東京の高校に進学して、もうエスケープ完了と思っていたら令呪にロックオンされちゃいました。
現在の状況を端的に表すとこんな風になる。
はっきり言おう。
「なんじゃこりゃ!?」
原作知識があるから、別に冬木市に居なくても令呪が刻まれてしまう事があるのは理解している。
しかしそれはあくまで御三家のマスターの筈だ。
唯一の例外は言峰だがアレは言峰がトンデモナイ隠された願望があったからで。
士郎には聖杯が選ぶほどの強い願望はない。
あるとすれば精々が原作から逃げ出したいという事くらいで…………。
「待てよ」
原作から逃げたい→生存したい→長生きしたい→聖杯で願いを叶えてやるお!
トントン拍子の三つの連鎖反応に士郎がプッツンする。
「ふざけんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! マスターになったら逆に願いが叶えられてねえだろうがぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
「五月蠅ェよゴラァ!」
隣の部屋に住むオカマバーに務める源氏名キャサリンさん、本名は山原権田祐さんの怒号が轟いた。
「すみません」
小市民な士郎はあっさり謝罪し、クールダウン。
冷静になろう。
令呪が刻まれてしまった。
これはいい。……良くはないが刻まれちゃったもんは仕方ない。現実を受け入れよう。
魔術なんて全く習ってもいないが、Fate/zeroでもあの時点では魔術師ではなかった言峰や、そもそも魔術と関係ない龍之介にまで令呪が刻まれたのだ。
第四次の優勝者の養子で、一応魔術回路が眠ってる士郎なら刻まれても不思議じゃないのかもしれない。
重要なのはこれから先、どのような行動をとるかだ。
今までの行動に間違いはなかったと思う。
衛宮家の養子にならなければ、言峰の教会に引き取られて英雄王の生きる電池ルート確定だし、あの時点で衛宮切嗣の養子にならない=死亡確定だったのはガチだ。
ロリブルマとの接点が出来てしまうが、あの時点で他に選択肢が見つからなかったのだから仕方ない。
冬木市から逃走したのも間違いはない。
あそこにいれば、慎二なんていう物騒なワカメに目をつけられるかもしれないし、ヤンデレなボインや悪魔なツインテールにガンつけられる可能性大だ。
よく雑魚扱いされるワカメだが、ライダーというサーヴァントを従えた彼は小市民である士郎にとっては同じ死亡フラグ要素の一員なのである。
『全て遠き理想郷』に関しては……取り除く方法がなかったので仕方ない。
切嗣に取り除いてもらうという選択肢もあったが、そうすれば切嗣にどうして『全て遠き理想郷』のことを知っているのか不審がられるだろうし、魔術なんて使えない士郎に体内に溶け込んだ『全て遠き理想郷』を取り出すなんていう事が出来る訳がない。
あかいあくまに頼んでみる? 論外だ。藤ねえ等の日常キャラを除いて、原作のキャラクターと関わり合いになりたくない。
言峰に頼んでみる? もっと論外だ! 死ぬ!
「いや……過去に思いを馳せても駄目だ。未来を……見ないと!」
このまま令呪が刻まれてしまった事を無視して、現状維持で日常を送ってしまおうか。
魅力的な選択肢に心が動きそうになるが、どうにか理性が押しとどめる。
幾ら東京にいても令呪がある以上マスターはマスターだ。
士郎がいなくても聖杯戦争は続くから、最終的に誰かが勝つだろう。
試に参加者の其々が勝者になった場合をシミュレートしてみるか。
遠坂凛
最後のマスターである士郎発見→士郎降伏→令呪だけ奪って見逃す→ハッピーエンド?
間桐ワカメ
士郎発見→やれライダー→ライダー「ついでにCHUCHUしましょう」→デッドエンド!
ロリブルマ
士郎発見→やっちゃえバーサーカー!→半死半生→人形化→デッドに近いエンド!
キャスター
士郎発見→殺すついでに礼装にしてしまおうZE→デッドエンド!
麻婆神父
士郎発見→喜べ少年、君の望みは漸く叶う→アンリ・マユ復活→デッドエンド!
金ぴか
士郎発見→消えろ雑種!→デッドエンド!
間桐桜
士郎発見→この子の栄養にしてあげます→デッドエンド!
間桐臓硯
士郎発見→ヒャッハー蟲の餌にしてやるわぁーー!→デッドエンド!
「駄目だ、凛以外の奴に見つかった瞬間に殺される……」
この世界に来て得た真理。
参加したマスターの中で凛が一番優しかった。
士郎の中で凛の株が急上昇、そして他のキャラクターの株価大暴落中である。
更にもう一つの真理を悟る。
物語の名キャラクターも現実にいたら単なる傍迷惑でしかないと。
「というより……ほんと、どうしましょう?」
しかもよくよく考えたらロリブルマなんて真っ先に士郎を襲ってきそうじゃないか。
令呪がなければ流石に聖杯戦争を優先して襲撃してこなかったかもしれないが、令呪がある士郎をあのイリヤが見逃すとは思えない。
「……あぁー、なんで原作にイリヤルートがなかったんだ……恨みますよキノコさん」
イリヤルートがあれば何らかの有効策が示されていたのかもしれないのに。
残念ながらFateにはイリヤルートは存在しなかった。
こうなれば選択肢は一つ。
「令呪……剥ぎ取るか……」
手の甲で光り輝く赤い刺青、令呪を睨む。
士郎はゴクリと唾を飲み込み、
「無理だーーー」
項垂れてしまう。
小市民かつヘタレな士郎に、手の甲を剥ぎ取るだなんてリストカットが遊びに思えるような自傷行為ができる筈がなかった。
想像して欲しい。
特に現在進行形でPCのディスプレイを眺めている君。
台所に行って包丁を持ち、手の甲にある令呪を剥ぎ取る。
…………………そんな勇気が、普通の小市民にあるのか?
答えは、ない。
少なくとも士郎はヘタレであり、痛い思いをするのが嫌だった。
「昔のサムライは凄いな。腹切っちゃうんだもんなー」
日本の戦士達に尊敬の念を抱いた士郎だが、それで度胸がつく訳でもなし。
というより手の甲の皮を剥ぎ取ったくらいで令呪がなくなってくれるのかも怪しい。
腕を切り落とす? なにそれ?
令呪をどうにかしなければいけない。
しかしそれをする技術は士郎にはなかった。
ならば、どうするか?
他の誰かにやって貰うのだ。
卓越した魔術の腕を持ち、尚且つそれなりに話せる人間。
言峰は大論外だ。
確かに令呪を綺麗さっぱり取り除くことは可能だろうが、士郎の原作知識が正しければそのルートをたどった士郎は帰宅途中にロリブルマの襲撃を受けていた。
…………最近、イリヤのことが嫌いになってきた。どうしてこうも士郎の人生に立ち塞がるのやら。
「どこか―――――――どこか、ないか!」
前世の記憶を渾身の想いで引っ張り出す。
生き残る最善の選択肢。
最上の……道標は。
「伽藍の堂!」
これしかない。
困った時の蒼崎頼みだ!