった。
最後にこれが一番の大問題だが、魔術師でもない士郎がエンキドゥなんて最強サーヴァントを召喚しても、確実にステータスが落ちて最強じゃなくなることだ。
「…………うん、やっぱり民衆は戦場に立つべきじゃないな。餅は餅屋、戦争は戦争屋だ」
良くも悪くもヘタレ小市民の士郎に率先して戦場に行く度胸はなかった。
大人しく伽藍の堂を目指すのが吉だろう。
そうやって色々と荷造りなどを進めていると、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
こんな時間になんだろうと思い、「はーい」と返事をすると。
「こんばんは、お兄ちゃん」
「はははは…………もう嫌だ……」
白い死神はもうこの日本経済の中心地東京にまで迫っていた。
士郎の脳裏に一人暮らしの学生ハンバーグに、という新聞の一面記事がかすめた。